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甲状腺嚢胞に対する穿刺治療の有用性
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

はじめに
最近、甲状腺嚢胞<注釈:液体が貯まるタイプの良性腫瘍>に対する治療として、主にイタリアと日本でPercutaneous ethanol injection therapy(PEIT:経皮的エタノール注入療法)<注釈:99.5%エタノールを嚢胞内に注入する治療法>を行っている。現在、PEITを安易に外来で行っていますが、PEITは未熟な医師が行うと反回神経麻痺などの合併症を起こすことがあり、注意を要します。

実地臨床上、甲状腺嚢胞に対する治療としては安全で、簡便な穿刺治療<注釈:注射針で液を抜く治療>が望ましいと考えます。PEITに比べて痛みも少ないし、合併症の心配もほとんどありません。また、何回でも治療ができるという利点もあります。実は、甲状腺嚢胞に対する穿刺治療に関しては、今から36年前にアメリカ・クリーブランドクリニックのCrile医師が素晴らしい治療成績を発表されています(Surgery 59; 210-212, 1966)。47例の甲状腺嚢胞に対して穿刺治療を行い、44例(93.6%)が縮小したと報告しています(しかし、超音波で確認ができない時代の研究である)。残念ながら、この論文は最近のPEITなどの論文の陰に隠れて、医師から忘れ去られているように思います。甲状腺嚢胞は良性疾患であり、できれば手術は避けたいのが医師および患者の願いです。

Crile医師が行った甲状腺嚢胞に対する穿刺治療は、少し経験を積んだ医師なら外来で安全、簡単に行うことが可能です。しかし、この安全で簡単な治療が行われたのは、36年前です。その頃は、甲状腺嚢胞の大きさの評価は触診で行われていました。だからといって、Crile医師の研究の質が損なわれるものではありません。Crile医師の研究に敬意を表し、彼がその論文を発表してから36年経った今、私は甲状腺嚢胞に対する穿刺治療の効果を超音波で評価し、その治療成績を長期間観察し、良好な結果を得たので、報告する。

対象および方法
1993年1月〜1998年8月までに、当院を訪れた触知可能な単発性甲状腺結節は761例であった。761例全例に対して超音波を行った。この761例のうち嚢胞例は93例(12.2%)であった。超音波にて主たる病変が単一の嚢胞であることを確認した(一部、超音波で他の部位に小さな結節性病変がみられる腺腫様甲状腺腫の症例も含まれる)。嚢胞の定義は、超音波で嚢胞成分<注釈:液体の部分>の容積が90%以上と定義した。嚢胞成分だけのものをpure cyst(純粋な嚢胞)、solid portion<注釈:腫瘍細胞のある部分>を持つものをmixed cyst(混合嚢胞)とした。嚢胞の体積は、長径(cm)×短径(cm)× 幅(cm)×0.52で算出した。

solid portionを持つ例では、超音波下に穿刺吸引細胞診を行い、良性であることを確認した。pure cystの場合には、穿刺液を遠沈してパパニコロウ染色し、細胞を見て、悪性を否定した。超音波下に22G注射針で穿刺(液体が粘稠なときは18G注射針に替えた)を行った。穿刺後は5分程度、ガーゼにて圧迫した。穿刺は月1回の間隔で行った。ただし、6回穿刺しても縮小傾向のみられないものは、穿刺の間隔を2〜3ヶ月に延ばした。嚢胞の体積が30%以下になったら、治療を中止した。穿刺3回以上を要する場合、手術についても説明し、患者の意志を確認した。治療の効果判定は、嚢胞の体積が30%以下になった場合を効果ありと判定した。穿刺治療により後遺症、副作用がみられた例は一例もなかった。治療前に、全例甲状腺機能は正常であり、血清TSHが抑制されている症例はなかった。一部の症例では、甲状腺ホルモン剤を投与した。甲状腺ホルモン剤を投与されている例では、一部の例で血清TSHが抑制されていた。

