情報源 > 書籍の翻訳[C]甲状腺のことがわかる本
<第2章>
<第2章>
過剰と不足:甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症
甲状腺の病気の診断または治療を受けた人は誰でも、甲状腺の活動低下か活動し過ぎのどちらかの症状を経験するだろうと思われます。個々の人の病状の重さにもよりますが、甲状腺の病気の症状は軽度なものから、重篤なものまであります。甲状腺が不活発であることを甲状腺機能低下症と言います(hypoとは少なすぎるという意味です)。また、甲状腺機能亢進症とは、甲状腺の活動し過ぎのことを言い表しています(hyperとは多すぎると言う意味です)。甲状腺の最大の目的は、甲状腺ホルモンであるサイロキシンとトリヨードサイロニン(<第1章>で詳しく説明しています)を製造することであり、これらのホルモンは良好な健康状態を維持し、体の代謝とエネルギーレベルのコントロールをするのに欠かせないものです。甲状腺が十分なホルモンを作り出せない時、甲状腺は不活発な状態です(甲状腺ホルモンは単数で言い表します)。また、甲状腺ホルモンを作り過ぎる時、甲状腺は活動し過ぎになります。
不活発な、あるいは活動し過ぎの甲状腺のほとんどのケースで、特定の甲状腺疾患の症状があります。しかし、そのような症状は甲状腺の病気が原因ではありません。このことをうまく説明するするため、まず風邪に罹ったことを想像してみてください。喉が痛み、鼻が詰まり、また胸のところがうっ血したように感じるでしょう。喉の痛みと胸部のうっ血は風邪の症状ですが、風邪自体はウィルスによって引き起こされるものです。同様に、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症は甲状腺疾患の現れですが、甲状腺の病気自体は特定の機能障害によって引き起こされます。その内のいくつかは<第1章>で概略を述べております。時に、説明を簡単にするために、医師が甲状腺の活動し過ぎや不活発な状態を引き起こす実際の機能障害を詳しく告げず、患者に甲状腺機能亢進症または甲状腺機能低下症とだけしか言わないことがあります。しかし、特定の病気の存在なしに、独りでに甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症になることはありえません。
特定の甲状腺疾患の治療で、甲状腺機能低下症、または亢進症になってしまうことがよくあります。このような場合、甲状腺が不活発になったり、活動し過ぎになるのは治療のために起こる一次的な副作用です。この章では、甲状腺機能亢進症、または機能低下症になった場合、どのようなことが体に起こるかを説明し、その主な原因とこれらの病気の治療法について述べることにします。
甲状腺はどのように働くのか?  
自分の体を小さな国と考えてみてください。それは自国の天然資源と国内生産物に頼って生活しています。また余った品物を輸出し、自分で使うためにかなりの量の資材を輸入しています。輸入するものは、食べ物や酸素のような自然の状態では体の中に存在しないものであり、輸出するのは蛋白質や脂肪、分泌物のような体が自然に作り出す余剰物になります。例えば、汗や尿、皮膚は毎日輸出されるものです。死んだ皮膚細胞を洗い流したり、鼻をかんだり、汗や尿を出すことで毎日、体の不要物を処分しています。最後に、国内製品はホルモンや白血球のように体が自然に作り出し、取っておくものすべてであります。
甲状腺は欠かすことのできない国内製品の生産者です。それは首の下の方の気管の前にあり、生産する製品は2種類の甲状腺ホルモンです。T4(ヨード原子が4個)として知られるサイロキシンとT3(ヨード原子が3個)として知られるトリヨードサイロニンです。甲状腺ホルモン(2種類のホルモンは単数で言い表します)は、分泌されて血液中に入り、体全体に広く行き渡るようになります。これは体の中の個々の細胞や組織すべての機能の基本的調節装置の一つです。そして、その安定供給が良好な健康状態を保つために欠かせません。
しかし、甲状腺は完全に自給自足ではありません。生産には一つの重要な物質を輸入する必要があります。ヨードです。甲状腺はある種の野菜や貝、乳製品(雌牛の乳房は大量のヨードで洗浄され、それが最終的にミルクの中に入ります)、そしてヨード化塩を使ったものなどを含む様々な食物からヨードを抽出します。普通の場合、私達は食餌から十分なヨードを摂取しています。
甲状腺はヨードにきわめて敏感です。甲状腺が十分な量のヨードを得られない時は、甲状腺腫または肥大した甲状腺と呼ばれるものが生じることがあります。甲状腺腫は甲状腺がヨードをたくさん吸収し過ぎたり、甲状腺ホルモンの生産量が少なすぎるか、あるいは多すぎる場合にも生じることがあります。ヨードの量が多すぎても少なすぎても同じ結果を生じることは奇妙に見えるかもしれませんが、それぞれの場合で甲状腺腫が生じる原因が違うのです。ヨードが少なすぎると甲状腺細胞の活動が増す場合があり、ヨードが多すぎると甲状腺が大きくなることがあります。
 甲状腺機能亢進症:ここは暑いの? 
機能亢進症辞典  
甲状腺機能亢進症になると実に多くの身体的症状を経験することがあります。実際に数が多いため、ここでその症状をアルファベット順に述べることにします。
これで、あなたが必要な情報により早くアクセスすることができればと思っております。幸いなことに、これらの症状の大多数は甲状腺の病気が治療されれば消えてしまいます。
行動と情動の変化(Behavioral and emotional changes)
いらいら、落ち着きがない、眠れない、不安、うつ、そして悲哀感など、様々な情動的症状を経験することがあります。 詳しいことは『甲状腺機能亢進症の情動面への影響』『甲状腺機能亢進症と精神医学上の誤診』の項をご覧ください。

男性における乳房の肥大(Breast enlargement in men)
甲状腺機能亢進症が男性の生殖に及ぼす影響については、<第8章>に詳しく述べておりますが、この状態は男性の甲状腺機能障害の典型的な徴候であると考えられております。男性の乳房の肥大は、体重が増えた場合や脂肪細胞から作り出されるエストロゲンの過剰刺激によっても起こります。現在のところ、甲状腺ホルモンとエストロゲン産生の間に直接関係があるのかどうかよく分かっておりません。しかし、このことが症状の説明に役立つかもしれません。

下痢(Diarrhea)
食餌が正常であっても起こる下痢が、もう一つの徴候です。消化の速度が速くなり、そのために下痢が起こります。そして、時に、体にたまったサイロキシンが食べ物からある種の栄養を小腸で吸収するのを妨げることがあります。甲状腺の病気になる前に慢性の便秘であった場合は、単に下剤や線維をとらずに規則的な便通があることに気付くだけかもしれません。

