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バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2001年版
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

昨年、更に詳しい情報[050]で『バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2000年版』を公開しました。今回、『バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2001年版』をまとめましたので、公開します。

対 象
1999年7月16日から2001年4月21日までに当院にて外来でアイソトープ治療を受けたバセドウ病患者375人を対象としました。2002年4月末までの治療成績を検討しました。観察期間は12〜33ヶ月間です。このうち、42人は経過を追うことができず、残り333人について検討しました。内訳は男74人、女259人です。年令は15才から86才まで、平均44.6才(44.6±14.9才)でした。年令分布は【図1】に示します。

方 法
治療日の選択
当院が休診以外の日で、患者さんが都合の良い日に治療しています。アイソトープの余裕があれば、当日できることもありますが、基本的には予約制です。治療は3.5〜4時間で終わります。途中、約3時間の待ち時間(アイソトープカプセルを服用して摂取率を測定するまでの時間)がありますので、外出されても結構です。
治療前の注意
  1. 1週間前からヨード制限:
    具体的には以下の食品を控えてもらいます。海草類(昆布、ひじき、ワカメ、のり、寒天など)、ヨード卵、昆布出しの入った調味料。
  2. 抗甲状腺剤(メルカゾール、チウラジールまたはプロパジール)の中止:
    治療4日前から中止してもらいます。
  3. ヨード剤の中止(使用している場合):
    治療7日前から中止してもらいます。
  4. ベータ遮断剤:
    症例によって、抗甲状腺剤、ヨード剤を中止した時から開始します。甲状腺機能が落ち着くまで服用してもらいます。
治療当日
治療のカプセル(上段左から1mCi、3mCi、5mCiです。外来で使用するのはこの3種類だけです)を飲む前に甲状腺にどれくらいアイソトープが取り込むかをみる検査(摂取率)をします。このとき、検査用アイソトープ(右下の水色のカプセルが検査用です)のカプセルを飲みます。3時間後に検査用アイソトープの摂取率を測定します。この摂取率と甲状腺重量からアイソトープの投与量を計算します。計算式は次の如くです。
アイソトープ投与量(mCi) =
甲状腺重量(g) × 80μCi / 131-I摂取率(%) × 10
<注釈:通常、131-I摂取率(%)は24 時間値を用いますが、何故3時間値で良いかはあとで述べます>

治療は、大変簡単です。治療用のカプセルを服用するだけです。
治療後の注意
  1. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)ヨード制限
  2. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)抗甲状腺剤中止
  3. 治療後3日間(治療翌日を1日目とする)ヨード剤中止(使用している場合)
治療後48時間の注意
  1. 毎日少なくとも4杯の水か他の水分を摂りましょう。服用したアイソトープは尿中に出るからです。
  2. 風呂は、一番最後にお入りください。お湯を抜いた後は、シャワーで浴槽をよく洗ってください。
  3. 可能なら、一人で寝てください。キスやセックスはさけてください。
  4. 赤ちゃんがいるのなら、世話をするのは1日2時間以内にしてください。
  5. 女性の場合、6ヶ月間は避妊してください。
最後にひとこと!!いろいろ注意事項を書きましたが、カプセルを飲んで、本人がどうもないのに他人がどうにかなると思いますか?これが結論です。ご安心ください。

治療前後で数日間、抗甲状腺剤やヨード剤を中止しますので、甲状腺ホルモンが高くなって体調が悪くなることもあります。そのようなときにはベータ遮断剤などで治療すれば、良くなりますから心配ありません。そのうち、抗甲状腺剤やヨード剤を再開すれば、甲状腺ホルモンが落ち着いてきて気分も良くなります。変わったことがあれば、主治医の先生に電話で質問されるといいと思います。

アイソトープ治療後の治療および追加アイソトープ治療の決定について
アイソトープ治療後の診察は、1ヶ月後、3ヶ月後、5ヶ月後です。甲状腺機能が落ち着くまでは抗甲状腺剤もしくはヨウ化カリウムを服用してもらいます。
通常、アイソトープ治療5ヶ月後に2回目のアイソトープ治療を行うかどうかを決めます。もし、甲状腺の大きさが縮小してきていたら3ヶ月待ちます。それでも、甲状腺の大きさに変化がなく、クスリを中止できなければ、2回目のアイソトープ治療を決めます。その後の追加アイソトープ治療を決める場合も、同じやり方で決めます。

