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甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症患者の治療ガイドライン
Peter A. Singer, MD; David S. Cooper, MD; Eliot G. Levy, MD; Paul W. Ladenson, MD; Lewis E. Braverman, MD; Gilbert H. Daniels, MD; Francis S. Greenspan, MD; Ross McDougall, MB, ChB, PhD; Thomas F. Nikolai, MD
JAMA. 1995; 273: 808-812

まとめ
目 的
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症患者の診断と治療に初期医療担当医師が利用できる最小限の臨床ガイドラインを作成すること。
参加者
アメリカ甲状腺学会の臨時医療基準委員会のメンバー9名(この記事の著者)がガイドラインを作成した。参加者は臨床経験を元に、委員長とアメリカ甲状腺学会会長が選出した。様々な診療スタイルを反映させるため、委員会メンバーはアメリカ各地から代表者として選ばれた。
証 明
ガイドラインは公表された情報だけでなく、参加した専門家の意見を元に作成された。
合意過程
参加者各人が最初の章を書き、参加者全員の意見を出してもらった。
その後3 名の参加者(P.A.S., D.S.C., およびE.G.L.)が原稿をまとめ、委員会全員に再提出し修正を求めた。修正した原稿を次にアメリカ甲状腺学会会員全員に提出し、書面による意見を求め、さらに見直しを行った(主にP.A.S., D.S.C., およびE.G.L.により実施)。アメリカ甲状腺学会会員の意見の多くは最終原稿に組み入れられ、アメリカ甲状腺学会評議会による承認を受けた。
最初の原案から最終承認までのプロセスは約18ヶ月を要した。
結 論
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療のための最小限の臨床ガイドラインが、経験を積んだ甲状腺専門医グループの合意のもとに作成された。このガイドラインは甲状腺機能障害を持つ患者の治療を行なう医師が使用するという目的で作成されたものである。これにより、より効果的な治療と費用の節約ができるものと期待している。

はじめに
甲状腺機能亢進症甲状腺機能低下症は非常に多い疾患で、普通は最初に初期医療担当医が診ることになるものである。甲状腺機能障害のある患者に対する診療ガイドラインを提供するため、アメリカ甲状腺学会は先の摘要に概略を述べたとおりの手順でガイドライン作成のための臨時委員会を発足させた。このガイドラインは、アメリカ甲状腺学会のリーダーシップにとり、重要なステップとなるものと思われ、臨床的に適切なだけでなく、費用効率のよい医療につながればと願っている。この臨床ガイドラインは患者の状態だけでなく、様々な診療スタイルの違いを考慮にいれ、自由な判断ができるようにしてある。

甲状腺機能亢進症患者の治療ガイドライン
「甲状腺機能亢進症」という言葉には、すべて血液中の甲状腺ホルモンレベルの上昇を伴なう、異なった種類の疾患が含まれる。バセドウ病は甲状腺機能亢進症の原因でもっとも多いものであるため、主にこの疾患について述べることにする。
初診時
[病 歴]
通常は、詳しい病歴聴取により甲状腺機能亢進症であることを示唆する十分な手がかりが得られる。患者には神経質さや疲労、心悸亢進、運動時呼吸困難、体重減少、暑さに耐えられない、いらいら、震え、筋力低下、女性の月経量減少、睡眠障害、発汗の増加、便通回数の増加、食欲の変化、甲状腺の腫大などについて尋ねなければならない。また、羞明や目の刺激、複視、あるいは視力の変化についても尋ねなければならない。

バセドウ病の症状がはっきり出ていない人では、最近のヨード摂取や過去または現在甲状腺ホルモンを使っているか、前頸部の痛み、妊娠、あるいは甲状腺腫歴に関する質問も含めるようにする。甲状腺疾患の家族歴も採取すべきである<注釈:最近、日本では動物の甲状腺ホルモンを混入している中国からのやせグスリが通販で売られており、注意を要します。医師は、このようなクスリを服用していないかどうかも尋ねるべきです>。
[診 察]
徹底的な診察を初診時に実施しなければならない。診察は体重と身長、脈拍と脈の乱れ、血圧、心臓の聴診、甲状腺腫大(びまん性または結節性)、近位筋の筋力低下、振戦、目の診察(眼症の徴候がないかを調べる)、および皮膚の診察(脛骨前粘液水腫を調べる)に重点をおいて行なうようにする。

