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妊娠に合併したバセドウ病:母体の病状または治療に関連した胎児の奇形と甲状腺機能異常[総説]
百渓尚子 伊藤病院 東京
Clin Pediatr Endocrinol 1998; 7(2): 73-79

キーワード:バセドウ病、奇形、抗甲状腺剤、胎児、甲状腺機能亢進症
バセドウ病に関連した妊娠のリスクは抗甲状腺剤によるコントロールで防ぐことができる。その結果、甲状腺機能亢進状態のバセドウ病妊婦でさえも、普通に出産することが可能になった。

今日、妊娠中のバセドウ病に関する一番の問題点は、いかにして胎児に対して非可逆的な悪影響を起こさせないで、母親を治療するかである。胎児への悪影響のうちで、奇形と甲状腺機能異常が最も重大な関心事と思われる。

奇 形
母体の抗甲状腺剤の服用と母体の甲状腺ホルモン高値が、胎児の奇形と関連しているのではないかと疑われている。1990年に発表された論文で、メルカゾールがラットの胚形成を阻害する血中濃度は実際に臨床でバセドウ病患者に使うメルカゾールの血中濃度よりかなり高いことが報告された(1)。我々が1984年に発表した論文では、器官形成の一番重要な時期である妊娠12週未満までにメルカゾールを服用していた甲状腺機能亢進症の母親から生まれた新生児の奇形発生率の頻度は、日本における一般新生児の奇形発生率の頻度と同じであった(2)。我々は人間の奇形を調べるとき、これらの奇形の頻度は定義、診断された時期、主治医の診断能力に影響を受けるために、小奇形や内臓器官の奇形は研究対象から除いている。妊娠初期にメルカゾール30mg/日以上服用していた妊婦から、31人の赤ちゃんが産まれた(2)。1995年までに、妊娠初期にメルカゾール30mg/日以上服用していた妊婦から、112人の赤ちゃんが産まれた。これらの112人のうちたった一人(0.89%)だけに奇形がみられた。この奇形発生頻度は、一般の赤ちゃんにみられる奇形の発生頻度と変わりなかった。そして、その奇形はメルカゾールで起こしたと報告された頭皮の欠損ではなかった。

PTUを服用中の妊婦に対して、奇形の発生頻度についての研究はなされていない。我々は最近、妊娠初期にPTUを服用していた妊婦の胎児奇形発生頻度を調べた。588人の赤ちゃんが生まれ、そのうち6人(1.02%)が奇形がみられた。この奇形発生頻度は、一般の赤ちゃんにみられる奇形の発生頻度と変わりなかった。これまでのところ、抗甲状腺剤が奇形を起こすという確かな証拠は、これまでにない。

動物実験の研究で、母体の甲状腺ホルモン濃度が高いことが器官発生に影響を与える可能性を示唆する報告が2つなされている(3,4)。上に述べた我々の研究では、妊娠初期に甲状腺機能亢進状態であった妊婦は、その時期甲状腺機能が正常であった妊婦や日本人一般の妊婦と比べて、奇形が生まれやすいと報告した(2)。故に、我々はその時点では、コントロールされていない甲状腺機能亢進症が少なくとも一部は奇形の発生に関与しているのであろうと推論した。1991年に、奇形を生んだ明らかに正常な妊婦の20%が妊娠初期にフリーT4が高いという事実を示す論文が発表された(5)。注目すべき点はそれらの妊婦は甲状腺疾患の既往がなく、ほとんどの症例ではフリーT4は正常より少し高いだけで、3ng/dlを越える症例は希であることである。これらの事実から、hCGによる甲状腺機能亢進症である可能性が高いと思われる。過去には、我々は甲状腺機能亢進症の妊婦は全てバセドウ病と診断していた。妊娠初期の甲状腺機能亢進症としてはhCGによる甲状腺機能亢進症はバセドウによる甲状腺機能亢進症より頻度がずっと高いことが明らかになってきているので、我々の過去の報告においても、hCGによる甲状腺機能亢進症の頻度は高いことが推測される(6)。奇形と関係しているのは、甲状腺ホルモン濃度が高いことではなく、hCGの産生増加を引き起こす要因かもしれない。奇形を起こすいくつかの症例では、甲状腺を刺激するhCGが通常より多く分泌されているかもしれない。この考えを支持する確かな証拠はないが、先天異常、例えば染色体異常や神経管欠損を生んだ母親のhCG濃度が高いといういくつかの報告がなされている。われわれは、妊娠初期にフリーT4が3.0ng/dl以上あるバセドウ病妊婦から生まれた赤ちゃんの奇形発生頻度を調べた。これらの妊婦から生まれた赤ちゃん182人のうち2人(1.10%)に奇形がみられたに過ぎない。この奇形発生頻度は、一般の赤ちゃんにみられる奇形の発生頻度と変わりなかった。なにはともあれ、母体の甲状腺機能亢進症が奇形の原因であるという納得のいくデータはない。

