甲状腺とビタミンDのお話

従来、ビタミンDは骨に必要なビタミンとして知られていました。ビタミンDは、細胞の核の中にあるビタミンD受容体に結合して特定のタンパク質を作ります。ビタミンD受容体は骨、腎臓、小腸など体中の多くの臓器にみられますので、骨以外にも重要な役割を果たしているのではないかと考えられていました。最近の研究により、ビタミンDは骨以外でも重要なはたらきをしていることが分かってきました。

特に、ビタミンDは免疫系の調節にとって大切な働きを担っています。ビタミンDは、自分の体の細胞や組織(自己抗原といいます)を自分以外(非自己)と思い違いをして自分を攻撃する自己免疫疾患が起こるのを防いでいるのです。これは、大変重要な役目です。

そこで、ビタミンDが不足すると自己免疫疾患が起こるのを防ぐはたらきが弱くなり、自己抗体が自分の体を攻撃し始めるわけです。当然の結果ですが、ビタミンD不足と自己免疫疾患(関節リウマチ、1型糖尿病、SLE、多発性硬化症など)の関連性が報告されています。

さて、ここで甲状腺の登場です。甲状腺で自己免疫疾患というと橋本病、バセドウ病が思い浮かびます。ビタミンDの不足は、甲状腺の代表的な自己免疫疾患である橋本病やバセドウ病が起こりやすい環境を作り出すのです。もちろん、橋本病やバセドウ病では、ビタミンDが不足していることはよく知られています。

さらに、甲状腺機能低下症を来している橋本病では、甲状腺機能正常の橋本病や健常者と比べてビタミンDが低いことが報告されています。

ある研究では、橋本病患者にビタミンDを投与した群と偽薬(ビタミンDとしての効き目のない乳糖やでんぷんなどを錠剤やカプセル剤などにし、薬のようにみせたもの)を投与した群で比較して、ビタミンDを投与した群では抗サイログロブリン抗体およびTSH(甲状腺刺激ホルモン)の有意な減少がみられました。それに反して、偽薬を投与した群ではそのような減少はみられませんでした。ビタミンDは、橋本病の治療に使用できる可能性が示されたわけです。

では、バセドウ病とビタミンDの関連性についてはどうでしょうか。この関連性については否定的な研究結果が出ていましたが、最近の研究でバセドウ病とビタミンDの関連性が証明されました。さらに、ビタミンDが低いとバセドウ病が再発しやすいということも報告されています。逆を言えば、ビタミンDが十分であれば、バセドウ病は寛解する可能性が高くなります。メルカゾールとビタミンDを一緒に投与したら、メルカゾール単独と比べて、より甲状腺腫が縮小し眼球突出も改善しました。興味深いことにビタミンDが低いとアイソトープ治療の効き目が悪くなります。

橋本病にビタミンDを補給すると、抗Tg抗体や抗TPO抗体が減少して、甲状腺機能低下症に進展するリスクが回避されることが報告されています。したがって、橋本病でビタミンDが低い人はビタミンDを補給したほうが良いようです。さらに、橋本病の甲状腺機能低下症やバセドウ病の治療にビタミンDを併用すると治療効果が上がることも分かってきています。

しかし、橋本病やバセドウ病とビタミンDの関連性はないとする報告もありますので、今後、さらなる研究が必要であることは当然のことです。

少なくとも現時点では、橋本病、橋本病の甲状腺機能低下症、バセドウ病で治療中の人はビタミンDを補給していたほうが良いのではないでしょうか。

文責:田尻淳一

この情報は、以下の総説を参考にして執筆しました。

The Role of Vitamin D in Autoimmune Thyroid Diseases: A Narrative Review. J Clin Med 12: 1452, 2023