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家族性バセドウ病:病因解明の新しいアプローチ
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

バセドウ病が兄弟、親子などの血縁者に出やすいことは、昔から分かっていました。いまだに遺伝子は見つかっていません。多分、単一遺伝子ではなく、いくつかの遺伝子に関与しているのかもしれません。
先月、名古屋で行われた第46回日本甲状腺学会で、家族性バセドウ病について2つの施設から発表がありました。一つ目は、京都大学のグループからで、『家族性バセドウ病に関する全国疫学調査成績』という演題でした。もう一つは、別府・野口病院からの発表で『家族性バセドウ病症例に関する検討』です。それぞれの報告の簡単な説明をします。

『家族性バセドウ病に関する全国疫学調査成績』 京都大学のグループ
目 的
バセドウ病発症における遺伝的背景や環境的要因の関与を明らかにするために、バセドウ病の家族集積と臨床疫学について調査することが必要と考えられる。そこで今回、家族内にバセドウ病患者を有する家族性バセドウ病を対象に全国疫学調査を実施し、その頻度分布と臨床疫学像を把握することとした。
方 法
厚生省特定疾患調査研究事業「特定疾患に関する疫学調査研究」班との共同で第一次調査と第二次調査を施行した。家族性バセドウ病は、「対象者本人がバセドウ病の診断基準を満たし、兄弟姉妹、実の親、実の子(第一度近親以内)の誰か1人以上にバセドウ病が発病している者」と定義した。全国2,367施設の内科(内分泌代謝科、甲状腺科)、小児科、甲状腺専門病院に調査票を送付した。
成 績
全国の家族性バセドウ病患者数は2,850名(95%信頼区間2,000〜3,500名)、バセドウ病患者全体に占める家族性の割合は、約2.1〜3.1%と推計された。家族罹患の相対危険率は、約19〜42倍と概算された。第二次調査は487例回収(回収率55%)され、家族性バセドウ病の臨床所見、検査、治療、予後に関しては、非家族性を含めた全体のバセドウ病と比べて大きな相違はないと考えられた。家族性バセドウ病患者の中で、第一度近親に橋本病患者を有するものは約8%あった。また、橋本病以外の自己免疫・アレルギー性疾患を合併するものは10%あった。
結 論
以上より、バセドウ病患者に家族集積が確認され、その発症に遺伝因子や環境因子、またはその両者の関与が示された。

『家族性バセドウ病症例に関する検討』 別府・野口病院
はじめに
日常臨床では、家系内に自己免疫性甲状腺疾患症例を多数認める場合も多く経験する。このような家系では遺伝要因が強く関与している可能性が考えられるが、これまでバセドウ病家系症例の臨床的特徴はまだ明らかにされていない。
対 象
1998年から2002年までの5年間に当院で入院治療(手術・放射性ヨード治療・眼症など)を行った症例で、前医での治療がなく、家系情報が明確な1,042例を対象とした。今回の解析ではバセドウ病の家族歴の有無だけに絞り、慢性甲状腺炎の家族歴については除外して検討した。
結 果
1,042例中258例(24.8%)にバセドウ病の家族歴が陽性であった。男女比はバセドウ病家系群では75例/183例(29.1%/70.9%)、散発群では143例/641例(18.2%/81.8%)と、バセドウ病家系では有意に男性が多かった(p=0.0002)。また発症時年齢はバセドウ病家系群で36.3±14.2才、散発群で40.1±15.8才であり、バセドウ病家系では有意に発症時年齢が低かった(p=0.0005)。バセドウ病家系群では有意に多く手術治療を受けていた(p=0.002)。しかし、その他の因子では、抗甲状腺剤による顆粒球減少症の有無・肝障害の有無・薬疹の有無・放射性ヨード治療の有無・眼症治療の有無・推定甲状腺重量・術後合併症の有無などとは有意な相関は認められなかった。
結 論
バセドウ病家系症例は散発症例に比べ、有意に男性が多く、より若年での発症が多い。さらに家系情報を分析し、バセドウ病における遺伝因子の関与の程度について、臨床疫学的に詳細な検討を続けていく予定である。

まず、家族性バセドウ病とはどのようなバセドウ病をいうのかを説明します。
本人がバセドウ病で、兄弟姉妹、実の親、実の子など第一親等の誰か1人以上にバセドウ病が発病していたら、家族性バセドウ病といいます。すなわち、第一親等に2人以上のバセドウ病が発症したら、家族性バセドウ病となるわけでです。ここで、気になるのは、家族性バセドウ病と診断された場合、何か普通のバセドウ病と違うのかという点です。特に、治療に関してはどうかなど質問したくなります。

今回、2つの施設からの報告からすると、家族性バセドウ病だからといって、普通のバセドウ病と変わりなく、治療なども特に違いはありません。強いて言えば、家族性バセドウ病家系では、バセドウ病になる確率が普通の人の約19〜42倍高いことです。この事実から、家族性バセドウ病と診断されたら、家族の人も一度は、甲状腺機能検査を受ける方がいいかもしれません。

全国調査と野口病院で、家族性バセドウ病の頻度が大きく異なった理由を考える場合、野口病院が甲状腺専門病院であるという特殊な事情を考慮する必要があります。野口病院でバセドウ病と診断されたら、家族の人が心配して一度、検査を受けておこうと考えるのは、自然なことです。

野口病院では、現在、バセドウ病の原因遺伝子を検索中です。まだ、世界中でバセドウ病の遺伝子を見つけた人はいません。難しいが、やり甲斐のある仕事です。これからの研究成果に期待しましょう。

余談になりますが、バセドウ病の年間発生頻度は日本人の場合、10万人に80人と言われています。しかしこれは少し、低すぎると思います。この研究は今から30年前のもので診断技術がまだ未熟なときのものであり、見逃しのケースも多々あったと思われます。現在のアメリカでの、バセドウ病の年間発生頻度は10万人に330人(0.3%)です。現在は、診断技術も進歩しており、軽症も診断できますので、これくらいが妥当と思います。

最近の研究によると、日本人のバセドウ病家系の年間発生頻度は、0.86%です。これからすると日本人のバセドウ病の年間発生頻度の約3倍程度の多さになります。男性は女性の5分の1ですので、バセドウ病の発生頻度は低いのですが、やはり、その家系なら普通の男性と比べて、バセドウ病になる確率は3倍高いことになります。ここで述べているバセドウ病の発生頻度は、家族内にバセドウ病が一人いる場合のバセドウ病になる確率です。ここが、今回の報告と違う点です。今回の研究は、第一親等に2人以上のバセドウ病がいる家族性バセドウ病のバセドウ病になる確率は、約19〜42倍であるということです。何はともあれ、バセドウ病と診断されたら、一度、家族の方の甲状腺機能を調べておいた方がいいかもしれません。

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