高齢者には甲状腺機能亢進症の症状があったとしても、体重減少や心臓の異常、特に心房細動と/またはうっ血性心不全以外にはほとんど症状がない場合がある。
[検査所見(1)
甲状腺機能亢進症は、ある種の薬剤や非甲状腺性疾患、そしてあまり多くないがそれ以外の様々なファクターによって引き起こされることのある「甲状腺正常状態の高サイロキシン血症」と区別しなければならない。甲状腺機能亢進症の診断をつけるための特異的な検査には、血清中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)測定(甲状腺機能亢進症では抑制される)だけでなく、遊離サイロキシン(フリーT4;甲状腺機能亢進症で上昇する)の推定値または直接測定値が含まれる。TSHレベルは、甲状腺機能亢進症の人と甲状腺正常状態の人とをはっきり区別するに十分な感度の測定系で測定しなければならない。フリーT4レベル(推定値)が、臨床的に甲状腺機能亢進症である患者で上昇しているのに、血清TSHレベルが抑制されていない場合は、TSH産生脳下垂体腺腫の可能性を臨床家は考えなければならない。

甲状腺機能亢進症であることが確認されたら、臨床状況に応じてその他の検査を行なう場合がある。これには総トリヨードサイロニン(T3)、甲状腺自己抗体、および放射性ヨード摂取率試験がある。後者は、バセドウ病の診断がはっきりつかない場合に行なう必要がある。「無痛性」産後あるいは亜急性甲状腺炎の患者の場合は、放射性ヨード摂取率が上昇せず、低値を示す(1)。一般的に、生化学的診断がなされ、甲状腺機能亢進症の原因が確認されるまで、特異的治療は保留すべきである。ほとんどの例で、患者が別の診断用検査を受けている間、ベータ遮断剤で症状を緩和することができる。
治療プラン
バセドウ病の治療は、正常な代謝状態に戻すため、もっぱら血清中の甲状腺ホルモン濃度を下げることに集中する。現在3種類の治療法が使われているが、すべて効果がある。これには抗甲状腺剤(ATD)放射性ヨード(131-I)、および手術がある。

患者はすべての治療形態の適応症や関係を、そのリスクや利点、副作用も含めてはっきり理解しておくべきで、どのタイプの治療を行なうか結論を出すまでの過程に積極的に参加するようにしなければならない。治療は甲状腺細胞を破壊するタイプ<注釈:普通は放射性ヨード治療、希に手術>が勧められる場合が多いため、初期医療担当医にそのような疾患に対する経験がないような場合、患者の治療には内分泌病専門医が参加することが有利になる場合がある。

甲状腺機能亢進症があり、放射性ヨード摂取率が低い患者では、これらの治療はすべて適応とならない。放射性ヨードの摂取率が低いということは、大抵の場合甲状腺炎をうかがわせるものであり、それは自然に治るからである。このような人では、ベータ遮断剤で十分に甲状腺機能亢進症の症状はコントロールできるのが普通である。
[抗甲状腺剤(2)
抗甲状腺剤(メチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>とプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>)は甲状腺ホルモンの生合成を阻害するものである。初期治療の形でも、また放射性ヨード治療あるいは甲状腺の手術の前(一部のケースでは後)に甲状腺ホルモンレベルを下げるのにも効果がある。一部のバセドウ病患者では、抗甲状腺剤による長期治療で寛解に向かうことがある。メチマゾールの初期用量は通常、1日10mgから40mgの範囲であり、プロピルチオウラシルは100mgから600mgである。治療の期間についてはっきりした基準はないが、通常は6ヶ月から2年間投与される。ただし、もっと長い期間の投与も許される。一部の医師は、頻繁に抗甲状腺剤の量を調節しなくてすむよう、抗甲状腺剤と甲状腺ホルモン剤を組み合わせた投薬法を好んで使っている。

メチマゾールとプロピルチオウラシルのどちらにも副作用が起きる。これには発疹やかゆみ、それから頻度は少ないが関節痛あるいは肝臓の異常が含まれる。プロピルチオウラシルで肝壊死が、またメチマゾールで胆汁鬱滞性黄疸が起きるが、ルーチンな肝機能検査でモニターする必要もないほど希なものである。もっとも重大な副作用は、どちらの薬剤でも起こる無顆粒球症であり、これは患者の約0.3%に起きる。治療開始前に患者にはこの副作用のことを注意しておかねばならない。一部の臨床家は抗甲状腺剤の投薬開始前に白血球数を調べているが、バセドウ病では軽度の白血球減少症が普通に見られるからである。したがって白血球数の初期値を調べておくと、その後に調べた白血球数との比較に役立つ。

