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甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療のためのAACE臨床実地指針2002年改訂版
(The American Association of Clinical Endocrinologists)臨床実地指針

まとめ
これらの臨床ガイドラインは、甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症の診断、治療についてAACE(アメリカ臨床内分泌医会)の推奨をまとめたものである。甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症のスクリーニング検査として、高感度甲状腺刺激ホルモン(TSH)測定がベストであることが分かった。ほとんどの外来患者で、血中高感度TSH値を調べれば、軽度の甲状腺ホルモン過剰や不足が分かる。バセドウ病の治療は、手術(アメリカでは、ほとんど行われない)、抗甲状腺薬(再発が多い)、放射性ヨード治療(現在、ほとんどの場合、この治療が行われる)の3つである<注釈:日本では、抗甲状腺薬が主流である>。甲状腺機能低下症の治療は、レボサイロキシン<注釈:日本では、チラーヂンS>の補充であるが、投与量は個々の患者で最適量を決めるべきである。潜在性(軽度)甲状腺機能異常<注釈:甲状腺ホルモン値は正常で、TSH低値なら潜在性甲状腺機能亢進症。甲状腺ホルモン値は正常で、TSH高値なら潜在性甲状腺機能低下症という>には十分気を付けることを強調したい。患者の啓蒙と同じように、一人の医師による定期的な経過観察を組み入れた管理システムが必要になってくる。(Endocr Pract 2002; 8: 457-469)

目 的
指針の目的
これらの指針の目的は甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症患者の診断、治療とフォローアップのやり方を示すことである。これらの指針は甲状腺疾患を診断する際の注意について述べ、そして治療を改善し、コストを減らすにはどうしたらよいかを示す。AACEは、甲状腺疾患の診断と治療に精通した1人の内分泌科医によって、患者を定期的にフォローアップすることを提唱する。
一般住民への役割
AACEが1995年に甲状腺疾患ガイドラインを発表(1)して以来、高感度TSH測定は、甲状腺疾患の診断と治療に一番重要な検査になってきた。潜在性甲状腺機能異常症は、より正確に定義され、診断できるようになった。潜在性甲状腺機能亢進は、治療されないと患者に悪い影響を与えることがわかった。また、潜在性甲状腺機能低下も同じく、健康に対して悪影響を与える可能性がある。

甲状腺ホルモンの過剰投与を受けている患者は、しばしば潜在性甲状腺機能亢進症になっている。その結果として、閉経後の大きな問題である骨粗鬆症になる可能性がある。加えるに、心臓肥大と心房細動は潜在性甲状腺機能亢進の重大な合併症である。心臓や骨の問題は、甲状腺ホルモンの過剰投与を早期発見し、投与量を減らすことによって防ぐことができる。

潜在性甲状腺機能低下症は多い疾患であり、60歳以上では20%以上にみられる。臨床内分泌医はたいていの潜在性甲状腺機能低下症を持っている患者に対しての治療を必要と考えている。この疾患を持っている患者は無症状なこともあるが、一部の患者では脂質代謝の異常と同じく心臓、胃腸、精神神経、生殖機能異常、甲状腺腫大傾向がみられる。医師と患者にとって、潜在性甲状腺機能低下症の認識が必要である。

甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症は過剰な甲状腺ホルモンのはたらきの結果である。
甲状腺機能亢進症の原因には、以下のものがある。
臨床症状
甲状腺機能亢進症の兆候と症状は血中甲状腺ホルモン過剰によるものである。
兆候と症状の重症度は患者の年齢、甲状腺ホルモン値や期間と関係がある。

以下に甲状腺機能亢進症の兆候と症状を示す。
  • 神経質と被刺激性
  • 心悸亢進と心拍数増加
  • 暑がりと発汗増加
  • 振せん
  • 体重減少と体重増加
  • 食欲の変化
  • 腸蠕動の増加と下痢
  • 疲労と筋力低下
  • 下肢浮腫
  • 突然の麻痺
  • 運動時疲労と呼吸困難
  • 生理不順(月経過少)
  • 不妊
  • 精神障害
  • 睡眠障害(不眠)
  • 変視症、まぶしがり、目の異物感、二重視、眼球突出症
  • 疲労と筋力低下
  • 甲状腺腫大(原因によるが)
  • 前脛骨粘液水腫(バセドウ病)
しかしながら、患者は甲状腺機能亢進症の症状のすべてを持つとは限らない(2-5)
診 断
要領の良い問診をとることが大切である。そして、診察時には以下のことに気をつける。
  • 体重と血圧
  • 脈拍数と不整脈
  • 甲状腺触診と聴診(甲状腺の大きさ、結節と血流量をみるため)
  • 神経筋検査
  • 眼科的検査(眼球突出や眼症をみるため)
  • 皮膚科的検査
  • 心臓血管の検査
  • リンパ系組織(リンパ節、脾臓)
[検査所見]
高感度TSH 測定法の開発は、甲状腺機能亢進症の診断を容易にした。高感度TSHの測定感度は、0.02mU/Lである。原因が何であれ甲状腺機能亢進症の場合(TSH 過剰分泌は除く)、高感度TSHは正常以下に抑制された値を示す。甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症のスクリーニング検査として、高感度TSH測定がベストであることが分かった。ほとんどの外来患者で、高感度TSH値を調べれば、軽度(潜在性)の甲状腺ホルモン過剰や不足が分かる。

最近、甲状腺機能亢進症の治療を開始した例や甲状腺ホルモン剤の過剰投与を受けている例のように不安定な甲状腺機能を持つ患者では、血清T4値の方が、高感度TSHよりも甲状腺機能を正確に表す。長年治療していて、最近、症状が悪化した甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症では、甲状腺機能が安定するまでは一年間、TSHとT4を調べる方が患者にとって利益がある。高齢者や症状のない患者も、TSHとT4を調べた方がよい。

