T3+T4併用療法:本当に効くのか?

今回は、欧州内分泌学会誌に掲載されたT3+T4併用療法についての論文を紹介します。まず、一般的に使われる甲状腺ホルモン剤にはチラーヂンSまたはレボチロキシンNa(これがT4)とチロナミン(こちらはT3)と2種類があります。T4は服用後、体内に入って肝臓、腎臓などでT4からT3に変換されます。ですから、T4だけ服用すればいいわけです。90〜95%の人は、チラーヂンSを服用して体調は良くなります。しかし、5〜10%の人では血中TSH値を正常にしても体調不良を訴える人がいます。そこで、そのような患者さんに対してT3+T4併用療法が有効ではないかと考えられたわけです。

残念ながら、11篇の無作為化臨床試験(難しい言葉なので簡単に説明します。参加者を別々のグループに無作為に割り当て、異なる治療法を比較する試験のことで、研究者も参加者もグループを選ぶことはできません。患者を複数のグループに無作為に割り当てれば、これらのグループは似たような構成になり、参加者が受ける治療法を客観的に比較できます。試験時には、どの治療が最適なのかは判っていません。ランダム化試験に参加するかどうかは患者自身が選択できます。従って、このやり方で行われた研究は臨床研究論文として信頼性が高いと考えられています)をまとめたメタアナリシス(また、難しい言葉が出てきました。簡単に説明しましょう。メタアナリシスとは、いくつかの同じ研究テーマのデータから統計的に統合することで、偏りや偶然の影響を最小限にするための解析方法です。これが、我々の世界では一番信頼できる研究結果です)では、T4単独投与と比較してT3+T4併用療法の有用性は証明できませんでした。しかし、これでこの問題は終わりになりませんでした。血中甲状腺ホルモン値は正常であっても、抹消組織では甲状腺ホルモンが不足しているかもしれないという考えを持つ研究者が今でも存在します。現に、T4単独投与を受けている人をよく調べてみると、健常者と比べて15%は血中FT4値が高く、30%は血中F3値が低いことが分かりました。この結果から、T3+T4併用療法は理にかなった治療法のように思われます。しかし、血中F3低値は、症状とは関連性がないことも分かっています。

遺伝子学の進歩により、2型脱ヨウ素酵素(DIO2:T4からT3に変換されるとき必要な酵素。この酵素からできたT3が重要であると考えられています)の遺伝子が発見されました。この遺伝子の変異があると甲状腺全摘術後に血中T3低値がみられることや培養細胞でT4からT3への変換が減少することが分かりました。

一般的に、末梢組織の甲状腺機能を知るのには血中コレステロール値などの指標を使います。この指標を用いて調べたところ、甲状腺全摘術後の甲状腺機能低下症患者では血中TSH値が正常でも軽い甲状腺機能低下症であることが分かりました。それに反し、血中TSH値が0.03〜0.3mU/Lの人が末梢組織の甲状腺機能が正常に近いことも分かりました。さらにT4単独投与患者に比べてT3+T4併用療法を受けている患者の方が末梢組織の甲状腺機能は正常に近いことが示唆されました。

MCT 10(また、難しい言葉が出てきました。甲状腺ホルモン輸送に関与しており、細胞内に甲状腺ホルモンが入るのに必要な遺伝子)や先ほど出てきた2型脱ヨウ素酵素の異常があると、T4単独投与よりT3+T4併用療法が有効であるという論文が発表されました。しかしながら、今までに説明したT3+T4併用療法を支持する研究は数が少なく、追試もされていないのが現状です。ですから、T4単独投与からT3+T4併用療法に変更したら諸々の症状が消失するかどうかはまだ不明です。

にもかかわらず、この10年間でT3+T4併用療法で治療されている患者は増加しています。多分、インターネットから流される多くの情報が原因と思われます。患者は、医師にT3+T4併用療法について尋ねるのではなく、T3+T4併用療法を行ってほしいと要求する事態が起こってきています。結果として、医師と患者の間に緊迫状態が生じている事例もあるようです。ある特定の患者で、本当にT3+T4併用療法が有用であるかどうかの結論を出すためにはさらなる研究を進めることが必要なようです。

以上から言えることは、現時点ではT3+T4併用療法の有用性は証明されていません。従来どおり、T4単独投与で治療を受けられたほうが無難と思います。しかし、どうしてもT3+T4併用療法を受けたいとお考えの方は、医師とよく相談の上、決断されることをお勧めします。

文責:田尻淳一