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医学の進歩:バセドウ病[総説]
Anthony P. Weetman, M.D., D.Sc.
N Engl J Med 2000; 1236-1248: 343

詳しい症例報告を出したのはGalab Parryの方が10年早かったが、甲状腺腫、心悸亢進および眼球突出症に関連性があることを初めて見出したのはRobert Gravesである。バセドウ病による甲状腺機能亢進症患者の血清中に甲状腺刺激ホルモン(TSH)とは異なる甲状腺刺激ファクターが発見され(1)、その後この刺激ファクターがIgG抗体であることが確認された(2)。今では、バセドウ病が甲状腺刺激抗体により引き起こされることが明らかとなっている。この抗体は甲状腺細胞のTSH受容体に結合し、活性化させるのである(3)。バセドウ病では目(バセドウ病眼症)や皮膚(局所的皮膚障害または粘液水腫)も冒されるが、頻度は少ないものの、これらの疾患を引き起こす原因要素はわかっていない。

病因論
バセドウ病は自己免疫性甲状腺機能低下症と共通した数多くの免疫学的特徴を有している。それにはサイログロブリンや甲状腺ペルオキシダーゼに対する血清中の抗体濃度が高いことと、おそらく甲状腺組織内に存在するヨードトランスポーター(4)に対する抗体濃度が高いこともあると思われる。これらの抗体の血清濃度は患者間で様々に異なっており、また抗体そのものが甲状腺刺激抗体の効果を変える可能性もある。一部の患者では、甲状腺刺激ホルモン(TSH)をブロックし、甲状腺刺激抗体の刺激作用を減少させる抗体も同時に産生される。これらの理由からバセドウ病患者では血清中の甲状腺刺激抗体濃度と甲状腺ホルモン濃度との間に直接の相関関係はない(5)。甲状腺刺激抗体は甲状腺ホルモンの過剰分泌を引き起こすだけでなく、柱状およびひだ状の上皮と少量の膠質からなる甲状腺自体の肥大や過形成をも引き起こすのである(6)。結果的に特徴的なびまん性甲状腺腫となる【図1A】。リンパ球浸潤が存在することも多く、時に胚中心の形成にいたることもある。頸部リンパ節や骨髄でも自己抗体は作られるが、これら甲状腺内のリンパ球が自己抗体の主な産生源である(7)。抗甲状腺剤はこの組織学的変化を改善するものである(8)
TSH受容体に対する自己免疫性
TSH受容体はG蛋白結合レセプター(受容体)族のメンバーである(9)。甲状腺刺激抗体がTSH受容体に結合し、活性化するメカニズムは不明である(10)。しかし、変異レセプターおよびレセプター配列の研究で、甲状腺刺激抗体はTSH受容体の細胞外領域にある対応エピトープ(抗原決定基)に結合することが明らかとなった。これらのエピトープはサイロトロピン(TSH)の結合部位と重なり合う非連続的セグメントからなっている(11,12)。甲状腺刺激抗体の産生はT細胞に依存し、循環血中のT細胞がTSH受容体の複数のエピトープを認識する(13)

甲状腺刺激抗体はバセドウ病を引き起こすが、血清中の抗体濃度は非常に低く(11)、中には検知できない患者も少数ではあるが存在する。このようなことが観察される理由としてもっとも可能性の高いものは、アッセイの感度が低いか、または誤診(例えば、患者が本当は家族性の非自己免疫性甲状腺機能亢進症に罹っている場合など)である。

