情報源 > 更に詳しい情報
[005]
[005]
甲状腺良性結節の治療
Treatment of benign nodular thyroid disease
Ad R. Hermus et. al
N Engl J Med 1998; 1438-1447: 338: Drug Therapy

触診にて見つかる甲状腺結節の頻度は、英国で男0.8%、女5.3%。有名な米国のフラミンガムの研究では30〜59歳を対象として、男1.5%、女6.4%で甲状腺結節が見つかった。フラミンガムの研究では、15年間フォローアップすると、年0.1%の割で新しい甲状腺結節が出てきた。超音波で調べると、その数倍の結節が発見されることは、最近の研究で分かってきた。しかし、大部分は良性である。今までの多くの総説は、甲状腺癌との鑑別について述べている。
今回は、甲状腺良性結節の治療に焦点を当てて述べたいと思う。
甲状腺良性結節を非中毒性(non-toxic)と中毒性(toxic)の2つに分けて、それぞれ単発性甲状腺良性結節と多結節性甲状腺腫について述べています。

非中毒性(non-toxic)甲状腺良性結節の治療

単発性甲状腺良性結節(TSH正常)の治療
手 術
手術は普通、甲状腺片葉切除術。最近は、99.5%エタノール局注が有効と報告されている。
甲状腺ホルモン剤
甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は、有効性に一致した意見がみられていない。この論者たちは、単発性甲状腺良性結節に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法をある程度評価しているようである。いままでに、単発性甲状腺良性結節に対する甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法に対するrandomized, prospective studyはたったの4つだけである【表1】。これらは、すべて、超音波でサイズを評価しているので信頼できる。有効とするもの2つ、無効とするもの2つ<注釈:われわれ臨床家は、どちらを信じればいいのか。わたしの経験では十分にTSH抑制をかければ、28%でnodule volumeが50%以下になる:unpublished data>。甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法で、最近問題になっているのは、骨粗鬆症である。閉経後の女性に対しては、特に注意を要す。男性、閉経前の女性については、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法で、骨粗鬆症になるという証拠は示されていない。何はともあれ、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法中は骨量を測りながらいく方が安全である。
機能性甲状腺結節(TSH抑制のみで甲状腺ホルモン正常)の治療すでに、TSHが抑制されているので、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法はできません。86%の症例では、甲状腺ホルモンは増加しないという報告がある。しかし、直径3cmを越える大きな結節では、毎年、5%の割でtoxicになるといわれているので、そのような症例では、放射性ヨード治療か手術の適応となる。症状がなくても、直径3cmを越える機能性甲状腺結節(TSH抑制のみで甲状腺ホルモン正常)をもつ患者、特に高齢者は治療を考慮すべきである。
【表1】甲状腺機能正常の良性単発性結節患者に対するTSH抑制療法のrandomized, prospective trial
研究者 Gharib他 Reverter他 Papini他 La Rosa他
患者数 甲状腺ホルモン剤 28 20 51 23
コントロール 25 20 50 22
治 療[単位:月] 6 12 12 12
評価法 超音波 超音波 超音波 超音波
縮小患者の割合 甲状腺ホルモン剤 14[%] 20[%] 20[%] 39[%]
コントロール 20[%] 15[%] 6[%] 0[%]
増大患者の割合 甲状腺ホルモン剤 未調査 未調査 14[%] 0[%]
コントロール 未調査 未調査 22[%] 14[%]
超音波で測定して50%以下の体積減少を縮小と定義、50%以上の増加を増大と定義した<オリジナル改変>

非中毒性(non-toxic)多結節性甲状腺腫の治療
治療の適応は甲状腺腫が大きくなり、圧迫症状を呈してきたときである。美容上の理由で、治療をすることもある。気管の圧迫症状のある患者に対しては、CT、MRIで気管の圧迫の状態をみるべきである。
手 術
両側甲状腺亜全摘術が普通行われる。縦隔の中に入り込んでいても、慣れた外科医ならほとんどの場合は通常の首からのアプローチ(collar incision)で十分である。しかし、稀に胸部からのアプローチが必要になることもある。手術による死亡は1%以下である。手術による後遺症は、出血、反回神経麻痺(1〜2%)、術後副甲状腺機能低下症(0.5〜5%)、上喉頭神経の損傷による声の変化、甲状腺機能低下症などである。上に記したパーセンテージは専門外科医の場合である。不十分な手術だと、時間が経つと再発してくる。十分な手術をしたとしても、10年後の再発は10%以上である。術後再発の目的で甲状腺ホルモン剤を処方することもあるが、有効性については、証明されていないので、あまり勧められない。
甲状腺ホルモン剤
non-toxic diffuse goiter<注釈:慢性甲状腺炎のことであろう>に対する 甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の有効性は認められている。非中毒性(non-toxic)多結節性甲状腺腫でもいくつかのnon-randomized studyでは有効性は確認されている。しかし、これらの研究では、ヨード欠乏や甲状腺機能低下症を除外しておらず、コントロールもなく甲状腺重量の測り方も客観性に欠ける。
ちゃんとした測定法で行われたrandomized placebo-controlled trialが唯一ある。その研究では、nodule volumeが13%以上縮小した場合を効いたとするとTSH抑制療法群では58%が効いたのに対し、placebo群では5%のみであった。9ヶ月間のTSH抑制療法でのnodule volumeの平均縮小率は25%であった。
TSH抑制療法中止後、nodule volume は元の大きさに戻った。甲状腺腫が大きい程、治療効果が少ない傾向にあった。多結節性甲状腺腫では既にTSHが抑制されていることもあるので、TSH抑制療法を始める前に、必ず血中TSHを測るべきです。既にTSHが抑制されている例にはTSH抑制療法をすべきではありません。さらに、甲状腺ホルモンを高くするからです。
放射性ヨード治療
131-Iによる放射性ヨード治療は非中毒性(non-toxic)多結節性甲状腺腫のほとんどの例で有効です。1gあたり100μCi(37MBq)の131-Iを投与します。3〜5年後には50〜60%縮小します。そのことで、気管の圧迫が改善され自覚症状もよくなります。副作用は希ですが、放射線性甲状腺炎などがみられることもあります。しかし、それも、一過性ですぐよくなります。5%で、放射性ヨード治療後にバセドウ病になる人がいます。これは、甲状腺組織の破壊で、甲状腺から抗原が漏出したためと考えられています。20〜30%の人で5年後に甲状腺機能低下症になります。
甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の副作用
長期間、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を受けている閉経後の女性では有意に骨が弱ることが報告されている。一方、閉経前の女性や男性ではそのような事実は証明されていない。閉経後の女性に、 甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を行うときestrogenを併用すると、骨が弱らないとする報告もある。
60歳以上で血中TSHが低値の例では、心房細動の危険性が増すという報告がある。故に、高齢者の場合は甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の副作用として、心房細動には留意することが必要です。


