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抗甲状腺薬による無顆粒球症:診断と治療
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

. Dr.Tajiri's comment . .
. この情報は、あくまでも私個人の意見であり、別の意見もあります。そこのところの事情をお酌み取りの上、お読みください。今回の情報は、現在のところコンセンサスが得られたものではありませんから、抗甲状腺薬による無顆粒球症の診断と治療に関する詳しい情報は、成書や雑誌の特集などを参考にしてください。 .
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まとめ
まず、現時点での抗甲状腺薬による無顆粒球症の診断と治療についてまとめると以下のようになると思う。
  1. 抗甲状腺薬を開始する際には、必ず治療前の白血球数と顆粒球数を測定しておく。
  2. 無顆粒球症は顆粒球数が500/mm3未満と定義する。
  3. 少なくとも、抗甲状腺薬治療開始3ヶ月以内は、白血球数と顆粒球数を来院時に測定する。稀だが、抗甲状腺薬服用開始1年以上経ってから無顆粒球症を起こすこともあるので、できれば抗甲状腺薬を服用中は、定期的に白血球数と顆粒球数を測定することが望ましい。
  4. 白血球数が正常である無顆粒球症があるので、必ず顆粒球数と一緒に測定すべきである。
  5. 無症状期に見つかる無顆粒球症があるので、症状だけに頼っていては発見が遅れることがある。
  6. 顆粒球減少症(顆粒球数1,000/mm3未満)と診断したら、抗甲状腺薬を中止する。抗甲状腺薬を中止後も顆粒球数が減少するタイプがあるので、そのような例は無顆粒球症に準じた対策を取るべきである。
  7. 無顆粒球症の診断がついたら、原因となる抗甲状腺薬を中止し、ヨウ化カリウムまたはルゴールを投与し(場合によってはベータ遮断薬も)、甲状腺専門医に紹介することが望ましい。
  8. 顆粒球減少症(顆粒球数1,000/mm3未満)または軽症無顆粒球症(顆粒球数100〜499/mm3)に対しては、可能ならG-CSF(75μg または100μg)一回投与試験を試みる。G-CSF皮下注投与4時間後の顆粒球数が1,000/mm3を越えていれば、顆粒球数は自然に増えてくるので、入院やさらなるG-CSF投与の必要もない。もし、4時間後の顆粒球数が1,000/mm3未満なら、顆粒球数は抗甲状腺薬を中止しても減り続けるので、入院の上、感染症の治療を行う必要がある。
  9. 軽症無顆粒球症(顆粒球数100〜499/mm3)は、G-CSF治療に対して反応しやすいので、顆粒球数が1,000/mm3を越えるまで(無顆粒球症からの回復と定義する)G-CSF治療を続ける方がいいかもしれない。
  10. 重症無顆粒球症(顆粒球数100/mm3未満、多くはゼロ)は、G-CSF治療に反応しないので、G-CSFの投与は行わないで、入院の上、感染症に対する治療を行いながら、顆粒球数が回復してくるのを待つ。通常、顆粒球数が回復するには7〜14日を要するので、前もって患者や家族にその旨、説明をしておいた方がよいと思う。
  11. 海外の報告によれば、高用量のG-CSFを投与すると重症無顆粒球症に対しても効果がある可能性もあるが、日本の場合は、以下に述べるように保険診療での制約を受けているため、非現実的な治療法であろう。
  12. 現時点では、抗甲状腺薬による無顆粒球症は、G-CSFの保険適応疾患になっていないので、日本甲状腺学会や日本内分泌学会から厚生労働省に働きかけて保険適応疾患として認可してもらう。
  13. 結局、抗甲状腺薬による無顆粒球症は、早期発見・早期治療がもっとも大切なことであると思う。

はじめに
抗甲状腺薬バセドウ病の治療薬として広く世界で使用されている。しかし、この薬剤は少なからず副作用があることで知られている。抗甲状腺薬の副作用のうちで無顆粒球症は最も重篤なものであり、頻度は低いにもかかわらず臨床上重要で、一般臨床家にとっても注意を要するものである。従来は、抗甲状腺薬による無顆粒球症は急激な発症をするので予測は難しく、従って白血球をルーチンに調べることは無駄であると考えられていた。しかし、抗甲状腺薬を投与中の患者で全例、白血球をチェックして注意深く観察すると、発熱などの症状が出現する前から既に白血球、顆粒球が減少している症例が意外と多く、今まで言われていた発熱など感染症状の急激な出現を特徴とする典型的な無顆粒球症は少ないことがわかった(1)。この事実より、我々は抗甲状腺薬による無顆粒球症の早期発見に白血球数および顆粒球数のルーチン測定が有用であることを報告してきた(3)。抗甲状腺薬による無顆粒球症の中には、一部に白血球が正常なのに顆粒球だけ減少している正常白血球数無顆粒球症が存在することも分かった(3)。このことから、抗甲状腺薬による無顆粒球症をルーチン検査で早期診断するためには白血球数だけでは不十分で、顆粒球数も同時に測定する必要がある。また、顆粒球数が1000/mm3未満の顆粒球減少症や無顆粒球症の発症時に、75μgのG-CSFを一回皮下注し、4時間後の顆粒球数をみれば、自然に顆粒球数が回復するかその後も顆粒球数が増えてこないかを予測することが可能になり、入院するかどうかクリーンルームに入室すべきかどうかも分かるようになった(4)。これは臨床的に重要なことで、不必要な入院を避けることができ、医療費抑制にも貢献できるものと考える。ひいては、患者さんの精神的苦痛をも回避できるわけである。