サイログロブリン(Tg)は、RIA法(栄研)で測定した。
穿刺手技の工夫
ときとして穿刺液が粘稠な場合があり、実際の穿刺に苦慮することは日常臨床でときおり遭遇する。穿刺液が粘稠な場合にはまず、針は22Gのままで20mlの注射器に替える<通常は10mlの注射器を使用する。20mlの注射器に替えると強い陰圧をかけることが可能になる>。それでも、吸引が困難なら、再度、20ml注射器付き18G針で穿刺吸引する。強い陰圧を数分間持続するには、【図1】のようにハサミのようなもので固定するとやりやすい。このやり方で、穿刺吸引できなかった症例はない<注釈:注射針は22Gが細く、18Gが太い。すなわち、数字が大きいほど細いわけである>。

93例のうち、8例は来院しなくなり治療が中断になった。経過が追えた85例について検討した。

結 果
嚢胞例85例に対して、穿刺治療を行い、嚢胞の体積が30%以下になった有効例は78例(91.8%)で、無効例は7例(8.2%)であった。

有効例78例の内訳は、男7例、女71例で、年令は51.3±14.0歳(25〜88歳)であった。嚢胞の容積は、治療前9.9±11.0ml(1.0〜75.4ml)から治療後0.3±0.6ml(0.004〜3.5ml)に減少した【図2】。治療による縮小率は【図3】に示します。有効例の穿刺回数は3.1±2.2回(1〜12回)であった。穿刺回数3回以下は、54例(69%)であった(1回20例、2回19例、3回15例)。4回6例、5回5例、6回8例、7 回2例、8回1例、9回1例、12回1例であった【図4】。初回穿刺量は6.3±7.4 ml(0.5〜49.0ml)であり、総穿刺量は17.9±31.3ml(0.5〜180.8ml)であった。治療がうまくいった55歳女性と49歳女性の超音波所見を示します。

無効例7例の内訳は、男3例、女4例で、年令は46.5±5.4歳(36〜51歳)であった。嚢胞の容積は、治療前48.0±69.8ml(3.8〜200ml)から治療後43.8±77.5ml(3.5〜217ml)と不変であった【図5】。無効例の穿刺回数は8.6±7.0回(2〜22回)であった。初回穿刺量は27.9±42.3ml(0.5〜120.0ml)であり、総穿刺量は324.4±667.4ml(4.5〜1829.0ml)であった。

治療前に血清Tg(サイログロブリン)値を検査できたのは、有効例77例、無効例7例である。有効例77例の治療前血清Tg値は、1240.5±3473.3ng/ml(5.0〜20080ng/ml)であり、無効例7例の治療前血清Tg値138.4±146.8ng/ml(25.1〜434.0ng/ml)と比べて有意に高値であった(Welch's t-test; p=0.007)。治療前血清Tg値が500ng/ml 以上の19例では全例、穿刺治療が有効であった。治療前血清Tg値が500ng/ml未満の場合には、治療前血清Tg値で治療効果の予測をすることはできなかった。

治療後に血清Tg(サイログロブリン)値を検査できたのは、有効例67例、無効例7例である。有効例67例の治療後血清Tg値は、27.2±30.4ng/ml(5.0〜152.0ng/ml)であり、無効例7例の治療後血清Tg値109.9±146.8ng/ml(7.5〜384.0ng/ml)と比べて有意に低値であった(Student's t-test; p<0.0001)。

サイロキシン(チラーヂンS)を併用していた症例は63例であった。チラーヂンSを服用していた63例中5例で穿刺治療無効、チラーヂンSを服用していなかった22例中1例で穿刺治療無効であり、統計学的にも差がなかった(Fisher's exact probability test)。血清TSH値が正常下限以下に抑制されていたのは、22例で1例が穿刺治療無効、血清TSH値が抑制されていない41例中5例で穿刺治療無効であり、統計学的にも差がなかった(Fisher's exact probability test)。

