甲状腺機能と体重について
今回は、甲状腺機能と体重の関係についてお話したいと思います。甲状腺機能低下症やバセドウ病(甲状腺機能亢進症)の人では、体重が変動することはよく知られています。甲状腺の病気は女性が多いので、特に体重増加は悩みの種になります。
甲状腺機能低下症では、むくみのために体重が増えることが多いです。体重が増えるのは、筋肉が増えるのではなく、むくみのためです。反対に、バセドウ病では発病したときには体重が減ります。腹が減って、いくら食べても体重が減るのが特徴です。若い人で痩せる以上に食べれば、反対に体重が増えることがあります。
甲状腺機能低下症やバセドウ病を治療すると理論的には、体重は元に戻るはずです。治療をすれば確かに体重は戻るのですが、甲状腺機能低下症やバセドウ病では、不思議なことにどちらも時間が経つにつれて体重が増えるのです!
この体重の不可思議な現象を解説した総説 〈1〉(今までの研究論文をまとめたガイドブックの役割のような論文です)が、最近出版されました。その論文を参考にしてお話します。
まず、甲状腺機能低下症から始めましょう。最近、ランセット肥満委員会(ランセットは英国で出版されている有名な医学雑誌です)は、肥満の原因として甲状腺機能低下症に注目しています。甲状腺機能低下症では、エネルギー消費量の低下(使われるエネルギーが低下して体重が増える)と熱産生の低下(代謝が低下して体重が増える)により、体重が増えます。
潜在性甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモン正常でTSHが高い、軽い甲状腺機能低下症)の場合でも、体重が増加することが知られています。さらに、TSHが正常範囲内でも、正常下限(一番低いところ)から正常上限(一番高いところ)に増加するにしたがって、体重が増えることも報告されています。分かりやすく言えば、TSHが正常範囲内にあっても、TSHが増えるにつれて肥満になりやすいということです。
顕性甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンが低くTSHが高い、明らかな甲状腺機能低下症)では、体重が増えます。ある報告では、甲状腺機能低下症患者で平均TSH 52μIU/mlの場合、BMI(肥満度を示す指標)は平均27.1 kg/m2であったのに対し、甲状腺機能正常群の平均TSH 1.6μIU/mlでは、BMIは平均23.5 kg/m2でした(正常BMI 18.5〜25.0:BMIが高いほど肥満) 。
次に、甲状腺機能低下症の治療による体重の変化をみてみましょう。ある研究では、潜在性甲状腺機能低下症(平均TSH 23.99μIU/ml)の患者17名を治療し甲状腺機能を正常(平均TSH 3.27μIU/ml)にすると、平均体重は70.9 kgから68.7 kgに減少しました。BMI も27.07 kg/ m2から26.22 kg/ m2に減りました。でも、この体重減少の程度は顕性甲状腺機能低下症に比べると僅かです。さらに、潜在性甲状腺機能低下症に対するチラーヂンS治療に関する別の研究では、TSHが8μIU/mlから3.4μIU/mlに正常化したにもかかわらず、除脂肪体重(体重から脂肪の重さを差し引いた、筋肉、骨、水分、内臓などの重さの合計)やBMIの減少は認められませんでした。このように、潜在性機能低下症では、治療による体重減少は研究により結果がまちまちです。
顕性甲状腺機能低下症では、チラーヂンSによる治療後に体重減少が報告されていますが、体重減少の程度は満足するものではありません。ある研究では、重度の甲状腺機能低下症で平均TSHが102μIU/mlの人に対して、チラーヂンSの投与を開始しTSHを2.2μIU/mlに正常化したにもかかわらず、体重は平均83.7kgから平均79.4kgに減少したに過ぎません。この体重減少は脂肪量の変化によるものではなく、除脂肪体重サブコンパートメント(筋肉、骨、水分、内臓などのそれぞれの重さ)の重量減少によるものでした(減ったのは主に水分ですね)。
甲状腺機能低下症治療後にもかかわらず、その後も体重増加が続くのは何故でしょう? 甲状腺機能低下症を治療したから必ず、治療前の体重に戻るわけではありません。一度、体重が増えると体がその増えた体重を新たなセットポイント(基準値)として守ろうとするはたらきがあります。これは、「体重のセットポイント理論」と呼ばれ、 脳が「本来あるべき体重(治療前の体重)」を記憶していて、そこから外れると代謝や食欲を操作して元に戻そうとする仕組みです。例えば、ダイエット後のリバウンドは、体が「元の体重」に戻ろうとする反応と考えられています。その他、いくつか体重が元に戻らない理由が考えられていますが、難しい話になりますので、ここでは一番わかり易い「体重のセットポイント理論」を採用しました。
ここからは、甲状腺機能亢進症の話になります。甲状腺機能亢進症患者の70~90%は体重が減少します(脂肪量、筋肉量および骨量の減少のため)。潜在性甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンは正常でTSHが低値、軽い甲状腺機能亢進症)に比べて、顕性甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンは高くTSHが低値、明らかな甲状腺機能亢進症)の方が体重減少の程度が大きいです。体重減少は甲状腺ホルモンの基礎代謝率、脂質代謝、活動レベルに及ぼす影響と排便回数増加や下痢によって引き起こされます。ある研究では、バセドウ病112人の体重減少は、平均5.7kgでした。
甲状腺機能亢進症の治療後の体重増加は、除脂肪体重および脂肪量による増加と考えられています。ほとんどの研究では、甲状腺機能亢進症の治療後に、体重が発症前より増えるリバウンド効果が指摘されています。すなわち、「治療したのに体重は元以上に増えてしまった」です。この現象は患者の苦痛を引き起こし、甲状腺機能亢進症で観察される生活の質の低下の原因になるかもしれません。甲状腺機能亢進症から甲状腺機能正常へ戻るにつれて、筋肉量が増加するのは安心材料になりますが、脂肪量の増加は懸念材料になります。
甲状腺機能亢進症の治療に伴いエネルギー消費量は急速に減少し、安静時エネルギー消費量も低下します。さらに、しばらく食欲は増したままなので(食べ過ぎでカロリーがプラス状態)、体重増加に拍車がかかります。治療後の身体活動の減少(活動的でなくなる)は、1日の総エネルギー消費量をさらに減少させるでしょう。その結果、さらに体重が増えるという好まざる状況に陥ります。
甲状腺機能亢進症では、治療開始前の患者教育、過剰治療による甲状腺機能低下症の回避、甲状腺機能亢進症の治療後に元の体重を超える体重増加とその後の継続的な体重増加の回避、および体重増加を予防する生活習慣対策が重要です。
最後に、甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症を治療しても、元の体重に戻らないどころか、元より体重が増えることを知っておきましょう。そして、治療を行っても元の体重より重くなる問題について、どのように対応したらよいかを先生と話し合いましょう。
文責:田尻淳一
以下の文献を参考にしました。
〈1〉The Influence of Thyroid Dysfunction on Body Composition and Weight Trajectory. Endocr Pract AOP 2026

