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薬剤療法:甲状腺機能亢進症の管理[論評]
Jayne A. Franklyn
N Engl J Med 1994; 330: 1731-1738

甲状腺機能亢進症はありふれた疾患で、女性の約2%と男性の約0.2%が罹患している(1)
主な治療法は3つある。抗甲状腺剤、放射性ヨード、そして手術である。すべて効果があるが、どれも単独でかならず永久的な甲状腺機能正常状態をもたらすというわけではないので、その適応症に関しては意見が一致していない(2)

甲状腺機能亢進症の診断
甲状腺機能亢進症が疑われたら、血清TSHと総T4またはFT4(フリーT4)の測定を行なって、診断の確認をしなければならない。通常は、前者は低く、後者は高くなっている【図1】(3)。TSHレベルが低いのに、T4レベルが正常な場合は、血清T3の測定を行なわねばならない。患者がT3 中毒症である場合があるためである。血清中のT4結合グロブリン(TBG)濃度が高い患者(例えば、妊婦やエストロゲンを飲んでいる人、あるいはT4結合グロブリン産生が増加するような遺伝性疾患のある人)では、血清総T4濃度が高くなっているが、血清フリーT4やTSH濃度は正常である。異常なT4に親和性を持つT4結合性プレアルブミン(トランスサイレチン)や甲状腺ホルモン自己抗体の存在で起こることがあるように(5)、まれな家族性疾患である異常アルブミン血症性高T4血症は異常に高いT4親和性を持つ血清アルブミンがあるために起こるものである。これにより見かけ上のフリーT4濃度上昇を来たす(4)。このように測定系に影響を与える物質を持っている患者はすべて臨床的には甲状腺機能正常状態であり、血清TSH濃度も正常である<注釈:甲状腺ホルモンが高くて、TSHが正常なものに甲状腺ホルモン不応症という病気がある。これは、甲状腺ホルモンレセプターの異常で起こる病気である>。

血清T4濃度が正常であれば、ほぼ確実に甲状腺機能亢進症の診断は否定される(6)。TSH分泌が過剰なために起こった甲状腺機能亢進症がある患者がまれではあるが、存在する。
しかし、この場合逆は真なりということにはならない。非甲状腺性疾患がある患者やある種の薬剤を飲んでいる患者(副腎皮質ホルモン剤またはドーパミン)(7,8)、また一部の健康な高齢者(9)で血清TSH濃度が低い場合もあるためである。

バセドウ病は甲状腺機能亢進症の最大の原因である【表1】。びまん性甲状腺腫や眼症があれば診断はすぐにつく。その他の原因の中で、中毒性多結節性甲状腺腫や中毒性甲状腺腺腫、亜急性甲状腺炎は、経過や身体的検査ではっきりわかるはずである。原因がはっきりしない場合は、放射性ヨード取り込み試験が適応となる場合がある。放射性ヨード摂取率が値が低い無痛性あるいは産後甲状腺炎患者を見分けることができる。

治療は甲状腺機能亢進症の原因、甲状腺ホルモンの過剰分泌あるいは甲状腺機能亢進症の臨床症状に対して行なわれる【表2】。バセドウ病に関しては、放射性ヨード治療と手術が好んで行われる<注釈:この著者はイギリス人である。日本では、これは当てはまらない。日・米・欧ではバセドウ病の治療にも違いがあります>。

抗甲状腺剤
メチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>、カルビマゾール<注釈:体内に入ってメルカゾールになる>およびプロピルチオウラシル<注釈:日本ではプロパジールまたはチウラジール>が抗甲状腺剤治療の主流である。その主な作用は、ヨードの有機化とヨードサイロニンの結合を阻害することで、それにより甲状腺ホルモン合成が阻害される。プロピルチオウラシルは末梢でのT4からT3への変換も阻害する。

