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[015]
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欧州における甲状腺眼症の治療の現状:各国調査の結果
Weetman A. P & Wiersinga W. M
Clinical Endocrinology 1998; 49: 21-28

目 的
甲状腺専門医が甲状腺眼症に対してどのように評価し、どのような治療を行うのかを検討すること、また甲状腺眼症がバセドウ病の治療法の選択に影響を及ぼすかどうかを検討すること。

研究方法
欧州甲状腺学会のメンバーに詳しい病歴を知らせた典型例(Index case)と9つの条件を備えた各々の患者について、甲状腺眼症の治療をどのようにするかを質問状を送付して、尋ねた。欧州の19ヶ国から84施設から返事が返ってきた。回収率は60%である。

結 果
詳しい病歴を示した、複視や眼球突出のみられる典型例(Index case)に対して、18%の回答では病気の状況を考慮した治療は必要ないと考えていた。しかし、77%の回答では副腎皮質ホルモン剤を単独か他の治療と併用で使用すると答えた。球後への放射線照射のみの治療は5%のみであり、副腎皮質ホルモン剤との併用が18%であった。副腎皮質ホルモン剤使用8週間後に甲状腺眼症の悪化がみられれば、放射線治療(球後照射)、手術(眼窩減圧術)、他の免疫抑制療法に切り替えていく。

甲状腺機能亢進症の治療は、84%が抗甲状腺剤を選択し、甲状腺亜全摘術は10%、アイソトープ治療は6%が選択したのみである。甲状腺機能亢進症再発の場合には、43%が甲状腺亜全摘術を、32%が抗甲状腺剤を、25%がアイソトープ治療を選択した。

9つの条件の中で2つのみが、甲状腺眼症の治療について大きく意見が分かれた。視神経を圧迫しているような甲状腺眼症では入院してより詳しい検査を要し、42%が眼窩減圧術を行うべきだと答えた。糖尿病を持っている患者では、副腎皮質ホルモン剤は使用しないで、眼窩減圧術を勧めている。糖尿病患者での放射線照射(球後照射)については反対意見が多い。

結 論
特に甲状腺眼症の治療においては、国によって治療法が異なっていた。客観的な意見の一致は、欧州全体というより各国でのものである。甲状腺眼症の治療については、特に糖尿病を持つ患者や眼症の悪化してきている症例において、甲状腺専門家の間でさえも、かなり意見が分かれている。

甲状腺眼症の目の症状は軽度のものから、失明や持続する複視のような重篤なものまでさまざまである。甲状腺眼症の目の症状は患者自身によって目姿が変化したことに気付かれ、社会的に人前に出ることを嫌がるようになる。甲状腺眼症の最適な治療といのは難しい。目の機能と外見が完全に元に戻るには時間が掛かるし、それを達成するには甲状腺眼症に熟練した内科医、眼科医、内分泌医の協力が必要となる。甲状腺眼症の治療は、臨床甲状腺学における残された謎のひとつである。検査方法と治療方法のほとんどのものは、有用である。しかし、別の治療法もあり、それらのどの治療法を選択するか、いつ行うかが問題になる(Burch & Wartofsky,1993)。加えて、バセドウ病に付随した甲状腺眼症の最適な治療に関しては意見の一致をみていない。一部の研究者はアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化すると主張し、多くの研究者はそのようなことはないと考えている(Tallstedt et al., 1992; Bartalena et al., 1995; Gorman, 1995)。甲状腺眼症に対する球後放射線照射(球後照射)の治療効果における論争が最近、続いている(DeGroot et al., 1995)。治療計画は、費用や簡便さのような要素、治療法の有効性と安全性に関する客観的なデータ、外科医の熟練度と放射線施設の有無などを考慮に入れて、決められる。また、患者自身の好みという個人的な要素でも決められる。

バセドウ病による甲状腺機能亢進症の治療に関する調査は数年前、欧州(Glinoer et al., 1987)、日本((Nagayama et al., 1989)そして米国(Solomon et al., 1990)で行われた。これらの論文により国によりバセドウ病の治療が異なることが、はっきりと示された。今回、我々は、甲状腺眼症を持つ患者を診るとき、どの治療法を選択するかを調査した。特に、甲状腺眼症をどのような方法で診断し、随伴するバセドウ病をどのような方法で治療するかを調べた。この目的のために、欧州甲状腺学会のメンバーに質問状を送付した。

