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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 11, No1

05:甲状腺ホルモン療法 / S. Thomas Bigos, M.D.

患者のための基礎情報
ほとんどの医師は、甲状腺が病気で傷ついたり、手術で取り除かれて、甲状腺機能低下症となり、重要な物質である甲状腺ホルモンを産生することができなくなった患者に甲状腺ホルモンを処方します。甲状腺ホルモンは事実上、体全体の器官の働きを最適な状態に保つために必要なものです。したがって、甲状腺ホルモンの欠乏に伴い、様々な症状が出てくるのは驚くにあたりません【表1】。

これらの症状がなくても、甲状腺機能低下症に伴い、体内化学の重要な変化も起こります。おそらくもっとも重要なものは、血清コレステロールの上昇で、動脈硬化や心臓病、および卒中のリスクが増加します。
【表1】甲状腺機能低下症によく見られる症状
  • 疲労
  • 寒がりの傾向
  • 皮膚と毛髪の乾燥
  • 毛髪の喪失
  • しゃがれ声
  • 便秘
  • 汗をかく量の減少
  • 筋肉がつる
  • うつ状態
  • 水分貯留
  • 体重増加(テキスト参照)
  • 女性:月経の量と回数の増加
  • 男性:性欲減退またはインポテンツ

正常な状況
もしあなたが甲状腺ホルモン剤を飲んでいるか、甲状腺機能低下症でホルモン療法を必要としているのであれば、正常な甲状腺がどのようにして体に甲状腺ホルモンを供給しているのかを知ることが役に立つと思われます。通常、甲状腺は循環している血液中から食餌で取ったヨードを取り込み、甲状腺ホルモンを作るのに使います。3個のヨード原子を含むホルモン分子は、トリヨードサイロニン(T3)と呼ばれ、ヨード原子が4個のものはサイロキシン(T4)として知られています。甲状腺ホルモンのほとんどすべてがT4の形で甲状腺から血液中に放出されます。体内のたくさんの細胞、特に肝臓の細胞が後でヨード原子のうち1個を取り除いて、T4がT3に変わります。
どちらのホルモンも体の様々な細胞の活動性を刺激する能力を持っていますが、医学研究者によるこのプロセスの研究で、T4は主に体内のT3の原料として働いており、後者の方が甲状腺ホルモンの作用のほとんどを担っていることがわかりました。
T4から作り出されるT3の量は一定ではありません。T3の形成速度は、毎日摂取するカロリーや身体的活動、様々な体の部位に病気があるかなどにより増えたり、減ったりするきわめて精密なシステムとなっています。T4からT3への変換速度の変化は、直面する様々なストレスに適応の一部として体が変わっていくシステムを表わしています。これらの変化が起こるスピードと予測性を考えれば、これらは変化する環境に我々の体が素早く適応できるようにするための適切かつ重要な反応であると考えられます。
甲状腺は生まれつき自分自身で甲状腺ホルモンを作る能力がある程度備わっていますが、その機能の大部分は脳の基底部にある脳下垂体により制御されています。甲状腺ホルモンのレベルが下がり過ぎた時は、脳下垂体は甲状腺刺激ホルモン(TSH)を出して反応します。反対に、甲状腺が活発すぎたり、甲状腺ホルモン剤の投与量が多すぎるために、血液中に含まれる甲状腺ホルモンの量が多すぎる場合は、脳下垂体のTSHの産生が減少するか、あるいは完全に作るのをやめてしまいます。

ホルモン補充療法
ホルモン補充療法は、甲状腺機能低下症患者に甲状腺ホルモンをT4(L-サイロキシン)の形で補い、正しい甲状腺ホルモンの量になるようにし、その後のT4からT3への変換速度とタイミングは体の方で体の状態にいちばん合うように決めることができるようにして、甲状腺の正常な行動に最大限近付ける方法です。これが、ほとんどの医師が純粋なT4製剤【表2】で甲状腺機能低下症の患者を治療する理由です。

ホルモン補充用製剤でお勧めできないものもあります
その他の形の甲状腺ホルモン剤【表2】も利用できますが、それらの製剤は以下のような理由で甲状腺機能低下症の治療にはお勧めできません。
【表2】甲状腺ホルモン補充用製剤
一般名 内 容 商標名 生産者
L-サイロキシン 合成T4 レボトロイド
レボキシル
シンセロイド
フォレスト
ダニエルズ
クノール
乾燥甲状腺 動物よりのT4とT3配合剤 アーマーサイロイド
サイラール
アーマー
ローネ-ポーレンローレル
リオトリックス 合成T4、T3配合剤 サイローラール フォレスト
L-トリヨード
サイロニン(T3)
合成T3 サイトメル スミスクラインビーチャム