穿刺液の色はチョコレート色62例、血性12例、黄色透明11例であった。穿刺液の色と穿刺治療の有効性には関連はなかった。

穿刺で使用した注射針は、21Gが57例、18Gが28例であった。18G使用回数は、1回22例、2回5例、5回1例であった。これは、穿刺液が粘稠であっても、1〜2回、18G針で穿刺すれば、その後は21G針で穿刺可能であることを示している。通常、一回目に18G針を使用しても、2回目からは21G針を使用している。

85例のうち穿刺液が粘稠なものは、33例であった。粘稠33例中、無効であったのは3例、粘稠性のない52例中、無効であったのは4例であり、穿刺液の粘稠性と穿刺治療の有効性には関連はみられなかった(Fisher's exact probability test)。

超音波による嚢胞の性状は、pure cyst29例、mixed cyst56例であった。pure cyst例の穿刺回数は2.6±2.0回(1〜9回)で、mixed cyst例4.1±3.6回(1〜22回)と比べて有意に少なかった(Welch's t-test; p=0.007)。pure cyst例は29例全例で、穿刺治療が有効であったが、mixed cyst56例中7例で無効例がみられた(Fisher's exact probability test ; p<0.05)。無効例はmixed cyst例でしかみられなかった。

観察期間は、71.1±17.4ヶ月(41〜106ヶ月)である。有効例78例のうち2例で再発がみられた(詳細については「今回の結果に対する検討」の中で述べる)。手術になったのは、無効例の1例のみである。この症例は正中部に直径8mmの石灰化を伴った低エコーを示す腫瘍があり、乳頭癌を疑い手術してもらった。

今回の結果に対する検討
単に嚢胞液を吸引するだけの治療を行った場合(穿刺治療)の有効率は、30%〜50%と報告されている(Gharib H. Thyroid nodules and Multinodular goiter In: Cooper DS ed. Medical Management of Thyroid Disease.New York, Marcel Dekker Inc., p213)。これは、Crile(Surgery 59; 210-212, 1966)、Millerらの治療成績(穿刺治療を行い68例中56例【84%】で有効であった。穿刺回数は1〜6回【平均何回かの記載はない】であり、有効率および穿刺回数は今回の研究に一番近いものである(Radiology 110; 257-261, 1974))や今回の治療成績と比べると低い頻度である。今回の研究から言えることは、穿刺回数の問題があると思われる。通常、1〜2回穿刺して、縮小がなければ無効と判断し、手術もしくはPEITを行うと思われる。今回の研究でも、1回の穿刺で有効だったのは20例(23.5%)、2回の穿刺で有効であったのは19例(22.3%)であった。2回までで有効であったのは、合計45.7%である。ここで治療を中止すれば、今回の研究結果も今までの報告と同じということになり、単なる追試に終わる。7回以上穿刺を要した5例を除けば、6回穿刺することにより86%(73例)まで有効率を押し上げることができる。最終的な治療成績は、有効例78例(91.8%)となる。ただ穿刺を行うだけで手術やPEITも行わないで済むのなら、月1回の穿刺治療を5ヶ月続けることに対して納得する患者は多いのではないであろうか(最初の穿刺治療を1回目とすると6回目は5ヶ月後である)。

最近、注目されているPEITによる甲状腺嚢胞の治療成績は、4つの研究によれば有効率72〜95%である(Yasuda K et al. World J Surg 16; 958-961, 1992:Verde G et al. Clin Endocrinol 41; 719-724, 1994:Monzani F et al. J Clin Endocrinol Metab 78; 800-802, 1994:Zingrillo M et al. Thyroid 6; 403-408, 1996)。95%のものはpure cystのみを対象としたもので(Monzani F et al. J Clin Endocrinol Metab 78; 800-802, 1994)、今回の研究でもpure cystは穿刺治療の有効性が100%と特に満足のいく結果であった。他の研究は72%、77%、85%であり、今回の穿刺治療のみの治療成績はPEITと比べても遜色はなかった。PEITでは、一過性の嗄声(かすれ声)、局所痛、血腫、発熱などの副作用がみられることがあるが、穿刺治療ではそのような副作用は基本的には起こらない。これは、あくまでも熟練した甲状腺専門医が超音波下でみながら穿刺治療を行った場合である。しかし、PEITの場合は穿刺治療以上に熟練を要する。超音波や穿刺操作に慣れない医師がPEITを行うことは避けるべきである。さらに重要なことは、熟練した内科医が行う場合でも、同じ病院内に甲状腺専門外科医がいることが必要条件となる。治療によるトラブルが発生したときに、すぐに外科的処置ができる条件下で行うべきである。現在、甲状腺疾患に対してPEITを積極的に行っているのは、イタリアと日本である。アメリカでは、マイナーな治療法である。

