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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 12, No4

01:橋本甲状腺炎 / Gilbert H.Daniels, M.D.

慢性リンパ球性甲状腺炎・慢性自己免疫性甲状腺炎
『私は日本人の名前の付いた甲状腺炎に罹っています』
『私は甲状腺に炎症があります』
『私には小さな甲状腺腫があります』
『私は甲状腺が不活発になっています』

これらの患者は全員、同じ病気に罹っています。これは、橋本甲状腺炎(HT)または慢性自己免疫性甲状腺炎として知られている、ありふれてはいますが誤解されやすい病気です。橋本甲状腺炎は、免疫系が甲状腺を攻撃し、損傷する自己免疫疾患です。反対に、私達の免疫系は、普通抗体と呼ばれる感染と戦う蛋白質を作り、私達の体を感染から守る役割を持っています。
もう一つの自己免疫性の甲状腺疾患であるバセドウ病では、抗体が甲状腺を攻撃しますが、損傷を与えるというよりも刺激を与え過ぎるという結果になります。これは、バセドウ病の抗体が、天然の甲状腺刺激物質であるTSH(甲状腺刺激ホルモン)と同じ効果を甲状腺に及ぼすからです。

抗甲状腺抗体
橋本病の患者の95%以上に、甲状腺に対する抗体が発生します。抗体が実際にグレーブス病の問題を起こすことはありませんが、橋本病では甲状腺の損傷の結果として抗体が存在するように思われます。しかし、たとえ抗体がHTの犯人ではないとしても、その抗体の存在はHT患者の重要な検査上の証拠となります。
何年もの間、医師は橋本病の診断を確認するため、抗甲状腺抗体の検査を行ってきました。抗マイクロゾーム抗体と呼ばれる抗体の一つのタイプが、もっとも感度が高いと考えられていました。最近、研究者はこれらの抗体が甲状腺ペルオキシダーゼ(TPOと略します)と呼ばれる、甲状腺ホルモン産生に必要な、細胞内のある種のキー酵素に対するものであることを突き止めました。この抗体は抗-TPO抗体(抗甲状腺ペルオキシダーゼ)と呼ばれ、多くの内分泌病専門医により、抗-TPO抗体の検査は、もっとも感度の高いHTの診断用検査であるとみなされています。
抗-TPO抗体が実際に甲状腺の機能異常を起こすのではないようです。甲状腺細胞内の2番目のタンパクであるサイログロブリンも、その他の抗体(抗サイログロブリン抗体または抗-Tg抗体と呼ばれる)により認識されるのではないかと思われます。:臨床家の中にもHTと思われる患者にこれらの抗体を捜している人がいます。

甲状腺の中のリンパ球
橋本甲状腺炎で、免疫系が甲状腺を攻撃すると、リンパ球と呼ばれる特殊な免疫細胞が甲状腺内に移り、場所を占めるようになります。HTに侵された甲状腺の顕微鏡写真では、正常な甲状腺細胞はほとんど見られず、リンパ球が豊富に認められます(HTの別名が慢性リンパ球性甲状腺炎であるのはこのためです)。
甲状腺がこれらの免疫細胞で占められたり、あるいは置き換わってしまった状態を考えると、それでもなお甲状腺が機能し続けることができるというのは驚くべきことです。研究者は、まだこれらの免疫細胞がどのようにして甲状腺を損なうかを知ろうという努力を続けていますが、その一つのメカニズムは正常な甲状腺細胞を“自殺に追いやる”プロセスで、細胞自滅と呼ばれています。

免疫細胞が甲状腺内に移動した時に、何が起こるのでしょうか?
橋本甲状腺炎は、その初期に医師が診断を下すことは難しいことがあります。しかし、甲状腺はそのサイズが変わることなく、硬くなり、触れやすくなってきます。抗甲状腺抗体に対する血液検査は、陽性のことが多いのですが、血中TSH測定で判定される甲状腺機能は正常であることがしばしばあります。リンパ球がもっとたくさん甲状腺内に侵入してくるにつれて、甲状腺のサイズは大きくなっていきます。大きくなった甲状腺は甲状腺腫と呼ばれます。表面に軽度の凹凸のある対称的な甲状腺の肥大は、医師にHTであることを示唆するものです。
TPO、Tgまたはその両者に対する抗体は、この段階で存在するのが普通です。しかし、甲状腺機能は正常であるか、もしくは下がっていることがあります。

