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第45回日本甲状腺学会報告記
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

甲状腺学会で浜松に来ています。熊本発午前9時のJASに搭乗し、午前12時に浜松に到着。名古屋空港から名古屋駅、新幹線で浜松というルートです。現在、午後1時30分、浜松駅前の浜松名鉄ホテルでこの文章を打っています。アクトシティー浜松で第45回日本甲状腺学会が、本日夕方から始まります。午後3時半から評議員会に出席し、午後5時半から前夜シンポジウムです。

今回の前夜シンポジウムのテーマは『甲状腺良性腫瘍をどのように扱うか?』です。内科医、外科医、病理医の立場でそれぞれ意見を述べ、みんなで討論するわけです。今回の論点は、1]手術するかどうかは何で判断するか?2]手術しない場合の危険率は?3]手術しない場合は、どのような経過観察をするのがよいか?4]チラーヂンSを投与してTSH抑制療法を行うべきか? など、日常臨床で常に問題になる論点です。白熱した討論が予想されます。何故かというと、今回の日本甲状腺学会は第35回甲状腺外科研究会とのジョイント開催です。通常、甲状腺学会は、内科医が主体の学会です。甲状腺外科研究会は外科医が主体の学会です。同じ甲状腺を研究、診療している内科医、外科医が一緒に集まる機会はそんなにありません。ですから、今回の学会は「甲状腺週間」と銘打っています。このような試みはこれからもどんどんやって欲しいものです。外科医と内科医が交流することで甲状腺の分野の進歩に貢献できれば素晴らしいことです。赤須先生が、そろそろ浜松に着く頃です。この辺で、報告の第一声は終わりにします。今夜の討論の模様は今夜か明日、報告します。

前夜祭の報告から始めましょう。
今回のテーマは『甲状腺良性腫瘍をどのように扱うか?』です。今回の論点は、
1]手術するかどうかは何で判断するか?
一番よい方法は、穿刺吸引細胞診であることは、現在常識になっています。しかし、問題は濾胞癌の診断です。そのほかの悪性腫瘍は、穿刺吸引細胞診で診断可能です。濾胞癌の診断において、決定的なものはなく、経過をみて怪しい結節は手術をするという対応が、実状です。
2]手術しない場合の危険率は?
甲状腺の良性腫瘍が癌になるという証拠は、現在のところ証明されていません。ですから、良性腫瘍と診断された場合は、経過をみても危険はないということです。良性腫瘍の自然経過は、隈病院の有名な研究があります。ただ、濾胞癌は完全に診断できないので、定期的に診察を受けることが重要です。
3]手術しない場合は、どのような経過観察をするのがよいか?
年1〜2回程度の診察で十分です。触診、超音波、血液検査を含めた診察になります。診察間隔、検査項目は主治医の考え方で、多少の違いはあります。
4]チラーヂンSを投与してTSH抑制療法を行うべきか?
印象として、積極的にチラーヂンSを投与している医師は少ないようです。TSHを十分に抑制する量のチラーヂンSを投与した場合、25〜30%の症例で体積が50%以下に縮小するといわれています。ただ、この量のチラーヂンSを投与すると、閉経後の女性では骨粗しょう症の危険性がありますので、注意を要します。もし、TSH抑制療法を行う場合には、患者さんの骨の状態をチェックして投与開始するか、投与中も定期的に骨塩量を測定しながら常に骨粗しょう症には気をつけるべきでしょう。

今回の学会の特徴は、日常臨床に関連した生涯教育セミナーを5つ行い、それぞれ90分という異例の講演時間を割いたことである。そして、フロアーから活発に討論できるようにしたことである。今までは甲状腺学会も、他の学会と同じように分子生物学の演題が主流を占めてきた。これも学問の進歩には必要なのですが、臨床医にとっては、日頃、患者さんを診察していて問題になることなどについて知りたいわけです。そのためには、もっと、日常臨床に関連した問題を重視、企画して欲しいと多くの臨床医はかねてより望んでいたのです。その意味では、今回の学会ほど臨床的な問題を重点的に取り扱ったことはかつてありませんでした。画期的な学会であったわけです。生涯教育セミナーの会場は、満員であり、メインの口演会場は閑古鳥、という状況は今の甲状腺専門医が何を望んでいるかということを如実に表しています。