今回は治療効果の判定は、容積が30%以下と定義した。PEIT 治療では、嚢胞成分が50%以下を有効としているもの(Yasuda K et al. World J Surg 16; 958-961, 1992: Verde G et al. Clin Endocrinol 41; 719-724, 1994)、10%以下を有効としているもの(Zingrillo M et al. Thyroid 6; 403-408, 1996)などがある。穿刺治療の場合には、数編の論文を読んだが、はっきりと治療効果の判定を記載したものはなかった。嚢胞がほとんど消失したか著明に嚢胞容積が縮小した場合を効果ありとしている。抽象的な表現であるが、これでいいような気もする。今回の研究では容積が10%以下になったものは69例(81%)であった。全体的な有効例は78例(92%)であるので、大部分は著明に縮小しているわけである。

穿刺回数について、Crileは有効例36例中32例は一回の穿刺で縮小したと報告している(Surgery 59; 210-212, 1966)。残り4例も2回穿刺したら、縮小したと記載している。今回の研究の結果からみると、にわかに信じがたい結果である。何故、このような素晴らしい治療成績が得られたのかは本人に聞く以外にないが、Crileは故人になっていると思われるので、それも叶わない(まだご存命であったなら、すみません)。Millerら(Radiology 110; 257-261, 1974)は、穿刺治療を行い68例中56 例【84%】で有効であり、穿刺回数は1〜6回【平均何回かの記載はない】であった。彼らの有効率および穿刺回数は今回の研究に一番近いものである。Verde Gら(Clin Endocrinol 41; 719-724, 1994)は、10例の甲状腺嚢胞(嚢胞成分が70%以上のものを対象にしている)に対して、穿刺治療を一回行って4週間後に効果を判定している。彼らは、嚢胞成分が50%以下を有効としている。10例中3例でのみ有効であったと報告している。これは穿刺回数が一回と少なすぎるせいである。この研究の主目的はPEITの有効性を述べるものであるので、穿刺治療の場合、穿刺が一回では効かないというデータを示すことで、PEITの有用性を強調したかったのであろう。Yasudaら(World J Surg 16; 958-961, 1992)は、穿刺治療を3回以上(平均5.9回)行っても効果がみられない嚢胞に対してPEITを行っている。彼らの症例は61例中pure cystは1例のみで、残りはすべてmixed cystであった。mixed cystの比率が高いことが有効率を下げている原因なのかどうかは不明である(嚢胞の定義が記載されていないため)。一般的に、PEITは週1〜2回行い、通常は4〜8回の治療で終了する(Gharib H. Thyroid nodules and Multinodular goiter In: Cooper DS ed. Medical Management of Thyroid Disease. New York, Marcel Dekker Inc., p213)。文献的にみると、Yasudaら(World J Surg 16; 958-961, 1992)は、PEITの回数は平均1.26回である。Monzaniら(J Clin Endocrinol Metab 78; 800-802, 1994)は、20例中15例は、PEIT一回、5例でPEIT2回行っている。Zingrilloら(Thyroid 6; 403-408, 1996)は、20例でPEITを行い、平均1.7回(1〜4回)である。治療回数からみると、PEITの方が優れているように思われる。しかし、簡便さ、安全性を考えると、穿刺治療の場合は穿刺回数が平均3回になるが、穿刺治療も選択すべき治療法のリストに加えることができると考える。