他の検査やアイソトープ検査は以下の如くである。
  • T4 またはFT4(フリーT4)
  • T3 またはFT3(フリーT3):
    T3、T4の異常値は、甲状腺機能異常というより甲状腺ホルモン結合蛋白の影響を受けることがある。だから、T3、T4を測るときには、T3レジン摂取率かTBG(T4結合蛋白)を一緒に測定して「フリーホルモン係数」を算出することが望ましい。検査センターによっては、この「フリーホルモン係数」をFT3、FT4と呼ぶことがあるが、実際のFT3、FT4を測定しているわけではない。
  • TSHレセプター抗体(TRAb)や甲状腺刺激抗体(TSAb)などの甲状腺自己抗体:
    これらの抗体検査はルーチンに必要ではないが、妊娠中のバセドウ病患者のような特殊な場合には、有用な検査である。
  • 放射性ヨード摂取率
  • 甲状腺シンチ(123-Iが望ましいが、99m-Tcでもよい):
    この検査は甲状腺機能をみるものではなく、甲状腺機能亢進症の原因を鑑別するのに役立つ。結節性病変が、コールドなのかホット(5)なのかを鑑別するのにも役立つ<注釈:コールドは放射性ヨードの取り込みがないもの、ホットは放射性ヨードの取り込みが著しいもので、機能性結節のとき>。
リバースT3は、臨床的にはほとんど有用性がない。
[鑑別診断]
眼症を持っている甲状腺機能亢進症の診断は、通常簡単である。しかしながら、心臓の症状や体重減少のみしか症状として出ないことがあるので、高齢者では甲状腺機能亢進症を診断するのは難しいことがある。一部の患者では、甲状腺の大きさが正常のこともある。T4、T3、フリーT3、フリーT4は普通、高値となる。しかし、希にT3だけが高いタイプもあり、これはT3甲状腺中毒症と言われる。バセドウ病では高感度TSHは常に低値で、甲状腺シンチではアイソトープはびまん性に取り込まれ、時々錐体葉が描出される。

中毒性腺腫(“hot nodule”、プランマー病)では血中T4、T3は高くTSHは低値になる。甲状腺シンチをするとfunctioning nodule(機能性結節)にアイソトープが取り込まれ、結節以外にはほとんど取り込まれない。中毒性多結節性甲状腺腫においても中毒性腺腫と同じ検査所見を示す。しかし甲状腺は比較的大きく、多数の小結節がある。これらの疾患では、普通は放射性ヨードの取り込みは増えているが、時に正常範囲のこともある。

甲状腺シンチでの低い放射性ヨード摂取率は亜急性甲状腺炎、無痛性甲状腺炎、ヨードによって誘発された甲状腺機能亢進症、医原性甲状腺機能亢進症<注釈:甲状腺ホルモン剤の過剰投与で起こる>でみられる。これらの疾患では甲状腺機能状態亢進症のときには血中T4、T3は高い。

亜急性甲状腺炎は、通常、甲状腺部に一致して痛みを自覚し、発熱がみられることもあるが、自然に良くなる。甲状腺機能亢進症状は炎症を起こした甲状腺から甲状腺ホルモンが放出されたためである。しばしば、甲状腺機能亢進症のあとに、甲状腺機能低下症になる。これは2〜3ヶ月続き、機能正常に戻る。無痛性甲状腺炎は、自己免疫疾患と考えられており、亜急性甲状腺炎と同じ経過をたどり、産後によく見られる(産後甲状腺炎)。ヨードによって誘発される甲状腺機能亢進症は高齢者で多く、非中毒性多結節性甲状腺腫<注釈:日本では腺腫様甲状腺腫と呼ばれる>をもつ患者でよく見られる。ヨード含有薬物、ヨード補充、あるいは造影剤からのヨード負荷により、甲状腺機能亢進症が誘発され、これは容易に良くならないことが多く、治療を必要とするかも知れない<注釈:ヨードによって誘発される甲状腺機能亢進症は、ヨード欠乏地域でみられる。日本のようにヨードを過剰に摂取している国では稀である>。医原性甲状腺機能亢進症でも、他の甲状腺機能亢進症と同じ症状がみられる。もし医原性甲状腺機能亢進症を疑ったら、血清サイログロブリン値を検査すべきである。医原性甲状腺機能亢進症なら、血清サイログロブリン値は異常低値になり、他の甲状腺炎なら血清サイログロブリン値は高値を示す。

T4とT3の高値またはTSH低値があれば、必ず甲状腺機能亢進症であるとは限らない。エストロゲン(女性ホルモン)投与あるいは妊娠は血中TBG濃度を増加させ総T3、T4値を見せかけ上、増加させるが、FT4と高感度TSHは正常である。Euthyroid高サイロキシン血症はアルブミンとプレアルブミンによるT4との異常結合により、T4値が高くなる。同様に、甲状腺ホルモン不応症は甲状腺機能亢進症状がなくて血中T4が高値を示す。グルココルチコイド(副腎皮質ホルモン剤)の投与、重篤な疾患や脳下垂体機能低下症では甲状腺機能亢進症状がなくても高感度TSHが低値となる。

