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第76回日本内分泌学会報告記
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

今回は、横浜市のパシフィコ横浜で平成15 年5月9日〜5月11日までの開催でした。今回は、生活習慣病に関する講演が多いという印象を受けました。これは、学会を開催する会長の好みもあるわけです。わたしの個人的なことですが、開業して10年を過ぎましたが、恥ずかしながらこの間、学会発表なるものはしていませんでした。忙しいこともありますが、準備が面倒であることなど言い訳にしかならない理由からです。思い起こせば、野口病院に勤務していた最後の年1992年の徳島であった内分泌学会以来、学会発表がないのです。今回の学会で、久しぶりに発表することになったのは、内分泌学会のホームページをみていたときにインターネットで発表の抄録を提出できることがわかったからです。その場で、すぐ演題を提出しました。今回の報告記の最後に、わたしの発表についても簡単にしゃべらせてください。

今年の学会は、何故かわかりませんがゴールデンウィーク明けすぐにありました。例年、この学会は6月下旬ころに開催されます。当初、ゴールデンウィーク明けなので、参加は無理とあきらめていました。しかし、例年のゴールデンウィーク休診を一週間ずらしました。5月11日までを休みとしました。それで、学会参加が可能になったのです。早速、学会の報告を始めたいと思います。わたしが紹介する研究は、私個人の独断と偏見で選んでいます。もっと素晴らしい研究もありますが、そこのところはご理解ください。

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東京・伊藤病院から『グレブス病妊婦において妊娠初期に出産時内服治療の必要性の予知は可能か?』という演題の発表がありました<注釈:グレブス病はバセドウ病のことです。英米では、グレブス病と呼ばれることが多いのです。この病気を見つけたグレブス医師の名前に因んでいます。同じ頃、ドイツ人医師バセドウもこの病気をみつけたため、日本やドイツではバセドウ病と呼ばれます>。結論は、ある予測式を使えば、84%の確率で出産時に抗甲状腺薬を服用しているかどうかの予測が可能というものです。

クレブス病妊婦において、出産まで内服治療が必要な症例は投与量の調節如何によっては児が一時的に機能低下症を起こすこともあります。妊娠中の管理には豊富な経験と専門的知識が必要となります。出産時まで内服が必要か否かを妊娠初期(3ヶ月)の時期に予知する方法を検討し、報告しています。
対 象
妊娠中バセドウ病患者250例のうち妊娠初期の時期に甲状腺機能がほぼ正常である104例。出産時に抗甲状腺薬を一日1錠以上服用していた症例を継続群(34例)、中止できた群を中止群(40例)とした。
結 果
妊娠初期の抗甲状腺薬投与量のみでの予測は不可能であった。また妊娠初期のTSHレセプター抗体値のみで、薬の中止を予測するROC曲線<注釈:なにやら難しい統計計算をして曲線を出すのですが、わたしもよく分かりません。発表した伊藤病院の吉村先生に聞きましたが、先生曰く「ソフトに入力するとあら不思議、結果が出てくる」とのことです。要するに、彼にも細かいことは分からないようです。でも、結果的に予測値が出てきて、予測可能かどうかがわかるそうです>を求めたところ、抗甲状腺薬中止の基準となるTSHレセプター抗体値は40%となり、満足できるものではなかった。そこで妊娠初期のTSHレセプター抗体値と抗甲状腺薬の内服量(錠数)を併せて判別分析を行った。このあとの計算は複雑怪奇で、もうチンプンカンプンです。なにはともあれ、魔法の箱に入れて、予測式が出たと思ってください。この予測式に、新規症例50例を当てはめたところ84%で予測可能であった。彼らは、「この予測式は妊娠初期に出産時まで治療が必要かどうかを予測可能にし、専門医に任せるべき患者が選択できることにより、より適切な妊婦の管理が可能となると思われる」と述べている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. この研究は重要です。妊娠中の抗甲状腺薬の投与量は、必要最小限に抑えたいと常々考えています。できれば、妊娠後期には抗甲状腺薬を中止できればとも考えています。妊娠初期のTSHレセプター抗体値と抗甲状腺薬の内服量(錠数)を予測式に入力して、妊娠初期に出産時まで抗甲状腺薬の服用が必要か抗甲状腺薬を中止できるかが分かると助かります。これは、特に甲状腺専門医の場合に当てはまります。妊娠バセドウ病患者は、やはり甲状腺専門医がみるべきだと考えます。抗甲状腺薬の減量、中止を判断するのは実地臨床家には難しいと思います。すなわち、この予測式は甲状腺専門医に必要なものといえます。 .
