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甲状腺機能異常を見つけるためのアメリカ甲状腺学会ガイドライン
Paul W. Ladenson, MD; Peter A. Singer, MD; Kenneth B. Ain, MD; Nandalal Bagchi, MD, PhD; S. Thomas Bigos, MD; Eliot G. Levy, MD; Steven A. Smith, MD; Gilbert H. Daniels, MD
Arch Intern Med 2000; 160: 1573-1575

目 的
甲状腺機能異常を持つ患者を見分けるための最適なアプローチ法を定める。

参加者
アメリカ甲状腺学会医療管理基準委員会の8名のメンバーが案を作成し、それを780名の協会メンバーが検討した。そのうち50名のメンバーから修正案が出された。

根 拠
MEDLINEと協会メンバーの個人的資料を通じ、発表済みの関連研究の確認を行った。

合意に至るまでのプロセス
グループミーティングにより合意に達した。グループディスカッションの後、1名により(P.W.L)最初の案が作成された。修正案も委員会で検討後組み込まれた。

結 論
アメリカ甲状腺学会は、成人の甲状腺機能異常を血清サイロトロピン<注釈:甲状腺刺激ホルモン(TSH)>濃度の測定によりスクリーニングすることを勧告する。スクリーニング開始年齢は35歳で、それ以降は5年毎に実施するようにする。特に女性はスクリーニングの適応となるが、男性に対しても定期検診時に測定を行なえば比較的費用効率のよい方法となる。甲状腺機能異常をうかがわせる症状がある人および甲状腺機能異常を起こすリスクファクターのある人はもっと間隔をつめて血清サイロトロピン検査を行なう必要があると思われる。

著者の所属は以下である。
メリーランド州バルチモア、ジョンホプキンス大学医学部(Dr. Ladenson)
ロサンジェルス南カリフォルニア大学(Dr. Singer)
ケンタッキー州レキシントン、ケンタッキー大学(Dr. Ain)
メイン州バンゴア、メイン医療センター(Dr. Bigos)
フロリダ州マイアミ、マイアミ大学(Dr. Levy)
ミネソタ州ロチェスター、メイヨークリニック(Dr. Smith)
マサチューセッツ州ボストン、マサチューセッツ総合病院ならびにハーバード大学医学部(Dr. Daniels)
アメリカ甲状腺学会所在地はニューヨーク州ナニュート(ウェブアドレス:http://www.thyroid.org/)

甲状腺機能異常は成人に普通に見られ【表1】(1-5)、しばしば重大な結果を生じる。甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症は検査で正確に診断でき(6,7)、容易に治療可能である(甲状腺機能亢進症は狭い意味で甲状腺の活動し過ぎによる甲状腺中毒症と解釈できるが、ここではある種の甲状腺炎や甲状腺ホルモン剤の過剰投与を含め、甲状腺ホルモンの過剰な状態のことを言う)。

甲状腺機能異常の臨床症状は患者毎にその特性や重篤度に応じて様々に異なる。関連症状は非特異的でゆっくり進んでいくことが多い。その結果、臨床診断の精度が限られてくる。医師は診断を確定するよりももっと高い頻度で甲状腺機能異常を考慮したり、除外したりせねばならない。明らかにそれとうかがえる症状を見せている患者のみを診査すれば、多くの罹患患者が未診断のままとなるであろう。このような人に対しては、適切な甲状腺機能異常の治療や将来起こる可能性のある結果を予測するための保存的モニタリングは日常のスクリーニング検査で見つかった場合にのみ実行できるのである(後述の「甲状腺機能異常のスクリーニング」の項を参照)。