治療と管理
バセドウ病には、3つの治療法がある。
  1. 手術
  2. 抗甲状腺薬
  3. 放射性ヨード治療(アイソトープ治療)
[手 術]
バセドウ病の治療としては手術が過去には一般的であったが、アメリカ合衆国では現在、甲状腺癌の合併がなければ、ほとんど行われなくなってきた。抗甲状腺薬に副作用のある妊婦や放射性ヨード治療は嫌だが早く治りたい希望のある非妊婦などが手術の適応となる。一部の医師は、非常に大きな甲状腺腫、結節を合併しているもの、小児の甲状腺機能亢進症患者に対して手術を勧めるこがある。バセドウ病手術の後遺症としてはまれであるが、術後副甲状腺機能低下症と声帯麻痺(反回神経麻痺)になることがある。手術は熟練された、そして経験豊富な甲状腺外科医によって行われるべきである(2,3,5)
[抗甲状腺薬]
抗甲状腺薬には、メルカゾールとプロピルチオウラシル(PTU<注釈:日本ではチウラジールまたはプロパジール>)がある。1940年代から使われており、寛解に至らしめる目的で使用される。寛解率は報告によりまちまちであるが、一般的に再発は高頻度である。治りやすいのは甲状腺機能亢進症状の軽いものや甲状腺腫の小さいものである。抗甲状腺薬療法にはジンマシンや、まれに無顆粒球症肝炎などの副作用がある。この治療の成功は、患者が真面目に薬をのむかどうかで決まる。妊娠中の甲状腺機能亢進症には抗甲状腺薬療法が最も適している。高齢者や心疾患を持つ患者では放射性ヨード治療の前に、抗甲状腺薬で前治療を要することもある。内分泌科医によっては小児甲状腺機能亢進症に対して抗甲状腺薬療法を好むものもいる。抗甲状腺薬だけで甲状線機能亢進症を治療するやり方もあるが、合衆国では少数の患者で試みられるに過ぎない(2,3,6,7)
[放射性ヨード療法(アイソトープ治療)]
アメリカ合衆国では、現在、放射性ヨード療法(アイソトープ治療)が標準的な治療法である。多くの臨床内分泌医は放射性ヨード療法を行う場合、甲状腺組織を破壊する量を投与すること好む<注釈:甲状腺は甲状腺ホルモンを作る工場です。アイソトープ治療は、この工場にある機械の数を減らして、できる製品(甲状腺ホルモン)を減らそうとするのが目的です。最初から、工場にある機械を全部なくしてしまうことを目的とした治療を、アメリカの多くの医師は行うわけです>。患者の甲状腺機能を正常にすることを目的とする少量の放射性ヨードを投与する治療を好む医者は少ない<注釈:日本では、このやり方を好む医師が多いです。因みに、わたしもこのやり方で治療しています。これは、患者さんのニーズです。アメリカのやり方が正しいとか、日本のやり方が正しいとかの問題ではなく、患者さんのニーズになるだけ答えられるように努力すべきだと思います。でなければ、アイソトープ治療は行うことはできません>。甲状腺を破壊する量の放射性ヨード治療は少量投与の放射性ヨード治療に比べてより早く甲状腺機能亢進の症状を抑えるので、甲状腺機能亢進症による症状を最小限に抑えることができる<注釈:少量投与の放射性ヨード治療の場合、放射性ヨード治療が効いてくるまでの間、メルカゾールなどの抗甲状腺薬を飲んで甲状腺機能を正常に保ちますので、特に問題はありません>。

放射性ヨード治療は安全である。しかし、たいていの患者が甲状腺機能低下症になって、生涯の甲状腺ホルモン服用を要する。妊娠可能年齢の患者に放射性ヨードを使うことをためらう内分泌医もいるが、放射性ヨード治療が妊娠に悪影響を及ぼす証拠はない。特に、不妊の原因にはならないし、奇形にもならない。本人および生まれてくる子供にも癌の危険性はない。高齢者または心臓病を持つ甲状腺機能亢進症患者が放射性ヨード治療を受ける際には、その治療前に抗甲状腺薬を投与して甲状腺内に溜まった甲状腺ホルモンを枯渇させる。そうすることで、放射線性甲状腺炎による甲状腺機能亢進症の危険性を減らすことができる。放射性ヨード治療は胎児の甲状腺機能を廃絶させる可能性があるので、妊婦には禁忌である。妊娠可能年令の女性に放射性ヨード治療を行う場合には、全員に対して妊娠反応を調べて妊娠していないことを確認するべきである。放射性ヨード治療後は、妊娠をしばらく延期するように指導すべきである。具体的には、放射性ヨード治療後6ヶ月は妊娠を避けるべきである。同じく、授乳中の女性でも放射性ヨードは乳汁に出るので、放射性ヨード治療は禁忌である。20歳以下の若年者への放射性ヨード治療はとくに問題ない。

放射性ヨード治療後、甲状腺機能低下症になったら甲状腺ホルモン治療が慎重に始められるべきである。甲状腺ホルモン投与量は患者ごとに決めなければならない。甲状腺を破壊する量を投与して早期に甲状腺ホルモン剤を始めるやり方の良い点は甲状腺機能亢進症状を迅速に良くし、甲状腺機能低下症の症状を最小限に抑えることである。
管理の方法
甲状腺機能亢進症の診断がついたら、患者は病気と治療法の説明を受けるべきである。内分泌医だけで治療の選択を決めるより、むしろパートナーとして患者を巻き込んで、一緒に決めることが大切である。

もし患者が放射性ヨード治療を受けることを選択したのなら、治療法の説明を受けるべきである、そして治療に対する同意書に署名しなければならない<注釈:アメリカは他民族からなる契約社会なので、そのような同意書が必要かもしれないが、日本人には馴染まないように思う>。妊娠していないことを確認しなければならない。放射性ヨード治療後に、患者はフォローアップの方法の説明を受けるべきである(例えとして、当院のものを参照してください)。

放射性ヨード摂取率検査は治療前に行って、破壊性甲状腺炎やヨード過剰摂取を除外して放射性ヨードの投与量を決めるべきである。甲状腺シンチは中毒性甲状腺結節(単発性や多発性)とバセドウ病の鑑別に有用である。中毒性甲状腺結節は放射性ヨード治療がバセドウ病に比べて効きにくいため、より多い量の放射ヨード投与を必要とする。

ベータ遮断剤は交感神経の緊張を和らげ、放射性ヨード治療の前処置として使用できる。甲状腺機能亢進症患者では少量のベータ遮断薬では効かないことがあり、そのような場合にはより多くの量を必要とする。患者の甲状腺機能亢進症状が落ち着いたら、ベータ遮断薬は減量し中止できる。重症の甲状腺機能亢進症では放射性ヨード治療後に無機ヨードや抗甲状腺薬を投与する。

放射性ヨード治療後、患者は甲状腺機能が正常になるまで、しばらく定期的に診察を受けねばならない。通常、診察は4〜6週間隔であるが、それぞれのケースで決めるべきである。たいていの患者は甲状腺ホルモン補充療法を必要とするであろう。患者は通常3ヶ月以内に甲状腺機能低下症に陥るので、放射性ヨード治療後2ヶ月経ってから少量の甲状腺ホルモン剤の補充を始める方がいいかもしれない。甲状腺ホルモン剤補充開始は、甲状腺機能検査と臨床症状によって決定される。この頃の患者の甲状腺機能は正常から低下へと急速に変化する。この時期では血中TSHは、まだ反応しきれないので、機能の良い指標ではないかも知れない。血中TSH反応の回復には2週間から数ヶ月を要するかも知れないため、この時期にはフリーT3やフリーT4の方が甲状腺機能を正確に反映している。