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[2]
音羽病院心療内科の深尾篤嗣先生は、『甲状腺機能正常化後にも神経症傾向を伴う甲状腺機能亢進症患者では疾患が難治化する』という演題で発表されました。これは、深尾先生が大阪医大に勤務していたころからのライフワークです。
方 法
対象は64例(女性56例、男性8例、平均年齢36才)の未治療バセドウ病患者。治療前と抗甲状腺薬治療後甲状腺機能正常になってから、MMPI、夏目のストレス調査表および林版日常生活ストレス調査表を調査し、神経症傾向(以下、神経症)の有無と甲状腺機能、治療予後との関連について検討した。
成 績
治療前甲状腺機能亢進時には44例(69%)で神経症がみられたが、治療後にもなお29例(46%)で持続してみられた。また治療前に神経症のみられなかった20例(31%)のうち、5例(8%)は治療後に神経症がみられるようになった。治療後にも神経症がみられた34例は、神経症のみられなかった30例に比較して精神高揚が有意に(p=0.003)低かった。さらに、4年間フォローアップできた48例において予後を比較したところ、血中TBII<注釈:TSHレセプター抗体>、甲状腺横径は治療後1、2、3年目とも神経症がみられた23例が神経症のみられなかった25例よりも高値の傾向があり、三年目のTBIIに有意差(p=0.03)が見られ、4年目の寛解率は、神経症のみられなかった症例が52%に対して神経症がみられた症例は22%のみで有意に(p=0.03)低かった。彼は、「甲状腺機能正常化後にもなお神経症傾向を示す甲状腺機能亢進症患者では生活上のストレスの影響から疾患が難治化する傾向がみられる」と結論付けている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. この研究も大変興味ある問題を扱っています。精神的な問題は科学的に評価しにくいので、あまり研究の対象として取り上げられません。しかし、深尾先生は、大阪医大に在職中からこの問題に真剣に取り組んで来られ最近では、国内は言うに及ばず国際的にも評価されています。バセドウ病の患者さんの中には精神的に不安定な方がおられます。バセドウ病を治療してもなかなかよくならないことがあります。これは、バセドウ病とは関係なくその人の生来持っている性格もあるのかもしれません。でも、それで物事を片づけてはいけないようです。この研究から、神経症傾向にある人はバセドウ病の治療もうまくいかないことが分かったからです。神経症の治療をちゃんと行えば、バセドウ病の寛解率も良くなるのかどうか、今後の研究に期待したいと思います。 .
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大阪医大のグループが、『バセドウ病の抗甲状腺薬治療におけるヨード摂取量の影響』という演題で発表しました。ヨード欠乏地域においては、ヨードの過剰摂取が抗甲状腺薬の効果を弱めるということはよく知られた事実です。しかし、日本のようなヨード過剰摂取地域においてヨード制限が抗甲状腺薬の効果に影響を与えるかどうかについてはあまり研究されていない。昨年の内分泌学会で同じ研究者たちは、ヨード制限を指示した群と指示しなかった群では、抗甲状腺薬治療開始8 週までの間、尿中ヨード濃度、血清FT4、FT3、TSH受容体抗体(TRAb)に両群間で有意差を認めなかったと報告している。わたしもバセドウ病患者にヨード制限した場合とヨードを普通に摂った場合で比較して、抗甲状腺薬の効き方に差がないことを10年前の内分泌学会で発表した。この問題は、日常臨床では重要です。日本のようにヨード摂取が多い場合、ヨード制限をしても抗甲状腺薬の効果に差がないのなら、患者に無駄なヨード制限を強いる必要がないからである。
対 象
未治療バセドウ病患者75例。このうち、観察期間中の尿中ヨード濃度が230μg/g・Cr未満であるものをヨード制限群(IR群23例)、260μg/g・Cr以上のものを非制限群(NR群20例)とした。
方 法
患者にメルカゾール15mg/日<注釈:一日3錠>を投与し、治療前、4週後、および8週後の尿中ヨード、クレアチニンを測定し、血清FT4、FT3、TRAbを比較検討した。
結 果