方 法
我々は質問状を作成し、1996年9月に欧州甲状腺学会のメンバーに郵送し、甲状腺眼症の患者をみている医師には回答して欲しいこと、その質問状を甲状腺眼症の患者をみているその地方の医師に回覧して欲しいことを伝えた。同一患者を2つの病院で診ていないことを確認するために、回答してくれた医師には患者について詳しく尋ねた。すべての回答は国名のみで、無記名で扱った。最初の質問状に回答のなかったメンバーには2番目のコピーを送付し、別の要望を伝えた。最初の質問状は、必要とあらば、送付できるようにした。

我々は、例えば過去6ヶ月に何人の甲状腺眼症の患者を診察したか、同じ期間に甲状腺眼症の患者に対してどのような治療をしたかを尋ねた。甲状腺眼症の頻度が変化したかどうかについても質問した。

次の質問状では、詳しい病歴を示した複視や眼球突出のみられる提示例(Index case)を送付した【表1】。その提示例(Index case)を入院させるかどうか、どのような方法で診断し、治療法は何を選ぶか、随伴するバセドウ病はどのように治療するのか、そのバセドウ病の治療法は甲状腺眼症の存在に影響を受けるかを質問した。
【表1】症例提示:甲状腺眼症を持つバセドウ病患者
提示例(Index case)
喫煙の習慣を持つ48歳の白人女性。彼女の甲状腺機能は中程度の亢進状態で、甲状腺腫はびまん性で50gに腫れており、重症の甲状腺眼症を持っている(目に異物感があり、涙が出て、眼周囲の腫れ、両眼とも26mmの突眼あり、上方視および外方視時に複視あり)。眼症状は2ヶ月前より出現し、患者自身は症状は悪化していると感じている。
典型例(Index case)の9つの違った状況を想定して、それぞれについて同じ質問をした(【表4】に詳しく示しているように、年令、甲状腺機能、糖尿病の存在、目の症状の程度など)。回答者には、それぞれの9つの違った状況で、診断法や治療を変えるのかどうか、もしそうならどのように変えるのかを質問した。

統計処理
統計は2×2分割法とカイ自乗試験で検定した。

結 果
調査への回答率
91の回答が寄せられた、そのうち84はヨーロッパからのものである。ヨーロッパ以外の7通はこの研究から除いた。3つの施設では、2通の回答が返ってきた。これらはそれぞれ、別々に解析した。他に2つの施設から2通の回答が返ってきたが、これらは一つとしてまとめた。結局、ヨーロッパの82の施設からの回答を解析した。主な回答施設は、ドイツ(16施設)、イタリア(12施設)、イギリス(9施設)、デンマーク(8施設)、フランス(8施設)、オランダ(5施設)であった。
一般的事項
過去6ヶ月間の各施設でのバセドウ病患者は平均104人であった(10〜500人)。何らかの甲状腺眼症の症状を持つ患者は、平均56人(2〜480人)であった。甲状腺眼症の17%に対して副腎皮質ホルモン剤が投与された(イギリスでは4%、ドイツでは28%)。甲状腺眼症の8%に対して球後照射が行われた。最も多いのはドイツ(21%)とオランダ(13%)であった。反対に少ないのは、イタリア、イギリス、デンマークなどを含む他のヨーロッパの国々である(2〜4%)。外科的眼窩減圧術はドイツで最も多く(11%)、他の国では1〜4%と少なかった。

