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症例検討セミナー『抗甲状腺薬と抗好中球細胞質抗体(ANCA; Anti-neutrophil cytoplasmic antibody)陽性血管炎−症例報告と文献論評』
Gunton JE, Stiel J, Caterson RJ, McElduff A
J Clin Endocrinol Metab 1999; 84: 13-16

まとめ
血管炎は、抗甲状腺薬による副作用としては稀なものである。抗好中球細胞質抗体(ANCA; Anti-neutrophil cytoplasmic antibody)関連血管炎<注釈:ANCA関連血管炎は、別名ANCA関連腎炎とも呼ばれる>は、PTU<チウラジールまたはプロパジール>やMMI<メルカゾール>で治療中の患者で報告されてきた。多くはバセドウ病患者である。我々は、PTU治療中にP-ANCA陽性血管炎を起こした中毒性多結節性甲状腺腫患者について報告する。今までの論文についての論評も行う。

はじめに
ANCA陽性血管炎は、細動脈にみられる。ANCA陽性血管炎には、顕微鏡的血管炎、ウエゲナー肉芽腫、Churg-Strauss症候群、薬剤性血管炎がある(1)。ANCAには、蛍光染色で細胞核周辺部(P-ANCA)が染まるものと細胞質(C-ANCA)が染まるものがある。C-ANCAはAntiproteinase3を特異抗原としており(PR3-ANCA)(2)、ウエゲナー肉芽腫患者の90%はC-ANCAとPR3-ANCAが陽性である(1,3,4)。C-ANCAはウエゲナー肉芽腫患者の80〜97%陽性である(4,5)。P-ANCAは数種類の抗原に対する抗体で、最も重要なものは
myeloperoxidase(MPO:ミエロペルオキシダーゼ)に対する抗体である(MPO-ANCA)。Churg-Strauss症候群や顕微鏡的血管炎では、ほとんどの症例でP-ANCAとMPO-ANCAが陽性である(1)。薬剤性血管炎は、C-ANCA、PR3-ANCA、P-ANCA、MPO-ANCAと関連している。最近、抗甲状腺薬による全身性または皮膚の血管炎が報告されてきている(1,6-21)。我々の症例について報告し、今までの論文についての論評も行う。

症例報告
甲状腺機能亢進症のためにPTUを7年間服用している71才の女性が、急性腎不全で入院してきた。既往歴は、肺出血(喀血;入院する8ヶ月前)、心筋梗塞、高血圧、うっ血性心不全、脳虚血性発作、心房細動である。

甲状腺機能亢進症は、最初に心房細動とうっ血性心不全と診断された1990年に見つかった;T4 154nmol/L(正常60〜144)、T3 3.3nmol/L(正常0.8〜2.2)、TSH <0.01mU/L(正常0.3〜4.0)、TBG14.8μg/ml(正常12.4〜30)。触診で、小さな多結節性甲状腺腫<注釈:日本では腺腫様甲状腺腫と呼ばれる>を触れた。バセドウ病ではなかった。前脛骨粘液水腫もみられなかった。放射性ヨードシンチにて、中毒性多結節性甲状腺腫と診断した。TRAb, TSAb, MCHAも陰性であった。PTU300mg/日が開始された。その後6年間は、PTUの服用量は100〜200mg/日であり、甲状腺機能は正常を保っていた。入院時、心房細動がみられた。血圧は135/80であった。触診で、小さな多結節性甲状腺腫を触れた。僧帽弁閉鎖不全症の心雑音が聞こえた。呼吸器の検査は、慢性閉塞性肺疾患の所見であった。皮膚の発疹や粘膜異常はみられなかった。検尿・沈渣では、血尿3+、顆粒円柱3+であった。

血液検査では、Hb(ヘモグロビン)11.3g/dl(正常12〜16)、白血球数7300(正常4000〜11,000)、血小板11.5万(正常15〜45万)、尿素窒素25.5mmol/L(正常3.3〜7.6)、クレアチニン0.22mmol/L(正常0.05〜0.09)、FT4 31.4pmol/L(正常11.6〜23.2)、TSH 0.02mU/L(正常0.35〜3.6)であった。
抗核抗体は陰性で、P-ANCA160倍、MPO-ANCA39U(正常<10)と陽性であった。

胸部X 線写真は、心胸郭比が増加していた。8ヶ月前に喀血したときにみられた右上肺野の浸潤影は消失していた。心電図は心房細動で、陳旧性の心筋梗塞の所見であった。

腎生検では、半月体形成腎炎の所見であった。蛍光抗体法では、IgM, C3, IgGがかすかに染まっていた。

PTUは直ちに中止された。プレドニゾロン(副腎皮質ホルモン剤)40mg/日とシクロホスファミド(免疫抑制剤:商品名; エンドキサン)100mg/日の経口投与が開始された。患者が放射性ヨード治療や手術を拒否したため、カルビマゾール(体内でメルカゾールになる)15mg/日が開始された。当時、我々はカルビマゾールによるMPO-ANCA関連血管炎について情報がなかった。