メチマゾールはカルビマゾールの活性代謝産物である。そしてカルビマゾールからメチマゾールへの転換がほぼ完全に行なわれるため、両者の効果と薬用量はほぼ同じである。また、これらの薬剤は血清TSHレセプター抗体の濃度を下げ、サプレッサーT細胞の活性を増加させる。これは、そのような変化が甲状腺機能亢進症のコントロールを反映しているのかもしれないが、これらの薬剤に免疫抑制効果があることを示唆するものである(12)
血中メチマゾール半減期は3〜5時間であり、血中プロピルチオウラシル半減期は1〜2時間である(13)。したがって、どちらも甲状腺細胞内に蓄積されるため、5時間以上効力が続くのであるが、メチマゾールの作用時間の方が長い。
抗甲状腺剤治療の適応と投薬法
この3種類の主要薬剤は、治療中にバセドウ病が寛解するか、あるいは手術や放射性ヨード治療を受けないで正常甲状腺機能状態になることを願ってバセドウ病患者に処方される。我々の方針は、最初にバセドウ病を起こしてきた若い患者(40歳以下)に対しては抗甲状腺剤を寛解に達することを願って投与することである。もっと年齢の高い患者や抗甲状腺剤で治療を行なった後に再発してきた若い患者の場合は、放射性ヨード治療の前にこれらの薬剤の内いずれか一つを短期間だけ投与する。

クスリをちゃんと服用していれば、抗甲状腺剤は甲状腺機能亢進症のコントロールにきわめて高い効果を持つ。メチマゾール(プロピルチオウラシルではない)は1日1回の投与で効果があり(14)、プロピルチオウラシルで治療を受けている患者より、メチマゾールで治療を受けている患者の方が血清T4とT3濃度の下がり方が早い(15)。この差はわずかであるが、中等度の量であれば無顆粒球症のリスクが低いため、この薬の方がプロピルチオウラシルより好ましい。

一般的に、10〜20mgのメチマゾールの1日1回投与、あるいは75〜100mgのプロピルチオウラシルの1日3回投与で治療が開始される。この用量は4週間から6週間後に臨床的、生化学的改善が現れてきた時に減らす。その後は正常な甲状腺ホルモン分泌量を維持するために、4週間から6週間毎に量を調整しながら、約3ヶ月後に維持量(メチマゾール、1日5〜10mg:プロピルチオウラシル、1日50〜100mg)にもっていく。それ以降はフォローアップ受診の間隔を3ヶ月に延ばすことができる。血清T4とT3濃度が正常に戻った後、血清TSH 濃度が何週間か、あるいは何ヶ月かの間低いままになっていることがある(6,16)。したがって、この期間に血清TSH測定値が上がっている時は用量を減らさねばならないことがわかるが、それだけでは治療量の調節には役だたない。高い用量のメチマゾールまたはカルビマゾールを使えば、少量の場合より幾分早く生化学的改善は得られるが、数週間内に甲状腺機能正常状態をもたらすのには1日10または20mgの1回投与で十分である。さらに、量が増えれば副作用も多くなる(17-19)
副作用
患者1,000人あたり3人ほどに重大な副作用【表3】が起きる。これは患者が投与を受けている薬がメチマゾールであれ、プロピルチオウラシルであれ同じである。ただし、無顆粒球症に関しては、低用量のメチマゾールの方が高用量のメチマゾールまたはプロピルチオウラシルよりも安全な場合がある(20)

無顆粒球症(顆粒球数が1ミリ立方あたり500未満)はこれらの薬剤特有の反応である。これは40歳以上の患者の方に多い。この副作用は1日30mgに満たないメチマゾールの投与を受けている患者では少ないが(20)(プロピルチオウラシルでは用量の影響があるという証拠はない)、用量や年齢、治療期間の長さ、あるいは2度目の治療であるかどうかに関わりなく、無顆粒球症は起こりうるものである(21)。無顆粒球症の患者には通常、発熱や喉の痛みが出る。したがって、そのような症状が起こったら直ちに治療を中止し、医師に報告するよう患者に指示しておかねばならない。無顆粒球症は急激に発症するため、白血球数をルーチンに測定してもあまり役だたないのが普通である。ただし、そのような白血球数の測定により症状が出る前に無顆粒球症を見つけることができるという研究もある(22)。薬剤を中止して2〜3週間で患者は回復するが、適切に隔離し、予防的抗生物質治療を行なっても死亡する者がいる。無顆粒球症では、それ以上の抗甲状腺剤治療は絶対禁忌である。そして放射性ヨードによる治療を行なわねばならない。他にはまれであるが重篤な副作用として黄疸や血管炎、そしてSLE様症候群がある。この場合も治療を中止しなければならない。プロピルチオウラシルでは一過性にわずかな血清アラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT:GPTのこと)濃度の上昇が起きることがあるが、この場合は治療の変更は必要ない(23)