いったん甲状腺機能が安定したら、診察の間隔は延ばすことができる。まず3ヶ月、そして次に6ヶ月、そして次に毎年と延ばしていく。しかしこれは医師の判断に従って修正されることができる。
妊娠中の甲状腺機能亢進症
妊娠中の甲状腺機能亢進症は特別な問題としてとりあげられるべきである。臨床内分泌医と産科医の協力によって管理されるのがベストである。放射性ヨードが胎盤を通過するために、放射性ヨード治療は、妊婦では禁忌である。抗甲状腺薬が妊娠中の甲状腺機能亢進症に対する一番適した治療である。米国ではPTUはメルカゾールより好んで使われる。抗甲状腺薬はどちらも胎盤を通過するので、過剰投与は胎児の甲状腺機能を抑えるかもしれない。それ故に、抗甲状腺薬はできるだけ少ない量を投与し、母親の甲状腺機能を正常の上限に保つように使われるべきである。妊娠それ自体は、甲状線機能亢進症に対しては良くするような効果を持っているから、妊娠が進むにつれて、通常抗甲状腺薬の投与量は減る。しばしば、抗甲状腺薬は出産の前に中止できる。もし、バセドウ病の手術が必要になった場合、一番安定している妊娠中期が適している。

患者が治療に積極的に参加することは妊娠中の甲状線機能亢進症を治療していく上で大切であり、治療の効果を大きく左右する。患者がバセドウ病を治療しないで放置した場合の危険性を理解し、病気や治療に関する知識をもつことは不可欠である。患者教育をしっかりすると患者は治療をちゃんと受け、治療法を変更するときの理解にも役立つ。このような条件のもとでは、患者は治療中に起こってくる問題に対しても早く気付くので、内分泌医も異常に早めに気付くであろう。

患者は同じく、産後の健康あるいは彼女の赤ん坊の健康で起こるかも知れない異常に関しても知らせられるべきである。患者は甲状腺疾患を持っていることを小児科医に知らせるべきで、赤ん坊が新生児の甲状腺機能亢進<注釈:これは、新生児バセドウ病と呼ばれます。原因は、母親のTSHレセプター抗体が胎盤を通過して赤ちゃんの甲状腺を刺激するために甲状腺ホルモンが高くなることです。しかし、母親から移行したTSHレセプター抗体は2〜3ヶ月で赤ちゃんの血液中から消失します。消失するまでの間、赤ちゃんをメルカゾールで治療しなければならないこともあります。幸いなことに、新生児バセドウ病の頻度は、バセドウ病妊婦から生まれる赤ちゃんの2%でみられる程度です。治療を要するのはその一部の赤ちゃんです。わたしは、この20年間で3人しか経験がありません。全員、元気に成長しています>あるいは甲状腺機能低下<注釈:これは、抗甲状腺薬の効き過ぎのために起こります。生後数日で、甲状腺機能は正常になります>になるかも知れないということの説明を受けなくてはいけない。新生児の甲状腺機能は、出生において検査されるべきである<注釈:日本を含め、先進国では生後5日目に甲状腺機能低下症のスクリーニングが行われています。しかし、症例によっては出産時に赤ちゃんの臍帯血を採血して甲状腺機能を調べることもあります。また場合によっては、生後5〜7日ころに採血することもあります>。

また、患者は産後には甲状腺機能亢進症が再発しやすいことを知っているべきである。この甲状腺機能亢進症は、バセドウ病の再発あるいは産後甲状腺炎である。もしバセドウ病が産後に再発したら、患者は抗甲状腺薬の再投与か放射性ヨード治療のどちらを選択しなければならない。患者が授乳中なら、放射性ヨード治療を受け取るべきでない、もちろん、再び妊娠したら放射性ヨード治療は禁忌である。患者は、産後に甲状腺機能が正常になるまで、臨床内分泌医によって観察されるべきである。

甲状線機能亢進症の治療で甲状腺機能が正常になっている妊婦でも、胎盤通過性の甲状腺刺激自己抗体(TSAb、TRAb)を持っているかも知れない。母体のTSAb(TRAb)の測定は胎児が甲状腺機能亢進症をもっている可能性をみるのに有用であり、内分泌医の臨床判断に基づいて検査をオーダーする(2,3,7)<注釈:百渓先生の研究によれば、新生児バセドウ病の発症予測は、妊娠末期のTRAb(TBII)が50〜60%以上あるいはTSAbが600〜800%以上、ことにこの両条件が揃っている場合である。ただ、ここで問題なのは、最近、TRAbとTSAbが高感度法に変わったことである。従来の新生児バセドウ病の発症予測は、高感度法以前の方法である。ですから、新生児バセドウ病の発症予測をする場合には、従来の感度の低い測定法で判断すべきです。TRAbは、検査センターに高感度法かどうかを問い合わせてください。高感度法でない検査センターに出すべきです。TSAbは、現在、すべて高感度法です。ヤマサに直接、TSAb従来法を依頼すれば、測定してくれると思います。その際には、ヤマサに高感度法の測定値を知らせてあげると親切だと思います。そのデータが、高感度法による新しい新生児バセドウ病の発症予測の作成に重要になってくるからです>。
甲状腺眼症
眼球突出症とその他の眼症状は甲状腺眼症の特徴であり、甲状腺機能亢進症がない場合でも時折見られるかも知れない<注釈:これをEuthyroid Graves病と呼びます>。甲状腺機能が正常のバセドウ病患者でも重症の甲状腺眼症が起こりうる。甲状腺眼症の疑いのある患者では徹底的に甲状腺の検査をする必要がある。特に、片眼の眼球突出症の症例では、眼窩CT あるいはMRI検査が必要である。甲状腺眼症に特徴的である外眼筋の肥厚があれば、眼窩腫瘍を除外するのに役立つ。診察の際に眼球突出を測定すれば、眼球突出症の増悪を知ることができる。患者に治療をちゃんと受けてもらうために、なぜ、サングラス、人口涙液、睡眠時の目の保護や頭を高くして寝ることなどが必要であるかを患者に説明するべきである。重症の甲状腺眼症に対しては、グルココルチコイド(副腎皮質ホルモン剤)治療、眼窩への放射線照射、あるいは外科治療が考慮される。甲状腺眼症の治療に慣れている眼科医への対診はこのような患者を管理する上で有用である。