甲状腺機能亢進症と甲状腺腫は主に、甲状腺刺激抗体が細胞内のサイクリックAMP(環状AMP)産生を増加させる能力によって引き起こされる。これらの抗体の一部はホスホリパーゼA2も活性化し、このような作用を持つ抗体が特に甲状腺腫誘発性を持つものと思われる(14)
甲状腺細胞の役割
バセドウ病では、甲状腺細胞が甲状腺抗原の発生源および甲状腺刺激抗体のターゲットとなるだけでなく、甲状腺内自己免疫性を修飾する数種類の分子の発現も行なう【図2】。浸潤したT細胞が産生するインターフェロン-γに反応して、甲状腺細胞がHLAクラスII分子を発現する。これにより活性化されたT細胞に対するTSH受容体のような抗原を細胞が提示することができる(15)。だまされやすいT細胞は抗原提示細胞からの共刺激シグナルを必要とするが、甲状腺が提示する抗原には反応しない(16)。なぜならもっとも大事な共刺激性分子であるCD80とCD86を持たないからである。CD80とCD86はCD28を使ってT細胞を刺激する。したがってバセドウ病の発病にはCD80とCD86を発現する樹状細胞とB細胞が関与している可能性が高い。後に、甲状腺細胞によるCD40やCD54およびインターロイキン-1やインターロイキン-6のような他の分子の発現でそうなる可能性があるように、甲状腺細胞が提示する抗原によって自己免疫プロセスが悪化の方向に向かうのではないかと思われる【図2】(4)
眼症と皮膚障害
バセドウ病眼症は外眼筋の浮腫と炎症および眼窩内の結合組織と脂肪の増加を特徴とする(17)。浮腫は線維芽細胞により分泌されるグリコサミノグリカンの親水性によるものである。 炎症は外眼筋や眼窩結合組織にリンパ球やマクロファージが浸潤するために起きる。ほとんどの眼症の臨床症状は、眼球後部組織の体積が増すことが原因で生じる。眼症の末期には筋肉細胞が萎縮したり、線維化したりするが、それまでは筋肉細胞は正常である。眼瞼の筋肉細胞は肥大するがリンパ球の浸潤はほとんどない(18)。皮膚障害の特徴は真皮へのリンパ球浸潤、グリコサミノグリカンの集積、および浮腫である(19)

バセドウ病と眼症の間に密接な関係があることから、どちらも甲状腺と眼窩内に存在する複数の抗原に対する自己免疫反応によって引き起こされることがうかがえる(20)。最近、候補に挙がっている抗原はTSH受容体であるが、これは眼窩線維芽細胞の前脂肪細胞の亜型によって発現する(21)。眼症の唯一の動物モデルは、遺伝的素因を持つマウスにTSH受容体感作T細胞を移入して作られたものである(22)。これらの動物では、TSH受容体に対する反応がタイプ2のヘルパーT細胞を介して行なわれ、インターロイキン-4とインターロイキン-10が産生されるという特徴がある。 眼窩へのリンパ球浸潤と浮腫に加え、これらのマウスに甲状腺炎が生じた。これらの所見からTSH受容体に対する自己反応性により眼症が引き起こされることが示唆されている。体の他の部位にある前脂肪細胞がなぜ自己免疫反応のターゲットにならないのかは不明であるが、他の研究から異なった眼窩抗原が役割を果たしている可能性があることが示唆されている(23)

リンパ球の局所的集積を起こす自己抗原が何であれ、眼症や皮膚障害の病因に直接関係する現象はサイトカインを介した線維芽細胞の活性化、これらの細胞によるグリコサミノグリカンの分泌、そして最終的には線維形成であると思われる【図3】。母親の甲状腺刺激抗体が胎盤を通過したためにバセドウ病になった新生児では、はっきりした眼症が確認されておらず、眼窩抗原に対する抗体の存在が必ずしも眼症と関係があるわけではない。これは病因となる人の自己免疫性に対してはせいぜい2次的な役割しか果たしていないことを示唆するものである。

素因的ファクター
バセドウ病に罹りやすいかどうかは、TSH受容体に対するT細胞とB細胞の自己免疫性発現を起こす遺伝的ファクターや外的、内的ファクターの組み合わせによって決まる。しかし、このプロセスに係わるメカニズムはわかっていない。
遺伝的ファクター
一卵性双生児ではどちらもバセドウ病になる割合が20%であるが、二卵性双生児ではその割合がはるかに低くなる。これは罹病性に対して遺伝子が中等度の関わりしか持っていないことを示唆するものである(24)。この病気を引き起こす、または発病に必要な遺伝子はまだ一つもわかっていない。人種間で様々に異なるある種のHLA対立遺伝子との関連性ははっきり確かめられている。白人では、HLA-DR3とHLA-DQA1*0501がバセドウ病と関連があり、HLA-DRB1*0701が病気から守っている(25,26)。HLAがまったく同じ罹患患者の子供がバセドウ病になるリスクは一卵性双生児よりもはるかに低く(24)、非HLA遺伝子の関与があることがうかがえる。