結 果
アイソトープ治療前の甲状腺重量は33.5±24.6g(3.8〜189.5g)で、分布図は【図2】に示します。131-I摂取率3時間値は42.3±19.9%(6.1〜87.1%)で、分布図は【図3】に示します。初回投与量は6.5±3.2mCi(1.2〜18.4mCi)で、分布図は【図4】に示します。

治療が1回のみでよかった例は194人、治療を2回要した例は117人、3回要した例は18人、4回要した例は3人、6回要した例は1人であった。治療が2回以上要した例の総投与量は、治療を2回要した例12.9±5.5mCi(4.5〜30.3mCi)、3回要した例27.2±9.1mCi(10.6〜49.4mCi)、4回要した例52mCiと39mCiで残り一例は一回目を他院で行っているため総投与量は不明、6回要した例81.3mCiであった。

初回治療から2回目治療までの期間は7.9±2.9ヶ月(2〜22ヶ月)、2回目治療から3回目治療までの期間は7.9±3.4ヶ月(4〜19ヶ月)、3回目治療から4回目治療までの期間は3ヶ月、6ヶ月、9ヶ月、4回目治療から5回目治療までの期間は3ヶ月、5回目治療から6回目治療までの期間は6ヶ月であった。
この治療期間の検討には、以前にアイソトープ治療を他院(野口病院11例、熊大放射線科5例)で受けている16例は除外した。

アイソトープ治療を選択した理由は、ATD中止後再発114例、術後再発32例、抗甲状腺剤を中止不能36例、早く治りたい55例、2つの抗甲状腺剤で副作用あり23例、重大な副作用あり(無顆粒球症、顆粒球減少症、肝障害など)38例、甲状腺腫が大きい18例、アイソトープ治療後再発6例、一つの抗甲状腺剤にて副作用がありクスリに対して不安あり4例、他疾患あり3例であった(糖尿病1例、慢性肝炎2例)。

アイソトープ治療の前治療は、メルカゾール203例、PTU(チウラジールまたはプロパジール)35例、ヨウ化カリウム(KI)80例、昆布2例、前治療なし7例であった。

メルカゾール前治療例の年令、治療前の甲状腺重量はそれぞれ45.5±14.4才(16〜80才)、35.8±25.6g(5.0〜189.5g)であった。PTU前治療例の年令、甲状腺重量はそれぞれ40.1±14.1才(15〜72才)、32.0±24.1g(8.2〜123.3g)であった。ヨウ化カリウム(KI)前治療例の年令、甲状腺重量はそれぞれ44.7±16.1才(17〜86歳)、28.8±18.5g(6.2〜105.6g)であった。メルカゾール、PTU、ヨウ化カリウム(KI)にて年令には差はみられなかった。メルカゾール前治療例の甲状腺重量が、ヨウ化カリウム(KI)前治療例の甲状腺重量に比べて有意に大きかった(Welch's t-test, p=0.02)が、PTU前治療例の甲状腺重量とヨウ化カリウム(KI)前治療例の甲状腺重量の間およびメルカゾール前治療例の甲状腺重量とPTU前治療例の甲状腺重量の間には差がみられなかった。

メルカゾール前治療例203例中、アイソトープ治療1回で治った人は115例、アイソトープ治療2回以上要した人88例であった。PTU前治療例35例中、アイソトープ治療1回で治った人は23例、アイソトープ治療2回以上要した人12例であった。ヨウ化カリウム(KI)前治療例80例中、アイソトープ治療1回で治った人は48例、アイソトープ治療2回以上要した人32例であった。
メルカゾール前治療例、PTU 前治療例、ヨウ化カリウム(KI)前治療例の3群間で治療効果に差はみられなかった。

治療後12〜33ヶ月経って、甲状腺機能亢進症8例(2.4%)、潜在性甲状腺機能亢進症88例(26.4%)、甲状腺機能正常90例(27.0%)、潜在性甲状腺機能低下症71例(21.3%)、甲状腺機能低下症76例(22.8%)である【図5】
<注釈:“甲状腺機能亢進症”は、まだ抗甲状腺剤もしくはヨウ化カリウム(KI)を服用中です[平成14年4月に甲状腺機能亢進症であった8例は、平成15年2月の時点で、4例が潜在性甲状腺機能亢進症、1例が甲状腺機能低下症、1例が3回目のアイソトープ治療を受けKI服用中、1例が追加投与を拒否しメルカゾールを服用中、1例がしばらく来院していません]。“潜在性甲状腺機能亢進症”とは、甲状腺ホルモン値は正常でTSHのみが抑制されたもので、治療の必要はありません。“潜在性甲状腺機能低下症」とは、甲状腺機能低下症ですが甲状腺ホルモン剤を飲むほどでない軽いものです。“甲状腺機能低下症”は、全員甲状腺ホルモン剤を服用しています>

