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非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)に対する外来での放射性ヨード治療
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

はじめに
非中毒性多結節性甲状腺腫(Non-toxic Multi-Nodular Goiter; NTMNG)は、日本では腺腫様甲状腺腫と呼ばれることが多い。この疾患は甲状腺に結節が多数できるが、真の意味での腫瘍ではなく、厳密には過形成である。原因は不明である。通常、甲状腺機能は正常で甲状腺腫の小さいものは治療の必要はなく、経過観察で十分である。しかし、甲状腺腫が大きい例や美容上の問題などの理由で治療が必要になることがある。一般的には、まず甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法を試みることが多い。しかし、高齢者や閉経後の女性には不整脈や骨粗鬆症を考慮すると、安易に試みるのは避けるべきであろう。気管を圧迫するような巨大な甲状腺腫をもった症例では、手術を必要とする場合もある。しかし、この場合も高齢者、手術を拒否する人には手術は適さない。

以前より、ヨーロッパでは非中毒性多結節性甲状腺腫に対して放射性ヨード治療を行っていた(Kay, TWH et al. Am J Med 1988; 84:19-22、Hegedus, L et al. BMJ 1988; 297: 661-2、Verelst, J et al. Acta Endocrinol(Copenh) 1990; 122: 417-21、Nygard, B et al. BMJ 1993; 307: 828-32、Nygaard, B et al. Clin Endocrinol 1994; 41: 715-8、Wesche, MF et al. Eur J Endocrinol 1995; 132: 86-7、Huysmans, DAKC et al. Ann Intern Med 1994; 121: 757-62、Le Moli, R et al. Clin Endocrinol 1999; 50: 783、Bonnema, SJ et al. J Clin Endocrinol Metab 1999; 84: 3636-41、Wesche, MF et al. J Clin Endocrinol Metab 2001; 86: 998-1005)。それらの報告によれば、満足できる治療成績である。日本やアメリカでは、非中毒性多結節性甲状腺腫に対する治療は、甲状腺ホルモン剤投与によるTSH抑制療法や手術が主流であった。最近、SNM(Society of Nuclear Medicine; 核医学の分野で国際的に一番権威ある学会)が放射性ヨード治療のガイドラインを発表した(J Nucl Med 43; 856-861, 2002)。適応疾患に非中毒性多結節性甲状腺腫が明記されている。さらに、UpToDate(アメリカの臨床家がオンラインで最も利用する情報源)にもトピックとして非中毒性多結節性甲状腺腫に対する放射性ヨード治療が取り上げられている。

今回、わたしは非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)に対して外来で放射性ヨード治療を8例の患者に行い、満足できる治療成績を得たので報告する。

対象および方法
非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)の診断は、触診、甲状腺ホルモン、TSH、超音波、99m-Tcシンチで行った。全例で、穿刺吸引細胞診を行い、甲状腺癌はないことを確認した。また、全例で、抗甲状腺抗体(MCHA,TGHA)は陰性であった。

放射性ヨード治療の対象とした患者は、以下の如くである:T4投与によるTSH抑制療法にて甲状腺腫の縮小がみられないため手術を勧めたが、手術を拒否した症例9例、高齢者でTSH抑制療法が適さない症例2例、非中毒性多結節性甲状腺腫(腺腫様甲状腺腫)術後にまた甲状腺腫が増大してきた症例1例。2000年4月から上記の基準を満たす12例に対して治療について説明し、10例は治療を受けることに同意し、2例は拒否した。治療に同意した10例のうち2例は、現在治療中であるので、今回の研究から除外した。最終的に、残り8例を今回の研究の対象とした。

今回の研究の対象となった症例は、男1例、女7例で、年令は57.9±12.4才(38〜77才)である【表1】

甲状腺重量は、短冊を用いる横沢らの方法により超音波にて測定した(横沢 保著、甲状腺疾患診断アトラス、p25 、ベクトル・コア、1997年)

全例で99m-Tcシンチを行い、取り込みをみた【表1】。取り込みは、まちまちで全体的に取り込んでいるものから、一部に取り込んでいるのみでほとんど取り込みのみられないものもあった。

放射性ヨード摂取率は3時間値のみを測定した。Verulakonnda USらの方法から摂取率3時間値から予測24時間値を算定した(Clinical Nuclear Medicine 21;102-105: 1996)。計算式は以下の如くである。
予測24 時間値 = -38.618 + 65.216 × log[3時間値]
治療前の甲状腺ホルモンは全例、FT4、TSHは正常であった【表1】

