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甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の管理に関する最新情報[論評]
Kenneth A. Woeber, MD, FRCPE
Arch Intern Med 2000; 160: 1067-1071

甲状腺機能亢進症および甲状腺機能低下症の臨床面、検査、ならびに治療を新しい情報に照らし合わせ再検討する。妊娠中の甲状腺機能亢進症やバセドウ病眼症、ヨード誘発性甲状腺機能亢進症および潜在性甲状腺機能低下症のような特殊な状況についても考察する。

甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症はありふれた疾患であり、特に女性に多い。調査開始時の年齢が18歳以上の成人数千人を無作為に選んで行なった最初のWhickham調査の20年にわたるフォローアップでは、生存していた女性1,000人あたり年0.8人に甲状腺機能亢進症が発症し、1,000人あたり年3.5人に潜在性甲状腺機能低下症が生じた(1)。1995年にアメリカ甲状腺学会がこれらの疾患管理のためのガイドラインを発表した(2)。この論文ではより新しい情報に照らし、最新の管理法について述べることとする。

甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症と甲状腺中毒症は互いに同じような意味で使われることが多いが、厳密に言えば甲状腺機能亢進症とは甲状腺の機能が亢進していることであり、甲状腺中毒症とは甲状腺ホルモンの過剰摂取や甲状腺炎を含め甲状腺ホルモンが多すぎることを意味する。したがってこの論文では主にバセドウ病が原因の、または中毒性結節性甲状腺腫に伴う甲状腺機能亢進症について述べることとする<注釈:甲状腺機能亢進症とは甲状腺で過剰に甲状腺ホルモンを作っている。甲状腺中毒症とは甲状腺ホルモンが高い状態である。従って、甲状腺中毒症の範疇の中に甲状腺機能亢進症が入るわけである。日常臨床では甲状腺中毒症は甲状腺機能亢進症として表現されることが多い>。
臨床的に考慮すべきこと
甲状腺機能亢進症の診断は、様々な症状や徴候が存在することでそうだとうかがえるのであるが、70歳以上の患者ではそのような古典的症状が見られず、甲状腺腫もないことがある(3)。その代わりに消耗を伴う食思不振や心房細動、あるいはうっ血性心不全が目に付く症状として出てくる場合がある。さらに、甲状腺機能亢進症の原因が若年者と高齢者では異なっている。若年の患者では甲状腺機能亢進症の原因のほとんどがバセドウ病であるが、高齢者では中毒性結節性甲状腺腫が原因であることも多い。
検 査
甲状腺機能亢進症のスクリーニングに関しては、少なくとも第2世代のアッセイ(測定感度)はおおよそ0.05mIU/L)を用いた血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)の測定がもっとも感度の高い検査法であり、結果が正常であれば、ごくまれなTSH分泌過剰の場合<注釈:TSH産生下垂体腫瘍など>を除き、まず甲状腺機能亢進症を除外できる。TSH値を感知できないのが甲状腺機能亢進症の特徴であるが、第2世代のアッセイを用いた場合、時には一部の健康な高齢者や甲状腺の病気のない患者、あるいはコルチコステロイドや塩酸ドーパミンを飲んでいる患者で値が測定感度以下になることがある。このような場合は第3世代のアッセイ(測定感度はおおよそ0.005mIU/L)を使って区別することができる。甲状腺機能亢進症では血清TSHがこのアッセイでも感知できないが、他の病気であれば低値であっても必ずと言ってよいほどTSHが検出されるからである(4)。血清遊離サイロキシン(FT4)の測定で確認するが、時には甲状腺機能亢進症の臨床症状がはっきり出ており、血清TSHも検出できないのに血清FT4レベルが正常な患者がおり、そのような場合はトリヨードサイロニン(T3)中毒症<注釈:T3のみ高い甲状腺機能亢進症>の存在を確かめるために血清遊離トリヨードサイロニン(FT3)の測定が必要になる。

