情報源 > 書籍の翻訳[D]甲状腺の悩みに答える本
<第3部・第11章>
第3部<第11章>
月経前症候群(PMS)と更年期:周期の調整
思春期から閉経期まで、女性の体は常にホルモン周期により影響を受け続けています。これらのホルモンは生殖だけでなく、女性特有の性質を与えるためにも欠かせないものです。 性ホルモンには、エストロゲンやプロゲステロン、テストステロンおよびDHEAがありますが、筋骨格系や循環器系、免疫系を含む多くの体のシステムだけでなく、様々な器官(皮膚のような)の機能を司る上で重要な役割を果たしています。性ホルモンは思考や記憶にも重要な役割を果たしており、また気分や感情、性欲などに関係する脳内化学物質と相互に作用し合っております。
女性の月経周期の明確なパターンは、視床下部と脳下垂体からのメッセージにより、厳密にコントロールされています。より高次の脳センターによるこれらのメッセージのコントロールと脳機能に対するホルモンの影響は、甲状腺ホルモン系の作用の仕方を思わせるものです。甲状腺ホルモン系と性ホルモン系は、同じ「主内分泌腺」である脳下垂体が司るそれぞれ別個の独立した系ですが、この2つの間には重要な関係があります。
まず、甲状腺ホルモンレベルは、性ホルモンのレベルとその作用を著しく変化させます。甲状腺ホルモンバランスの乱れのために、月経の量が多く、期間も長くなったり(特に甲状腺機能低下症で起こります)、あるいは月経が止まってしまう(甲状腺機能亢進症と重症の甲状腺機能低下症で起こります)ようなことがしばしば起こります。性ホルモンに影響を与える甲状腺ホルモンは、受胎や妊娠期間全体を通じてきわめて重要なものです。
2番目に、性ホルモンが、思春期を迎えた女性の間での甲状腺疾患の発病に何らかの役割を果たしているようだということです。女性が妊娠可能年齢に入ると、慢性甲状腺炎とバセドウ病の発生頻度が急激に上がります。閉経期では、慢性甲状腺炎と軽度の甲状腺機能低下症の発生頻度がやはり上がります。また、閉経後の女性の13から15%に甲状腺ホルモン不足があります(1)。研究では、慢性甲状腺炎が生殖可能期間が長い(つまり、思春期と閉経の間の年月が長い)女性に起こる頻度が高いことが示されました(2)
それ以外にも、性ホルモンが甲状腺の活動に影響を与え、甲状腺の自己免疫疾患発病の引き金さえも引くことをはっきりと示す事実があります。例えば、潜伏性バセドウ病のある女性の多くで、妊娠の第1三半期<注釈:妊娠期間を3つに分けるのです。三半期はその1つです。しかし、最近の研究ではこの悪化の9割は胎盤から出てくるhCGというホルモンのためであることが分かってきました>や出産後に病状が一気に悪化する場合があります。出産後に起きる重要なホルモンの変化もまた、産後に甲状腺疾患を発病する頻度が高くなる理由と思われます。このようなホルモンの変化期を通じて起こる甲状腺疾患の発病や悪化は、おそらく性ホルモンが免疫系に及ぼす影響と関係があるものと思われます。例えば、性ホルモンのプロゲステロンが免疫系に影響を与えることがあり、自己免疫性甲状腺疾患の発病に役割を果たしている可能性があります。
このような原因または引き金となる影響に加え、性ホルモンは甲状腺ホルモンバランスの乱れの現れ方に重大な影響を及ぼします。気分変動やうつ病のような精神症状や患者がこれらの症状をどのように認識するかは、性ホルモンの変動に大きく影響されます。脳と体の両方の化学作用は、甲状腺と性ホルモンにより、正常になったり、異常になったりします。甲状腺ホルモンバランスの乱れがホルモン変化の症状を悪化させ、そのためいつもはホルモン変化の症状がほとんど、あるいは全くない女性が、甲状腺ホルモンバランスの乱れが起きた時には、以前より多くの症状を経験し始めるようになります。
甲状腺の病気が苦しみを拡大させるこの複雑な過程は、ホルモン周期の3つの重要な時期にいちばんはっきり現れます。月経周期の黄体期(排卵後、つまり卵子が放出された時で、ほとんどの女性が月経前症候群(PMS: Premenstrual syndrome)を経験する時期です)、産後期、そして閉経期です。この章では、甲状腺と月経前症候群(PMS)、そして閉経との間の関係に焦点を当てることにします(産後うつ病は<第13章>で述べます)。
月経前症候群(PMS): 化学物質のバランスの乱れ、それともホルモンの変化?  