治療に関しては、G-CSF(Granulocyte-Colony-Stimulating-Factor:顆粒球コロニー刺激因子)が使用できるようになるまでは、原因となる抗甲状腺薬を中止し、ヨウ化カリウムまたはルゴールに変更して(場合によってはベータ遮断剤も)、感染に対し抗生物質、ガーグルを使用しながら、ただひたすら顆粒球数が増えてくるのを待つのみであった。G-CSFは当初、期待したほど効果がないことを報告している研究者もいる(5)。さらに、重症の無顆粒球症に対しては効果が期待できないことも分かってきた(6)。抗甲状腺薬による無顆粒球症に対しては、重症になる前に早期発見、早期治療の重要性を改めて認識させられた。

本稿では、我々の今までの経験をもとに抗甲状腺薬による無顆粒球症の診断、治療について論じたい。

抗甲状腺薬による無顆粒球症の診断
無顆粒球症の定義は、顆粒球数が500/mm3未満である。白血球の数は問わない。無顆粒球症単独である条件は、ヘマトクリットが30%以上、血小板が10万/mm3以上である。これは、再生不良性貧血との鑑別のためである。抗甲状腺薬による無顆粒球症の頻度は、メルカゾールで0.35%、PTUで0.45%である(1)

現在は、白血球数および顆粒球数は、血球自動分析器により簡単に測定できる。ただ、そのような高価な機械は、大病院か検査センターにしかないのが現状であろう。抗甲状腺薬を服用中に発熱などの感染症を思わせる症状がでたら、白血球数だけでなく顆粒球数も測定することが必要になってくる。その場合には、昔ながらの血球計算板による顕微鏡での目算が必要になってくる。医学部学生の頃や研修医時代には、自分で白血球数や赤血球数を測ったものである。しかし、忙しい日常臨床の場では、自分で顆粒球数を数える時間などない。最近は、白血球数、赤血球数、血小板までは測定できる機械が、クリニックレベルでも揃っているところも増えてきた。検査センターに出しても、至急にすればその日のうちに結果は判明する。一般臨床医の先生は、このような対応でいいと思う。因みに、当院では簡単な白血球分画まで分かる機械を使っている。抗甲状腺薬を服用中の患者には、全例、白血球数と顆粒球数を測定している。しかし、この機械は高価なものではないので、白血球分画として保険請求はできない。保険請求できるのは大学病院や検査センターにある高価な機械で測った白血球分画である。それなら、実際どのようにしているかというと、簡単な機械で顆粒球数が1,000/mm3以下なら、検査技師が血球計算板による顕微鏡での目算で顆粒球数を測る。簡単な機械の値と大きく乖離したことは、いまだ一度も経験がない。しかし、ダブル・チェックの意味もあるので、血球測定器械で顆粒球数が少ない場合には必ず、人間の目で顆粒球数を測るようにしている。
抗甲状腺薬を中止するのは顆粒球数がいくつになったとき?
抗甲状腺薬を中止するのは、顆粒球数が1,500/mm3未満になったときと書いている教科書もあるが、実地臨床では1,000/mm3未満でいいと思う。1,000/mm3未満を顆粒球減少症と定義したい。できれば、一般臨床医の先生は、この時点で甲状腺専門医に紹介することをお勧めします。1990年、Arch Intern Med に発表した55例の抗甲状腺薬による無顆粒球症の報告(2)で、55例中9例で抗甲状腺薬を中止したときには、顆粒球減少症(940±340/mm3)であったが、数日後に無顆粒球症になった(270±160/mm3)。さらに、1997年、Thyroidに発表した報告(4)では、顆粒球減少症に対してG-CSF治療を行ったにもかかわらず、顆粒球減少症28例中3例で無顆粒球症に陥った。以上より、顆粒球減少症で抗甲状腺薬を中止後、顆粒球数が減少するタイプは無顆粒球症に準じた対策を取るべきである。当然のことながら、抗甲状腺薬を中止した後は、ヨウ化カリウムまたはルゴール(場合によってはベータ遮断剤も)を投与しておくことを忘れてはいけない。バセドウ病に対する治療を手術やアイソトープ治療に切り替えるために、甲状腺機能をできる限り正常に保つ必要があるからである。
抗甲状腺薬による顆粒球減少症または無顆粒球症と診断がついたら、一般臨床医の先生はこの時点で、甲状腺専門医に紹介することをお勧めします。紹介を受けた甲状腺専門医は、入院が必要かどうかを決断しなければならない。そのときに、威力を発揮するのが、G-CSF一回投与試験です。この試験について簡単に説明しますと、75μg(商品名:グラン、三共製薬)または100μg(商品名:ノイトロジン、中外製薬)のG-CSFを一回皮下注し、4時間後の顆粒球数が1,000/mm3を越えていれば、顆粒球数は自然に増えてきますので、入院の必要はなく、その後G-CSFを投与することもありません。もし、G-CSF皮下注して4時間後の顆粒球数が1,000/mm3未満なら、顆粒球数は抗甲状腺薬を中止しても減り続けますから、入院の上、感染症の治療を受ける必要があります(4)。G-CSF皮下注4時間後の顆粒球数に基づいた抗甲状腺薬による顆粒球減少症および無顆粒球症に対する治療戦略を【図1】に示します。これについては、治療のところで詳しく説明します。