アイソトープ治療を受けて甲状腺機能低下症になるまでの期間は、8.7±5.3ヶ月(1〜27ヶ月)であった<アイソトープ治療を2回以上受けている場合は、最後のアイソトープ治療からの期間である>。

今回の結果に対する検討
今回の検討で、まず目に付いたのは前回の外来バセドウ病アイソトープ治療の検討と比べると、治療成績が格段に良くなったことです。アイソトープ治療後12〜33ヶ月経って、約98%の人は抗甲状腺薬やヨウ化カリウムを中止できています。甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン剤を服用している人は、76例(22.8%)です。前回の検討では、アイソトープ治療後12〜21ヶ月経って、88%の人は抗甲状腺薬やヨウ化カリウムを中止できていました。甲状腺機能低下症で甲状腺ホルモン剤を服用している人は、35例(22%)でした。甲状腺機能低下症の頻度は変わりませんが、抗甲状腺薬やヨウ化カリウムを中止できた人の割合が10%増えました。何故、治療効果が良くなったのか、自分でもよく分かりません。初回投与量も前回の検討時とほとんど変わりません。平均甲状腺吸収線量も前回6449rad、今回6641radとほぼ同じです。甲状腺重量も変わりがありません。初回治療から2回目までの期間、2回目から3回目までの期間も今回と前回では差はありません。唯一、違うところはヨウ化カリウムで前治療した症例が80例[前回29例]とメルカゾールやPTUと比べると割合が増えています。前治療の一番多いメルカゾール症例の甲状腺重量と比べるとヨウ化カリウムで前治療した症例の甲状腺重量は有意に小さいことが、今回の結果に影響を与えたのかもしれません。甲状腺腫が小さいほどアイソトープ治療は効きやすいからです。

前回の研究のときにアイソトープ治療を1mCiずつ投与して欲しいという女性の話をしました。20才代後半の女性と言っていましたが、彼女がわたしのクリニックでバセドウ病と診断された平成10年2月の年令です。現在は、33才になります。最初、メルカゾール22ヶ月間服用。メルカゾール中止3ヶ月後に再発。10ヶ月服用後に再度、メルカゾール中止。中止後3ヶ月目に再発。このときは131摂取率試験で15.8%(1.5時間)と高値でした[FT3; 10.89pg/ml, FT4; 4.26ng/dl, TSH; 0.01mU/L, TRAb(TSHレセプター抗体); 36.6%]。メルカゾール6錠/日を再投与し、アイソトープ治療を行うことになりましたが、彼女の希望で1mCiずつ投与するやり方でいくことにしました。治療日が平成14年5月16日(木曜日)であったため、翌週の月曜日検定で1mCiのカプセルを飲んでもらいました。実際の投与量は、1.4mCiです。照射量は2125radでした。甲状腺重量は、25.6mlで、131-I摂取率は51.8%(3時間)でした。計算投与量は、4mCiでしたので、あと2回以上は治療が必要であると考えていました(毎回1mCi投与するやり方なので)。治療後はメルカゾール3錠/日に減量し、1ヶ月後に診察に来たときには甲状腺重量は、15.2mlと縮小しており、FT4; 0.75ng/dl, TSH; 1.85mU/Lと改善していたのでメルカゾール1錠/日に減量しました。治療後7ヶ月目の平成14年12月9日に診察に来たときには、甲状腺重量は9.3mlと正常の大きさに縮小していました。平成15年3月に診察予定ですが、そのときには1ヶ月間メルカゾールを中止して来院してもらうように指示しました。多分、甲状腺重量からすると治っていると思います。この症例から、学んだことは1.4mCiという甲状腺重量からすると不十分な投与量でも、効くことがあるということです。この方の場合は、1mCiを分割投与していく予定でしたが、1回投与で治りました。これが、アイソトープ治療の難しいところでもあり、不思議なところです。患者さんの甲状腺の感受性に個人差が大きいということです。この反対のこともよく経験します。こんな多い量だと絶対に甲状腺機能低下症になると思っても、丁度いい甲状腺機能を保っている人、メルカゾールが止められない人もいます。

