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[045]2002年12月17日
[045]
抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用療法は有用ではない−今まで行われた追試と同じ結果である−
田尻クリニック / 田尻淳一
まず、トピック[021]について一読ください。

抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用療法には、3つの方法があります。
  1. ヨーロッパの医師が以前より行っているもので、メルカゾール4〜6錠/日と甲状腺ホルモン剤をずっと併用するやり方(これが本来のBRT[Block & Replacement Therapy]です)
  2. 1991年に日本人研究者が行ったやり方
  3. メルカゾールが効きすぎたときに、一時的に甲状腺ホルモン剤を併用するやり方

今回の研究はノルウエーの研究者が行ったもので、2番目の抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用療法である『1991年に日本人研究者が行ったやり方』の追試です。結果は、今までと同じで抗甲状腺薬のみを服用したときと寛解率は変わりませんでした(Eur J Endocrinol 2002; 147: 583-9)。218人のバセドウ病患者を無作為に2つの治療方法に分け、12ヶ月間治療を行った:抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用、抗甲状腺薬のみ服用。抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用群は、抗甲状腺薬中止後12ヶ月間、甲状腺ホルモン剤だけ服用する。抗甲状腺薬のみ服用群は、そのまま経過をみる。抗甲状腺薬中止24ヶ月後の再発率は47.7%であった。抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用群と抗甲状腺薬のみ服用群の間には、再発率の差はなかった。再発しやすいのは、喫煙者、抗甲状腺薬中止時にTSHレセプター抗体が高い例、甲状腺腫が大きい例であった。

今回の研究の結果は特別、目新しいものはなかった。『1991年に日本人研究者が行ったやり方』の否定論文が一つ増えたに過ぎないということであろう。

『1991年に日本人研究者が行ったやり方』を簡単に説明しておきます。

日本の研究者が1991年にNew England Journal of Medicine(NEJM:ニューイングランド医学雑誌)という世界最高の医学雑誌に、抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用療法を行ったところ、バセドウ病の98%が治ったと報告しました。当時は、その報告を読んでみんな驚いたものです。その方法を簡単に説明しますと、血中TSH値が正常になるまでメルカゾールを飲み続けた後(この研究では6ヶ月間、メルカゾール6錠/日服用します。この量を6ヶ月間も服用すると、ほとんどの患者は甲状腺機能低下症になります。この点が、最初から納得できませんでした)、メルカゾール2錠/日に減量してチラーヂンS(50)2錠/日を併用する。治療開始して18ヶ月後、メルカゾールは中止し、それからチラーヂンS(50)2錠/日だけ3年間飲み続ける治療法です。しかし、それから世界中で追試が行われ、同じ結果はでませんでした。現在では、彼が行ったやり方での抗甲状腺薬と甲状腺ホルモン剤の併用療法は効かないという認識が一般的です。もし、本当に、彼が言うように98%の寛解率があるのなら、誰が行っても同じ結果がでなければなりません。

現在、日本の甲状腺専門医がよく行うのは『メルカゾールが効きすぎたときに、一時的に甲状腺ホルモン剤を併用するやり方』です。例えば、メルカゾールを一日3錠では効き過ぎるが、一日2錠にすると甲状腺ホルモンが高くなるというような症例を経験することは稀ではありません。そのようなとき、メルカゾール3錠とチラーヂンS(50)1錠を一緒に飲んでもらいます。そうすると甲状腺機能は落ち着いた状態になります。このやり方は、日本人の甲状腺専門医が考案した生活の知恵です。長期に抗甲状腺薬を服用していく場合、大変便利な方法です。一般医の先生や薬剤師の中には、このやり方をご存じない方がおられます。バセドウ病にチラーヂンSを使うとは何事かと思うわけです。実は、このような背景があるわけです。このようなことも、今回の日本甲状腺学会が作成しているバセドウ病のガイドラインの中で明確に記載すべきです。でないと、従来のように一般医の先生や薬剤師に誤解を受ける原因になります。

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