情報源 > 書籍の翻訳[D]甲状腺の悩みに答える本
<第4部・第19章>
第4部<第19章>
甲状腺眼症と生きる
甲状腺眼症、前はバセドウ病眼症と言っておりましたが、これはもっとも恐ろしい甲状腺の病気の一つです。理由は、その人の感情的、個人的、また職業生活に大きな影響を与えるからです。多くの人の頭の中には、バセドウ病に罹ると目が飛び出すという連想が浮かびます。私は目が飛び出した人に気付いたら、自分が首を甲状腺腫があるかどうか、手を見て震えがあるかどうか、そして行動を見て神経質で落ち着きがないかどうかを観察しているのに気付きます。最近、喫茶店にいた時ですが、これらの症状がすべて揃っている中年の女性に、甲状腺の病気に罹っていることを知っているのかと聞かずにはいられませんでした。そして、2週間前にバセドウ病の診断を受けたばかりで、薬を飲んでいるのだと聞いて安心したのです。
しかし、バセドウ病の人の半分にしか目が飛び出した人はいないということ、そして慢性甲状腺炎に罹っており、甲状腺機能が正常か、あるいは正常より落ちている人の中にもこの種の甲状腺に関連した目の病気があるということを言っておかねばなりません。
甲状腺眼症に罹っている人だけを扱う支援グループが、患者に自分の病気を理解してもらい、病気に対処できるようにするため、アメリカやその他の国で結成されました。これらの組織が甲状腺眼症についてもっと情報を与えようと努力しているにもかかわらず、バセドウ病患者の間ではまだ無知による恐怖が蔓延しています。しかし、侵襲的な介入を必要とするほどひどい眼症は、バセドウ病眼症患者の20%に満たないのです。矯正手術だけでなく、その他の治療でも技術が進歩し、これらの患者の見通しは明るくなってきました 。
目と甲状腺の間の密接な関係  
甲状腺眼症では、目の問題の程度はごく軽いものからひどいものまで連続的なものとなっています(1)。研究者が、眼窩の超音波や磁気共鳴画像診断(MRI)のような診断学的研究をしたとすると、バセドウ病の人の90%以上に、目自体でなくても目の周辺の脂肪や目を動かす筋肉に何らかの異常を見出すことになるでしょう。普通は、筋肉の炎症のため肥大があります。バセドウ病患者のほぼ40から45%に、目の周辺組織にわずかな異常が見られますが、症状はありません。残り50%以上の人には、軽度から重度の眼症があります。
甲状腺眼症は、甲状腺の病気が直接の原因ではありませんが、目の筋肉や目の回りにある組織をねらって攻撃する抗体を免疫系が作り出すために起こります。甲状腺疾患のある人でそのような抗体が作り出される理由は、目の筋肉組織と甲状腺の類似性に関係があります(2)。このような類似性があるため、免疫系が甲状腺だけでなく目も攻撃するのです。したがって、眼症は自己免疫性甲状腺疾患に起きる偶発的プロセスと見ることもできます。しかし、一部のバセドウ病患者には、甲状腺機能が正常であっても眼症の症状があります。そのような患者では、眼症が独りでに進行し、それが患者の唯一の実際的な問題であることがあります。このような人の多くが、何ヶ月も、あるいは何年も経ってから、ある種の甲状腺機能障害、甲状腺機能低下症か甲状腺機能亢進症のどちらかを発症してくる恐れがあります。
甲状腺眼症は、男性よりも女性に多いのですが、これはバセドウ病は主に女性が罹る病気であるためです。しかし、重篤なケースは高齢者や男性に起こる傾向があります(3)
甲状腺眼症には、次の3つの主要な要素の1つ以上を備えています。
  1. 結膜(正常な場合、目の強膜と眼瞼内部を被っている細かい保護粘膜層)と目の周辺の組織を冒す軟組織炎症がある。これは目の充血や目に砂が入っているような感覚、流涙の増加、および外から見てわかるほどの目の周辺の腫れを起こします。
  2. 眼球の後ろにある脂肪組織の腫れがある。これが目が飛び出したり、大きく見える原因です。
  3. 目を動かす役目を持つ4つの小さな筋肉の内、一つ以上に炎症が起き、機能が失われている。