抗甲状腺薬による無顆粒球症無顆粒球症は、ほとんどの場合、抗甲状腺薬の服用を開始して3ヶ月以内に起こるので、少なくともその期間は診察時に白血球数とできれば顆粒球数を測定することは、多くの甲状腺専門医も異論はないと思う。ここで気をつけなければいけないことは、バセドウ病患者は白血球数がもともと少ない人がいるということです。抗甲状腺薬で治療を開始する前の白血球数と顆粒球数は必ず調べておくことが重要です。もし、抗甲状腺薬治療を開始する前に血球数や顆粒球数が少ない場合でも、抗甲状腺薬の投与は通常通り開始して問題はありません。治療とともに白血球数、顆粒球数は正常に戻ることもあるし、変わらないこともありますが、治療前値より下がらなければ抗甲状腺薬を続けても大丈夫です。

抗甲状腺薬による無顆粒球症無顆粒球症は、症状がでてから白血球数、顆粒球数を測ればいいと主張する研究者もいます。その場合、無顆粒球症が重症化したら敗血症による多臓器不全で死亡する危険性があります。昨年暮れに、マスコミで抗甲状腺薬による無顆粒球症で7人が死亡したという報道がなされました。これは、氷山の一角で、実際にはもっと多くの人が抗甲状腺薬による無顆粒球症で亡くなられているのではないかと思っています。抗甲状腺薬を処方する場合、甲状腺専門医以外の先生は、副作用、特に無顆粒球症について患者にちゃんと説明しているでしょうか。忙しい外来で、そのような副作用の説明をする時間はないのが実状です。では、薬剤師は副作用について説明しているかというとかなり怪しいと思います。ここも、時間がないのです。早い話が、日本の医療制度の問題にまで遡ることになります。数でこなす医療ではなく、患者さんにきめ細かい医療ができるように医療制度自体を改革して欲しいものです。話が、脱線してしまいました。本論に戻りましょう。

我々は、1990年に抗甲状腺薬による無顆粒球症55 例をまとめてArch Intern Med誌に発表した(2)。これが、現在、抗甲状腺薬による無顆粒球症に関する英文で書かれたもので一番大きな規模の報告である。その後、症例数を70例に増やして1993年、日本内分泌学会誌に再度発表した(1)。この研究で分かったことは、今まで言われてきた発熱などの感染症状を伴って突然発症する典型型(19例、27.2%)は以外と少なく、ルーチン白血球測定で発見されたときには無症状で抗甲状腺薬中止後数日して感染症状のでる移行型(17例、24.3%)や抗甲状腺薬中止後もずっと症状のない無症状型(34例、48.5%)が多いことが分かった。いままでは、抗甲状腺薬による無顆粒球症は急激に発症する典型型であると教科書にも記載されており、白血球をルーチンに測定することは有用でないと言われていた。しかし、移行型で白血球を測定しないでそのまま抗甲状腺薬を投与しつづけ、症状の出たときに初めて白血球を測ると、あたかも典型型であるように思えることが今回の研究により分かった。無症状型では、早期に無顆粒球症を発見して抗甲状腺薬を中止し、適切な治療を行ったために症状が出なかったと考えたいが、control studyをしていないので治療効果については不明である。しかしながら、この無症状型の症例を無顆粒球症と知らずに抗甲状腺薬を使用し続けると重症化して症状が出現してくることが予想される。又、今回我々が経験した抗甲状腺薬による無顆粒球症70例で1例の死亡例もなかったことは早期発見、早期治療によるところが大きいと思われた。以上より、抗甲状腺薬による無顆粒球症の早期発見にはルーチンの白血球測定の重要性を主張してきた。ただ、この意見に反対の立場を取る研究者も多い。

