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[016]
[016]
妊娠中の母親の甲状腺ホルモン欠乏とその小児における神経心理学的発達
James E. Haddow 他
N Engl J Med 1999; 341: 549-55

背 景
妊婦とその胎児に甲状腺ホルモン欠乏が同時に発症.すると、その小児の神経心理学的発達に悪影響を及ぼす。しかしながら、この発達障害は、妊娠中の母親だけに甲状腺機能低下症が発症したときにも起るものなのかどうかはわかっていない。

方 法
1987年1月から1990年3月までに妊娠していた女性25,216例から採取保存されていた血清検体を用いて、1996年および1997年に甲状腺刺激ホルモンの測定を行った。そして、この甲状腺刺激ホルモンの血清中濃度が、これらすべての妊娠女性の測定値の99.7パーセント点以上の値であった47例の女性、98〜99.6パーセント点の値であり、なおかつチロキシンが低値であった15例の女性、およびこれらの女性とマッチした、正常値の124例の女性を抽出した。これらの女性の7〜9歳の小児で、新生児の時点では甲状腺機能低下症が認められていなかった小児に対して、知能、注意、言語、読解能力、学校での行動、および視覚-運動能力に関連した15種類の検査を実施した。

結 果
血清甲状腺刺激ホルモンが高値であった62例の女性から産まれた子供は、15種類のすべての検査の結果がわずかに悪かった。これらの小児のウェクスラー児童用知能評価尺度試験(WISC;Wechsler Intelligence Scale for Children、第3版)で評価した知能指数(IQ)スコアの総合得点は、124例のマッチした対照女性の子供よりも、平均で4ポイント低かった(p=0.06);このスコアが85以下であったのは、これらの小児では15%であったのに対して、対照小児では5%であった。甲状腺ホルモン欠乏症の女性62例のうち、本研究の対象となった妊娠期間中に治療を受けていなかったものは48例であった。これらの女性の子供のIQスコアの総合得点は、124例のマッチした対照女性の子供よりも、平均で7ポイント低かった(p=0.005);これらの小児の19%が85以下のスコアであった。研究の対象となった妊娠の11年後の時点において、無治療の女性の64%と、マッチした対照女性の4%で甲状腺機能低下症が確認された。

結 論
妊娠女性における確定診断が下されていない甲状腺機能低下は,その胎児に悪影響を与える可能性がある;それゆえ、妊娠中の甲状腺ホルモン欠乏のスクリーニングは是認されるかもしれない。

妊娠中のヨード欠乏により引き起こされる甲状腺機能低下症と生まれてくる子供の知能障害の関係については約100年前から知られていた(1)。ヨード欠乏が母親と胎児のどちらにもある場合は(2)、胎児の知能障害は母親の甲状腺機能低下症によるものなのか、母親と胎児両方の甲状腺機能低下症によるものなのかを知ることは不可能である。先進国では、妊娠可能年令の女性において甲状腺機能低下症の原因の第一は慢性甲状腺炎である。母親の甲状腺機能に影響を与える抗体は胎盤を通過し、まれに胎児や新生児の甲状腺機能に影響を与えることがある(3-8)。そのような抗体の一つに阻害型TSHレセプター抗体があり、これが原因で一過性の先天性甲状腺機能低下症になることがあるが、これは新生児スクリーニングにて見つかる(9)

1969年に、ManとJonesは妊婦が軽度の甲状腺機能低下症を持っているだけで、生まれてくる子供はIQが低くなると考えた。彼らは1349人の子供のカルテをまず選び出した。そして、血清ヨードを測定して、母親の甲状腺機能が正常なのか低下症なのかを決めた(8)。1990年に行われたMatsuuraとKonishiの研究で、母親と胎児が同時に慢性甲状腺炎を持っているときには、胎児の脳の発達は障害を受けると彼らは述べている(10)。そのような症例では、一過性新生児甲状腺機能低下症がみられる。

