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[005]
患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 9, No4

22:子供の甲状腺疾患 / Leslie Plontnick, M.D.

子供の甲状腺機能障害の徴候や症状は、多くの点で大人と同じです。しかし、ある種の重要な違いが生じます。以下に述べるケースでこれらの点を説明します。

甲状腺機能低下症
3年前に、10歳の女の子が発育不良の検査のために、かかり付けの小児科医からジョーンズホプキンス病院に紹介されてきました。彼女は正常な身長と体重で生まれ、6〜7歳までは正常に発育し、その年齢の子供の正常な成長範囲の中程にありました。両親の身長は平均的なものでした。7歳以降、彼女の成長は確実に遅くなり始め、その年齢の女児の正常な成長速度は年2〜2.5インチ(5〜6cm)であるのに、彼女は年に約1インチ(2.5cm)しか成長しませんでした。彼女の身長は正常範囲の中程から下方5パーセンタイル(5%)以下に下がりました。

この間に体重は増え続け、彼女は丸ぽちゃになったのです。両親は彼女の皮膚が乾燥し、便秘がだんだんひどくなることに気が付きました。このような問題があったにもかかわらず、彼女の小学校の成績は相変わらずよかったのです。

最初に診察した時、彼女は太り過ぎで、身長は明らかに正常以下でした。身体的検査では甲状腺の肥大は見られませんでした。皮膚は冷たく乾燥しており、ほとんど元気がありませんでした。原発性甲状腺機能低下症の臨床的な診断を下すのは、それ程難しいことではありませんでした。

検査値は予想通りの所見でした。サイロキシン(T4)レベルは1.5と非常に低く、TSHは100以上と非常に高くなっていました。抗甲状腺抗体は陽性で、この病気の原因が橋本病、であることを示唆していました。この病気は慢性の炎症性甲状腺疾患で、子供と大人のどちらにも甲状腺機能低下症を起こすことがよくあります。さらに、彼女の骨年齢(骨格の成熟度の測定値)は7歳で、実際の年齢より3年遅れていました。

通常の子供の投与量である1日に体重1kgあたり3〜5マイクログラムのサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>で治療が開始されました。数週間の間に検査値は正常に戻り、症状もなくなりました。彼女は劇的な成長を示し始め、最初の1年間に4インチ(10cm)も背が伸びたのです。成長を取り戻し始めると同時に、骨年齢も増加し始めました。しかし、一つ重要な問題が生じてきたのです。授業に集中することが難しくなり始め、成績が下がってきたのです。

この子供は、小児の甲状腺機能低下症に関するいくつかの重要な問題を例示しています。まず最初に、身長の伸びは甲状腺ホルモンレベルの低下にきわめて敏感なため、発育不良が表立った懸念となることがよくあります。骨格の成熟度、または骨年齢も遅れます。この子供の診断がつく前に3年間身長の伸びる速度が遅くなり、それに伴って同じ程度の骨年齢の遅れが見られたことから、約3年前から甲状腺機能低下症があったということがうかがえます。2番目に、甲状腺機能低下症の他の徴候や症状は徐々にしか現れてこないので、簡単に見逃されてしまいます。幸いに検査による診断は普通迅速で、はっきりしているので、すぐに確実な治療が行えます。患者は何週間かの間に気分がよくなり、何ヶ月かのうちに成長が追いつき始めます。

最後に、この子供は甲状腺ホルモン補充治療でよく知られているとおりの経過を経験しています。長いこと甲状腺機能低下症であった後に甲状腺が正常状態になってくると、元気がよくなって注意力が散漫になり、学校で授業に集中できなくなってくることがあります。そして、学校では行動上の問題が起こってくることがあります。したがって、子供の先生に診断や治療、および起こりうる影響などを必ず知らせておくようにすることが大事です。

時間が経てば、このような学校での行動上の問題はなくなってきます。付け加えておかねばならない点は、甲状腺機能低下症が長く続いた後では、成長の追いつきが完全でないことがあり、最終的に伸びるはずであった身長にまで達しないことがあります。

この後天性甲状腺低下症のケースとは対照的に、先天性甲状腺機能低下症は4,000回の出産毎に1人の割合で生じます。これはほとんどが甲状腺の一部、または全部が欠損しているためのものです。この形の甲状腺機能低下症は臨床所見から診断がつくことはめったにないので、今ではアメリカ合衆国すべての州で新生児スクリーニング検査の一部として、甲状腺機能低下症のスクリーニングを行なっています。これは、先天性甲状腺機能低下症が治療されないままであれば、精神発達遅滞を起こすからです。しかし、このスクリーニングで見つかった乳児は、生後2〜3週間までに治療を行うことができ、正常な知能を獲得することができます。

子供の甲状腺機能について重要な点がもう2つあります。まず、正常なT4とT3のレベルは年齢によって様々に異なり、そのため検査を正しく解釈するためには年齢に応じた正常範囲を知っておく必要があります。例えば、14.5のT4レベルはティーンエイジャーまたは成人では上昇した値ですが、14歳では正常な値です。
2番目に、年齢が低いほど、体重1kgあたりのサイロキシンの投与量が高くなります。
新生児は1日体重1kgあたり15マイクログラムが必要ですが、年齢のいった子供では3〜5マイクログラム、成人では1〜3マイクログラムです。

甲状腺機能亢進症
11歳の女の子は、暖かく感じたり、神経質、記憶障害、また学業成績の低下などの症状が1年間続いていました。彼女は1日に約12時間眠り、下痢や体重の減少は否定しました。家族歴は甲状腺機能亢進症と低下症の両方が陽性でした。彼女は身長の伸びが早くなり、正常な成長速度をわずかに上回っていましが、体重はまったく増えていませんでした。かかりつけの小児科医は目の突出や甲状腺の肥大に気付き、血液検査の結果が得られました。T4とT3はかなり上昇しており、TSHは下がったままでした。したがって、バセドウ病による甲状腺機能亢進症という診断がなされ、抗甲状腺剤であるメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>を使って治療が始められました。

子供の甲状腺機能亢進症の徴候や症状には、甲状腺腫、神経質、頻脈や収縮期高血圧、食欲が増すにもかかわらず体重が減る、目が突き出す、手のふるえ、排便回数の増加または下痢、暑さに耐えられない、成長速度の増加、学校の成績に影響を与える可能性がある睡眠や行動の障害などがあります。多くの患者と同じように、この女の子も丁寧に問診したのですが、そのような所見が2〜3あっただけでした。子供の甲状腺機能亢進症は、大人とまったく同じで、バセドウ病によるものがいちばん多いのです。

子供の甲状腺機能亢進症の治療は、普通、抗甲状腺剤(PTU<注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)>またはメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>)を使って始められます。もし、副作用のために抗甲状腺剤の治療に耐えられない場合や薬の服用に問題がある場合(ティーンエージャーにはよく見られることです)、あるいは何年もたって病気の活動性が落ちないため、投薬を続ける必要がある場合、放射性ヨードを使った治療もうまくいきます。外科的な甲状腺切除も選択肢になりますが、他の2つの治療法に比べ使われる頻度は少なくなります。

まとめとして、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症のどちらも、大人では問題とならないような特殊な影響を子供に及ぼします。これらは成長や行動、および学校の成績に関係してきます。甲状腺ホルモンレベルが増えても減っても、その異常がこれらのファクターに重大な影響を与える可能性があることを知っておく必要があります。

Leslie Plotnick医師は、ジョーンズホプキンス大学医学部小児科の助教授で、著明な小児内分泌病専門医です。

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