内出血しやすい(Easy bruising)
甲状腺機能亢進症あるいは機能低下症の人のどちらにも血小板の異常が出やすい傾向になります。これは血液を固まりやすくする血小板の数が減るためです。アスピリンまたはイブプロフェンのような抗炎症剤(NSAIDS)は内出血を悪化させる可能性があります。血小板の機能は出血時間試験によってチェックできます。甲状腺に悪いところがなくこの障害がある場合もあり、単に後になって甲状腺の病気を起こしてくる傾向が高いことを示しているとも考えられます。しかし、大量の血小板が破壊されないかぎり(こういうことはめったに起こりません)健康に何ら危険を及ぼすことはありません。現在のところ注意深く観察するのが最良の方法です(あなた自身と医師とで)。

甲状腺の肥大(Enlarged thyroid gland)
<第1章>で述べたように、大きくなった甲状腺のことを甲状腺腫と呼びます。甲状腺が大きくなったところの首の部分が膨らんでくることもあります。甲状腺腫(成長し過ぎた甲状腺)は、過剰な甲状腺ホルモンが甲状腺を大きくするために起こることが多いのです。極端なケースでは、甲状腺腫が中くらいの大きさの風船の直径ほどにまで膨れ上がることがあり、治療が行われていなかった時代にはサーカスの見世物になっていたこともあるようです。甲状腺腫は甲状腺機能低下症やヨード欠乏症でも起こります。

目の問題(Eye problems)
自己免疫性または自己を攻撃する病気であるバセドウ病が甲状腺機能亢進症の原因である場合は、目の変化にも気付く場合があるかもしれません。目のひりつきやかゆみ、涙目、また目が出っ張ってきたりしますし、時に複視が起こります。これは眼球突出症と呼ばれ、<第3章>で詳しく述べます。

疲労(Exhaustion)
体がオーバーワークの状態になると、疲労が起こります。これが睡眠のパターンやエネルギーのレベル、そして全体の情動の健全さに影響を与えます。詳しいことは別項の[行動と情動の変化]をご覧ください。

指先と爪の変化(Fingertips and fingernail changes)
甲状腺機能亢進症の人の多くは、指先が先端に向かって膨れて“こん棒”のように見えるのに気付きます。これは棍棒状指端肥大症またはばち指として知られています。爪の伸び方も速くなりますが、やわらかく、簡単に裂けるようになります。
さらに、爪脱落症として知られる、爪が指先から部分的にはがれるちょっと心配な状況が起こることがあります。

毛髪の変化(Hair changes)
毛髪は細く、やわらかくなり、前のようにうまくセットできなくなることがよくあります。一部のケースでは、はげに気付き、枕や衣服、浴槽、ヘアブラシなどに抜けた毛のかたまりが見つかることがあります。髪に負担をかけないようにするため、毛包がしっかりしてくるまで髪を染めたり、パーマをかけたりしないようにします。とても気になるようでしたら、かつらを入手し、美容院で自然に見えるようにセットしてもらいましょう。また、アメリカはげ協議会に連絡をとることもできます。巻末に載っておりますが、電話番号は1-800-274-8717です。

暑さに弱い(Heat intolerance)
甲状腺機能亢進症の典型的な身体的徴候は、暑さに特に弱くなることです。体温が上がり、普通の温度でも暖かすぎるように感じます。その結果、異常に汗を多くかくようになります。自分一人だけが不快に感じているため、居心地が悪くなります。甲状腺機能亢進症の人は大体においていつも不思議に思っています。
自分が暑いと思っているだけなのだろうか、それともここは本当に暑いのだろうかと。
更年期に向かっている女性では、この症状だけで甲状腺機能亢進症を誤診してしまいます。“暑く感じる”という訴えは、典型的な更年期の症状である“のぼせ”と間違えられるのです。

心悸亢進(Heart palpitations)
甲状腺機能亢進症の最初の徴候の一つは、心拍が速く、強くなることです。甲状腺から放出されるサイロキシンのレベルが増加すると、心臓を刺激して、心臓が速く、強く打つようになるのです。ひどくなるまで最初は心拍が増したことに気がつかないでしょう。心拍が速くなったことがはっきりわかるようになり、胸の中で心臓が脈打っているのが気になるほどになると、それは心悸亢進と呼ばれます。一般的に心悸亢進は激しい運動や性的活動、アルコールまたはカフェインの摂取、あるいは喫煙によって起こるものです。心悸亢進が活動していない時や不安がない時、あるいは心拍を増加させることがわかっている物質にさらされていない時に起こるのは異常です。それでも、甲状腺機能亢進症の患者は、静かに読書していたり、ねむっている時、またはその他のリラックスするようなことを行なっている時に心悸亢進を経験することが多いのです。しかし、心悸亢進は甲状腺の活動し過ぎによって起こるものであり、心臓に重大な病気があるわけではありません。甲状腺機能亢進症が治療されれば、心臓の鼓動も正常な速さに戻ります。甲状腺機能亢進症によって引き起こされる心悸亢進を治療しないでいると、重大な心臓病を起こしてくることがあり、最終的には心不全を起こすことがあります。普通、甲状腺機能亢進症は重大な心臓病が生じようになるずっと前の、初期段階で見つかります。実際に、甲状腺機能亢進症が特に重症であるか、未治療のまま放置されないかぎり、正常で、健康な心臓を持つ患者で永久的な心臓の変化をきたすことはまずありません。
正常な甲状腺機能であるのに、処方されたものでない(例えば友人や親戚から分けて貰ったもの)合成甲状腺ホルモン剤を飲んでいる場合、心臓に余分な負担をかけ、自分自身を危険にさらすことになります。これが合成甲状腺ホルモン剤の使用を誤ったり、痩せ薬として決して使ってはならない理由です。さらに、合成甲状腺ホルモン剤を痩せ薬として使う女性は、すでに行なっているかもしれない体重減少のためのプログラムやダイエットが著しく危険なものになる可能性があります。
甲状腺機能亢進症の人全体の15%ものひとが、一般的な心拍の異常である心房細動を経験しています<注釈:日本人の場合は、バセドウ病で心房細動になる確率は1〜2%程度です。これは、種族の違いなのかは不明です>。これは心臓がちょっと休止し、その後激しい動悸がして心拍が速くなる場合があるということです。これは時たまにしか起こらない症状だと思われますが、甲状腺の病気が治療されるまで続くのは異常です。
甲状腺に関連した心臓の問題は、心臓の動きを遅くするベータ遮断剤で治療されますが(<第12章>にもっと詳しく述べてあります)、甲状腺疾患患者には、明らかに心臓病の患者として誤診されている人が相当数おります。

不妊症(Infertility)
甲状腺機能亢進症は男性の精子形成サイクルのみでなく、女性の排卵サイクルを妨げ、一次的な不妊症を起こすことがあります。しかし、甲状腺の問題の治療が行われれば、また妊娠できるようになります。
妊娠初期に未診断の甲状腺の病気があると、流産につながることがあります。
流産を繰り返すのは、不妊症の一つのタイプと考えられることが多いのです。このような問題がある場合、潜在的な甲状腺の病気がないことを確かめるため、甲状腺をチェックしてもらってください。