我々は以前の研究で、2,000人の妊婦を対象とした住民検診において、妊娠中期の血清TSH値を測定した(11)。49人が血清TSH値が高値であり(6mU/l以上)、49人中6人(1,000人中3人)は血清フリーT4も低かった。もし、母親の甲状腺機能低下症がこの程度と頻度でも、生まれてくる子供のIQ(知能指数)の低下がみられるのなら、妊娠前と妊娠初期の全ての女性に対して甲状腺機能検査をすることは正当化される。今回の研究の目的は、妊娠中に診断を受けていないまたは不十分な治療しか受けていない甲状腺機能低下症が新生児甲状腺機能低下症のない子供のIQ(知能指数)低下と関係しているかどうかを調べることである。

方 法
マインにおける神経管欠損症とダウン症候群の妊娠中期のスクリーニング(12,13)のために採取した血液を、血液研究財団から供給してもらった。スクリーニングで使われた血清の残りに番号をつけ、摂氏-20度で保存した。その後の児の経過は州の決めた条例に従って、手に入れた。今回の研究には、1987年1月から1990年3月までの間に生まれた、出産時最低1,500g以上の新生児を対象とした。母親の血清はボストンのニューイングランド新生児スクリーニングプログラムに送ってもらった。25,216人分の検体は2年間で5回に分けて、測定した。
甲状腺機能低下症女性とコントロール女性の選択
我々は治療の必要性は抜きにして、血清TSH値が高値を示す妊娠中の甲状腺機能低下症を診断し、彼女らの子供を1996年3月から1997年12月の間に、検査した。我々は、全妊婦の血清TSH値が99.7%以上の妊婦75人のうち55人と契約を結んだ。最終的に47人(85%)が研究に参加してくれた。75人の妊婦のうち2人は、以前の妊娠時に研究の対象に入っていた。契約しなかった18人のうち、3人は他の州に転居し、一人は死亡、一人は子供が州の保護下にある。他の13人は謝礼金が安いために契約を拒否した。補助金を増やしてもらって、我々はさらに18人の軽症甲状腺機能低下症妊婦を見つけ出した。血清TSH値が98.0%〜99.6%であり、この中には血清T4値が7.75マイクログラム/dl以下の症例も含まれる。この2番目のグループを同定するために、血清TSH値が98.0%〜99.7%である247人の妊婦の血清T4値を測定した。新しく診断された18人のうち15人(83%)が研究に参加することに同意してくれた。対象を増やした後、研究対象となった全ての妊婦の血清T4値、血清フリーT4値、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体を測定した。

甲状腺機能低下症の女性に対して、血清TSH値が98.0%以下で、次の項目と一致する健常者を抽出した;出産したときの年令(違いは1歳未満)、教育年数(違いは1年未満)、採血した時点での妊娠週(完全に同じ)、血清の保存期間(違いは1ヶ月未満)、赤ちゃんの性。

血清の測定項目と研究の方法は血液財団から承認を得ている。研究への協力は電話で連絡し、研究内容を説明した書類の送付から始まった。説明して、同意が得られた場合は、子供を検査させてもらった。子供の神経心理学的検査が終了して、1ヶ月以内に家族にその結果を報告した。

研究の最後の時点で、甲状腺機能低下症患者と条件を一致させた健常者女性と再び接触をもった。この接触の目的は、妊娠中に甲状腺機能低下症と診断されてなかっても、その後に甲状腺機能低下症になっているかどうかを調べるためである。まず、手紙で血清TSH値測定の意義を説明し、次に電話でいくつかの質問をし、血清TSH値測定をさせて欲しいと頼んだ。その申し出に同意してもらった人たちに、指を針で刺して、濾紙に血液を付けてもらい送ってもらった
研究のやり方
我々は、Four Factor of Social Status(the Hollingshead score)を使って、研究に協力してくれた全ての女性に対して社会経済的状況と医学的情報について調べた。彼女と夫または彼氏は教育ランクと職業ランクをつけた;教育ランクは1(教育期間が7年以内)から7(大学卒業かそれに相当する職業的な訓練を受けている)までにランク分けし、職業ランクは1(例えば農業)から9(例えば社長) までにランク分けした。各々の夫婦の教育ランクに3を掛け、職業ランクに5を掛けた、そして二つの数を足した。最終的な数字が彼女と夫のスコアの平均になる。一方が就職していないときには、最終的な職業ランクは就職している方のものを取った。母親には、子供が落第しなかったか、学校での学業成績、学習時に問題はなかったか、学校で学業以外での問題はなかったかを尋ねた。