かゆみや発疹などの軽い副作用の発生率はメチマゾールプロピルチオウラシルのどちらでも同じ程度である。治療の変更をしなければならないほどひどい場合は、メチマゾールからプロピルチオウラシルに変えるか、あるいはその逆を行なうことができる。しかし、これらの薬剤では交差過敏性が出るおそれもある(23)
治療成績
抗甲状腺剤治療中にバセドウ病の長期寛解が起こる可能性に関しては、報告された率が10〜75%にわたっており、相反する結果が出ている(24-26)。寛解と関連性のある(弱い)臨床所見は、甲状腺腫が小さいことと甲状腺機能亢進症が最近発症したことである。治療中止時に再発を予測できるような信頼性の高い検査はない(26-32)

治療中にそのような寛解が起きる可能性に影響するファクターが一つある(28)。ある研究で、治療中止後1年の寛解率は、6ヶ月治療を受けた患者の31%、また2年間治療を受けた患者の81%となっている(33)。長期治療の方が好ましいことははっきりしているが(34)、普通の場合、治療は1年から2年で中止される。その後、患者を定期的に診察しなければならない。私は治療を長く続けるのを好まない。その理由は、長期間の定期診察が必要なこととそのために服薬が不規則になるからである。治療中止後最初の6ヶ月以内に再発する可能性が最も高いが、何年も経ってから再発する場合もある。患者に再発が起こり、患者がクスリ以外の治療(放射性ヨード治療や手術)を望まない場合は、抗甲状腺剤治療を再開してよい。きわめて長期にわたる治療も安全なようである。

抗甲状腺剤に免疫抑制効果があることから、一部の医師が甲状腺ホルモン補充を組み合わせるようになった(35)。メチマゾールまたはカルビマゾール(1日30mg)とT4(1日100〜200mg)を組み合わせると、医原性甲状腺機能低下症を予防し、高用量の抗甲状腺剤による治療を続けることができる。妊婦ではこのような治療は禁忌である。諸般の事情より、この併用治療は広く採用されていない。最近バセドウ病の治療に驚くような発展があったが、それはメチマゾールで6ヶ月間治療を受けた日本人患者のグループで、メチマゾールとT4の併用治療をさらにもう1年間受けた患者では再発率が1.7%であり、それに比べT4の投与を受けなかった患者では34.7%であったということである(36)。この低い再発率は、T4によるTSH分泌抑制と甲状腺抗原の発現減少を反映していると思われ、それによりT4が何らかの免疫モジュレーターとして作用して、自己免疫反応が最小限に抑えられたものと思われる。これらの所見はまだ確認されていないが、特にヨード摂取量が低い領域ではT4と抗甲状腺剤を組み合わせた治療が、長期にわたる寛解を高率にもたらす治療の探索の上で何らかの進展をもたらす可能性がある<注釈:この日本人の研究結果は、その後の追試で否定されている>。

β遮断剤
β遮断剤は、バセドウ病患者には効果的な補助剤である。これにより、振戦、不安、動悸など一部の症状が抗甲状腺剤よりも速やかに改善される。この薬剤は症状が中等度から重度でなければ投与する必要がない。そして患者が甲状腺機能正常になれば中止しなければならない。この薬剤は甲状腺ホルモンの合成や分泌に影響を与えないため、放射性ヨード治療または手術の前に短期間投与する以外は、単独で使ってはならない。薬理学的特性は異なるものの、プロプラノロール<注釈:商品名インデラール>、メトプロロール<注釈:商品名セロケンまたはロプレソール>、アテノロール<注釈:商品名テノーミン>、およびナドロール<注釈:商品名ナディック>はすべて甲状腺機能亢進症患者に効果がある(37-39)。ナドロール(1日80mg)やアテノロール(1日50〜100mg)は1日1回の投与でよいため、服薬状況が改善されると思われる。喘息や心不全のある患者では、それがたとえ甲状腺機能亢進症に関連したものであっても、β遮断剤の使用には十分な注意を払わねばならない。