月経周期の最後の時期(すなわち、月経期の5日から7日前)で、多くの女性が気分変動やいらいら、怒り、エネルギーの喪失、集中できない、食欲の変化(特に食べ物への異常な欲求)、不安、うつ病、通常の活動に興味がなくなる、消耗、および睡眠パターンの変化などに悩まされます。この一群の症状は俗に月経前症候群(PMS)と呼ばれ、周期性気分障害の抑うつタイプを思わせるものです。生殖可能年齢にある間、この周期的な感情や気分の変化は、しばしば密やかに始まります。徐々にですが、PMSを経験している女性は、気まぐれに、繰り返し起こる苦しみとうまく付き合えるようになります。
PMSの症状は、周期性うつ病のそれと同じであるため、気分変動を起こすようなわずかな化学物質のバランスの乱れがその理由として根底にあるのだと考えられることがよくあります。PMSは月経周期の最後の2〜3日により目立つようになる傾向があります。これは、排卵後に増えたエストロゲンレベルが下がり始める時期です。同時に、月経周期の第2期に大量に作られていたプロゲステロンも下がり始めます。これらのホルモンの変化が月経前症候群の元になっていると考えられていました。ホルモンの変化はまた身体的な不快症状の理由でもあります。むくみ、痛み、頭痛などPMSで皆さんが経験するようなことです。
月経前症候群は医学の中では、いちばんよく分かっていない症候群の一つです。内分泌病専門医や生殖腺専門医、精神科医、そして婦人科医が皆、この症候群の元になっているものを理解しようと試みていますが、それでもPMSの原因となるものを正式に証拠立てて述べた者は誰もおりません。ほとんどは、様々な専門医が自分達の分野に当てはめて症候群の一面に取り組んできたにすぎません。内分泌病専門医は、月経前に起こる体液や塩分の貯留の原因と考えられるいろいろな異常を見出しています。生殖腺専門医と婦人科医は月経周期の後半に起こるホルモンレベルの変化が月経前症候群の一部の身体的影響の原因であると説明しています。精神科医は、月経前症候群の感情面に焦点を当て、正しい診断を下すための基準をいくつか出しています(3)
様々な分野からの研究者が、月経前症候群の原因は、女性の中にはホルモンの変化または脳の化学物質の神経内分泌の異常、あるいはホルモンの変化によりもたらされたごく軽い周期性気分障害の悪化に敏感になる人がいるためではないかと言っております。さらに、ホルモンの変化が症状の発現と持続につながるファクターの引き金を引いたり、悪化させたりするだけではないかという可能性もあります。
一部の女性では、ごくわずかな化学物質のバランスの乱れが底にあり、それがPMSに罹りやすくしている可能性もあります。甲状腺ホルモン、コルチゾル、そして性ホルモン(すなわち、エストロゲン、プロゲステロン、およびアンドロゲン)が脳内化学物質とそれの体や精神への影響を調節しています。同じ脳内化学物質が気分障害と密接に関係しています。ホルモンと化学物質の相互作用が月経前症候群で経験する身体的、感情的苦しみにつながっているのではないかと思われます。
PMSの診断の難しさ  
すべての女性の少なくとも半数が、月経前に何らかの不快な症状を経験していますが、ほとんどの人で、その変化は軽いものであり、それが正常で、他の女性が経験しているのと同じだと思っています。月経前症候群の症状があるかどうか尋ねると、そのような女性から普通返ってくる答えは、「ええ、ありますよ」というものです。多くの精神疾患でもそうですが、精神科医は女性にPMSがあるかどうかを確かめるための、厳格な基準を出しています。彼らは、ひどい症状のある女性の中での「後黄体期身体違和障害」と呼ぶものと定義しています。実際にこの基準を満たし、PMSがあると診断される女性は5%にしか過ぎません(4)。それ以外の多くの女性は、それほどひどくない一般的な月経前症候群の症状があっても、この基準を満たしておらず、PMSとは見なされません。
月経前の苦痛のひどさは、女性が年を取るにつれて悪くなって行く傾向があります。気分変動が悪化し、コントロールできないという感じがますます強まり、新たな苦痛が生じることで、その特徴と現れ方が異なったものとなり、PMSか、甲状腺ホルモンのバランスの乱れであるか、はたまた更年期であるかということで、診断しようと試みる医師だけでなく、患者にとっても非常に紛らわしいものとなります。
PMSの症状は、閉経間際の時期に悪化することがあり、そのため同じようなPMSと閉経期の症状が入れ混じっている場合があります。中には、閉経期に入っていても、感情的不快症状や気分変動、またいらいらが毎月周期的に悪化したり、毎月数日間起こったりする女性もおります。この段階の生殖年齢では、PMSが自分の不快な症状の原因であると聞いて驚く女性が多いのです。
