情報源 > 書籍の翻訳[D]甲状腺の悩みに答える本
<序章>
<序章>
はじめに
2〜3年前、2週間ほどの間に2人の患者を診察したのですが、そのステーシーとミュリエルという患者の経験が私にこの本を書こうという気持ちにさせたのです。ヒューストンにあるベイラー医科大学付属病院の内分泌と代謝疾患科の長として、甲状腺の病気を持つ患者を数多く治療してまいりました。また、医学部助教授および内分泌腺研究室部長として、首の前のところにある甲状腺が体に及ぼす影響について、独自にかなりの研究を行ってまいりました。それでもステーシーとミュリエルが、多くの謎を秘めた甲状腺とその機能の新しい展望を与えてくれたのです。
ステーシーは私のところにバセドウ病と呼ばれる病気、これは甲状腺の活動し過ぎを起こすものですが、この病気に対するセカンドオピニオンを求めてやってまいりました。彼女は甲状腺の病気の心理的、感情的側面を取り扱った “一般向け”の本で何かよいものはないかと尋ねました。ステーシーはすでにアメリカ甲状腺協会が勧めている本をすべて勉強しておりました。このアメリカ甲状腺協会は甲状腺の病気についての最大の患者向け情報源となっております。また、大きな書店の健康と医学関係コーナーを数え切れないくらい見てまわっていました。ステーシーは4年間甲状腺の病気で苦しんでいました。そしてこの病気によって起こる精神的、感情的な症状が結婚の失敗と離職の一因となっていたのです。彼女は甲状腺の病気がどのように精神に影響し、将来はどのように感じることになるのだろうということを学ぼうと決めたのです。私は様々な学術的研究のことを言ったのですが、この大切な問題に取り組んだ一般向けの本がないことに気が付きました。
ステーシーの診察後間もなく、私はミュリエルを診察しました。若い心理学者でうつ病に苦しんでいました。「私のエネルギーレベルはあまりにも低くて、ただ自分が疲れたということしか考えられないみたいです。仕事を減らしたいんです。性格上の問題をいっぱい抱えている難しい、込み入ったケースを扱うと本当に嫌になるんです」と彼女は言いました。
彼女はそのバックグラウンドから、ある程度精神や気分の問題に対処する経験を積んでいたのですが、ミュリエルは自分のうつ病の原因や治る見込みについては確信が持てなかったのです。彼女はうつ病や疲れが甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状でもあり得るということを知っていたので、自分の症状が甲状腺に関係があるのだろうかと思い始めたのです。ステーシーとは違い、ミュリエルには甲状腺の機能障害がないことがわかりました。その代わり、彼女には脳内に甲状腺ホルモンバランスの乱れに関連する脳の化学成分の異常があったのです。ミュリエルは数種類の抗鬱剤を試していましたが、抗鬱剤に加え、甲状腺ホルモン剤を飲むまでは幸福感やエネルギー、そしてどこもすっかり健康であるという感じを 取り戻すことができなかったのです。したがって、ミュリエルは甲状腺の病気などなかったにもかかわらず、彼女にとっては抗鬱剤と一緒に甲状腺ホルモン治療を行うことが完全によくなるための解決法であったのです。
私が彼女の治療を行なっている間、ミュリエルはたくさんのよい質問をしてくれました。その質問の中に、甲状腺や血液中に放出される甲状腺ホルモンがどのように脳や神経系に影響するのか、つまり直接または間接的に気分や感情、行動などを変化させるのかを調べるにはどこへ行けばよいのかというものがありました。ここでも、彼女に勧められるような甲状腺の病気や感情、そして思考パターンの間のややこしい関係を素人向けの言葉で書いた本がありませんでした。ステーシーやミュリエルのような患者が自分達の病気について学ぶことを本当に必要としていることを知るにつれ、どうしてもこの本を書かなくてはと思ったのです。
この『甲状腺の悩みに答える本』の意図するところは2つあります。最初に、いろんな面から甲状腺が脳の化学成分に影響を与えるということを読者に紹介することです。近年、よく知られた神経伝達物質のセロトニンのような脳内化学物質が気分から食欲まであらゆる事に対し、どのように影響するのかということを示す研究が大変進んできております。それでも、甲状腺ホルモンが脳の化学成分を正常にするためにどれ程大切なものであるかということを多くの医師が理解していないのです。甲状腺ホルモンが要となる脳内化学物質であり、その作用や影響がセロトニンやその他の神経伝達物質と多くの点で似ているということを認識する時期に来ております。これらの影響には、ミュリエルが見出したように、うつ病のような感情的状態を和らげるということだけでなく、代謝の調節や性欲、生殖、食欲および精神の明晰さなどを含めて、精神と体の間の連係を円滑にするということがあります。