何故、131-I摂取率を3時間値のみで投与量を決めているかは、前回の検討で説明しましたので、そちらを参考にしてください。3時間値のみで投与量を決めていると、high turnoverタイプのバセドウ病の場合、アイソトープ投与量の計算値が低い値に出ます。このタイプは、3時間が摂取率のピークになり、24時間後には摂取率が半分以下に下がるのです。それだけ甲状腺ホルモンが早く作られて、血液中に放出されているのです。そのときに服用した131-Iも甲状腺ホルモンとして一緒に甲状腺から放出されるので、甲状腺内の131-Iの量が減り、摂取率も低くなるわけです。このタイプは10〜20%のバセドウ病でみられます。ですから、131-I摂取率・3時間値が高い症例は、計算投与量より多めに投与します。このあたりは、実際に治療してみて修正していくわけです。

わたしのHPでトピック[036]として紹介しましたが、「PTU(チウラジールまたはプロパジール)による前治療は、バセドウ病に対する放射性ヨード治療の効果を弱める。メルカゾール前治療では、そのようなことは起こらない」という研究結果について、再度検討してみました。今回の検討では、ヨウ化カリウム(KI)で前治療した場合についても検討しました。結論からいいますと、前回と同じく、メルカゾール、PTU(チウラジールまたはプロパジール)、ヨウ化カリウム(KI)のいずれで前治療しても、治療成績には変わりはありませんでした。今回もそれぞれの群で年令には差はありませんでした。しかし、メルカゾール前治療例の甲状腺重量が、ヨウ化カリウム(KI)前治療例の甲状腺重量に比べて有意に大きかった(Welch's t-test, p=0.02)が、PTU前治療例の甲状腺重量とヨウ化カリウム(KI)前治療例の甲状腺重量の間およびメルカゾール前治療例の甲状腺重量とPTU前治療例の甲状腺重量の間には差がみられませんでした。ヨウ化カリウム(KI)前治療例の例数が他の抗甲状腺剤による前治療例より割合が増えたため、甲状腺重量に差が出たものと思います。

アイソトープ治療の追加をいつ行うかは重要な問題です。方法のところでも述べましたが、私の場合、通常、アイソトープ治療5ヶ月後に2回目のアイソトープ治療を行うかどうかを決めます。もし、甲状腺の大きさが縮小してきていたら3ヶ月待ちます。それでも、甲状腺の大きさに変化がなく、クスリも中止できなければ、2回目のアイソトープ治療を決めます。2回目のアイソトープ治療までの期間は、今回の検討では平均7.9ヶ月でした(前回:平均7.9ヶ月)。2回目治療から3回目治療までの期間は平均7.9ヶ月(前回:平均8.2ヶ月)、3回目治療から4回目治療までの期間は3ヶ月、6ヶ月、9ヶ月(前回:平均6.5ヶ月)、4回目治療から5回目治療までの期間は3ヶ月、5回目治療から6回目治療までの期間は6ヶ月でした。前回とほとんど同じでした。これは、基本的方針が変わらないためです。なるべく早い時期に2回目の治療を決めているためだと思います。ダラダラとクスリを続けるのは、何のためにアイソトープ治療をしたのか分からなくなりますので、早い時期に追加投与をするかどかを決めています。でも、甲状腺機能低下症にはならないように常に気は遣っています。

アイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化することがあることは、イタリアの研究者が10年くらい前に発表しました。最近、このイタリアの研究者たちは、彼らの論文の中でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化する例は15%、メルカゾール治療後に甲状腺眼症が悪化する例は3%であったと報告しています。アイソトープ治療後の甲状腺眼症悪化については、賛否両論があります。あるアメリカの研究者のグループは、大規模な研究からそのようなことは起こらないという結論を出しています。前回の研究では、158例中2例(1.3%)でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が発症しました。一例はステロイド・パルス療法を一回行い、治りました。もう一例は、ステロイド・パルス療法では外眼筋の炎症が取れないために、野口病院で球後照射とステロイド・パルス療法の併用を行い、治りました。今回の研究では、333例中7例(2.1%)でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が発症しました。頻度は、前回とほぼ同じです。1例はステロイド・パルス療法を一回行い、治りました。5例は、ステロイド・パルス療法では外眼筋の炎症が取れないために、野口病院で球後照射とステロイド・パルス療法の併用を行い、治りました。このうちの1例は、視神経症を起こし、視力が低下しましたが、治療で視力は回復しています。残り1例は、本人がステロイド使用を拒否したために経過をみていますが、悪化することもなく自然経過で改善してきています。私の場合、明らかな甲状腺眼症のある患者は、まず甲状腺眼症の治療を行って、アイソトープ治療をするようにしています。5例の患者で甲状腺眼症を治療してからアイソトープ治療を行いましたが、治療後、甲状腺眼症の悪化はみられませんでした。わたしの経験からいいますと、確かにアイソトープ治療後に甲状腺眼症が悪化する例があります。ただ、痛い目に遭うと記憶に残りやすいのです。それは印象であって、科学的根拠に基づいたものではありません。今回の検討では、333例中7例(2.1%)でアイソトープ治療後に甲状腺眼症が発症しました。ただ、これは抗甲状腺剤治療時の頻度と比べても変わりありません。よって、甲状腺眼症の悪化は、アイソトープ治療のためとは考えにくいと思います。わたしの結論は、アイソトープ治療後に甲状腺眼症が発症することはあるが、それは自然の経過で発症しているに過ぎないというものです。