治療前の血清サイログロブリン(Tg)値が、治療の予測に役立つという結果は臨床的に重要と思われる。治療前血清Tg値が500ng/ml以上の19例では全例、穿刺治療が有効であったことから、治療前血清Tg値が500ng/ml以上なら嚢胞は縮小するので、患者にも説明しやすい。ただ、治療前血清Tg値から無効例を予測することは不可能であった。

甲状腺嚢胞に対してサイロキシン投与は無効であることは、McCowenら(Am J Med 68; 853-855, 1980)がすでに報告している。今回の研究でも、甲状腺嚢胞に対してサイロキシン投与は無効であることが確認された。また、TSH抑制量であってもやはり無効であることもわかった。このような理由から、数年前より穿刺治療にはサイロキシンの投与はしていない。

穿刺液が粘稠なことはときとして経験される。今回の症例でも85例中33例で穿刺液が粘稠であった。そのうち28例では18G針を使用した。ほとんどは一回だけの使用で、2回目からは穿刺液は粘稠でなくなり21G針にて穿刺可能であった。何故、一回穿刺吸引すると粘稠でなくなるのかは理由は不明である。しかし、治療がしやすくなるので好都合である。そのためには一回目に粘稠な液を全部吸引しておく必要がある。粘稠な液を吸引するにはいろいろな工夫がなされている。例えば、生理食塩水を注入して再度吸引するやり方とか、15G針を使用するやり方(Miller JM et al.Radiology 110; 257-261, 1974)がある。今回の研究では、穿刺手技の工夫で述べているように穿刺液が粘稠な場合はまず、針は22Gのままで20mlの注射器に替える。それでも、吸引が困難なら、再度、20ml注射器付き18G針で穿刺吸引する。強い陰圧を数分間持続するには、【図1】のようにハサミのようなもので固定するとやりやすい。このやり方で、穿刺吸引できなかった症例はない。一回粘稠な液を吸引してしまえば、その後の治療が容易になる。

再発例は、有効例78例中2例(2.6%)でみられた。観察期間は71.1±17.4ヶ月(41〜106ヶ月)であった。一例は穿刺治療終了5年4ヶ月後に再発し、現在穿刺治療中である。もう一例は、穿刺治療終了2年4ヶ月後に再発し、7回穿刺を行い、縮小している。今回の研究から、穿刺治療で縮小すると再発は希であることが分かった。

無効例7例を詳細に検討してみると、まず治療前の嚢胞容積が48.0±69.8ml(3.8〜200ml)と大きいことである。各々の治療前の容積を示すと、31.8ml、3.8ml、10.1ml、18.1ml、200.0ml、10.9ml、61.2mlである。ほとんど大きさが変わらないのは3例(31.8ml、3.8ml、200.0ml)で、あとは縮小率が0.34、0.59、0.50、0.59であり、ある程度縮小しているので、手術をしないで経過をみることを患者が選択しているのであろう。31.8mlの症例は、縮小もなく甲状腺正中部に直径8mmの石灰化を伴った低エコーを示す腫瘍があり、乳頭癌を疑い手術してもらい、やはり乳頭癌を合併していた症例である。手術を受けたのは、この症例のみである。

甲状腺嚢胞の自然経過は、隈病院から報告されている。10年経過をみると30%は縮小し、50%は消失するという。穿刺治療をも嫌がる患者には10年間経過だけをみるというオプションもあるということである。