乾燥甲状腺ホルモン剤
甲状腺機能低下症患者が最初に利用できた甲状腺ホルモン製剤は、屠殺した家畜の甲状腺を乾燥したものから作ったT4とT3が組み合わさったものでした。この供給源から甲状腺ホルモンが入手できるようになったことは、その当時の医学的治療の大きな進歩を表わしています。そして、今世紀前半はこれが甲状腺機能低下症の主流であったのです。しかし、乾燥甲状腺ホルモンに含まれるT4とT3の組み合わせは予測できないものであり、さらに錠剤にT3が含まれているため、この製剤で治療を受ける人は、体の中のT3の量をコントロールする能力を失ってしまうのです。これは、T4の投与を受けている患者は、必要に応じてT4からT3を作り出す量とタイミングを患者自身の体がコントロールしているのとは全く異なる状況です。
ほとんどの患者は生涯にわたって甲状腺ホルモンの補充療法を受けなければならないため、乾燥甲状腺ホルモン製剤を使うと、錠剤を飲んだ直後にT3のレベルが正常値を超え、その間に慢性の間欠的な甲状腺機能亢進症を起こすことがあります。甲状腺ホルモンは直接心臓に影響を与えるので、慢性間欠性甲状腺機能亢進症で重大な結果を生じる可能性があります。T3は心拍の強さだけでなく、速さも決める重要なファクターであるため、T3の過剰で心臓がより速く、強く打つようになることがあり、そのため心拍の不正(不整脈)を起こす傾向が増加する可能性があります。また、一次的に心筋の酸素必要量が増加するために、狭心症や心筋梗塞を起こすリスクが増加する可能性があります。したがって、心臓病のある人がこの形の甲状腺療法を受けるとさらにリスクが増加することは明らかであります。
甲状腺機能亢進症は骨格からのカルシウム喪失も起こすので、骨粗鬆症の自然傾向に拍車をかけることがあります。現在、軽症の甲状腺機能亢進症が心臓病や骨粗鬆症の発生にどの程度重要性を持っているか見つけ出すため、たくさんの医学的研究が行われています。
疲労は、甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらにおいてもいちばん多い訴えです。したがって、乾燥甲状腺製剤に見られるように間欠的にホルモンのレベルが変化することで疲労しやすくなり、また可能な限り正常なT3レベルが得られる純粋なサイロキシンをそのような患者に投与することで改善できるであろうということが論理的に成り立ちます。

T3とT4の合剤
体がT4から作り出すT3の量をコントロールしているということが認識される前は、体の中に普通に見られる比率にしたがって合成T4とT3を配合したホルモン製剤を開発した製薬会社もあります。これらの製剤は、T3のレベルを制御する体の能力を抑えてしまうために、先に述べた乾燥甲状腺ホルモン製剤と同じ限界があります。したがって、乾燥甲状腺ホルモン製剤のように、ほとんどの医師は、含有するT3の量が不適切である可能性があるこれらの配合剤をもはや勧めていません。

“自然のもの”がいいのでしょうか。…いいえ。
純粋なT4製剤は薬理学的に製造されたものであるため、“自然のもの”の方がいいという考えに執着する患者は、人は自然が作った物質よりよいものは作れないと言い張って、乾燥甲状腺ホルモン剤の方が好ましいという気持ちを表わすことがよくあります。先に指摘したように、動物の甲状腺からとった甲状腺ホルモンは、T3とT4の含有量の予測ができません。人に投与した場合、この錠剤には先に述べたような欠点を持つ可能性があります。

純粋なT3は一部の特別な状況では正しい選択である場合もあります
純粋なT3の薬理学的製剤(サイトメル<注釈:日本ではチロナミン>)があり、これは甲状腺ホルモンのもっとも活性の高い形です。この製剤は甲状腺機能低下症患者の長期的管理には向きません。この製剤を単なるホルモン補充の形で使うことは、害を及ぼす可能性があり、今までに述べた理由からお勧めできません。
その一方で、純粋なT3製剤を使った治療が適当である特殊な状況が2〜3あります。まず、一部の甲状腺癌患者で、診断用検査や治療の準備のため、短期間(2〜3週間)使うことがあります。
2番目に、作用の開始が迅速であるため、健康上緊急を要する重症の甲状腺機能低下症患者で、ただちに薬が効く必要がある場合に有効なことがあります。
3番目は、ある種のうつ病治療薬で治療を受けているうつ病患者では、T3(サイトメル)の服用も合わせて行うと、うつ病に対する薬への反応がよくなることがあります。このT3療法の効果は、患者が甲状腺機能低下症でなくても起こることがあり、これはT3の特別な使い方です。

肥満と疲労
甲状腺機能低下症患者の多くが、いちばん気にしている2つの症状は、肥満と疲労です。
甲状腺機能低下症で、著しい体重の増加を見ることはまずありませんが、一度甲状腺機能低下症が治れば、甲状腺ホルモンの量やタイプを変えて肥満や疲労の治療を試みても、それ以上体重が増えることはありません。