一部の研究では、アイソトープ治療後に甲状腺眼症の悪化がみられることがあると報告している。たった2つだけだが、無作為コントロール研究によると抗甲状腺薬や手術と比較して、アイソトープ治療後に甲状腺眼症の悪化が有意に多いことが報告されている(8,9)。しかし、この2つの研究に反対意見を述べている研究もある(10,11)。甲状腺専門医は通常、ほとんどのバセドウ病患者ではアイソトープ治療後に甲状腺眼症は悪化しないと考えている。喫煙、手術後やアイソトープ治療後の甲状腺機能低下症、甲状腺機能亢進症の重症度や期間が、他の甲状腺眼症の増悪因子である。甲状腺眼症を持っているバセドウ病患者にアイソトープ治療を行う場合、副腎皮質ホルモン剤を同時に投与していると、甲状腺眼症の増悪が抑えられるという報告がある(12)。そのような副腎皮質ホルモン剤の予防的投与をする場合には、副作用を考慮に入れる必要がある。
アミオダロン服用中の患者
アミオダロン<注釈:不整脈のクスリ(商品名アンカロン)>服用中の患者では、14〜18%で甲状腺機能異常がみられる。だから、アミオダロン治療を開始する前に、血中TSH値を調べる必要があり、アミオダロン服用中も6ヶ月毎に甲状腺機能をチェックするべきである。アミオダロン服用中には、甲状腺機能低下症(この場合は、甲状腺ホルモン剤を補充する)や甲状腺機能亢進症になる。アミオダロンによる甲状腺機能亢進症には2つのタイプがある。タイプ1は、ヨードによる甲状腺機能亢進症と同じで、血中TSH低値、T3とT4が高値、放射性ヨード摂取率低値を示す。カラードップラーでは、バセドウ病のように甲状腺内の血流が増加している(13)。放射性ヨード摂取率低値のため、放射性ヨード治療は適さない。抗甲状腺薬を使用しても、効果は確実ではない。軽症の場合には、アミオダロン服用を続けていても、症状が改善してくることもある。アミオダロン服用を中止しても、甲状腺機能が正常化するのに数ヶ月を要する。タイプ2は、破壊性甲状腺炎に似ている。検査所見、放射性ヨード摂取率はタイプ1と同じである。しかし、カラードップラーでは、甲状腺内の血流が減少している。副腎皮質ホルモン剤の投与が推奨されている。ときに、甲状腺切除を必要とすることもある。
潜在性甲状腺機能亢進症
血清TSHが正常以下に抑制され、血清フリーT4とフリーT3が正常の状態を潜在性甲状腺機能亢進症と呼ぶ(14,15,16,17)。血清TSH 低値は、甲状腺ホルモン剤過剰投与や甲状腺ホルモン過剰産生により引き起こされる。潜在性甲状腺機能亢進症の頻度は、成人または高齢者の2%程度である(17,18,19,20,21,22)

潜在性甲状腺機能亢進症の臨床的な意義は、3つの危険因子と関連してくる:1]顕性甲状腺機能亢進症への進展、2]心臓への影響、3]骨への影響、である(17,22-25)。甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン補充療法を受けている場合には、血中TSH は正常範囲(0.3〜3.0 mU/L)を保つようにするべきである。例外は、分化型甲状腺癌術後に行う甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法であり、この場合は血中TSHが正常以下に軽度〜中等度抑制されていることが望ましい。一部の医師は、放射性ヨードを取り込まない良性甲状腺結節(コールド結節と呼ぶ)に対して甲状腺ホルモン剤をTSHが十分に抑制される量を投与する。

結節性病変を持つ患者の潜在性甲状腺機能亢進症は、将来、高頻度に顕性甲状腺機能亢進症に進展するので、治療を行う正当性がある。最近の研究で、潜在性甲状腺機能亢進症を長期間放置すると、骨塩量の低下が起こることが報告されている(26)。この結果からこの研究者たちは、潜在性甲状腺機能亢進症は、閉経後の女性において骨粗鬆症の危険因子であると結論付けている。男性と閉経前の女性では、潜在性甲状腺機能亢進症が骨粗鬆症の危険因子であるかどうかは不明である。高齢者では、潜在性甲状腺機能亢進症は心房細動の頻度を3倍に高める(22)。潜在性甲状腺機能亢進症による心臓への他の悪影響は、左心室拡張期充満の障害、運動時の左心室駆出率の障害である(24,25)

潜在性甲状腺機能亢進症の治療については、まだコンセンサスが得られていない。最近の総説では、ほとんどの患者では治療は必要ないが、甲状腺機能検査は6ヶ月毎に行うべきであると勧めている(17)。AACEは、潜在性甲状腺機能亢進症患者は全員、定期的に甲状腺機能をチェックして、治療の必要性を評価することを推奨する。

当然、潜在性甲状腺機能亢進症と診断されたら、抑制されたTSHが一時的なものか持続しているものかをみるために再検査をするべきである。我々は、2〜4ヶ月後にフリーT4、フリーT3と一緒にTSHを再検することを勧める。もし、再検査でやはりTSHが抑制されていたら(0.1mU/L未満)、個々の患者で治療の必要性を考慮する。例えば、甲状腺機能亢進症の症状がある場合、心房細動がある場合、原因不明の体重減少がある場合などは、治療を要するかもしれない。骨粗鬆症や骨量減少がみられる女性では、治療を考慮すべきである。多結節性甲状腺腫の場合も、治療をするべきである。治療法は、抗甲状腺薬やアイソトープ治療である。骨粗鬆症をもつ閉経後の女性の場合には、カルシウム、女性ホルモン、ビスホスホネート、これらの併用治療も必要になる(27)

甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症は甲状腺からの甲状腺ホルモンの分泌低下の結果として生じる。米国では、甲状腺機能低下症の最も多い原因は慢性甲状腺炎(橋本病)である。他の原因では放射性ヨード治療後、頚部への外照射後、甲状腺手術後と甲状腺ヨード有機化障害、正常甲状腺組織がリンパ腫のような腫瘍に置き換わってしまったとき、リチウムやインターフェロンなどの薬剤によるものなどがある。二次性甲状腺機能低下症としては脳下垂体性と視床下部性がある。甲状腺機能低下症の原因は、しっかり診断するべきである。
臨床症状
症状は一般に甲状腺機能低下の期間と程度、甲状腺機能低下症が起こる速度と患者の心理上の特徴と関係がある。甲状腺機能低下症の症状には次のようなものがある。
  • 疲労
  • 水分貯留による体重増加
  • 皮膚乾燥と寒がり
  • 皮膚黄染
  • 脱毛
  • 嗄声
  • 甲状腺腫
  • アキレス腱反射弛緩相の遅れ
  • 運動失調
  • 便秘
  • 記憶障害と精神障害
  • 集中力低下
  • うつ病
  • 月経不順と不妊
  • 筋肉痛
  • 高脂血症
  • 徐脈と低体温
  • 粘液水腫
ほとんどの内科医は甲状腺機能低下症を診断し、治療できるが、特殊な状況では甲状腺疾患の診察に慣れた内分泌医が甲状腺機能低下症の些細な症状にも気付きやすく、甲状腺の触診にも熟練している。次のような状況の場合には、内分泌専門医に紹介することを勧める。
  • 18才以下の患者
  • 治療が効きにくい患者
  • 妊娠している患者
  • 心臓病をもっている患者
  • 甲状腺腫、結節性病変などの甲状腺の形の異常をもつ患者
  • 他の内分泌疾患をもつ患者
すべての慢性甲状腺炎の患者が甲状腺機能低下症になるわけではないし、あるいは甲状腺機能低下症をもっていたとしても、ずっと一生甲状腺機能低下症のままであるとは限らない。稀に、慢性甲状腺炎患者では甲状腺機能低下症から機能正常になったり、TSHレセプター刺激抗体(TSIあるいはTRAb)による甲状腺機能亢進症すなわちバセドウ病にさえ変わることがある。もしこれらの患者が甲状腺ホルモン剤治療中なら、減量あるいは中止さえ必要になるかも知れない。それ故に、適切なフォローアップは重要である。患者には治療に変更がありうることを知らせるべきである。患者が甲状腺腫を持っている時には、注意深い問診と診察を含めた評価と適切な検査が行われるべきである。慢性甲状腺炎を持っている患者は、白斑、リウマチ様関節炎、アジソン病、糖尿病、悪性貧血のような他の自己免疫疾患などの出現率が高い(2,28)
診 断
[検査所見]
甲状腺機能低下症の診断と病因を確立するために、最も費用効果が高い方法で検査を行うことが必要である。最も価値あるテストは高感度TSH測定法である。血清TSH測定は甲状腺機能低下症の診断を確立するための主要なテストとして用いられるべきである。

次の検査も追加される。
  • フリーT4
  • 甲状腺自己抗体(甲状腺ペルオキシダーゼ抗体<注釈:抗TPO抗体>あるいは抗サイログロブリン抗体<注釈:抗Tg抗体>)
  • 甲状腺シンチ、超音波
[鑑別診断]
慢性甲状腺炎患者の甲状腺の大きさは萎縮、正常大、あるいは腫大とさまざまである。甲状腺自己抗体が慢性甲状腺炎患者の95%で陽性で、高い抗体価は診断の一助になる。甲状腺結節は慢性甲状腺炎で珍しくなく、その結節は甲状腺癌の危険性(5%)も少しある。慢性甲状腺炎を持っている患者での甲状腺の突然の腫脹は甲状腺悪性リンパ腫の存在を疑わせる。

橋本病患者は高感度TSHを含め甲状腺機能検査では異常がないかも知れない。潜在性甲状腺機能低下症患者ではT4、フリーT4、T3値は正常で高感度TSHが高値である。顕性甲状腺機能低下症患者ではT4、フリーT4値は低値で高感度TSHは高値を示す(28,29)
治療と管理
[慢性甲状腺炎と顕性甲状腺機能低下症]
慢性甲状腺炎と顕性甲状腺機能低下症の治療と管理は個別の患者に合わせて計画されねばならない。多くの内分泌医は、血清TSH値が正常でも甲状腺腫に対して甲状腺ホルモン剤を投与する。すべての医師は、顕性甲状腺機能低下症に対して甲状腺ホルモンによる補充療法をするであろう。潜在性甲状腺機能低下症に対する治療に関しては、次の項目で説明する。

AACEは高品質の甲状腺ホルモン剤製剤(T4)の使用を勧める。T4製剤の生物学的等量は、血清TSH値ではなく、血清T4値に基づいて判断する。ゆえに、一般に、生物学的等量は治療等量と同じではない。さらに、いくつかのT4製剤は標準のT4製剤と比べて、品質が劣る。治療中は同じ商標のT4製剤を使用することが望ましい。一般的に、甲状腺ホルモン粉末、甲状腺ホルモンの合剤、あるいはT3製剤は補充療法として用いられるべきではない。投与量は個別の患者で異なるであろうが、現時点ではT4の平均投与量は1日に1.6マイクログラム/kgであると思われる<注釈:日本で使用されている甲状腺ホルモン剤は、チラーヂンSであり、25マイクログラム、50マイクログラム、100マイクログラムの3種類の錠剤がある>。最適補充量に達するまでの期間は、患者によって違う。T4の投与開始量は年齢、体重、心臓の状態、甲状腺機能低下症の重症度や期間によって、12.5マイクログラム/日から最適補充量/日までさまざまである。重要なことは、別のT4製剤に変更したときや投与量を変更した場合には、6週間後に甲状腺機能を調べて、投与量を調整すべきである。その検査には、血清TSHが最も重要であり、場合によってはフリーT4 が含まれるかも知れない。一端、TSHレベルが正常範囲になったら、診察の頻度は減らすことができる。それぞれの患者の状態で違ってくるが、普通、フォローアップは6ヶ月毎に、それで変化なければ1年毎に延ばす。フォローアップでは、問診と診察が適切な検査と一緒に行われるべきである。甲状腺ホルモン剤を服用している患者に対しては、甲状腺疾患について又は合併症について説明することによって患者と一緒に治療計画をたてることで、患者の服薬状況を良くすることができる。