発熱や発疹、黄疸、関節痛あるいは口腔咽頭炎を起こした患者は、直ちに薬剤を中止して、担当医に連絡しなければならない。そして、白血球数分画と共に全血球数を調べることも含めて適切な検査を受けるようにする。

炭酸リチウムまたはヨード剤は、抗甲状腺剤で副作用の出た患者で甲状腺よりの甲状腺ホルモン放出を遮断する。ただし、あまり使われることはない。
[放射性ヨード治療(3)
放射性ヨード(131-I)は、アメリカでもっとも多く使われている治療である。安全で、主な副作用は131-Iの治療後早期に、または後になって起きてくる甲状腺機能低下症であり、生涯にわたる甲状腺ホルモン補充療法が必要になる。131-Iによる治療で受胎しにくくなることはなく、また癌の原因となることも、妊娠前に治療を受けた人の子供に悪影響が出ることもない。妊娠中は禁忌である。まだ異論があるものの、20歳以下の人への使用は普通に行なわれている。若い女性に131-Iを投与する前に妊娠していないことを確かめる必要がある。また、治療後数ヶ月は妊娠を避けなければならない。131-Iによる治療は、授乳中の女性に対しても禁忌である。高齢者または心合併症を起こしてくる危険がある人、特に甲状腺機能亢進症がひどい人は、131-I治療の前に抗甲状腺剤で前治療を行なって甲状腺に蓄えられた甲状腺ホルモンを枯渇させ、それによって131-Iで誘発される甲状腺炎による甲状腺機能亢進症の悪化の危険性を最小限にとどめることができる。一部の患者では、放射性ヨード治療後のコントロールのため数ヶ月、抗甲状腺剤が必要となる場合がある。131-I投与前に適切な用量を定めるため、放射性摂取率試験を行なうのが普通である<注釈:日本でも、平成10年6月から使用量に制限があるものの(13.3mCiまで)、外来で放射性ヨード治療ができるようになりましたので、これから放射性ヨード治療が増えてくることが予想されます>。
[手 術(4)
バセドウ病患者には甲状腺切除術が勧められることはあまりない。
手術の適応になる場合は、131-Iに比較的抵抗性があり、非常に大きな甲状腺腫がある患者、抗甲状腺剤にアレルギーのある妊婦、甲状腺結節がある患者、抗甲状腺剤にアレルギーがあるが131-I治療を望まない患者である。この治療は十分な術前準備を行なった後で、経験を積んだ外科医によってのみ実施されるべきである。患者には、副甲状腺機能低下症や反回神経の損傷などを含め、起こる恐れがある手術の後遺症について十分説明をしておかねばならない。甲状腺組織の切除が不十分であれば、甲状腺機能亢進症が続いたり、再発したりすることがある。その一方で、甲状腺亜全摘の後には大抵甲状腺機能低下症になる。
[補助治療]
もっとも効果のある補助治療はプロプラノロール<注釈:インデラール>またはナドロール<注釈:ナディック>のような遮断剤である。これにより甲状腺機能正常状態が得られるまで症状の改善をはかることができる。ベータ遮断剤を使用できない患者は、ヂルチアゼム<注釈:ヘルベッサー>のようなカルシウム拮抗薬で治療することができる。
継続治療
甲状腺機能亢進症の治療は数年間続くことがあるため、次のような治療計画を立てなければならない。
[抗甲状腺剤]
抗甲状腺剤で治療を受けている患者は、病気のひどさにもよるが、甲状腺機能正常状態に達するまで、一般的に最初は4〜12週間隔で診察を受けるべきである。この時点で抗甲状腺剤の用量を減らすことができる場合が多い。その後、患者は抗甲状腺剤を続けながら、3から4ヶ月毎にモニターを受ける。その際には体重、脈拍、血圧、甲状腺および目の検査を含めるようにする。甲状腺機能検査にはフリーT4測定を含めるべきで、甲状腺機能亢進症の臨床症状があるかどうかも診るようにする。T3も適応になる場合がある。血清TSHレベルは、T4やT3が正常に戻ったあとでも数ヶ月抑制されたままの場合がある。このため、検査結果の誤解を生む可能性がある。