その人が甲状腺眼症の診断を受けたことにどう反応するかは、目の問題が発症した時期と甲状腺ホルモンバランスの乱れとの関係によってある程度影響を受けます。甲状腺眼症の発症が甲状腺機能亢進症の発症と同時に起こることもありますし、あるいはその何年も前や後に起こる場合もあります。バセドウ病による甲状腺機能亢進症であると診断を受けたばかりで、今のところまだ眼症が出ていない人は大抵こう尋ねます。「目はどうなんですか?目が飛び出してくることがあるんでしょうか?」甲状腺眼症に関するほとんどの質問に対してそうであるように、医師の答えは大体「さあ、わかりません」というものです。バセドウ病による活動し過ぎの甲状腺であると診断を受けたのであれば、万一眼症が起こったら何に気をつけたらよいのかを自分で学んでおく必要があります。
バセドウ病におけるもっとも重要な目の変化の中には、上まぶたの後退があります。このために目を大きく見開いたようになり(まっすぐ前を見た時に、目の外に見える部分の露出が大きくなるためです)、あまり瞬きをしないようになります。この状態では、下を見下ろす時に目の下方運動に上まぶたがなめらかに従うこともできなくなります(医師はこれを「眼瞼遅延」と呼んでいます)。さらに、何も見つめずに前をまっすぐ見た時に、角膜(目の真ん中の色の着いた円形の部分)の境界の上に硬膜(結合組織)の帯が見えます。この上まぶたの後退が何かを見つめて、大きく目を見開いたような印象を与える原因で、これは甲状腺機能亢進症で起こる場合が多く、また患者自身や家族、あるいは友人が気付いた際にしばしば美容上の悩みを生じます。外見の問題は、目の周囲の脂肪組織の腫れのために目の突出が起きてくると、さらに深刻なものとなります。
その他のタイプの変化が、美容性に関わるというだけでなく、患者に著しい不快感を与えるものです。これには、流涙の増加や何か異物が目に入っているような感覚、そして目の緊張感など、本質的には眼窩内の軟組織の炎症反応による変化が含まれます。まぶたは腫れ、目の下に液体の溜まった袋ができます。また、結膜は赤くなり、血管がはっきり見えるようになります。目の周辺の見えるところが赤くなり、充血するのは、眼窩内の圧が高くなるためでもあります。一部の患者では、気温が上がったり、日光にあたったりすると目がひりひりするようになり、暖かい時期は野外での活動ができなくなります。
この病気が最大の障害をもたらす症状は、複視です。これは目を動かす筋肉の炎症と肥厚によるものです。起こりうるすべての目の運動の異常の中でも、いちばん多いのが目の上方への運動です。最後に、病気が相当に進んでしまうと、目の突出のために角膜が寝ている間にも露出している状態となり、このため異物により傷付きやすくなります。
これが原因で角膜の炎症や増殖が起きることがあり、視力を失ったり、時には目を失うことさえ起こる可能性があります。もう一つの恐ろしい影響は、視神経の圧迫です。このために見えるところが限られてくることがあります。これは眼窩内組織だけでなく、筋肉が腫れて、肥大するために起きるものです。
下に甲状腺眼症の症状をまとめて挙げております。
ごく普通に見られる症状
  • 光を避けるようになる
  • 目の充血
  • 目が飛び出す
  • 上まぶたの腫れ
  • ものがぼやけてみえる
  • 涙目
  • 目がひりひりして痛む
  • 目に砂が入っているような感じがする
  • 目の後ろの痛み
  • 目の乾燥
  • 夜、ものがよく見えない
  • 動き回ると目が痛む
  • 光がちかちかする
それほど多く見られない症状
  • 複視
  • 片方の目、あるいは(もっと希ですが)両方の目の視力が落ちる
  • 色が暗く見える
  • 下まぶたの腫れ
どっちが先か:目、それとも甲状腺  