治療開始前のFT4、FT3、TRAbには両群間で有意差を認めなかった。治療4週後のFT4はIR群1.63±0.63ng/dl、NR群2.39±0.94ng/dlとIR群が有意に低く(p=0.0029)、FT3においてもIR群4.53±1.53pg/ml、NR群5.80±2.29pg/mlとIR群が有意に低値であった(p=0.0379)。治療8週後のFT4、FT3は両群間で有意差を認めなかった。TRAbはいずれの時点においても両群間で有意差を認めなかった。彼らは、「治療開始初期において、ヨード摂取量が少ない患者の方が甲状腺ホルモンは速やかに低下し、抗甲状腺薬の治療効果がより高いと考えられた」と結論付けている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. まず、この研究ではヨード制限を指示したわけではなく、来院時の尿検査で尿中ヨード濃度が低い場合をヨード制限としているが、本当にヨード制限しているのか分からない。何故かというと、ある一点での尿中ヨードは前夜もしくはその日のヨード摂取量を反映しているに過ぎないからである。その前にヨードを沢山摂取していても分からないのである。少なくとも患者にヨード制限の説明と指示をしておくべきであろう。そして、その裏付けとして尿中ヨードを測定するのが適切と思う。毎日、尿中ヨードを測定するのが理想だが、それは現実的ではない。入院患者で、一度調べてもいいのではないかと思う。もう一点、8週間後には、FT4、FT3は両群間で有意差を認めていないので、少なくとも「4週間後にはヨード摂取量が少ない患者の方が甲状腺ホルモンは速やかに低下し、抗甲状腺薬の治療効果がより高いと考えられた」とすべきであろう。何はともあれ、今までにいくつかの同じような研究が日本でなされたが、ヨード制限により抗甲状腺薬の効きが良くなったという報告はこの研究が初めてである。だが、最初に指摘したように本当にヨード制限がうまくいっていたのかどうかは、ヨード制限の指示をしていないので分からない。この研究結果から、日常臨床の場でバセドウ病患者にヨード制限をするように指示するかと問われれば、時期尚早と言わねばならない。さらなる研究が必要である。 .
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神戸・隈病院から『抗甲状腺薬投与中止後に一過性の甲状腺ホルモン上昇をきたすバセドウ病症例』という演題で発表がなされた。
バセドウ病において抗甲状腺薬を中止した後に甲状腺ホルモンが上昇した場合は、バセドウ病の再発か無痛性甲状腺炎の鑑別が必要になる。無痛性甲状腺炎ではないにもかかわらず、一過性に甲状腺ホルモンの上昇をみた後に正常化する例がある。そこで、彼らは抗甲状腺薬投与中止後に一過性の甲状腺ホルモン上昇をきたしたバセドウ病症例の特徴を検討した。
対象と方法
対象は抗甲状腺薬治療を中止した後に血清FT4の上昇とTSHの低下が生じたが、抗甲状腺薬の投与をすることなく正常に回復した22名のバセドウ病症例(潜在性甲状腺機能亢進症を含む)。抗甲状腺薬中止後平均28.5か月(12〜53か月)にわたって血清甲状腺ホルモン値とTBII<注釈:TSHレセプター抗体>を観察した。6例については甲状腺ホルモン上昇時に放射性ヨード摂取率検査を施行した。
結 果
年齢は33.7±12.6才、22症例中2名が男性であった。抗甲状腺薬投与期間は39.4±36.5か月、投与中止後甲状腺ホルモン上昇までの期間は5.5±3.9か月、上昇後正常化までの期間は6.4±5.1か月であった。FT4は2.0±0.5ng/dl(1.29〜3.44)まで上昇し、TSHは全例0.07μU/ml以下であった。TBIIは3例で15%以上に上昇した。放射性ヨード摂取率は2例が3%以下、4例はそれぞれ27.5、28.0、32.7、38.1%であった。
考 察
抗甲状腺薬投与中止後に甲状腺ホルモンが上昇する場合はTBIIが陽性化する例や無痛性甲状腺炎ではない例も存在するため、一過性と再発との区別が難しい。結論として、彼らは「一過性上昇は比較的若年者に生じるため、若年者のバセドウ病患者の場合は抗甲状腺薬投与中止後に軽度の甲状腺ホルモンの上昇を見ても、再発とはいえないことを念頭に置くべきである」と結論付けている。

. Dr.Tajiri's comment . .
