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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 10, No1

10:甲状腺と生殖系 / Loren Wissner Greene, MD., F.A.C.P., F.A.C.E.

月経、生殖能および妊娠の障害
甲状腺機能の活動し過ぎや不活発な状態がごく些少で、全く疑われないことが時にあります。時々、甲状腺機能異常の唯一のはっきりした症状が月経や生殖の異常である場合があります。ここでは活発すぎる甲状腺(甲状腺機能亢進症)や不活発な甲状腺(甲状腺機能低下症)のある女性での、甲状腺と生殖系の相互関係について述べたいと思います。
思春期と月経
思春期(初潮を伴う)は、ほとんどのアメリカ人の女の子で普通10歳から15歳の間に起こります。甲状腺ホルモンのレベルが高いか、低い場合、9歳以前に起こる非常に早い思春期(早発性思春期)あるいは思春期が15歳以降に起こる思春期開始の遅れ(遅発性思春期)のどちらかを含む月経の異常を起こすことがあります。甲状腺ホルモンのレベルが月経に影響する理由は、部分的にしかわかっていません。

思春期以前の子供時代に甲状腺機能亢進症が起こると、初潮の遅れに結びつくことがいちばん多いのですが、思春期早期に甲状腺機能亢進症が起こる場合は、最初の月経が早く始まることがあります。甲状腺機能亢進症や早発性思春期が組み合わさった、骨や卵巣を冒すマックーン−アルブライト症候群(線維性骨異形成症)と呼ばれるまれな病気があります。

思春期に甲状腺機能低下症が起こると、思春期が遅くなることに結びつくことがいちばん多いのです。非常に希ですが、脳下垂体の肥大やプロラクチンと呼ばれるホルモンの過剰産生のようなその他の脳下垂体の異常を伴い、早発性思春期に関連してくる子供の甲状腺機能低下症があります。

月経が一度始まった後では、甲状腺ホルモンのレベルが高かったり低かったりする異常により、月経が非常に少なくなったり、ひどくなったり、あるいは不規則になったり、完全に止まったりすることがあります。甲状腺機能亢進症では、月経の回数が減り、量も少なくなることが多く、止まってしまうこともあります。甲状腺機能低下症では、月経の回数や量が非常に多くなり、時には貧血を起こすほど出血が長引くこともあります。

ターナー症候群は卵巣が正常に形成されず、卵子を含まない遺伝病です。ターナー症候群の女の子は、女性ホルモンで治療を受けなければ月経がありません。ターナー症候群の女性では甲状腺機能低下症のある確率が高くなります。

排卵と生殖能
甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症で排卵、または卵子の放出が妨げられることがあります。
排卵は大体月経周期の半ば、すなわち月経が始まってから約14日後に起こるのが普通です。妊娠が起こるためには、卵子が卵巣から放出され、精子で受精されるため、卵管を子宮に向かって下って行かなければなりません。

排卵後、卵子を放出した内膜細胞は通常ではプロゲステロンというホルモンを分泌し始めます。
プロゲステロンは子宮が受精した卵子を受け入れるよう準備をします。プロゲステロンはまた、ごくわずかですが体温を上昇させます。この華氏で0.6度程(摂氏0.3度)の体温の変化は、非常に鋭敏な体温計(基礎体温計)で測ることができ、排卵が起こったことを示す指標として使われます。

もう一つの排卵の指標は、排卵の直前に起こるLH(黄体形成ホルモン)という脳下垂体ホルモンの上昇です。LHの上昇は、尿排卵検査キットで確認することができます。甲状腺ホルモンが多すぎても少なすぎても排卵が起こらないことがあります。基礎体温の上昇がなく、LH検査キットではLHの増加が見られません。排卵がなくても、月経は正常に起こることがあります。したがって、甲状腺の病気が潜在している場合、唯一の症状が不妊である可能性があります。

甲状腺機能低下症では、卵巣に嚢胞ができる(多嚢胞性卵巣)リスクも高くなります。この病気では生殖能も減少します。

甲状腺機能低下症では、甲状腺をもっと働かせるため、TSH(甲状腺刺激ホルモン、サイロトロピン)という脳下垂体ホルモンのレベルが上昇します。重篤な甲状腺機能低下症の女性では、プロラクチンという脳下垂体ホルモンのレベルも上昇することがあります。プロラクチンのレベルが高いと、妊娠や出産に関係なく、乳汁の産生が起こります(乳汁漏出症)。さらに、プロラクチンのレベルが高いことで、正常な排卵が妨げられ、妊娠しにくくなることがあり、時に月経が不規則になったり、無月経を伴う場合があります。プロラクチンの上昇は、脳下垂体からプロラクチンとTSHの放出を促すTRH(サイロトロピン放出ホルモン)と呼ばれる視床下部から出るホルモンの増加のためと思われます。