甲状腺ホルモンの吸収は吸収不良や年齢に影響をうける。さらに、市販のT4製剤は生物学的活性(等量)が一定とは限らない<注釈:例えば、50マイクログラムの錠剤を比較すると、含まれているT4の量が違うことがあるということである。日本の場合、チラーヂンSしか販売されていないので心配ありません>。T4は治療域が狭いので、吸収におけるちょっとした違いが潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症または甲状腺機能亢進症になる。薬物相互作用が同じく問題になる。例えば、コレスチラミン<注釈:高コレステロール血症のクスリ(商品名クエストラン)>、硫酸鉄<注釈:鉄剤として貧血で服用する>、アルサルミン<注釈:潰瘍のクスリ>、カルシウム、アルミニウム水酸化物を含んでいる制酸薬などがT4吸収を妨害する。抗痙攣薬は甲状腺ホルモンの蛋白との結合に影響を与える。抗結核剤(リファンピシン<注釈:商品名リファジン>)やsertraline hydrochloride<注釈:抗うつ剤、日本では発売されていないようです>のような薬はT4の代謝を速めるので、より多くのT4投与量を必要とするかもしれない。医師は吸収特異性と薬物相互作用を考慮してT4投与量の適切な調整をすることを要求される。不適当なT4補充療法は、患者の診察回数増加と検査ために医療費の無駄遣いの原因になる(28,30-35)

最近、T3とT4の併用療法やブタの甲状腺末による治療の有用性について再び、関心が寄せられてきている。しかし、少人数を対象とした研究で、薬物の投与もたった5週間しか行っていない。治療効果の判定は、気分の変化に基づいている。投与するT3とT4の比率は、ブタの甲状腺末とは比率が異なっている。このT3とT4の併用療法で、一部の患者で症状の改善がみられたと報告しているが、追試はなされていない(36,37)。どちらにしろ、どのような甲状腺機能低下症の患者が、T4単独投与よりT3とT4の併用療法に適しているかどうかというはっきりした基準はない。
[潜在性甲状腺機能低下症]
潜在性甲状腺機能低下症というレッテルをはられた疾患については多くの論議があった。血中TSHは軽度高値だがフリーT4、フリーT3は正常値を示す状態を潜在性甲状腺機能低下症と呼ぶ。潜在性甲状腺機能低下症は、早期の甲状腺機能不全の状態と考えられるにもかかわらず、このような患者は症状を持たないこともある。潜在性甲状腺機能低下症の頻度は想像以上に多く、報告によれば1〜10%であり、妊婦、高齢者、ヨード摂取の多い人で頻度が高い。通常、潜在性甲状腺機能低下症は症状がなく、ルーチンのTSHスクリーニング検査で見つかる。潜在性甲状腺機能低下症の原因疾患で一番多いのは、慢性甲状腺炎(橋本病)である。潜在性甲状腺機能低下症が将来、顕性甲状腺機能低下症になる確率は3〜20%であり、甲状腺腫または甲状腺自己抗体(両方)をもっていれば顕性甲状腺機能低下症になる確率は高くなる(16,18)

潜在性甲状腺機能低下症は症状のないことが多いが、将来、顕性甲状腺機能低下症、心血管系に与える悪影響、高脂血症、精神神経障害を起こす危険性を持っている(16,19)。最近の研究から、潜在性甲状腺機能低下症を治療することで心血管系の危険因子を減少させ、脂質代謝を改善し、神経行動異常を最小限に食い止めることが分かってきた(19,20)。しかし、これらの研究の一部において、対象が血清TSH10mU/L以上の症例が含まれている。血清TSH5〜10mU/Lの軽度症例については、治療効果については一致した結果が出ていない。

潜在性甲状腺機能低下症患者が甲状腺ホルモン剤治療を受けるかどうかについては論争されてきた。最近では、治療賛成派と反対派に分かれている(19,21)。我々は、血清TSH10mU/L以上の場合もしくは血清TSH5〜10mU/Lでも甲状腺腫または甲状腺自己抗体(両方)がある場合には、甲状腺ホルモン剤による治療をする方が望ましいと考える。この条件を満たす患者は、将来、顕性甲状腺機能低下症になる危険性が高いからである。甲状腺ホルモン剤は25〜50μg/日から開始し、6〜8週間後に血清TSH値を測定し、甲状腺ホルモン剤の投与量を決める。 血清TSHを0.3〜3.0mU/Lに保つよう甲状腺ホルモン剤の投与量を決める。一旦、血清TSHが安定したら、年一回の診察でよい<注釈:アメリカは医療費が高いために、診察回数はなるべく少なくしようとするが、実際には、年2回くらいの診察が適していると思う>。
妊娠と甲状腺機能低下症
妊娠中、顕性甲状腺機能低下症を治療しないで放置すると、妊婦の高血圧、子癇前症、貧血、産後出血、心不全、自然流産、胎児死亡、死産、出生児低体重児、知能低下(可能性が報告されている)の頻度が高くなる(38)。住民検診の研究から、いくら軽度で無症状であっても、母親の潜在性甲状腺機能低下症を治療しないで放置すると、生まれてくる児の認知能力に障害が生じる可能性が示唆され、妊娠中に甲状腺ホルモン剤で治療することでその児の認知障害を防ぐことができることが示された(39)。妊娠中に血清TSH値が軽度増加していると、流産の危険性が高まるかもしれないが、甲状腺ホルモン剤の治療によって流産が予防できるかについては分かっていない。妊娠中に血清TSH値が軽度増加している妊婦のほとんどで、血清TSH値や甲状腺ホルモン値とは関係なく、甲状腺自己抗体自体が流産の原因になっているかもしれない(38,40)。甲状腺ホルモン剤は妊娠中に服用しても安全なので、たとえ軽度の甲状腺機能低下症であっても、すべての甲状腺機能低下症を持つ妊婦は、妊娠中、甲状腺ホルモン剤で補充療法を受けるべきである。さらに、甲状腺機能低下症をみつけるために、妊娠前と妊娠初期に血清TSH値をチェックするべきである。