無機ヨード
薬用量のヨードを投与すると(ルゴール液、あるいはヨウ化カリウム飽和液として)数日間、あるいは数週間甲状腺ホルモンの放出を阻害する。その後、抗甲状腺作用は失われる(40)
このため、長期の治療に使用されることはない。しかし、手術を受ける患者の準備(下記参照)や血清T4やT3濃度を急速に正常値に下げる必要のある放射性ヨード治療後(ただしこれは常に投与されるわけではない)、そして甲状腺クリーゼ(以下参照)の治療に効果がある。ルゴール液(5%のヨードと10%のヨー化カリを水に溶かしたもの)の通常量は0.1〜0.3mlを1日3回、またヨウ化カリウムは60mg(1滴)を1日3回である<注釈:日本ではヨードを38.5mg含有する丸薬がある>。

放射性ヨード治療
適応症と投与法
放射性ヨード治療はバセドウ病に対する第1選択の治療として使われることが多くなってきており、また抗甲状腺剤による治療後に甲状腺機能亢進症が再発した場合にも選択される治療法である。放射性ヨード治療の目的は甲状腺機能亢進症を治すに十分な甲状腺組織を破壊することである。甲状腺機能亢進症が残るリスクに対する医師の考え方にもよるが、治療の目標は患者を甲状腺機能正常状態または甲状腺機能低下症にさせることである。

放射性ヨードの量を調節することで、甲状腺機能正常状態を得ることに多大な関心を集めているが、もっとも適切な投与計画ということに関しては、ほとんど意見の一致がない。使用される投与法には、少量(2mCi)を繰返し投与する方法、5mCiから10mCiの固定線量を投与する方法、また甲状腺のサイズや放射性ヨード摂取率、あるいはヨード-131の半減期を元に計算する方法がある(41-47)。放射性ヨードの線量を計算して投与しても5mCiまたは10mCiの固定線量投与に比べ、利点がないことがはっきりしており(48)、計算した線量の放射性ヨードを投与するのは面倒であり費用がかかるという欠点がある(放射性ヨード摂取率を計算する必要があるため、1回の来院ではすまない)<注釈:3時間後の放射性ヨード摂取率から投与量を計算するやり方だと短時間で終わる>。トレーサー量の放射性ヨード-131を投与して、甲状腺のヨード摂取率を測定することは、患者がバセドウ病(あるいは多結節性甲状腺腫)の場合、放射性ヨード治療の必要条件ではない<注釈:放射性ヨード摂取率を測定して投与量を決める方が安全と考えています。これは医師によって、考え方に違いがあります>。