バセドウ病患者の一部は、事実上目の症状がまったくなくて最初に甲状腺機能亢進症の症状を起こしてきます。しかし、甲状腺の病気の治療を受けてから何ヶ月、あるいは何年か経って目が飛び出してきたり、結膜のひりひりした痛みが生じたり、時には目の筋肉の機能障害さえも起こってきます(4)。これらの症状が他の病気のせいにされたり、思わぬ落胆を招くことがあります。将来この病気に罹る確率についてあまり心配し過ぎる必要はありませんが、甲状腺眼症の可能性がある症状を知っておく必要があります。
49歳のテレサは、バセドウ病による甲状腺機能亢進症で放射性ヨード治療を受けてから12年間、目の症状は何も出なかったのです。それなのに、突然目の回りが腫れてきただけでなく、目が充血してきました。そして、目が飛び出してきたのです。甲状腺の病気が自分の目の症状に関係があるとは思いもせず、彼女は眼科医の元へ行きました。その医師が目の症状と甲状腺を結び付けたのです。
テレサは大変なショックを受けました。彼女は、放射性ヨード治療の後、12年も経ってからこのようなことが起こりうるのだと誰も説明してくれなかったことにも腹を立てていました。彼女はこう言いました。「目の病気が始まった時、私は自分の見かけのことを気にかけていました。目は大きくなっていったんですが、最初はグロテスクに出っ張ってはいなかったんです。目が少し変だとは気付いていたんですが、それがどういうことかわからなかったんです」
テレサは、自分の眼症がそれほどひどいものではないということを聞いて喜びました。事実、彼女の目の状態は治療によって後ではよくなってきたのです。
甲状腺ホルモンバランスの乱れと同時に眼症が起きてきたのであれば、診断は容易です。しかし、患者は眼症があることを怖がることが非常に多いのです。甲状腺ホルモンバランスの乱れにより、しばしば不安や自制心の喪失、あるいはうつ病が生じるため、恐れは一層ひどくなります。甲状腺ホルモンバランスの乱れにより引き起こされた自尊心の低下が、外見や目の機能的障害のためにさらに募り、患者が精神的にも身体的にも正常に機能できないと思ってしまうようになる場合があります。
患者の中には、甲状腺機能亢進症と甲状腺眼症が同時に起こるものの、甲状腺機能亢進症の症状があまり出ない人がいます。そのため、具合の悪いのは目に関したことだけとなります。そのような患者の悩みは、受け付けてもらえないことや誤診、あるいはわかってもらえないことなどで、それは医師が正しい診断を下し、眼症の治療を始めるまで、長い間続くことがあります。患者は、そして時には医師でさえもアレルギーのせいにしてしまうことがよくあります。バーバラ・ブッシュ元大統領夫人も、バセドウ病の診断を受けるまで、かなり長いこと自分の目の症状をアレルギーのせいだと思っていたという記憶があると述べています(5)
ポーレットは、多くのバセドウ病患者と同じように目の症状に苦しんでいました。しかし、甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状はなかったのです。1年近くの間、彼女は医師から医師へと渡り歩きました。そして、眼症が悪化しつつあったにもかかわらず、アレルギーであるとの診断を受けたのです。
彼女が言うには
私がやっとどこが悪いのかわかった時は、もうちょうど1年経っていました。それも、紹介を受けたアレルギークリニックでいろいろな治療を受けたあげくのことでした。そこの先生は、私にアレルギーの注射をしてくれましたが、いつも私の目はアレルギーのせいで赤くなってかゆいんだと言っていました。私はいろんなものにアレルギーがあると言われました。特に猫が悪いということでしたが、そんなことはなかったんです。
患者や家族が目の変化に気付かない場合でも、初めて会った人がそのような変化に気付いてそのことを言うことがあります。医師の妻であるローラは、1年以上もの間バセドウ病による甲状腺機能亢進症が診断されないままでおりました。そして、他人がすぐに指摘した変化に夫が気付くことがなかったということに腹を立てていました。