甲状腺機能低下症または慢性甲状腺炎の女性が妊娠した時、甲状腺機能が変化するかも知れない。甲状腺機能は良くなることもあり、悪くなることもある。一般に、中程度から高度の甲状腺機能低下症患者が妊娠したときには甲状腺ホルモンの補充量は増やす必要がある。これらの妊婦は、甲状腺ホルモン剤の投与量が適切かどうかを評価するために、妊娠中は6週間毎に血清TSHを測定するべきである(41-43)
他の疾患を持つ甲状腺機能低下症患者
[糖尿病]
IDDM(タイプ1)糖尿病を持っている患者のおよそ10%が、慢性甲状腺炎を持っており、知らないうちに潜在性甲状腺機能低下症に陥る例もある。糖尿病患者では、甲状腺が腫れていないかどうか触診をするべきである。もし甲状腺が腫れてきたり、他の自己免疫疾患があるなら、糖尿病の患者で定期的に高感度TSH測定がなされるべきである。さらに、IDDM(タイプ1)糖尿病女性患者の25%以上が産後甲状腺炎になるであろう(44,45)
[不 妊]
不妊と月経不順のある患者の一部に、慢性甲状腺炎による潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症が原因のものがいる。典型的には、これらの患者では甲状腺機能低下症よりどちらかというと、不妊、流産のために医療機関を受診することが多い。慢性甲状腺炎は注意深い問診、診察と適切な検査によって診断できる。TSH高値がみられる患者に対し、甲状腺ホルモン剤を投与すると月経周期を正常化して、正常な受精能が復活するかも知れない(2,28,46)
[うつ病]
潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症の存在は、うつ病すべての患者で考慮されなくてはならない。実際に、うつ病をもつ患者の一部に顕性あるいは潜在性甲状腺機能低下症がみられる。さらに、うつ病の治療薬であるリチウムは甲状腺腫と甲状腺機能低下症を誘発するので、すべてのリチウム治療中のうつ病患者は、定期的な甲状腺機能検査を必要とする。

慢性甲状腺炎、潜在性あるいは顕性甲状腺機能低下症の診断はTSH高値と甲状腺自己抗体陽性によりなされる。適切な甲状腺ホルモン剤補充療法が開始されるべきである。精神科診療の場で時折、甲状腺機能は正常にも拘わらず、若干のうつ病患者が、甲状腺ホルモンを投与されていることがある。甲状腺ホルモン剤治療のみで、なんらかの形でうつ病を軽減するという証拠はいまのところない(28,33)
[Euthyroid Sick Syndrome]
慢性疾患をもつ患者での甲状腺機能の評価は難しい。副腎皮質ホルモン剤やドーパミンなど多くの薬剤が甲状腺機能に影響を与える。さらに、患者が病的状態や飢餓状態にある時、からだの代謝を減らせることによって代償しようとするために、甲状腺機能は一般には、TSH正常か低値、フリーT3低値とフリーT4低値を示す。血清TSH値が10mU/L以下なら、患者が病的状態から回復するまで、甲状腺ホルモン剤による治療はしないで経過をみるべきである。甲状腺ホルモン剤治療を始める前に、臨床内分泌医によって甲状腺機能の評価がなされることが適切と思われる。

結 論
AACE によるこれらの指針は甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療へのいくつかのアプローチを示している。この指針は甲状腺疾患の複雑さを指摘して、診断や治療のやり方を示すように意図されている。しかし、すべてこの指針で治療の選択をするわけではない。

潜在性甲状腺疾患は、しばしば診断されないままで放置されている。しっかりした判断、患者教育、適切な診断、適切な治療の開始と患者との掛かり合いを通して、患者の最適なケアーが達成される。

. Dr.Tajiri's comment . .
. AACEは1995年に、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療に関するガイドラインを発表しています。AACEは2002年に改訂版を発表しました。今回の詳しい情報は、この新しいガイドラインを紹介しました。新しいガイドラインで、大きく変わっている点は、1]バセドウ病眼症とアイソトープ治療の因果関係について詳しく説明している、2]アミオダロン服用している人の甲状腺機能異常についての記載を新しく加えた、3]潜在性甲状腺機能亢進症についての記載が大きく変わった、4]潜在性甲状腺機能低下症のについての記載が大きく変わった、5]妊娠時の甲状腺機能低下症の治療に関する記載が大きく変わった、ことです。日本甲状腺学会も甲状腺疾患診断ガイドラインを発表しています。現在、バセドウ病治療の手引きを作成中です。

以下のページも参考にしてください。
臨床ガイドライン<1>甲状腺疾患のスクリーニング
臨床ガイドライン<2>甲状腺疾患のスクリーニング:最新情報
妊娠中の甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症の管理とスクリーニング
小児のバセドウ病に対する治療、特に放射性ヨード治療について[総説]
妊娠に合併したバセドウ病:母体の病状または治療に関連した胎児の奇形と甲状腺機能異常[総説]
欧州における甲状腺眼症の治療の現状:各国調査の結果
重要な甲状腺機能低下症の研究に対する米国内分泌学会のコメント
抗甲状腺剤の副作用
妊娠初期の母親の甲状腺機能低下症と児の知的発達について
高用量のプロピルチオウラシルを服用している母親から母乳だけで育てられている乳児の甲状腺機能
甲状腺機能異常を見つけるためのアメリカ甲状腺学会ガイドライン
腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の管理に関する最新情報[論評]
バセドウ病眼症の予防[論説]
臨床的展望:母親の甲状腺機能低下症または低サイロキシン(T4)血症と神経心理的発達は関係あるのか?
ヨーロッパ、日本、およびアメリカでのバセドウ病の診断と治療における類似点と相違点
バセドウ病:抗甲状腺剤、手術あるいは放射性ヨードによる治療…前向き、無作為試験
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症患者の治療ガイドライン
薬物治療:サイロキシン<注釈:チラーヂンS>治療[総説]
薬剤療法:甲状腺機能亢進症の管理[論評]
妊娠中および授乳中の抗甲状腺薬使用について[論評]
妊娠時の甲状腺機能低下症:新生児の健康に及ぼす影響
バセドウ病眼症の治療:合理的なアプローチ
バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2001年版
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参考文献]・[もどる