数種の人種グループではバセドウ病に細胞障害性T-リンパ球抗原4(CTLA-4)の多様性が関連している(24,27)。この関連性は、おそらくある種のCTLA-4対立遺伝子が自己反応性T細胞に及ぼす影響を反映しているものと思われる。他の臓器特異的自己免疫疾患にもCTLA-4の多様性が関連しているからである。T細胞上のCD28分子よりむしろCTLA-4分子が抗原提示細胞上のCD80またはCD86の共刺激性分子と結合した際にT細胞が不活性化される。連鎖分析で、バセドウ病への罹患しやすさに関連性のある遺伝子座が、染色体上の14q31、20q11.2、およびXq21に確認されたが(28,29)、これらの遺伝子座の重要性を確認するには複数の罹患者を持つ家族を多数スクリーニングする必要がある。眼症を発症しやすい遺伝的素因ははっきりしない。
外的、内的ファクター
バセドウ病のもっとも重要なリスクファクターは、女性であることであるが、これは一部にはエストロゲンにより自己免疫反応が変わるためである。一部の患者では、逆境(死別、離婚および職を失うことなど)によりバセドウ病の発症が促進されることから、神経内分泌経路によりストレスが発病に役割を果たしている可能性が裏付けられている(31)。喫煙はバセドウ病との関連性は弱いが、眼症の発症とは強い関連性がある(32)。ヨード欠乏地域では、ヨード補充を行なうとヨード・バセドウ現象によりバセドウ病やその他のタイプの甲状腺機能亢進症が発症する。リチウム療法は普通、甲状腺機能低下症や甲状腺腫と関連性があるが、逆にバセドウ病を含む甲状腺機能亢進症にも関連性がある。おそらくこの治療によりこの薬剤の免疫作用を通じて誘発されるのだと思われる(33)

後天性免疫不全症候群患者<注釈:HIVまたはエイズ>では、非常に積極的な抗レトロウィルス療法がバセドウ病に関係しており、CD4+T細胞の数の増加、あるいは機能の変化が起きることに関連している可能性がある(34)。バセドウ病は直接T細胞に作用するCampath-1Hモノクローナル抗体で治療を受けている多発性硬化症患者にも起こる(35)。感染がバセドウ病の罹病性を高める、あるいは直接誘発するというような証拠はない(36)

疫学的ファクター
甲状腺機能亢進症患者のうち、地域的ファクター、特にヨード摂取量にもよるが60から80%はバセドウ病である。20年以上にわたる女性の年間発病率は1,000人あたり0.5人前後である(37)。もっとも発病のリスクが高いのは40歳から60歳の間である。したがってアメリカではもっとも罹患率の高い自己免疫性疾患となっている(38)。男性のバセドウ病は女性の1/5から1/10であり、小児ではまれである。バセドウ病の罹患率は白人とアジア人では同じであり、黒人では低い(37)

臨床症状
バセドウ病の臨床症状は、どのタイプの甲状腺機能亢進症にも共通する症状とバセドウ病特有の症状とに分けられる【表1】(39)。バセドウ病の重症度や罹患している期間、および患者の年齢などにより症状の現われ方が決まる。いちばん多い症状は、神経質、疲労、頻脈、または心悸亢進、暑さに弱い、および体重減少である。このような症状は本疾患に罹っている患者の半数以上に認められる。年齢が高くなるにつれて体重減少や食思不振が多くなってくるが、一方でいらいらや暑さに弱いという症状は減ってくる(40)。心房細動は50歳以下の患者にはまれであるが、高齢者では最高20%に起こる。50歳未満の患者のほぼ90%に様々なサイズの硬い、びまん性の甲状腺腫があるが【図1A】、高齢患者では約75%である(40)。非特異的な臨床検査所見としては、血清中のビリルビンやアミノトランスフェラーゼ<注釈:GOT, GPTなどの肝機能検査>、フェリチン濃度、性ホルモン結合グロブリンが高いことである。骨吸収速度が上がり、高カルシウム尿症が高頻度で起こる。しかし、高カルシウム血症はまれである。グルコース不耐性、まれに糖尿病が甲状腺機能亢進症に併発することがある。インスリンで治療を受けている糖尿病患者は、甲状腺機能亢進症によりインスリンの必要量が増加する。

臨床的に明らかな眼症【図1B,C】は約50%の患者に起こるが、そのうち75%は目の症状が甲状腺機能亢進症の診断を受ける前後1年以内に現われる。しかしながら、画像研究で、臨床的に眼症の徴候のない患者のほとんどに外眼筋の肥大という形で眼症の徴候があることが明らかとなった(41)。重症の眼症になるリスクは高齢の男性の方が高い(42)。臨床的に明らかな眼症の罹患率は白人よりもアジア人の方が低い(43)。眼症のある患者の約90%は甲状腺機能亢進症である。残りは自己免疫性甲状腺機能低下症か、見かけ上は甲状腺正常状態である。