しかし、バセドウ病患者が年間1,000例以上新患で訪れるような野口病院伊藤病院隈病院のような甲状腺専門病院では、ルーチンに白血球測定を測定することで、無症状期の無顆粒球症を発見できることが実感できると思う。野口病院では、1975年から抗甲状腺薬を服用中の患者は全例、白血球をルーチンに調べており、1989年5月までは白血球数を自動血球測定装置(Sysmex CC700、東亜)にて測定し4,000/mm3以下の場合スメアー顕鏡にて顆粒球数を測定し、1989年5月以降はSysmex NE6000(東亜)にて、全例で白血球数と顆粒球数を測定している。ルーチンに白血球数を調べるようになって以来、野口病院では抗甲状腺薬による無顆粒球症で死亡した患者はいない。これは、ルーチンに白血球数を調べることで早期発見、早期治療が行われているからであると想像できる。このように、抗甲状腺薬による無顆粒球症はルーチンに白血球を測定することで無症状期に発見できる可能性があるので、抗甲状腺薬服用中の患者にはルーチンに白血球を測定することをお勧めする。
ルーチンに測定するのは白血球数だけでよいか?
1993年に我々は、抗甲状腺薬による無顆粒球症77例のうち、無顆粒球症と診断された時点で白血球数3,000/mm3以上の症例が12例(15.6%)存在することを報告した(3)。このうちの10例では無顆粒球症が見つかったときには感染の症状もなかった。この10例の中には白血球数5,700/mm3と5,900/mm3の2例も含まれていた。白血球数3,000/mm3以上の抗甲状腺薬による無顆粒球症を“normal WBC count agranulocytosis”という概念として取り扱うことを提唱した。この研究から、従来のように白血球数のみを調べていたのでは、“normal WBC count agranulocytosis”を見逃し、重症化する可能性がある。抗甲状腺薬の投与を受けている患者に対しては、白血球数と共に顆粒球数もルーチンに測定する必要性を改めて痛感した。従って、我々は抗甲状腺薬の投与を受けている患者に対しては、白血球数と共に顆粒球数もルーチンに測定することをお勧めする。
無顆粒球症の発症日をいつにするか?
これは、重要な問題です。入院日を発症日とした場合は、G-CSFの効果を云々するのが、難しくなります。すでに自然に回復してくる時期であったなら、あたかもG-CSFがすぐ効いたように思えるでしょう。我々の症例は大部分がルーチンの白血球、顆粒球測定で偶然に見つかった症例なので、顆粒球500/mm3未満と診断した日が発症日です。すなわち、移行型、無症状型は無顆粒球症と診断した日がイコール発症日です。典型型は症状が出た日を発症日とした。他院から紹介された症例の場合は、問い合わせて無顆粒球症と診断された日を初日とした。
抗甲状腺薬を服用している患者に対して、いつまでルーチンに白血球数、顆粒球数を測定すればいいか?
野口病院院長・野口志郎先生が『抗甲状腺薬による無顆粒球症』(7)というタイトルで執筆された中で、野口病院で経験した1998年までの120例の無顆粒球症を詳細に調査したところ、「無顆粒球症の発症までの期間は2ヶ月以内が66%、2ヶ月以上〜12ヶ月以内が21%、1年以上が5%、不明が7%」と書いておられました。特に、服用開始して時間が経ってから無顆粒球症が発症している症例を詳細に調べると、途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例が多いとのことでした。話は古くなりますが、1989年に第62回日本内分泌学会総会において、九大心療内科と隈病院の共同発表でメルカゾールによる無顆粒球症31例の検討を発表されています。その中で、メルカゾール投与開始して6ヶ月以上経って無顆粒球症を発症している症例が7例(22.6%)にものぼっています。これは、私信なのですが、隈病院・内科部長の深田修司先生のお話では、隈病院でも抗甲状腺薬の服用開始一年以上経ってから無顆粒球症を発症してくる症例は結構いるそうです。患者さんに何度も確認して、ちゃんと服用していた人も含まれますが、多くは服用が不規則で途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例が多いというのが実状のようです。最近、メルカゾールを販売している中外製薬からの副作用情報で、「本剤投与中は定期的に血液検査を行い、異常が認められた場合は投与を中止するなど適切な処置を行うこと」という記載変更がありました。すなわち、抗甲状腺薬を服用している間は定期的に白血球数と顆粒球数を測ることを義務づけているわけです。以上から、言えることは基本的には、抗甲状腺薬による無顆粒球症は服用開始3ヶ月以内に起こることが多いが、抗甲状腺薬をちゃんと服用していない人が想像以上に多く、途中で1〜2ヶ月間クスリを中止している症例などは再投与の都度、無顆粒球症になる危険性があり、ただ単に長期間抗甲状腺薬を服用しているという理由で無顆粒球症が絶対に出ないという保証はないということです。すなわち、抗甲状腺薬を服用中の患者は、診察時には必ず、白血球数および顆粒球数を測定することが望ましいということです。患者の中には、クスリの服用が不規則であることを話してくれない人もいますから、医師の側が有効な対策を立てておく必要があります。