月経周期の変化(Menstrual cycle change)
甲状腺機能亢進症の女性では、月経が軽くなり、量が減ってくるのに気付くと思います。そして、時には月経がきちんとなく、回数が飛ぶことがあります。このために甲状腺の病気が生殖機能に影響を与えるのです。排卵と規則的な月経のサイクルを妨げるためです。甲状腺の病気が治療されれば、周期は正常に戻ります。詳しいことは<第7章>をご覧ください。

筋力低下(Muscle weakness)
これは特に肩や臀部、太腿にはっきり現れます。実際に、太腿の筋肉が、階段を上る際に焼け付くように感じたり、力が入らないように感じることがあります。
肩の筋肉の弱りは、髪にブラシをかけたり、長時間上腕を動かした時にはっきりします。これは<第7章>で述べますが、骨粗鬆症を非常に悪化させる可能性があります。筋力低下の原因の一部は、体が働き過ぎて疲れきっていることによるもので、甲状腺の病気を治療すれば治ります。

麻痺(Paralysis)
これはバセドウ病(<第3章>で述べます)の希な症状で、運動をしたりでんぷんや砂糖をたくさん食べたりした後に麻痺が起こるものです。これは、特にアジア系の人が罹りやすいのですが、甲状腺の病気がコントロールされれば麻痺は起こらなくなります。

性的機能障害(Sexual dysfunction)
男性と女性のどちらも性欲が減退することがあり、男性では一次的なインポテンツになることがあります。治療が行われれば、性欲はもとに戻るはずです。

皮膚の変化(Skin changes)
皮膚はきめが細かくなり、絹のような手触りになります。その一方で、色素がなくなるか、黒ずむかのどちらかによってまだらになることもあります。バセドウ病患者は、脛骨の上の皮膚が厚くなったり、腫れているのに気付くこともあります。[機能低下症辞典][蕁麻疹]の項も合わせてご覧ください。

震え(Tremors)
手の震えは甲状腺機能亢進症の典型的な徴候の一つです。この症状は、“シカゴホープ”の第1話としてドラマになりました(病院を舞台にしたドラマで日本でもテレビで放映されました)。年配の外科医が手の震えのため、まさに病院から追われようとした時に、若い外科医がその手の震えが甲状腺機能亢進症の徴候であることに気付いて、間一髪のところで診断されたというものです。