回答の43%は甲状腺眼症の頻度は減少していると感じ、42%は不変、12%は増加していると感じていた。4%は分からないと答えた。甲状腺眼症の頻度が増加していると感じた回答のうち一つは専門病院のメンバーであり、残りはハンガリー(3施設中3施設)、ポーランド(2施設中2施設)、オーストリア、(2施設中1施設)、ギリシャ(2施設中1施設)、フィンランド(1施設中1施設)、スイス(3施設中1施設)であった。フランスの回答した8施設中7施設、イギリスの回答した9施設中7施設が甲状腺眼症の頻度は減少していると答えた。
甲状腺眼症の診断
【表1】に示した典型例(Index patient)に対しては83%が外来で検査すると答えた。入院で検査すると答えたのは17%のみである。イギリスとオランダでは、全員一致で100%外来で検査すると答えた。各国の外来で検査すると答えた比率は、ドイツ94%、イタリア92%、フランス50%。回答の40%は、【表1】に示した提示例(Index case)のように重症なタイプは内分泌科と眼科のある専門病院へ紹介すると答えた。50%は眼科医に紹介すると答えた。内分泌科と眼科のある専門病院へ紹介すると答えた比率は、ドイツ(13%)からフランスやイタリア(75%)までかなりの格差がみられた。【表2】に甲状腺眼症の検査を示した。NO SPECS(Werner, 1977)以外の分類に関しては、6つの施設では自分たち独自の分類を、6つの施設ではMourits et al.(1989)が勧める分類を、3つの施設では欧州甲状腺学会や他の学会(1992)が勧める分類を、1つの施設では、眼の写真で分類した。【表2】以外の検査としては、視能訓練士による眼球運動試験(6施設)、視覚誘発電気試験(3施設)、眼圧測定(2施設)、視神経乳頭反応(1施設)、血清と尿のグルコースアミノグリカン測定(1施設)などがあった。行われた検査の平均は、8.3(4〜13)であった。18施設では超音波にCTもしくはMRIを追加しており、5施設ではCTとMRIを行い、5施設ではoctreotideシンチ<注釈:octreotideはソマトスタチンというホルモンのアナログで、外眼筋にソマトスタチンの受容体を沢山持っていれば、このシンチを行うと、octreotideが取り込まれる>にCTもしくはMRIを追加していた。

画像診断以外は、各国間で甲状腺眼症を治療するのに大きな差はみられない。CTスキャンを32%で行うドイツの施設では、MRIを50%の症例で行う。CTスキャンをデンマークとオランダでは、それぞれ88%と100%の症例で行うが、MRIはそれぞれ13%と0%である。Octreoスキャン(octreotideシンチ)は、オランダ、イタリア、オーストリア、ポーランド、ベルギー、ドイツで行われているだけである。TSHレセプター抗体はイギリスで44%からフランスでは100%で測定している。
甲状腺眼症の治療
甲状腺眼症の提示例(Index case)に対しては、全ての回答施設が何らかの治療を行っていた。まず最初にすることは、就寝時に枕を高くすることや角膜の保護などの一般的な治療(88%)、特にタバコを中止することを指示する(92%)回答が多かった。利尿剤は21%が選択した。対症療法は重要である(メチルセルロースの点眼液が76%で使用され、複視に対してプリズムを18%の回答施設が選択した)。甲状腺眼症に対する治療については82%の回答施設が同意している。それぞれの治療については【図1】で示している。副腎皮質ホルモン剤が一番選択された。単独で、56%、球後照射との併用で18%。球後照射単独はたったの5%で選択されたのみである。副腎皮質ホルモン剤とoctreotide<注釈:octreotideは眼症の治療にも使用される>の併用が1%、副腎皮質ホルモン剤と眼窩減圧術が1%であった。
【図1】提示例の甲状腺眼症に対する治療法の比率
図1
a)発症時
b)8週間以上経っても増悪する時
2つ以上の治療法を選んでいる施設がある。
8週間以上、甲状腺眼症が悪化する例に対しては、全ての回答施設は球後照射、副腎皮質ホルモン剤、眼窩減圧術、別の免疫抑制剤を選択した【図1】。一部の回答施設は一つ以上の治療法を選択したことを特に知って欲しい。提示例(Index case)を最初に治療したときと比べると、副腎皮質ホルモン剤の使用が減って(p<0.001)、球後照射(p<0.01)と眼窩減圧術(p<0.001)が有意に増えた。回答施設の40%が副腎皮質ホルモン剤から球後照射へ切り替えた。球後照射から副腎皮質ホルモン剤への切り替えは、1%のみであった。回答施設の7%が副腎皮質ホルモン剤から眼窩減圧術単独へ切り替えたにすぎない。15%の回答施設が副腎皮質ホルモン剤無効の場合に、眼窩減圧術と球後照射の併用を選択した。8週間の治療で効かない場合は、他の免疫抑制剤としてはサイクロスポリンAとアザチオプリンがそれぞれ6%選択された。2%が免疫グロブリンの静注、5%が血漿交換、1%がそれぞれoctreotideとメトトレキセートを選択した。