子供の神経心理学的試験は知能、集中力、言語能力、読書能力、学校での行動、視覚-行動能力などである。2人の専門の資格を持つ精神科医の一人が試験を行い、この研究のために依頼した別の専門精神科医が試験を、一緒にみた。そして、その監視していた精神科医が改めて、スコア化した。子供の神経心理学的試験に関与したスタッフは、その子供の母親が甲状腺機能低下症なのか甲状腺機能正常なのかは知らされていない。知能試験は、知能試験としては一番使われているWechsler Intelligence Scale for Children(第3版)(15)で行った。知能試験は、IQ(知能指数)と言語の使い方、行動、気が散らないことなどに対して40-160までスコア化した。子供の聴力障害を検査するために、the Test of Language Developmennt(第2版)(16)を使って、言葉の認識と言葉の発音を調べ、1-20までスコア化した。我々は、年長児童には言葉の認識と言葉の発音に対するスコアがないので、8歳11ヶ月の子供の平均値を使用した。読解力を調べるために、the Peabody Individual Achievement Test (改訂版、PIAT-R)(17)を使用し、スコアは55-145までである。

注意の持続力をみるために、the Conner's Continuous Performance Test(18)を使用し、コンピューターで解析し、スコアは1-30である。

視覚認知や運動能力(スコアは55-145)を調べるために、the Development Test of Visual-Motor Integration(19)が使用された。視覚-運動調和や利き腕と非利き腕の手で時間内にどれだけの釘差しをさせるかをみるために、The grooved pegboard Test(溝にあるペッグボード;釘差し盤を用いてするゲーム)(20)を使用した。
測定法
血清TSHはRIA(ラジオイムノアッセイ)で測定した(Diagnostic Products, Los Angels)。濾紙の乾燥血TSHはimmunofluorometric assy(Wallc Oy, Turku, Finland)を用いて測定した。血清T4はRIA(ラジオイムノアッセイ)(21)かimmunofluorometric assy(Wallc Oy)で測定した。血清フリーT4は、immunofluorometric assy(Wallc Oy)で測定した。甲状腺ペルオキシダーゼ抗体は酵素抗体法で測定した(Kronus, San Clemente, Calif.)(正常値は2U/l以下)。
統計学的解析
血清T4, フリーT4, TSHは解析前にログに変換した。我々は結果をまとめるのに、幾何学的手法やログによる標準偏差を用いた。カテゴリー間の比較するのに、exact test of significanceかodds ratiosを用いた。連続した変数を比較する際には、Student's t testを用いた。

結 果
ニューイングランド新生児スクリーニングプログラムから得た記録によると、妊娠中に血清TSHが高値であった62人の妊婦から生まれた子供で、一過性または永続性の甲状腺機能低下症はみられていない。甲状腺機能低下症の妊婦62人と年令などを一致させた妊婦124人の血清TSH値の分布を【図1】に示す。甲状腺機能低下症の妊婦62人のうち15人は妊娠前から甲状腺機能低下症の診断を受けており、その15人のうち14人は妊娠中も甲状腺機能低下症の治療を受けていた。124人のコントロール妊婦の2人は、かつて甲状腺機能低下症の診断を受けたことがあるが、治療は受けていない。
【図1】甲状腺機能低下症妊婦(62人)とコントロール妊婦(124人)の血清TSH値の分布
図1
白丸は妊娠中に甲状腺機能低下症に対して治療していた妊婦(14人)を示している。
パーセンテージは25,216人の妊婦のTSH値から算出したものである。
甲状腺機能低下症の妊婦、コントロール妊婦、残りのすべての妊婦に関する人口統計学的および妊娠に関係した情報を【表1】に示す。甲状腺機能低下症の妊婦とコントロール妊婦の間では、いろいろなパラメーターで差はみられなかった。4つのパラメーターは一致させるために使用された;母親の教育期間、出産年令、採血したときの妊娠中週数、子供の性。母親の教育期間を一致させるのは、社会経済的状態を比較するのに都合がいいからである。この4つパラメーターの一致の有効性を評価するために、我々はHolligsheadスコアを使用した。このスコアは母親の教育程度と職業、父親の教育程度と職業を反映する。平均Holligsheadスコアは、甲状腺機能低下症の妊婦においてコントロール妊婦と比べて、1ポイント低い(p=0.43)。研究に加わった子供はほとんどの面において、他の子供と同じであったが、女の子の比率が高いこと、母親の年令が高いこと、母親の結婚率が高いこと、経産婦の多いことなどがみられた。