ローラはこう言っています。「皆が私の目はどうしたのと聞くんです。私が知らない人でもそうでした。ある日、誰かが私を大写しにして写真を撮ったんですが、私はそれを見て唖然としました。何で主人がこれをほっといて仕事に出かけることができたんでしょう。皆が私の目がどうかしたかと聞くはずですよ。今では、すごく人目を気にしています」
甲状腺眼症を見分けたり、管理するためのトレーニングを受けた眼科医はほとんどいないため、未診断のバセドウ病による目の問題に苦しんでいる患者が、眼科医にかかり、診査を受けた場合であっても、かなり長いこと診断されないままになってしまうことがあります。
29歳のエリザベスは、建築家として成功を収めた魅力的な女性でした。彼女は甲状腺眼症の徴候が出てきた際に、眼科医の治療を受けていました。彼女は根治的角膜切開術を受けるために眼科医の診察を受けていました。これは眼鏡をかけなくてもよいように、近視を矯正するための角膜の手術法です。眼科医にかかる前に、彼女は最近視力が変化したことを訴えていました。前のようにものがはっきり見えず、眼鏡をかけるのは嫌だったので、焦点の問題を矯正したかったのです。手術予定日の前に、エリザベスの右目にまた別の症状が出てきました。腫れて、目の下に袋が出来たのです。
彼女が言うには
それは水疱みたいなものでした。押すと凹みました。そこに圧を感じました。そして、頭痛が始まったんです。私はたぶん何かに感染したか、目薬のせいでこうなったのだろうと思いました。目が腫れぼったく、殴られたようになっていましたが、まぶたが後退しているのには気が付きませんでした。私は眼科医にこう言いました。「手術の予定が組んであるのはわかっているんですが、目が何だか変なんです」先生は私の目を見て、感染がないことを確かめました。それで、このまま手術をするよう勧めたんです。
手術で、2週間ほど腫れていました。再診の時、私は目が垂れていることを訴えました。私は回復途中でこうなるのだと思っていました。先生は診察を受けにまた来るように言い続けました。そして、これは手術のせいで起こったものではないとも言い続けました。耳鼻咽喉科にも行きました。そして、そこでも原因はわからないと言われたのです。私の顔は歪んできました。私が鏡で見るものは、日に日に醜くなっていく私の顔でした。
6ヶ月間、エリザベスは医師から医師へと渡り歩きました。2人の眼科医がこれは上顎洞に関係したものかもしれないと言いました。最後にエリザベスが別の症状で内科医にかかったところ、その医師がバセドウ病を疑ったのです。
エリザベスのケースでは、最初の目の症状がバセドウ病眼症により引き起こされたものではないかということを、眼科医が考慮しなかったのです。実際のところ、手術で目の問題が悪化した可能性があります。手術による外傷も含め、どのような目の外傷も、もともとバセドウ病眼症のある患者では、目に対する免疫反応を悪化させたり、時にはその引き金をひくことになる場合があります。そして、さらに目の問題が悪化する恐れがあります。
甲状腺眼症の様々な影響  
目の症状が出ると、その人の仕事やライフスタイル、自尊心、そして気分にさえも数知れない影響を及ぼす可能性があります。アニタの例を挙げてみますと、彼女は甲状腺眼症のために建築デザインの仕事を止める寸前のところまで行きました。彼女の眼症は、ひどい炎症と目の飛び出しとして現れましたが、目の筋肉の問題はありませんでした。したがって、寝ている間の姿勢が不適切であったために、眼にかかる圧が増さない限り、ものがだぶって見えるということはなかったのです。彼女の悩みは主に、目の回りの腫れと目の圧迫感でした。これが彼女の視力に影響を与えていたのです。
一部の患者では、バセドウ病眼症が炎症や目の突出を起こさずに、もっぱら目をスムースに動かすための筋肉への攻撃を起こします。突然ものがだぶって見えるようになるというのは、バセドウ病眼症のもっとも恐ろしい現れ方の一つです。これに罹った人は、医師の診断がすぐにつかなければ、この時期に多くの困難を経験することがあります。