アイソトープ治療後に6ヶ月間避妊さえすれば、妊娠・出産は問題ありません。ただ、問題はアイソトープ治療後に妊娠したとき、出産直前までTSHレセプター抗体が50%を越している場合、新生児バセドウ病になる可能性があることです。新生児バセドウ病とは、母親のTSHレセプター抗体が胎盤を通過して、児の甲状腺を刺激して、新生児期に一時的に甲状腺ホルモンが高くなるものです。通常、TSHレセプター抗体は1〜3ヶ月すれば、新生児の血清中から消失するので、自然に甲状腺ホルモンは正常化します。しかし、甲状腺ホルモンが高い間は、抗甲状腺薬をミルクに入れて飲む必要があります。新生児バセドウ病の頻度は、バセドウ病妊婦の2%で起こります。頻度は、低いのですが発症の予想が可能ですので、妊娠後期には必ずTSHレセプター抗体を測定する必要があります。できれば、甲状腺刺激抗体(TSAb)も測定すると発症予測はより精度が上がります。百渓先生によると、新生児バセドウ病が予測される例は「妊娠末期のTSHレセプター抗体(TRAbまたはTBII)が50〜60%以上、あるいはTSAbが600〜800%以上、ことにこの両条件が揃っている場合」と述べられています(甲状腺疾患診療実践マニュアル(第2版)伊藤国彦;監修、三村孝・百渓尚子;編集、p148、文光堂、1999年)。この新生児バセドウ病の予測に使われるTSHレセプター抗体(TRAbまたはTBII)とTSAbは、今の高感度測定法ではなく、従来法です。ですから、ここのところをしっかり理解していないと、今の高感度法で測定するとかなりの症例で新生児バセドウ病の可能性が出てくるので、臨床的に混乱が生じます。少なくとも、妊娠中のバセドウ病患者でTRAbを測るときには、最近の高感度測定法ではなく、従来の方法で測定することが肝要です。そうすれば、百渓先生の新生児バセドウ病の予測が使えます。TSAbも、コマーシャルベースでは高感度測定法になりましたので、妊娠中のバセドウ病患者でTSAbを測定する場合、600%を越している場合にはヤマサに連絡して、従来法で測定してもらうといいでしょう。わたしもそのような対応をしています。従来法で上記の条件を満たせば、出産前に産科医、小児科医と連絡を取りながら、治療をすれば問題はありません。高感度法で、上記の条件に当てはまらなければ、新生児バセドウ病にはなりませんから心配ありません。何はともあれ、バセドウ病妊婦の治療は甲状腺専門医が行った方が安全です。もしくは、甲状腺専門医と連絡を取りながら、治療をすることが望ましいと考えます。一般的には、TSHレセプター抗体(TRAbまたはTBII)やTSAbは、妊娠が進むにつれて低下してきます。ですから、妊娠初期や中期に高いからといって慌てることはありません。妊娠後期に低下していればいいわけです。このような理由で、新生児バセドウ病の頻度は2%と低いのだと思います。今回の症例のうち、アイソトープ治療後に10例で妊娠・出産しました。年令は、30.0±3.3才(26〜36才)で、アイソトープ治療になった理由はPTUにて肝障害3例、MMIにて肝障害1例、PTUにて顆粒球減少症2例、RI後再発2例、MMI中止後再発1例、術後再発1例であった【表1】。アイソトープ治療から妊娠までの期間は、13.9±6.4ヶ月(3〜26ヶ月)であった。一例のみアイソトープ治療後3ヶ月で妊娠したが、妊娠・出産に問題はなかった。この一例以外は、アイソトープ治療後9ヶ月以上経ってから妊娠しています。わたしは、アイソトープ治療後6ヶ月間は避妊をするように指導していますが、アメリカの医師にはアイソトープ治療後3ヶ月間だけ避妊するだけでいいと言う人もいる。甲状腺内の131-I(放射性ヨード-131)は、半減期(放射線量が半分になる時間)が約5日であるので、甲状腺に取り込まれた131-I(放射性ヨード-131)は30日後には1.6%に減少している。少しずつ甲状腺から分泌されたとしても微量です。アイソトープは尿中から排泄されます。その尿が溜まった膀胱から卵巣、子宮までは距離があり、ベータ線(放射性ヨード-131はベータ線である)は2mm以内にしか被爆しないので、理論的にはアイソトープ治療後1ヶ月でも、妊娠はOKと思われますが、それに危険率6倍を掛けて6ヶ月後としているわけです。6ヶ月後以降なら、奇形児が生まれたとしても医学的にはアイソトープ治療とは無関係であると断言ができるからです。医師も患者も、嫌な思いをしないためにもアイソトープ治療後6ヶ月間は妊娠を避ける方が望ましいと考えます。妊娠後期のTRAb高感度(%)、TRAb従来法(%)、TSAb高感度(%)、TSAb従来法(%)はそれぞれ31.9±22.1%(2.8〜73.1%)、16.2±15.6%(0.1〜47.3%)、241±109%(98〜430%)、416%であった。妊娠前から甲状腺機能低下症であったのは2例で、一例は妊娠前まではチラーヂンS100マイクログラム/日を服用していましたが、妊娠中は125マイクログラム/日に増量しました。産後は、元の量に戻した。もう一例は、妊娠中もチラーヂンS100マイクログラム/日のままで甲状腺機能は正常でした。5例は、潜在性甲状腺機能低下症のため妊娠中のみチラーヂンS50マイクログラム/日(4例)、チラーヂンS75マイクログラム/日(1例)を投与しました。3例は、妊娠中も甲状腺機能は正常で甲状腺ホルモン剤の補充はしませんでした。6例は正常出産、1例が10週で流産、3例は近いうち出産予定である。出産予定の3例も、TRAb, TSAb値からすると新生児バセドウ病の心配はないと思います。今回の検討で、29才以下の女性バセドウ病53人に対してアイソトープ治療を行っています。現在は、高感度TRAb、高感度TSAbで経過をみています。血清を保存していますので、適当な時期が来たら全ての検体を調べて、従来法TRAb、従来法TSAb値がどれくらいすると新生児バセドウ病を起こさない安全域に低下してくるかを検討したいと思います。来年の治療成績を出す頃には、結果を出せるかもしれません。妊娠可能年令の女性にアイソトープ治療を行う場合、アイソトープ治療後にTSHレセプター抗体が高値になるが、どれくらいすると下がってくるという一応の目安をお話しできると思うのです。