あなたは甲状腺ホルモン療法が必要ですか?
アメリカでは非常にたくさんの人が甲状腺ホルモンを飲んでいます。年におおよそ1500万件の甲状腺ホルモンの処方箋が書かれています。大多数の患者はそれだけの理由があって甲状腺ホルモンを飲んでいるのですが、中にはそのような投薬を必要としない人もいるのです。一部の例を挙げますと、治療のために承認された医学的ガイドラインの範囲内で何年も前に手術を行った医師により、甲状腺ホルモンをずっと投与されていることがあります。昔は、甲状腺ホルモンを使って肥満や女性の不妊症患者を治療することは珍しいことではなかったのです。甲状腺ホルモンを飲んでやせたり、妊娠した場合、患者は甲状腺ホルモンを一生飲み続ける必要があると思い、そのまま薬を続けていることがあります。
もし、このような状況に自分が当てはまると思う場合は、甲状腺ホルモンを試しにやめてみてもよいか医師に尋ねてください。もし、そうであれば、甲状腺ホルモン療法を中止することができ、このことを確認するため6週間後に血液検査を受けるだけで済みます。ただし、決して自分勝手に薬をやめてはいけません。他に理由があって甲状腺ホルモン療法が適当である場合もあるからです。

詐欺的治療法
甲状腺機能低下症の症状はありふれたものです。多くの人は、特に年を取るにつれて、寒さや疲れ、うつ状態、消耗感を感じたり、便秘したりする時があります。月経が不正になったり、筋肉がつったり、水分貯留、体重増加、および性欲の変化が起きた場合も、よくなるために何か医学的治療を求めたくなる時です。
これらの症状の多くは、短期間で消えてしまいますが、そのような症状の改善が、症状が消える前に飲んだ薬のためであると誤ってとられることがあります。
これは偽薬効果として知られているもので、薬が症状を治すのに重要な効果を持っているように見えますが、いずれにせよ治るということを意味しています。
これらの甲状腺機能低下症の症状は、甲状腺に問題がない患者にも共通しているため、自分が甲状腺機能低下症だと思っている患者は、もっと健康で、気分がよくなりたいと望んでいる人を餌食にする詐欺的治療法に対して無防備であることが多いのです。人は、健康食品店やカタログに見られる、様々な症状を治すことを約束する甲状腺、あるいは甲状腺様物質を含んだ薬にだまされやすいのです。
また、時に個人や組織がおそらく甲状腺の機能とは関係のないであろうと思われる肥満などの問題に大量の甲状腺ホルモンを投与する治療法が適切であり、効果があると勧めることもあるのです。
過剰な甲状腺ホルモンによる治療で、正常範囲をはるかに超えたホルモンレベルになりますが、それで体重が減ることがかなり前からわかっています。しかし、そのような治療では骨喪失や心臓の不整脈、心筋梗塞、あるいは脳梗塞さえも含む甲状腺機能亢進症の合併症すべてのリスクを被ることになります。もちろん、重篤なリスクには不眠症や神経質、震え、筋肉の弱り、その他の甲状腺機能亢進症により起こる症状を伴っているはずです。
そのような不適切な治療法には高いリスクがあるため、甲状腺ホルモンの追加が必要と思った場合は、自分で試してみる前に必ず医師に話すようにしてください。最寄りの優秀な内分泌病専門医への紹介が必要な方は、アメリカ甲状腺協会までお電話またはお手紙をいただければ手配することが可能です。

まとめ:最良の治療法
ほとんどの医師は、甲状腺機能低下症の最良の治療法が純粋なT4であることに異存ありません。あなたにもっとも適したT4の投与量は、血液中のTSHレベルを定期的に測定することで決めることができます。医師に相談することなく、勝手に量を変えたり、異なったメーカーの製剤を飲んだり、または別の形の甲状腺治療に変更しようとすることは絶対にしてはなりません。
ほとんどの人は生涯にわたって甲状腺の治療が必要であることをよく覚えておいてください。
甲状腺ホルモンを飲んでいる限り、医師は最低年1回の血液検査でTSHレベルの測定を行い、投与量が適正であるかどうかを確かめます。
最後に、新しい医学研究により、甲状腺機能低下症患者や、甲状腺ホルモン治療が必要なその他のタイプの甲状腺疾患を持つ患者にとって重要な新しい知識が次々に得られています。あなたにとって重要な新しい情報を得るため、医師との連絡を絶やさないようにしてください。この継続的な教育の必要性についての最近の例は、鉄錠やミランタのような制酸剤、カラファート(胃腸抗潰瘍薬)、およびアミオダロン(心臓性血管拡張薬)などはすべて甲状腺ホルモンの吸収を妨げ、必要量を変更しなければならないことがあるという発見に関係したものです。妊娠、あるいはエストロゲン療法でも投与量の調整が必要になることがあります。
もちろん、主治医からこの種の教育を継続して受けることができますし、アメリカ甲状腺協会から出されているお知らせやパンフレット、定期的に甲状腺疾患のある患者や家族向けに新しい情報を盛り込んだこのようなニュースレターなどを通じても、あらゆる種類の重要な情報を得ることができます。

S. Thomas Bigos医師は、ポートランドのメイン医療センター内分泌病科医長であり、またバーリントンのバーモント大学医学部教授です。

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