明らかな眼症のある患者では、バセドウ病があることは間違いないためそれ以上の検査は必要ない。しかし、出産可能年齢にある女性では妊娠しているかどうかかならず確かめるようにしなければならない。その後の管理にはっきり影響してくるからである(以下参照)。眼症のない患者では、甲状腺中毒症の原因をはっきりさせるために甲状腺放射性ヨード(131I)取り込み試験を行うべきである。すなわち、甲状腺機能亢進症のためであれば取り込み値が高く、甲状腺ホルモン剤の過剰摂取や甲状腺炎のように甲状腺の機能亢進がない場合は取り込み値が低くなる。結節性甲状腺腫のある患者では甲状腺の機能的特徴を知るのに131Iシンチスキャンが役立つ場合がある。
治療法
甲状腺機能亢進症は、抗甲状腺薬や放射性ヨード治療、あるいは甲状腺亜全摘術によって治療されるが、治療のタイプは機能亢進症の種類や患者の年齢、甲状腺腫のサイズ、また他に病気があるかによって決まる。
抗甲状腺薬
アメリカではメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>とプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>の2種類が利用できる。これは甲状腺組織に集積し、甲状腺ホルモンの生合成を妨げるチオアミドである。イギリスとヨーロッパでは一般的にカルビマゾールが使われている(これは体内でほぼ完全にメチマゾールに転換する)。プロピルチオウラシルは大量に使えば、末梢組織でのサイロキシン(T4)からトリヨードサイロニン(T3)への転換を阻害する。メチマゾールの方がプロピルチオウラシルより好んで使われる理由は、甲状腺のホルモン合成阻害効果が長く、そのため1日1回の服用ですみ、患者のコンプライアンスがよくなるからである(5)。さらに、1日30mgまでの量であればメチマゾールの方が無顆粒球症を起こすリスクが少ないと思われる。

治療は普通、1日30mgのメチマゾールか、プロピルチオウラシル100mgを1日3回投与(300mg/日)で開始される。患者には、まれではあるものの(<1%)、治療開始後最初の数ヶ月以内に起こりがちな無顆粒球症や肝疾患、狼瘡(SLE)様症状等を含む主な副作用について警告しておく必要がある。治療開始時の検査項目に白血球数と肝機能検査を含めるべきであり、白血球数をモニターすることで無顆粒球症の発症を予測できると思われる。

患者にはこれらの副作用のいずれかをうかがわせる症状が出たらすぐに医師に知らせるよう指示しておかねばならない。薬を中止すれば副作用はなくなるが、どちらの抗甲状腺薬もその後の使用は禁忌となる。そして、患者は放射性ヨード治療または手術で治療することとなる。「かゆみ」のような軽度の副作用であれば、患者は別の薬に変えることができる。

治療開始後、少なくとも毎月1回患者のフォローアップを行い、甲状腺正常状態に近づいてきたら抗甲状腺薬の量を維持量に減らしていくべきである。ここにいたるまでのスピードは病気の重さや甲状腺腫のサイズ、および抗甲状腺薬の量によって決まる。この間、振戦や不安、動悸などの甲状腺機能亢進症の症状がやっかいな場合、それをコントロールするため、患者に喘息やその他の禁忌症がなければ塩酸プロプラノロール<注釈:日本ではインデラール>のようなβ-遮断薬を使うことがある。治療のモニターにはTSHよりも血清FT4の測定を行うべきである。なぜなら甲状腺が正常な状態になってから何ヶ月もの間血清TSHが検出できない場合があるからである。その後、長期的な治療の予定があれば患者は3ヶ月毎に診察を受けなければならない。

抗甲状腺薬による長期的な治療は、バセドウ病による甲状腺機能亢進症の場合にのみ適切である。バセドウ病は自然寛解する可能性があるためである。これは小さな甲状腺腫のある若年患者や活動性の眼症のある患者に選択される治療法であると一般に考えられている(以下参照)。抗甲状腺薬による長期治療は中毒性結節性甲状腺腫では適応とならない。それは甲状腺機能亢進症が寛解しないからである。長期寛解の可能性は抗甲状腺薬による治療期間にプラスの影響を受け、その期間は1〜2年がよい。寛解率は37%から70%であると報告されている。最近の研究では、バセドウ病患者での長期抗甲状腺薬治療にレボサイロキシンナトリウム<注釈:日本ではチラージンS>を加えると、抗甲状腺薬を中止した際に寛解する可能性が高くなることが示唆されている。このアプローチの理論的根拠は抗甲状腺薬が免疫抑制作用も及ぼす可能性があり、複合治療では使用する抗甲状腺薬の量を増やすことができるというものである。しかし、もっと新しい研究(6-9)ではこのことが確認できなかった。治療を中止した後の結果を確実に予測する手がかりとなるものはないが、小さな甲状腺腫では寛解しやすく、TSHが感知できないままであるか、あるいはTSHレセプター抗体の抗体価が高い場合は再発しやすいというような何らかの特徴はある(8)

