情報源 > 患者情報[005]
15
[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 12, No2

15:バセドウ病の治療:違う人には違う扱いで / David S. Cooper, M.D.

バセドウ病による甲状腺機能亢進症の診断がつけば、患者と医師にとって次のステップは、座って一番適切な治療方法について話し合うことです。治療の選択は簡単なものではありません。どの治療も効果的であり、なおかつある程度の利点と欠点を持っているからです。

抗甲状腺剤
抗甲状腺剤は普通に処方されます。これには2つあります。プロピルチオウラシル(PTUというニックネームが付いています<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>)とメチマゾール(商標名はタパゾールです<注釈:日本ではメルカゾール>)です。これらの薬は甲状腺が甲状腺ホルモンを作る能力を阻害します。数週間から2〜3ヶ月後に、血液中の甲状腺ホルモンレベルは減少して正常に向かいます。反応のスピードは数々のファクターによって決まりますが、それには薬の量、甲状腺の病気の程度、および甲状腺のサイズなどが含まれます。抗甲状腺剤はほとんど必ずと言ってよいほど効果があり、耐容性がよいのが普通ですが、約5%の人に皮膚の発疹やかゆみ、関節痛、発熱などの副作用がでます。

もっと深刻な問題は、血液中の白血球数が下がることです。これは直ちに診断と治療が行わなれなければ重篤な、あるいは生命を脅かすことさえある感染症を引き起こすことがあります。幸いに、この問題は抗甲状腺剤を飲んでいる人の400〜500人に1人の割合でしか起こりません。

その他のまれな副作用には、重篤な肝臓障害と味覚障害があります。副作用は抗甲状腺剤を使う際の大きな欠点ではありません。主な問題はこの薬では普通病気が治らないということです。薬を止めると、患者は数週間から数ヶ月の間に再び甲状腺機能亢進症になるのが普通です。“寛解”する患者もおりますが、そのような人は少数です(50%以下)。抗甲状腺剤を飲んだ後に寛解する“幸運”な人の1人になる確率は、甲状腺の活動し過ぎの程度が始めから軽度で、甲状腺の肥大がほんのわずかである場合に一番高くなります。1991年に、日本での研究で抗甲状腺剤を甲状腺ホルモン(サイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>)と併用すると、寛解の確率が高くなることが示唆されていましたが、これはその後の研究では実証されていません。

一般的に、抗甲状腺剤は12〜24ヶ月間投与され、その後寛解が起こったかどうか見るため、中止するか、あるいは次第に量を減らしていきます。患者は数ヶ月毎に甲状腺の血液検査を受けて甲状腺の機能のチェックが行われます。“寛解”は抗甲状腺剤を中止してから1年後に正常な甲状腺機能が保たれているものと定義されています。再発が起きたら、患者は抗甲状腺剤をもう12〜24ヶ月飲むこともできますし、他の治療法のうちどれか一つを選ぶこともできます。

放射性ヨード
放射性ヨードはバセドウ病の治療に50年以上も使われてきました。放射性ヨードは一般的に一回量(ビタミン錠のようにカプセル内に入っています)として投与されます。放射性ヨードは甲状腺内に入り、甲状腺細胞を照射します。これで甲状腺の細胞を損傷し、最終的にはその一部は死んでしまいます。甲状腺は次第にサイズが小さくなり、甲状腺機能はゆっくりと正常に戻りますが、普通2〜3ヶ月かかります。

放射性ヨードには重大な副作用がありません。何万人もの患者での長期的研究では、放射性ヨード治療を受けた患者に癌や白血病、不妊、あるいは先天性の奇形を起こすリスクが高くなることはありませんでした。しかし、小児では放射性ヨードに関する経験が限られているため、ほとんどの医師は21歳以上の患者のためにこの治療法をとっておきます。

もちろん、放射性ヨードは妊娠中の女性には絶対投与できませんが、妊娠の可能性がある患者はすべて妊娠の検査を受けるようにした方がよいでしょう。
最近の研究で、すでに目の病気が基礎にある患者では、放射性ヨードがバセドウ病性眼症を悪化させる可能性があることが示唆されています。一部の医師はこのような状況があれば放射性ヨードを使いませんが、他の医師は使い続けています。しかし、放射性ヨード治療の後数ヶ月コーチゾン<注釈:副腎皮質ホルモン>のような薬を投与します。放射性ヨード治療を受けた患者のほぼ全員が、6ヶ月から数年以内に甲状腺機能低下症を起こしてきます。そして、生涯甲状腺ホルモン補充療法を受けなければなりません。約20%の患者は甲状腺の活動し過ぎを完全にコントロールするために、放射性ヨードの2回投与を必要とします。アメリカ合衆国では、ほとんどの患者が甲状腺の病気に対して最終的に受ける治療が放射性ヨード治療となっています。