甲状腺機能低下症の妊婦とコントロール妊婦の甲状腺機能の結果を【表2】に示す。予想通り、甲状腺機能低下症の妊婦は血清TSH値が高く、血清T4値が低い。

子供の神経精心理的検査の結果は【表3】に示す。試験を受けたときの年令は7〜9歳であった。甲状腺機能低下症の妊婦から生まれた子供とコントロール妊婦の子供は同じ年令の時に検査を受けた。甲状腺機能低下症の妊婦から生まれた子供はコントロール妊婦の子供に比べて、少し劣っている部分があった;15の試験のうち2つの試験で有意に低かった(p<0.05)。

妊娠中に甲状腺機能低下症の治療の有無で子供の検査結果がどのように変わるかをみたのが【表4】である。コントロール妊婦の子供に比べて、未治療の母親から生まれた子供が、能力において有意に劣っていることが示された;15すべての試験で劣っており、9つの試験では有意に劣っている。未治療の母親から生まれた子供のウェクスラー児童用知能評価尺度試験(WISC;Wechsler Intelligence Scale for Children、第3版)におけるIQ(知能指数)は平均で7ポイント低く、IQ(知能指数)が85以下の比率は19%であり、コントロール妊婦の子供のそれは5%であった。妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けていた(不十分であっても)母親から生まれた子供はほとんどの試験においてコントロールの子供と同じであった。妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けていた14人のうち12人は血清TSH値は、99.7%以上であった。妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けていた妊婦の血清T4値と血清フリーT4値は、未治療甲状腺機能低下症妊婦48人のそれらとほぼ同じであった。

妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けた母親の平均Holligsheadスコアは48であり、未治療甲状腺機能低下症妊婦のそれは44でありほぼ同じであり、コントロール妊婦のそれは46である。コントロール妊婦のHolligsheadスコアとコントロール妊婦から生まれた子供の知能試験の結果を回帰直線解析をすると、コントロール妊婦のHolligsheadスコアが1ポイント増えるにつれて、コントロール妊婦から生まれた子供の知能試験の結果が0.4ポイント増える(p<0.002)。これからすると、妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けた母親の平均Holligsheadスコアがコントロール妊婦のそれと比べて、2ポイント高いことは、妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けた母親から生まれた子供のIQ(知能指数)がコントロール妊婦から生まれた子供のそれと比べて0.8ポイント高いことの説明になる。

妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けなかった母親の平均Holligsheadスコアが2ポイント低いことは、妊娠中に甲状腺機能低下症の治療を受けなかった母親から生まれた子供のIQ(知能指数)がコントロール妊婦から生まれた子供のそれと比べて0.8ポイント低いことの説明になる。だから、母親の学歴や社会経済的な違いは、表4に示された差の原因としては少ない部分を占めるに過ぎない。

研究の最後で、妊娠中に甲状腺機能低下症がなかったことが判明している女性に電話で、その後、甲状腺機能低下症になったかどうかを尋ねた。コントロール女性124人のうち120人と妊娠中に甲状腺機能低下症を未治療であった女性48人のうち45人から回答があった。回答があった人のうち、コントロール女性の5人(4%)、妊娠中に甲状腺機能低下症を未治療であった女性の26人(58%)が、現在、甲状腺機能低下症であることが判明した。妊娠から甲状腺機能低下症の診断が付くまでの平均期間は5年(1〜10年)である。甲状腺機能が正常である女性115人のうち99人が、甲状腺機能検査を受けることを承諾してくれた:全員、濾紙の血液から測定したTSH値は10mU/l以下であった。妊娠中に甲状腺機能低下症であり、現在は甲状腺機能正常と思っている女性19人のうち15人が、甲状腺機能検査を受けることを承諾してくれた:3人がTSH高値を示した(14, 89, 243mU/l)。最終的に、妊娠中に甲状腺機能正常であった女性の4%と妊娠中に甲状腺機能低下症を未治療であった女性の64%が、11年後の現在、甲状腺機能低下症である。
考 察
妊婦の甲状腺機能低下症は子供の神経心理学的能力に悪影響を及ぼすことが、今回の研究で示された。子供の神経心理学的能力の低下は、母親の甲状腺機能低下症が軽度で無症状でも、起こりうる。甲状腺機能低下症患者の77%が抗ペルオキシダーゼ抗体を持っていることは、慢性甲状腺炎が甲状腺機能低下症の主な原因であることがわかる。たとえ治療が不十分であっても(血清TSH値が高くても)、妊娠中に甲状腺機能低下症の治療をすることは子供にとっては有益であると思える。