甲状腺機能低下症になるまでの期間は、最終治療から8.7±5.3ヶ月(1〜27ヶ月)でした。通常、アイソトープ治療を行った場合、一番効くのは3〜5ヶ月後です。このときに一時的に甲状腺機能低下症になることがありますが、2〜3ヶ月で甲状腺機能は回復します。一時的に甲状腺機能低下症の状態になったら、その間だけ甲状腺ホルモン剤で補充療法を行うことがあります。甲状腺機能が回復したら、甲状腺ホルモン剤は中止します。甲状腺機能低下症になった症例は、甲状腺ホルモン剤が中止できないか、中止すると甲状腺機能低下症になります。このような症例は、甲状腺ホルモン剤をこれからずっと服用する必要があります。そのような患者さんには、事情を話し治療の必要性を説明し、納得してもらいます。バセドウ病は、治ったが治りすぎて甲状腺機能低下症になったので、甲状腺ホルモン剤を終生服用する必要があることを話します。治療前に甲状腺機能低下症については、納得してもらっていますので、今まで甲状腺機能低下症になったことで患者さんからクレームが来たことはありません。甲状腺機能低下症が嫌な人には、最初からアイソトープ治療は勧めません。そのような患者さんには、抗甲状腺薬を続けるか、手術を勧めますから。要は、治療法の最終選択は、患者さんが決めるという原則を守りさえすれば、医師−患者関係は良好に保たれます。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 1998年6月に当時の厚生省が、13.3mCi(500MBq)までなら外来でアイソトープ治療を行っていいという通達を出して、もう少しで丸5年になります。この通達のおかげで、わたしのような無床診療所でもアイソトープ治療ができるようになりました。ただ、放射性同位元素を扱うには厳しい規制があり、その規制をクリアーするためには最低4000万円弱の設備投資が必要になります。ここが、診療所レベルでアイソトープ治療をすることができない大きな原因になっています。アイソトープ治療に使用するのは、カプセルであり鉛の金庫に入れておけば、放射線漏れの心配はありません。用途に応じて、設備も簡便化できれば、もっと多くの甲状腺専門医がアイソトープ治療をすることができるようになり、ひいては患者さんのためにもなると思うのです。厚生労働省に一考していただきたい点です。

もう一点は、前から主張していることですが、アイソトープ治療に適正な診療点数をつけてもらいたいことです。現時点では、アイソトープ治療そのもには、治療としての保険点数はありません。すなわち、アイソトープ治療を行う場合、患者さんに十分に説明し、納得してもらい、いざ治療となるとただなのです。アメリカではアイソトープ治療の費用は、病院によって差はありますが、数百ドル〜1100ドルです。アイソトープカプセルの費用は、保険に適応されていますので、患者さんが実際に支払う金額は、3割負担で3,470〜7,250円です。アメリカから比べると、非常に安いと思います。医療機関からするとアイソトープカプセルは価格通りに買っていますので(すなわち、アイソトープカプセルを使うことで利益は出ません)、消費税を払うと実は赤字です。ここが、外来アイソトープ治療がなかなか普及しないもう一つの大きな原因です。日本では何故、薬物治療が長期に行われるのか分かるような気がします。

わたしの個人的な意見では、いろいろな問題を抱えているアイソトープ治療ですが、バセドウ病の患者さんを診る医師としては、アイソトープ治療が自分のところでできるということは、大変助かります。バセドウ病は抗甲状腺薬で治る人は3割です。あと残り7割の人で、早く治りたいという希望を持っている人や抗甲状腺薬の副作用で別の治療に切り替えなければいけない人にとっては、選択肢が増えました。同じアイソトープ治療でも、入院して行うのと外来で行うのでは、患者さんの負担は比べものになりません。通常の考えからすると、誰だって外来で簡単に治療する方がいいに決まっています。時間的および経済的な節約になりますから。

アイソトープ治療については、以下も参考にしてください。
日本全国のバセドウ病アイソトープ治療施設の公開
アイソトープ治療についての説明:放射性ヨードの手引き
甲状腺機能亢進症の放射性ヨード治療
甲状腺機能亢進症に対する治療とバセドウ病眼症の経過との関係
放射性ヨード:患者さんへのアドバイス
バセドウ病に対する外来での放射性ヨード治療:この一年
バセドウ病に対する外来アイソトープ治療:短期治療成績2000年版
バセドウ病に対するアイソトープ治療に及ぼすメルカゾールの影響:無作為臨床研究
バセドウ病に対するアイソトープ治療に及ぼすメルカゾール投与の影響:前向き、無作為試験(1年間の観察)
甲状腺機能亢進症に対するアイソトープ治療:治療効果の予測
バセドウ病の放射性ヨード治療と発癌の因果関係
バセドウ病:抗甲状腺剤、手術あるいは放射性ヨードによる治療−前向き、無作為試験
ヨーロッパ、日本、およびアメリカでのバセドウ病の診断と治療における類似点と相違点
ジョージ・ブッシュ
バセドウ病の治療:違う人には違う扱いで
甲状腺機能亢進症とバセドウ病の治療後に起こる問題は?
小児のバセドウ病に対する治療、特に放射性ヨード治療について[総説]
放射性ヨードの発見
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