44歳のマークは、22年間同じ会社に勤め、安定した職に就いていましたが、目の筋肉の機能不全が原因で、不安やうつ病が出始め、そして生活がめちゃめちゃになってしまいました。しかし、彼には目の回りの腫れや炎症はありませんでした。複視が唯一の目の症状であったため、医師は神経学的疾患を探していました。そのため、バセドウ病眼症の診断を受けるまでかなりの時間がかかったのです。
マークはリラックスすることができなくなり、睡眠障害が出始めました。彼は気短になり、いらいらするようになりました。彼の怒りは、電球を取り替えたり、ボタンを押すというような簡単なことができないことがわかった時にピークに達しました。彼の妻は、彼がまったくの別人になってしまったと言っております。
大きな大学の医学部で、マークを診察した眼科医がやっと病気の診断を下し、治療の計画を立て始めたのです。これには、目の筋肉の手術と放射線外部照射が含まれていました。何ヶ月か経って、マークは元どおり働けるようになりました。
適切な家族の支えがなければ、バセドウ病眼症の患者は病気と、それが家庭や職場に及ぼす影響に対処することが困難になります。配偶者は、この病気の過程とその治療内容について理解する上で大事な役割を果たすことになります。病気になった人は、その状況によりストレスを受けることが多く、医師が説明しようとしていることを理解できないことがあるからです。配偶者は、できる限り診察や治療に関わりを持ち、病人を今後の成り行きについて安心させてやるようにしなければなりません。これにより、眼症の影響によって生じる怒りや気分変動を最小限に抑えることができます。このような気持ちになるのは、甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状でもありますが、バセドウ病眼症により、目の障害や外観が損なわれるようなことが起こると一層悪い方向に向かいます。
尋ねても答えが返ってこない  
眼症の診断を受けたら、患者は大抵、治療の効果が不確実であったり、この病気の自然経過についてよくわかっていないために、すぐに答えが返ってこないという状況に直面します。多くの患者は、次のような質問に対する率直な答えが得られないことで、いらいらしたり、怒りを感じるようになります。
  • 後でどうなるのですか?
  • 元どおりに治るのですか?
  • 目をこれ以上損うことなく完全に治すことができるのでしょうか?
べネッサは診断を受けるまで6ヶ月間、甲状腺眼症に苦しんでおりました。彼女の目は充血し、飛び出しており、睨み付けているような目付きになっていました。ほとんどの眼症がバセドウ病によるものだと聞いた後、ベネッサは自分の病気のことをもっとよく知るために甲状腺支援グループに加わりました。彼女がかかっていた内分泌病専門医は、はっきり答えてくれなかったり、病気の転帰や治療法の選択肢を述べた資料を渡してくれることもなかったのです。紹介されて診察を受けた眼科医は彼女にこう言いました。「まあ、様子を見てみましょう」甲状腺支援グループの会合に出て、このような状況にあるのが自分だけではないことがわかったので、彼女は自分の病気にもっとうまく対処できるようになりました。
彼女が言うには
誰も答えを知らないように思えました。支援グループの会合で、長いこと誤診されていた人にたくさん会いました。
最初、支援グループに行くようになる前ですが、とてもつらく、腹立たしく感じていました。病気に対して怒りを感じていたのです。それは正当なことだと思えました。怒っていなければこんなこと耐えられません。私が会った人の中には、思わず泣きたくなる程姿形が醜くなった人がいました。私は自分に言い聞かせたのです。「1年か2年したら私もこうなるのだろう」と。
まだこのややこしい病気のことはよく理解できないでいますが、今では闘おうという気持ちになっています。また、健康を損なうまで自分が真から具合がよくなかったのだということにも気が付きました。
