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不整脈と甲状腺機能障害:隠れた脅威?《更に詳しい情報[052]患者さんのための分かりやすい解説》
田尻淳一 田尻クリニック 熊本

. Dr.Tajiri's comment . .
. バセドウ病の長期予後は、比較的良好であると考えられていたが、最近の研究で必ずしもそうとは言えないという証拠が出てきたので、注意を要するということが今回の更に詳しい情報[052]の主旨です。特に、死亡率と関係しているのは心血管系疾患や脳血管系疾患です。その原因は不整脈、特に心房細動であると考えられています。バセドウ病の際にみられる心房細動は、日本人ではバセドウ病患者の2%程度ですが、欧米では10〜15%と高頻度です。この理由ははっきり分かっていませんが、欧米人の方が虚血性心臓病の頻度が高いことも原因の一つかもしれません。 .
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『不整脈と甲状腺機能障害:隠れた脅威?』更に詳しい情報[052]の内容を分かりやすく、箇条書きにしてみます。
  1. 甲状腺機能亢進症患者では、循環器疾患と脳血管障害の死亡率が有意に増えている。
  2. 潜在性甲状腺機能亢進症患者(甲状腺ホルモンが正常で、TSHのみ低値の患者:甲状腺ホルモンを服用している患者は除外)においてさえも、循環器疾患の死亡率が有意に増えている可能性がある。
  3. 上記の循環器疾患と脳血管障害の死亡率増加に関与しているのは、心房細動であることがわかった。
  4. 甲状腺ホルモン過剰は、心房の不整脈を引き起こす原因になる。特に、心房細動が起こりやすい。
  5. 潜在性甲状腺機能亢進症患者(甲状腺ホルモンが正常で、TSHのみ低値の患者:甲状腺ホルモンを服用している患者は除外)において、心房細動が一般人より多いことが報告されている。
  6. 抗甲状腺剤によって治療して、甲状腺ホルモンが正常化しても3ヶ月間は不整脈が出やすい危険性はある。
  7. 心房と違って、心室に対して甲状腺ホルモンはほとんど影響を与えない。
  8. ベータ遮断薬は、甲状腺機能亢進症の動悸などの症状を和らげるために使用される。
  9. 心房細動を持つ甲状腺機能亢進症に対して抗凝固療法を行うことは、一般に推奨されている。しかし、心房細動を持つ甲状腺機能亢進症に対して抗凝固療法の有用性について検討された研究発表がないので、そのような治療法の危険/利益比率は確立されていない。個々の症例で、医師が判断しているのが現状である。
  10. 甲状腺機能亢進症の治療を始めて8〜10週以内に2/3の症例では心房細動が正常調律に自然に戻る。したがって、患者が甲状腺機能正常になって3ヶ月を越えても、まだ心房細動が持続している場合、時期を逸しないで電気的除細動を行うことが重要である。
  11. 甲状腺ホルモンは、心臓にある遺伝子に影響を与えていることは分かってきているが、まだ解明されていない。
  12. 甲状腺機能亢進症と交感神経の関連性は、以前から研究されてきたが、矛盾点も多く、まだ完全に解明されたわけではない。現時点では、カテコールアミンに対する感受性の増加、二次的なベータアドレナリンレセプターの増加、副交感神経の減少が原因であるという説明がなされている。

バセドウ病にみられる心房細動は、抗甲状腺剤の治療を開始して3ヶ月もすれば、7割の症例で自然に消失する。問題は、残り3割です。これらの症例は、心房細動がずっと続きます。期間の長い症例は10年以上続くわけです。このような症例がどのような経過を辿るかは、不明でした。わたしが野口病院に勤務していた1990年頃から、そのような症例に興味を持ち始め、当時の同僚が患者さんにアンケートを送り、質問してみました。その結果、分かったことは、心房細動が持続していた人たちは、9.6%が塞栓症(多くは脳塞栓症)を起こしていました。一方、年令、性をマッチさせた心房細動のない1096人のバセドウ病患者では、1.5%に塞栓症がみられたにすぎず、心房細動が持続していた人たちは塞栓症の頻度が有意に高いことが分かりました。これは、重大な問題であり、生命にかかわることですので、心房細動に対して積極的に治療を開始しました。

当時、バセドウ病の心房細動治療に関しては中沢博江先生がパイオニア的な研究をされているにすぎず、ほとんどの人はこの問題についてあまり興味を示していませんでした。わたしたちは、中沢先生の論文を参考にして、治療プロトコールをたて、治療を始めました。循環器領域での常識は、心房細動は1年を過ぎると、カウンターショック(電気ショック)は効果がないというものでした。バセドウ病の心房細動は、循環器領域での心房細動と異なり、10年以上持続している場合でも、カウンターショック(電気ショック)で治る症例がありました。心房細動になって1年以内なら、抗不整脈薬(リスモダン)でほとんどの症例は、心房細動は治りました。すべては中沢先生の論文の通りでした。簡単な治療成績は、わたしのHPでも紹介しています。

今から思うことは、循環器専門医と甲状腺専門医の協力が必須だということです。野口病院で心房細動の治療を積極的にできた裏には、熊大医学部で同級生であった循環器専門医が別府にいたことです。彼のおかげで心房細動の治療をすることができました。熊本に帰ってきて、一緒に仕事をする循環器専門医がみつからないことは残念です。数年経った心房細動は、治らないという先入観が循環器専門医にあることがネックなのでしょう。中沢先生の素晴らしい論文をみせても信用されません。まず、バセドウ病の心房細動を放置すると塞栓症、特に脳塞栓症になる危険性が6倍以上増すという研究結果を論文に発表して、それからわれわれの心房細動の治療成績を論文に発表することで、循環器専門医に信用してもらうことが先決だと感じて数年が経ちました。そろそろ行動を起こす頃と思います。

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