甲状腺機能異常を見つけだすには
甲状腺機能異常をはっきり示す症状や徴候は数多くある【表2】。さらに、患者個人の病歴や家族歴に甲状腺機能異常を起こしてくるリスクが高いことを示す所見がある。個人の病歴から見出せるリスクファクターには、1]過去の甲状腺機能異の病歴、2]甲状腺腫 、3]甲状腺に悪影響を与えるような手術や放射線治療、4]糖尿病、5]白斑症、6]悪性貧血、7]白毛症(若白髪)、および8]炭酸リチウムやヨード含有化合物(例、塩酸アミオダロン、造影剤、ヨードカリを含む去痰剤、およびケルプ)のような薬剤やその他の化合物の摂取などがある。家族歴から見出せるリスクファクターには、1]甲状腺疾患、2]悪性貧血、3]糖尿病、および4]原発性副腎機能不全がある。

検査から普通に得られるある種の異常な結果からも甲状腺機能低下症または甲状腺機能亢進症がうかがえる。甲状腺機能低下症に関連のある検査所見には、1]高コレステロール血症、2]低ナトリウム血症、3]貧血、4]クレアチニンホスホキナーゼ<注釈:CPK>および乳酸脱水素酵素<注釈:LDH>の低下、そして5]高プロラクチン血症などがある。甲状腺機能亢進症に関連するものには、1]高カルシウム血症、2]アルカリホスファターゼ<注釈:Alp>の上昇、および3]肝細胞酵素<注釈:GOTやGPT>の上昇がある。これらの臨床所見および検査所見のいずれかがあれば、甲状腺機能異常の検査をした方がよい。特に2週間以上異常が続いている場合やいくつかの異常が組み合わさって出ている場合、過去に甲状腺正常との記録があってもそのときに異常が出ていなかった場合、あるいは甲状腺疾患のリスクの高い人では正当な検査理由となる。

甲状腺機能異常のスクリーニング
甲状腺機能異常は集団スクリーニングが適当である疾患に関する多くの基準を満たしている。
  1. 様々なタイプの甲状腺機能異常の発生率が相当に高い。
  2. 顕性甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症の臨床成績ははっきり確定している。軽度の甲状腺機能低下症であっても顕性甲状腺機能低下症に進む可能性があり(1,8)、特に抗甲状腺抗体のある患者や過去に甲状腺の放射線照射を受けた患者にその傾向が高い(軽度の甲状腺機能低下症とは血清サイロトロピン[甲状腺刺激ホルモン(TSH)]濃度の上昇があり、血清遊離サイロキシン[FT4]濃度が正常である患者のことを言う。この状態のことを潜在性甲状腺機能低下症、代償性甲状腺機能低下症、甲状腺予備能力減少、および前甲状腺機能低下症と呼ぶこともある) 。軽度甲状腺機能低下症には、特にTSH濃度が10mU/Lを超えている場合、可逆性の高コレステロール血症を伴うことがあり、また一部の患者に可逆性の症状(13,14)や認知障害(15,16)が出ることもある。軽度(潜在性)甲状腺機能低下症では、高齢者で心房細動(17)、特に閉経女性で骨密度減少(18,19)の発生率が高くなり、一部の患者(20)で症状(例:心悸亢進)が出やすくなる。
  3. 血清TSHアッセイはすべての一般的なタイプの甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症に対し、正確で、広く利用でき、安全かつ比較的安価な診断用検査である(21)
  4. 甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症のどちらにもその患者に適応となる有効な治療法がある。
新生児の甲状腺機能低下症のスクリーニングはすでに広く受け入れられており、実施が法的に義務付けられている。さらに、5年毎に成人の血清TSH測定を行なう方法は、判定分析で広く受け入れられている高血圧や乳癌、および高コレステロール血症のような他の疾患発見方法に比べ同等またはそれ以上に費用効率がよいことが示されている(22)。スクリーニングの費用効率は特に女性や高齢者で高くなっており、TSH測定費用によって大きく影響される。したがって、全成人に対し血清TSH測定を35歳で開始し、その後は5年毎に行なうことが勧められ、定期検診時に測定する方法がアメリカ疾患予防対策委員会により推奨されている(23)。甲状腺機能異常を起こしてくるリスクの高い人に対しては、もっと間隔をつめて測定する方がよい。