体重減少(Weight loss)
時に、下痢や大量の発汗とが組み合わさって、正常な食欲はあるにもかかわらず、体重が減ってくることがあります。特に女性は、この体重減少が甲状腺機能亢進症特有のボーナスと思うのですが、この一つの甲状腺機能亢進の特徴のために、甲状腺と体重減少の誤解を生じているのです。体重減少は大体10から20ポンド(4から9キロ)に留まり、すべての患者がやせるわけではありません。甲状腺機能亢進症では過度の疲労が起こることが多く、患者の中にはあまり動かなくなるため、かえって太る人もいます。残念ながら、正常な甲状腺機能を持つ女性の中には、やせるために合成甲状腺ホルモン剤を飲む人がおります。これは大変な間違いであり、数々の不快な副作用と共に、心臓にトラブルを生じる可能性があるのです。
甲状腺機能亢進症の情動面への影響  
一般に、体の細胞は酸素とカロリーをエネルギーに変えるために甲状腺ホルモンを使います。しかし、体の代謝速度が上がると、ほとんどはエネルギーが多すぎる状態になります。この結果、体が余分なエネルギーを貯えておくことができないため、疲労が起こりはじめます。これは甲状腺機能亢進症のパラドックスです。一方では体の機能が促進されており、他方では精神的、身体的エネルギーレベルが文字どおり枯渇してしまうのです。結果的に、甲状腺機能亢進症の患者は様々な情動的症状を経験することになります。神経質、落ち付きがない、不安、いらいら、眠れない(長時間眠っていられない)そして不眠症(まったく眠ることができない)などが普通に見られる問題です。基本的に、これらのことは本当の身体的疲弊によって引き起こされる、全身疲労に関係があります。甲状腺機能亢進症の人は、これらの特徴の一部、あるいは全部が現れたり、またはどれ一つとして出ないこともあります。これは人によって異なります。
それでも、ほとんどの甲状腺機能亢進症患者は、眠れなくなります。正常な場合、体は眠りにつく時に活動が鈍りますが、このために目覚めた時すっきりしたように感じるのです。しかし、甲状腺機能亢進症になると、睡眠中でも体の活動が促進されたままであり、目が覚めた時にもっと疲れたように感じることがよくあります。これがいらいらや不安、一般的な落ち着きのなさがとれないもう一つの理由です。
歴史的に見て、甲状腺疾患の患者をいちばん大きく傷つけるのは、甲状腺機能亢進症の情動的症状なのです。繰り返しますが、甲状腺機能亢進症の患者は一人一人違っており、それぞれ異なった典型的な甲状腺機能亢進症の特徴の組み合わせを経験します。
甲状腺機能亢進症と精神医学上の誤診  
精神科医は、精神病患者として紹介されてくる甲状腺疾患患者を診ることがあまりにも多いため、現在ではほとんどの精神科への紹介患者に対し、甲状腺機能検査を行うことが業界の基準となっています。事実、ある精神科医は自分の診療所では、間違って紹介されてくる患者で一番多いのは甲状腺疾患患者であると私に話しました。
患者が甲状腺機能亢進症の疲労やそれに伴う自然な不安をおぼえても、頻脈や下痢のような他の身体的徴候に気付かなかったり、言わないような場合、誤診されることがよくあります。残念なことに、昔から引き続き特に甲状腺疾患の誤診が多いのは女性です。
この理由の一つは、甲状腺疾患が女性に男性の5から7倍起こる頻度が高いということです(これは控えめな見積もりです)。もう一つの理由は、甲状腺機能亢進の症状がうつ病と躁鬱病として知られている2つの精神病の症状にそっくりなことがよくあるためです。それほど明確な理由ではありませんが、医学界で果たす男性と女性の社会的な役割に関係があります。甲状腺疾患の誤診のいきさつには、伝統的に男性の医師と女性患者の依頼心という条件に大いに関係があることが非常に多く、この状況は過去20年間に、やっと変りはじめたばかりです。
うつ病には3つの主な症状のグループが見られます。最初のグループは、焦燥感と悲哀感を含む抑鬱感に関係したものです。2つ目のグループの症状は、食欲不振や体重減少、不眠、エネルギーの欠如、および性欲の減退を含む身体的機能の変化に関わるものです。3番目のグループは、認知的に問題があるもので、不安が昂じて出来事が奇妙に見えたり、感じられたりするものです。
甲状腺機能亢進症の症状は、これら3つの精神疾患グループのすべてにそっくりの徴候を呈します。1970年代半ばまでは、甲状腺機能亢進症の女性はヒステリーやうつ状態、あるいは情動的にアンバランスであると診断され、しばしば精神科に紹介されていました。ストレスに関連した病気が1980年代と1990年代には多くなってきたため、甲状腺機能亢進症の女性は過度のストレスがあるためと言われることがよくありました。ストレスによる疲労は我々の時代では本当に実在する現象で、不安や不眠症、またその他の病気を引き起こしうるものですが、それでも甲状腺機能亢進症は罹患率が高く、また見逃されることの多い真の身体的疾患です。<第10章>では、患者としてもっと意識を高め、医師の診断技術を最大限に利用できる方法を述べております。これができるだけ多くの症状を告げることが重要である理由です。甲状腺機能亢進症の症状は、グループで現れ、孤立した症状が出ることは普通ありません。どんな些細なことでも、もっと注意すれば体の変化に気付くことができます。
最後に、甲状腺機能亢進症で多幸感を伴う気分の変動が起こることがあります。
これは躁鬱病にある躁病として知られる精神病の特徴です。幸いなことは、時代は確実に変っていることです。今では、患者が躁病の行動を示している時には、あらかじめ甲状腺の病気をスクリーニングしようという精神科専門医の運動があります。このことで、甲状腺疾患の患者を抗鬱剤あるいはその他の不適切な薬の投与から守ることになります。さらに、精神科医が甲状腺の病気を疑い、血液検査で確認した場合は、かならず内分泌病専門医に見せるようにしています。この時点で、患者はおそらく内分泌病専門医の治療を受けるために転医することになるでしょう。
甲状腺の病気と精神病の両方に罹っている人がいる可能性もあります。これはどちらの病気もありふれているからです。このような場合は、精神病の症状が甲状腺の病気の治療の結果として出るか、あるいは甲状腺の治療を行っても症状がとれない場合があります。要するに、甲状腺の病気がある人は必ずしも精神病に罹っていないというわけではないのです。
甲状腺機能亢進症の原因は何でしょうか?  
甲状腺が活動し過ぎになる理由はいくつか考えられますが、80%のケースで、その原因はバセドウ病として知られている自己免疫疾患によるものです。自己免疫疾患があると、まだ理由はわかっていませんが、体が自分自身を攻撃するようになります。バセドウ病のいちばん進んだケースでは、甲状腺腫が生じますが、様々な血液検査が改良され、精巧なものになったことで、バセドウ病は甲状腺がはっきりわかるほど大きくなるずっと前に見つかることが多くなりました。自己免疫疾患とバセドウ病については、<第3章>に詳しく述べております。
中毒性多結節性甲状腺腫も同様に、甲状腺機能亢進症を引き起こします。プランマー病としても知られているこの病気は、60歳以上の女性に多く見られます。多結節性甲状腺腫は、大きくなった甲状腺にはっきりわかるようなしこりができ、でこぼこがあるものです。しこりは、どういうわけか自分自身が独自に甲状腺の生活を始めます。いわばミニチュアの甲状腺ホルモン生産工場を形作っている甲状腺の島のようなものになります。これらのしこりについては、<第1章>で 甲状腺に“なりたい”ものとして述べております。これは、これらのしこりが主腺をまねて、そのうちに独自に機能する能力を身につけるからです。問題は、主腺がしこりが別個に甲状腺ホルモンの作り手となっていることに気付かずに甲状腺ホルモンを作り続けることです。結節が異常にT4を作る量が増えると、甲状腺刺激ホルモン(TSH)の産生は抑制され、主腺がT4を作るのを止めてしまいます。時に、孤立性の腺腫が生じ、甲状腺機能亢進症を起こすことがあります。これは甲状腺機能のすべてを受け継いでいる良性の増殖物です(詳しいことは<第5章>をご覧ください)。
甲状腺機能亢進症は、合成甲状腺ホルモン剤の飲み過ぎによっても起こります。
合成甲状腺ホルモン剤は、甲状腺機能低下症の治療時に甲状腺ホルモンを補う薬として処方されるか、あるいは甲状腺を手術で取り除いたり、放射性ヨードで甲状腺細胞を死滅させたりした場合に甲状腺ホルモンの代わりとして処方されます。
甲状腺を手術で取ってしまうのはどんな時でしょうか。1960年代後半までは、甲状腺腫の治療に好んで使われていたのが手術で甲状腺を取ることでした(原因には関わりなく)。今日では、甲状腺切除術は、甲状腺にある種の増殖物が生じたり、癌性になったケースに使う方法としてとっておかれるのが普通です(甲状腺癌については<第6章>に説明があります)。
放射性ヨードが使われるのはどんな時でしょうか。一般的に、バセドウ病によって起きた甲状腺機能亢進性の甲状腺腫を小さくするために使われます。また、甲状腺癌を含む様々な甲状腺の病気にも使われます(放射性ヨードに関する詳細は<第11章>をご覧ください)。甲状腺ホルモンを補う薬の量が多すぎるのは、甲状腺を手術で取ってしまったり、あるいは活動しないような処置を受けた中年や高齢者で非常によくあることです。甲状腺中毒という言葉は、このようなケースによく使われますが、文字どおり“甲状腺の中毒”を意味します。しかし、この状態は簡単に治ります。甲状腺ホルモン剤の投与量が安定すれば、再び正常な甲状腺機能に戻ります(euは“正常”の意味です)。
