情報源 > 書籍の翻訳[B]あなたの甲状腺:家庭用医学書
<第11章>
<第11章>
甲状腺腫
大きくなった甲状腺
若い人の甲状腺癌の通常の成長経過は遅く、甲状腺癌による死亡のリスクはきわめて低いことはありがたく思わなければならない。このリスクと、過度の不安を生じせしめたり、検査の費用や不都合、さらなる放射線被爆、また手術の危険性など、どのような医学的介入にも伴う避けがたいリスクとのバランスが取れていなければならない。どのような治療も、徹底的な注意深い評価の後に行うようにし、急いでしなければならないことはめったにあるものではないことを認識しておく必要がある。
De Groot LJ, Frhman LA, Kaplan EL, Refero HS,
甲状腺癌の放射線治療に関する会議のまとめと結論
1976年 シカゴ大学
1920年代に、医師は放射線(X線)を癌以外の病気の治療に使い始めました。この方法で治療された比較的ありふれた病気の一つは、新生児の胸腺肥大です。胸腺は胸骨の後ろにあり、正常な免疫機能のために重要なものです。それ以外にこの方法で治療された病気には、扁桃腺またはアデノイドの肥大、母斑(赤あざ)、百日咳、にきび、そして頭皮の白癬があります。治療はX線の機械(“外部照射”)を使ったり、ラジウムのような放射性物質を直接患部組織に入れたり、あてたりして行われました。
長いこと、放射線照射はこのような病気のある種のものにはよい治療法だと考えられていました。例えば、内耳管を圧迫しているリンパ組織がラジウム治療で小さくなれば、顔に傷が残ることもあまりなく、難聴の改善が見られます。要するに、放射線治療は安全で、効果があるように思われたので使われたのです。残念ながら、甲状腺は首の前の方にあるので、これらの病気を治療している間に、どうしても放射線を浴びてしまうことが多かったのです。
1950年代に、医師は何年も前に放射線治療を受けた患者の中に、良性や悪性の甲状腺腫瘍が多く発生することに気がつき始めました。放射線が甲状腺の腫瘍の原因となることは、原爆の放射能や放射性降下物に被爆したたくさんの人にも、何年か経って甲状腺の腫瘍が生じたことがわかった時点で立証されました。このような事実がわかった時に、もちろんこの形の治療は中止されました。それでも、1920年から1960年の間に、アメリカ合衆国全体で、100万から200万人の人が子供時代または思春期に放射線治療を受けていると見積もられています。その後行われた、放射線治療を受けたグループと放射線治療を受けていない対照グループでの、甲状腺癌の発生頻度を調べた大規模な調査で、放射線被爆と甲状腺癌との関係は疑うべくもないことが立証されたのです。
あなた自身、あるいは家族の誰かが、過去にそのような放射線治療を受けている場合、その治療を行った病院は連絡をとり、放射線被爆について知らせようとしたと思われます。残念なことに、人は生涯の間に何度も引っ越しがちですし、特に女性は住所だけでなく、結婚して名前が変ることもあるので、病院が連絡を取れなかった患者がたくさんいるのです。したがって、連絡は受けていないが過去にX線治療を受けたと思う人は、治療を受けた病院に連絡をとるようにしてください。もし治療の記録がまだ残っていれば、ご要望があり次第直ちにお渡しいたしますので、フォローアップ検診でおかかりになる医師の役にたつと思います。ここに病院に出す問い合わせの手紙の例を挙げておきます。
診療記録科(日本ではカルテ管理室)
病院名
番地, 市町村名, 州名(日本では都道府県名), 郵便番号


診療記録科(日本ではカルテ管理室)御中

私は、生後2〜3日で胸腺肥大のため、X線治療を受けたと思っています。お手数ですが、私が受けた治療内容について、照射されたX線の線量や治療回数、体のどの部分に照射されたかなどを含む診療情報を送っていただければ幸いです。
私の個人情報は以下のとおりです。
治療を受けた時の名前: レベッカC. スミス
生年月日: 1926年3月21日
治療を受けた正確な日付: 不明、おそらく1926年3月末頃と思います。
当時の住所: 27チャールス ストリート, ボストン, マサチュウセッツ州
母親の名前: メリー ルイーズ スミス
父親の名前: フランシス クラーク スミス
担当産科医: グローバー ソーントン, M.D.