検査の戦略
普通に見られるあらゆるタイプの甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症を診断するには、血清TSHの測定が唯一もっとも信頼できる検査である。特に移動検診のような状況ではそうである。顕性および軽度甲状腺機能低下症のどちらにも血清TSH上昇がある。後者は血清FT4濃度が正常であると定義されている。血清TSH測定によりすべての原発性甲状腺機能低下症患者で診断の確定や除外ができるが、中枢性(二次性)甲状腺機能低下症患者を見つける上ではあまり信頼性が高くない。このような患者ではTSH濃度が低い場合や正常な場合、あるいはわずかに上がっている場合がある。脳下垂体または視床下部の疾患が疑われる場合は、血清TSH濃度に加え血清FT4濃度の測定も行なわねばならない。

診療中に遭遇する甲状腺機能亢進症はまず全タイプが血清TSH濃度の抑制を伴っていると言ってよい。普通は0.1mU/Lを下回っている。これにはバセドウ病や中毒性腺腫、結節性甲状腺腫、亜急性およびリンパ球性(無痛性、産後)甲状腺炎、ヨード誘発性甲状腺機能亢進症、甲状腺ホルモン摂取過剰などが含まれる。血清TSHレベルが0.1mU/Lに満たないが、血清FT4レベルが正常な患者では、さらに詳しい評価を行なうため血清FT4測定と血清トリヨードサイロニン(T3)アッセイが適応となる。

甲状腺機能亢進症を正確に診断するには、TSHアッセイの感度、すなわち信頼できるTSH濃度測定の最低値が0.02mU/L以下でなければならない。これより感度の低い一部のTSHアッセイでは、甲状腺機能亢進症の患者と甲状腺が正常な患者とを確実に見分けることができない。感度の低いTSHアッセイしか利用できない場合は、血清TSH濃度の測定に加え、血清FT4アッセイか、T3推定値および総T3値または遊離T3(FT3)アッセイを行なわねばならない。まれだが、TSH過剰による甲状腺機能亢進症にはタイプが2つある。TSH分泌性脳下垂体腺腫と甲状腺ホルモンに対する選択的脳下垂体抵抗である。これは血清TSH測定だけでは見逃されてしまう。これらの疾患が疑われる場合は血清FT4とFT3濃度も測定しなければならない。最後に、血清TSH濃度にだけ異常がある場合は必ずしも甲状腺機能異常を意味するわけではなく、他の病気や薬によって引き起こされる場合もあるということを認識しておくことが大切である。

TSHだけが上がっている原因には、1]軽度(潜在性)甲状腺機能低下症、2]非甲状腺疾患による低甲状腺ホルモン血症からの回復、そして3]炭酸リチウムやアミオダロンのような薬剤の投与がある(これらの薬剤により甲状腺ホルモン産生が阻害され、一過性の可逆性血清TSHレベル上昇と真性甲状腺機能低下症の両方が起こりうる)。TSHだけが下がっている原因には、1]軽度(潜在性)甲状腺機能亢進症、2]顕性甲状腺機能亢進症からの回復、3]甲状腺以外の疾患(血清FT4濃度低下を起こすことがある)、4]妊娠第1三半期および5]ドーパミンやグルココルチコイドなどの投薬がある。

結論的勧告
アメリカ甲状腺学会は甲状腺機能異常に対する成人のスクリーニングを血清TSH濃度測定により行なうべきであり、その開始年齢は35歳とし、それ以降は5年毎に実施することを勧告する。特に女性はスクリーニングの適応となるが、男性に対しても定期検診時に測定を行なえば比較的費用効率のよい方法となる。甲状腺機能異常をうかがわせる臨床症状がある人および甲状腺機能異常を起こす可能性の高いリスクファクターのある人はもっと間隔をつめて血清TSH検査を行なう必要があると思われる。

参考文献]・[もどる