典型的な“甲状腺中毒”の筋書きは次のようなものです。高齢の患者が複数の医師にかかっており、複数の甲状腺ホルモン剤の処方を受けています。どうしてこのようなことが起こるのでしょうか。時に、医師がお互いに連絡を取り合わないことがあり、また患者も複数の医師にかかっていることを言わないことがあります。患者は2種類の処方を混同し、どちらも飲んでしまいます。そして、誤って倍量の薬を飲んでしまうことになるのです。
8ヶ月分の錠剤を貰って−これはおおよそ20回の再診で貰う量です−定期的な投与量のモニターのために医師に診てもらう必要がないと思ってしまう患者も時々います。そのような人は結局、一度にまとめて薬を調合してもらい、10年以上も同じ錠剤を使うことになります。サイロキシンは年齢が進むにつれて必要量が変るため、これは非常に危険なことです。年を取ってくると必要な量が減ってくるのが普通です。例えば、60歳で200マイクログラムのサイロキシンを飲んでいる患者の場合、70歳になる頃には100マイクログラムしか必要としないこともあるのです。年を取った体は甲状腺ホルモンの代謝が違ってきますし、それは量を少なくすることが適当であることを意味するのです。
後になって起こってくる過量投与のもう一つの理由は、10年か15年前に処方されていた量が十分に精製されていないホルモン剤の調剤法と精度の劣った血液検査やモニターシステムに基づいたものであったことです。それ故に、処方されている量を定期的にチェックしてもらうことが大事なのです(甲状腺の薬についての詳細は<第12章>で述べております)。
甲状腺機能亢進症の検査  
甲状腺機能亢進症の徴候ははっきりしていることが多く、TSH検査と呼ばれる簡単な血液検査で診断が確定します。甲状腺ホルモンレベルが上がっている時は、TSHレベルは正常以下に出ます。時に、患者が甲状腺の病気が家族内に伝わることを知っていることがありますが、そのような場合、医師は血液検査を通じて定期的に甲状腺機能のチェックを行い、明らかな症状が出る前に甲状腺機能亢進症を検知することができます。しかし、甲状腺機能亢進症の症状が気付かれず、患者がいらいらや疲労などの些細な違いにしか気付いていない場合は、誤診される可能性もあります。
普通、誤診は診断がついていないことを意味します。これは主に、医師がTSH検査の指示を出す程には身体的にはっきりした証拠が現れていないために起こると思われます。しかし、例えば患者が脈が速いことを訴えている場合に、医師が甲状腺機能亢進症のスクリーンニングをしない方を選ぶことはまずありえません。
要するに、甲状腺機能亢進症の診断(または除外)にあたってもっとも難しい要素は、主治医にまず第一にルーチンな甲状腺機能検査を行ってもらうことなのです。
甲状腺機能亢進症の診断がつけば、その他の検査は甲状腺機能亢進症の重症度を測ったり、原因を確かめたりするために行われるものです。このような検査には、自己免疫疾患を除外する血液検査や、放射性ヨード取り込み試験、超音波検査、そして細針吸引生検などが含まれます。
適切な血液検査は、遊離(フリー)T4(検査施設ではFT4と呼ばれます)レベルとTSHをチェックするものです。遊離という言葉は、血液中を回っている "くっついていない"甲状腺ホルモンのことを言います。体の中のどのホルモンも、血液中にある化学物質である蛋白質に“結合”またはくっつく傾向があります。結合したホルモンは不活性ですが、遊離ホルモンは活性です。そのために遊離、すなわち活性ホルモンを測定することが欠かせないのです。もし、主治医が旧式の検査である“総T4(検査施設ではTT4と呼ばれます)”と呼ばれる検査を行なっている場合、これはT3レジン取り込み試験と組み合わせになっているはずですし、遊離T3も測定することになります。文献では、総T4検査は時代遅れの方法であると考えられており、遊離T4検査にとって代わられています。TT4の血液検査を指示する医師は誰であれ、おかしいと思うべきです。バセドウ病や橋本病(<第3章>で述べます)のような自己免疫性疾患を確認、あるいは除外するために抗甲状腺抗体または甲状腺刺激抗体と呼ばれるものの検査を受けることになります。
甲状腺ホルモンの値の解釈が難しいのは、妊娠中や経口避妊剤を飲んでいる時、あるいは甲状腺ホルモンの値が正確にでなくなるようなある種の薬の投与を受けている場合のみです。
甲状腺機能亢進症や甲状腺癌の治療に普通に使われる放射性ヨードは、ある種の診断用検査では、“トレーサー(追跡子)”として使われます。甲状腺機能亢進症の重症度と原因の両方を測るのに、一般的に使われる検査は放射性ヨード取り込み試験です。ここでは、ほんのわずかの量の放射性ヨードが投与され、そのヨードは甲状腺に吸収されます。翌日、病院に戻ると、大きなカメラのような機械の前に座るように言われるでしょう。トウモロコシのような装置が頚部の真上に持ってこられます。この機械はシンチレーションまたは計数管と呼ばれるもので、甲状腺が吸収した放射性ヨードの量を“計算”して測定するものです。
甲状腺機能亢進症が甲状腺ホルモンの作り過ぎによって起こっているものであれば、放射性ヨードの取り込み、または吸収は高くなります(普通、24時間で30%以上です)。甲状腺機能亢進症ではあるが、取り込み量が低い場合、その甲状腺機能亢進症はおそらく甲状腺ホルモン剤の過量投与、あるいは甲状腺にある種の炎症があるために起きていると考えられます。放射性ヨードについては、<第11章>で詳しく述べることにします。
放射性ヨード取り込み試験に関する考え方は、この本の初版が出てから大きく変ったということを言っておく必要があります。今では多くの内分泌病専門医が、放射性ヨード取り込み試験は、甲状腺腫ができた理由や甲状腺にしこりがある理由、甲状腺のしこりが癌性のものであるかどうか確かめたり、時にはバセドウ病の抗体検査がマイナスである場合に、甲状腺機能亢進症の原因を見つけるためにのみ使うべきであると信じています。この検査をただ甲状腺機能亢進症を確かめるため、あるいは単に“どの程度の甲状腺機能亢進症であるか”を見るために行うのは、時間とお金の無駄と思われます。T4の値が高く、そして/またはTSHの値が低ければ、甲状腺機能亢進症です。これでお終いです<注釈:これは間違いです。甲状腺機能亢進症の80%はバセドウ病ですが、バセドウ病の診断を確実にするためにTSHレセプター抗体を調べるべきであり、TSHレセプター抗体が陰性の場合は放射性ヨード取り込み試験を行うべきです>。
甲状腺機能亢進症の治療  
甲状腺機能亢進症が甲状腺ホルモン剤の過量投与で起きている場合、治療は単に投与量を適切なレベルに調節するだけですみます。甲状腺機能亢進症が多結節性甲状腺腫か、孤立性の中毒性腺腫のどちらかで起こっている場合、甲状腺腫を小さくする放射性ヨードを使って、甲状腺の活動し過ぎの部分を破壊することになるでしょう。病気の程度にもよりますが、甲状腺切除が行われる場合もあります。どちらのケースにおいても、2つの方法の目標は、甲状腺の機能を止めることにあります。治療の効果があったかどうかを確かめるために、甲状腺ホルモン剤(ホルモン補充)を処方する前に、甲状腺機能低下症の徴候が出るまで待つのが普通です。甲状腺機能低下症にならない場合は、甲状腺機能が正常、または正常なレベルにあることを意味しており、甲状腺ホルモン剤をのむ必要がないことさえもあります。事実、放射性ヨード治療後に何年もの間、甲状腺機能が正常であり、その後再度甲状腺機能亢進症の症状を発してくることもあります。手術を受けたのであれば、機能中の甲状腺組織がいくらか残っている可能性があります。
そのような場合、手術に加え、放射性ヨードが残っている甲状腺組織を死滅させるために使われることになります。放射性ヨードで治療を受けたのであれば、生き残っている組織を死滅させるために2度目の治療を行うことがあります。
バセドウ病の治療には、様々なやり方があります。それには抗甲状腺剤や放射性ヨードがあり、そして時に手術が含まれます。<第3章>でバセドウ病について詳しく述べ、すべての治療をまとめて書いております。
 甲状腺機能低下症:寒くて、疲れていて、憂うつです。 
機能低下症辞典  
体の機能が低下すると、甲状腺機能亢進症と同じくらいですが、反対の症状が現れてきます。ここでも、必要な情報を素早く検索できるように、これらの症状をアルファベット順に述べております。また、甲状腺の病気が治療されれば、これらの症状は消えてしまいます。
循環器系の変化(Cardiovascular change)
甲状腺機能低下症の人は異常に脈が遅くなり(1分間に70以下)、高血圧か、低血圧のどちらかになります。
もっと重症の場合や甲状腺機能低下症が長く続いた場合、コレステロールのレベルも上がることがあり、このために冠動脈の状態が悪くなる可能性があります。
重篤な甲状腺機能低下像では、心臓の筋肉が弱り、心不全につながることがあります。しかし、このようなことはまれで、心臓が危険な状態になるずっと前に、ひどい甲状腺機能低下症の症状が出ます。