我々の考えが確立し、妊婦の甲状腺機能低下症のスクリーニングが開始されれば、どのような利益が生じるか?一番の利益は、血清TSH値が98%以上の母親から生まれる子供のIQが約4ポイント増えることである。2番目の利益は、甲状腺機能低下症を系統的に診断し、治療することで、妊婦の病的状態をも是正できることである。妊娠中に血清TSH値が高かった女性の多くは、将来は臨床的に典型的な甲状腺機能低下症になるということが、今回の研究で示された。甲状腺機能低下症に随伴した症状は特徴的なものでないために、診断が難しい。このことは、診断されるまでに約5年の年月を要していることでも分かる。

胎児が甲状腺ホルモンを自分で作り始める妊娠約12週以前には、胎児にとっては母親の甲状腺ホルモンが唯一の甲状腺ホルモンの供給源である。ゆえに、妊娠初期には、母親の甲状腺機能は重要である。この理論は、最近出た220人という少数であるが、妊娠約12週以前に母親の血清フリーT4値が低いと子供の10ヶ月目における神経運動能力の発達遅延に関係するという研究結果(22)によって支持される。しかし、胎児脳のその後の発達は、ニューロン(神経単位)の発達と構成である。これらの脳の発達過程は、今回使用した神経心理学的試験で機能をみることで、発達状態を判断できるので、妊娠初期後の母親の甲状腺機能低下状態は子供の脳には悪影響を与えると思われる(23)。ラットでは、妊娠中期に脳のT3受容体が出現してくる。神経系の発達に重要なT3による酵素の導入は胎児の発達過程の後期に起こる(24)。今回の研究で初期の無症状の甲状腺機能低下症から臨床的な誰がみても分かる甲状腺機能低下症になるまでの間が比較的長いことが判明した。このことより、母親の進行中の甲状腺機能低下症が、出産後の子供の発達の妨げになっている可能性が示唆される。客観的なデータがない現在では、妊娠中はT4の需要量が増すという事実(25)を考慮に入れて、最も慎重な方針は妊娠早期になるべく早く、母親の甲状腺機能低下症を見つけだすことである。

結論として、甲状腺機能低下症の程度が軽くて症状を引き起こさないときでさえ、妊娠早期における系統的な妊婦の甲状腺機能スクリーニングは有用であるかもしれない。もし、ルーチンのスクリーニングが導入されれば、最も保守的な方針が行われる、すなわち、妊娠中、できれば妊娠初期に甲状腺機能のチェックが行われる。甲状腺機能スクリーニングで異常のあった妊婦は速やかに検査し、必要なら治療をできるだけ早く始めるべきである。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 妊娠中に血清TSH値が軽度増加しているのみの甲状腺機能低下症の人たちにとっては、衝撃的な内容の論文である。今までは、どの程度の血清TSH値なら、治療をすべきなのかという基準がなかった。これで、妊娠中に血清TSH値が軽度増加している甲状腺機能低下症でも、治療をすべきであるという科学的根拠が示されたわけである。

しかし、反面、治療中とはいえ、血清TSH値がかなり高い甲状腺機能低下症では子供の神経心理学的発達に全く影響を与えないというのは、少し納得できない部分もある。

現在の状況では、妊娠中に(特に初期)血清TSH値が軽度増加している甲状腺機能低下症に対しては、甲状腺ホルモン剤で治療していた方が無難である。

全妊婦に対して、甲状腺機能のスクリーニングを行うかどうかについては、まだ議論の余地があるようである。
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参考文献]・[もどる