担当小児科医: ジョージ ジョーンズ, M.D.
かしこ
レベッカ スミス ジェイコブソン
番地, 市町村名, 州名(日本では都道府県名), 郵便番号
通常でしたら、病院の方でそうするのでしょうが、住所を記入し、切手を貼った封筒を同封なさった方がよいと思います。ほとんどの場合、このサービスは無料です。
万一この方法で適切な情報が得られないか、または治療を受けた診療所が見つからない場合、治療を行った医師の誰かに連絡を取るようになさることをお勧めします。診療記録を捜すのに必要なため、医師にあなたの治療を受けた当時の名前と住所を言ってください。また、治療を行った医師がすでに死んでいたり、どこか別のところに移ったり、あるいはあなたの診療記録が失われていたり、破棄されている場合もあるかと思いますが、なんとか探し出す努力をなさってください。その人達は、あなたを診察する医師に役立つ情報を提供できるからです。
もし、頭部や頚部、または胸部に放射線治療を受けたのであれば、その影響やどうすればよいかについてたくさん聞きたいことがあると思います。次に、いちばんよく聞かれる質問のいくつかにお答えすることにいたします。
若い頃に放射線照射を受けた後どの程度の頻度で甲状腺癌が発生するのでしょうか?  
胸腺肥大やにきび、またはそれ以外の甲状腺の近くの病気で、放射線治療を受けた場合は、放射線治療を受けたことがない人に比べ、そのうちに甲状腺癌が生じてくる可能性が高くなります。医学的調査では、一般集団の甲状腺癌の年間発生率が0.004%であるのに対し、甲状腺癌になるリスクが2から12%の間であると示唆されています。
放射線の被爆線量が増えるにつれて、甲状腺癌のリスクも増加しますが、放射性ヨードで甲状腺機能亢進症の治療を受けた患者には甲状腺癌のリスクの増加がみとめられません。放射性ヨード治療で甲状腺の受ける線量ははるかに高く(4000から12,000ラド)、なおかつ30年から40年のフォローアップを行った結果、そのような患者が甲状腺癌になるリスクが増加するということは証明できませんでした。しかし、最近の報告ではある種の癌に対して行われるような頭部や頚部への高い線量の外部照射により、後になって甲状腺機能低下症を起こしてくるだけでなく、甲状腺の腫瘍も生じる可能性が高くなるということが示されています。また、放射性ヨードを使う甲状腺スキャンによる甲状腺への放射線照射で、甲状腺癌になるおそれはないこともはっきりしています。なぜ、外部から照射される低線量のX線では癌が発生するのに、体内に入れた放射性ヨードからの低線量の放射線では癌が発生しないのかはわかっていません。
照射量以外に甲状腺癌を生じる確率が高くなるファクターは何ですか?  