月経前症候群は、普通月経の5日から7日前に起こると言われていますが、その実際の期間がもっと長いことがあり、月経周期の15から20日に及ぶ場合があります。よくあることですが、症状が悪化するにつれて、症状のある期間がもっと長くなってきます。
PMSに加え、まだ診断されていない慢性の気分や不安障害のある女性では、特に正しい診断を得ることが難しくなります。PMSタイプの症状と気分障害のどちらも、一般集団の中ではきわめてありふれたものなので、根底にごく軽度から中等度の気分障害がある女性は、これは抑うつタイプのものが多いのですが、大抵、月経前症候群も経験しています。このような女性では、気分障害に関係した感情的苦しみが、この月経周期の中でも影響を受けやすい時期に悪化します。月経前の数日間、これらの女性はPMSと気分障害の両方から来る不快な症状に悩まされ、時には何もできなくなる程症状がひどくなることもあります。脳内のわずかな化学物質のバランスの乱れがPMSの根本原因であるということを支持する強力な論拠となるものは、この症状の増強です。次に挙げる例は、様々な障害が混じり合った場合に、医師が月経前症候群に罹った患者を正確に診断する上で遭遇する困難をはっきり示すものです。また、この例は脳内の化学反応がPMSとその他の精神障害のどちらにも共通の分母として重要であることをも示しています。
35歳の主婦であるアリッサのケースでは、慢性の不安障害がPMSの症状と重なり合っており、状況を非常に複雑なものにしていました。彼女は慢性の不安だけでなく、間欠的に2〜3日続く抑うつ気分が起きる循環症にも罹っておりました。アリッサのPMSは6〜7年前に始まり、最近になって症状が悪化してきました。周期の中程では、気分の変動がひどくなり、不安症状も悪化しました。数人の医師に診てもらったのですが、彼女の症状がとても紛らわしいものとなっていたため、様々な診断名を付けられましたが、何の助けにもなりませんでした。
彼女が言うには
私はいつ排卵しているかが分かるんです。排卵すると、ホルモン地獄への道を歩き始めます。気分は暗くなり、うつ病が悪化します。その間ほとんど、何らかのタイプの不快症状が付きまといます。つま先のしびれやじんじんする痛みがひどくなります。月経にはものすごい痛みがあり、偏頭痛もひどくなります。まるでナイフを頭のてっぺんから突き立てられたみたいになります。
気分や感情はローラーコースターに乗っているみたいです。月に1度は主人と離婚したくなります。一度、主人に出ていってくれと言いましたが、それはショッキングなことでした。彼は絶対そのとおりにできるはずなかったんですから。
月経が近づくにつれ、何かに集中することがますます困難になります。何だか精神力がなくなったようでした。また、月経が近づくにつれて、他の症状も皆ひどくなっていきます。前よりも震えがひどくなり、心臓も一層ドキドキするようになります。寒くなって、筋肉の痙攣も頻繁に起こるようになります。自分の体がどうなっているのだろうと不安になります。じっと休んでいるとどっと不安に襲われます。
毎日寝る前に、明日はきっといい日になるだろうと考えます。そんなことはめったに起こりません。部屋の隅に行って、はいつくばり、頭を抱えてこの地上から消え失せてしまいたくなるんです。
アリッサの気分変動とうつ病は、医師が彼女に甲状腺機能低下症があるという6ヶ月程前に、悪化したことに彼女は自分で気付いていました。甲状腺機能低下症の治療がうまく行って初めて、彼女はPMSが著しく改善したことに気が付きました。
甲状腺ホルモンバランスの乱れ:PMSとのつながり  
内分泌病専門医は、体液貯留やむくみ、および乳房の圧痛のような月経前症候群に起こる症状の一部の原因を調べるため、体のホルモン系の様々な側面を研究してきました。そして、甲状腺ホルモン系を含む多くのホルモン系に異常があることを見出したのです。甲状腺ホルモンが、感情や気分に影響を与えることが知られている脳内化学物質のレベルを変化させることから、数名の研究者がPMSは果たして甲状腺ホルモンバランスの乱れで起きるのかということを確かめようと試みました。
国立衛生研究所のPeter Shmidt博士等は、月経前症候群の臨床的基準(5)を満たす多数の女性の研究で、PMSのある女性の10.5%に甲状腺ホルモンバランスの乱れがあり、それも軽度の甲状腺機能低下症である頻度が高いということを示しました。ごくわずかな甲状腺ホルモン欠乏を検知するための方法の中で、もっとも感度の高い検査であるTRH刺激検査を用いたところ、正常な基礎TSHレベルを持ち、PMSのある女性の30%にごく軽度の甲状腺ホルモンバランスの乱れがあることも見出されました。生殖可能年齢にある女性の大きなサンプル集団で、TSH測定により軽度の甲状腺機能低下症と確かめられる頻度は、一般的に3.6%から7.5%の間であることから、この研究で見出された割合は思ったより高いものでした。
