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抗甲状腺薬による副作用:MPO-ANCA関連腎炎のやさしいお話
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

. Dr.Tajiri's comment . .
. このHPでも、過去2回、抗甲状腺薬による副作用としてMPO-ANCA関連腎炎について公開しました。聞き慣れない言葉だと思います。今回、更に詳しい情報[059]で公開していますので、患者さんにも分かりやすい言葉で説明します。 .
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まずMPO-ANCAという言葉は、Myeloperoxidase-antineutrophil cytoplasmic antibody(ミエロペルオキシダーゼ-抗好中球細胞質抗体)の略です。好中球というのは白血球の一種で細菌などをやっつける働きをしています。別名、顆粒球とも言います。抗甲状腺薬による無顆粒球症の場合には、この顆粒球が減るのです。好中球の細胞質(中身)の中にミエロペルオキシダーゼ(MPO)という酵素があります。MPO-ANCAは、このミエロペルオキシダーゼ(MPO)に対する自己抗体です。普通、抗体は外部から侵入してくるバイキンやウイルスに対する防御の働きをします。自分の体に対して抗体はできません。抗体が自分の体を攻撃しては困るからです。しかし、自分の体の部分に対して抗体のできる場合があります。このようにしてできた抗体は、自己抗体と呼ばれます。MPO-ANCAも、何らかの原因で自己抗体となったわけです。何故、自分の体の一部に対して抗体ができてくるのかは分かっていません。ただ、その自己抗体は病気の原因になることがあります。

MPO-ANCAが病気の原因として、初めて報告されたのは1982年です。急速進行性糸球体腎炎(RPGN)の原因として報告されたのです。ここで、急速進行性糸球体腎炎(RPGN)という難しい言葉が出てきましたが、この病気は腎臓の病気で急速に腎機能が低下し、短期間で腎不全に陥り、透析を必要とする病気とだけ理解していてください。何はともあれ、重篤な病気です。大切なことは、MPO-ANCAが急速進行性糸球体腎炎(RPGN)を引き起こすという事実です。

ANCA(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:抗好中球細胞質抗体)は、間接蛍光抗体法による染色パターンからC-ANCA(cytoplasmic:細胞質)とP-ANCA(perinuclear:細胞核周辺)に大別されます。MPO-ANCAはP-ANCAのひとつです。【図1】にC-ANCAとP-ANCAの染色パターンを示します。C-ANCAは、好中球の細胞質(中身)が緑色に染まっていることを示しています【図1】。この緑のところにANCAに反応する抗原があることを示しています。一方、P-ANCAでは細胞核の周辺が緑色に染まっています【図1】。ここにANCAに反応する抗原があることを示しています。MPOはこの細胞核周辺に存在している酵素です。

ANCA(anti-neutrophil cytoplasmic antibody:抗好中球細胞質抗体)の中に、腎炎を起こしてくる数種類の自己抗体がありますが、一番重要なのはMPO-ANCAです。ですから、これからは、MPO-ANCAについてお話しします。

MPO-ANCAが原因となる疾患を総称して、MPO-ANCA関連腎炎またはMPO-ANCA関連血管炎と呼ばれます。MPO-ANCA関連腎炎は、最近新しく提唱された概念で、血清中にMPO-ANCAを認め、腎の毛細血管および細小血管の壊死性あるいは肉芽腫性血管炎による急速進行性糸球体腎炎(RPGN)あるいは、血尿、慢性腎炎、慢性腎不全症候を示す疾患であると定義されています。組織で最も特徴的なものは、糸球体の壊死性半月体形成腎炎です。急速進行性糸球体腎炎の糸球体組織【図2】と正常糸球体組織【図3】を示します。MPO-ANCA関連腎炎の特徴は、1]MPO-ANCAが持続的に高い抗体価を示す、2]壊死性半月体形成腎炎を示す、3]MPO-ANCA抗体価は活動性と相関して変動する、4]再発しやすい、5]肺病変(肺出血、間質性肺炎)を伴うことが多い、などです。

PTU(チウラジールまたはプロパジール)とMPO-ANCA関連腎炎の関連がDolmanらにより1993年に初めて報告されました(Lancet 1993; 342: 651-652)。その後、同じような症例が報告されましたが、日本人に多いというのは意外です。何故かというと、日本ではメルカゾールを使用することが多いからです。ただ、このPTUによるMPO-ANCA関連腎炎は、一年以上服用例に多いということを考慮すると、納得できる結果かもしれません。日本では、抗甲状腺薬を長期に投与する傾向があります。欧米では、一年服用しても治らない例は、手術やアイソトープ治療を行うことが多いのです。それ故、欧米ではMPO-ANCA関連腎炎の報告が少ないのかもしれません。