長期治療中止後、最初の1年間は3ヶ月毎に診察を受けなければならない。この期間中にいちばん再発が起こりやすいからである。それ以降は再発するのはもっと後になってからであるため、年1回の受診でよい。もし再発が起きたら、患者が放射性ヨード治療または手術を望まない場合に再度抗甲状腺薬治療を行うこともできるが、患者は放射性ヨード治療または手術による治療を受ける必要がある。
放射性ヨード治療
放射性ヨード治療は、抗甲状腺薬による長期治療後にバセドウ病が再発した患者や重篤な甲状腺性心疾患のある患者、あるいは中毒性多結節性甲状腺腫や単結節性甲状腺腫のある患者、および抗甲状腺薬による重大な副作用が出た患者に選択される治療法である。放射性ヨード治療は妊娠中や授乳中は絶対禁忌である。さらに、活動性のバセドウ病眼症のある患者、特に喫煙者では放射性ヨード治療を延期するか避けなければならない。最近の前向き研究(10,11)でそのような患者を放射性ヨードで治療すると抗甲状腺薬や甲状腺亜全摘術で治療した場合に比べて悪化することが証明されたからである。

バセドウ病に使われる放射性ヨードの線量は甲状腺腫のサイズおよび先に行った取り込み試験でのトレーサー131Iの取り込み量にもよるが、185から555MBq(5〜15mCi)である。中毒性結節性甲状腺腫では、甲状腺機能正常状態を得るのにより多くの線量が必要となる。メチマゾールではおそらくそうならないと思われるが、プロピルチオウラシルによる治療で、放射能防護効果と思われる影響のため、放射性ヨード の1回投与による治癒率が減少する可能性がある(12,13)。そのため、重篤な甲状腺機能亢進症のある患者や一過性の放射線甲状腺炎による甲状腺機能亢進症の悪化が予測されるような大きな甲状腺腫のある患者では、放射性ヨード治療の前にメチマゾールのみを使用するべきである。このような場合、甲状腺機能正常状態を取り戻すため抗甲状腺薬を投与し、その後放射性ヨード投与の3日〜5日前に抗甲状腺薬を中止する。

80%以上の患者で、放射性ヨードの1回投与により甲状腺機能亢進症が治癒し、甲状腺腫のサイズが小さくなる。正常な甲状腺状態になるまでには数ヶ月かかる場合があるため、重篤な甲状腺機能亢進症のある患者ではこの間、抗甲状腺薬またはβ-遮断剤による治療が必要な場合がある。出産可能年齢にある女性では、放射性ヨードによる治療後、少なくとも6ヶ月間は妊娠を避けなければならない。

放射性ヨードの主な合併症は永久的な甲状腺機能低下症である。その1年目の発症率は投与された線量によって決まる。それ以降は1年あたり2%から3%の割合で発症率が上がっていく。このため、血清FT4レベルとTSHレベルのモニターにより最初は毎月患者のフォローアップを行い、甲状腺正常状態に戻ったらこの間隔をあけていくようにする。放射性ヨード治療後、最初の半年間に一過性の甲状腺機能低下症が起こることがある。放射性ヨード治療後に甲状腺機能低下症が出て、それが6ヶ月以上続くようであれば永久的なものである可能性が高く、レボサイロキシン治療<注釈:日本ではチラージンS>を行うべきである。甲状腺機能亢進症の治療用放射性ヨード線量で起こるそれ以外の副作用はごくわずかである。スウェーデン癌記録保管所からのデータでは、全体的な癌のリスクはわずかに増加するが、白血病やリンパ腫のリスクは増加しないことが示唆されている(14)。このことから、若い組織はイオン化放射線に対する感受性が高いため、放射性ヨード治療は一般に小児に対する初期治療としては考慮されない。甲状腺機能亢進症に対して使われる放射性ヨードの線量では催奇形率が増加するという証拠はない。
甲状腺亜全摘術
甲状腺亜全摘術は、プロピルチオウラシルやメチマゾールに対し重大な副作用反応を起こした妊婦や小児に適応となる。また、鎖骨後部にまで広がった大きな甲状腺腫があり、圧迫症状が出ている患者や中毒性甲状腺腫を合併した甲状腺癌患者に対しても適切な治療となる。術後に起こりうる甲状腺急性発作(甲状腺クリーゼ)を防ぐため、手術の前に患者の甲状腺を正常状態に戻しておかねばならない。これは先に述べたプロピルチオウラシルまたはメチマゾールで得られるが、バセドウ病性甲状腺機能亢進症に対する手術の7日から10日前には無機ヨードを加えてさらに甲状腺の血流を減少させておくようにする。無機ヨードは中毒性結節性甲状腺腫の患者に投与してはならない。甲状腺機能亢進症が悪化する恐れがあるためである。患者がプロピルチオウラシルまたはメチマゾールを飲めない場合は、手術の7日から10日前からβ-遮断薬を無機ヨードと共に投与することもできる。