バセドウ病に対する一般的治療法は、5または10mCiの1回線量を投与することである。甲状腺機能亢進症が治らない場合は、同じか、またはもっと高い線量を6ヶ月以内に再度投与する必要がある。線量を増やす必要はめったにない。一部の医師は、ほとんどの患者に甲状腺機能低下症を意図的に誘発させるため、最初にもっと高い1回線量を投与する方を好む(15mCi)(49)。この治療法の欠点は、患者がT4<注釈:チラーヂンS>で治療を受ける必要が生じることで、その量が多すぎると骨密度の減少のリスクと骨粗鬆症による骨折が起こるリスクが付随して生じ、また量が少なすぎると高コレステロール血症のリスクと虚血性心疾患が起こるリスクが生じる(50-53)。職場復帰や子供との接触があることに関し(イギリスでは15mCiの放射性ヨードを投与された幼稚園の先生は3週間職場から離れることが勧告されている)、厳しい安全規制(特にアメリカ以外の国では)が科せられていることから、より低い線量を使う方が便利である<注釈:日本では外来で治療する場合には、13.3mCiまで使用可能です>。
放射性ヨード治療後の甲状腺機能
放射性ヨード治療により、甲状腺機能亢進症が治り、1回線量または複数回の投与を受けたほぼすべての患者で甲状腺腫の大きさが小さくなる(41,42)。一旦、甲状腺機能正常状態が得られたら、甲状腺機能亢進症が再発することはめったにない(54,55)。治療後、最初の6ヶ月以内に起こる甲状腺機能低下症は一過性の場合もあれば、永久的な場合もある(56)。軽度の甲状腺機能低下症のある患者をT4<注釈:チラーヂンS>で治療する場合は、後で治療を中止し、治療を続ける必要があるか再度調べるようにする。永久的な甲状腺機能低下症が、放射性ヨード治療の唯一重大な合併症である。これは高線量の投与を受けた患者の少なくとも50%に治療後1年経過するまでに起こり(49)、低線量の投与を受けた患者の少なくとも50%に治療後25年経過するまでに起こる【図2】(41)。これは線量依存性であり、治療後長年経過しても発生率は毎年2〜3%のままである(41,57)。血清TSH濃度が上昇し、血清フリーT4濃度が正常であれば、甲状腺機能低下症の可能性がある(潜在性甲状腺機能低下症)(58)。長期的なフォローアップが欠かせない。
その他の副作用と補助治療
放射性ヨードで治療を受けた患者は、抗甲状腺剤またはβ遮断剤でも治療を受けることが多い。数ヶ月間は甲状腺機能正常状態が得られないことが多いが、若い患者や軽度の甲状腺機能亢進症である患者は放射性ヨードだけで治療を受けることがある。放射性ヨード治療の効果発現が遅いこと、高齢者や重症の甲状腺機能亢進症患者の不整脈や狭心症のリスクが低いながらあることから、放射性ヨード治療を受ける前にほとんどの患者に対して抗甲状腺剤またはβ遮断剤で数週間治療をすることが望ましい。標準的な方法は放射性ヨード治療の3〜4日前に抗甲状腺剤を中止し、治療後3〜4日して投薬を再開するというものである。ある試験で放射性ヨード治療後8日以内に抗甲状腺剤治療を開始すると甲状腺機能低下症になる率が低く、甲状腺機能亢進症が残る率が高くなるという結果が出ているが、放射性ヨード治療の前後に抗甲状腺剤を投与することで、この治療に対する反応に影響が出るかどうかは定かでない(59)。甲状腺機能低下症は別として、放射性ヨードにはほとんど副作用がない。時に、放射性ヨード治療後最初の2週間以内に一過性の甲状腺機能亢進症の悪化がある。これは放射線照射による甲状腺炎のためである。これは甲状腺の痛みや圧痛、腫脹も起こす。甲状腺クリーゼを起こすほどひどい放射線性甲状腺炎になることは極めてまれである。
眼 症
バセドウ病患者の治療において論争が続いている問題は、抗甲状腺剤治療とは異なる影響を眼症に及ぼすということである。大規模な後ろ向き研究で、抗甲状腺剤のみで治療した患者、手術、放射性ヨードで治療した患者には眼症の発症や悪化に差がないことが明らかとなった(60)。反対に、無作為にメチマゾール、手術あるいは放射性ヨード治療を振り分けた35歳以上の患者で行なわれた最近の研究では、放射性ヨードで治療を受けた患者に眼症が発症したり、悪化したりする頻度が高くなっていた(61)<注釈:最近の研究で、副腎皮質ホルモンを併用することにより放射性ヨード治療後の眼症の悪化を予防できる可能性が示唆されている>。放射性ヨードの影響が大きいことの理由は、甲状腺機能低下症の発症や放射線性甲状腺炎による甲状腺抗原の放出がある。眼症の悪化は治療前の血清T3濃度が高いことと関係がある(61)。これは眼症の臨床症状の発現が甲状腺機能亢進症のコントロールが難しい患者に多いことと一致する。我々は、活動性、進行性の眼症がある患者には放射性ヨードの投与を避け、代わりに眼症が安定するまで抗甲状腺剤を投与している。
癌と催奇形性
放射性ヨードで治療を受けた患者で時たま甲状腺癌の記載があるが(62)、数件の大規模な研究(63)では放射性ヨードと癌の間に関連性は見出されなかった。同様に、胃癌を除き、白血病や充実性腫瘍の発生率が増加するという事実もない。胃癌は治療後10年以上経過してから発生率が増加する(標準罹患率は1.33)。また、乳癌は治療後30年以上経ってリスクが増加する(ただし有意性はない)(64-66)