何故、PTUを服用している人にMPO-ANCA関連腎炎が起こるのでしょうか?もっともらしい説明は、PTUが顆粒球(好中球)の中に蓄積され、顆粒球(好中球)内のMPO(ミエロペルオキシダーゼ)に結合して構造式を変化させ、MPOの抗原性に変化が起こり、その変化した蛋白を自分以外のものと認識して、自己抗体ができてくるというものです。しかし、現時点では、はっきりした原因は不明です。

抗甲状腺薬による副作用は、軽いものは蕁麻疹から無顆粒球症のような重篤なものまであります。このHPでも抗甲状腺薬による副作用のいくつかを紹介してきました。抗甲状腺薬による副作用としてのMPO-ANCA関連腎炎は、前にも述べましたが最近になって認識されてきたものです。この副作用が、今まで報告された副作用と根本的に違うところは、長期服用例に出やすいという点です。従来、抗甲状腺薬による副作用は服用開始2〜3ヶ月までで、その後は安全であると認識していたわけです。そして、PTUを服用している症例に出やすいことです。メルカゾールで起こしたという報告もありますが、稀です。さらに注意を要する理由は、前にもお話ししましたが、PTUによるMPO-ANCA関連腎炎では急速進行性糸球体腎炎(RPGN)になり急速に腎不全に陥ることがあることです。また、肺出血がみられることもあります。急速進行性糸球体腎炎(RPGN)と診断されたら、ステロイドパルス療法を含めた強力な治療を要します。バセドウ病に対しては、原因となる抗甲状腺薬を即、中止し、ヨウ化カリウム(KI)に変更して手術もしくはアイソトープ治療で治します。

症 例
わたしは、昨年2例のPTUによるMPO-ANCA関連腎炎を経験しました。1例目:19才、男性でPTU49ヶ月間服用中。発熱、関節痛、肉眼的血尿で来院。MPO-ANCAは230EU(正常10EU未満)と高値。2例目:14才、男性でPTU25ヶ月間服用中。咽頭痛を訴えて来院。検尿にて、血尿あり。MPO-ANCAは374EUと高値。2例とも即、PTUを中止、KIに変更。腎臓専門医に紹介しました。腎生検を行い、1例目は半月体形成腎炎であったため、ステロイドパルス療法を行い、現在もステロイド内服中ですが、幸いにも腎機能は正常です。現在、MPO-ANCAは59EUと低下。2例目は、腎臓組織はほぼ正常で、経過をみています現在、MPO-ANCAは76EUと低下。2例ともアイソトープ治療で治しました。
2症例のまとめ
  1. 2症例とも、PTUを長期間服用していました。症例1は49ヶ月間、症例2は25ヶ月間投与していました。
  2. 2症例とも、血尿がみられました。症例1では、蛋白尿(2+)であったが、症例1は蛋白尿(-)でした。MPO-ANCA関連腎炎の発見には、検尿が有用と思われました。
  3. バセドウ病の治療は、KI前処置にてアイソトープ治療を行いました。
PTU 長期服用例(1年以上)のMPO-ANCA陽性率はどれくらいでしょうか?わたしが診察している患者さんで、PTUを1年以上服用している患者さんの血清MPO-ANCAを調べてみました。調べた45例中13例(28.9%)でMPO-ANCAが陽性でした(正常:10EU未満)。このうち、MPO-ANCA関連腎炎を起こしたのは2例です。MPO-ANCAは、それぞれ374EU、230EUでした。残り11例は無症状で、MPO-ANCAは、103, 33, 31, 23, 21, 18, 17, 15, 14, 13, 13EUでした。103EUの症例は、最近経験したもので、症状もなく偶然検査で見つかった症例です。PTUを中止して、KI前処置にてアイソトープ治療を行いました。
PTU投与期間とMPO-ANCA陽性率の関係についてみてみました。MPO-ANCA陽性例(13例)のPTU投与期間は42.2±23.7ヶ月(14〜96ヶ月)、MPO-ANCA陰性例(32 例)のPTU投与期間は29.0±18.6ヶ月(13〜76ヶ月)でした。MPO-ANCA陽性例の方が、PTUの投与期間が長い傾向がありましたが、2群間に統計学的な差はありませんでした。

