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[032]2002年4月1日
[032]
顕性および潜在性甲状腺機能低下症が妊娠に与える影響
田尻クリニック / 田尻淳一
アルゼンチンのグループは、最新のアメリカ甲状腺学会誌に顕性および潜在性甲状腺機能低下症が妊娠に与える影響について報告している(M. Abaloich et al. Thyroid 12: 63-68, 2002)甲状腺機能低下症を持つ妊婦114人(16〜39歳)の150妊娠の結果について検討した。51(34%)妊娠では、妊娠中、甲状腺機能低下症であった。内訳は顕性16妊娠(T4:2.44±0.7μg/dl、TSH:33.4±8.43mIU/L)、潜在性35妊娠(T4:6.93±1.88μg/dl、TSH:12.87±8.82mIU/L)であった。99妊娠では、甲状腺ホルモン剤で治療していたので甲状腺機能は正常であった。甲状腺ホルモン剤による治療が不十分であった場合には、顕性甲状腺機能低下症では60%が流産、20%が早産、満期産が20%、潜在性甲状腺機能低下症では71.4%が流産、7.2%が早産、満期産が21.4%であった。甲状腺ホルモン剤による治療がうまくいっている場合には、顕性甲状腺機能低下症では100%、潜在性甲状腺機能低下症では90.5%が満期産であり、どちらにも流産はみられなかった。妊娠時に甲状腺ホルモン剤治療で甲状腺機能が正常であった妊婦では、流産が4%、早産が11.1%、満期産が84.9%であった。妊娠前に甲状腺ホルモン剤で治療していた人では、69.5%が甲状腺ホルモン剤の服用量を増やす必要があった(平均46.2±29.6μg/日)。生後、経過をみることができた126人の新生児のうち110人は満期産で、16人が早産であった。8人(6.3%:4人は早産であった)が先天性奇形をもっており、そのうちの4人は死亡した。

結論として、彼らは「妊娠がどのような転帰をとるかを決定するのは、甲状腺機能低下症が顕性か潜在性かではなく、治療がうまくいっているかどうかである。妊娠中に甲状腺ホルモン剤で適正な治療を行っていれば、リスクを最小限に抑えることができ、通常は問題もなく満期産を迎えることができる」と締めくくっている。
. Dr.Tajiri's comment . .
. 今回の研究で、彼らは治療目標を血清TSH0.5〜2.0mIU/Lにおいている。実際は、治療が十分に行われていたという定義は4.0mIU/L 以下であり、治療が不十分であるというのは4.0mIU/Lより高い場合としている(4.0mIU/Lは入れない)。
彼らが使用している測定系の正常値は0.5〜5.0mIU/Lであるので、非常に厳しい基準と思う。果たして、これほど厳しい基準で、妊婦の甲状腺機能低下症を治療しているかと問われると苦しいところがあるというのが、実状ではないであろうか。私の経験では、ここまで厳しい基準で治療していなくても、すなわち血清TSHが正常値より少し高めであっても、この研究者たちが報告しているようなトラブルはないように感じる。しかし、これは非常にデリケートな問題なので、はっきりとした結論がでるまでは、少なくとも妊婦の甲状腺機能低下症に対しては、血清TSHを正常に保つように治療するべきであろう。妊娠中に甲状腺ホルモン剤の量が増えるというのは従来言われていたとおりでした。特に、最近、甲状腺機能低下症を持つ妊婦の治療について論議を呼んでいるのは、1999年にHaddowらがNEJMに発表した論文がきっかけのように感じます。今回の詳しい情報でも公開していますが、まだすべてが解明されたわけではありませんので、甲状腺機能低下症を持つ妊婦の方は、治療に関しては主治医の先生の判断に従ってください。

妊婦の甲状腺機能低下症の治療については以下を参考にしてください。
妊娠中の甲状腺機能低下症および甲状腺機能亢進症の管理とスクリーニング
重要な甲状腺機能低下症の研究に対する米国内分泌学会のコメント
母親の甲状腺機能低下症または低サイロキシン(T4)血症と神経心理的発達は関係あるのか?
甲状腺疾患と妊娠<第1部>
甲状腺疾患と妊娠<第2部>
甲状腺の病気と妊娠
妊娠中の甲状腺機能低下症とそれが赤ちゃんの知的発達に影響する可能性
甲状腺の病気をもった人の妊娠と出産
妊娠時の甲状腺機能低下症:新生児の健康に及ぼす影響
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