放射性ヨードと先天性異常のリスクについては、直接的な情報は少ない。妊娠は放射性ヨード治療の絶対禁忌である。不注意で胎児の甲状腺が発達した後に(妊娠10週以後)治療を行なってしまうと、胎児の甲状腺を破壊してしまうことになり、そのため先天性甲状腺機能低下症となる(67)。妊娠可能年齢の女性には、生理開始後10日以内、あるいは生理が不順な場合は妊娠検査が陰性と出てから放射性ヨードを投与すべきである。そして4ヶ月間は妊娠を避けるようにしなければならない。放射性ヨードで治療を受けた女性の子供に先天性異常の発生率が高くなるというような証拠はない(68)。女性と男性の放射性ヨード治療に起因する遺伝子異常の理論的リスクは0.005%であり(69)、当然ながら、そのようなリスクは臨床試験で実証されていない。

甲状腺亜全摘術
バセドウ病患者の内、放射性ヨード治療を拒む患者や大きな甲状腺腫があり、圧迫症状や美容的問題のある患者にのみ甲状腺亜全摘術が適切な治療となる<注釈:バセドウ病の手術については伊藤病院のホームページに詳しく書いています。参考にしてください>。
準備と後遺症
手術を受ける予定の甲状腺機能亢進症患者は誰でも、甲状腺機能正常状態になるまでメチマゾールで治療を受けなければならない。別の術前治療の方法としては、メチマゾールとヨウ化カリウムの組み合わせ(1日3回60mgを10日間)、あるいはプロプラノロール単独(70)(あるいは作用の長いβ遮断剤)、ヨウ化カリウム(10日間)とプロプラノロールの組み合わせ(71)がある。どの方法でも術後の甲状腺クリーゼが起こるリスクは事実上ゼロになる。

反回神経や副甲状腺の損傷や頚部の出血は見られるものの、甲状腺亜全摘術ではまれな副作用である。ちゃんとした施設での手術の死亡率はほぼゼロである。そして、合併症の発生率は4%未満であると報告されている(72)
術後の甲状腺機能
少なくとも10%の患者に甲状腺機能亢進症の再発が起こる。いちばん多いのは術後最初の5年で、再発の少なくとも40%はそれ以降に起こる。中には30年も経ってから再発したものもある(73)。報告された甲状腺機能低下症の発生率は、短期の甲状腺機能低下症と長期的な甲状腺機能低下症を鑑別する必要があるので解釈が難しい。少なくとも3分の1の患者に術後3ヶ月で一過性の血清TSHレベルの上昇がある(74)。術後最初の1年以内に、血清TSHレベルの上昇と正常な血清T4濃度(潜在性甲状腺機能低下症)を持つ患者は永久的な甲状腺機能低下症とみなすべきではない。T4治療を行なう場合は、1年後に中止し、甲状腺機能の再評価を行なうようにしなければならない。最初の1年以内に5%の患者に永久的な甲状腺機能低下症が起きる。その後は1年に1〜2%の患者に甲状腺機能低下症が起きる。そのため術後25年までに(75)患者の最大50%が甲状腺機能低下症となる【図2】(41)。この割合は潜在性甲状腺機能低下症を含めるとさらに高くなる。