MPO-ANCA陽性は、本当にPTUによるものかどうかという疑問が生じます。これに対する答えは、伊藤病院から出ている研究結果が答えてくれています。PTUで治療前の102例では、MPO-ANCAは全例陰性です(正常:10EU未満)。PTUの治療期間は、平均23.6ヶ月(3〜37ヶ月)です。治療により3例(4.1%)で、MPO-ANCAが陽性になっています。一例はMPO-ANCAが204EUと高値になり、発熱、口腔潰瘍、関節痛が出現したため、PTUを中止したところ、2週間後には症状は消失しました。4ヶ月後のMPO-ANCAは、20.7EUと低下しています。残り2例は、治療経過中に一過性に陽性になっていますが(12.8EU、15.0EU)、抗体価が低いためにPTUを続行して経過をみていたら、陰性化しました。この研究から、MPO-ANCAはPTUを服用することで陽性になることが分かりました。陽性頻度が低いのは、治療期間が短いことが原因と思います。一年以内の症例がかなり含まれていることが考えられます。全例が投与期間一年以上になったら、もう一度、検討していただければより詳細なことが分かると思います。

PTUによるMPO-ANCA関連腎炎の今後の問題点
PTU長期服用例では、全例MPO-ANCAを調べるべきか? 現在、MPO-ANCAが保健適応になっている疾患は、急速進行性糸球体腎炎(RPGN)のみです。この現実を受け入れると、PTU長期服用例全例にMPO-ANCAを調べることは保険診療の問題で非現実的であると思われます。わたしが経験した2例とも検尿にて血尿がみられましたので、検尿がスクリーニングとして有用である可能性があります。PTU長期間服用例に発熱、関節痛、筋肉痛、風邪症状などの症状が出現したら、まず血清MPO-ANCAを測定することが重要です。しかし、そのような症状が出たときには腎炎が進行している可能性があるので遅いという意見もあります。しかし、現時点では検尿、症状でMPO-ANCA関連腎炎を疑ったときにMPO-ANCAを調べるという対応が実地臨床で行える常識的なものであると考えます。

わたしの症例から、PTU長期服用例の約4%で、MPO-ANCA関連腎炎が起こってくる可能性があり、これは臨床上、大変な問題です。抗甲状腺薬の副作用としては、MPO-ANCA関連腎炎は稀な副作用ですが、PTU長期服用例だけに限れば頻度は無視できないものです。PTUを長期服用している症例では、常にMPO-ANCA関連腎炎を念頭において診療をする必要があると思います。

PTU(チウラジールまたはプロパジール)を一年以上服用している患者で、MPO-ANCAが陽性であった場合、どのように対応するかという問題が出てきます。二つの考え方があります。ひとつめは、MPO-ANCAが陽性なら、それが高値でなくてもPTUを中止し、KI(ヨウ化カリウム)に変更して手術かアイソトープ治療を行う。もう一つは、MPO-ANCAが陽性であっても低値であり、症状がなければPTUを引き続き服用していくやり方です。どちらが正しいかは、現時点ではデータ不足で分かりません。個人的な意見ですが、まず患者さんにMPO-ANCAが陽性であることを話し、一部の人でMPO-ANCA関連腎炎を起こす可能性があることを説明して、患者さん本人に最終的に決めていただくのが一番良いと考えます。医師が、勝手に判断して決める問題ではないように思います。バセドウ病の治療には、薬物以外にもあるわけですから、抗甲状腺薬に固執する必要はありません。

最近、メルカゾール長期服用例でもMPO-ANCA関連腎炎の報告がありますので、注意を要します。このことについてはトピック[022]で公開しています。PTUに比べると頻度は低いのですが、重篤な副作用ですのでメルカゾール長期服用例も注意を要します。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 抗甲状腺薬の副作用としてのMPO-ANCA関連腎炎については、しつこいほど公開してきました。何故かといいますと、今までの抗甲状腺薬の副作用と違うからです。特にPTU(チウラジールまたはプロパジール)を一年以上服用している症例に出やすいことです。稀ですが、メルカゾールでもMPO-ANCA関連腎炎が起こります。抗甲状腺薬を長期に飲んでいれば、安全だという神話が崩れてしまいました。その意味で、注意を要する副作用です。

PTUによるMPO-ANCA関連腎炎を含む抗甲状腺薬の副作用については、以下を参考にしてください。
病気別コース[バセドウ病]クスリによる治療
抗甲状腺剤の副作用
プロピルチオウラシル(PTU)の長期投与は、抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)を高頻度に誘発する
プロピルチオウラシル(PTU)による肝障害に対する50年間にわたる経験:我々は、何を学んだか?
抗甲状腺剤による肝障害
抗甲状腺薬による無顆粒球症:古くて、新しくなった問題
抗甲状腺薬による無顆粒球症:診断と治療
メルカゾールによる副作用:P-ANCA関連腎炎
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