2ヶ月後、患者は顆粒球減少症にて入院してきた。白血球数1,100(正常4,000〜11,000)、顆粒球数1,000(正常2,000〜7,000)、血小板15.2万(正常15〜45万)、尿素窒素12.7mmol/L(正常3.3〜7.6)、クレアチニン0.14mmol/L(正常0.05〜0.09)、FT4 20.2pmol/L(正常11.6〜23.2)、TSH0.01mU/L(正常0.35〜3.6)であった。

エンドキサンとカルビマゾールは、直ちに中止された。患者は、発熱していた。G-CSF、数種類の抗生物質が投与された。プレドニゾロンは引き続き服用していた。顆粒球数も正常になり、発熱も消失した。

カルビマゾールを中止して6日後に、放射性ヨード治療を受けた(600MBq; 16.2mCi)。放射性ヨード治療2日後(入院8日目)、甲状腺機能亢進状態になり、心房細動、狭心症、うっ血性心不全、慢性閉塞性肺疾患も悪化した。カルビマゾール30mg/日が再開され、副腎皮質ホルモンは6時間毎に100mgのハイドロコルチゾン静脈投与に変更された。ベータ遮断剤(メトプロロール:商品名; セロケン)は続けて投与された。放射性ヨード治療の追加を考えていたので、KI(ヨウ化カリウム)は投与しなかった。甲状腺ホルモンは改善したが、患者の状態は悪化していった。患者は、これ以上の検査、治療、集中治療施設への移送、心蘇生術を拒否し、入院21日目に心不全と肺不全にて死亡した。

報告されている症例のまとめ
文献的に報告されている抗甲状腺薬によるANCA関連血管炎(ANCA関連腎炎)は、26例である【表1】(6-21)。我々の症例は、27番目である。症例の74%は女性である。84%は日本人である。平均年齢は、46.6才である(8〜82才)。88%はPTUによるものである。63%では、基礎疾患の記載がない。残りは、一例を除いて全員、バセドウ病である。症状は、腎障害66.7%、関節炎48%、発熱37%、皮膚病変29.6%、肺病変25.9%、筋肉痛22.2%、鞏膜炎(きょうまくえん:目の炎症)14.8%、他の症状18.5%である。腎生検が行われた17例では、94.1%で半月体形成腎炎か壊死性半月体形成腎炎の所見である。メサンジウム細胞の増殖は、11.8%でみられた。免疫蛍光抗体染色では、全例、染まっていなかった(pauci-immune型腎炎)。

P-ANCAパターンは81.5%でみられ、どちらか記載のないANCAパターンは14.8%、C-ANCAパターンは11.5%、C-ANCAパターンのみは1例だけであった。MPO-ANCAを検査している中で、MPO-ANCA陽性は78.3%であった。PR3-ANCAを検査している11例で、PR3-ANCA陽性は72.7%であった。

治療は、まず原因となる抗甲状腺薬を中止することである。腎障害のある88.2%では、副腎皮質ホルモン剤やシクロホスファミドで治療されている。ひとりの患者では、血漿交換も行われている。治療により、85.2%の患者は症状が改善している。7.4%では、治療にもかかわらず、腎機能は悪化している(7,14)。3.7%では、腎機能がほとんど正常である(20)。死亡例は、腎機能は落ち着いていたのに心不全と肺不全にて死亡した我々の症例の一例だけである。

討 論
我々の症例では、甲状腺機能亢進症の管理に関していくつかの問題点がみられた。その問題点とは、PTUによるANCA関連血管炎(ANCA関連腎炎)、シクロホスファミドとおそらくカルビマゾールによる顆粒球減少症、放射性ヨード治療後の甲状腺機能亢進症の悪化である。

我々の患者では、甲状腺機能亢進症が他の病気(心房細動、狭心症、心不全、慢性閉塞性肺疾患)を著しく悪化させたため、甲状腺機能が改善されてきたにもかかわらず、甲状腺機能亢進症以外の病気のために死亡したと我々は考えている。