抗甲状腺剤を中止したら、投薬中止後最初の3〜4ヶ月は4週間〜6週間間隔で患者を診察し、その後1年間、間隔を伸ばしつつ診察を行なうようにする。臨床的にも検査でも甲状腺正常状態が続いているようであれば、次の2〜3年は患者の診察を年1回行ない、その後は間隔をあけていく。
[放射性ヨード治療]
放射性ヨード治療後最初の3ヶ月は、4週間〜6週間間隔で患者の診察を行ない、その後は臨床状態に応じて間隔をあけていく。治療後最初の6ヶ月〜12ヶ月以内に甲状腺機能低下症の治療が始まるのが一般的である。したがって、このような人に対しては、甲状腺機能正常状態を継続させるために少なくとも年1回のフォローアップが必要である。永続性の甲状腺機能低下症が生じたら、レボサイロキシンナトリウム<注釈:日本ではチラージンS>を投与しなければならず、補充治療の最終目標はフリーT4値とTSHレベルが正常になることである。患者に投与するレボサイロキシンの量が安定すれば、年1回の間隔でフォローアップしてよい。その後の診察では、治療が適切であるかを確かめるには血清TSH測定だけで十分だと思われる。
[手 術]
甲状腺切除後、術後ケアの手順にしたがって患者のフォローアップを行ない、術後約2ヶ月で甲状腺機能状態を評価する。残置した甲状腺の大きさによっても違うが、術後に甲状腺機能亢進症が再発することもあるものの、甲状腺機能低下症になる場合がはるかに多い。レボサイロキシン治療が必要ならば、臨床的にも生化学的にも甲状腺機能正常状態が得られた後は年1回の間隔で患者フォローアップにしてよい。術後に甲状腺機能正常状態である患者も、年1回フォローアップを行なうべきである。この際には血清TSHレベルを甲状腺機能正常状態の評価に用いる。
特殊な問題
[バセドウ病と妊娠(5)
コントロール不良の甲状腺機能亢進症により、妊婦に有害な影響が出る恐れがあり、胎児死亡率も増加する。妊娠中の治療の目標は、できうる限り最小限の量の抗甲状腺剤を用いて甲状腺機能正常状態を維持することである。妊婦にはプロピルチオウラシルが好んで使われるが、これはメチマゾールに比べ胎盤を通過する量が少ないためである<注釈:この記載は間違っている。一回投与では、メチマゾールよりもプロピルチオウラシルの方が胎盤を通過する量が少ないが、長期に使用する場合には差はないことが証明されている>。しかし、メチマゾールが禁忌というわけではなく、一部の臨床家によって使われ、効果が上がっている。妊娠それ自体がバセドウ病を軽減させる効果があるため、妊娠後期にはごく低用量の抗甲状腺剤ですむか、あるいは抗甲状腺剤の中止も可能な場合がある。

甲状腺機能亢進症の妊婦は4週間〜6週間間隔(あるいは状況に応じてもっと頻繁に)で、治療担当医と産科医の密接な連携をはかって診察しなければならない。妊娠後期に検査した甲状腺刺激免疫グロブリン抗体価<注釈:TSAbまたはTRAb>により、新生児が甲状腺機能亢進症である可能性を予測できる場合がある。しかし、甲状腺機能亢進症の病歴のある母親から生まれたどの新生児も、この可能性について観察を行なわねばならない<注釈:手術または放射性ヨード治療で治っている場合でも、この抗体が高い場合があるからである>。妊娠中に甲状腺機能亢進症の治療を受けた患者は、産後に悪化することがあるため、産後6週間で診察を行なうべきである。

抗甲状腺剤で適切な甲状腺機能亢進症のコントロールが得られず、手術が必要と思われる場合は、早産が起きても胎児が生存するチャンスがある時期に実施する方が望ましい<注釈:一番安定している妊娠中期が適している>。
バセドウ病眼症(6)
少数のバセドウ病患者では、目にも臨床的に症状が出るが、これは甲状腺機能亢進症の診断がついて、治療を受けた後であっても生じてくる場合がある。軽度の眼症状には、流涙の増加、羞明、および目に砂が入ったような感じがある。もっと症状がひどい場合は、目の突出や複視、目の痛み、視力の低下がある。身体所見には、眼瞼の後退や結膜の充血および結膜浮腫、眼球突出(片側性または両側性のいずれか)、眼窩周囲浮腫および眼筋麻痺などがある。

患者が眼瞼を完全に閉じることができない場合は、角膜炎が起きることがある。甲状腺機能亢進症であることがわかっている患者に眼症が起きた場合は、診断確定のための特定の検査は必要ない。生化学的に甲状腺機能正常状態の患者に眼症が起きた場合は、自己免疫性甲状腺疾患を疑うべきで、その診断は血清中に抗ミクロソーム(抗ペルオキシダーゼ[抗-TPO])抗体または甲状腺刺激抗体が見つかれば確定する。甲状腺機能正常状態の患者では、甲状腺眼症によく似た他の眼窩疾患を除外するために、眼窩のコンピューター断層撮影(CT)や磁気共鳴画像法(MRI)が適応となる場合がある。