抗甲状腺薬による無顆粒球症の治療
治療に関しては、G-CSF以前とG-CSF以後に分けて考えると分かりやすいと思います。G-CSF如何にかかわらず、まず治療の第一ステップは問題の抗甲状腺薬を中止することです。一旦、抗甲状腺薬による無顆粒球症を起こしたら、交叉反応を起こす可能性があるため、もう一方の抗甲状腺薬は投与してはいけません。ヨウ化カリウムやルゴールに変更して、必要ならベータ遮断薬も使用しながら、無顆粒球症が回復してから手術アイソトープ治療を行います。

1990年に入って、遺伝子工学を利用してG-CSFが大量生産できるようになりました。G-CSFは白血球のうちでも、顆粒球を増加させる働きをしています。元来、G-CSFはヒトの体内にあり、細菌感染を起こしたときにG-CSFが血中に出てきて顆粒球を増加させ、細菌をやっつけるわけです。このG-CSFが、抗甲状腺薬による無顆粒球症の治療に使えるどうかの研究が、1990年頃から始められ、1993年にある程度まとまった症例数を対象とした2つの論文が出ました。ひとつはTajiriらの論文(6)、もう一つはTamaiらの論文(8)です。どちらにも共通しているのは、重症の無顆粒球症(例えば、顆粒球数100/mm3未満)にはG-CSFは無効であるという点です。この二つの研究では、G-CSFの使用量は75μg/日です。まず、この背景を知っておいて欲しいと思います。これからお話しすることと関連が出てきます。