甲状腺亜全摘術の初期合併症には副甲状腺機能低下症や反回神経損傷などがあるが、これはまれである。しかし、永久的な甲状腺機能低下症が最終的にはかなりの割合の患者に起こる。そのため、手術の1ヶ月後、その後は間隔をあけながら血清FT4とTSHのモニターによりフォローアップをしていかねばならない。

特殊な状況
妊娠中の甲状腺機能亢進症
妊娠中に甲状腺機能亢進症が併発すると胎児の死亡につながる恐れがあり、そのため正常な甲状腺状態を保つに必要な最小限の量の抗甲状腺薬を用いて治療しなければならない。最近の研究(15)ではその差が裏付けられていないものの、通常はメチマゾールよりもプロピルチオウラシルの方が胎盤を通過する量が少ないと報告されているため、好んで使われる<注釈:この記載は間違っている。一回投与では、メチマゾールよりもプロピルチオウラシルの方が胎盤を通過する量が少ないが、長期に使用する場合には差はないことが証明されている>。妊娠によりバセドウ病が軽くなるため、これはおそらく免疫能が低下するためと思われる。妊娠後期には抗甲状腺薬を中止することができることがある。しかし、産後早期に再び投与を開始しなければならなくなるのが普通である。プロピルチオウラシルはごく少量しか母乳に出ないので授乳は続けてよい。メチマゾールは母乳に容易に出るが、最近の研究(16)では、維持量のメチマゾールを飲んでいる母親から授乳されている乳児の甲状腺機能は正常であることが示唆されている。
眼 症
バセドウ病患者の約50%に臨床的に明らかな眼症が見られ、甲状腺機能亢進症の要素とは別の経過をたどる場合がある。活動性の眼症のある患者、特に喫煙者では、眼症の悪化につながる恐れがあるため放射性ヨードによる治療を延期または避けるようにしなければならない(10,11)。他に理由があり、放射性ヨードが唯一妥当な治療選択肢である場合は、完全な甲状腺組織破壊ができる線量を与え、その後3ヶ月間グルココルチコイド治療を行うようにするべきである。そうすることで眼症の悪化を防ぐことができる(10)
ヨード誘発性甲状腺機能亢進症(ヨード・バセドウ病)
多結節性甲状腺腫のある患者、あるいはその他に比較的甲状腺が自律状態にある患者の一部ではヨードの過剰摂取が甲状腺機能亢進症につながる恐れがある。ヨード過剰摂取は大抵の場合造影剤の使用、あるいはヨードを37%含むアミオダロンのような薬剤の投与により起こるものである(アミオダロンは甲状腺炎を生じ、甲状腺中毒症の原因となる場合もある)(17)。治療は甲状腺へのヨード取り込みを阻止する薬剤である過塩化カリやホルモンの生合成を阻害するプロピルチオウラシルまたはメチマゾールを用いて行う。

甲状腺機能低下症
甲状腺機能低下症とは、視床下部や脳下垂体の疾患、および全身組織の甲状腺ホルモン抵抗性、また直接甲状腺を冒す病気を含め、甲状腺ホルモンが足りない状態のことを言う。最初に挙げた2つのタイプの甲状腺機能低下症はまれであるため(<5%)、この論文では主に甲状腺自体の機能不全の管理について述べることとする。
臨床的に考慮すべきこと
知らぬ間に現われてくる甲状腺機能低下症の臨床症状はこれといった特徴がなく、加齢のためと思われることが多い。これらの症状には全身的な活力の衰えや精神的な抑うつ、幾分体重が増える、寒さに耐えられない、便秘、はっきりしない痛み、皮膚の乾燥、頭髪がもろくなることなどが含まれる。この疾患がより確実なものとなってくるにつれ、押してもへこまない皮膚の浮腫(粘液水腫)や声のしゃがれ、徐脈、体温低下、深部腱反射の弛緩時間遅延などの古典的特徴が現われてくる。検査では軽度の貧血やクレアチニンホスホキナーゼ(CPK)濃度の増加、総コレステロール値および低密度リポ蛋白(LDL)コレステロール値の増加と高密度リポ蛋白(HDL)コレステロール値の減少を伴う脂質像の異常が見られることがある。アメリカでは、原発性甲状腺機能不全の最大の原因が慢性甲状腺炎となっており、これには甲状腺腫を伴うものも伴わないものもある。また、手術により甲状腺を取り除いたか、放射性ヨードによる治療によって起こる機能低下症も多い。
検 査
原発性甲状腺機能低下症の検査に現われる特徴は、血清TSH濃度の上昇である。この上昇は血清FT4が正常値以下に下がる何ヶ月も、時には何年も前に現われるため(潜在性甲状腺機能低下症)、血清TSHの測定が早期甲状腺機能不全を見つけ出す上でもっとも感度の高い検査である。臨床的な甲状腺機能低下症の確認は、血清FT4レベルの減少を見る。