Nora Brayshaw博士が行った開放型臨床試験で、高用量の甲状腺ホルモンがPMSのある女性の症状を緩和することが示されました。研究した女性のほとんどに軽度の甲状腺機能低下症がありました(6)
これらの結果は、他の研究で確認されてはいないものの、軽度の甲状腺機能低下症を含む甲状腺ホルモンバランスの乱れが、全部ではありませんが、一部の女性でPMSの発症や悪化に何らかの役割を果たしているのではないかということを示唆するものです。脳内の甲状腺ホルモン欠乏が一部の女性では月経前症候群の元になっている可能性があります。甲状腺機能低下症の症状と月経前症候群の症状が似ていることから、この仮説は説得力があると思われます。共通の症状の中には、体重増加や体温調節不良、倦怠感、いらつき、気分変動、および不安などが含まれます。一部のPMSに罹っているが、甲状腺は正常である女性に甲状腺ホルモン治療が有効であることは、うつ病に罹っている女性で見られる効き目を思わせるものです。
マーサは32歳のマネージャーですが、2年前に婦人科医が甲状腺機能低下症の診断を下すまで、PMSの症状が出たことはありませんでした。
彼女が言うには
最初、私はほとんどいつも幸せでした。それから、2年前に疲れたり、落ち込んだりするようになり始め、また生理の前に頭痛がするようになりました。少しずつ、私は非常に感情的になっていき、ベッドから出られなくなりました。起きて、シャワーを浴び、落ち込んで、ただそこに座っているだけという具合でした。
数ヶ月間、生理が2週間も続きました。そのため、丸々1ヶ月PMSになっているように感じました。いつもいらいらしていました。甲状腺機能低下症の診断を受け、甲状腺ホルモン治療を始めてから、症状が減り始めました。頭痛も楽になり始めましたし、その後症状が消えてしまいました。
マーサのケースは特別なものではありません。慢性甲状腺炎があることが分かった別の女性は、最初PMSを訴えて医師の診察を受けていたのです(7)。甲状腺ホルモンの欠乏がたくさんのPMS症状を生じることがあるのです。
PMSの原因としての甲状腺機能亢進症  
軽い甲状腺機能亢進症は、何年もの間、気付かれないことがあります。特に月経のストレスを受けている最中に、よくなったり悪くなったり、あるいは急に悪化することがあります。一部の女性は、体や精神への軽い甲状腺機能亢進症の影響に、月経中にだけ気付きます。バセドウ病の診断を受けた女性の多くが、何らかのPMS状態を経験しており、それはバセドウ病が何倍にも増したPMSとして現れたものです。甲状腺機能亢進症の症状とPMSは非常に似ているので、甲状腺機能亢進症の症状をPMSが悪化したものだと思ってしまう場合があります。次に挙げる例は、軽い甲状腺機能亢進症がPMSとして現れ得るものだということをはっきり示しています。
41歳の医師であるコートニーは、何年もの間、軽度の甲状腺機能亢進症に悩んでおりました。その間、彼女は何度となく徹底的な甲状腺機能検査を受けました。正常な甲状腺機能を示した検査も数回あるし、ごく軽い甲状腺機能亢進症を示した検査もありました。コートニーを診た医師で、抗甲状腺剤を与えるべきだと思った者は一人もおりませんでした。彼女の病歴の中で特に注目すべきは、月経前の時期にだけ症状が出たということです。彼女が述べた症状はすべて月経前症候群のものでした。甲状腺の病気を治療してからというもの、彼女にはPMSの目立った症状は出なくなりました。
コートニーによれば
医学部に入る前、私がもっと若い時、19歳か20歳の時ですが、その時から南部の方で休暇を過ごしていると、特に夏の気温が高い時に不快に感じるということに気が付いていました。手が少し汗ばんでおり、冬の間ほとんど手袋無しで過ごしました。必要だとは感じなかったんです。また、脈が速くなることもありました。息子が生まれた時、私は25歳でしたが、医師が甲状腺をチェックして、治療するほどひどくはないと言いました。
専門医学実習期間は非常なストレスを受けました。体重が減り、手がしばしば震え、夜は不安が増しました。
月経の症状が出始めたのは、20歳の時です。その後、だんだんひどくなっていきました。生理が終わると、始まる前のように落ち込むこともなく、元気になったように感じます。生理が始まる前は、ひどく気持ちが傷つきやすく、泣くこともありました。自分をコントロールすることができず、起こっていることに冷静に対処できませんでした。
PMSが出ると、感情が激して、かき乱され、いらいらするようになりました。それが感情にさらにひどくこたえました。時には、自分が頻繁にチャンネルを変える8トラックのテープのように感じました。
甲状腺機能障害がどのようにしてPMSを悪化させるのでしょうか?  