循環器系の変化(Cardiovascular change)
甲状腺機能低下症の人は異常に脈が遅くなり(1分間に70以下)、高血圧か、低血圧のどちらかになります。
もっと重症の場合や甲状腺機能低下症が長く続いた場合、コレステロールのレベルも上がることがあり、このために冠動脈の状態が悪くなる可能性があります。
重篤な甲状腺機能低下像では、心臓の筋肉が弱り、心不全につながることがあります。しかし、このようなことはまれで、心臓が危険な状態になるずっと前に、ひどい甲状腺機能低下症の症状が出ます。

寒さに弱い(Cold intolerance)
快適な温度を見つけることができなくなり、不思議に思うことがあるかもしれません。なぜここはいつも凍り付くほど寒いのだろうかと。甲状腺機能低下症の人は、寒さに敏感になっているために、いつもセーターを持ち歩いています。暑く、うっとうしい天気であれば、はるかに快適に感じ、暑い時でもまったく汗をかかないことがあります。これは全体の代謝速度が落ちて、血管を皮膚から離すことで体が熱を逃さないようにするためです。

うつ病と精神医学上の誤診(Depression and psychiatric misdiagnosis)
甲状腺機能低下症は、甲状腺機能亢進症よりも精神医学的なうつ病に関係があることが多いのです。うつ病(甲状腺機能低下症のところで述べております)に関連した身体的症状が精神医学上の誤診を引き起こします。時に、精神科医は甲状腺機能低下症患者が、妄想症あるいは幻聴や幻覚(存在しないものが聞こえたり、見えたりすること)のような精神病に関連のあるある種の行動を示すことがあることを見出します。面白いことに、うつ病にかかっている全患者のおおよそ15%に甲状腺機能低下症が見つかります。甲状腺に与えるリチウムの影響に関する情報については<第12章>をご覧ください。

消化器の変化と体重増加(Digestive changes and weight gain)
体の機能が減退してくるため、便秘や便が固くなること、また鼓脹(これで息が臭くなることがあります)、そして胸焼けだけでなく食欲不振に苦しむようになるでしょう。胸焼けは、食物がなかなか胃を出て行かず、そのため酸と食べ物の逆流(食道に半分消化した食べ物が上がってくること)が起こるためであろうと思われます。
甲状腺ホルモンの欠乏で代謝が落ちているため、体重が増えるかもしれませんが、食欲が急に落ちるため、体重が変わらないままのこともよくあります。甲状腺機能低下症患者はこれらの症状の一部、あるいはすべてを経験することがあり、時には、甲状腺機能低下症が早期に見つかった場合、医師が代謝やエネルギーに特に変ったことがないかどうかねらいを定めて聞かない限り、何の症状にも気付いていないことがあります。

甲状腺の肥大(Enlarged thyroid gland)
甲状腺は炎症を起こすため、しばしば大きくなります。特に橋本病(慢性甲状腺炎)にかかっている時はそうです。しかし、時に甲状腺組織が壊されるために、実際に甲状腺が小さくなってくることもあります。詳しいことは[機能亢進症辞典][甲状腺の肥大]をご覧ください。

疲労と眠気(Fatigue and sleepiness)
甲状腺機能低下症のもっとも典型的な症状は、著明な傾眠または不活発さです。
このために異常に眠くなり、前の晩に12時間以上ぐっすり寝たのにもかかわらず、いつも寝ていたいように感じることがあります。医師は、反射が非常に遅いのにも気がつきます。

(Fingernails)
甲状腺機能低下症になると、爪がもろくなり、爪にマニキュアを塗ることもできないほど爪に線や溝ができます。

毛髪の変化(Hair changes)
甲状腺機能低下症になると、髪が薄くなって乾燥し、もろくなることがあります。そしてヘアコンディショナーがたくさん必要になってきます。髪も抜けることがあり、そこからはげ始めます(詳しいことは[機能亢進症辞典][毛髪の変化]の項をご覧ください)。また、恥毛だけでなく、眉毛や足や腕の毛のような体毛もなくなります。

高コレステロール(High cholesterol)
甲状腺機能低下症の人はコレステロールが高くなりやすく、心臓病を含む他の多くの病気を引き起こすことがあります。これは、甲状腺の病気のコントロールができるまで、食餌を通じてコントロールしなければなりません。一般的に、コレステロールが高い人は誰でも甲状腺機能低下症の検査を受けた方がよいでしょう。

蕁麻疹(Hives)
これは、甲状腺機能低下症か機能亢進症のどちらかがある患者に起こる傾向があります。蕁麻疹は無害で、赤いかゆみのあるみみずばれが皮膚に出るものです。
普通は、この問題に対処するために抗ヒスタミン剤が使われます。

月経周期の変化(Menstrual cycle changes)
月経は量が増え、回数も普通より多くなります。そして、時に卵巣が毎月排卵しなくなることがあります。子供が欲しい場合、このことで妊娠しにくくなる可能性があります。月経周期の変化と不妊症については、<第7章>に詳しく述べております。

乳房からの乳汁分泌(Milky discharge from breasts)
甲状腺機能低下症のためにプロラクチンの作り過ぎが起こる場合があります。プロラクチンは乳汁の産生に関与するホルモンです。プロラクチンが多すぎると、エストロゲンの産生を阻害することもあり、そのことでも規則的な月経や排卵が妨げられます。一般的原則として、乳房から独りでに分泌物が出てくる場合には、乳腺専門医または婦人科医に調べてもらうようにしてください。医師は他の乳房の病気を除外するために、徹底的に調べてくれるはずです。もっと詳しいことは私の著書である“オッパイのことがわかる本”をお読みください。