眼症の徴候でいちばん多いのは【表1】、瞼の後退または遅滞、および眼窩周囲の浮腫である。軽度の眼瞼後退(1〜2mm)は交感神経の過活動によるものと思われ、どのタイプの甲状腺機能亢進症患者にも起こりうるものであるが、より顕著な眼瞼後退はバセドウ病眼症による可能性が高い。眼球突出症(突眼)は1/3以下の患者に起こり、複視は5〜10%の患者に起こる。眼窩先端部での視神経圧迫による視力喪失が起こる可能性もあるが、まれである。臨床家は眼症の活動を以下の症状を評価して診断することができる。眼球後部の痛み、目の運動痛、眼瞼紅斑、結膜充血、結膜浮腫、結膜息肉の腫れ、および眼瞼浮腫である(44)。眼球突出の増加、視力低下、および眼球運動の減少などを含む悪化の客観的所見に加え、このスコアを眼症の活動レベルの評価に使うことができる。

局所的な皮膚障害は脛の前外側面に出ることがいちばん多い【図1D】。しかし、他の場所にも出ることがあり、特に外傷を受けた後に出やすい(45)。バセドウ病患者の1〜2%に皮膚障害が出るが、その場合は必ずと言ってよいほど重症の眼症が存在している。

診断学の研究
バセドウ病
バセドウ病の診断は、甲状腺機能亢進症の臨床症状と生化学的所見、および原因を特定する臨床的、検査的特徴に基づいてなされる。血清TSH測定は甲状腺機能亢進症の存在を調べるスクリーニングに役立つ検査方法である。ごくわずか甲状腺ホルモン分泌量が増えただけでもTSHの分泌量が減少するからである。しかし、甲状腺機能亢進症の診断は血清遊離サイロキシン(FT4)の測定で確認しなければならない(46)

ごく初期のバセドウ病患者では、トリヨードサイロニン(T3)の分泌量のみが増加している場合がある。したがって血清遊離サイロキシン(FT4)濃度が正常で、血清TSH濃度が低い患者では、血清遊離トリヨードサイロニン(FT3)の測定を行なわねばならない。血清総サイロキシン(T4)およびトリヨードサイロニン(T3)の測定は信頼度が低い。ある種の薬剤の使用や甲状腺ホルモン結合蛋白の増加で値が高くなる可能性があるためである、甲状腺機能亢進症患者の診断確定法の模式図を【図4】に示した。

眼症や皮膚障害があれば、甲状腺機能亢進症やびまん性の甲状腺腫がある患者にバセドウ病と診断を下すに足る十分な証拠となる。他の自己免疫疾患もバセドウ病患者には高い頻度で起こる【表1】。したがってそのような病気があれば診断を裏付けるものとなる。時に、バセドウ病がすでに結節性甲状腺腫のある患者に起こることがあり(47)、混乱を招く場合もある。臨床的にはっきりした診断が下せない場合、バセドウ病患者の約75%で甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体の血清濃度が高くなっており、あるいは甲状腺の放射性ヨードスキャンでびまん性の甲状腺腫があれば、それもバセドウ病の証拠となる。時に、甲状腺核医学的検査がバセドウ病と痛みのない破壊性(自己免疫性)甲状腺炎<注釈:無痛性甲状腺炎>、特に産後の女性に起こる甲状腺炎が原因の甲状腺中毒症との鑑別に適応となる場合がある。痛みのない甲状腺炎のある患者に、バセドウ病患者と同じように小さなびまん性の甲状腺腫がある場合がある。しかし、無痛性甲状腺炎が原因の甲状腺中毒症は2ヶ月以上続くことはあまりない。
血清中のTSH受容体抗体の測定
バセドウ病の鑑別診断のために血清TSH受容体抗体を測定すべきかどうかについては、主に個人的好みの問題となっている(48)。抗体の検査をルーチンに行なうべきであるという一部の意見もあるが、それ以外の者は臨床的所見を元にほぼすべてに正しいバセドウ病の診断が下せるとしている。もっとも広く用いられているTSH受容体抗体のアッセイ法は、放射性ラベルを施したTSHのTSH受容体への結合が免疫グロブリンを介して阻害されることに基づいたものである(49)。これはバセドウ病患者の約80%が陽性である。新しいアッセイ法は感度がもっと高くなっている(99%)(50)。陽性の結果は甲状腺刺激抗体の存在、またはTSH受容体抗体の存在のいずれかを示すものであるが、甲状腺機能亢進症のある患者で陽性と出た場合はTSH受容体抗体によるものとするのが妥当である。
TSH受容体と抗体との間の相互作用についてよくわかってくれば(3,10)、ルーチンに使用できる簡単で甲状腺刺激抗体に特異性のある免疫アッセイの開発が可能になるはずである。甲状腺刺激抗体のみがバイオアッセイで検知されるが、これはTSH受容体の刺激に反応して産生される環状AMP(サイクリックAMP)−例えばTSH受容体をトランスフェクトした細胞内のもの−を測定するものである(51)。しかし、そのようなアッセイはかなり費用が高く、広く利用できるものではない。
眼 症
眼症の原因が不明である場合、特に片側性の眼球突出症がある場合は、眼窩後部の腫瘍あるいは脳動静脈奇形の可能性を否定するため、眼窩のコンピューター断層撮影(CT)または磁気共鳴画像法(MRI)が適応となる。眼症の活動性または重篤度を評価するための検査を、どのような組み合わせで行なうのがいちばんよいのかということに関しては意見の一致がない(52)。眼症の活動性を評価する方法により、どの患者に免疫抑制治療の効果があがるのかを確かめやすくなる。臨床的活動度スコア(44)、MRIで外眼筋のT2緩和時間の測定(53)、およびインジュウム(In)-111ペンテトレオタイドを用いた眼窩スキャンニング(54)など、すべてこの目的にかなったものとされているが、徹底的な評価がなされたものはない。これらの検査は軽度から中等度のバセドウ病眼症しかない大部分の患者には必要ない。