PMS症状の悪化がある女性の多くに、甲状腺機能障害が見付かっています。いちばん多いのは軽度の甲状腺機能低下症です。軽い月経前症候群のある女性では、甲状腺ホルモンバランスの乱れが起こるとPMS症状がひどくなることがあります。
ビリーは32歳の時、婦人科医から甲状腺腫との診断を受けました。甲状腺の検査で、甲状腺機能低下症だと分かりました。ビリーには20歳でPMSが出始めましたが、その症状とはとてもうまく折り合いをつけていました。でも、診断を受ける前の3年間に、症状が少しずつ悪化してきました。彼女は数え切れないほどの医師に診てもらいましたが、それぞれ違った治療を勧め、どれも効き目はなかったのです。PMSの悪化は、甲状腺機能低下症を治した時によくなりました。
治療前に、ビリーは自分の症状を次のように話しました。
ずいぶん長いこと、このような症状に悩んでいます。ボーイフレンドと別れなければと思いました。そうしないと彼を嫌いなるかどうかしたでしょう。でも、彼が去ってからも、まだ症状があることに気が付いたのです。ここ3年くらいで、症状はうんと悪くなりました。まるで時計みたいに正確でした。同じ感覚、同じ不安がやってきます。医師はPMSと診断して、プロザックを処方しました。プロザックは少し効きましたが、副作用がでました。それで飲むのを止めました。
私はものすごくそのことを気にしていました。月の内20日は大丈夫なんですが、いつもそれが来るのを待ち構えていました。突然、私の体の中に何かが入り込んで、のっとられたような感じになるんです。
精神は突然変わってしまいます。食欲は信じられないようなめちゃめちゃな状態になります。何をしても満足できません。この不調和が私を気も狂わんばかりにするんです。感情の波に圧倒されるようになります。波のように押し寄せては返すんです。何でかわからないけど泣いてしまいます。私はこの上なく幸せで、家族のためにいろいろしているかと思うと、5分後に何かが私の頭をおかしくして、友達や主人を怒鳴りつけます。私は同じ人間ではないんです。2重人格になったみたいです。
私はPMS専門医のところへ行きました。先生は私にパンフレットを渡してこう言いました。「これがPMSというものなんですよ。お気の毒ですが何も言うことはありません。この避妊用ピルを飲んで、効くかどうか様子をみてください」ピルを飲むと、疲れるようになり、太ってしまいました。別の医師は私の病歴を見て、双極性障害に罹っているかもしれないと言いました。循環症だと言った医師もいます。
ビリーのPMSは、甲状腺機能低下症が起きた時点で一層ひどいものになりました。甲状腺ホルモン治療で、彼女の精神はいつもはっきりするようになり、症状も改善されました。
彼女が言うには
前よりずっと落ち着いた状態を保っています。食欲も普通になってきました。エネルギーレベルにもあまり変動がありません。一度にたくさんのことをするようなことはありませんでしたが、前よりも几帳面になりました。いつもは一度にたくさんのことをしようとするんです。ケーキを焼いて、料理をし、洗濯をするという具合に。でも、前みたいに疲れません。気分も前より落ち着いています。よく考えてから返事をするようになりました。今まで飲んだ薬の中で、これほど効いたものはありません。
甲状腺機能亢進症もPMSの症状を悪化させることがあります。PMS症状になじんでいる多くの女性がバセドウ病を発病しているということは、甲状腺機能亢進症になった時にPMS症状が著しく悪化することを示すものです。
35歳の主婦であるビクトリアは、長年にわたってPMS症状に悩まされておりましたが、バセドウ病を発病した時に症状が悪化しました。ビリーのケースでもそうだったのですが、甲状腺機能亢進症を直した後、症状の悪化はなくなりました。
ビクトリアが言うには
10年前に結婚した時から薬でPMSの治療を受けていました。最初の妊娠から次の妊娠までの間、PMSが治まっていましたが、2人目を産んだ後でどんどんひどくなってきました。涙を流すことが多くなり、本当の問題ではないようなことに対してわめくようになりました。主人がすることは何もかも間違っているように思えました。そして、その図々しさが嫌でたまりませんでした。主人をドアから外に放り出したいと思いました。それが最初に結婚した時から健康診断に行っている理由の一つです。誰かといつも一緒に同じ屋根の下に住むようになるまで、そんなことには気付かなかったからです。