妊 娠
妊娠中の甲状腺機能亢進症が治療されなければ、流産のリスクが高くなります。妊娠中の甲状腺機能亢進症は、内分泌病専門医の手で、低用量のPTU(プロピルチオウラシル)という薬を使って治療されるべきです。この薬は胎盤を通過し、胎児に副作用を起こす可能性がありますが、薬の量が適切に管理されておれば、新生児に対する危険性はほとんどありません。

未治療の甲状腺機能低下症は、早期流産(医学的には妊娠12週までの流産)や早産、そして死産のリスクの増加にも関わっています。

甲状腺ホルモンで不活発な甲状腺の治療を受けている間に妊娠したら、妊娠して、まず最初の12週にそれから数回の甲状腺ホルモンレベルの再チェックを受ける必要があります。妊娠が正常に進むにつれ、甲状腺ホルモンの投与量を増やす必要があることが多いからです。

甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症を適切に治療すれば、妊娠中の甲状腺疾患に関連したリスクは減少するはずです。

産後うつ病
産後うつ病の治療可能な原因で、いちばん多いものは、おそらく産後甲状腺炎あるいは無症候性甲状腺炎と呼ばれるタイプの甲状腺の炎症でしょう。この甲状腺の病気は出産後の女性の5〜10%に起こる可能性があり、ほとんどの人は以前に甲状腺の病気に罹ったことがなく、そのため疑いもしないのです。アジア人の女性や糖尿病の病歴のある女性により多く起こります。

この病気の女性では、出産後6から12週間続く、短期間の甲状腺機能亢進症の発現があり、その後数ヶ月にわたって甲状腺機能低下症になります。この甲状腺機能低下症は、自然に治ってしまうことが多いのですが、無症候性甲状腺炎のある女性の約4分の1は甲状腺の機能が低下したままとなります。正常な女性のほとんどは、出産後に月経がありません。残念ながら、その他の症状、例えば疲労、体重がなかなか減らないこと、気分の変わり易さなどは忘れられたり、あるいは見逃されたりする可能性があります。そして、医師の観察力が鋭く、血液検査による甲状腺機能のチェックが行われない限り、中には治療されないままの女性もてきます。ごくわずかな甲状腺の病気を検知する方法の中でいちばん感度が高いのは、血液中のTSHレベルを測ることです。

月経前症候群(PMS)
月経前症候群(PMS)の一部の症状は、甲状腺機能低下症の症状と重なり合うことがあります。これらの症状には、鼓腸や体重増加、水腫、気分の変わり易さ(うつ、いらいらしやすい)、性欲の変化、睡眠障害、疲労、倦怠感および便秘などがあります。PMSのある甲状腺機能不全の女性では、甲状腺ホルモンによる治療で症状の改善をみることがあります。この治療は、PMSのある女性のほとんどで効果がないため、この問題に苦しんでいる人は、別の治療法を求める前に甲状腺機能のチェックを受ける必要があります。

性的機能
甲状腺機能亢進症と甲状腺機能低下症のどちらも情緒障害と性的欲求(性欲)の減退に関連があります。

更年期
ほとんどの女性は40代後半から50代前半にかけて、規則的に月経がこなくなり、更年期に入ります。これは甲状腺機能低下症の発症のピークと同じ時期です。甲状腺機能亢進症、または甲状腺機能低下症のある女性では、月経の回数の減少、または無月経を伴う更年期の発現が早くなることがあります。40歳前に更年期が始まった場合は、“早発性更年期”とみなされます。

不規則な月経、あるいは無月経、暑さに弱い、“顔のほてり”、不眠、および気分の変わり易さなどの甲状腺機能低下症の症状は、更年期の症状と重なり合い、紛らわしいことがあります。甲状腺の病気の治療で、正常な月経周期が何ヶ月、あるいは何年も戻り、更年期と思っていたものが“逆行”することもあります。

月経が回復することは、女性ホルモン(エストロゲン)のレベルが正常になることであり、体の骨密度の維持や骨粗鬆症のリスクを減少させるのには重要なことです。

結 論
まとめてみますと、甲状腺ホルモンの異常が原因で、思春期の時期の異常(早発および遅発)、月経の異常、生殖能の問題などが起こることがあります。未治療の甲状腺機能亢進症や甲状腺機能低下症で、妊娠中の合併症が起こることがあります。不顕性の甲状腺の病気が原因である産後うつ病のケースは相当な割合になると考えられます。一部の女性では、甲状腺の機能不全が時にPMSや性的機能に伴う問題を生じると思われます。甲状腺の病気のため、更年期が早く始まったり、早発性更年期の発現をみることがあります。

女性や主治医が甲状腺疾患の可能性に考慮を払わなければ、多くは見逃されてしまう可能性があります。

Loren Wissner Greene医師は、ニューヨーク大学医学部の内科臨床助教授です。

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