初回治療時と8週以後の副腎皮質ホルモン剤の投与量は、66施設の回答できちんと書かれていた。内服で副腎皮質ホルモン剤を投与した55施設のうち、20%は一日プレドニゾロン10〜40mg、65%は一日プレドニゾロン40〜80mg、15%は一日プレドニゾロン80mg以上であった。メチルプレドニゾロンの点滴治療に関しては、36%は3gで中止しており、残り64%は3g以上を投与している(最高は4ヶ月以上で22g)。メチルプレドニゾロン点滴単独は6施設であり、このうちの2施設では内服副腎皮質ホルモン剤かメチルプレドニゾロン点滴を選択し、甲状腺眼症が悪化したら、内服副腎皮質ホルモン剤からメチルプレドニゾロン点滴に切り替えるというコメントであった。9施設ではメチルプレドニゾロン点滴終了後に内服副腎皮質ホルモン剤に切り替えているが、このうち3施設では球後照射を併用している。23施設では、副腎皮質ホルモン剤の投与期間を明確にしている。1ヶ月以内が9%、1〜3ヶ月間が70%、3ヶ月以上が21%であった。

少数の例外を除いて、球後照射の投与量は2週間以上かけて20Gy(グレイ)であった。例外の内訳は、10Gy(3施設)、そのうちの1施設では3ヶ月間かけて10Gyを投与していた。1施設では、症例により16、18、20Gyと分けており、投与期間は3週間以上である。8施設では、甲状腺機能が正常化することが、甲状腺眼症の治療開始の条件であるとコメントしており、このうちの2施設では甲状腺全摘術を前提としている。

各国間での大きな違いは、次のようなものである:発症時治療として、利尿剤の投与頻度では、21%が利尿剤を使用するが、イギリスで一番多く(44%)、反対に少ないのがイタリア(8%)、ドイツ(6%)、オランダ(0%)であった。メチルセルロースの点眼液は76%が使用すると答えたが、ドイツでは、44%と少なかった。球後照射は回答のあったオランダからの4施設では全て行うと回答されていたが、イギリスでは11%とあまり球後照射をしないとの回答であった。副腎皮質ホルモンに関しては、デンマークからの8施設全てで使用と回答があったが、イギリスでは11%と少なかった。

甲状腺眼症の悪化に対しては、イギリスでは球後照射は22%であったが、ドイツとフランスでは63%に球後照射を行うが、反対に副腎皮質ホルモンはイギリスでは89%が使用するが、ドイツ、デンマーク、オランダでは25%と低かった。他の免疫抑制剤の使用はデンマークで100%、ドイツとフランスでは13%、イタリアでは8%であった。眼窩減圧術はイタリアでは50%、フランスでは13%であった。
甲状腺眼症に伴った甲状腺機能亢進症の治療
甲状腺眼症の提示例(Index case)に対して、初回と二回目の甲状腺機能亢進症の治療の選択については【表3】に示している。初回治療に比べて、再発時の治療はかなり変わることが分かる。4施設では初回治療から甲状腺全摘術を行うので、再発はないとのコメントであった。抗甲状腺剤による治療は初回では84%と多いが、再発すると32%に有意に減る(p<0.001)。再発すると、手術が42%(p<0.001)、アイソトープ治療が25%(p<0.002)と増える。手術する場合には、眼症の悪化を予防するために、副腎皮質ホルモン剤を1日20〜40mgを2〜3ヶ月間投与する。アイソトープ治療の場合には、同じく眼症の悪化を予防するために、副腎皮質ホルモン剤を1日30〜100mgを2週間〜3ヶ月間投与する。

回答施設の60%が眼症の症状は、甲状腺機能亢進症の治療に影響を及ぼすと答えている(イタリアやオランダでは25%、フランスやデンマークでは88%)一部の施設では、何故、眼症のある場合に甲状腺機能亢進症の治療を変えるかの理由を書いている。眼症のある場合に甲状腺機能亢進症の治療を変える施設のうち、67%が重症の眼症のある場合にはアイソトープ治療を避ける、27%はアイソトープ治療や手術を行うときに副腎皮質ホルモン剤を併用する(初回、再発時にかかわらず)、18%は甲状腺全摘術を行う(この治療で、眼症が良くなるので)、8%は通常より多目の抗甲状腺剤を使う、6%は早めにアイソトープ治療を行うか投与量を多くすると答えた。