G-CSFが臨床の場で使用できるようになるまでは(G-CSF以前)、抗甲状腺薬による無顆粒球症と診断されたら即、入院し、可能ならクリーンルームに入り、抗生物質、ガーグルなどで治療しながら、顆粒球数が回復してくるのをただひたすら待っていました。患者のストレス、患者の家族の心配もさることながら、診療している医師も、毎日が針の筵に座らされている心境になります。毎日、白血球数と顆粒球数をながめては、ため息をつくという状態が長いときは2週間続きます。もう胃潰瘍ができそうです。そして、いつも思うのは、何故こんな副作用の多いクスリを使わなければいけないのか、もっと安全なクスリは開発できないのかです。今のところ日本では、バセドウ病治療の主流は抗甲状腺薬です。アイソトープ治療や手術を受ける場合でも、甲状腺機能を正常にするまでは通常、抗甲状腺薬を使用します。この状況は、しばらく変わりないようです。抗甲状腺薬は、メルカゾール、チウラジール(プロパジール)ともに大変安価なクスリです。一錠10円なのです。何故、製薬会社が新薬を開発しないかお分かりでしょう。儲からないからです。我々、医師はクスリを開発する能力もお金もありません。新薬開発は製薬会社の義務と思うのです。ただ、バセドウ病自体が、原因不明の病気ですので、製薬会社だけに責任を押しつけるのは酷というものかもしれません。G-CSF以前では、顆粒球が1,000/mm3以上(無顆粒球症からの回復と定義する)になるのに典型型では平均8.5日、移行型10.4日、無症状型5.0日でした。G-CSFが使用可能になった1990年から一年間に経験した抗甲状腺薬による無顆粒球症6例に対してG-CSF75 μg/日を投与した結果、顆粒球が1,000/mm3以上になるまで投与した場合、回復までの期間は平均5.5日(1,1,4,6,7,14日)と短縮されました。ただ、この場合、G-CSFが有効なのは顆粒球数100〜500/mm3の軽症無顆粒球症のみであり、顆粒球数100/mm3未満の重症無顆粒球症ではG-CSFの効果はなく、G-CSFが使用できないころと同じく顆粒球が1,000/mm3以上に回復するのに7〜14日を要した。G-CSF治療の限界を感じさせた治療結果であった。現時点では、重症の無顆粒球症にはG-CSF治療は回復までの期間を短縮しないということは周知のこととなった。最近、Fukataらは、前向き無作為試験を行い、抗甲状腺薬による無顆粒球症に対してG-CSF治療は回復までの期間を短縮しないというショックな研究結果を1999年にアメリカ甲状腺学会雑誌に発表した(5)。すなわち、抗甲状腺薬による無顆粒球症にはG-CSF治療を行っても治療効果はありませんよということです。甲状腺専門医にとっては、頼みの綱のG-CSFを断ち切られたようで、悲しい報告でした。深田先生の報告が出てからも、抗甲状腺薬による無顆粒球症がでたら甲状腺専門医は今でも、G-CSFを使用している人が多いのではないかと思う。何もしないで、ただ手をこまねいていることはできないというのが実状でしょう。わたしの個人的な経験から、顆粒球数100〜500/mm3の軽症無顆粒球症はG-CSFに反応する例が一部あると思う。是非、G-CSF一回投与試験を試みることをお勧めします。もう一度、この試験について簡単に説明しますと、75μg(商品名:グラン、三共製薬)または100μg(商品名:ノイトロジン、中外製薬)のG-CSFを一回皮下注し、4時間後の顆粒球数が1,000/mm3を越えていれば、顆粒球数は自然に増えてきますので、入院の必要もなく、その後G-CSFを投与することもありません。もし、G-CSF皮下注して4時間後の顆粒球数が1,000/mm3未満なら、顆粒球数は抗甲状腺薬を中止しても減り続けますから、入院の上、感染症の治療を受ける必要があります(4)。G-CSF皮下注して4時間後の顆粒球数に基づいた抗甲状腺薬による顆粒球減少症および無顆粒球症に対する治療戦略を【図1】に示します。顆粒球数100/mm3未満の重症無顆粒球症では、G-CSFの効果はないので、いたずらにG-CSFを投与するのは、医療費の無駄遣いになると思います。顆粒球数100/mm3未満の重症無顆粒球症は、従来通り、自然に顆粒球数が増加してくるのを待ちながら、感染症の治療を続けることの方が大切であると思います。

抗甲状腺薬による無顆粒球症に対するG-CSF治療について、最初にまとまった症例数を報告したTajiriらの論文(6)やTamaiらの論文(8)では、G-CSFの使用量は75μg/日です。最近、フランスのAndres EらがQ J Med誌(9)に抗甲状腺薬による無顆粒球症に対してG-CSFは効くという報告をした。注目すべき点は、Andres Eらの研究ではG-CSFの使用量が300μg/日という高用量を使用していることです。抗甲状腺薬による無顆粒球症に対してG-CSFは有効であるという報告をしているアメリカから出ている論文でも、G-CSFの使用量は300〜400μg/日と同様に高用量です(10)。この使用量の違いのために、治療成績に違いが出たのかもしれません。前述の抗甲状腺薬による無顆粒球症に対してG-CSFは無効であるという報告をしている深田らは(5)、100〜250μg/日のG-CSFを使用しているが、おおむね100μg/日が多い。これは、日本では抗甲状腺薬による無顆粒球症に対してG-CSFの使用が保険適応になっていないために最小量を使うからである。もっと高用量のG-CSFを使用すれば、重症の無顆粒球症にも効果が期待できるかもしれない。そのためには、抗甲状腺薬による無顆粒球症に対するG-CSFが保険適応になることが必要であろう。これは、日本甲状腺学会日本内分泌学会が厚生労働省に働きかける努力をするべきかもしれない。そのためには症例数を積み重ねて、きっちりしたデータを出す必要があるので、多施設での共同研究が必要になってくる。
感染症の危険性は顆粒球数がどれくらいになってからか?
55例の抗甲状腺薬による無顆粒球症で検討すると、感染症を起こす症例の頻度は、最低顆粒球数がゼロの場合は15例中12例(80%)、最低顆粒球数が100/mm3未満の場合は12例中9 例(75%)、最低顆粒球数が100/mm3〜500/mm3未満の場合は28例中5 例(18%)であった。最低顆粒球数が100/mm3未満の場合、有意(p<0.05)に感染症の頻度が高かった(2)。顆粒球数100/mm3未満の場合には、特に感染症に対して厳重な注意を要する。このタイプは、上述したようにG-CSFの効果が期待できないので、治療は感染症対策が主体になる。
Hamadaらは、抗甲状腺薬による無顆粒球症に対して副腎皮質ホルモン剤内服は効果があったと報告した(11)。わたしの個人的な経験から、抗甲状腺薬による無顆粒球症には、副腎皮質ホルモン剤内服は効果がないと考えている。すなわち、我々の検討では、ステロイドを使用したものと使用しなかったものを比べても、無頼粒球症からの回復時間に違いはなかった(ステロイド使用例;典型型7.4±3.1日、移行型9.5±4.7日、無症状型4.2±2.7日:ステロイド未使用例;典型型7.6±3.9日、移行型10.6±4.5日、無症状型5.5±5.0日)(1)