. Dr.Tajiri's comment . .
. 甲状腺のシコリに遭遇したときには、内科医は(甲状腺専門内科医も含め)外科疾患と考え、即、外科医に紹介することが多い。外科医は元来、手術をすることが仕事なので手術しようと考えるのは当然のことと思う。わたしは、甲状腺のシコリはまず、内科医が診て診断を付けて、外科医に紹介できれば理想と考えている。しかし、それを可能にするには甲状腺専門病院(もしくは甲状腺専門外科医のいる病院)で外科医と一緒に少なくとも5 年以上仕事をして、研鑽を積むことが最低条件と考える。加えて、穿刺吸引細胞診で甲状腺癌、特に乳頭癌の診断が確実に付けられる実力を持つことが必要である。また、乳頭癌以外の甲状腺癌、特に濾胞癌を見逃さない臨床家としての力も要求される。このような条件を満たした場合に、甲状腺専門内科医は甲状腺のシコリを診察することができる。甲状腺癌を診断できる力量がない場合、甲状腺のシコリを診ることは危険である。甲状腺癌を見逃しては困るからである。

今回、検討した甲状腺嚢胞は嚢胞を形成する乳頭癌という例外はあるが、基本的には良性である。甲状腺嚢胞に対する現在の対応をみていると、1〜2回の穿刺治療を行い、効きが悪ければPEIT もしくは手術になる可能性が高い。甲状腺嚢胞に対する穿刺治療に対して、最初から効果がないと思いこんでいる医師も多い。そのような医師は、穿刺治療も行わない。もし、自然に縮小してくれれば、手術しないで済むかも知れないが、そんなことは希である。

実は、わたしも野口病院に勤務していたころには、甲状腺嚢胞に対しては1回だけ穿刺吸引していた。多くの場合は、2回目に来院したときにはシコリの大きさは元に戻っているか、少し縮小しているだけである。「ほら、液を抜いても効果がないでしょう。手術をしましょう」というように説明して、ほとんどの人に手術をしてもらっていました。このような対応になったのは、同じ病院内に優秀な甲状腺専門外科医がいたからもあるでしょう。しかし、10年前、熊本に帰って開業したら、別府は遠いですから、今までのようにはいきません。かといって、熊本には甲状腺専門外科医はいません。どうしたものかと悩んでいた頃、一人の甲状腺嚢胞患者が来ました。この人は、絶対手術はしたくないので、何回でも穿刺吸引して液を抜いてくれと言うのです。時間は、どんなにかかってもいいと言われるわけです(それまでのわたしは、甲状腺嚢胞に対して穿刺治療を行っても、効く人は少ないと思っていました。Crile医師の論文の存在さえ知りませんでした。甲状腺のシコリは外科医の疾患と思っていましたので、単に勉強不足であったわけです)。この患者さんの治療を始めたところ、確かに、1回目の穿刺では大きさの変化はありませんでした。3〜4回目くらいに急に縮小しました。結局、4〜5回穿刺することで、嚢胞は触診でも触れなくなりました。まさしく目から鱗が落ちたようでした。今までは、甲状腺嚢胞には穿刺治療は効かないという先入観があったわけです。まさしく、患者さんから教えてもらいました。患者さんは、「生きた教科書である」という言葉を改めて、思い知らされました。それからは、甲状腺嚢胞に対しては、全例穿刺治療を行っています。その治療成績が今回の研究結果です。非常に満足のいく治療成績です。

余談になりますが、穿刺の間隔が月1回というのも、経験的なことから決めたのです。最初の頃は、1〜2週間毎に穿刺していました。早く縮小させたいと焦っていたのでしょう。短期間に穿刺を繰り返すと、かえって液が抜けにくいのです。超音波で見ると、嚢胞内に血腫の様なものがみられました。穿刺時に嚢胞内に出血し、それが血腫を作っていたのでしょう。液が抜けにくい原因は、これがあるためと考え、血腫が吸収されるのを待って次の穿刺をするようになりました。そうすると毎回、液は全部吸引できるようになりました。その間隔が丁度、月1回だったわけです。

今回の治療成績をみることで、Crile医師が36年前に行った穿刺治療の素晴らしさを再認識し、甲状腺嚢胞に対して、もっと多くの医師が穿刺治療を試みられることを切望します。

この研究は、甲状腺嚢胞に対する穿刺治療の有用性を最初に報告したCrile医師に捧げます。
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