放射性ヨード治療は、全例、外来で行った。投与量は摂取率、甲状腺重量から計算した。120μCi/gで計算したが、多くの場合、計算投与量は外来使用最高量を超していた。有効半減期は5.9日として計算した。そのため、一回の放射性ヨード投与量は、外来で使用できる最高量(月曜日検定で500MBq)を投与した。分割投与で、2回〜6回まで投与した。投与間隔は3〜4ヶ月で治療した。治療目標は、体積が50%以下とした。目標に達したら、治療を終了した。

結 果
治療前の甲状腺重量は71.5±26.3ml(51.0〜124.3ml)であった。放射性ヨード治療後の甲状腺重量は33.9±15.8ml(14.8〜67.5ml)と有意に縮小し (paired Student's t test, p<0.001)【表1】【図1】。縮小率は51.8±16.8%(20.0〜71.1%)である。甲状腺重量の経時的変化を【図2】に示す。

放射性ヨード治療回数は、3.1±1.6回(2回4例、3回2例、5回1例、6回1例)であった。 総投与量は、51.3±27.2mCi(26〜102.6mCi)であった。
初回治療からの観察期間は、16.5±9.0ヶ月間(6〜30ヶ月間)である【表1】

治療前のFT4、TSHはそれぞれ1.24±0.16ng/dl(0.96〜1.53ng/dl)、0.90±0.56mU/L(0.2〜1.68mU/L)であった。治療後、3例で甲状腺機能低下症になったため(TSH 7.56mU/L、TSH 10.70mU/L、TSH 116.0mU/L)、それぞれチラーヂンS 50μg/日、75μg/日、75μg/日を服用している【表1】
その他の5例は甲状腺機能正常である。治療後(甲状腺ホルモン剤服用例も含めて)のFT4、TSHはそれぞれ1.43±0.34ng/dl(0.98〜1.91ng/dl)、1.88±1.02mU/L(0.56〜3.86mU/L)であった。

各症例の放射性ヨード摂取率および投与量、照射線量は【表2】に示す。

放射性ヨード治療後に、甲状腺腫が増大したり、圧迫感を訴えた症例はなかった。

討 論
今回の研究で、従来報告されていたように、腺腫様甲状腺腫(NTMNG)に対する放射性ヨード治療は有効であることが確認された。効果が最高に出るのは、早い例で6ヶ月後、通常12〜18ヶ月後であった。文献的にも12〜24ヶ月後に効果が最高に出るという報告が多い(Hegedus, L et al. BMJ 1988; 297: 661-2、Nygard, B et al. BMJ 1993; 307: 828-32、Huysmans, DAKC et al. Ann Intern Med 1994; 121: 757-62)。今までに腺腫様甲状腺腫(NTMNG)に対して行われた放射性ヨード治療の報告を【表3】に示す。

従来の研究と今回の研究の大きな違いは、投与方法である。今回の研究では、全例、外来治療を行ったので1回投与量が月曜日検定で500MBq(13.3mCi)という制約を受けるために、投与回数が分割になったことである。8例中4例は2回投与であったが、平均3.1回投与を必要とした。入院治療だと患者は嫌がるが、外来だと分割投与でも簡単なので特に問題はないと思う。医療費の面でも、入院より外来で行った方が安い。今回の研究では、縮小率は平均50%であり、他の研究と比べても効果は変わらない。すなわち、分割投与でも効果は同じであることが分かった。

今までの報告例では、放射性ヨード投与量は平均15〜70mCiである。今回の研究では、平均51.3mCiであった。バセドウ病から比べると投与量は多くを必要とした。これは、放射性ヨード摂取率の違いによるためであろう。重量あたりの投与量は、75〜400μCi/gとまちまちであった。今回の研究では、120μCi/gで計算した。

ヨーロッパで、最初にNTMNGに対する放射性ヨード治療が始められた頃には、放射性ヨード治療後の甲状腺腫の増大が心配された。特に、甲状腺腫が胸骨後部に伸展している症例では、甲状腺腫の増大による呼吸困難などの副作用が危惧された。治療後に副作用が出た場合にすぐ対応できるように、当初、患者は入院の上、放射線ヨード治療を受けていた。1994年、Nygaardら(Clin Endocrinol 1994; 41, 715-718)は、NTMNGに対して放射性ヨード治療後に甲状腺腫の増大はほとんどみられないことを報告した。その後、NTMNGに対する放射性ヨード治療は、外来で行われるようになった。しかし、甲状腺腫が胸骨後部に伸展している症例では、慎重に経過をみることが肝要である。ほんのちょっとした甲状腺腫の増大が呼吸困難を来す可能性があるからである。今回の研究では、放射性ヨード治療後に甲状腺腫が増大した例はなかった。甲状腺腫が胸骨後部に伸展している症例もなかった。