バセドウ病眼症の治療は、目の症状を治療するだけでなく、もっぱら甲状腺機能を正常にすることに専念される。サングラス(羞明の減少)や人工涙液(潤滑のため)も効果があると思われる。眼窩周囲浮腫に対しては、利尿剤をうまく使うだけでなく、就寝中にベッドの頭部を上げることも効果があるようである。一部の医師は、活動性の眼症のある患者の進行を防止するため、特に131-Iの治療後にグルココルチコイド<注釈:副腎皮質ホルモン剤>の全身投与を行なっているが、その有効性はまだ完全には確立されていない。軽度とはいえない症状のある患者の管理は眼科医と共に実施すべきである。
中毒性結節性甲状腺腫(7)
高齢者では、中毒性結節性甲状腺腫(TNG<注釈:Toxic Nodular Goiter>)またはプランマー病の方がバセドウ病より多い。甲状腺機能亢進症は複数の機能亢進結節、あるいは頻度は少ないが単一の機能亢進結節により引き起こされることがある。この疾患はバセドウ病との鑑別を行なわねばならない。眼症は中毒性結節性甲状腺腫患者には存在しない。

中毒性結節性甲状腺腫が疑われる患者の診断の進め方には、先のバセドウ病のところで述べた甲状腺機能検査が含まれる。中毒性結節性甲状腺腫が疑われる患者の診断の進め方には、先のバセドウ病のところで述べた鑑別が役立つ場合がある。放射性ヨード摂取率試験や甲状腺スキャンも、中毒性結節性甲状腺腫患者の結節が機能亢進しているかどうかを確かめるのに役立つが、これは甲状腺癌を除外するために穿刺吸引細胞診の必要性を示唆するものである。普通は131-Iが中毒性結節性甲状腺腫の治療に勧められるが、小児や思春期の患者および若年者だけでなく、手術の方を好み、術中のリスクが少ない人、また大きな甲状腺腫がある患者や甲状腺の悪性疾患の懸念がある患者では手術の方が適当である。

バセドウ病がそうであるように、高齢の中毒性結節性甲状腺腫患者はまず、甲状腺機能正常状態になるまで抗甲状腺剤で治療を行ない、その後131-I治療を行なう。非常に大きな甲状腺腫がある場合、あるいは気管や食道の圧迫症状がある場合は手術が適応となると思われる。孤立性の機能亢進甲状腺結節のある患者は、放射性ヨードで治療されるのが普通であるが、小児や思春期の患者に対しては手術も同じように適当である。
[甲状腺クリーゼ(8)
甲状腺クリーゼは生命を脅かすものであり、きわめてひどい甲状腺機能亢進症の症状と発熱および精神状態の変化が特徴である。普通はバセドウ病患者に起こるが、他の原因で起きた甲状腺機能亢進症患者でも報告されている。甲状腺クリーゼは普通、併発疾患あるいは外傷によって急激に発症するが、抗甲状腺剤の中止後あるいは放射性ヨードによる甲状腺機能亢進症の治療後に自然に起きた例も報告されている。

合併症のない甲状腺機能亢進症と甲状腺クリーゼを区別するような特定の検査所見はない。したがって、臨床的にその診断が疑われる場合は直ちに治療を開始しなければならない。治療は集中治療室で開始し、生命維持手段を講じて発症の原因を治療する。また、1]甲状腺ホルモンの生合成を阻害する薬剤(プロピルチオウラシルまたはメチマゾール)、2]甲状腺よりの甲状腺ホルモン放出を阻害する薬剤(例えばヨウ化カリウム、炭酸リチウム、イポデート、3]甲状腺ホルモンの末梢組織での効果を減少させる薬剤(例えばプロピルチオウラシル、コルチコステロイド、イポデート、イオパノ酸)のような特異的な薬剤を投与する。薬剤の選択は特定の臨床状況に応じて行なう。甲状腺クリーゼは複雑であるため、そのような患者の診察や治療に内分泌病専門医を参加させることが勧められる。