筋肉(Muscles)
甲状腺機能低下症の人がよく訴えるのは、筋肉の痛みと痙攣です(このせいで月経痛が起こるのかもしれません)。事実、多くの人が関節炎の症状を経験していますが、これは甲状腺機能低下症が治療されると完全に消えてしまいます。しかし、夜目が覚めてしまう程痛みがひどいこともあります。筋肉の協調にも問題が起こり、いつも“ぎこちなく”感じることもあるかもしれませんし、簡単な運動を行うのにも困難を覚えるかもしれません。

しびれ(Numbness)
これはぴりぴり、ちくちくした感覚と組み合わさっており、手根管症候群を起こしやすくなる傾向もあります。これは手がしびれてぴりぴりするのが特徴です。
このようなケースでは、水分の貯留とむくみのために手首の神経が圧迫されて、そういう症状が起こります。この病気は同じように水分の貯留がある妊婦も苦しめるものです。手根管症候群は、反復性の過労性外傷でもあり、例えばキーボード操作などによって悪化することがあります。この病気は甲状腺機能低下症の治療が行われれば、よくなるはずです。もっと詳しいことは<第3章>に述べております。

皮膚の変化(Skin changes)
皮膚が乾燥して、荒くなったように感じるところは、引っかくと粉のようなものが落ちてきます。ひじや膝頭の皮膚のひび割れも普通に見られるようになります。甲状腺機能低下症が悪化するにつれて、皮膚が黄色がかった色合いを帯びてくるようにもなります。黄色い色はカロチンが蓄積したものから来ており、これは食餌中に含まれる物質で、正常な場合ビタミンAに変わるものです。しかし、甲状腺機能低下症のために、このプロセスの進行が遅くなっているのです。体は血管を皮膚から離すことで熱を保存しているため、青ざめてつやがなくなったように見えます。
その他の症状で、医師の目につきやすいのは、皮膚と皮下組織が厚くなる粘液水腫として知られている病気の存在です。粘液水腫の特徴は、目の回りや顔がはれぼったくなることで、舌も大きくなることがあります。[機能亢進症辞典][内出血しやすい]というところをご覧ください。

子供の成長が止まる(Stunted growth in children)
典型的な筋書きは、12歳になる息子がなぜいまだに9歳くらいにしか見えないのかと不思議に思うことに始まります。それで、子供を医師のところへ連れて行きます。そして、子供の甲状腺が衰えてしまっており、それが子供の成長が止まった理由であることがわかります。これは甲状腺ホルモン剤で治療を行えば、完全に元に戻ります。子供の甲状腺疾患については、<第9章>に詳しく述べております。

記憶力と集中力が乏しい(Poor memory and concentration)
甲状腺機能低下症では“ボーッとした”感じになり、物事を記憶したり、仕事に集中するのに困難を覚えることがあります。これは特にお年寄りにとっては恐ろしいことで、ぼけが始まったと感じるかもしれません。実際に、いわゆるぼけの一番多い原因の一つは、未診断の甲状腺機能低下症なのです(そのために、“アルツハイマー”だとわめく前に、“ぼけ始めた”のではないかと疑われる家族の甲状腺機能検査をしてもらうようにしましょう)。