血管炎は、甲状腺機能亢進症の治療中に起こる稀な抗甲状腺薬の副作用である(22-24)。ANCA関連血管炎(ANCA関連腎炎)は、最近になって報告され始めた(6-21)。我々の調べた限りでは、今までに26例のANCA関連血管炎の報告があり、ほとんどはPTUによるものである(6-21)。抗甲状腺薬によるANCA関連血管炎(ANCA関連腎炎)は女性に多くみられるが、これは単に甲状腺機能亢進症は女性に多いということを反映しているだけかもしれず、実際は男性の方が起こりやすいかもしれない。ANCA関連血管炎(ANCA関連腎炎)は、発熱、関節痛、筋肉痛、風邪症状などの全身的な症状を引き起こす(1)。皮膚、腎臓、呼吸器、筋肉、末梢神経などの血管が侵される。最もよくみられる皮膚病変は、白血球破壊性血管炎である(1,25,26)。これは、下肢にできやすく、紫斑性病変を引き起こす。他にいろんな皮膚病変がみられる。

病因は不明である。PTUが顆粒球の中に蓄積され(27)、PTUが顆粒球内のMPO(ミエロペルオキシダーゼ)に結合して構造式を変化させるという説(28)が報告されてきた。この抗原性の変化が、自己抗体産生の引き金になるかもしれない。腎生検における蛍光抗体染色において糸球体に免疫複合体や補体の沈着を認めないことは、薬物によるSLEが原因でないことを示している。薬剤によるP-ANCA関連血管炎はヒドララジン(29,30)、サルファサラジン(2名)(31,32)、ミノサイクリン(1名)(33)でも報告されている。

診断には、ANCA陽性を証明する必要がある。MPO-ANCAが最も陽性に出る抗体である。血管炎を起こしている組織からの生検も必要である。もし、腎症状があるのなら、腎機能を正常に保つためにどの治療法を行うかを決めるために、長期予後を予測するために腎生検が必要である。

治療法は、病気の重症度によって決まる。原因となる抗甲状腺薬は中止すべきである。発熱、関節痛、筋肉痛、倦怠感、風邪症状、皮膚の血管炎は、抗甲状腺薬を中止しただけで症状が改善する。もし、腎症状が重症で進行性であり、腎生検で半月体形成腎炎であるなら、副腎皮質ホルモン剤とシクロホスミドの治療が必要になる。ほとんどの例で、腎機能は改善するが、クレアチニン・クリアランスは正常に戻らないこともある(6-21)。もし、半月体形成糸球体腎炎や壊死性糸球体腎炎なら、慢性腎不全になる危険性が高い。

呼吸器症状は、軽度の鼻症状から生命を脅かす肺出血まで多彩である。もし、呼吸器症状が重症で生命を脅かす場合には、副腎皮質ホルモン剤とシクロホスミドの治療に加えて、血漿交換を行うべきである。鞏膜炎は、副腎皮質ホルモンの点眼か経口投与で良くなる。

一般的に、予後は良好である。ANCA抗体価は時間とともに減少してくるが、多くの場合、ANCA抗体は陽性のままである。

我々は、PTUもしくはカルビマゾールによる血管炎で症状のないANCA陽性例を数例経験している(未発表データ)。その意義は明確ではないが、ANCA陽性例に対して、手術や放射性ヨード治療を考慮する必要があるかもしれない。ANCA陽性例には、抗甲状腺薬の長期投与は行うべきではない。もし、長期投与するのなら、PTUではなくメルカゾール(MMI)で行うべきである。

. Dr.Tajiri's comment . .
. PTUによるMPO-ANCA関連腎炎は、最近のトピックです。この副作用の問題は、長期服用例に出やすいという点です。一年以上PTUを服用している人の20〜30%でMPO-ANCAが陽性に出ます。MPO-ANCAが陽性でも、ほとんどの人は無症状です。しかし、この人たちがMPO-ANCA関連腎炎にならないという保証はありません。医師によっては、MPO-ANCA陽性例に対してはアイソトープ治療か手術に切り替えている施設もあります。MPO-ANCA陽性例の多さに比較して、MPO-ANCA関連腎炎を起こす頻度が低いので、経過をみている医師も多いのではないでしょうか。しかし、MPO-ANCA関連腎炎を引き起こした場合、急速性進行性糸球体腎炎に進展すると急速に腎不全に陥りますので、患者に説明してPTUを続けるか、別の治療に切り替えるかを選択してもらうのが良いのではないかと考えます。現時点では、その対応が一番、適切と思います。

PTUによるMPO-ANCA関連腎炎を含む抗甲状腺薬の副作用については、以下を参考にしてください。
<バセドウ病>クスリによる治療
抗甲状腺剤の副作用
プロピルチオウラシル(PTU)の長期投与は、抗好中球細胞質ミエロペルオキシダーゼ抗体(MPO-ANCA)を高頻度に誘発する
プロピルチオウラシル(PTU)による肝障害に対する50年間にわたる経験:我々は、何を学んだか?
抗甲状腺剤による肝障害
抗甲状腺薬による無顆粒球症:古くて、新しくなった問題
抗甲状腺薬による無顆粒球症:診断と治療
メルカゾールによる副作用:P-ANCA関連腎炎
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参考文献]・[もどる