甲状腺機能低下症患者の治療ガイドライン
初診時
甲状腺機能低下症は様々な原因で甲状腺が適切な量の甲状腺ホルモンを分泌できなくなった状態である。圧倒的に多い原因は、慢性甲状腺炎(橋本病)や放射性ヨード治療あるいは手術による原発性<注釈:甲状腺が原因であるという意味>甲状腺機能低下症である。したがって、以降は主に原発性甲状腺機能低下症について述べることとする。
[病 歴]
総合的な病歴聴取で、以前診断されなかった甲状腺機能低下症患者の診断を下すのに役立つ症状を明らかにすることができる。もし、すでに診断がついている場合は、できうる限り病歴を確認し、治療前の甲状腺機能異常の記録を確認することが大切である。過去には、患者が現在の基準では認められないような理由で甲状腺ホルモン剤による治療を受けることが多かった。さらに、以前甲状腺ホルモン剤で治療を受けた患者の多くは、その治療に対する臨床的反応が適切であったかということだけでなく、治療を受けることになった原因も忘れてしまっている。患者には疲れや脱力感、疲労、眠気、寒さに耐えられない、皮膚の乾燥、声のしゃがれ、便秘、関節痛、筋肉けいれん、精神障害、うつ病、女性の月経異常、特に過多月経、不妊、また肥満の症状について尋ねなければならない。
[身体的検査]
初診時に総合的な身体的検査を実施すべきである。甲状腺機能低下症を示唆すると考えられる身体的検査所見には、甲状腺腫または触診で触れない甲状腺、徐脈、浮腫、声のしゃがれ、深部腱反射弛緩遅延、ゆっくりした発話、そして冷たい乾燥した皮膚がある。
[検査室検査(1)
甲状腺機能低下症の確定診断のためには、血清TSH の測定とフリーT4測定を実施しなければならない。原因として慢性甲状腺炎が疑われる場合は、抗マイクロソーム抗体(抗TPO抗体)か、抗サイログロブリン抗体(抗Tg抗体)のいずれかの抗甲状腺抗体抗体陽性の確認が役に立つ。抗マイクロソーム抗体検査の方が感度と特異性が高い。T4値が低いのにTSHレベルが低いか、正常である、あるいは十分な上昇がない場合は、甲状腺ホルモン剤による補充療法を始める前に、視床下部または脳下垂体の疾患により引き起こされた中枢性甲状腺機能低下症を除外しなければならない。また、状態が悪い入院患者から得た甲状腺機能検査結果も、血清T4と/またはTSHレベルが甲状腺機能低下症を示唆するような場合があるため、注意して解釈しなければならない<注釈:この状態はNon-thyroidal illnessと呼ばれ、甲状腺機能低下症ではない>。
[治療計画(9)
レボサイロキシンナトリウム<注釈:日本ではチラージンS>は甲状腺機能低下症の治療に選択される治療である。レボサイロキシン製剤はいろいろな薬用量のものが多種製造されており、個々の患者の必要量に応じて力価を正確に合わせることができる。甲状腺機能低下症の成人では、完全補充のために1日投与量が、体重1kgあたり1.7マイクログラムが必要である。小児ではもっと高い用量(1日投与量が、体重1kgあたり4マイクログラムまでになることもある)が必要な場合がある。高齢の患者では、1日投与量が、体重1kgあたり1マイクログラムもいらない場合がある。治療は普通、50歳未満の患者では完全補充量<注釈:その人の最適投与量>から開始される。50歳以上の患者または年齢は若いが心疾患の既往を持つ患者に対しては、もっと低い投与量(1日25〜50マイクログラムのレボサイロキシン)から開始され、血清TSH 濃度が正常になるまで6〜8週間間隔で臨床的、生化学的に再診を行なう。50歳以上の人の中でも、最近甲状腺機能亢進症の治療を受けた人あるいは数ヶ月の短期間の甲状腺機能低下症であったことがわかっている人などはレボサイロキシン完全補充量で治療を開始してよい者もいる。ある種の薬剤、例えばコレスチラミンや硫酸鉄<注釈:造血剤>、スクラルファート<注釈:商品名アルサルミン>、水酸化アルミニウム制酸剤などは、胃からのレボサイロキシン吸収を妨げる恐れがある。レボサイロキシンはこれらの薬剤の投与から少なくとも4時間あけて投与するようにしなければならない。その他の薬剤、特に抗痙攣剤のフェニントインやカルバマゼピン、また抗結核剤のリファンピシンはレボサイロキシンの代謝を促進し、レボサイロキシンの必要量が高くなる恐れがある。
継続治療
治療への臨床的反応や患者の服用状況、薬剤の相互作用の発現を判定するためと体重の変化や加齢に応じて補充量を調節するために、定期的なモニターが甲状腺機能低下症患者の治療には欠かせない。最初は投与したレボサイロキシンの量に対する反応をモニターするために、6〜8週間間隔で患者を診るようにする。TSH濃度が正常になったら、頻繁に来院する必要はなくなる。その後は臨床状況にもよるが、6ヶ月〜12ヶ月間隔の来院で十分である。患者への投与量を合わせる必要がある場合は、治療への反応をみるためとTSH濃度の再測定のために2〜3ヶ月以内に再度受診しなければならない。