重要なファクターであることがはっきりしているのは、X線で治療を受けた場所です。患者の中には治療部位の組織に直接ラジウムの小片を入れるか、あてるかする方法で治療を受けた人もおります。扁桃腺やアデノイドに対する照射は、時にこの方法で行われておりました。そのような場合は、甲状腺がある首の前の方に直接X線照射を受けた人に比べ、甲状腺の受けた放射線の影響が少ないであろうと思われます。実際に、研究で子供の時にラジウム挿入を受けた人の甲状腺癌の発生率は、一般集団と変わらないことが示唆されています。
放射線照射を受けた人で、甲状腺癌を生じるリスクに関係するもう一つのファクターは性別です。理由はわかっていませんが、女の子や女性の方が男の子や男性に比べ、甲状腺癌になる割合が高いのです。しかし、放射線照射を受けたことがない人でも同じ事が起こるので、放射線被爆を受けた人にも同じ傾向があると考えられると思います。
また、このプロセスには年齢も重要な役割を果たしているようです。放射線に被爆した時の年齢が低ければ低いほど、癌を生じる可能性が高くなります。これは、おそらく成長過程にある子供の甲状腺は、大人の甲状腺に比べて放射線によるダメージを受けやすいものと思われます。
現在研究が行われているもう一つのファクターは甲状腺機能低下症です。放射線照射を受け、その結果2次的に甲状腺機能低下症(甲状腺機能不全)となった患者では、甲状腺機能低下症自体が後になって甲状腺結節や甲状腺癌が起こってくるリスクを増加させる場合があります。これは、甲状腺機能低下症に反応して、脳下垂体が甲状腺刺激ホルモンを分泌するためです。TSHは甲状腺腫瘍を発生させうる一つのファクターであると考えられています。人間では証明されていないものの、動物実験ではそのような場合があることが示唆されています。それでも、放射線照射した動物で経験したことから、子供の時に照射を受けた人にわずかであっても甲状腺機能の低下が起こった場合は、甲状腺ホルモン錠を投与して血液中の甲状腺ホルモンのレベルを正常に戻すことが大事です。
生涯を通じて、甲状腺の病気になるリスクがついてまわることははっきりしています。X線治療を受けた後50年も経ってから、甲状腺癌が見つかった人もいます。しかし、医師がこの形の治療を行わなくなってから約30年経ちました。そのため、放射線照射が原因の癌は何年が経つうちに減ってくると思われます。
放射線照射を受けた患者に他の種類の病気が起こることがありますか?  
子供の頃に放射線照射を受けた患者に、他の種類の頚部腫瘍が見つかっています。これには、顎の下にある唾液腺<注釈:顎下腺といいます>だけでなく、耳の下にある耳下腺(おたふく風邪になるところ)の腫瘍があります。さらに、別の希な頚部腫瘍としては、甲状腺の後ろにある副甲状腺の腫瘍も、照射を受けた患者に一般集団より高い頻度で生じます。他にも関係のある病気がないか捜し続けていますが、確実に医学的関連性が証明されたものはいまのところ他にありません。
甲状腺機能低下症や甲状腺結節は、ホジキン病のような頚部や胸部の腫瘍に対し、高い線量の放射線外部照射を行った患者に多く発生します。したがって、この領域の放射線治療を受けた患者は、生涯にわたって定期的に甲状腺機能のチェックをしてもらうことが非常に大切です。実際に、甲状腺機能低下症と/または甲状腺腫瘍を生じるリスクが非常に高いため、多くの専門家がこのような患者に予防的手段として、甲状腺ホルモンの補充療法を始めるよう勧めています。
矛盾していますが、頭部や頚部のX線治療を受けた患者は、バセドウ病による甲状腺機能亢進症を起こすリスクが高いことが数多くの研究で示されています*
* Hancock SL, Cox RS, McDougall IR ホジキン病治療後の甲状腺疾患
New England Journal of Medicine 1991; 325: 599-605
この原因は不明ですが、甲状腺の損傷や外傷が体の免疫系の異常を引き起こし、そこで甲状腺が甲状腺を刺激して活発にするような抗体の攻撃目標になるのではないかと考えられます<第4章>
子供の頃に放射線照射を受けた人はどのような検査を受ければよいのでしょうか?  
