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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 10, No4

17:甲状腺腫 / Richard F. Grossman, M.D. / Orlo H. Clark, M.D.

はじめに
甲状腺腫または甲状腺が大きくなることは世界中で医学的問題となっています。 甲状腺腫はアメリカ合衆国の人口の約3〜4%に見つかっていますが、世界のその他の地域で、食餌中のヨードが欠乏しているところでは85%もの人に甲状腺腫があります。小さな甲状腺腫では何の症状も出ないことがありますが、大きな甲状腺腫では、頚部の美容を損ねるような変形から気道や頭部からの血流を妨げることに至るまで、様々な重大な問題を引き起こします。甲状腺腫には甲状腺ホルモンレベルの乱れも伴うことがよくあります。

甲状腺腫の原因
甲状腺腫はヨード不足のある地域に住む人に高率に発生します。ヨード欠乏地域に起こる甲状腺腫は、地方病性甲状腺腫と呼ばれ、甲状腺が十分に甲状腺ホルモンを分泌しない場合に生じると信じられています。ヨードは甲状腺ホルモンの欠かせない材料であり、ヨードが不足すると、正常な量の甲状腺ホルモンを作ることができません。脳下垂体は甲状腺ホルモンの不足を感じ、TSH(甲状腺刺激ホルモン)と呼ばれるホルモンを分泌して、甲状腺が大きくなり、ヨードを効率的に使うようにし、もっとたくさんの甲状腺ホルモンを作り出すよう刺激します。

甲状腺が正常な場合より大きくなると、甲状腺腫ができ、甲状腺内に固い結節が生じることがよくあります。ヨード欠乏が改善されなければ、成長が衰えることなく続き、甲状腺腫がたいへんな大きさにまで達することがあります。

地方病性甲状腺腫は先進国ではまれですが、ヨードが手に入るにもかかわらず、他のタイプの甲状腺腫が生じます。甲状腺に対する免疫系の異常な反応によって引き起こされる甲状腺腫の原因には2つの重要なものがあります。
  1. 橋本甲状腺炎は自己免疫疾患で、免疫系の細胞(リンパ球)が甲状腺に対する抗体を作り出し、甲状腺に直接侵入します。甲状腺は炎症と瘢痕形成のためと甲状腺ホルモン産生の減少でTSHが上がるために大きくなります。
  2. グレーブス病(バセドウ病)はもう一つの自己免疫疾患ですが、甲状腺細胞の表面にTSHの作用に似た抗体が結びつき、甲状腺を刺激して成長と機能の異常を引き起こします。
開発途上国でいちばん多いタイプの甲状腺肥大は、おそらく多結節性甲状腺腫でしょう。これは甲状腺内のある特定の細胞グループが近接する正常な細胞をしのいで、過剰に発育する場合に起こるようです。その細胞が発育するにつれ、甲状腺の異常な肥大と結節が生じます。これが血液供給量を上回った時、細胞が死に、甲状腺内に出血または瘢痕形成が起こることがあります。これらの細胞はゆっくり成長する近隣の細胞とは異なる細胞の成長を刺激する遺伝子(腫瘍遺伝子または癌遺伝子)を持っていたり、甲状腺内またはそれ以外の場所で産生された成長促進因子に対する曝露や感受性が高くなっていると思われます。多結節性甲状腺腫の原因はまだよく分かっておらず、現在研究が続けられています。

甲状腺腫の臨床徴候
甲状腺腫はグレーブス病(バセドウ病)にあるように弥漫性であるか、またはヨード欠乏症や多結節性甲状腺腫によく見られるように1つ以上の結節を含む場合とがあります。最初に甲状腺腫に対する注意を呼びさますのは、見えたり、触れたりすることができる結節の存在であることが多いのです。甲状腺腫の症状には、喉がいっぱいになった感じや、喉の痰が増えたり、ものが飲み込みにくいまたは声のしゃがれなどがあります。痛みは比較的まれです。

ほとんどの甲状腺結節は良性のものですが、甲状腺癌がそこ以外は正常である甲状腺内や甲状腺腫に罹った甲状腺内に最初に結節として現れることがあります。
急速に大きくなったり、固い結節は癌である可能性が高いのです。良性の甲状腺腫では、後で甲状腺癌が生じてくるリスクが高いということがある程度証明されています。