余談になるが、二つのことを追加して述べたいと思う。一つ目は、『無症状型無顆粒球症との出会い』、二つ目は『抗甲状腺薬による無顆粒球症に関する論文の国別発表数』である。

無症状型無顆粒球症との出会い
野口志郎先生から『抗甲状腺薬による無顆粒球症』をテーマとして与えられたのは、わたしが野口病院に赴任して間もない1987年秋ごろであったと思う。野口志郎先生は、1975年〜1983年までに野口病院で経験した34例の抗甲状腺薬による無顆粒球症をまとめられて、日本内分泌学会で発表されていました。そして、英文でも大まかなところは書いておられました。野口志郎先生は、ご自分のライフワークである甲状腺癌の研究で忙しく、わたしに『抗甲状腺薬による無顆粒球症』を仕上げて、論文にすることを指示されたわけです。大量の資料を手渡され、わたしは戸惑っていました。野口病院に赴任するまで、熊本大学医学部第3内科で、4〜5年間、甲状腺疾患を診療・研究していましたが、何分にも症例数が少なく、抗甲状腺薬による無顆粒球症など一人もみたこともありませんでした。教科書で知っている知識だけの副作用でした。論文を書く場合、どこをセールスポイントにするかということは大切です。言いたいことを全部言うと、ポイントがぼけて何を言いたいのか読む人に分からなくなります。データと野口先生が書かれた文章を眺めながら、そのポイントは何かをずっと考えていました。最初、野口先生の発表では、無顆粒球症を顆粒球数によって3群に分けていました。すなわち、顆粒球数ゼロがグループ1、顆粒球数100/mm3未満がグループ2、顆粒球数100〜499/mm3がグループ3であった。この研究で、もっとも強調したいことは、感染症がない無症状の無顆粒球症が存在するということ、抗甲状腺薬を中止しても顆粒球数が下がる症例が存在すること。この二つが、セールスポイントです。ある夜、医局の机でどうすれば、このポイントを前面に押し出すことができるか考えていました。無顆粒球症を3群に分けることは、前と同じだが、症状で分けるとより鮮明に言いたいことが分かりやすくなると考えました。このあたりは、多分、野口先生と何度かDiscussionをして、これでいこうということになったと思います。随分、前のことなので記憶が途切れかけています。でも、最初に無症状期無顆粒球症を見つけられたのは、まぎれもなく野口志郎先生です。わたしは、与えられたテーマを仕上げただけです。1984年から1987年までの21例を追加して、55例の抗甲状腺薬による無顆粒球症の報告として、1990年にArch Intern Med誌に発表しました(2)。この論文が、当時、英文で書かれた一番規模の大きなものであり、現在もこれより多い症例数のものは出ていません。できれば、わたしが野口病院を辞して10年になるのを機に、1965〜2002年までの無顆粒球症の症例をまとめてみようかと考えています。野口先生にも、ご相談して承諾をいただいています。約130〜140例の報告になると思います。特に、G-CSFを使用するようになって、どのように変わったかが興味あります。