中毒性腺腫または中毒性多結節性甲状腺腫の管理
眼症またはびまん性甲状腺腫のない患者では、中毒性甲状腺腺腫あるいは中毒性多結節性甲状腺腫が甲状腺機能亢進症の原因として疑われる。特に中年以降の患者ではそうである(10)。診断は主に身体的検査を元に行なわれ、放射性ヨードスキャンで単一の甲状腺結節によるヨード取り込みまたは複数の機能亢進結節による取り込みを示す斑状の取り込み像が見られることで確認される。

甲状腺結節性疾患による甲状腺機能亢進症は永久的なものである。自然寛解はない。したがって、抗甲状腺剤による治療で甲状腺ホルモン分泌量が減少するかもしれないが、長期的な治療としては適切でない。β遮断剤はバセドウ病の場合と同じように効果がある。60歳以上の患者の40%までに心房細動がある(76)。これは塞栓症の合併症を防ぐため、ワーファリンで治療する必要がある。ただし、その有効性は確立されてはいない(77)

甲状腺結節性疾患による甲状腺機能亢進症のもっとも適切な治療は、放射性ヨードである。原因が中毒性多結節性甲状腺腫であれ、単一中毒性腺腫であれ、甲状腺機能正常状態にするにはバセドウ病の場合より高い線量が必要なことがある。推奨される線量は10から50mCi(78-80)の範囲である。これらの患者では、甲状腺機能亢進症が残るリスクを最小限に抑えるため、大目の線量を投与した方がよい。患者は高齢で、甲状腺機能亢進症の症状が循環器系に目立って出る傾向があるためである。報告された甲状腺機能低下症の発生率は様々に異なっている。ある研究ではこれらの患者がめったに甲状腺機能低下症になることはないと示唆されている(81)のに対し、他の研究ではバセドウ病患者と同じくらいの頻度で甲状腺機能低下症が起きると報告している(82)。放射性ヨード治療後に甲状腺腺腫または多結節性甲状腺腫のサイズが小さくなるはずである。患者が放射性ヨード治療を拒むか、多結節性甲状腺腫が非常に大きい場合のみ、外科的治療が適応となる。

甲状腺炎による一時的な甲状腺機能亢進症の管理
甲状腺機能亢進症患者で、甲状腺領域に痛みや圧痛がある患者は亜急性甲状腺炎を疑うべきである。一方、数週間甲状腺機能亢進症が続き、甲状腺腫が見当たらないか、ない場合、そしてバセドウ病にみられる甲状腺以外の症状(例えば、眼症)がない場合は無痛性甲状腺炎を疑うべきである。後者の症状は産後甲状腺炎の特徴でもある。これは産後最初の6ヶ月以内に起こる(11)。何らかの形の甲状腺炎がある患者では、甲状腺内に貯蔵されていたT4とT3が炎症により過剰に放出されるために甲状腺機能亢進症が起きる。甲状腺の放射性ヨード摂取率は低く、抗甲状腺剤や放射性ヨード治療はどちらも無効であるため、禁忌である。

甲状腺炎に関連した甲状腺機能亢進症は、通常軽く、数週間しか続かない。治療しないか、β遮断剤による治療で十分である。亜急性甲状腺炎患者では、甲状腺の痛みや圧痛を和らげるために短期間のサリチル酸<注釈:アスピリン、商品名バファリン>またはグルココルチコイド<注釈:副腎皮質ホルモン剤>治療が必要な場合がある。どのタイプの甲状腺炎でも患者に甲状腺機能亢進症が出た後、1ヶ月〜4ヶ月間続く甲状腺機能低下症になることがある。しかし、ほとんどの患者で甲状腺機能は正常に戻る。T4治療をしなければならないほどの甲状腺機能低下症の症状がある場合、6ヶ月後に中止し、治療が永久に必要かどうかを確かめねばならない。産後甲状腺炎の女性の3分の1までは最終的に永久的な甲状腺機能低下症になる(11,83)