初回治療として、抗甲状腺剤と甲状腺ホルモン剤を併用する方法(block-replace regimen)が、フランスとオランダでは100%、イギリスでは89%、反対にドイツでは6%、イタリアでは17%であった。しかし、漸減法(抗甲状腺剤を徐々に減らす方法)がドイツでは63%、イタリアでは67%であった。驚くことに、ドイツの施設の31%が甲状腺全摘術と予防的ステロイド使用を推奨している。再発例に対しては、オランダとフランスではアイソトープ治療が行われない。イギリスでは1施設のみ(11%)がアイソトープ治療を行うのみである。反対に、イタリアでは67%が、ドイツでは56%が、デンマークでは50%がアイソトープ治療を行う。
いろいろな状況の患者
甲状腺眼症の提示例(Index case)のそれぞれ別の状況の詳細を【表4】に示す。2%の回答施設のみが9つの異なった状況に拘わらず、同じ治療をすると答えたのみである。5番目の条件、視神経圧迫症状のあるときが一番、治療の変更を選択した(73%)。次が、糖尿病を持っている場合(条件9)で、57%が治療の変更を選択した。片眼のみの眼症状(条件6)では10%が、甲状腺機能亢進症のない場合(条件7)では7%が治療の変更を選択したのみである。
条件と甲状腺眼症の評価
【表4】に条件に対する治療法の変化を示している。条件5(p<0.001)と条件9(p<0.01)において典型例(Index case)と比較して、入院の率が高くなっていた。条件5(視神経圧迫)ではさらに眼症の検査を要した。22%では全体的な検査を増やした、10%では画像診断検査を追加した。Octreoスキャンは条件4で2人、条件5で1人、条件7で1人行われたのみである。
条件と甲状腺眼症の治療
分析を単純化するために、条件によって変える治療法のみ詳しく述べた。条件によっても変わらない治療法は割愛した。条件によって変かる治療法は【表5】をみて明らかなように、条件4,5,8,9である。

条件5(視神経圧迫)では、82施設中60施設(73%)で治療法を変えると回答した。その変更する治療法の内訳は、眼窩減圧術がもっとも多かった(57%、p<0.001、典型例(Index case)と比較して)。他の、免疫抑制剤は増えたが(p<0.002)、副腎皮質ホルモン剤は減少した(p<0.001)。

条件9(糖尿病の併発)の場合は、さらに複雑である。典型例(Index case)と比較して、副腎皮質ホルモン剤は減少したが(p<0.001)、眼窩減圧術は増え(p<0.02)、球後照射は不変であった。82施設中47施設(57%)では、治療を変更し、このうちの65%は副腎皮質ホルモン剤の糖尿病に与える悪影響を考慮してのものであった。治療を変更した施設のうち、40%は副腎皮質ホルモン剤単独か副腎皮質ホルモン剤と球後照射の併用を球後照射単独に変更し、15%では副腎皮質ホルモン剤の投与量を減らしたり、球後への副腎皮質ホルモン剤の局注に切り替えた。全く対照的に、治療を変更した施設の19%が糖尿病を持っていると球後照射は禁忌であるとしており、副腎皮質ホルモン剤を使用すると回答していることである。治療を変更した施設の10%では、典型例(Index case)では眼症に対して治療をしなかったが、糖尿病を持っていると積極的な治療をすると回答した。治療を変更した施設の17%では、眼窩減圧術を行うと回答した。

条件8(軽度の眼球突出のみ)では、82施設中21施設(26%)では、無治療に変更すると回答した(p<0.05、典型例(Index case)と比較して)。16施設では、副腎皮質ホルモン剤を中止するか、副腎皮質ホルモン剤と球後照射の併用を副腎皮質ホルモン剤単独に変更すると回答した。