まず、生涯教育セミナーとして取り上げられたテーマは、1]潜在性甲状腺機能低下症についてー治療を行うべきか否か−、2]内分泌医が知っていなければいけない基礎知識:自己免疫性甲状腺疾患の病因、3]一般外来で見逃してはいけない甲状腺疾患の頻度と見方、鑑別診断:コストエフェクティブな検査の選び方、4]甲状腺眼症:内科医にできる診断と治療、5]バセドウ病のアイソトープ治療:どのようなときにアイソトープ治療を選ぶか、患者に負担をかけないやり方は、の5つです。それぞれについて簡単に述べます。
1]潜在性甲状腺機能低下症について−治療を行うべきか否か−
潜在性甲状腺機能低下症とは、甲状腺ホルモンは正常で、血清TSHが少し高い状態です。治療するか否かは、米国内分泌学会でもここ3〜4年毎年取り上げられているテーマです。今回の生涯教育セミナーでは、東海大学腎内分泌代謝内科の阿部好文先生が、事実に基づいた素晴らしい講演をされました。ここで、注目されたのは血清TSH値の正常値です。最近、米国では、今の血清TSH値の正常値は幅がありすぎるのではないかという疑問が出され、甲状腺疾患を持っていないことを確認した正常人から改めて正常値を算出したところ、0.4〜2.5mU/Lであった。日本の多くの検査センターでは、0.3〜4.0mU/Lあたりではないであろうか。因みに、当院では0.3〜3.5mU/Lである。当院の血清TSH値の正常値も、検討し直す予定である。結論としては、「潜在性甲状腺機能低下症の頻度は10%前後と高く、心機能とコレステロール代謝に影響をあたえ、動脈硬化の発症、進展に関与している。したがって、積極的に発見し、治療する意味はあるが、その際は甲状腺ホルモン剤の投与量には充分注意する必要がある」としている。
2]内分泌医が知っていなければいけない基礎知識:自己免疫性甲状腺疾患の病因
この時間は、甲状腺外科研究会で行われていた「内視鏡下甲状腺切除術:帝京大学病院からのライブ・デモンストレーション」を見に行っていましたので、聞き逃しました。この講演を聴いた先生からあとでお話しを聞きましたところ、かなり難しい内容であったそうです。多分、わたしは聞いても理解できなかったでしょう。「内視鏡下甲状腺切除術:帝京大学病院からのライブ・デモンストレーション」の会場は外科医の先生が多く、討論も外科的な専門用語が多く、わたしにはチンプンカンプンで途中退席しました。でも、試みとしては非常にいいものでした。
3]一般外来で見逃してはいけない甲状腺疾患の頻度と見方、鑑別診断:コストエフェクティブな検査の選び方
すみれ病院の浜田昇先生の講演でした。討論が活発で、先生が予定してきたスライドの半分も話せなかったそうです。それだけ、みなさん興味のあるところなのでしょう。ここで、注目されたのは抗甲状腺抗体が陽性なら、慢性甲状腺炎と言っていいかどうかについての結果です。詳細な病理所見と抗体検査から、抗甲状腺抗体が陽性なら慢性甲状腺炎と診断していいというものです。抗甲状腺抗体陰性の慢性甲状腺炎も8.6%いるそうです。そのような症例は、触診、超音波、甲状腺機能などから診断できます。どの抗体が一番いいかというと抗Tg(サイログロブリン)抗体だそうです。わたしも、患者さんをみていて同じ印象を持っていました。ですから、わたしは慢性甲状腺炎のスクリーニングには抗Tg(サイログロブリン)抗体を測定しています。バセドウ病無痛性甲状腺炎の鑑別に必要な放射性ヨード摂取率検査ができる施設は、日本全体で10000の医療機関がありますが308のみであるという現実も知らされました。
4]甲状腺眼症:内科医にできる診断と治療
