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[034]
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バセドウ病眼症の予防[論説]
Wilmar M. Wiersinga, M.D
N Engl J Med 1998; 338: 121-122

バセドウ病眼症と甲状腺機能亢進症には密接な関係がある。しかし、同じ病気の異なった現われ方との間にどのような関係があるのかについての詳細はほとんどわかっていない。抗甲状腺剤や甲状腺切除、あるいは放射性ヨードで甲状腺機能亢進症の治療をしたために眼症が発症したり、もっとひどくなったりするのかどうかは大きな論争となっている。この疑問には、バセドウ病眼症の自然経過の背景を考慮しなければならない。甲状腺機能亢進症患者では、甲状腺機能亢進症が出る前に眼症が発症する者が約20%で、甲状腺機能亢進症と同時に発症する者が約40%、また甲状腺機能亢進症が出た後に発症する者が約40%である。さらに、眼症は自然によくなることが多い。眼症のある患者59名を1年間フォローアップした最近の研究では、22%の患者で大幅な改善があり、わずかな改善を見たものが42%であった。変化がなかったのは22%で、14%は悪化した(1)

バセドウ病眼症の発症の原因となるファクターにはどのようなものがあるのであろうか。甲状腺機能亢進症患者のほぼ全員に、眼窩のコンピューター断層撮影<注釈:CT>で外眼筋の肥大が認められる。それでも臨床的にはっきり眼症が認められるのはその半数にすぎない。眼症のある患者では、その約60%に見られる変化は軽度のものであり(すなわち眼瞼の腫脹とわずかな眼突出)、もっとひどいものは40%である(複視と視力喪失がある) 。これらの違いは遺伝的ファクターによる可能性がある。バセドウ病眼症になりやすい素因と関係のある遺伝的ファクターを捜したが、今までのところうまくいっていない(2)。外的ファクターを明らかにすることについてはかなりの進展があった。症例−対照研究で、眼症のない甲状腺機能亢進症患者は正常な被験者の場合よりも喫煙者が多かった(非喫煙者と比較した喫煙者の甲状腺機能亢進症の確率比は1.9) 。そして、甲状腺機能亢進症と眼症の両方に罹っている患者との関連性はさらに高かった(確率比7.7)(3)。喫煙者は非喫煙者に比べ、眼症の程度もひどかった。したがって喫煙はバセドウ病眼症のリスクを増大させるものである。

この関連性の生物学的理由は不明である。しかし、最近の研究で興味ある手がかりが得られた。まず、眼窩の線維芽細胞を低酸素状態で培養すると、グリコサミノグリカンの合成が増えるのである(4)。グリコサミノグリカンは水分をひきつけ、グリコサミノグリカンが過剰に産生されることがバセドウ病眼症での特徴的な眼筋の腫脹の一因となっている。

2番目に、バセドウ病眼症のある非喫煙者に比べ、喫煙者では血清中の可溶性インターロイキン-1レセプター拮抗物質の濃度が低く、またこの低濃度であることが眼窩放射線照射治療への反応が悪いことに関連しているのである(5)。喫煙者では、インターロイキン-1の向炎症性および線維化効果の抑制が弱い。最後に、正常な被験者では、喫煙が眼窩の線維芽細胞上にも発現する自己免疫反応に関わるタンパク質である熱ショックタンパク質72に対する抗体に関連している(6)

Bartalena等による試験(7)が本号に載っているが、放射性ヨードが甲状腺機能亢進症患者の眼症を促進するもう一つの非遺伝的ファクターであることが示唆されている。これらの治験担当者は、軽度の眼症があるか、眼症のない甲状腺機能亢進症患者をランダムに放射性ヨード治療群、放射性ヨードとプレドニゾンによる治療群、またはメチマゾールによる治療群に振り分けた。放射性ヨードで治療した患者の15%に眼症が発症、または悪化したが、放射性ヨードとプレドニゾンで治療した患者には1人もおらず、メチマゾールで治療した患者では3%であった。放射性ヨードとプレドニゾンによる治療でよい成績が得られたことから、プレドニゾンがバセドウ病眼症の患者に効果があることが示された。甲状腺機能亢進症に対するどの治療法が眼症を発症、または悪化させるリスクがいちばん低いかを評価するため、放射性ヨードとメチマゾール治療群間で適切な比較がなされた。メチマゾールで治療を受けた患者より、放射性ヨードで治療を受けた患者の方に眼症の発症、または悪化が多く見られたことから、以前実施された無作為治験(8)の結果が裏付けられた。しかし、その試験は、放射性ヨードで治療を受けた患者全員が甲状腺機能低下症になり、サイロキシン治療がわずかに遅れたことから批判されている。その後の試験では放射性ヨード治療後に血清サイロトロピン濃度が高いことが眼症の発症に関係していることが実証された(9,10)。Bartalena et al.の試験では、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症のどちらも厳密にモニターされ、どちらも速やかに治された。その結果、甲状腺の状態と眼症の間には関係がなかったのである。

