甲状腺機能と女性不妊について
今回は、甲状腺機能と女性不妊についてお話したいと思います。不妊症は、「避妊をせずに性交を行っても1年以上妊娠できない状態」と定義されています。カップルの約15%が不妊症に悩んでいます。女性不妊の主な原因は、排卵障害、子宮内膜症、骨盤癒着、卵管閉塞、その他の卵管異常です。不妊治療の分野は、過去20年間に日進月歩で発展し、不妊症を引き起こす危険因子を探求してきました。この危険因子として、甲状腺自己免疫や甲状腺機能不全が注目されています。
甲状腺自己免疫および/または甲状腺機能不全は、妊娠可能年齢の女性に多くみられます。自然妊娠や生殖補助医療(人工授精・体外受精・顕微授精)では、甲状腺自己免疫および/または甲状腺機能不全は、妊孕性(妊娠する能力)と妊娠転帰の悪化(深刻化)と関連していることが知られています。したがって、妊娠を計画している女性に対して、甲状腺自己免疫の指標である甲状腺ペルオキシダーゼ抗体(TPO抗体)および甲状腺機能不全(TSHのみで十分な場合もある)のスクリーニングを行うことは合理的です。
メモ 生殖補助医療の違いについては、検索サイトで「人工授精 体外受精 顕微授精 違い」などのキーワードで検索すると詳細がわかります。2022年4月からは、一般不妊治療および生殖補助医療のどちらも保険適用対象となっています。
まず、甲状腺自己免疫(TPO抗体陽性)と女性不妊症の関連性についてお話します。甲状腺自己免疫は、出産可能年齢の女性に最も多くみられる自己免疫疾患であり、甲状腺機能不全のリスクを高めます。また、甲状腺自己免疫の有病率は一般的に約10%と推定されています。4つの研究を統合したメタアナリシスでは、甲状腺機能正常症患者における甲状腺自己抗体陽性は、原因不明の不妊症と関連していることが示されています。これらの結果から、甲状腺自己免疫は女性不妊症と関連していると考える研究者もいます。しかし、この関連性に疑問を持つ研究者もおり、未だに意見が一致していないのが現状です。
潜在性(甲状腺ホルモン正常でTSH低値、軽い甲状腺機能亢進性)および顕性甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンが高くTSH低値、明らかな甲状腺機能亢進症)と女性不妊症の関係について説明します。潜在性甲状腺機能亢進症の女性の妊娠能力への影響は、十分に分かっていません。顕性甲状腺機能亢進症では、妊娠能力の低下(妊娠しにくい)がみられます。しかし、妊娠能力低下は甲状腺機能が正常になれば、回復する可能性があるようです。
次に、潜在性(甲状腺ホルモン正常でTSH高値、軽い甲状腺機能低下症)および顕性甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンが低くTSH高値、明らかな甲状腺機能低下症)と女性不妊症の関係について説明します。顕性甲状腺機能低下症は、不妊症を来すメカニズムがかなり分かっており、不妊症や妊娠初期・後期の望ましくない合併症のリスク増加と関連しています。しかし、詳細は難しいのでここでは割愛します。詳しくは、末尾の文献を参考にしてください。
潜在性甲状腺機能低下症と不妊症の関連性については、文献で一貫性がありません。その原因として、TSH正常上限を決める基準値が異なっていることと、適切な前向き研究が不足していることが考えられています。
ここから、甲状腺自己免疫疾患と生殖補助医療について話を進めていきます。甲状腺自己免疫は、生殖補助医療後の妊娠において流産や早産のリスク増加を伴う不良妊娠転帰と関連していると考えられていた時期もありました。しかし、甲状腺自己免疫疾患と生殖補助医療に関する最近の研究では、甲状腺自己免疫と不良妊娠転帰との関連性は確認できていません。
生殖補助医療技術(体外受精と顕微鏡受精)の実施により、甲状腺自己免疫を持つ女性における妊孕性向上(妊娠能力改善)の原因として、顕微鏡授精の増加が考えられています。顕微鏡授精を受けた女性を対象とした最近のメタアナリシスでは、甲状腺自己抗体陽性の不妊女性が顕微授精を受けた場合、甲状腺自己抗体陰性女性と比較して妊娠初期流産のリスクは増加しないこともわかっています。これは安心できる情報です。
人工授精治療後の甲状腺自己免疫が妊娠に及ぼす影響についての研究では、TPO抗体陽性女性とTPO抗体陰性女性の間で、生児出産率、妊娠率、流産率に関して有意差を認めませんでした。
生殖補助医療における顕性甲状腺機能低下症に対するレボチロキシン治療では、米国甲状腺学会のガイドラインはTSH 2.5μIU/mlを超えた場合を推奨しています。
現在、潜在性甲状腺機能低下症と生殖補助医療では、妊孕性(妊娠能力)と妊娠(妊娠している状態)におけるTSHの基準範囲が議論の的となっています。この問題が重要な理由は、TSH正常範囲の違いにより、潜在性甲状腺機能低下症と診断される患者の割合が大きく変わる可能性があるためです。しかし、有り難いことに2021年、TSHハーモナイゼーション(異なる検査試薬や測定機器メーカー間でTSH測定値のばらつきを減らし、どの医療機関で検査しても同等の結果が得られるようにする国際的な標準化活動)によりTSH正常範囲が全世界で統一されました。TSHハーモナイゼーションは今後、この分野の研究に大きく寄与すると思います。研究結果が出るのを楽しみに待ちましょう。
いくつかのガイドラインは、生殖補助医療開始前にTSHが2.5μIU/mlを超える場合、レボチロキシン治療を開始することを推奨しています。
最近では、TSH 4.0μIU/mlを超える場合に、レボチロキシン治療の開始を推奨する考えもありますが、2021年にTSHハーモナイゼーションが実行されてからまだ日が浅いため、この実践が行き届くのにはもうしばらくの時間が必要でしょう。それまでは、以前のルール(TSH 2.5μIU/mlを超えたら、不妊治療前にレボチロキシン治療を開始)に従って治療を行うほうが安全と思います。
文責:田尻淳一
以下の文献を参考にしました。
Impact of thyroid disease on fertility and assisted conception. Best Practice & Research Clinical Endocrinology & Metabolism 34: 101378, 2020
The role of thyroid function in female and male infertility: a narrative review. J Endocrinol Invest 46: 15-26, 2023