中毒性(toxic)甲状腺良性結節(単発性甲状腺良性結節および多結節性甲状腺腫)の治療

抗甲状腺剤
抗甲状腺剤では、中毒性(toxic)甲状腺良性結節(単発性甲状腺良性結節および多結節性甲状腺腫)は治りません。高齢者や心疾患を持っている人の術前や放射性ヨード治療後に甲状腺機能を正常にするために、抗甲状腺剤を使用します。
放射性ヨード治療前3日間、後3日間は抗甲状腺剤を中止します。

手 術
中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節
lobectomyかnodulectomyが簡単で安全です。中毒性(toxic)多結節性甲状腺腫に比べると、手術の危険性もほとんどない。術後の再発は稀である。術後甲状腺機能低下症は10〜20%です。
【図1】ヨードシンチグラム
図1
左にHot noduleがみられる。
中毒性(toxic)多結節性甲状腺腫
普通、両側甲状腺亜全摘術がなされる。十分に、術前に甲状腺機能をコントロールされていれば、手術による後遺症の頻度は非中毒性(non-toxic)多結節性甲状腺腫の場合と同じである。十分な手術後では、甲状腺機能亢進症の再発は10〜20%以下である。術後甲状腺機能低下症は最高70%までとかなり幅がある。これは、切除した甲状腺の量に依存する。
【図2】ヨードシンチグラム
図2
Hot noduleが左右にみられる。
.
【図3】摘出標本
図3

放射性ヨード治療
通常、中毒性(toxic)甲状腺良性結節(単発性甲状腺良性結節および多結節性甲状腺腫)の治療に対しては、比較的多量の放射性ヨードを使用する。中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節では、1gあたり200〜400μCi(7.4〜14.8MBq)の放射性ヨードが投与される。中毒性(toxic)多結節性甲状腺腫の治療に対しては、1gあたり150〜200μCi(5.5〜7.4MBq) の放射性ヨードが投与される。中毒性(toxic)甲状腺良性結節(単発性甲状腺良性結節および多結節性甲状腺腫)の治療としての放射性ヨード治療の有効性は手術のそれと同じです。中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節では、1回の治療で平均90%が治る。中毒性(toxic)多結節性甲状腺腫では、80〜90%で治るが、数回の治療を要すこともある。多くの患者では、甲状腺機能亢進症のみならず、甲状腺の結節の大きさも縮小する。中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節では、放射性ヨード治療後の甲状腺機能低下症の頻度は1〜10年のフォローにて平均10%です。中毒性(toxic)多結節性甲状腺腫ではもっと長いフォローアップにても、放射性ヨード治療後の甲状腺機能低下症の頻度は20%以下である。多量の放射性ヨード投与でガンの発生が増えたという報告はない。

エタノール局注(percutaneous ethanol injection therapy: PEIT)
エタノール局注は最近、中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節に対する治療として手術や放射性ヨード治療に替わるものとして注目を浴びてきた。超音波ガイド下でエタノールを注入する。数回の注入を要し、痛みを伴う。副作用として、一過性の反回神経麻痺が起こることもある。最近のイタリアからの研究では、中毒性(toxic)単発性甲状腺良性結節に対してエタノール局注療法を行い、治療終了12ヶ月後に67%で甲状腺機能亢進症が治った。別のイタリアの研究では2.5年のフォローで、78%が甲状腺機能亢進症が治った。2つの研究では、結節のサイズも縮小した。

結 論
良性甲状腺結節病変に対して、いくつかの内科的、外科的治療が有効である。気管を圧迫している非中毒性単発性甲状腺良性結節の症例では手術の適応がある。気管を圧迫していない非中毒性単発性甲状腺良性結節に対しては、まず6〜12ヶ月間の甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を勧める。しかし、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は確立された治療ではなく、有効性に一致した意見がないこともちゃんと説明する。また、estrogenを服用していない閉経後の婦人には甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法は勧めない。
非中毒性多結節性甲状腺腫でも、圧迫症状があるときは、手術の適応である。体積が50ml以下の小さな非中毒性多結節性甲状腺腫を持つ若い人に対しては、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を試みてもよい。高齢者や心疾患を持つ人には放射性ヨード治療がよい適応である。
成人の中毒性単発性甲状腺良性結節に対しては、普通、放射性ヨード治療を行うが、手術でもよい。小児や若い人では、中毒性単発性甲状腺良性結節に対しては、手術を勧める。
中毒性多結節性甲状腺腫では、通常、放射性ヨード治療が勧められる。しかし、圧迫症状があるときは手術の適応である。

参考文献]・[もどる