この試験では、放射性ヨード治療群で眼症の新たな発症や悪化の起こる頻度が高かったが、放射性ヨード治療が原因でそうなったのかは証明されていない。まだ眼症の自然経過を反映している可能性があるが、その場合はメチマゾールが眼症に対して効果があったとも推測できるのである。私は、放射性ヨードが原因として関わっていると見たいが、これには妥当と思われる生物学的理由が存在しているからである。放射性ヨードによる甲状腺の破壊に伴ない、TSHレセプター抗体やその他の甲状腺抗体が血清中に増加するが、これはおそらく甲状腺抗原の放出とTリンパ球とBリンパ球の活性化のためであると考えられる。眼窩では、活性化したTリンパ球がTSHレセプター、もしくは甲状腺組織と共通な他の抗原を発現する眼窩線維芽細胞に結合すると思われる。その結果サイトカインの放出が起こり、それが眼窩線維芽細胞によるグリコサミノグリカンとコラーゲンの産生を刺激するために浮腫と線維化が起こると考えられる。

メチマゾール治療後よりも放射性ヨード治療後の方が眼症の発症や悪化の頻度が高いという所見をどのように臨床診療に応用すべきであろうか。甲状腺機能亢進症患者は全員、放射性ヨード治療後にプレドニゾンの投与を数ヶ月間受けるべきであろうか。私はそう思わない。これにはいくつか理由がある。まず、放射性ヨード治療後に起こる目の変化は軽く、一過性であることが多い。次に、せいぜい15%の患者にしか起こらない目の変化を予防するために多くの患者をプレドニゾンの副作用にさらすことは不適切である。しかし、この結果はある特定の患者に放射性ヨード治療後に眼症が発症または悪化するリスクの評価を徹底的に行なうことにつながるものである。言い換えれば、放射性ヨード治療後に眼症を発症させたり、悪化させたりするファクターは何かということを確かめることである。

そのいくつかは挙げることができる。すでに活動性の眼症がある場合、喫煙、治療前に血清トリヨードサイロニン(T3)濃度が高いこと、そして治療後の血清TSHレセプター抗体とTSH濃度が高いことである。放射性ヨード治療後に眼症が悪化してくる患者は、悪化のない患者よりも喫煙者であることが多い。そして、眼症の活動性がわずかに高い。Tallstedt et al.の研究(8)では、治療前の血清トリヨードサイロニン(T3)濃度が1デシリットルあたり少なくとも325ng(5nmol/L)であれば、それが眼症のリスクファクターであるが、TSHレセプター抗体の濃度が高くてもリスクファクターではないとしている。最後に、Bartalena et al.が実施した試験では、放射性ヨード治療前に眼症がほとんど、あるいはまったくない患者を扱っていることを認識しておくべきである。もっと重症の眼症がある患者、特に活動性の眼症のある患者では、抗甲状腺剤で甲状腺機能亢進症の治療を行なうか、放射性ヨードを投与する場合はプレドニゾンを投与する方が賢明であろう。

私個人の意見として、Bartalena et al.が実施した試験で、甲状腺機能亢進症の放射性ヨード治療には、程度は小さいものの間違いなく眼症が発症、または悪化するリスクがあるが、メチマゾールにはないという証拠が得られた。したがって、放射性ヨード治療後の患者の目の変化は軽く、一過性のものであるにしても、リスクの高い患者には抗甲状腺剤治療を行なう方がよいと思う。

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