. まず、確認しておきたい点は、彼らが対象とした患者は症状がないかあっても軽度の症例ばかりである。症状があれば、放射性ヨード摂取率試験を行い適切な対応をするわけである。
彼らの研究は、臨床上重要である。抗甲状腺薬を中止してバセドウ病患者をみている場合、確かに症状がないのに甲状腺ホルモンが軽度増加してくる患者がいる。そのような場合は、理想的には放射性ヨード摂取率試験を行い、バセドウ病の再発か無痛性甲状腺炎かを鑑別するであろう。しかし、実地臨床の場では、症状がなければ経過をみることもある。症状があれば、抗甲状腺薬を再開することもある。このような患者の中に、経過をみているだけで自然に甲状腺ホルモンが落ち着いてくる症例があるというのが、彼らの結論である。どのような症例をみていけばいかは、まだ分からない。しかし、少なくとも軽度甲状腺ホルモンが増加しているような症例で症状がなければ、しばらく経過をみてもいいかもしれない。無駄な治療を避ける意味でも、重要なことであろう。
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わたしは、『機能性甲状腺結節に対する外来での放射性ヨード治療』という演題で発表しました。実は、機能性甲状腺結節に対する放射性ヨード治療は欧米ではよく行われる治療法なのですが、日本ではほとんど行われていないのです。例えば、日本三大甲状腺病院と呼ばれる東京・伊藤病院、神戸・隈病院、別府・野口病院でもほとんど手術かPEIT<注釈:99%エタノールを機能性結節に局注する治療法>で治療しています。
対象および方法
平成11年7月から平成14年11月までに当院を訪れた機能性甲状腺結節患者23例(単発性機能結節14例、中毒性多結節性甲状腺腫9例:男2例、女21例、年令61.1±14.4才)を対象とした。甲状腺機能検査は、全例血清TSHが抑制されていた。画像診断は21例で99m-Tcシンチ、2例で123-Iシンチにて行った。超音波で、単発性結節か多発性結節かを確認した。一部の症例では、甲状機能が正常になって、穿刺吸引細胞診を行い、すべて良性であった。一回の投与量は13.3mCiである。血清TSHが正常値になるまで3〜4ヶ月間隔で投与した。
結 果
治療は、2.2±2.5(1〜8)回で、総投与量は28.5±20.5(11.9〜100.4)mCiであった。治療前後のFT4(ng/dl)、TSH(mU/L)、重量(ml)は、
  • 単発性機能結節(14例)
    FT4:前1.7(1.0〜2.6), 後0.9(0.5〜1.4)
    TSH:前0.03(0〜0.1), 後49.1(1.1〜171.1)
    重量:前16.5(2.2〜57.1), 後6.2(0.6〜18.5)
  • 中毒性多結節性甲状腺腫(9例)
    FT4:前1.7(1.0〜2.3), 後1.2(0.7〜1.5)
    TSH:前0.03(0〜0.2), 後5.6(0.4〜27.2)
    重量:前95.9(21.7〜352.4), 後43.1(13.8〜90.4)
であった。
結 論
機能性甲状腺結節に対する外来での放射性ヨード治療は、良好な治療成績であった。

. Dr.Tajiri's comment . .
. バセドウ病と比べアイソトープ投与量が多いため分割投与になりますが、全例外来でアイソトープ治療を行い、治りました。重量も単発性機能結節では平均16.5mlから6.2mlに、中毒性多結節性甲状腺腫では平均95.9mlから43.1mlに減少した。観察期間は平均23.2ヶ月である。今回の研究での反省点は、単発性機能結節で甲状腺機能低下症になってチラーヂンSを服用しなければならなくなった症例が7例(50%)もいたことです。これは、アイソトープ治療前にメルカゾールで治療し、甲状腺機能を正常にしてアイソトープ治療を行った症例でみられました。今後は、高齢者でない限りメルカゾールで治療しないでアイソトープ治療を行い、甲状腺機能低下症の発症を少なくしていく予定です。
実際、最近の5例では甲状腺機能低下症にもならず、良好な治療成績です。機能性甲状腺結節に対する外来での放射性ヨード治療については、以前わたしのサイトでも公開しました。
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