自然経過
効果的な治療ができるようになったため、今では抗甲状腺剤治療を受けていない患者でバセドウ病の自然経過を確認することは不可能となった。ベータアドレナリン作動性拮抗剤で1年間治療を受けた軽度の甲状腺機能亢進症患者の約20%が、臨床的、生化学的に正常な甲状腺状態となるが、永久的に甲状腺正常状態になる頻度は不明である。抗甲状腺剤で治療を受けた患者の30から40%が薬剤を中止した後も相当長い期間甲状腺正常状態を保っている。これらの患者のうち約15%に、10年から15年後に自己免疫性甲状腺機能低下症が起きてくる(55)。甲状腺機能亢進症のコントロールがうまくなされていない患者ではより重症になる傾向はあるものの、バセドウ病眼症の経過はほとんど甲状腺の状態には無関係である(56)。通常は、12ヶ月〜18ヶ月にわたって悪化する期間があり、その後安定期に入る。軽度の眼症では約60%の患者に自然寛解が起こる(57)。しかし、予測できない眼症の突然の悪化が、抗甲状腺剤治療とはかかわりなくいつでも起こる可能性がある。

治療法
バセドウ病の理想的な治療法は、甲状腺と眼窩に対する自己免疫反応を治すことにより甲状腺の機能を正常にし、その結果、眼症の消失をもたらすものであるが、そのような治療法はない。バセドウ病に対する現在の治療法は抗甲状腺剤、放射性ヨード、および手術である。その治療法の選択については地域毎に多少違いがある−例えば北アメリカでは放射性ヨードが好まれ、その他のほぼ全地域で抗甲状腺剤が好んで使われている。免疫抑制治療は非特異的であり、効果が完全なものではなく、重大な副作用があるため、軽度または中等度の眼症のある患者では、心理的問題が関わってくるものの、局所的方法で治療を受けるのが一般的である(58)。甲状腺機能亢進症と眼症の治療については、別の論文で詳しく述べられており(59-61)、その概要を【表2】【表3】に示した。
抗甲状腺剤
カルビマゾ−ル、その活性代謝産物であるメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>、およびプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>はすべて甲状腺ペルオキシダーゼを阻害し、その結果甲状腺ホルモンの合成を阻害する。プロピルチオウラシルは甲状腺外でサイロキシン(T4)からヨード分子が取れ、トリヨードサイロニン(T3)になるのも阻止するため、血清トリヨードサイロニン(T3)濃度の初期減少がより急速に起こり、他の薬剤に比べ甲状腺機能亢進症症状の改善が早く起こる可能性がある。臨床では、この作用は重症の甲状腺機能亢進症または甲状腺中毒クリーゼのある患者にのみ価値のあるもので、カルビマゾ−ルおよびメチマゾールは初期治療開始時に必要な量が少なくてすむことと、軽度の甲状腺機能亢進症患者や3〜4週間の初期治療が終わった後のより重篤な甲状腺機能亢進症患者では1日1回の投与でよいという利点がある。薬剤の選択は主にその地域の診療法によって決まる。例えばプロピルチオウラシルは北アメリカで選択される薬剤であり、カルビマゾ−ルはイギリスで、またメチマゾールはヨーロッパとアジアで選択される。