ベネッサがバセドウ病により醜くなった人を見て不安になったのは、適切な、そして安心できるような情報がなかったためでもあります。
彼女がかかっている眼科医が、一般的に言って甲状腺眼症がそこまでひどくなる人はほんのわずかだと説明してやっと彼女は具合がよくなったのです。ベネッサはこう言っています。「主人や他のバセドウ病患者の人と話すことで、この病気とうまく折り合うことができるようになりました。今では前ほど間が悪いと感じたり、自分だけが違うと思うことはありません。大抵、ただ自分に眼症があると思っているだけです。そして、よくなるだろうという希望が持てるようになりました」
甲状腺眼症の有望な治療法  
バセドウ病患者は甲状腺眼症を恐ろしいものと見ています。そして、不運にも重症の眼症に罹った一部の人は、私生活や職業生活に著しい影響が出て、落ち込んでしまうことがあります。そのような患者は以下に挙げたような情報で、少しは慰められるかもしれません。
  • バセドウ病に罹り、また甲状腺眼症があったとしても、必ずしも目の病気がひどくなったり、醜くなったり、あるいは目が不自由になったりするわけではありません。甲状腺眼症の患者で、侵襲的治療による介入が必要になるほど重症になるのは5から10%に過ぎません。
  • バセドウ病に関連した目の変化がある患者の多くは、時間の経過と共にその変化が自然に改善したり、あるいはほとんどよくなってしまうことがあります。一部の人(ほぼ20%)に眼症の悪化が起きることがありますが、それでも後で独りでに改善する場合があります(6)
  • 一般的に、甲状腺眼症が始まった時から、6ヶ月から24ヶ月間にわたって目の症状の悪化や進行が起こることがあります(7)。この最初の時期(よくホットフェーズ“急性期”と呼ばれます)が過ぎて、1年から3年間は目の症状が安定した状態になることがよくあります。その後、多くの患者では徐々に回復を見たり、不完全ながらも症状が消えてきます。例えば、ある研究では、目の問題が始まってから数年後に60%の人でまぶたの後退が消えたことが示されています(8)。そして、39%の人で目の筋肉の問題が改善されました。しかし、目の突出はそのまま残る傾向があります。目の突出がある患者で治療を受けずに改善が見られたのは10%以下です。
  • 目に著しい変化を生じた人に対しては、ひどい目の変化を改善したり、時には治すことさえもできる治療がいくつかあります。そのような患者が最初から治療が長引く場合もあるということを理解していれば、いらいらしたり、怒りを感じたり、またやけになったりするようなことはあまりないでしょう。また、患者にとっては視力を失うことを防いだり、正常な目の機能の修復や維持だけでなく、醜くなった外見も治せる治療が受けられると確信できることも大事なことです(9)
例えば、まぶたの収縮に対して作用する目薬がまぶたの後退に効果がある場合があります。家庭や職場で湿度を高くすることは、まぶたの後退による眼球の露出が原因で起こる目の乾燥を和らげる効果があります。屋外ではサングラスをかけたり、夜間に目の摩擦を減らす緩和剤を使うだけでなく、昼間に人工涙液の点眼薬(メチルセルローズ1%溶液)を使うことも効果があります。
私は、朝起きた時の目の腫れを減らすために自分の患者には頭を高くして寝るか、枕を2〜3個重ねて使うようによく勧めています。
患者の甲状腺ホルモンバランスの乱れが治り、正常な甲状腺機能が安定したら、上まぶたの美容整形手術を行います。これは熟練した専門医が行うと素晴らしい効果が上がります。 不快感(目の中に砂の入ったような感覚)があり、目の回りの軟組織の炎症のために外観が損なわれている患者に対しては、もっと侵襲度の高い治療が必要です。これには一連の副腎皮質ホルモン剤治療や眼窩への放射線外部照射、あるいは眼窩内の腫れを取るための手術があります。経験を積んだ眼科医は、徹底的な診察を行った後にこれらの治療の内、一つ、あるいは複数の治療を組み合わせて行うよう勧めると思われます。一般的に、目の回りにひどい炎症のある患者に対しては、一連の副腎皮質ホルモン剤治療がもっとも効果が高く、最初1日に60から80ミリグラムのプレドニゾンを2週間から4週間投与します。その後、目の症状の再燃がなければ、週に2.5から10ミリグラムずつ、数週間かけて量を徐々に減らしていきます。ただし、副腎皮質ホルモン剤で目の突出や筋肉の問題が改善することはめったにありません。