子供の頃に放射線照射を受けたことがある場合は、年1回の医師の診察を受けるべきです。医師は、甲状腺結節があるかどうか、また耳下腺や唾液腺の異常がないか、あるいは腫瘍の存在を窺わせるリンパ節の異常がないかを確かめるため、首を調べるでしょう。
甲状腺に異常が見付かった場合は、甲状腺スキャンを行う必要があります。これは疑わしいしこりの機能を評価することと、医師が触れることのできない甲状腺内の甲状腺の活動が落ちている領域を捜すためであります。最近利用できるようになったテクニックを使う甲状腺スキャンでは、すでに放射線の照射を受けた甲状腺が余分な放射能をほとんど浴びることがありません。<第1章>で説明したように、甲状腺は1.1から4.4ラドの線量を放射性ヨード(123I)から、また1から2ラドの線量を放射性テクニシウム(99m-Tc)から受けるだけです。それでも、あなたの甲状腺が正常に触れ、定期検診にきちんと再来するのであれば、主治医がそのようなスキャンを行わない場合もあります。
また、おそらく主治医は甲状腺機能低下症の証拠を捜すため、脳下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)だけでなく、甲状腺ホルモン(T4)のレベルを測る血液検査を行うでしょう。主治医が血液中のサイログロブリンのレベルも測る場合があります。サイログロブリンは、甲状腺で作られる蛋白質です。最近の研究で、医師の触診で甲状腺に何の異常も触れない場合であっても、サイログロブリンの上昇がある患者では、将来甲状腺結節を生じてくるリスクが高いことが示されています。
診察で甲状腺に結節があることがわかったらそれからどうなるのですか?  
医師が甲状腺の結節を触れ、甲状腺スキャン上で機能が落ちていることがみとめられたら【図36】、癌性でないことを確かめるために、生検を行うか、全部取ってしまうかのどちらかを行わなければなりません。
【図36】不活発な(または“コールド”な)結節
図36
幸いに、放射線照射によって生じる甲状腺癌は、放射線照射なしで起こるものに比べてたちがよいようです。実際に、放射線照射に関係があろうとなかろうと、甲状腺癌は普通、いちばん治しやすい種類の癌の一つです。反対に、スキャン上で結節が正常に見えたり、放射性ヨードの取り込みが増えていることがみとめられた場合、必ずしも取り除く必要はありませんが、年1回(それより早い場合は医師の指示した時)念入りな検査を受けるようにしなくてはなりません。
それ以上の治療は、T4とTSHの血液検査の結果如何です。甲状腺機能低下症が存在することがわかれば、血清TSHレベルが下がるまで量を増やしながら甲状腺ホルモン錠で治療します<第6章>。甲状腺機能亢進症と診断された場合は、様々な治療法について医師があなたと話し合うでしょう。医師が血液中のサイログロブリンを測る検査を行うようにする場合もあります。これは、きわめて小さな結節を検知できる感度の高い検査です。医師は、また甲状腺の腫瘍ができていないか確かめるため、フォローアップの間隔をもっと短くするかどうかの決定も行います。
子供の時に放射線治療を受けた場合、どんな種類の健康診断を継続して受けるべきでしょうか?  