82施設中25施設(30%)において大きな治療法の変更を引き出したその他の条件は、条件4(6ヶ月間眼症が落ち着いている状態)である。副腎皮質ホルモン剤と球後照射の使用が減って、無治療に変更すると回答した(p<0.05、典型例(Index case)と比較して)。13施設では、副腎皮質ホルモン剤か球後照射を中止したり、球後照射単独から副腎皮質ホルモン剤に変更すると回答した。一方、7施設では眼窩減圧術を推奨し、2施設では副腎皮質ホルモン剤から球後照射に変更、1施設では副腎皮質ホルモン剤経口投与から副腎皮質ホルモン剤点滴投与に変更すると回答した。
条件と甲状腺機能亢進症の治療
回答施設の45%で、8つの条件のうち、ひとつ以上の場合で、甲状腺機能亢進症の治療を変更すると回答した(条件7は甲状腺機能正常なので、除外した)。しかしながら、条件3(抗甲状腺剤中止後の再発)を除いて、各々の条件では、甲状腺機能亢進症の治療を変更すると回答したのは10%以下である。条件3の場合は、抗甲状腺剤の使用が減り(p<0.001、典型例(Index case)と比較して)、3/4は球後照射より眼窩減圧術を勧めている。

考 察
質問状は、実際に甲状腺眼症を診察、治療している欧州甲状腺学会の臨床家会員にのみ送付した。欧州甲状腺学会会員の約1/3が臨床家であり、回答率は約60%であった。この比率は以前、バセドウ病の治療について欧州甲状腺学会員を対象とした調査(Glinoer et al., 1987)の回答率(66%)とほぼ同じである.回答のあった国の比率も1986年のバセドウ病の治療について欧州甲状腺学会員を対象とした調査のときとほぼ同じである。

この6ヶ月間のバセドウ病における甲状腺眼症の予測発症頻度は、51%であった。この頻度は調査対象が専門病院であることを考えると、普通の発症頻度より高く出ていると思われる。にもかかわらず、質問状のこの部分の情報は、典型例(Index case)に対する回答を確認するのに興味あるものである。

副腎皮質ホルモン剤が甲状腺眼症の治療としては断然多く使用されていた。球後照射はドイツ、オランダ、フランスで多く使用されていたが、他の欧州の国ではほとんど使用されていなかった。眼窩減圧術はオランダを除いて、他の国ではほとんど行われていなかった。保存的療法(副腎皮質ホルモン剤、球後照射、眼窩減圧術以外の一般療法)を好む国は、デンマークとイギリスであった。実際の治療も、典型例(Index case)を治療するときと同じ傾向であった。

ほとんどの回答施設は、この10年間で甲状腺眼症は減少しているか不変であると感じている。最近のミネソタ州オルムステットの疫学調査では、年令を一致させた女性において1976年と1990年までに甲状腺眼症は有意ではないが、減少傾向にあると報告している(Bartley, 1994)。1980年代後半に高感度TSH測定法が開発されて、バセドウ病が早期に発見され、治療が開始されるようになったためにバセドウ病における甲状腺眼症の頻度が減少したと思われる。替わりに、喫煙が甲状腺眼症発症の危険因子であることが分かってきた(Shine et al., 1990; Prummel & Wiersinga, 1993)。この点に関して、一般人口のうちで喫煙者の増加しているハンガリーとポーランドからの全ての回答において、甲状腺眼症の頻度が増加していると回答していることは、特記すべきことである。

ほとんどの回答施設では、典型例(Index case)の検査は外来で行っている。同様に、ほとんどの施設では眼症の程度を判定するのに何種類かの検査を行い、眼症の分類を行っている。甲状腺眼症の分類については一致した意見がなく、いくつかの分類があり(Gorman, 1991; Wiersinga et al., 1991; Frueh, 1992; Bartley, 1995)、回答施設によっていろいろな分類を採用している。

1992年、国際的な合意がなされた(European Thyroid Association et al., 1992)。部分的にこの合意に従って、回答施設の2/3はNO SPECS分類を使用していた。約1/4はNO SPECS分類とほぼ同じ分類を用いていた。病気の活動性は免疫抑制療法に対して効果があるという予測が立つ(Mourits, 1989)。臨床的な活動性スコアは国際的に合意された案に組み込まれてきたが、回答施設の1/4以下では臨床的な活動性スコアについて言及している。視神経機能と眼球突出の量的測定はほとんどの回答施設で行われていると回答があったが、眼瞼組織と外眼筋の測定に関しては国際的な合意に従っていないところが多かった。甲状腺眼症の検査に関しては、ドイツでMRIを好んで使用することを除けば、各国間で違いはなかった。