胎児の甲状腺機能異常
甲状腺機能亢進状態のバセドウ病を持つ母親の胎児
バセドウ病を持つ母親では、胎児や新生児がTSHレセプター抗体と抗甲状腺剤で甲状腺機能亢進症にも甲状腺機能低下症にもなることがある。母親と胎児のTSHレセプター抗体(TBII)はきれいな相関関係にある【図1】。母親のPTU濃度と胎児のPTU濃度も良い相関があります【図2】。従って、妊娠中どれくらいの期間、抗甲状腺剤を続けているかということとは無関係に、胎児と母親のフリーT4はきれいに相関する【図3】。胎児と母親のフリーT4に対する甲状腺ホルモン抑制効果はPTUとメルカゾールでほとんど差がない(8,9)

母親にとって最適量の抗甲状腺剤は胎児にとっては効きすぎになることが問題である(8,9)。一般的な考えとしては、甲状腺機能を正常に保たなければならないのは、母親ではなく、胎児である。この考えは、正常甲状腺ホルモンレベルは脳の正常な発育に必須であるという仮定に基づいている。にもかかわらず、先天性甲状腺機能低下症の神経精神的な予後に関する最近の研究では、生後の甲状腺機能低下症の期間が短ければ、幼児は知的にも普通通りに発達することが示されている(10,11)。もし、知的障害が起こることがあれば、それは重症の甲状腺機能低下症においてのみである。故に、我々は、出産までフリーT4を正常に保つように抗甲状腺剤を服用していた母親から生まれた赤ちゃんが、どの程度そしてどれくらいの期間甲状腺機能が抑制されているのかを調べた。【図4】はメルカゾールかPTUを服用していて出産時に正常血清フリーT4値であった77人の母親の臍帯血のフリーT4とTSHを示しています。フリーT4低値を示す赤ちゃんの頻度は6.5%、TSH高値を示す赤ちゃんの頻度は16.9%である;最も低いフリーT4値は0.5ng/dl、最も高いTSH値は76mU/Lであった。出産時、フリーT4値とTSH値が正常であった新生児のうちの一人で、産後4〜5日に行った先天性甲状腺機能低下症のスクリーニングでTSH値高値を指摘された。しかし、彼は産後2週間してからの再検にてTSH値は正常になっていた。出産時、フリーT4低値とTSH高値もしくはTSH高値のみを示していた新生児のうち、スクリーニングテストで異常TSH値を示した子は一人もいなかった。妊娠中の一時期かもしくはずっと抗甲状腺剤を服用していた母親で出産時様々な甲状腺機能の母親から生まれた赤ちゃんの知的発育に関する研究は今までに4つみられる(12-15)。それらの研究で、知的障害を起こした子は一人もいない。

母親の軽度の甲状腺機能亢進症は妊娠にとって悪影響は与えないと信じられている。しかし、我々が、抗甲状腺剤で治療中であるバセドウ病妊婦の妊娠中毒症について調べたところ、出産時にフリーT4が2ng/dl以上(正常 0.6〜1.21ng/dl)の母親の1/4で妊娠中毒症になっていた。フリーT4値が正常な例でさえ、一般的な日本人妊婦と比べて糖尿の頻度が高い。これらの妊婦の38%はフリーT3値が高い。