放射性ヨードや手術などの治療歴のない患者では、血清サイロペルオキシダーゼ(TPO)抗体が存在すれば慢性甲状腺炎であることが確認される。この病気は悪性貧血や副腎機能不全のようなその他の自己免疫性疾患と臨床的、あるいは免疫学的に重複しているため、医師は慢性甲状腺炎患者に対し、これらの病気について注意を促すようにせねばならない(18)
治療法
一過性甲状腺機能低下症を除き、甲状腺機能低下症の治療は生涯にわたるものとなる。レボサイロキシンが選択される薬剤であるが、これは末梢組織でトリヨードサイロニンへの転換が適切に調整されるためである。甲状腺正常状態を取り戻すに必要なレボサイロキシンナトリウムの平均用量(補充量)は成人で1日1.6μg/kgである。新生児や小児ではもっと多くの補充量が必要である。冠動脈性心疾患があらかじめ存在しているという証拠のない患者では、1日50μg/kgのレボサイロキシンナトリウムで治療を開始する。また、若年の患者では最初から完全補充量で治療を始めることができる。FT4ではなく、血清TSHを補充治療のモニターに使う。レボサイロキシンに対するTSHの反応が安定するのに少なくとも4週間かかるため、用量をこれより短い間隔で頻繁に変更してはならない。したがって、患者のフォローアップは最初1ヶ月から2ヶ月の間隔で行い、患者の血清TSHレベルが正常範囲におさまり、臨床的に患者が正常な甲状腺の状態になるまで徐々にレボサイロキシンの量を増やしていくようにせねばならない。

すでに狭心症がある患者では、約5分の1で狭心症が悪化し、残りは変化がないか改善が見られる(19)。もともと狭心症がなかった患者の一部に、治療により狭心症が発症し、また冠動脈性心疾患のある患者の一部に治療開始後ある程度時間が経ってから心筋梗塞が起きることがある。そのため、狭心症のある患者に対しては25μg/kg以下のレボサイロキシンナトリウムで治療を開始し、約6週間の間隔をおいて徐々に量を増やしていくようにしなければならない。狭心症はβ遮断薬を用いる通常の手段で管理できるはずであるが、甲状腺機能低下症の状態では排泄が減少するので通常量より少ない量でよい。レボサイロキシンの量に注意を払って調節しても狭心症のコントロールができない場合、経皮的カテーテル血管形成術または人工血管による冠動脈バイパス術を行うべきである。これは死亡率および主要な罹病率が正常甲状腺機能状態の人よりも高くはないと思われるからである。

理想的には、レボサイロキシンを起床後朝食の少なくとも30分前に服用するべきである。これは一部の線維またはふすま製品がレボサイロキシンの吸収を妨げる恐れがあるためである(20)。さらに、患者が鉄剤や制酸剤、スクラルファートあるいは胆汁酸遮断剤のような他の薬を飲んでいる場合、これらの薬とレボサイロキシンは何時間も時間をあけて服用しなければならない(21)。最後に、妊娠や肝臓のマイクロソーム混合機能オキシダーゼの作用を誘発するリファンピンやフェニトイン、カルバマゼピンのような薬により代謝傾向が促進されるような場合は、レボサイロキシンの量を増やさねばならないことがある(21)

患者の甲状腺機能が正常状態に戻ったら、フォローアップは6ヶ月〜12ヶ月の間隔で血清TSHとFT4レベルを測定するだけでよい。過剰治療は避けるようにしなければならない。甲状腺ホルモンが過剰になると閉経後の女性では骨密度の減少を招く恐れがあり、また心臓にも有害な結果を招く恐れがある(22,23)

疫学的ファクター
潜在性甲状腺機能低下症
潜在性甲状腺機能低下症とは、症状のない患者で血清FT4レベルが正常であるのに、血清TSHレベルが上がっている場合を言う(24)。血清TSHレベルが10mIU/Lを超えているか、抗甲状腺抗体の抗体価が高い場合は顕性の甲状腺機能低下症に進む可能性が高い。そのため、いずれかの所見があれば、レボサイロキシン補充の適応となる。さらに、これらの患者の中には血清脂質像に異常が見られる者があり、これは補充療法で治る場合がある。

参考文献]・[もどる