橋本甲状腺炎の診断
一般集団の中では、抗甲状腺抗体が陽性であるのはごく普通のことで、年齢と共にその頻度は上がってきます。これらの抗体は高齢者の40%以上に存在しています。甲状腺の機能が落ちる(甲状腺機能低下症)時に最初に検査に現れる徴候は、血液中のTSHレベルの上昇です。アメリカでは、自然発生する甲状腺機能低下症(治療に関連したものではない)患者のほとんど全部にHTがあります。硬い、またはびまん性の甲状腺肥大、抗甲状腺抗体の強陽性、および/またはTSHの上昇があれば、一般的にHTが存在することを意味しています。
HT患者のすべてが不活発な甲状腺になるわけではありません。イギリスで行われた20年間にわたるフォローアップ研究で、HTの自然経過が追跡されました。抗甲状腺抗体陽性と軽度のTSH上昇がある患者は、1年間に4.3%の割合で著明な甲状腺機能低下症を発症しました。軽度のTSH上昇があり、抗甲状腺抗体のない患者では、1年間に2.6%の割合でした。抗甲状腺抗体陽性で、TSHが正常な患者では、年2.1%の割合でした。

甲状腺機能低下症は永久に治らないのでしょうか?
そういうことはありません。高度の機能低下症になる産後甲状腺炎患者(以下参照)は、正常な甲状腺機能を取り戻すことが多いのです。長年甲状腺ホルモン剤で治療を受けている、橋本甲状腺炎を伴う甲状腺機能低下症患者の日本での研究で、甲状腺ホルモンを中止すると患者の20%が正常な甲状腺機能を取り戻すことがわかりました。これらの患者には、まだHT(甲状腺腫と抗甲状腺抗体)がありましたが、もはや甲状腺機能低下症ではありませんでした。

治療法
甲状腺が不活発になった時には、甲状腺ホルモン剤(普通はサイロキシン<注釈:チラージンS>)が処方されます。橋本甲状腺炎患者の一部では、甲状腺の肥大が目立たないか、首の圧迫感や首がふさがったような感じの症状が起こります。そのようなケースでは、甲状腺ホルモン剤服用により甲状腺腫のサイズが減少することがあります。
HT患者では甲状腺に痛みが出ることはめったにありませんが、痛みがある場合は甲状腺ホルモンで楽になることがあります。
甲状腺機能が正常で、甲状腺のサイズの増加がごく軽度なHT患者では、特に治療を行わないのが普通です。
患者からは、「炎症があるのならどうして治療をしないんですか」とよく聞かれます。答えは簡単です。炎症を抑える安全で効果的な治療法がないからです。
コルチゾンやそれに関連した薬は炎症を抑えるかもしれませんが、ルーチンに使うには強すぎるし、副作用があるのです。そして、永久的に炎症を抑えるのではありません。これらの薬は、痛みのあるHTに時々処方されます。

特殊なもの
産後甲状腺炎
橋本甲状腺炎の重要な特殊なものの一つは、産後甲状腺炎(PPT)と呼ばれるもので、子供を出産した後の一部の女性に起こる病気です。PPTでは、甲状腺の炎症が増して甲状腺を損傷します。そして、甲状腺ホルモンが甲状腺から漏れ出すのです。血液の中の甲状腺ホルモンの量の増加が甲状腺機能亢進症を起こします。PPTで痛みがでることはめったにありません。また、“沈黙の甲状腺炎”とも言われます。めったにありませんが、これは出産後でない女性や男性にも起こることがあります。
PPTは甲状腺による放射性ヨードの取り込み量を測定することでバセドウ病による甲状腺機能亢進症と区別されます。この検査は24時間放射性ヨード取り込みと呼ばれます。PPT患者の甲状腺は損傷を受けているので、放射性ヨードを取り込むことができません(放射性ヨードの取り込み量はほぼゼロです)。グレーブス病の患者では、甲状腺がヨードを取り込み、甲状腺ホルモンを作るような刺激を受けているため、ここでは放射性ヨードの取り込み量は正常、または増加しています。
PPTによる甲状腺機能亢進症は、普通出産後2ヶ月から4ヶ月して発病し、1ヶ月から3ヶ月で治療をしなくても消失します。しかし、損傷を受けた甲状腺が一次的に甲状腺ホルモンを作ることができなくなるため、PPTのある女性は甲状腺機能亢進症が治まった後に甲状腺機能低下症、すなわち不活発な甲状腺になることがしばしばあります。この段階では、甲状腺ホルモン補充が必要なことが多く、これらの患者では、普通甲状腺機能低下症は一次的なものですが、約20%に永久的な甲状腺機能低下症が生じます。PPTでは、時たま甲状腺機能亢進症、または甲状腺機能低下症だけが起こります。
PPTと橋本甲状腺炎の間には、PPTが実際にHTの特殊なものであることを示唆するある種の類似性があります。
HTのように、PPTの甲状腺は、顕微鏡で見るとリンパ球がたくさん集まっています。また、ほとんどのPPT患者は、抗甲状腺抗体を持っています(75%から100%)。PTTとHTの間のもっと強い関連性があることは、 甲状腺の症状が出てから2年後に評価を受けたPTT患者の約半分に、HTの徴候(TSHの上昇、甲状腺腫、抗甲状腺抗体陽性)がいくつかあったことで示されました。
PTTは、アメリカの全妊婦の5〜9%に起こります。しかし、 抗甲状腺抗体が陽性、または妊娠の前にHTに罹っていた女性の少なくとも33%はPTTの可能性があります。また、タイプ1の糖尿病(若年性糖尿病)のある女性も、PTTを発病する確率が25%あります。HTやバセドウ病のように、タイプ1の糖尿病も自己免疫性疾患です。バセドウ病患者の緩解期にもPTTが起こりやすくなります。