その時、私がかかっていた婦人科医が生理の前に軽い利尿剤を飲むように言い、幾分PMSが軽くなりました。いちばん下の子供を産んでから、前と同じくらい、涙を流し、つまらないことにがみがみわめくようになりました。その後、排卵時から始まるPMSを訴えて、医師の元へまた行きました。まったくコントロールできない状態と高いレベルのストレスを感じる状態に、私の生活の半分が費やされていました。ほんの些細なことが私をかっとさせるのです。
生理がもうすぐ始まりそうな時、たぶん生理の1週間ほど前だと思いますが、私のいらいらは一層ひどくなります。目に付く甘いものは皆食べたくなります。眠りたくて、セックスを避けるようにします。疲れて、悲しく感じます。生理が来て、終わってしまえば、その月はもう大丈夫なのです。何であれ、自分がしていることに集中できます。
私がかかっていた婦人科医は避妊用ピルを出しました。効き目がないのでまた先生のところへ行きました。先生はたぶん月経前症候群だと思うからプロゲステロンを飲むとよくなると言いました。それは症状に効くだろうということでした。私は乾燥した地域の出身なので、いつもかつも汗をかいていました。でも、それは気候のせいだろうとしか考えていませんでした。そのように汗をかくのは、もちろん甲状腺機能亢進症の症状です。
甲状腺の病気がない女性に甲状腺疾患のことを説明するのに、バセドウ病がPMSの要素−感情的行動、怒り狂うこと、泣くことなどその類のことすべて−を1000分の1ほど増強したようなものだという例えを使います。いつもそんな風に感じていました。PMSとバセドウ病を真から区別することはできませんでした。前にPMSがありましたが、ちょっといらいらして、普通より少しばかり余計に泣いて、一種のだるさを感じ、胸を抑えると少し痛みがあり、感情的にはわずかにコントロールが利かなくなる程度でした。
甲状腺ホルモンの過剰または欠乏が月経前症候群に異なった様相を加えます。すでに存在しているPMSを強めるだけでなく、新たな症状が加わって混じり合います。新たに加わる苦しみは、甲状腺ホルモンバランスの乱れのタイプとひどさによって異なります。
甲状腺機能低下症がPMSの間に、より急激な抑うつ気分や発作的に泣き出すこと、絶望感やコントロールを失った感じ、眠気、罪悪感、怒りを誘発する一方で、甲状腺機能亢進症は、より一層の不安症状、落ち着きのなさ、睡眠パターンの変化などをもたらします。 パニック発作が出る甲状腺機能亢進症の女性が、月経周期の最後の頃にその発作の頻度もひどさも増すことに気付く場合があります。一般的に、気分変動やいらいら、そして怒りが月経前に、より程度の高い不安や激情と混ざり合うようになります。
甲状腺機能低下症とPMSが一緒にあると、月経の前に女性が性欲を失ったり、性的興奮が不十分になることが多いのです。甲状腺機能亢進症の女性もPMS期には性欲が減少します。しかし、中にはセックスに対する興味が強まり、性的興奮も高まる女性もおります。
甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響が、甲状腺機能亢進症や機能低下症に関わりなく、PMSを悪化させる一因であるため、ホルモンの変化と脳内の化学物質のバランスの乱れがおそらくPMSの元となっているのであろうということが言えます。また、脳内のT3レベルの変化もその影響を強めます。
甲状腺と閉経前  
内分泌病専門医は、閉経前(おおよそ閉経の5から10年前から閉経が起こるまで)に甲状腺機能低下症が起きると、他の時期に起きるよりもさらに大きなストレスとなるということに気付きました。また、甲状腺機能低下症の症状も、閉経前のホルモン変化により強まることがあります。更年期に甲状腺疾患が長いこと治療されないままでいると、うつ病やいらいら、怒りが一層起こりやすくなり、個人的な問題やより多くの更年期症状を引き起こす可能性があります。
更年期と甲状腺機能低下症の症状は驚く程似ており、それが軽い甲状腺機能低下症に罹っている多くの患者を更年期のせいだと片づけてしまうことにつながっています。女性が更年期または閉経後であれば、婦人科医の頭にまず浮かぶのは、気分変動や疲労の症状がホルモンバランスの乱れのためだということです。女性がこの可能性を医師にほのめかすことさえあります。もし、これらの症状が適切なホルモン補充療法にもかかわらず、いつまでもよくならない場合、その症状が甲状腺から来ているのではと思って実際に検査するのは、抜け目のない、周到な婦人科医だけでしょう。
閉経に及ぼす甲状腺の影響  
今後20年の内に、4000万人近くの女性が閉経を迎えます。そして、その内かなりの数の人が甲状腺ホルモンバランスの乱れを起こす危険性を持っています。閉経時には、慢性甲状腺炎や甲状腺機能低下症を起こす女性がさらに多くなります。女性がこれらの病気を発病する確率も、加齢とともに増加します。甲状腺疾患が閉経期の女性に及ぼす影響のため、閉経後に起こる様々な身体的、感情的ストレスに対処できなくなることがあります。
