慢性甲状腺炎は甲状腺の病気の中でも、特に女性に多くみられます。

この病気は軽いものも含めると甲状腺の病気の中で、結節性甲状腺腫に次いで多いものです。慢性甲状腺炎はこの病気を発見した九州大学の橋本策先生の名を取って、別名橋本病とも言われます。

この病気の患者は血液の中に甲状腺のタンパクに対する抗体をもっています。普通、抗体は外部から侵入してくるバイキンやウイルスに対する防御の働きをします。自分の体に対しては抗体はできません。抗体が自分の体を攻撃しては困るからです。
しかし、自分の体の部分に対して抗体のできる病気があります。これを、自己免疫病といいます。慢性甲状腺炎はこの自己免疫病の代表的なものです。

慢性甲状腺炎では抗マイクロゾーム抗体(MCHA)や抗サイログロブリン抗体(TGHA)などのような甲状腺組織に対する自己抗体が陽性に出ます。今は、抗ペルオキシダーゼ抗体(抗TPO)や抗サイログロブリン抗体(抗Tg)を測ります。MCHA、TGHAは感度が低いため、軽い橋本病を見逃すことがあります。これらの抗体が陽性であれば、慢性甲状腺炎を持っているわけです。

免疫の仕組み

免疫の仕組み

正常では抗体はバイ菌やウイルスのような自分以外の外敵をやっつける働きをしています。

自己免疫病の時

自己免疫病の時

自己免疫病では自分の体の一部に対して抗体ができて自分の体を攻撃します。

下の図は、私が熊本大学第三内科時代(昭和58年)に日赤の献血者1314人の血液を調べたものです。女性の場合は、年齢とともに慢性甲状腺炎の頻度が増えていきます。非常に多い病気だということが分かります。

慢性甲状腺炎の頻度

慢性甲状腺炎の頻度

慢性甲状腺炎の臨床上の問題点

慢性甲状腺炎には5つの問題があります。

  1. びまん性甲状腺腫
     ─ 甲状腺が腫れること
  2. 甲状腺機能低下症
     ─ 甲状腺の働き不足
  3. 無痛性甲状腺炎
     ─ 甲状腺ホルモンが一時的に高くなったり低くなったりすること
  4. 急性増悪
     ─ 甲状腺が痛くなること
  5. 悪性リンパ腫
     ─ 甲状腺にリンパ球のシコリができること(大変希です)

一つめは、甲状腺が全体的に腫れることです(できものの病気と違います)。これを「びまん性甲状腺腫」と言います。甲状腺の腫れが大きいときは甲状腺ホルモン剤を飲むと腫れが縮むことがあります。

二つめは、甲状腺の働きが落ちることです。これは「甲状腺機能低下症」と言います。
甲状腺機能低下症は海草を控えるか甲状腺ホルモン剤を飲みます。甲状腺ホルモンは飲み過ぎると、骨が弱ることがあります(骨粗鬆症)。しかし、甲状腺の働きを正常にする量では骨は弱りません。

三つめは、出産などを契機として甲状腺の働きが異常になることです。出産後でなくても起こります。これを「無痛性甲状腺炎」と言います。
慢性甲状腺炎をもつ人は、出産後には甲状腺ホルモンを調べたほうが良いでしよう。

四つめの問題は、慢性甲状腺炎の人で希に甲状腺部に痛みを訴える人がいます。これを「慢性甲状腺炎の急性増悪」と言います。
症状は亜急性甲状腺炎と同じく甲状腺部の痛みと発熱です。亜急性甲状腺炎と違うところは、副腎皮質ホルモン剤で治療してもなかなか治らないことです。場合によっては、1~2年間も副腎皮質ホルモン剤を中止できない症例もあります。このような場合には、手術を要することもあります。

五つめの問題は、希ですが甲状腺に「悪性リンパ腫」がでてくることです。しかし、このタイプはリンパ球のB細胞ですので、治療によりほとんどの場合治ります。一般の悪性リンパ腫はリンパ球のT細胞であり、命を落とすこともあります。ここが甲状腺悪性リンパ腫と大きく違うところです。

慢性甲状腺炎による甲状腺の腫れを小さくする治療<152例>

慢性甲状腺炎152例に対して甲状腺ホルモン剤を投与して、甲状腺の腫れが縮小するかどうかをみました。*甲状腺の容積が66%以下になったときを“縮小あり”としました。

治療前の甲状腺機能低下例<73例>

甲状腺の働きが低下している例では甲状腺ホルモン剤を十分量投与すると、8割は甲状腺腫が縮小します。

治療前の甲状腺機能正常例<79例>

甲状腺の働きが正常な例でも十分量の甲状腺ホルモン剤と投与すれば、4割は甲状腺腫が縮小します。