その間の経過で甲状腺ホルモン剤治療に対する反応を評価するが、薬の副作用の可能性だけでなく、臨床症状の改善も評価しなければならない。年1回は甲状腺の状態に関連した身体的検査を行なうようにする。TSH濃度は最低年1回測定するようにする。最近レボサイロキシンの投与を受け始めた患者、あるいは甲状腺ホルモン製剤の投与量やタイプ、ブランドを変えた患者に対しては、8〜12週間後にTSH濃度の測定を行なわねばならない。
特別に考慮すべきこと
[高齢者(10)
多くのケースで、高齢者の甲状腺機能低下症には特異的な症状が乏しいという特徴がある。症状はごく軽いことがあり、また声のしゃがれや難聴、錯乱、痴呆、運動失調、うつ病、皮膚の乾燥、あるいは脱毛などが含まれる。60歳以降の女性に甲状腺機能低下症の罹患率が高いことから、そのような人はTSHの測定によるスクリーニングを行なうべきである。過去に甲状腺疾患を薬剤または手術で治療した経歴のある患者はすべて年1回TSHを測定してスクリーニングすべきである。さらに、他の自己免疫性疾患のある患者や説明のつかないうつ病や認知障害、あるいは高コレステロール血症のある患者もTSH測定でスクリーニングしなければならない。治療は、もっぱら正常なTSH濃度を維持するに必要なレボサイロキシンを使うことになる。
妊娠(11)
妊娠中は多くの甲状腺機能低下症患者でレボサイロキシンの必要量が増加するが、それはTSH 測定で見つけることができる。患者は三半期<注釈:妊娠を初期、中期、後期の3つに分ける>ごとにまた適切な検査でさらに薬の量の調節が必要であるかということと共にTSH濃度が正常であるかを確かめるためのチェックを受けなければならない。レボサイロキシンの量は、出産後直ちに妊娠前の量に戻し、TSHレベルの測定を産後6〜8週で行なうようにする。
[医原性甲状腺機能亢進症(9,12)
一部の患者、特に高齢者は過剰なT4に対する耐容性が乏しい。心悸亢進や振戦、集中力低下、あるいは胸痛などの症状が出たら、適切な検査で患者の診察を行なうべきであり、甲状腺機能亢進症であることが確認されたら、現在投与しているレボサイロキシンを1週間中止し、もっと量を減らして再投与するようにしなければならない。それ以外の患者は、フリーT4の上昇と/またはTSH濃度の抑制があっても症状が出ないままである。レボサイロキシンの補充量過多は骨密度の減少と関連があり、特に閉経後の女性ではその恐れが高いため、分化度の高い甲状腺癌患者のようにTSH抑制が目的である場合以外は、TSH濃度が正常になるまで量を減らすことをお勧めする。
潜在性性甲状腺機能低下症(9,10)
65 歳以上の患者で正常なフリーT4値であるのに、TSH濃度が上がっている患者は15%もおり、それ以外の成人にも多く見られるが、たとえあったとしても甲状腺機能低下症症状がある者はほとんどいない。この状態を「潜在性性甲状腺機能低下症」という。このような軽い障害を持つ患者の中にはレボサイロキシンで治療を行なうと具合がよくなる者がいる。潜在性性甲状腺機能低下症はおそらく治療した方が望ましいと思われるが、特に甲状腺自己抗体が陽性の場合は高い頻度で顕性甲状腺機能低下症になるため、治療した方がよい。医師がこのような患者を治療しないことにした場合、年に1回は甲状腺機能の臨床的、生化学的低下がないか診察を行なわねばならない。
[粘液水腫昏睡(8)
粘液水腫<注釈:甲状腺機能低下症の別称>が原因の昏睡は希な、生命を脅かす状態で、多くは重症の長く続いた甲状腺機能低下症が著しく悪化したものである。一般的に高齢者に起こり、通常は併発疾患により急
速に発症する。臨床症状は、感覚鈍磨あるいは昏睡に加え、低体温や除脈、呼吸不全などがあり、循環虚脱が起きることもある。