これらの事実は、甲状腺機能亢進症の治療が遅れてコントロール不十分な場合や母親が妊娠中毒症や糖尿病のリスクを持っている場合には、母親のフリーT4値を正常に保つことの方が、新生児の一過性甲状腺機能低下症より望ましいことを示している。抗甲状腺剤に対する感受性には個人差があるので、出産時にフリーT4値が低い新生児は甲状腺機能の経過をしっかりみるべきである(16)。しばらくしても、フリーT4値が回復しないときには、甲状腺ホルモン剤を開始すべきである。
甲状腺機能正常な母親における新生児甲状腺機能亢進症
バセドウ病に対して手術やアイソトープ治療を受けた後に寛解期に入っている母親でも、母親が甲状腺機能亢進症を引き起こすのに十分な甲状腺刺激型のTSHレセプター抗体を持っている場合には、たまに胎児は甲状腺機能亢進症にかかることがある。事実、重症の甲状腺機能亢進症にかかっている胎児もしくは新生児の母親は、バセドウ病に対して手術かアイソトープ治療を受けている既往がある。胎児は子宮内にいるときに抗甲状腺剤で治療を受けないために、この状態での甲状腺機能亢進症はときたま重症化することがある。さらに、母親のフリーT4値は胎児の甲状腺機能の指標としては役に立たないので、胎児を治療するのがときどき困難なことがある。胎児の心拍数が160/分以上の場合は、胎児甲状腺機能亢進症と見なされ、通常、母親に抗甲状腺剤を投与することで胎児を治療する(17,18)。抗甲状腺剤による母親の甲状腺機能低下症を防ぐために甲状腺ホルモン剤を母親に投与する。問題は、抗甲状腺剤の過剰投与による胎児の甲状腺機能低下症の指標として、胎児の心拍数は役に立たないことである。我々は、抗甲状腺剤を使用する代わりに副作用のないヨード剤を、まず使用する。従来、胎児の甲状腺機能を抑制する可能性があるためにヨードはバセドウ病妊婦の治療には使用されなかったが、実際には胎児にとっては抗甲状腺剤よりヨードの方が、甲状腺機能低下症のリスクが低いことが分かった(19)。1995年までに、我々は、バセドウ病の手術やアイソトープ治療後に甲状腺機能が正常もしくは低下している母親で、7人の胎児甲状腺機能亢進症の治療を行った。出産時に甲状腺機能低下症になっていた新生児は一人もいなかった。そのうちの4人ではフリーT4値が若干高値であったが、残り3人ではフリーT4値は正常であった。産後、7人全員でフリーT4値が明らかに高値になった。7人中3人はヨード剤もしくは抗甲状腺剤の治療を要した。これらの結果から、妊娠中のヨード剤の有効性が示唆される。【図5】に、その7例の一例を示す。母親は妊娠の17ヶ月前にバセドウ病に対して、手術を受けている。手術後、甲状腺機能は正常を保っていたが、しかし彼女は妊娠中ずっとTBIIとTSAb(甲状腺刺激抗体)が強陽性であった。胎児の心拍数は妊娠32週で160/分であり、ヨード6mg/日とチラーヂンS(50)2錠/日の投与を開始した。胎児の心拍数はすぐに132/分に減少した。出産時、フリーT4は若干高めで(2.54ng/dl;正常0.9〜1.48)、TSHは少し低めであった(0.23mU/L;正常2.5〜19.4)。赤ちゃんは、甲状腺機能亢進症の症状はほとんど見られなかった。ヨードは症例によっては、甲状腺機能亢進症をコントロールできないこともあるし、その効果は一過性のこともあるので、胎児の心拍数が減少しないときや一旦減少していたのが増加してきたときは抗甲状腺剤を追加することが重要である。

まとめ
抗甲状腺剤の催奇形性については確たる証拠はないのが実状である。また、母体の甲状腺機能亢進症と奇形の因果関係についてもよく分かっていない。 甲状腺機能亢進状態のバセドウ病の母親に対しては、フリーT4値を正常に保つ治療をしても、治療による胎児の甲状腺機能低下症は軽度で、期間も短いく知能の発達には影響を与えないので、生まれてくる子供の知的障害を引き起こすとは思えない。胎児に間接的に影響を与える妊娠時の合併症を防ぐために、母体の甲状腺機能をコントロールすることは、重要である。故に、母体の甲状腺機能亢進症のコントロールが不十分なときや合併症があるときには、母体のフリーT4値を正常範囲に保つことは医学的にも受け入れられる治療であるが、胎児の甲状腺機能の状態を注意深く観察していくことが必要であることは言うまでもない。 バセドウ病に対して手術やアイソトープ治療を受け寛解状態にある母親で、胎児甲状腺機能亢進症が疑われたときには、母親にヨードを投与することが、胎児にとって有益であるかもしれない。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 流石、この分野の権威の先生の総説。読みがいがありました。多くのバセドウ病妊婦の方々、参考にされてください。伊藤病院での新生児、母体の甲状腺機能の正常値を示します。

【母児の甲状腺関係検査正常値(出産時)】
  児(臍帯血)
TSH[単位:μU/ml] 0.3-3.5 1.8-21.1
フリーT4[単位:ng/dl] 0.60-1.21 0.81-1.55
フリーT3[単位:pg/ml] 1.7-3.5 0.3-1.1
T4[単位:μg/dl] 9.1-17.5 6.2-13.6
T3[単位:ng/dl] 93-227 31-71
TRAb[単位:%] <2.2 <13.4
  • 胎児のTSHは高い。
  • 胎児は著しくフリーT3、T3が低い。
  • 妊婦はフリーT4、フリーT3が低く、T4、T3が高い。
[甲状腺疾患診療実践マニュアル;伊藤国彦編集、文光堂;p193より引用]
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参考文献]・[もどる