治療をせずに放置しておくと、良性の甲状腺腫であっても気道などの頚部の重要な組織構造を圧迫するほどに大きく成長することが時にあります。

甲状腺腫は、時に甲状腺ホルモンレベルの乱れを伴うことがあります。甲状腺が過剰な甲状腺ホルモンを作っていると、甲状腺機能亢進症が存在し、症状が熱により引き起こされるものとそっくりなため、甲状腺腫は中毒性と呼ばれます。甲状腺機能亢進症の症状は、落ち着きのなさや心悸亢進、体重減少、発汗、暑さに耐えられないことなどがあります。グレーブス病(バセドウ病)では、甲状腺がびまん性に大きくなりますが、プランマー病(中毒性結節性甲状腺腫)では甲状腺内に1つ以上の活発すぎる結節があります。

甲状腺機能低下症または甲状腺ホルモンの欠乏症では、嗜眠や体重増加、寒さに耐えられない、便秘、うつ病などを生じることがあります。橋本甲状腺炎は北アメリカで、甲状腺腫を伴う甲状腺機能低下症の最大の原因となっています。多結節性甲状腺腫のある患者のほとんどでは、甲状腺ホルモンレベルは正常です。

甲状腺腫のある患者の診察
甲状腺の病気はどのようなものであってもまず体の診察から始めます。特に首のところは念入りに調べます。甲状腺が大きくなっていたり、結節があったりする場合や患者に何らかの甲状腺ホルモンの乱れの症状がある場合は、感受性の高いTSHアッセイのための血液サンプルを採取しなければなりません。TSHレベルは甲状腺機能低下症では高く、甲状腺機能亢進症では低くなっています。患者が甲状腺ホルモン剤で治療を受けている場合も低くなることがあります。甲状腺機能亢進症の診断は、甲状腺ホルモンレベルの上昇が見つかれば確定します。

甲状腺腫のサイズや範囲がわかりにくい場合は、胸部X線や超音波、CTスキャンあるいはMRIなどの他の検査が役に立つことがあります。肺機能検査や気管気流の検査は、気道が圧迫されている恐れがある時に行われ、患者がものを飲み込みにくい場合にバリウム嚥下X線検査を行うことがあります。

時に、甲状腺腫の中に存在する結節が、癌ではないかという懸念が生じることがあります。幸いに、癌である結節はほんのわずかです。結節の成長が速く、甲状腺内にある他の結節より大きい、触って特に固く感じる、頚部リンパ節が大きくなっている、あるいは患者が過去に頚部の放射線照射治療を受けたことがあるということがあれば、癌の懸念があり、詳しい検査が必要です。

結節が良性か悪性かを見分けるもっとも効果的で、費用のかからない検査は、標本の解釈ができる熟練した細胞学者に頼めるのであれば、針吸引生検です。
(FNAB)FNABは、細い針を通じて少量の甲状腺細胞を採取するもので、ほとんどの患者は1回だけの検査ですみます。

診断のカテゴリーは3種類で、良性、悪性、疑わしいというものです。“良性”の細胞学的診断は95%の精度ですが、“悪性”の診断の精度は99%です。“疑わしい”ものの約20%が悪性です。採取した標本が不適切であれば、もう一度繰り返して行う必要がある場合もあります。

一般的には、過去に低線量の治療目的の放射線照射を受けたことのある甲状腺結節患者にはFNABを勧めません。
そのような患者では甲状腺癌があるリスクが40%ありますが、そのような癌の40%は目立って大きな結節や疑わしい結節の中には存在せず、甲状腺内の他の場所にあることが多いのです。したがって、他より大きい結節のFNABでは癌を見つけそこなうことがあります。しかし、一部の知識の豊富な医師は、過去に放射線照射を受けたことのある患者の結節に対し、FNABをルーチンに行なっています。これらの医師は、甲状腺内のどこか別の場所に癌がある可能性があることを知っていますが、そのような癌は小さく、顕微鏡でやっと分かる程度のものであることもあり、医学的には何の問題も起こさないと思われるからです。

放射性ヨード(123-I)を使ったスキャンニングも、甲状腺結節の機能を確かめるのに使われます。また細胞学的診断で“疑わしい”とでた場合にも勧められます。甲状腺組織は血液中からヨードを集める特別な能力があり、放射性ヨードが甲状腺に取り込まれた時、特別な装置を使ってそれを調べることができます。放出される放射線の量は、取り込まれたヨードの量に比例します。“ホット”な結節は放射性ヨードを取り込むもので、ほとんど間違いなく良性です。“コールド”な結節は、放射性ヨードを取り込んでいないもので、孤立性であれば、症例の20%で癌があることが予測されます。