粘液水腫昏睡の治療にはレボサイロキシンと/またはリオチロニンナトリウム<注釈:T3製剤>の静注だけでなく、グルココルチコイド<注釈:副腎皮質ホルモン剤>投与が行なわれる。

粘液水腫昏睡の患者は適切なモニターを行ないながら、内分泌病専門医の参加を得て集中治療室で行なうべきである。
その他の甲状腺ホルモン製剤の使用(9)
レボサイロキシン以外に2〜3種類の甲状腺ホルモン製剤がある。リオサイロニン<注釈:T3製剤:商品名チロナミン>は、甲状腺癌患者の放射性ヨード治療前に使用すると効果的な場合があるが、リオサイロニンは中止する期間がレボサイロキシンよりも短くてすむためである。甲状腺機能低下症に対して、リオサイロニンによる長期治療はお勧めできない。医原性甲状腺機能亢進症を起こしやすいからである。T4とT3の両方を含む生物学的甲状腺ホルモン剤と合成甲状腺ホルモン剤は、必ずしも禁忌ではないもののT3濃度の変動や上昇を生じることが多いため、治療には使わない方がよい。
その他の状況での甲状腺ホルモン剤の使用(13)
甲状腺ホルモン剤は甲状腺以外の病気にも使われてきた。これには肥満や不妊症、月経不順、低身長、および慢性疲労が含まれる。そのような症状が甲状腺ホルモン治療に反応するという科学的な証明はなされておらず、甲状腺ホルモン剤の使用は不適切であると思われる。しかし、一部の精神科医が限られたうつ病患者で三環性抗うつ剤に甲状腺ホルモン剤を加えると効果が上がり、臨床的に改善が見られたことを報告している。

  • ロサンジェルス南カリフォルニア大学医学部内分泌病、糖尿病、高血圧科(Dr. Singer)
  • メリーランド州バルチモア、ジョンズホプキンス大学医学部な分泌病科(Dr. CooperとLadenson)
  • メリーランド州バルチモア、マウントシナイ病院内分泌病科(Dr. Cooper)
  • フロリダ州マイアミ、マイアミ大学医学部内分泌病科(Dr. Levy)
  • ワーチェスター、マサチュウセッツ大学医学部内分泌病科(Dr. Braverman)
  • ボストン、マサチュウセッツ総合病院、甲状腺ユニット(Dr. Daniels)
  • サンフランシスコ、カリフォルニア大学医学部内分泌病科(Dr. Greenspan)
  • カリフォルニア州スタンフォード、スタンフォード大学医学部核医学科(Dr. McDougall)
  • マーシュフィールド(ウィスコンシン州)クリニック(Dr. Nikolai)

. Dr.Tajiri's comment . .
. 5年前にアメリカ甲状腺学会が出版したガイドラインです。このコーナーでも、同じアメリカ甲状腺学会が出した甲状腺結節の診断治療ガイドラインを紹介しました。アメリカでは、このように定期的に一般医向けにガイドラインを出しています。日本甲状腺学会でも、遅ればせながら今年秋の甲状腺学会でガイドラインが承認されるところまできました。それが正式に発表されたら、公開します。

今回の公開と関連したサイトを参考にされてください。
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療のためのAACE臨床実地指針
臨床ガイドライン<1>甲状腺疾患のスクリーニング
臨床ガイドライン<2>甲状腺疾患のスクリーニング:最新情報
妊娠中の甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症の管理とスクリーニング
妊娠に合併したバセドウ病:母体の病状または治療に関連した胎児の奇形と甲状腺機能異常[総説]
欧州における甲状腺眼症の治療の現状:各国調査の結果
甲状腺機能低下症患者におけるサイロキシンとトリヨードサイロニンの併用と比較したサイロキシンの効果
妊娠初期の母親の甲状腺機能低下症と児の知的発達について
バセドウ病に対する外来での放射性ヨード治療:この一年
高用量のプロピルチオウラシルを服用している母親から母乳だけで育てられている乳児の甲状腺機能
甲状腺機能異常を見つけるためのアメリカ甲状腺学会ガイドライン
医学の進歩:バセドウ病[総説]
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の管理に関する最新情報[論評]
甲状腺機能亢進症に対する治療とバセドウ病眼症の経過との関係
ヨーロッパ、日本、およびアメリカでのバセドウ病の診断と治療における類似点と相違点
バセドウ病:抗甲状腺剤、手術あるいは放射性ヨードによる治療…前向き、無作為試験
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参考文献]・[もどる