甲状腺機能と鉄欠乏のおはなし

鉄欠乏性貧血症は最もよくみられる栄養欠乏症で、女性に多いです。鉄は、からだ中の組織や臓器に酸素を運ぶはたらきをしている赤血球に存在するヘモグロビンというタンパク質の重要な成分です。

鉄欠乏性貧血になると、全身の酸素不足になります。わかりやすく言えば、酸素ボンベなしでエベレストに登るようなものです。このような状況では、息切れ、動悸、頭痛などの症状が出現します。これは、鉄欠乏性貧血の症状です。

ここから、フェリチンという聞き慣れない言葉が出てきますが、鉄欠乏性貧血を理解するためにしばらく我慢してください。フェリチンは、からだの中(肝臓、脾臓、骨髄など)で鉄を蓄えるタンパク質で、体内の貯蔵鉄を推定する優れた検査(指標)です。

血清フェリチン値は、ヘモグロビン値と並び鉄欠乏性貧血の診断に欠かせません。血清フェリチンが低いことは、貯蔵鉄が少なくなっているということを意味します。

少し前置きが長くなってしまいましたが、ここから甲状腺機能と鉄欠乏性貧血症についてお話します。鉄は、甲状腺ホルモンを作るとき必要な酵素であるペルオキシダーゼ(TPO)の活性部位に必須な微量元素です。

ここで、鉄と甲状腺が繋がりました。鉄が不足すれば、甲状腺ホルモンを合成するはたらきが落ちる可能性があります。すなわち、甲状腺機能低下症です。

自己免疫性甲状腺疾患の代表である橋本病でみられる抗甲状腺ペルオキシダーゼ(TPO)抗体について聞いたことがあると思います。橋本病では、抗TPO抗体や抗サイログロブリン抗体が、甲状腺組織を攻撃して甲状腺機能低下症になると考えられています。橋本病に鉄欠乏性貧血を合併すると、鉄不足がTPO活性を低下させ甲状腺機能をより悪化させる可能性があります。

また、原因はよく分かっていませんが、鉄欠乏性貧血は甲状腺自己免疫にも影響を及ぼします。具体的には、鉄欠乏があると抗甲状腺抗体(抗TPO抗体、抗サイログロブリン抗体)が陽性になりやすいことが分かっています。すなわち、鉄欠乏性貧血があると橋本病になりやすい可能性があります。

鉄を補給しただけで、甲状腺機能が改善したという報告もあります。また、鉄欠乏性貧血と潜在性甲状腺機能低下症を有する症例は、鉄剤単独や甲状腺ホルモン剤単独で鉄欠乏性貧血は改善しないが、鉄剤と甲状腺ホルモン剤を併用した場合にのみ鉄欠乏性貧血が改善したと報告されています。

赤血球には甲状腺ホルモン受容体があり、甲状腺ホルモンが赤血球生成を直接刺激することも分かっています。いままで説明したように鉄欠乏は甲状腺ホルモンを低下する作用がありますので、甲状腺ホルモンと鉄の相互作用は双方向です。すなわち、鉄と甲状腺ホルモンはお互いが影響を及ぼし合っているのです。

甲状腺機能低下症と鉄欠乏性貧血が同時にある人は、どちらもちゃんと治療を受けましょう。

文責:田尻淳一

この情報は以下の総説を参考にして執筆しました。

Relationship between Iron Deficiency and Thyroid Function: A Systematic Review and Meta-Analysis.  Nutrients 15: 4790, 2023

https://www.mdpi.com/2072-6643/15/22/4790