抗甲状腺剤で治療を受けた患者の約30〜40%が、薬剤治療を中止してから10年後に正常な甲状腺状態を保っている。これはバセドウ病が寛解したことを意味する。この寛解がまったく自然に起きたものか、甲状腺機能亢進症がよくなったためのものか、あるいは薬剤の免疫調節作用によるものかは不明である(4)。抗甲状腺剤による治療の後に甲状腺機能亢進症が再発した場合は、2度目の治療で永久的な寛解が得られる確率はほとんどない。

若い患者や大きな甲状腺腫、眼症のある患者、あるいは診断時の血清TSH受容体抗体濃度が高い患者は永久的な寛解が得られる可能性は低いが、いろいろ試みたものの薬剤治療を中止した後の経過を予測するための信頼できるマーカーを見つけることはできなかった(62)。抗甲状腺剤の投与法に関しては、投与量を徐々に減量していく投与法【表2】を使用している場合、18ヶ月以上治療しても利益がないが(63)、その一方で「ブロック−補充」投与法<注釈:抗甲状腺剤と甲状腺ホルモンを一緒に投与する治療法>を用いて6ヶ月以上治療しても利益がないことが無作為治験で証明されている(84)

私は「ブロック−補充」投与法の方を好むが、それは来院回数が少なくてすみ、正常甲状腺状態を維持しやすいように思えるからである。「ブロック−補充」投与法では、甲状腺機能低下症を避けるため抗甲状腺剤に加え、サイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>が投与される。サイロキシンの別の役割として、TSHの分泌を抑制し、それにより甲状腺抗原の放出を防ぐ可能性があると言われているが、そのことはメチマゾールによる治療中と治療後にサイロキシンの投与を受けた患者の研究で、甲状腺機能亢進症の再発率が極めて低いという所見が得られたことからもうかがえる(65)。これらの結果は他の数件の研究で再現できなかったが、その理由は不明である(66)

抗甲状腺剤による治療で起こるもっとも深刻な合併症は、無顆粒球症である。発生頻度は年間患者10,000人あたり3例未満であると見積もられているが(67)、これよりも10倍の頻度で起こるという見積もりもある(日本やアメリカからの報告では1,000人に3〜4人の頻度である。実は、ヨーロッパからは抗甲状腺剤による無顆粒球症の頻度に関して多数例を対象とした研究が出ていない)。喉の痛みや発熱、あるいは口内炎が出たら患者には薬を止めて白血球数を調べてもらうように言っておかねばならない。ほとんどの医師はルーチンに白血球数を調べていないが、日本での研究からそのような検査をルーチンに行なっていれば症状が出る前に顆粒球減少症が見つかることが示唆されている(68)。無顆粒球症の治療は薬剤を中止し、入院させて監視しながら広域スペクトル抗生物質を用いて行なう。顆粒球コロニー刺激ファクターの無作為治験では効果がなかった(69)。もっとまれな合併症には肝臓への影響がある(急性肝壊死または胆汁鬱滞性肝炎)が、これは深刻なもので薬剤治療を中止しても継続し、死亡する場合もある(70)
放射性ヨードによる治療
北アメリカでは、バセドウ病患者に対する初期治療として放射性ヨードが好んで使われる(71)。ある分析では、放射性ヨード治療がもっとも費用効率のよい方法とされているが(72)、同じ程度の患者で行なった別の分析では抗甲状腺剤による治療の方がわずかにコストが低いとなっている(73)。放射性ヨードは妊婦や授乳中の女性には禁忌であり、眼症を誘発、あるいは悪化させる恐れがある。特に喫煙者ではその危険性が高い(74,75)。眼症の悪化は一過性であることが多く、グルココルチコイド治療(1日40mgのプレドニゾンを3ヶ月かけて徐々に中止していく)によって予防できる可能性がある(74)。放射性ヨードの催奇形性の危険性ははっきり証明されていないが、治療後少なくとも4ヶ月は妊娠を避けるべきである。放射性ヨードと抗甲状腺剤の利点と欠点の比較を【表4】に挙げてある。私は50歳以下で、バセドウ病が初発した患者には抗甲状腺剤を勧め、50歳以上の患者には放射性ヨードを勧めている。なぜなら甲状腺機能亢進症の再発により心房細動の危険性が生じるからである。また、甲状腺機能亢進症の再発を見た患者にはすべて、手術の適応がない限り放射性ヨードを勧めている。