野口志郎先生が最初に、無症状期無顆粒球症を見つけられたときのエピソードを以下に引用します。(モダン・フィジシャン21巻;8月号、1071-1072, 2001)
1975年の秋、筆者が4年間の海外での研究生活を止めて野口病院に帰って間もない時のことであった。当時は野口病院ではバセドウ病の患者で抗甲状腺剤を使っている場合には白血球総数はSysmexCC700という装置でルーチンに測定して外来患者では白血球数が3,000/mm3以下の場合にのみ、スライドガラスに血液のスメアーを造り検鏡して白血球の分類を行っていた。バセドウ病入院患者については入院時ルーチン検査として白血球の分類を行っていた。ある日、18歳の女性バセドウ病患者が入院した。甲状腺機能は2ヵ月のメルガソール治療で正常、血液生化学検査ではALPが高い以外はすべて正常であり、白血球数は5,700/mm3であったが、好中球は171/mm3であり、無顆粒細胞症の定義である500/mm3以下であった。直ちにメルカゾールを中止した。しかし、発熱、扁桃腺炎などはなく好中球を測定しなければ無顆粒細胞症の存在にまったく気付かなかった症例であった。その頃は無症状の無顆粒細胞症などというものが存在するとは考えが及ばなかったので検査の間違いではないかと考え、1日置いてもう一度好中球数を調べた。今度は100/mm3まで減少していた。しかし、感染症がなく、予防的な抗生物質の投与も考えたが、抗生物質の副作用に骨髄抑制などが記されていたので、やむを得ずただ経過を見ることにした。当時は無菌室やクリーンベッドなどがないのでハラハラする毎日であった。4日間を置いてまた好中球数を調べた。無顆粒細胞症に気付いて1週間目である。抗甲状腺剤による無顆粒細胞症は早ければ1週間位で回復することを経験的に知っていたからである。好中球は1,200/mm3まで増加していた。
野口先生が最初に見つけられたのは、無症状型無顆粒球症です。このような症例が存在することを知り、その後、抗甲状腺薬を投与中の患者はすべて白血球数を測定するようになったのです。そのお陰で、抗甲状腺薬による無顆粒球症の発症様式には、無症状型移行型典型型の3型があることが明らかになったわけです。1987年から、その仕事を引き継いで、わたしがやらせていただいているわけです。わたしのライフワークになりました。

抗甲状腺薬による無顆粒球症に関する論文の国別発表
Medlineで調べましたところ、1966年から1996年までに報告されている抗甲状腺剤による無顆粒球症に関する論文は124編でした。
内訳は以下のとおりです。
アメリカ 31
日本 26
ドイツ 10
スエーデン 9
イスラエル 6
デンマーク 5
オーストラリア 5
カナダ 5
フランス 5
ブラジル 4
.
ユーゴスラビア 03
台湾 3
ポーランド 3
スイス 3
ソ連 3
イタリア 3
メキシコ 2
イギリス 2
オランダ 2
タイ 2
.
スペイン 02
ハンガリー 2
ブルガリア 1
フィンランド 1
オーストリア 1
シンガポール 1
ギリシャ 1
ホンコン 1
チリ 1
医療レベルの高いイギリスからの報告が少ないのは意外でした。イギリスから発表されている論文によると、6年にわたる2300万人の一般住民を対象とした研究(11)で、無顆粒球症を起こした262人の患者が1771人の正常対照と比較された。驚くことではないのですが、無顆粒球症を起こした患者の45%が抗甲状腺剤を使用していたのに比べて、コントロールでは5人(0.3%)が抗甲状腺剤を使用していた。この研究から、無顆粒球症を起こす頻度は、100万人中6.3人になる。この研究結果をまとめて、一年間の抗甲状腺剤で無顆粒球症を起こす頻度は、1万人中3人(0.03%)になる。しかし、抗甲状腺剤による無顆粒球症は治療開始3 ヶ月以内に起こるので、実際の頻度より低く出ている。この研究の結果だけが、他の研究結果とあまりにもかけ離れたものである。野口志郎先生のお話では、イギリスは家庭医がバセドウ病を治療していることが多く、抗甲状腺薬による無顆粒球症を見逃している可能性が高いと言われていました。また、イギリスでは、BRT(Block & Replacement therapy:抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤を最初から投与して、一気に3〜4ヶ月分処方するため、無顆粒球症が一番起こりやすい時期を診ていないので無顆粒球症を見逃している可能性もある)で治療することが多いので、無顆粒球症を見逃しているかもしれない。若干の例外はあるものの、抗甲状腺剤による無顆粒球症の民族差があるという強い証拠はないと考えるのが妥当と思う。この調査から、アメリカと日本がこの疾患については圧倒的に報告が多く、貢献していることが分かった。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回、わたしとしては一番書きたいテーマでした。抗甲状腺薬による無顆粒球症は稀な副作用ですが、日常臨床でも常に注意しなければならないものです。甲状腺専門医だけでなく、一般臨床家も知っておく必要がある副作用です。いつ、甲状腺専門家に紹介するかを説明したつもりです。この副作用が出たら、必ず甲状腺専門医に相談するなり、紹介してください。

患者さんも抗甲状腺薬の副作用である無顆粒球症について知っておいてください。

抗甲状腺薬の副作用は以下を参考にしてください。
<バセドウ病>クスリによる治療
抗甲状腺剤の副作用
プロピルチオウラシル(PTU)の長期投与は、抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)を高頻度に誘発する
プロピルチオウラシル(PTU)による肝障害に対する50年間にわたる経験:我々は、何を学んだか?
抗甲状腺剤による肝障害
抗甲状腺薬による無顆粒球症:古くて、新しくなった問題
抗甲状腺薬による無顆粒球症に対して顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)は効くのか?
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参考文献]・[もどる