提示例(Index case)の一般的治療には、ほとんどの回答施設がまず、喫煙を中止、角膜保護のようなアドバイスやメチルセルロース点眼液の使用を試みると回答した。また、ほとんどの回答施設が、提示例(Index case)に対しては甲状腺眼症の治療を行うと答えた。副腎皮質ホルモン剤が一番好んで使用されたが、薬物の投与ルート、投与量、期間に大きなバラツキがあった。球後照射の投与量に関しては、ほとんどの施設が計20Gyを2週間以上かけて投与していた。提示例(Index case)に対しては、球後照射を行うと答えた施設は1/4以下であった。球後照射には、ほとんどの施設で副腎皮質ホルモン剤を併用していた。もし、8週間後に提示例(Index case)の眼症状が悪化したら、全ての回答者で甲状腺眼症の治療を行うと回答があった。多くが最初、副腎皮質ホルモン剤を使用するために、当然のことながら、ほとんどの施設では球後照射を選択する。しかし、眼窩減圧術や他の免疫抑制剤の使用に変更する施設もある。国による治療法の違いでは、イギリスでは利尿剤と副腎皮質ホルモン剤の使用が多い、デンマークでは眼症の悪化例に他の免疫抑制剤をよく使う。

治療計画は視神経圧迫と糖尿病があるときに、変更となる場合が多い。視神経圧迫がある場合には、眼窩減圧術が選択されることが多い。しかし、糖尿病患者が甲状腺眼症になった場合は副腎皮質ホルモン剤が糖尿病に悪影響を及ぼすために、治療法はかなりマチマチになってくる。普通は副腎皮質ホルモン剤より球後照射を選択する。しかし、一部の施設では、糖尿病性網膜症の悪化を理由に球後照射は禁忌であると、はっきりと明言する。事実、最近の論文でこの危険性を報告している(Polak & Wijingaarde,1995)。しかし、眼窩減圧術も糖尿病患者では、非糖尿病患者と比べて治療成績が悪い(Mourits et al., 1990)。糖尿病も甲状腺眼症も自己免疫疾患であり、副腎皮質ホルモン剤を使用している場合などから、普通の人よりバセドウ病の頻度が高いと思われる。従って、糖尿病患者を持つ甲状腺眼症患者に対する適切な治療法を早急に検討する必要がある。

提示例(Index case)に対しては、断然、抗甲状腺剤の治療が好まれた。しかし、甲状腺眼症の存在は、回答者の半数において甲状腺機能亢進症の治療を選択する際に、影響を与えた。その影響を与えたものの多くは、アイソトープ治療を避け、眼窩減圧術が選択された。アイソトープ治療後の甲状腺眼症の悪化に関してはいくつかの報告がある(Tallstedt et al., 1992; Bartalena et al., 1995)。アイソトープ治療後の甲状腺眼症の悪化を予防するために副腎皮質ホルモン剤を使用するやり方は(Bartalena et al., 1989)、日常臨床の場でも影響を与えている。このことは今回の回答者の1/4以上が、アイソトープ治療か眼窩減圧術を選択したときに副腎皮質ホルモン剤を併用していることからも分かる。

甲状腺機能亢進症の治療の選択を行う際、提示例(Index case)が再発をしたときに、甲状腺眼症の影響はより大きいものになる;眼窩減圧術42%、アイソトープ治療25%、抗甲状腺剤32%であった。抗甲状腺剤は甲状腺眼症の有無にあまり影響を受けない。しかし、抗甲状腺剤以外の治療が選択されたとき、手術がアイソトープ治療を凌ぐ。特に、ドイツでは手術する場合には全摘術(Winsa et al., 1995)が好まれる傾向にある。多くの回答施設は甲状腺眼症の症状は、甲状腺組織を取り除くことによって、改善すると考えている。

結論として、甲状腺眼症の管理に関して、欧州甲状腺学会のメンバーへの質問状に対する回答を示した。甲状腺眼症の治療に関しては、各国間での違いがあったものの、併発する甲状腺機能亢進症の治療の治療に関しては、一致した意見が得られた。副腎皮質ホルモン剤が広く使用されていること、甲状腺眼症の悪化した場合や糖尿病を持っている場合の治療法の違いなどが大きな問題点であった。これらについては、今後の多施設での研究が適切な治療法を明らかにしていくことと思う。


参考文献]・[もどる