フォローアップ診察の性質は、初診時に何が見つかったかによります。初診時に結節が見つからず、血液検査やスキャンが正常であれば、甲状腺機能低下症になっていないかどうか確かめるための血液検査を年1回家庭医にしてもらうだけでよいことがあります。毎年甲状腺スキャンを行うのはお勧めいたしません。
その一方で、初回甲状腺検査で、生検を行うには小さすぎるが、複数の結節が存在することがわかった場合、普通は異なったフォローアップが行われます。結節が過剰に機能しているという証拠がなければ、医師は甲状腺ホルモン錠を使って結節の成長を抑えようとするでしょう。<第10章>で説明したように、この治療では血液中の甲状腺ホルモンレベルが上がりますが、そのことで脳下垂体からの甲状腺刺激ホルモンの放出が遮断されるのです。TSHは甲状腺結節の多くをもっと大きく成長させる傾向があり、TSHを遮断することで、時に甲状腺結節が小さくなることがあります。しかし、3ヶ月から6ヶ月治療しても、結節が小さくならない場合、医師が結節の生検を行うか、あるいは手術で取ってしまうかのどちらかを勧めることがあります。子供の時に放射線照射を受けた後、甲状腺腫瘍を生じるリスクは時間が経つと消えるものではないことを強調しておかなければなりません。したがって、生涯にわたって年1回の甲状腺の検査を続けなければなりません。
議論の的になっている“癌”  
甲状腺結節や癌についての話しでは、一般的に身体の診察で触れるような大きさの結節のことを指しています。甲状腺癌の分野でいちばん熱い論争が繰り広げられている問題の一つは、サイズが1cm以下で、多くは顕微鏡でしか見つけることのできない非常に小さな腫瘍が甲状腺の中に存在することに関係しています。そして、これらの異常な部位は癌のように見えますが、実際に成長し、広がっていく癌になるという証拠はありません。このような腫瘍は子供の時にX線治療を受けた人だけでなく、放射線照射を受けたことのない人にも生じることがあるため、そのような部位が存在する可能性があり、子供の頃の放射線照射歴があるというだけで、甲状腺を取ってしまうよう勧める理由はわかりません。
残念ながら、脳下垂体のTSH産生を抑えるために甲状腺ホルモンを飲むことで、何十年も前の子供の時に放射線照射を受けた人が甲状腺癌になるのを防ぐという証拠はありません。前にも述べましたが、ホジキン病のような癌の治療目的で頚部に放射線照射を受けた後は、照射治療後すぐに甲状腺ホルモン剤の投与を開始します。しかし、良性の病気に対する子供時代の照射では、甲状腺ホルモン剤治療を始める際に、放射線照射を受けてから何十年も経っているわけですから、あまり効果があるとは思えません。
良性疾患に対する放射線照射を子供時代に受けて、今甲状腺の薬を飲み始めても甲状腺癌の予防効果はあまり期待できませんが、その一方で良性の結節の成長が抑えられることがあり、そのため、フォローアップ診察が簡単になる場合があります。
原子力発電所の事故や核兵器の実験と甲状腺の関係はどうですか?  
原子力を生み出すプロセスの副産物として、すべての原子力発電所では様々な形の放射性ヨード、アイソトープと呼ばれるものが作り出されます。崩壊として知られていますが、放射能は自然になくなるため、ある種のヨードのアイソトープはほんの数秒か数時間しかもちませんが、その一方で、他のアイソトープはもっと長い期間放射性を保ちます。129-Iと呼ばれるアイソトープは、100万年ももつのです。幸いに、その放射性はきわめて弱く、やっと測定できるほどです。甲状腺の病気に関して、いちばん重要な放射性ヨードのアイソトープは131-Iで、その半減期は約8日です。
原子力発電所の事故では、放射性ヨードの様々なアイソトープが、放射能雲の形で放出されます。その後放射性物質は風下に流され、そこで草やそこに生えているその他の植物の上に落ちます。それを牛などの家畜が食べます。
それは最終的に牛乳の中に出てきます。乳児や小児が汚染されたミルクを飲み、最後はその子供たちの甲状腺に放射性ヨードが蓄積されるのです。困ったことに、子供の甲状腺は大人の甲状腺に比べ放射線に対する感受性が強いと思われます。まず、子供の甲状腺細胞は急速に成長しているので、放射線による損傷を受けやすいのです。次に、子供の甲状腺は大人のものより小さいので、同じ量の放射線を浴びても、それぞれの細胞が受ける線量は大きくなります。