長崎済生会病院の横山直方先生が講演されました。先生の治療成績と東京オリンピアクリニックの手術成績などを示され、事実に基づいた講演で、勉強になりました。今回、更に詳しい情報[057]でも書いていますが、治療はステロイドパルス療法と球後照射の併用が、一番有効です。ステロイドパルス療法が、甲状腺眼症では保険適応がないため、県によっては保険診療できないところもあります。因みに、熊本県では、今年10月から甲状腺眼症に対するステロイドパルス療法を認めない方針になりました。これは、患者さんにとっては、不幸なことです。ステロイド内服より副作用が少ないステロイドパルス療法は、非常に治療しやすいものでした。わたしも野口病院から熊本に帰ってきて、10年間、支払基金に説明してどうにか認めてもらっていましたが、今回、一方的に今後は保険適応外なので認めないと言ってきました。他の県の甲状腺専門医に聞きましたが、そのような対応をしているのは熊本県だけです。いくら保険適応がないとはいえ、一番有効な治療ができないのは医師にとっては羽をもがれた鳥の如くです。患者さんのために、近いうちに改めて甲状腺眼症に対するステロイドパルス療法を認めてもらうために、資料を添えて説明するつもりです。あきらめては終わり。眼症が悪化した患者さんに対して、誰が責任を取るのでしょうか。話が横に逸れましたが、更に詳しい情報[057]でも書いていますように、喫煙はバセドウ病眼症悪化のリスクファクターというのは、常識になっています。甲状腺眼症を持っている人は禁煙を心がけてください。
5]バセドウ病のアイソトープ治療:どのようなときにアイソトープ治療を選ぶか、患者に負担をかけないやり方
天理よろず相談所病院の御前隆先生が、講演されました。やはり、患者さんに負担をかけないやり方は、外来でアイソトープ治療を行うことです。平成10年から、13.3mCi(555MBq)以下なら外来でアイソトープ治療を行ってもいいようになりました。余談になりますが、バセドウ病のアイソトープ治療を年間20例以上行っている施設は、日本中でたったの80しかないという現実を知らされました。日本では、まだまだアイソトープ治療は普及していないということが分かり、ちょっとがっかりしました。このセッションで、議論の的になったのはアイソトープ治療後に甲状腺眼症の悪化、発症がみられるか否かについてです。このことに関しては、意見が真っ二つに分かれています。会場でも、賛否両論でした。ひとつ興味ある発言をすみれ病院の岡本先生がされました。アイソトープを大量に投与して、甲状腺を破壊してしまうやり方をすると甲状腺眼症は改善したというものです。検討に値する報告です。わたしは、甲状腺眼症をもっている人は、まず甲状腺眼症の治療を行ってアイソトープ治療をしています。この3年間に約500例のバセドウ病患者にアイソトープ治療を行いましたが、アイソトープ治療後にバセドウ病眼症が発症したのは3例のみです。これは、自然発症の可能性もあり、少なくともアイソトープ治療後にバセドウ病眼症が発症することはないと考えています。ただ、活動期にあるバセドウ病眼症が悪化することはあります。わたしも今までに数例、経験があります。ただ、頻度は低いと思います。どうしても、そのような問題のあった症例は脳裏に残っているのです。正確に頻度を出したわけではありませんから、軽々しく言えませんが。ただ、今の趨勢は、活動期にあるバセドウ病眼症にアイソトープ治療を行うべきではないというものです。もし、活動期にあるバセドウ病眼症にアイソトープ治療を行う場合には、副腎皮質ホルモン剤を併用するとバセドウ病眼症の悪化、発症を予防できるという報告がイタリアのグループから出ています。しかし、できれば抗甲状腺剤か手術を選択する方がベターかもしれません。

もう一つ、今回の学会で重要なテーマは、『バセドウ病治療指針作成』です。これから、2〜3年かけて作り上げる予定です。すでに、日本甲状腺学会が甲状腺疾患診断ガイドラインを作成しています。今後は、バセドウ病に始まり、その他の疾患についても治療指針ができてくると思います。米国甲状腺学会(ATA)は、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断、治療のガイドラインを出している。また、米国臨床内分泌医会(AACE)も甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症の診断、治療のガイドラインを出しています。これらに負けないようなものを出したいものです。

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