甲状腺ホルモンバランスの乱れは、閉経期の症状を紛らわしくしたり、あるいはひどくしたりする場合があります。規則正しい月経がある時期から、月経が止まるまでの道筋は、生殖可能年齢の終わりを示すというだけでなく、女性がどのように自分自身を認識するかについて新生面を開く上で、ホルモンや社会文化的影響を受ける非常に重要な時期でもあります。女性はうつ病や認知障害を一層起こしやすくなります。
現在では、多くの女性は閉経後の生活が生涯の3分の1を占めるようになっています。女性に対する総合的なケアの必要性および女性の健康を保証する予防医学や教育の重要性が認識されているにもかかわらず、保健医療給付システムでは、甲状腺ホルモンバランスの乱れの早期発見と適切な治療には重きが置かれてきませんでした。甲状腺疾患についての教育は、女性の、特に中年の女性の健康プログラムの一部とするべきです。
閉経とは、特に月経の停止のことを言う言葉ですが、その移行期の間、エストロゲンレベルが徐々に下がり、完全に止まるまでに月経が不順になっていき、しばしばひどくなります。PMSがそうであるように、閉経期の甲状腺疾患も女性がどのように更年期症状を認識するかということ、またその症状の性質にさえも影響を与えます。
初期の研究はきちんとデザインされたものではなかったため、閉経期の女性はほとんど例外なくのぼせや寝汗、膣の乾燥、そしてうつ病やいらいら、体重増加、不眠、めまいなどを含むその他の多くの症状を経験すると皆が思い込んでしまったのです。しかし、最近の研究では、実際に女性が経験する更年期症状は、女性がそう思い込まされていたよりもずっと少ないことが示唆されています。発表されたたくさんの報告とは反対に、うつ病や感情的な不安定は誰もに一様に起こるものではありません。閉経期についての信頼できる情報がないことが女性の不安やマイナスの感情を募らせ、それが症状を長引かせるのです。
女性がどのように閉経期をとらえるかについては、人により大きく異なります。更年期症状を訴える女性は、より高いレベルのストレスを受けており、特に閉経にマイナスのイメージを抱いている場合が多いのです。メディアや素人向けの雑誌に出ている恐ろしい更年期症状の描写が更年期についての恐怖や不安をさらに煽り立てているのではとも思われます。イギリスで行われた研究によれば、調査対象の一般医の内44%が、閉経について不安を覚える女性患者が増えているのはメディアの影響であると指摘しています(8)。女性の中には、閉経をどうすることもできない絶望と憂うつに陥る時期として見るようになる人もいるかと思われます。医師であり、女性の健康についての専門家でもあるChiristiane Northrupはこう言っています。「閉経期に問題が起こるだろうと思うと問題が起きます」(9)
閉経期の身体的、感情的症状はエストロゲンレベルの低下のためだと思われていました。そして、エストロゲン補充療法でエストロゲンの減少は治せるはずと思われていたのです。エストロゲンは間違いなく、認知機能や気分に影響する脳内化学物質と重要な相互作用を持っています。しかし、そのような症状の発生にさらに大きな影響を持つと思われるものは、閉経前に経験するストレスの量です。日本とアメリカで行われた研究では、更年期症状の発現とその症状の出る頻度は、日本人女性とアメリカ人女性の間で著しく異なることが示されました(10)。その違いはあまりにも大きく、社会分化的ファクターによってしか説明がつかないものです。例えば、アメリカ人女性の約38%がエネルギーの欠如を経験していますが、それに比べて日本人女性ではわずか6%にしか過ぎません。アメリカ人女性の30%あまりがいらいらを経験しているのに、この症状を訴える日本人女性はわずか12%です。うつ病や睡眠障害のようなそれ以外の多くの症状は、日本人女性よりアメリカ人女性に平均3倍多く見られます。アメリカ人女性はのぼせや寝汗も日本人女性より訴える人が多いのです。
日本人女性の間では、うつ病の発生率がもっとも高いのは閉経前の女性ですが、アメリカ人女性の間では、間もなく閉経する女性にいちばんうつ病が多く発生します。うつ病に向かう傾向のある女性は、閉経期に起こる変化をうまくコントロールできないと感じており、そのような変化をマイナスのものとしてとらえていると思われます。うつ病が悪化すると、ストレスに圧倒されるように感じます。