世界最悪の原子力発電所事故は、旧ソ連のチェルノブイリで1986年4月に起こりました。その当時、約4000万キュリーの放射性ヨードが大気中に放出されたのです(キュリーは放射性を測る単位で、甲状腺機能亢進症の治療に使われる131-Iの通常線量は10ミリキュリー、または1/100キュリーです)。それ以前に起こった原発事故と比べてみますと、1957年のイギリスのウィンドスケール原発事故で放出されたのは約20,000キュリー、またもっと広く知られている1979年にペンシルバニアのスリーマイル島の原発事故で放出されたのは20キュリーに満たなかったのです。すべての放射線被爆が原発事故によって起こるわけではありません。南太平洋のマーシャル群島の住民は、不用意にも1954年に行われたビキニ環礁での原爆実験による放射性降下物の被爆を受けました。また、ネバダ州の原爆実験場の風下にあるユタ州南西部の住民は、1951年から1962年にかけて放射性ヨードに被爆しました。最近になって、ワシントン州ハンフォードの核兵器施設の近くに住んでいる住民が、1944年から1970年代始めまで放射性ヨードに被爆していたことが知られるようになり、1944年から1947年の間の被爆量が最大であったことがわかりました。マーシャル群島の島民の長期にわたるフォローアップで、原爆実験からの放射性ヨードの被爆を受けた人達、特に子供に甲状腺腫瘍が生じうることがわかりました。また、ユタ州に住んでいる人達にも甲状腺結節が生じたという証拠もあります。さらに、チェルノブイリの近くに住んでいる子供たちの間に、現在、高い頻度で甲状腺癌の診断がなされているというウクライナとベラルーシからの報告もありますが、これらの所見はまだ確認段階です。
原発の核心部のデザインに関わる技術的理由から、我が国の原子力発電所では、チェルノブイリやウィンドスケールに匹敵する規模の大量の放射性ヨードの放出は事実上起こり得ないようになっています。それでも、各施設の近くに住む人は、放射性ヨードが大気中に放出された後に起こる可能性のあることについて、相当心配しています。
起こる可能性はあまりありませんが、放射性ヨードが放出されるような原発事故が起きた場合は、アメリカ甲状腺協会が出した次のガイドラインを守るようにしてください。生の飲み物(例えば、ジュース、ミルク、水など)や生ものを飲んだり、食べたりしてはなりません。缶詰や瓶詰めの飲み物や調理済みの食べ物は安全です。また、地下からの湧水や井戸水も安全です。 ヨー化カリウムとして知られる薬は、甲状腺に有害な放射性ヨードが蓄積するのを妨げます。一部の公衆衛生局職員が、放射性ヨードの被爆を受けた集団に甲状腺を守るためヨウ化カリウムを飲むよう勧めておりますが、この方法はヨウ化カリウム自体が少数の人に有害な健康効果を起こす可能性があるため、議論の余地があります。ヨウ化カリウムは数週間飲む必要があります。甲状腺を守る一方で、これだけの期間この薬を飲むことにより、感受性の高い一部の人に甲状腺機能低下症を起こす可能性があります。したがって、この問題はまだ解決しておらず、この事については政府機関、特に原子力規制委員会と連邦危機管理省との間で話し合いが続けられております*
* D. Becker, “原発事故:公衆衛生戦略とその医学的合併症”
Journal of the American Medical Association 258(1987)
この章の中で述べたまだ論争中の分野すべての意見統一のため、世界中の医療セ ンターで作業が続けられております。アメリカ甲状腺協会や内分泌腺学会、アメ リカ甲状腺財団、およびアメリカ癌学会のようなグループにより、皆様や医師に 向けて、新しい知識を提供するよう日夜努力が続けられております。
まとめ  
まとめとして、甲状腺の検査に使う放射性ヨードには健康上のリスクを伴うことはありません。同様に、バセドウ病の治療に使う低線量の放射性ヨードで、甲状腺癌や他の病気が起こることは観察されていません。
その一方で、外部照射や原発事故で放出されるであろう大量の放射性ヨードは重大な健康上のリスクを有する可能性があります。幸いに、原子力規制委員会のような機関や数多くの甲状腺の病気を治療を行う専門家のグループがこれらの高線量の放射線に被爆した患者のフォローアップ用ガイドラインの見直しと改訂を継続して行なっております。
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