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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 14, No3

30:降下物の予期せぬ影響 / Steven Sherman, M.D.

『甲状腺とのつながり』1999年春号より再掲
Sherman博士は、テキサス大学M.D. アンダーソン癌センターの医療助教授であり、ベイラー医科大学非常勤助教授です。博士は国立甲状腺癌治療共同研究グループ研究部長として家族評価委員会でヒト生物学データ交換事業の甲状腺疾患情報源を担当されています。さらに、内分泌学会のメンバーであるのに加え、アメリカ甲状腺学会のメンバーとして学会の公衆衛生委員会の仕事を担当されております。Sherman博士はジョーンズホプキンス大学医学部を卒業され、そこでインターン、専門医実習生、および特別研究員として研鑚を積まれました。
核降下物があり、そしてそれによる医学的、社会的、政治的、および法的な“予期せぬ影響”があります。11年にわたって行われたアメリカの核兵器実験で、上に述べたあらゆることが生じました。1998年9月に米国科学アカデミーが出した報告書には、1950年代と1960年代の核実験中に放出された放射性ヨードに曝されたアメリカ人の一部は甲状腺癌を生じるリスクが高くなっているということが述べられています(「甲状腺とのつながり」1998年秋号をご覧ください)。しかし、この報告書では、この癌を見つけるために政府が金を出して行うルーチンなスクリーニングプログラムを行うようにという勧告はなされておりませんでした。アメリカ人はこの報告書を見て警鐘をならすべきなのか、それとも安心するべきなのでしょうか。医師やこの時期に高レベルの放射能に被爆した人はどのように反応すべきなのでしょうか。

歴史的背景
米国科学アカデミーの部局である医学研究所(IOM)と国立研究会議(NRC)は、この9月報告書を出したのです。この研究につながることとなった一連の出来事は1950年代初期に始まりました。1951年から1962年まで、アメリカ政府はネバダ州で約100回の地上核実験を行いました。公衆衛生上の懸念が高まってきたのは1950年代の半ばで、1970年代までにアメリカ政府に対し、この核実験が様々な病気、特に癌を引き起こす原因になったとして、何百という訴訟が起こされました。一般大衆の懸念と科学的論争に煽られて、議会は1983年に厚生省長官が指揮をとり、ネバダ州での地上核実験実施期間中に放出されたヨード131(I-131)により、アメリカ人の甲状腺が被爆した線量の調査を行い、その推定被爆量を出すための法律を通しました。

長官はこの任務を国立癌研究所(NCI)に委託し、そこが15年後の1997年10月にこの報告書、「ネバダ州の地上核実験後の放射性降下物ヨード131によるアメリカ人の推定被爆線量と甲状腺の被爆線量」を出したのです。長官はIOMとNRCに対し、NCI所見の公衆衛生上および医学的合併症の評価を別個に行うことも要請しました。

放射性ヨード被爆
50年近く前のI-131の被爆線量の計算は複雑で、困難を極めました。それには次のファクターを考慮しなくてはなりません。
  • I-131は継続的に崩壊するため、何年も前に採取した土壌サンプルを使って、現在測定するのが困難である。
  • 1950年代に放射線被爆を評価するのに使われたテクニックは、現代のものと比べると限度があり、I-131のみを測定するものではなかった。
  • 上層の大気中に放出されたI-131は風に乗ってアメリカ大陸全土およびアメリカ大陸以外の多くの地域に運ばれ、そのため推定値は天候の情報に大きく依存する。
  • ほとんどの検査はすぐ周辺の地域でのみ行われており、国内の他の地域のデータがない。
  • その人が被爆した時点の年齢により、受けた総線量が異なる。
  • この時期に各個人が取り込んだ汚染されたミルクやその他の食品などの被爆源とその量を推定しなければならなかった。
  • 被爆頻度および継続的被爆であるか、間欠的被爆であるかということは、推測にすぎない可能性があった.。
NCIの推定では、1950年代におおよそ1,600万人のアメリカ人がI-131の被爆を受け、その平均線量は1人当たり2ラドとなっています(ラドとはヨード化放射線から吸収されるエネルギーの単位です)。

しかし、一部の人、特にモンタナ州とアイダホ州のある田園地域に住んでいた乳児や小児は、12から16ラドもの被爆を受けていた可能性があります。宇宙線やその他の環境からの線源としての1人当たりのI-131平均累積線量は1ラドになります。研究では、診断用甲状腺スキャン(1回のスキャン当たり110ラド)で被爆するI-131の線量では、患者が甲状腺癌を生じるリスクは増加しないことがわかっています。

しかし、1986年のチェルノブイリの原発事故に関連したフォローアップ研究では、もっと低い線量のI-131に被爆した子供達の間で相当の甲状腺癌の増加があることが示されています。この増加はI-131だけによるものか、あるいは降下物中に存在するかもしれない他のアイソトープや化合物との組み合わせによるものかをはっきりさせるためには、さらなる研究が必要です。

NCIの研究では、1950年代の核実験で出たI-131放射性降下物からもっとも高い線量を被爆したのは、実験が行われた時期に乳幼児であり、自分のところの庭や牧場に飼われている牛やヤギのミルクを飲み、モンタナ州とアイダホ州の様々な田園地域に住んでいた人であるという結論を出しました。

IOMの勧告
甲状腺癌は発生率が低く、生存率が高いことから、IOM報告書では1950年代にI-131の被爆を受けた患者をルーチンにスクリーニングすることで、癌ではない甲状腺結節のある患者にまで不必要な手術が行われることになるのではないかという懸念を表明しています。さらに、この報告書ではI-131に関連した甲状腺癌の45%はすでに診断がついていることが示唆されております。IOM委員会は医師に患者の懸念を聞き、甲状腺癌の診断と治療についての事実を説明するように勧告しております。また、政府に一般大衆、医師、および保健課向けのパンフレットやインターネットのウェブサイトを含む情報とコミュニケーションプログラムを作成するよう提言しております。

さらに、委員会は様々な地域の甲状腺癌の研究を、I-131誘発性の甲状腺癌対自然発生の甲状腺癌;甲状腺癌の原因として内部照射対外部照射;放射線のリスクを説明する現在のプログラムの有効性を含め、行うよう勧告しております。

結 論
癌や放射線被爆という言葉はとても恐ろしいものであるはずです。手元にある中で、もっとも精度の高い推定では、放射性降下物から低線量のI-131の被爆を受けた人に甲状腺癌が生じるリスクが高くなっていることが示唆されています。幸いに、ほとんどの甲状腺癌の発育は遅く、生存率は非常に高いものです。放射線被爆と甲状腺癌の事実を説明できる医師が個々の患者のニーズを認識し、対処しなければなりません。診断用検査や治療について、患者と医師が落ち着いて、腹蔵なく話し合って決めるのであれば、個々の患者に対する最良の決断を一緒に行うことができます。 図
1951年から1962年までに、ラスベガスの北65マイルの所にあるネバダ州の核実験場で100近い核実験が行われました。

著作権(c)1999教育と研究のための甲状腺学会
Sherman博士と甲状腺学会のご許可を得て使わせていただきました。

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