あらゆるタイプの甲状腺機能亢進症の患者での放射性ヨード治療後の標準死亡率はわずかに増加するが、これは主に甲状腺機能亢進症や循環器疾患、および大腿骨骨折が原因である(76,77)。治療後、時間が経つにつれて死亡率は減少していく。したがって死亡原因は治療の直接的影響というよりも甲状腺機能亢進症そのものである可能性が高い。放射性ヨードで治療を受けた患者での癌の総発生率は変わらないか(78)、わずかに減少するが(79)、甲状腺癌およびおそらくそれ以外の癌によるものと思われる死亡の危険性はわずかに増加する。このリスクがバセドウ病に関係したものか、あるいは放射性ヨードに関係したものかは不明である。このような安心できるデータはあるものの、それゆえ一層バセドウ病に罹った小児の治療には注意が必要であると思われる(80)

放射性ヨード治療の主な副作用は甲状腺機能低下症である。放射性ヨード治療後最初の数ヶ月内に甲状腺機能低下症が起きた場合は一過性の可能性がある。甲状腺刺激抗体の血清濃度がもっとも高い患者がいちばん治りやすいが(81)、中には甲状腺機能亢進症を治癒させるため、2度目の治療を必要とする者もいる(82)。複雑な計算をして放射性ヨードの投与量を定めても、甲状腺機能低下症の発生率、あるいは甲状腺機能亢進症の再発率が減少することはないし、また費用も高く不便である(83)。ほとんどの医師は甲状腺のサイズの評価を元にした5〜15mCi(185〜555MBq)の固定量を投与する方を好む(84)

放射性ヨード治療の直前または直後に抗甲状腺剤を投与すると、放射性ヨード治療の効果が減少する。これは特にプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>では問題となるが、この薬は最長55日放射能防護効果を発揮する可能性があるからである(85)。軽度または中等度の甲状腺機能亢進症である患者は、放射性ヨード治療の前後に抗甲状腺剤治療を行なう必要がない。このような患者の症状は放射性ヨードの効果が出てくるまでにベータ作動性拮抗剤でうまく軽減できるからである。重症の甲状腺機能亢進症患者は、放射性ヨード投与の4週間から8週間目前に抗甲状腺剤で治療すべきである。この薬剤により急速に甲状腺ホルモン分泌が減少し、そのためわずかであるが放射性ヨード投与後まもなく甲状腺クリーゼが起こる危険性を減少させることができるからである。放射性ヨード治療後は、放射性ヨード投与時に甲状腺機能亢進症のコントロールが不良であった患者にのみ抗甲状腺剤を投与するようにすべきである<注釈:全例で抗甲状腺剤により甲状腺機能を正常にして、放射性ヨード治療を行うべきである。治療後も甲状腺機能が落ち着くまでは抗甲状腺剤を投与すべきである。その方が安全であり、患者さんもきつくないと思う。放射性ヨード治療は効きすぎが欠点であるので、効きが少しくらい悪くても問題にならない。2回目の放射性ヨード治療をすればいいのである。日本でも外来で放射性ヨード治療が可能になったので、好都合である>。
甲状腺切除術
一部のバセドウ病患者では甲状腺亜全摘の方が好ましい。特に大きな甲状腺腫がある場合はそうであるが、その性質がはっきりしない甲状腺結節が同時に存在している場合も適応となることがある。患者は甲状腺機能が正常状態になるまで抗甲状腺剤で治療を受けなければならない。通常は、手術前7日間、無機ヨードの投与も行なわれる。抗甲状腺剤や放射性ヨードによる治療に比べ、手術は費用が高い(73)。もっとも経験あるセンター(医療施設)では、98%以上の患者で甲状腺機能亢進症が治癒し、手術の合併症の発生率もきわめて低い。術後に甲状腺機能低下症が起こる率は甲状腺亜全摘よりも、甲状腺をほぼ全部摘出した場合に高くなる。また、血清中の甲状腺ペルオキシダーゼ抗体濃度の高い患者の方に術後の機能低下症の発生率が高い(86)。甲状腺をほぼ全部摘出する手術は、眼症に対して悪影響を与えない(87)
妊婦のバセドウ病
理想を言えば、甲状腺機能亢進症が適切に治療されるまで妊娠を避けるべきである。未治療の女性では胎児の死亡率が高いからである。妊娠中にバセドウ病の発病や再発が起きた場合は、血清遊離サイロキシン(FT4)レベルを正常な基準値の上限または上限よりやや高いところに維持するに必要な最低量の抗甲状腺剤を投与すべきである(88)。抗甲状腺剤とサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>の併用治療<注釈:「ブロック−補充」投与法>は避けなければならない。サイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>による治療も受けている患者では必要な抗甲状腺剤の用量が高くなり、サイロキシンはほとんど胎児には届かないので結果的に胎児が甲状腺機能低下症になるためである。胎児の甲状腺機能低下症を起こしてくる可能性に関しては、プロピルチオウラシルの方が血清蛋白と結合するレベルが高いため、理論的に胎盤を通過する危険性は低いとなっているが、プロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>とメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>ではほとんど違いがない(89)。適切にモニターしながら治療すれば抗甲状腺剤治療は妊婦にも安全に行なえる。母親のメチマゾールまたはカルビマゾール使用と先天性皮膚欠損症との間にはわずかながら関連性がある。そのリスクは不明であるが、この合併症の発生頻度を評価する研究では、リスクがまったくないと言い切れるだけの十分な根拠が示されていない(90)。プロピルチオウラシルの効果は同じ程度であり、催奇形性もないと思われるため、甲状腺機能亢進症のある妊婦にはプロピルチオウラシルが普通使われる(88)<注釈:プロピルチオウラシルでは奇形について統計学的に研究した報告がないので、この記載は根拠がない。妊娠中はメルカゾールでもプロピルチオウラシルでもどちらでも問題ないと考える>。