妊婦の甲状腺機能亢進症の管理
甲状腺機能亢進症の妊婦は抗甲状腺剤で治療すべきである。メチマゾールとプロピルチオウラシルのどちらも効果がある。選択した薬剤は、母親の血清T4濃度を正常値上限近くに保つよう、できる限り低い用量を投与するようにする。どちらの薬剤も胎盤を通過し、胎児に甲状腺腫や甲状腺機能低下症を起こす恐れがあるからである。メチマゾールとT4を組み合わせた治療は、T4がほとんど胎児に届かず、母親の甲状腺機能亢進症を予防するのにより多くのメチマゾールを投与しなければならないので禁忌となる。プロピルチオウラシルは胎盤を通過する量がかなり少なく<注釈:この記載は間違っている。一回投与では、メチマゾールよりもプロピルチオウラシルの方が胎盤を通過する量が少ないが、長期に使用する場合には差はないことが証明されている>、母乳中にも少量しか出ない上(84)授乳中の母親の甲状腺機能に悪影響を及ぼすことがないので、妊婦や授乳婦に対し選択される薬剤である(85)。さらに、まれな先天性疾患である先天性皮膚形成不全症が妊婦へのメチマゾール使用に関係している恐れがある<注釈:今までの研究では、メルカゾールとの関連性は証明されていない>。

バセドウ病は妊娠中に寛解する傾向があるので(86)、低用量の抗甲状腺剤で甲状腺機能亢進症のコントロールができ、治療の中止も可能な場合がある。反対に、出産後は病気の悪化や再発をみる傾向がある(87)

甲状腺クリーゼの治療
甲状腺クリーゼは、著明な頻脈、発熱、異常興奮、および衰弱を伴なうきわめて重篤な甲状腺機能亢進症と定義されているが、医学的な緊急疾患である。静脈からの輸液やグルココルチコイドの投与のような生命維持手段に加え、抗甲状腺剤の投与(甲状腺外でのT4からT3への変換を阻害するため、100mgのプロピルチオウラシルを6時間毎に経口投与、または経鼻胃管や直腸から投与する方がよい)だけでなく、ヨウ化カリウム(経口投与あるいは経鼻胃管より投与)を、甲状腺ホルモン放出を阻止するために投与しなければならない。レントゲン撮影用のヨード造影剤やイオパノ酸(1日1gを経口投与)も使うことができる。これらの造影剤はT4からT3への変換を阻害し、造影剤が代謝される時に放出されるヨードが抗甲状腺作用を持つ(88)

まとめ
甲状腺機能亢進症に対する効果的な治療があるものの、完全なものは一つもない。特にバセドウ病に対しては、元にあるバセドウ病の寛解を願って単に甲状腺ホルモンの合成や放出を減らすのではなく、疾患の原因そのものを変える治療が必要である。TSHレセプターのクローンニング(89)の結果、バセドウ病の病因について詳しいことがわかってきたことと、これらのレセプターやその他の甲状腺抗原と免疫系との間の相互作用についての知識が増えてきたことから、今後そのような治療法が出てくる可能性がある。ブロードスペクトラム(広範囲)免疫抑制剤は、その副作用からみても、その答えとはなっていない。特定の甲状腺抗原に対する免疫反応を阻害するより焦点を定めた治療が将来出てくると思われる。今のところ放射性ヨード治療が、多くの患者に甲状腺機能低下症という犠牲を強いるものの、甲状腺機能亢進症のコントロールにはもっとも効果的かつ簡便な方法である。

. Dr.Tajiri's comment . .
. バセドウ病の治療に関しては、この50年間、変わりがありません。この病気の原因が分かりませんので、根本治療は今だにありません。現在の考え方は、理想的ではないが、放射性ヨード治療が一番ポピュラーな治療と考えられています。日本では、薬物治療が主流です。

バセドウ病については以下を参考にしてください。
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断と治療のためのAACE臨床実地指針
妊娠中の甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症の管理とスクリーニング
小児のバセドウ病に対する治療、特に放射性ヨード治療について[総説]
バセドウ病に対する外来での放射性ヨード治療:この一年
医学の進歩:バセドウ病[総説]
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の管理に関する最新情報[論評]
バセドウ病:抗甲状腺剤、手術あるいは放射性ヨードによる治療−前向き、無作為試験
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症患者の治療ガイドライン
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参考文献]・[もどる