甲状腺腫の治療
癌、または甲状腺機能亢進症でないことがはっきりしたら、小さな甲状腺腫のある患者のほとんどはサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>で治療することができます。適切な量を投与すれば、血液中のTSHレベルは“正常”範囲の下限まで下がります。全部で約50%の甲状腺結節がT4に反応して小さくなりますが、完全に消えるものは5から10%に過ぎません。サイロキシンは、孤立性の結節に比べ、複数の結節を含む甲状腺腫のサイズを減少させる効果の方が幾分高いようです。孤立性の結節では効果が限られることが多いのです。
ほとんどの患者で、6ヶ月から12ヶ月の試験的治療が勧められます。甲状腺ホルモンの投与量が高いことで起きる甲状腺機能亢進症が骨からのカルシウム喪失を起こす可能性があるからです。これは特に閉経後の女性に起こりやすく、そのためこの年齢層の患者には、薬の効果とリスクを十分に考慮する必要があります。

グレーブス病(バセドウ病)患者は、抗甲状腺剤、放射性ヨード、あるいは手術で治療されることになるでしょう。
これらの治療は、甲状腺ホルモンの分泌を減らしたり、甲状腺組織を破壊したり、また甲状腺のほとんどを取ってしまうものです。どの治療も限界があるため、個々のケース毎に治療を選んで行う必要があり、患者の好みも考慮することが重要です。中毒性結節性甲状腺腫のある患者は、手術か放射性ヨードで治療されることになるでしょう。

甲状腺機能低下症のある患者は、甲状腺を正常な状態に修復し、TSHレベルを正常にすることで、甲状腺を成長させる主な刺激を取り除くため、甲状腺ホルモン剤(サイロキシン)で治療します。

甲状腺の一部または全部を取る(甲状腺切除術)ことは、甲状腺腫が次のような場合に行うべきです。
  1. 甲状腺腫が悪性であるか、悪性である疑いが高い場合
  2. 甲状腺ホルモン治療で、患者のTSHレベルがうまく抑えられているにもかかわらず甲状腺腫が大きくなっていく場合
  3. サイズが大きく、力学的な症状を起こした場合(例えば、嚥下困難、呼吸困難など)
  4. 美容上、ひどく損なわれた場合
中毒性甲状腺腫とグレーブス病(バセドウ病)の手術は、患者と医師の好みの問題です。

先に述べたように、甲状腺腫のある患者で過去に低線量の放射線照射治療を受けた人の40%が甲状腺癌になります。そのことから、私共はそのような人には甲状腺切除術を好んで行います。特に癌の40%は主立った、またはいちばん大きな結節の外にあり、針吸引生検で検知できないことがあるからです。しかし、一部の臨床家は、結節の生検を行い、生検で癌が見付からなければサイロキシンで患者を治療します。そして、結節が小さくならなかったり、大きくなっていくのが間違いない場合に手術をするようにしています。このような患者は頻回に経過を見ていかなければなりません。

甲状腺切除術は経験を積んだ外科医が行えば安全なものです。ほとんどの患者は24時間以内に退院し、1週間から2週間で完全に元どおりの生活に戻ることができます。輸血が必要なことはまずありません。甲状腺を全部取った場合に甲状腺機能低下症にならないよう、あるいは再発した腫瘍の成長を抑えるため、手術の後に甲状腺ホルモンが投与されることが多いのです。

結 論
甲状腺腫は世界中どこにでもある病気で、特にヨード欠乏地域にいちばん多く起こります。アメリカ合衆国やその他の先進国では、いちばん多い原因は自己免疫性のもので、甲状腺の遺伝学や成長因子に関するメカニズムはまだ完全にわかっていません。何の症状もない甲状腺腫患者がいる一方で、気道圧迫などの生命を脅かすほどの重篤な合併症を起こす人もいます。甲状腺機能は正常なのが普通ですが、増加したり(甲状腺機能亢進症)、減少する(甲状腺機能低下症)場合もあります。甲状腺腫患者の検査は、甲状腺機能を測り、癌の存在を除外することです。感受性の高いTSHアッセイと針吸引生検のおかげで、ほとんどの患者の診断が簡素化されました。医学的治療は、患者を正常な甲状腺の状態に戻し、甲状腺の成長を刺激するファクターを取り除く方向で行われます。薬物治療に反応しない患者や、著しい力学的合併症を有する患者、あるいは癌のリスクが相当高い患者では手術が勧められます。

Richard Grossman医師は、サンフランシスコ、UCSF/マウントジオン医療センターの内分泌外科の特別研究員です。Orlo H. Clark医師は、UCSF/マウントジオン医療センター外科部長であり、UCSFの外科学教授と副医長をなさっています。

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