NTMNGに対する放射性ヨード治療の効果は、果たして長期間持続するのであろうか?この問いに対して、Nygaardら(Brit Med J 1993; 307: 828-32)は治療後、平均60ヶ月間経過をみているが、24ヶ月までは甲状腺腫は縮小するが、その後は大きさは不変で増大することはないと報告している。この結果は、当然といえば当然のものである。手術と違い、甲状腺組織を放射線で破壊するわけだから、甲状腺腫が増大する可能性はないと考えるのが妥当である。

NTMNGに対する放射性ヨード治療後の後遺症で問題になるのは、甲状腺機能低下症であろう。報告例をみると【表3】、甲状腺機能低下症になる率は、9〜35%である。甲状腺ホルモン剤を服用していない潜在性甲状腺機能低下症は除外している。バセドウ病に比べると甲状腺機能低下症の頻度は低い。わたしが以前、公開した「機能性甲状腺結節に対する外来での放射性ヨード治療」では、甲状腺機能低下症の頻度は25%であった。今回の研究では、8例中3例(37.5%)で放射性ヨード治療後に甲状腺ホルモン剤を服用しているが、2例は俗に言う潜在性甲状腺機能低下症である。顕性甲状腺機能低下症は8例中1例(12.5%)であった。頻度としては低いようである。甲状腺機能低下症に対する治療は、血清TSHを正常に保つように投与するため、長期に服用しても骨粗鬆症や不整脈などの副作用の心配はない。NTMNGに対してTSH抑制する量の甲状腺ホルモン剤を長期に服用するよりは安全である。

NTMNGに対する放射性ヨード治療を始めた頃は、対象とする症例も限られたものであった。すなわち、NTMNG術後再発例、高齢者、巨大甲状腺腫で手術を拒否する症例などに限られていた。NTMNG術後再発例の頻度は【表4】に示す。
最近では、術後再発例でなくても積極的にNTMNG に対して放射性ヨード治療を行うようになってきている。最近の前向き二重盲検研究で(Wesche, MF et al. J Clin Endocrinol Metab 2001; 86: 998-1005)、NTMNG に対して甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法と放射性ヨード治療の効果を比較し、放射性ヨード治療の方が有意に効果があることが分かった。

現在でも、NTMNGに対するファースト・チョイスは、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法である。実地臨床でも、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法にて30〜60%の症例で効果がみられ、平均25〜30%の縮小がみられる(Wiersinga WM. Eur J Intern Med 1992; 3, 77-83)。しかし、甲状腺腫が長期間に存在する場合には、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法の効果は一般的に期待できない。このような症例では、投薬しないで経過観察するのが通常のやり方である。経過中に、甲状腺腫が大きくなり、呼吸困難、圧迫感、美容上の問題などの理由で手術を要する場合も出てくる。術後は、普通、一生涯の甲状腺ホルモン剤の補充が必要となる。甲状腺全摘術ではなく甲状腺亜全摘術の場合には、甲状腺ホルモン剤投与にもかかわらず、また甲状腺腫が増大してくることもある。このような症例に放射性ヨード治療は適している。高齢者に甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法を行う場合、骨粗鬆症や不整脈などの副作用が問題になる。同じく、高齢者では、手術も適さない。高齢者も放射性ヨード治療の適応になる。最近は、Wescheら(J Clin Endocrinol Metab 2001; 86: 998-1005)の研究から、若い人、術後再発例ではない症例に対しても、最初からNTMNGに対して放射性ヨード治療を行うべきであるという考え方もでてきた。

今回の研究で、興味深いことは治療前の99m-Tcシンチでの取り込みと治療効果は関連がないということである。99m-Tcシンチでの取り込みがほとんどみられない症例でも、放射性ヨード治療の効果は十分にみられている。だから、NTMNGに対して放射性ヨード治療を行う場合には、治療の適応を決める目的で99m-Tcシンチを行う必要はないと考える。NTMNGの患者さんで、甲状腺ホルモン剤によるTSH抑制療法が無効例、手術を拒否する例、高齢者などには放射性ヨード治療も治療のオプションに加えてもいいのではないかと考える。

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