古くて新しいバセドウ病の治療法:長期ヨウ化カリウム治療について

今回は、甲状腺の病気とは切っても切れない関係にあるヨード(ヨウ素)についてお話します。バセドウ病の治療におけるヨードの役割に焦点を絞って説明します。

甲状腺の病気をお持ちの方なら、ヨード(ヨウ素)という言葉をどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。ヨードは、昆布を代表とした海藻類に多く含まれています。日本は海に囲まれており海産物をよく食べること、かつ日本は太古には海底であったこと(海底にはヨードが沢山含まれています)を考えると、日本にはヨード不足は存在しないと言われています。ですから、世界の多くの国で問題になっているヨード不足による甲状腺機能低下症はみられません。反対に、日本ではヨードの取り過ぎによる甲状腺機能低下症が時として問題になってきます。この問題については、別の機会にお話します。

ヨードは、甲状腺ホルモンが作られるのに必要な微量元素です。バセドウ病に対してヨードがはじめて使用されたのは1923年ですから、約100年前のことです。その頃は、バセドウ病の手術前に短期間のみ使用されていました。術前にヨードを使用することで、バセドウ病手術後の死亡率が劇的に減少しました。約80年前、抗甲状腺薬や放射性ヨウ素内用治療が出現してからは手術、抗甲状腺薬、放射性ヨウ素内用治療の3つが現在までバセドウ病治療の3本柱です。

ヨード(ヨウ化カリウム)は、バセドウ病手術前の短期間使用、甲状腺クリーゼの治療、抗甲状腺薬の副作用が出現したときに手術や放射性ヨウ素内用治療への橋渡しとして短期間使用などの特殊な場合にのみ使用されていました。このヨウ化カリウム治療は短期間です。これからお話するのは長期ヨウ化カリウム治療です。短期は1-2ヶ月間、長期は最短6ヶ月から数年です。

以前からバセドウ病に対して、長期ヨウ化カリウム治療を行っていたのは日本だけでした。わたしの知る限りでは、九州大学の先生たちが30年以上前からバセドウ病に対して長期ヨウ化カリウム治療を行っていました。約20年前より、それ以外の施設からバセドウ病に対する長期ヨウ化カリウム治療の報告がなされてきました。

現在までは、バセドウ病に対する長期ヨウ化カリウム治療の報告は日本からのみでした。何故、海外では長期ヨウ化カリウム治療を行わないのか? わたしなりに考えるに、一般的にヨード不足が多い海外では、ヨードを過剰に摂取するとプランマー病(甲状腺結節が甲状腺ホルモンを過剰につくる病気)の頻度が高くなるという事実からかもしれません。ヨードは甲状腺ホルモンの原料ですから、摂り過ぎるとバセドウ病が悪化するのではないかという危惧からかもしれません。

そもそも、ヨウ化カリウムはどのようにバセドウ病に効くのか? ざっくりと説明しますと、ヨードを摂り過ぎると甲状腺ホルモンを作る過程の有機化(化学式にヨード分子をくっつけること:化学で習いましたね、例の亀の甲みたいなもの)を阻害(邪魔)します。普通、この作用は48時間で消失します。この有機化を阻害することを「ウォルフ・チャイコフ効果」と呼びます。この効果がなくなることを「エスケープ」と言います。ですから、普通の人ではヨードを摂りすぎても甲状腺機能低下症にはなりません。

しかし、橋本病やバセドウ病では、このエスケープが起こりにくいのです。したがって、橋本病ではこのために甲状腺機能低下症に陥ります。例をあげれば、よく知られている昆布の摂り過ぎによる甲状腺機能低下症です。しかし、バセドウ病では、甲状腺ホルモンが作られることを阻害(邪魔)するために治療に使えるわけです。

ここから、バセドウ病に対するヨウ化カリウム治療の実際についてお話します。通常は、バセドウ病で症状が軽い人に使うことが多いです。すなわち、甲状腺ホルモン値がそれほど高くない人や心房細動などの合併症のない人が適しています。

ヨウ化カリウムは、丸薬の形でヨウ化カリウム丸として服用してもらいます。ヨウ化カリウム1丸には、ヨウ化カリウム50mgが含まれています。この量は、乾燥昆布約10gに相当します。昆布を食べてもいいのですが、ヨウ化カリウム丸は1丸5.9円と大変安価です。昆布を毎日10g食べると結構お金がかかります(普通、数百円程度)。どう考えても、ヨウ化カリウム丸の方が経済的です。

ヨウ化カリウム丸は1日1丸(1日1回服用)から開始します。甲状腺ホルモンが正常化するまで、1日5丸までは増量できます。わたしの経験では、1日5丸まで増やせば甲状腺ホルモンは正常化することが多いです。それでも、甲状腺ホルモンを正常化できなければ、手術か放射性ヨウ素内用治療を勧めます。

わたしが治療しているバセドウ病の人で、ヨウ化カリウム丸を数年服用している人は結構います。ヨウ化カリウム丸の利点は、副作用がないこと、妊娠中に使用できるなどです。授乳中にも安全に使用できます。授乳中でも安全にヨウ化カリウム丸を使用できることを、我々は世界で最初に報告しました。妊娠中にヨウ化カリウム丸を安全に使用できることを報告したのも、日本の百渓尚子先生(東京・伊藤病院勤務中の論文です)です。バセドウ病の妊娠中、産後の授乳中に安全にヨウ化カリウム丸が使用できることを報告したのが、日本人であることに誇りを感じます。副作用のため抗甲状腺薬が使用できない妊婦、授乳婦にとっては朗報でした。

約100年前に使い始められたヨウ化カリウムですが、現在でもバセドウ病の治療になくてはならないクスリです。わたしにとっては、ヨウ化カリウム丸は、バセドウ病治療に欠かせないクスリです。古くても良いものは残っていきます。ヨウ化カリウム丸の治療方法も、日本で工夫され改良されてきました。最近では、アメリカでもこの治療法の有用性を報告した論文が発表されました。今後、世界中でこの治療法が行われる日が訪れることを切望して止みません。

文責:田尻淳一

以下の論文を参考にしました。

A narrative review of long-term inorganic iodine monotherapy for Graves’ disease with a historical relationship between iodine and thyroid. Endocr J 72: 23-36, 2025