理由はよくわからないが、妊娠中に甲状腺刺激抗体の血清濃度が下がり、時にTSH受容体阻害抗体が現われることがある(91)。この結果、妊娠7ヶ月以降に甲状腺機能亢進症の自然寛解が起きることがよくある。このようなケースでは抗甲状腺剤による治療を中止することができる。妊娠中にバセドウ病であった女性の1〜5%で、その胎児または新生児に甲状腺機能亢進症が起こる。これは甲状腺刺激抗体が胎盤を通るために起こったものである。罹患した母親ほぼ全員の胎児、または新生児の血清TSH受容体抗体濃度が非常に高くなっている。新生児の甲状腺機能亢進症のリスクは、妊娠7ヶ月始めに母親の血清TSH受容体抗体濃度を測定して評価することができる。この検査はこの時期にまだ抗甲状腺剤を飲んでいる女性では特に役立つものである(48,92)。胎児では、甲状腺機能亢進症により子宮内発育が不良となり、1分間に160以上の心拍数となる。新生児では、頻脈や多動性、いらいら、および筋力低下などの甲状腺機能亢進症症状が出る。低用量の抗甲状腺剤を飲んでいる母親は、安全に授乳できると思われるが、子供の甲状腺の状態を定期的に診察してもらう必要がある。
バセドウ病眼症
軽度から中等度の眼症は自然に治まることが多く、ごく簡単な治療しか必要としない【表3】。重症の眼症、特に視力に障害が出ているような場合は、高用量のグルココルチコイドや眼窩への放射線照射、あるいはその両方の治療の組み合わせで患者の3分の2は改善する(93)。眼窩減圧療法は視神経に障害が出ているか、眼球突出のある患者に効果があり、初期治療として行なわれる場合もグルココルチコイド治療が効を奏しなかった後に行なわれる場合もある(94)。他に代わりとなる治療があるかどうかは不明である。

結 論
TSH受容体を刺激することにより、バセドウ病では抗体が病因的に重要な役割を果たしている。そのメカニズムは不明であるが遺伝的、外的ファクターが相互に作用しあってバセドウ病になる危険性を高めている。甲状腺機能亢進症には眼症を伴なう率が高いことから、共通の自己免疫応答があり、それが眼窩内にTSHの発現を起こす可能性が示唆されている。バセドウ病に対して現在行なわれている治療は効果的であるが、そのために医原性甲状腺機能低下症が起きることも多い。その一方で眼症の治療はまだ不十分な結果しか得られない。今後さらに関与している免疫プロセスがわかってくれば、もっとよい診断や治療法の開発ができるはずである。

参考文献]・[もどる