バセドウ病と無痛性甲状腺炎:似て非なる病気

甲状腺ホルモンが高い病気で有名なのはバセドウ病です。患者さんの中には甲状腺ホルモンが高いイコール「バセドウ病」と思い込んでいる人がいるかもしれません。確かに、甲状腺ホルモンが高い人の8割はバセドウ病です。残り2割は、一体どのような病気なのでしょうか。

みなさんは橋本病という病気をご存知と思います。九州大学の橋本策(はかる)先生が1912年、ドイツの医学雑誌に4例の橋本病患者を発表されて102年が経ちます。橋本先生が発表した当時は、この論文はあまり注目を浴びませんでした。

橋本病を世界中の人に知らしめたのは、イギリス人の女性医学者であるドニアック先生です。彼女は、橋本病患者の血液中に甲状腺自己抗体が存在することをはじめて報告しました。この報告により、この病気をはじめて報告したのは橋本策先生であったことが分かったわけです。ドニアック先生の偉いところは、この病気の発見者として橋本策先生を世に知らしめたことです。自分の名声のためではなく、学者としての責務を果たしたものであり、尊敬に値します。

話はかなり逸れましたが、橋本病に話を戻しましょう。橋本病は、通常は甲状腺機能低下症になることが多いです。しかし、原因はよくわかっていませんが、甲状腺組織が壊されて甲状腺ホルモンが血液中に漏れ出てくる結果、甲状腺ホルモンが高くなることがあります。これを無痛性甲状腺炎と呼んでいます。

甲状腺部が痛くて甲状腺ホルモンが高くなる亜急性甲状腺(別名、有痛性甲状腺炎)と対照的に、このような病名が付きました。無痛性甲状腺炎と亜急性甲状腺炎は、総称して「破壊性甲状腺炎」と呼ばれます。どちらの病気も、甲状腺組織が壊されて甲状腺ホルモンが血液中に漏れ出る共通点があるからです。

甲状腺ホルモンが高くても、亜急性甲状腺炎なら痛みがありますので、バセドウ病と間違うことはありません。しかし、無痛性甲状腺は痛みもなく橋本病を持っていますので甲状腺も腫れているため、バセドウ病と区別することが難しいことがあります。

血液検査でTSH受容体抗体が陽性であれば、バセドウ病と診断できます。しかし、バセドウ病の5%ではTSH受容体抗体は陰性です。また、無痛性甲状腺炎でもまれにTSH受容体抗体が弱陽性になることがあります。このような場合、診断に苦慮します。

バセドウ病と無痛性甲状腺炎の診断を確定するには、放射性ヨード(またはテクネシウム)摂取率またはシンチグラフィを行えば簡単に診断できます。バセドウ病なら、放射性ヨード(またはテクネシウム)摂取率は高くなり、シンチグラフィで甲状腺に放射性ヨードのびまん性取り込みがみられます。無痛性甲状腺炎は、放射性ヨード(またはテクネシウム)摂取率は非常に低い値になり、シンチグラフィで甲状腺に放射性ヨードの取り込みはみられません。一目瞭然で診断が可能です。

バセドウ病と無痛性甲状腺炎の診断をちゃんとすることが重要な理由は、治療法が全く異なるためです。バセドウ病は、抗甲状腺薬、放射性ヨード治療、手術などを行います。しかし、無痛性甲状腺炎は、1〜2ヶ月で自然に治りますから、通常は治療の必要はありません。

バセドウ病と無痛性甲状腺炎の確実な診断方法は、上記にお話ししましたように放射性ヨード(またはテクネシウム)摂取率試験かシンチグラフィです。しかし、この検査ができる医療機関は大きな病院など限られたところだけです。

実際の診療では、TSH受容体抗体を調べます。陽性なら、バセドウ病と診断して治療を開始します。TSH受容体抗体が陰性なら、無痛性甲状腺炎として経過をみます。1〜2ヶ月しても甲状腺ホルモンが正常化しないか高くなる場合は、バセドウ病として治療を開始しても良いでしょう。甲状腺ホルモンが低下してくれば、無痛性甲状腺炎です。どうしても診断が困難な場合は、放射性ヨード(またはテクネシウム)摂取率試験やシンチグラフィができる医療機関に紹介してもらいましょう。