手 術
手術は、一番古い形の治療法ですが、現在ではほとんど使われていません。しかし、手術は熟練した外科医が行う場合は効果の高い治療法です。手術は、甲状腺が非常に大きな患者で、抗甲状腺剤の治療が一通り終わった後で寛解が起こりそうにない患者、あるいは、放射性ヨード治療が1回以上必要であるような患者には特に効果的です。

手術の合併症には声をコントロールする神経(注釈;反回神経)の損傷(そのため声がしゃがれます)や体のカルシウムのバランスをコントロールする副甲状腺の損傷があります。このような合併症は、熟練した外科医がいる医療施設では患者の1%以下にしか起こりません。

手術は、また他の治療に比べてはるかに費用が高く、患者は仕事を休む必要があります(普通10日から14日)。

手術を受けた患者は必ずと言ってよいほど、手術後に甲状腺機能低下症になり、放射性ヨードの場合と同じように生涯にわたって甲状腺ホルモン補充療法を受けなければなりません<注釈:日本の場合は、そんなに術後甲状腺機能低下症にはなりません。アメリカでは、再発を防ぐために多めに切除するためです>。

アメリカ甲状腺協会のメンバーが、やや重篤なバセドウ病がある43歳の女性患者を想定し、その治療にはどのような方法が好ましいかについて調査をしたところ、73%が放射性ヨード、23%が抗甲状腺剤を好み、そして手術を勧めたのは3%でした。放射性ヨードを選ぶ割合は、仮想患者がティーンエージャーであれば50%以下に減少し、患者の年齢が上がれば80%に増加しました。

どの治療法?
スカンジナビアで行われた面白い研究が最近、臨床内分泌学および代謝雑誌(the Journal of Clinical Endocrinology and Metabolism)に発表されました。この報告の中では、バセドウ病患者のグループに抗甲状腺剤(タパゾール<注釈:日本ではメルカゾール>の治療、放射性ヨード治療、また手術をランダムに割り当てたものですが、予想通り、手術と放射性ヨードでは病気が治ったものの全員が甲状腺機能低下症になりました。抗甲状腺剤はもちろん効果が低く、約40%で再発し、放射性ヨードか手術で治療を受けることになりました。この研究の驚くべき側面は、患者に質問したところ、90%以上の患者が受けた治療に満足しており、大多数はどの治療法であるかにはかかわりなく、親類や友人にその治療を勧めていたのです。
この結果から、患者を治す方に焦点をあて、どのように治すかにあまり重きを置かないようにする方向に行きやすくなるかもしれません。

平均的なバセドウ病患者にとって、あれこれ比べて一つの治療法を選ぶことに関わる問題はややこしいもので、これには医学的ファクター(患者の年齢、甲状腺のサイズ、病気のひどさ)や個人的問題が関わってきます。どんな種類の手術を受けるのも恐ろしいという人もいれば、放射線のことを考えると感情的に反応してしまう人もいます。
また、抗甲状腺剤で生命を脅かすような感染症にかかる可能性を恐れる人もいるのです。

確かに、患者が決定に満足していない限りどのような治療も行うべきではありません。普通は、患者には選択肢を考えたり、質問をしたり、本を読んだり、また医師や家族と様々な治療法について話し合う時間がたっぷりあります。ほとんどの患者にとって、絶対に“正しい”選択というものはありません。でも、ある人にとっては医学的見地、費用また都合、病気をできるだけ早く治したい気持ち、およびその他のたくさんの考慮事項の点から見て、ある治療が他の治療よりいずれにせよ一番よいことになるでしょう。

ただ、よいことは大多数の患者が選択した治療法に関わりなく、健康を取り戻していることで、またほとんどの人は受けた治療に満足しています。

David S. Cooper医師は、ジョーンズホプキンス大学医学部内科学教授で、またボルチモアのサイナイ病院の内分泌と代謝科の医長でもあります。

もどる