目の突出がひどくなってきているが、大きな炎症がない患者と目の機能が著しく損なわれている患者は、普通、放射線外部照射で治療します。照射は数回に分けて2週間行われます。外部照射を受けた後、3分の2の患者に、軟組織の腫れが劇的に引かないまでも、はっきりした改善が見られます(10)。この改善は治療後6週間も経つとはっきりしてきますし、3ヶ月後には目の突出がうんと少なくなることがあります。外部照射後に視神経の炎症も改善します。外部照射は筋肉の機能障害には効果がありませんが、目の筋肉の手術を行う前に勧められることがよくあります。その他にも効果のある薬としては、副腎皮質ホルモン剤と併用する場合としない場合がありますが、サイクロスポリンがあります。
放射線外部照射で大抵は著しい改善が見られ、特に腫れにより視神経に影響が出ている場合に効果が高いのです。最初、副腎皮質ホルモン剤で治療を受けて改善しなかった患者にも、放射線外部照射を行うことがあります。副腎皮質ホルモン剤と放射線外部照射を一緒に使うといちばんよい結果が得られます。著しい目の突出と炎症がある場合には、医師がこの方法を勧めることが非常に多いのです。
副腎皮質ホルモン剤と放射線外部照射に加え、眼窩内の骨壁の一部を取り除き、眼窩内の圧を下げる手術が、美容的理由または視力が冒されたために勧められることがあります。このタイプの手術は、最初の2つの治療で改善がはかれなかった場合や、角膜の露出、あるいは視神経の圧迫により視力に障害をきたした場合に行われます。
医師が勧めることが違う場合があった場合でも、外部照射と副腎皮質ホルモン剤が主要な初期治療の形であるようです。しかし、副腎皮質ホルモン剤や放射線外部照射、あるいはその両方を必要とする患者のほぼ3分の1が、何らかの形の手術、まぶたの矯正術か減圧手術のいずれかを行う必要があります。
甲状腺眼症を治したり、目に対する自己免疫攻撃を完全になくすような特定の治療法がないために、甲状腺眼症に罹った患者はこれらの不快な方法で治療を受け続けています。しかし、嬉しいことに大抵の場合、これらの治療により美容的にも機能的にも著しい改善が得られます。効果があると安心することで、甲状腺眼症の診断を受けた患者が経験する恐れや不安のほとんどは消えてなくなるはずです。
できるだけ最良の結果を確実に得るための方法  
バセドウ病患者は、眼症があってもなくても、眼症を予防したり、進まないようにするにはどうしたらよいかとよく尋ねます。答えは、目の変化に悪影響を与えることがはっきりしているもの、また目の変化に当然、悪影響を与えるであろうということが疑われるものは何であれ考慮しなければならないということです。
まず最初に、どのような甲状腺ホルモンバランスの乱れもできる限り早く治すようにしなければなりません。研究者は、甲状腺ホルモンバランスの乱れが目の症状の悪化を促進することをはっきり証明しています(11)。重症の甲状腺機能亢進症はよりひどい眼症になるリスクを高める恐れがあります。さらに、バセドウ病の治療中に甲状腺機能低下症が起こると、目の症状が悪化することがあります。したがって、甲状腺専門医と患者のどちらも、治療を行なっている間、確実に正常な甲状腺機能を維持するように注意を払わねばなりません。特に、重症の眼症のある患者では注意しなくてはなりません。メチマゾールのような抗甲状腺剤(これは自己免疫攻撃に有効であると思われます)とレボサイロキシンを併用する(これにより患者は正常な甲状腺機能を安定させることができます)ブロック−補充治療は、甲状腺機能亢進症のある患者によく勧められる方法です。この投薬治療は、中等度から重度の甲状腺眼症のある患者に対し、最初の年に行われますが、甲状腺ホルモンバランスの乱れが眼症に有害な影響を及ぼすのを防ぐ効果があります。