この本の2番目の目的は、患者のみでなく、その配偶者や家族、そして友人にも、甲状腺の病気によって引き起こされる困難や感情的な悩みを理解し、うまく対処できるような役立つ、実用的な情報を提供することです。この甲状腺の悩みに答える本には、患者である皆さんが症状の悪化を食い止め、再び健康を取り戻す手助けをする精神−体のプログラムについて詳しく述べております。また、正確な診断を得て、最適な甲状腺ホルモンのバランスを治療で得るために如何に上手に医師と付き合うかということもお示ししております。
アメリカ人の10人に1人−2,000万人以上の人が甲状腺機能障害に罹っております。甲状腺ホルモンバランスの乱れは、その双子の兄弟である臨床的うつ病と共に、ちょうど風邪のような感情の病気であると思われます。それでも、ほとんどの犠牲者が甲状腺の病気が精神や感情の一部をなしているということに気付いていません。ただ、自分が自分でないようだということ−そして長い間何かがおかしい感じがするということがわかるだけです。
この本はそういう人達のために書いたものです。そして、再び感情面の健康を取り戻すお役に立てることと信じております。
現在の状態と心配事の解決法  
体の他の器官と同じように、甲状腺も実に様々な病気に罹ります。甲状腺機能低下症(不活発な甲状腺)の原因のトップである、非常に多く見られる橋本甲状腺炎からリーデル甲状腺炎(甲状腺の健康な組織が線維性組織と置き換わる病気です)のようなまれな病気まで。甲状腺の主な機能は甲状腺ホルモンを作ることですが、これは代謝や他の体の機能に欠かすことのできない化学物質です。甲状腺ホルモンは気分や感情、認知、食欲、および行動を司る脳内化学成分の混合物の一部でもあります。
甲状腺の病気に関する家庭用医学書には、甲状腺疾患のまれなものと普通に見られるもののどちらも詳しく述べられておりますが、いちばん多い甲状腺ホルモンバランスの乱れの隠れた、そして誤解されることの多い影響についての詳しい記述はほとんどありません。何百万人という人に甲状腺ホルモンバランスの乱れがあるのにです。このため、この本ではほとんどの人が気にかけている様々なタイプの甲状腺ホルモンバランスの乱れを起こす病気に主力をおいております。それでも、甲状腺腫やしこり、甲状腺癌、甲状腺眼症などを含め、様々な甲状腺疾患に関する役立つ情報も含めました。このような病気のどれかに罹っていらっしゃるのであれば、この情報が診断や治療を求める際の手引きとしてお役に立つかと思います。
『甲状腺の悩みに答える本』は、甲状腺疾患患者のことや彼らの実生活上の困難、そして私が15年以上にわたって病気を治すお手伝いをしてきた中で、打ち明けられた様々な悩みをありのままに書いたという点で他の多くの甲状腺関係の本とは異なっています。これは多くの患者がうまく言い表すことのできない、隠れた苦しみについて述べた最初の本であり、この苦しみに取り組み、治すための新しい方法を初めて紹介する本であります。この本に書かれた患者の話が、甲状腺の病気とは関係ないだろうとあなたが思うかもしれない症状を見分ける役に立てばと思っております。さらに、そのような患者が身体的にも精神的、感情的にも健康を取り戻していく話を読んで、あなたが必要とする答えや治療に関するヒントが得られるかもしれません。
この本の使い方  
第1部は甲状腺−精神とのつながりについて新しくわかってきた知識と甲状腺ホルモンバランスの乱れが体の健康だけでなく、気分や感情、そして行動に対しても、どれほどの影響を与え得るものかということについて述べております。甲状腺ホルモンバランスの乱れを起こしうる様々なタイプの甲状腺疾患を挙げて、その病気が感情や体の健康に及ぼすと思われる影響の概略を述べております。ここで、甲状腺機能低下症(不活発な甲状腺)や甲状腺機能亢進症(活動し過ぎの甲状腺)の見分け方と正しい診断を得るための医師との協力の仕方がわかるようになっております。第1部では、広範な脳の機能として、脳が甲状腺ホルモンを使うため、神経科学者がどのようにして甲状腺を“付加的な脳”と見るようになったかということも示しました。また、ストレスへとの折り合いのつけ方や健康で安定した気分を維持する方法、そして甲状腺が正しく機能しているか、また適切な量の甲状腺ホルモンが脳に運ばれ、脳内に拡散しているかどうかということに大きく影響される生活への対処法なども学べるようになっております。ストレスと甲状腺ホルモンバランスの乱れは手に手を携えております。甲状腺ホルモンバランスの乱れがストレスの感じ方に影響を与え、ストレスが甲状腺ホルモンバランスの乱れの引き金を引く場合もあります。この甲状腺や免疫系と脳内の化学成分との間の関係は非常に込み入ったもので、それゆえ、ストレスの管理は甲状腺ホルモンバランスの乱れの突発を防ぐためにきわめて大切なことです。多くの医師は身体的影響にのみ注意を向ける傾向がありますが、甲状腺ホルモンバランスの乱れが体や精神にどのように影響するかということも学べるようにしております。