ほとんどの女性にとって、ホルモンの変化が健康上の変化あるいは更年期症状のすべての原因ではないと思われます。しかし、ホルモンの変化がのぼせや寝汗の発生に重要な役割を果たしているようです。のぼせの発生率は、以前考えられていたよりはるかに低いようで、女性の50から60%に起こります。
ある研究で、近親者との死別や離婚、あるいは友人の引越しなどから来るストレスが、閉経期の心理的、身体的症状に密接に関係していることが見出されました(11)。教育や社会経済的地位が低いというような他のファクターも、中流女性の間に一般に見られるより、うつ病の症状が出やすいということに関係しています。女性の月収が低ければ低いほど、閉経時の神経性愁訴の発生率が高くなることが示されています(12)。気分変動に向かう傾向のある人は、生活の変化を予期したり、対処する際に無力だと感じることが多いのです。さらに、更年期症状が脳内化学物質の変化につながりがあり、月経前症候群の病歴があると更年期症状が出る確率が高くなるということを示唆する証拠があります(13)
先に挙げたばかりの証拠に基づけば、閉経前に起きた甲状腺ホルモンバランスの乱れにより、女性に更年期症状が出やすくなる可能性のあることが理解しやすくなるでしょう。カナダの研究では、閉経前に健康上の問題、特に関節炎や甲状腺の病気を経験した女性は、閉経期にうつ病が出る可能性が高くなることが分かっています(14)。これが甲状腺機能低下症の女性が、例え甲状腺ホルモンで適切に治療を受けた場合であっても、頭痛やうつ病、便秘またその他の“更年期”症状に悩まされることが多いことの説明となります。
同じくらい大事なのが、甲状腺ホルモンバランスの乱れの精神−体への影響が、バランスの乱れがごくわずかなものであったとしても、閉経期の女性でよりはっきり現れてくる場合があるということを知っておくことです。
閉経期の女性と閉経間近の女性に対しては、リラクゼーションテクニックや甲状腺ホルモンバランスの乱れを治すこと、および生活習慣のファクターが、甲状腺ホルモンバランスの乱れの長引く影響を予防、あるいは治療する上できわめて重要となります (<第16章>参照)。性ホルモンや甲状腺ホルモンおよび環境のストレスが精神と体に影響します。これらの影響がどのように気分や身体的不快症状として現れるかは、女性によって様々に異なります。したがって、医師がどのように患者の苦しみを診断するかは、医師といちばん目立つ症状の原因と思われるものによって異なります。ある医師はホルモンのせいにし、別の医師はストレスだと言うかもしれません。そして3人目の医師はうつ病や不安をほのめかすかもしれません。月経前の時期であろうが、産後、あるいは閉経期であろうが、女性の周期に及ぼすホルモンの影響による苦痛のタイプやひどさには関係なく、甲状腺の要素をできるだけ早く突き止め、治すように心がけるべきです。
覚えておくべき重要なポイント
新たにPMSが出た場合、不活発または活発すぎる甲状腺が症状の原因かもしれません。
PMSの症状に悩まされていて、最近症状がひどくなり、月経に変化が出た場合、医師に甲状腺ホルモンバランスの乱れも考慮してもらうようにしてください。
PMSは本質的に脳内の化学作用の障害であり、脳内の化学作用を司るホルモンの変化が重要な原因ファクターと思われます。甲状腺ホルモンは脳内化学作用に主要な役割を果たすものだということを頭に入れておいてください。
生殖可能年齢にある時に、ひどい甲状腺ホルモンバランスの乱れを経験したのであれば、閉経時に不快な時期を経験する可能性が高くなります。適切な甲状腺の治療とリラクゼーションテクニックで解決がはかれる場合があります。
閉経期は女性にとって様々な病気が出やすい時期です。甲状腺ホルモンバランスの乱れ(慢性甲状腺炎と甲状腺機能低下症)が出る頻度はこの時期に急激に増加します。
更年期症状と甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状はとてもよく似ています。うつ病や疲労、気分変動を経験し始めたら、閉経期のせいだと思う必要はありません。医師に甲状腺の検査をしてもらいましょう。
甲状腺ホルモンバランスの乱れが更年期症状を悪化させ、またその逆のことも起こります。閉経と甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響すべてに取り組まない限り、症状が続き、時間が経つにつれてエスカレートしてくることがあります。
参考文献
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