声の変化(Voice changes)
甲状腺が大きくなった場合、声帯に影響を与え、しゃがれ声になることがあります。
甲状腺機能低下症の原因  
甲状腺機能低下症は、甲状腺の炎症である橋本病として知られている自己免疫疾患によって起こることがよくあります。この病気は自然に起こるか、あるいはバセドウ病と一緒に起こります。若い女性と年を取った女性のどちらをも襲う橋本病は、甲状腺の細胞を攻撃し、ダメージを与える血液中の異常な抗体と白血球によって引き起こされます。甲状腺の細胞の数が足りなくなるために、橋本病患者は甲状腺機能低下症になります。ほとんどのケースでは、炎症のために甲状腺腫が生じます。しかし、時に甲状腺が実際に小さくなってしまう場合もあります。
橋本病については、<第3章>に詳しく述べております。
皮肉なことに、甲状腺機能亢進症を起こす病気の治療が、しばしば甲状腺機能低下症を引き起こします。バセドウ病患者が放射性ヨードで治療を受けると、甲状腺は普通、活動しなくなります。当然、その後で甲状腺ホルモン剤が投与されなければ、甲状腺機能低下症になります。同様に、甲状腺のほとんどを手術で取ってしまった場合、甲状腺が十分に残っていないために、甲状腺ホルモン剤が処方されるまで、すぐに甲状腺機能低下症が起こります。例えば、癌のために甲状腺を取ってしまった場合、後でスキャンを受ける必要があるでしょう。スキャンがうまくいくためには、体の中に合成甲状腺ホルモン剤が存在していてはだめなのです。そのため、甲状腺機能低下症が起こります。あるいは、バセドウ病を放射性ヨードで治療した場合、この章の最初の方で述べたように、医師は甲状腺ホルモン剤の補充を行う前に、甲状腺機能低下症の症状が現れるのを待ちます。
甲状腺機能低下症が計算されたものである場合は、医師はその症状に対しての準備をしておきますし、症状を和らげるために食餌を変えるよう勧めることもあります。便秘に対して、下剤が処方されることもあり、エネルギーレベルが低くなるので、高タンパク食を勧められるかもしれません。また、皮膚が乾燥するのでスキンクリームや補湿剤が必要な場合もあります。また、甲状腺機能低下症で寒さに弱くなるので、着込んで暖かくしておくよう注意されるかもしれません。
時に、甲状腺のない赤ちゃんが生まれてくることがあります。これは先天性甲状腺機能低下症と呼ばれ、いくつかの重大な問題につながることがあります。今日では、すべての新生児に対して、踵から血液を1滴採り、ろ紙に染み込ませたものを使うヒールパッドブラッドスポット検査を通じてこの病気のスクリーニングが行われています。この病気の存在が見つかった場合は、赤ちゃんには直ちに甲状腺ホルモン剤が与えられ、普通は正常に発育します。
さらに、10%もの母親が出産後に甲状腺機能低下症を経験するのですが、これは産後うつ病、あるいは産後の“ブルース(憂うつ症)”として軽視されることがしばしばです。これは、出産後に甲状腺が炎症を起こすことがあるためで、この結果甲状腺機能低下症になるのです(産後甲状腺機能低下症については、<第7章>にもっと詳しく述べております)。
最後に、脳下垂体が病気に罹ると、甲状腺機能低下症が始まることがあります。
<第1章>で述べたように、脳下垂体が体内の甲状腺ホルモンの生産を調整しているためで、甲状腺はこれに非常に敏感です。
甲状腺機能低下症の検査と治療  
例えば、ホジキン病のような癌に対し、頭部や頚部領域の放射線外部照射による治療を受けた人全員の25から50%の人が、治療後5年以内に甲状腺機能低下症を起こす傾向があります。このグループは年1回のTSH検査を受けることをお勧めします。
繰り返しますが、医師に正しい血液検査を行ってもらうのが甲状腺機能低下症の診断でいちばん困難なところです。しかし、甲状腺機能低下症の検査と治療は、甲状腺機能亢進症よりはるかに簡単です。TSHの血液検査で、甲状腺ホルモンの生産量が最小限減っただけでも甲状腺ホルモンのレベルが下がったことがわかります。もう一つの血液検査で、血液中の抗体の存在を検知できます。これは自己免疫疾患を突き止めるためのものです。これらの検査はきわめて感度がよく、TSHレベルがどの程度高いか、低いかにもよりますが、より詳しい身体診査と合わせて、医師は甲状腺機能低下症の重症度と原因の両方を確かめることができます。
治療は簡単です。おそらく、生涯にわたって合成甲状腺ホルモン剤を飲むことになるでしょう。通常量は100から150マイクログラムの間です。ちょうどよい量を見つけるのは、時に厄介なことがあります。投与量が多すぎると甲状腺機能亢進症になってしまうかもしれませんし、飲む量が少なすぎると甲状腺機能低下症のままであるかもしれません。通常は、投与量が正しいかどうかを確かめるのに1ヶ月以上かかります。そして、間隔を様々に変えて血液検査を行い、ホルモンレベルをチェックします。医師は、状況に応じて投与量を簡単に変えたり、調節したりします。それでも、今日では補充用ホルモン剤の精製度が上がり、正確な投与量が出せるため、投与量はちょうどよい量に近くなっています。<第12章>でもっと詳しく甲状腺の薬について述べることにします。
 境界型甲状腺機能低下症:未然に食い止める。 
これに対する医学用語は、潜在性甲状腺機能低下症で、それほどひどく進んでおらず、まだ症状が出ていないものを言います。血液検査では、T4(または甲状腺ホルモン)の値はきわめて正常に近いところにありますが、TSHの値は高くなっています。ちょうど今、臨床家の間では、ある種のグループの人達に対し、ルーチンに潜在性甲状腺機能低下症のTSH検査を行うことについての議論が戦わされています。このグループには甲状腺の病気の家族歴がある人すべてと、40歳以上の女性、出産後の女性、そして60歳以上の人すべてが含まれます。TSH検査はきわめて簡単で、どのような血液検査用パッケージにも加えることができますので、これは病気を見つけるよい機会ですし、それによって症状が出る前に甲状腺機能低下症を予防することになります。
この本を書いている時点で、アメリカ合衆国とカナダの診療所で、甲状腺機能低下症のチェック用に最初の迅速な、ワンステップ式のTSH検査が使えるようになりました。妊娠検査と同じようなものですが、尿の代わりに血清を使うサイロチェック(r)は10分以内にTSH検査の結果が出ます。医師は血液を採り、遠心分離器で血清を分離して、それを4滴、検査用のカセッテの窓のところに入れます。TSHレベルが5mU/Lを超えている場合、線が1本現れます。このサイロチェック(r)の開発で、まもなくすべての血液検査ができるようになり、2〜3年の内に家庭用検査キットとして薬局で入手できるようになると思われます。この利益は明らかで、甲状腺機能低下症である可能性を知り、速やかに医師に連絡して、詳しい検査と治療を受けることができるでしょう。もし、甲状腺の薬を飲んでいる場合は、自分で健康状態を監視できるようになるでしょう。まもなく、薬局で一般スクリーニング用にこの検査キットが売り出されるという知らせがあるでしょう。その簡便さと結果がすぐに出ること、そして費用が安いことから、この検査は地球規模で甲状腺の検査に“革命”を起こすことになるでしょう。そして、私も待ちかねている一人です。
頭に入れて置くべきこと  
バセドウ病か、それとも橋本病にかかっている場合、甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症は姉妹の病気です。先に述べたように、片方の病気の治療を行なうことで、もう片方の病気の治療をするという結果になる可能性があります。この章の目的は、それぞれの病気の身体的、情動的症状について十分な情報を提供し、医師にその症状を十分に伝えることができるようにするだけの知識を身につけていただくことです。
例えば、はっきりわかるほど眠気が強く、食欲がないような場合、自分で脈をとってみてはどうでしょう。普通より遅くなっていれば、実際に甲状腺機能低下症かもしれません。あるいは、落ち着きがなく、いつも不安に取り付かれたように感じ、また体重が減ったような場合、脈をチェックしてみてください。普通より速くなっていれば、甲状腺機能亢進症が原因かもしれません。脈を測る一番簡単な方法は、人差し指を耳たぶの真下のところにあてることです。どくどくと脈打っているのを感じるでしょう<注釈:この方法をやってみましたが、脈は触れません。それより、手首の所の親指側1/4のところを人差し指で触れると脈を触れます>。それから、腕時計か時計の秒針を見て、15秒間脈拍を数えて止めます。数えた数字を(普通は10から25のあたりです)4倍すると心拍数になります。もう一つの手軽な方法は、 各地の商店街や雑貨店にある“心拍を測る”機械を使うことです。大体25セントぐらいしかかかりません。
なぜ脈をとるのでしょう。第一の理由は、自分の脈を知っていれば、甲状腺の病気の診断を早く、正確に下す助けになるからです。それは甲状腺の病気を指し示す情動的、身体的症状の組み合わせであり、医師があなたの症状を誤診するのを防ぎます。情動的症状と合わせて脈の速さを告げれば、自分の訴えを裏付ける何らかの身体的証拠となります。
2番目の理由は、体に合った適切な甲状腺ホルモン剤の投与量を維持するのに役立つことです。あなたは自分の体で生活していますが、医師はそうではありません。自分の脈をとることで、それを確かめるのに役立つでしょう。それから、医師に自分が気付いたことを知らせることができ、医師はそれに応じて投与量を調節するようにするでしょう。
自分の脈をとることを決めた場合、自分の正常な心拍数を知っておくにこしたことはありません。この情報を得るいちばん簡単な方法は、主治医に電話をして、以前検査した時の脈拍数を尋ねることです。できれば少なくとも6ヶ月前の値を教えてもらうようにしてください。そして、家で自分の脈をとり、2つの値を比べてみます。医師が以前に検査した時の心拍数の記録が1分間に80であり、今の脈が1分間に100であれば、それは明らかにちょっと高くなっています。あるいは、以前の記録が80であったのに、今では60になっているのであれば、明らかに低くなっています。5つばかりの上下はおそらく問題ないはずですが、上下どちらかに10以上違えば、体に何か変化があったことを示す徴候です。
要するに、どのような甲状腺の病気であれ、それは脳下垂体の調節システムが壊れてしまったことを意味しています。診断がつきさえすれば、それを補正し、脳下垂体からの甲状腺ホルモンの調節機能を引き継ぐのはあなたの役目です。もし、甲状腺の病気を疑っているだけであれば、他の手段を講じる前に、医師のもとに行き、病気であるかないかを確かめるようにするべきです。
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