また、残念なことに、甲状腺ホルモンバランスの乱れが診断されないままであったり、誤診されたりすることが多いのですが、その様々な理由についても知ることができるようになっています。その理由の一つは、甲状腺ホルモンバランスの乱れに罹っている患者は気分障害や不安の症状を持つことがよくあり、そのためうつ状態や不安症と誤診される場合があるのです。脳内の甲状腺ホルモンバランスの乱れは甲状腺自体の機能不全か、ホルモンが脳内に拡散される道筋が断たれたためかのどちらかが原因となって起こると思われます。どちらにせよ、異なったタイプのうつ病や不安障害が起こることになります。脳内の甲状腺ホルモンのバランスが気分や感情、行動の安定を維持するのに欠かせません。甲状腺ホルモンは本当に抗鬱剤として使うことができます。正しい量の天然または合成のホルモン剤をある種の抗鬱剤と一緒に投与すると、奇跡的と言ってよいほどの気分の高揚が起こる場合があります。これは特にうつ病に罹っていて、プロザックやその他の選択的セロトニン再取り込み阻害剤のような従来の抗鬱剤に完全に反応しない人に本当に起こりうることです。
第2部は、甲状腺ホルモンバランスの乱れがどのように体重や性生活、また人間関係に影響するかについて詳しく述べております。甲状腺ホルモンバランスの乱れが私生活を妨げ、性生活や人間関係双方に破滅的な影響を与えることがあるため、このような私生活への影響についてどのように医師と相談すればよいかを学ぶことが大切であります。そのような影響がホルモンバランスの乱れを治療した後になくなるとは限りません。そのため、このような問題に対処し、配偶者に必要な支援を頼むやり方も学ぶことになります。
第3部は、女性の健康問題、特に不妊と流産、産後うつ病、そして月経前症候群ならびに更年期について頁を割いております。甲状腺ホルモンバランスの乱れが妊娠可能年齢にある女性の月経前症候群の原因となったり、あるいは症状を悪化させることがあり、また更年期になって女性がどのように感じるかということにも影響してきます。今後20年の内に、4,000万人の女性が更年期に入ることになり、その中の相当数が甲状腺ホルモンバランスの乱れに悩むことになります。閉経した女性のほぼ10から12%が甲状腺機能低下症になります。更年期症状と甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状には多くの共通点があるため、女性にとっては、いつ甲状腺の病気を疑い、いつエストロゲン療法を考えるかを知ることが大切なことです。
ほんの些細な甲状腺ホルモンバランスの乱れが不妊を引き起こすことがあります。そして、この不妊症により生じたうつ病が甲状腺ホルモンのバランスの乱れで悪化することがよくあります。女性が性欲をなくしてしまうこともあります。
不妊と甲状腺ホルモンバランスの乱れが精神に及ぼす影響の相互作用と、どうしたら甲状腺の病気によって生じる、この費用のかかる悪循環を断ち切れるかということを説明します。
第4部は、この『甲状腺の悩みに答える本』の中でもいちばん直接役立つ部分です。
甲状腺がどの程度健康であるかの測り方や甲状腺ホルモンバランスの乱れに悩んでいる場合どうすればよいかということがわかるようになっています。また、簡単にできる様々な自己診断法だけでなく、体の中にどれくらいの甲状腺ホルモンがあるかを測定するのにいちばん多く使われている検査法についても述べております。ここでは、この分野での主な議論の的となっている事柄についても調べております。血液検査では正常だと思われるのに甲状腺ホルモンバランスの乱れが起こりうるのでしょうか?また、将来甲状腺ホルモンバランスの乱れを生じてくるリスクを増大させるような、様々な疾患をまとめております。すでに甲状腺の病気の診断を受け、その治療をしている人も同じ病気に注意する必要があります。
甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症の治療中に生じてくる従来の甲状腺治療薬の使用に伴う副作用から、放射性ヨード治療中に起こることのある多くの問題まで、様々な問題の中で主なものもいくつか学んでいただくことになります。
あなたの病気にいちばん合った治療をしてもらうためにはどのように医師と協力したらよいかということ、また甲状腺ホルモンバランスの乱れを治療した後に残ることのある記憶喪失やその他の認知障害の予防法も学べるようになっております。このような甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響が、治療をして血液検査が正常に戻った後でさえ付きまとうことが何百万人という人に起こっており、その治療を求め続けることが必要な場合があります。私の患者の多くは 私が甲状腺ホルモンバランスの乱れの長期的影響から回復できるよう提唱した“健康サークル”モデルに従うことで効果を上げております。
甲状腺機能低下症や甲状腺に関連したうつ病、線維性筋痛、あるいは長引く影響に悩んでいる場合でも、症状を和らげたり、全身の健康を取り戻す方法をずっと捜し求めてきたのであれば、私が2種類の主要な甲状腺ホルモンを組み合わせて開発したまったく新しい治療プロトコールがあなたの甲状腺治療に革命を起こすことになるかもしれません。『甲状腺の悩みに答える本』は、この治療法とその効果を素人向けに解説した最初の本であります。
最後に、全体的な甲状腺の健康を維持するための包括的なプランを示しました。毎日あなたが行なう様々なライフスタイルの選択のやり方で、甲状腺ホルモンバランスの乱れを予防したり、あるいは緩和することができます。甲状腺の健康に最適な食餌法を見てみますと、その食餌が偶然ではなく、他の内分泌腺や体の器官の健康をも支えることになります。また、いちばん甲状腺にやさしい栄養と抗酸化剤や必須脂肪酸、および健康食品の効果についても学べるようにしております。甲状腺特異性ミネラルであるヨードと甲状腺に影響を及ぼす可能性のある薬に対しては特に注意を払っております。運動や定期的な身体活動の効果とアルコールやニコチンが特に甲状腺に害になる理由について、さらに詳しく述べております。
最終章では我が国の公衆衛生全般に役立つよう、甲状腺と精神、および気分との間の重要なつながりについて、医師や一般の人を教育するための8つの方法を挙げております。患者は甲状腺のルーチンな検査を求め始める必要がありますし、コレステロールレベル検査が当たり前のことになってきているように、一般へのスクリーニング導入が個人的にも、全体的にも大変な利益をもたらすことになるでしょう。
甲状腺への精神−体からのアプローチ  
最後に、この本で私が本当に患者に言いたいことを読者にお伝えしたいと思います。甲状腺の病気は純粋に身体的な病気ではありません。生体心理学的疾患、つまり精神と体の病気なのです。多くの甲状腺ホルモンバランスの乱れは現在、他の精神病とまったく同じように、脳内の化学成分を正すこと(この場合、甲状腺ホルモンの過剰か、少なすぎるかのどちらかです)と患者の健康と精神的安定を取り戻すことでコントロールすることができます。さらに、甲状腺ホルモンが、従来の抗鬱剤が効かないうつ病や不安症患者の脳内化学成分を安定させることがあります。
私の主張が通っていたなら、長いこと気分が優れない人は皆、甲状腺ホルモンバランスの乱れのスクリーニングをルーチンに受けていたことでしょう。甲状腺ホルモンバランスの乱れがあると診断された患者で、相当期間甲状腺ホルモンで治療を受けた後でも、元通りの自分ではないと感じる人は、この本に詳しく述べている精神−体プログラムで治療を受けることになるでしょう。
甲状腺ホルモンバランスの乱れを正すポイントは、単に診断して身体的症状の時間的経過を追うことから、この病気の感情面への影響に焦点がうつってきました。甲状腺機能障害が脳にひどい一撃を与え、長期間続く−時には永久的な−変化を生じて、健康や精神の安定に悪影響を及ぼす可能性があります。私が甲状腺疾患の感情的、精神的影響を治療する際は、薬と個人的ケアのどちらも使います。検査結果と患者の話を聞くことに重点をおいた最良の患者のケアです。この『甲状腺の悩みに答える本』の意図は、医師により十分な説明を受けていなかったり、あるいは理解されない精神的苦しみをいまだに抱えている甲状腺疾患患者すべてにまったく新しい情報と希望をもたらすことにあります。
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