不活発な甲状腺
自己免疫性の甲状腺炎のもう一つの特殊なものは、甲状腺腫を伴わない不活発な甲状腺です。患者の中には、甲状腺が完全に破壊された結果としてこれが起こる場合があります(萎縮性甲状腺炎)。それ以外では、甲状腺へのTSHの作用を阻止する抗甲状腺抗体が存在し、甲状腺ホルモンの産生が止まってしまいます。

他にはどのようなことがありますか?
橋本甲状腺炎の硬くなった甲状腺は、甲状腺の腫瘤または結節と間違われることがあります。甲状腺の生検は、橋本病患者では普通必要ではありません。生検を行った場合、孤立した、あるいは絡み合ったリンパ球が見られるのが普通です。
変形した甲状腺細胞(好酸性細胞またはヒュルトレ細胞)も存在することがあります。もし、生検時にHTの疑いがもたれていなかった場合は、これらの変形した細胞が疑いを呼び起こし、不必要な手術につながる可能性があります。したがって、患者は、間違いなく結節があるか、あるいは進行性の甲状腺肥大がなければ、ルーチンに生検や針による吸引を受けるべきではありません。
甲状腺の持続性肥大は、橋本甲状腺炎の悪化のためである可能性があります。そして甲状腺機能の低下とTSHの増加を伴うことがよくあります。そのため、甲状腺の機能不全が進むにつれ、サイロキシン<注釈:チラージンS>の投与量を増やしていくことが必要なことがあります。

癌のリスク
リンパ球の悪性腫瘍(甲状腺悪性リンパ腫)は、HTではめったに生じず、1000人に1人以下ですが、一般集団に比べるとHT患者ではこれらの腫瘍が生じる確率は高くなっています。

流産のリスク
抗甲状腺抗体が陽性の女性では、これらの抗体がない女性に比べて、産後甲状腺炎を起こしやすいだけでなく、流産を起こしやすい傾向があります。流産は異常な甲状腺機能には関係なく、また抗体そのものが起こすのではないようです。ただ、現時点で言えることは、この抗体が免疫性の増加した全身状態を反映しており、それが流産に関係している可能性があるということです。

家族も検診を受けるようにしましょう
橋本甲状腺炎は家族内の他のメンバーにも起こることの多い、遺伝性の病気です。HT患者の一親等の親族(両親、子供、兄弟)全員の甲状腺機能と抗体の検査を行うのは賢明なことです。また、女性は男性よりはるかにHTに罹りやすいのです。家族のメンバーにHTが存在するかどうかの手がかりは、他に若白髪(30歳前の白髪)、皮膚の色素の喪失(白斑症と呼ばれる病気)、および悪性貧血(ビタミンB12欠乏症)があります。

その他の自己免疫病の心配をする必要がありますか?
一般に、慢性関節リウマチやタイプ1糖尿病、副腎機能不全、および自己免疫性肝炎などの自己免疫疾患を持つ患者は、橋本甲状腺炎を起こしやすい傾向があります。しかし、すでにHTに罹っている患者は、他の自己免疫疾患にはならないのが普通です。例外は、HT患者が時に白斑症やビタミンB12欠乏症を起こすことで、この2つは比較的ありふれた自己免疫病です。
HT患者がしばしば抗核抗体(ANA)陽性になることを認識しておくのは重要なことです。ANA検査は免疫病であるループス(狼瘡)の確定診断の助けとなるものですが、HT患者がANA陽性であっても、ループス(狼瘡)があるということではありません。

結 論
橋本甲状腺炎は、自己免疫性の甲状腺の炎症であり、甲状腺腫を生じたり、あるいは不活発な甲状腺になったりすることがありますが、不快感や痛みが出ることはめったにありません。普通は、重篤な病気ではなく、ごく希にその外のもっと重大な医学的問題を伴うことがあります。HTの診断がなされたら、普通サイロキシン<注釈:チラージンS>が処方されます。甲状腺の機能が正常なため、サイロキシン<注釈:チラージンS>が処方されない場合は、甲状腺の機能が正常な状態が続いているかどうかを確かめるため、年1回の血清TSH検査を受けることをお勧めします。

Dr. Gilibert H. Danielsはボストンのマサチューセッツ総合病院甲状腺診療科の副医長であり、ハーバード大学医学部助教授です。

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