次に、著しい眼症のある患者に対しては、放射性ヨードによる甲状腺の不活化は、1年目は眼症がもっと安定するまで避ける必要があります。これは放射性ヨード治療が自己免疫攻撃を強めることにより、眼症が悪化することがあるからです。その代わりに、この重要な時期には甲状腺機能亢進症を抑え、自己免疫攻撃を弱める効果があると思われる抗甲状腺剤を使うことをお勧めします。
眼症があり、メチマゾールの副作用が出た患者に対しては、放射性ヨード治療を行った際に副腎皮質ホルモン剤による治療を始めると、眼症の悪化を予防できると思われます(12)
<第2章>で示したとおり、ストレスはバセドウ病と甲状腺機能亢進症の原因となる自己免疫攻撃の主な発病原因であります(13)。ストレスが甲状腺眼症に及ぼす影響について書かれたものはあまりありませんが、ストレスが甲状腺の病気に悪影響を与えるが目には与えないということは考えられません。広汎な研究では、眼症と甲状腺の病気を引き起こすメカニズムと根本原因は同じものであることが示唆されています。したがって、ごく軽い甲状腺眼症しかない人であっても、できる限りストレスにうまく対処する方法を学ぶ必要があります。甲状腺疾患と眼症そのものがストレスの源であり、それが患者にとっては大変な負担となって、心配や機能的障害のために簡単にコントロールを失ってしまいます。繰り返しますが、患者がストレスにうまく対処できるようにするためには、強い支えが欠かせません。甲状腺眼症に罹っている人は、自分で学ぶ必要があります。そして、有望な治療の選択肢があるということを知れば、もっと物事を明るく感じることができるはずです。積極的態度がよい結果を生じるということを覚えておいておいてください。
研究では、喫煙により甲状腺眼症が悪化する恐れがあることが示されています(14)。喫煙のマイナス効果は、主に目の炎症の増加に関連したものです。甲状腺専門医と眼科医は、バセドウ病患者に喫煙を止めるよう促しています。ただ、そのように喫煙の有害な影響をあまりにも強調すると、バセドウ病患者の間に多大な不安が生じてきます。私は決して喫煙を勧めるようなことはいたしませんが、時にはバセドウ病と診断されたばかりで、様々な精神的影響−不安や自尊心の低下、うつ病−に悩まされる頻度の高い患者にとっては、すぐに禁煙することが大変なストレスとなる場合があるように思います。私の患者の一人は、この傷付きやすい時期に禁煙しようとしてどうしようもない不安に襲われました。この状況に耐えられないと結論し、禁煙からわずか5日目にまた喫煙を始めてしまいました。したがって、病気のこの時期には、非常な不安やストレスを生じることなく禁煙できる場合にのみ、禁煙すべきでしょう。不安やストレス自体が眼症の悪化を招く可能性があるからです。活動し過ぎの甲状腺の影響が出ているのに禁煙できない人は、煙の有害な影響から目を守ることのできる適切な眼鏡をかけるようお勧めします。甲状腺ホルモンレベルが正常になったら直ちに、禁煙のためあらゆる努力を払うべきです。
甲状腺眼症の根本原因を完全になくしてしまう治療法はまだないのですが、眼症に罹っているバセドウ病患者がもはや失望や障害をあきらめて受け入れる必要はないのです。この病気のことがずいぶんよくわかってきたことと、有効な治療法が出てきたことで、この病気に罹っている患者の予後が変わってきました。甲状腺眼症に罹っており、治療が必要なのであれば、主治医にこの分野を専門とする眼科医を紹介してもらってください。ほとんどの医学部付属施設で必要な助けが得られるはずです。
参考文献
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