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患者さんとの橋渡し【Bridge】 Bridge; Volume 12, No3

02:バセドウ病における甲状腺に関連した目の問題 / Richard L. Dallow, M.D.
第1部…この障害の性質と経過

甲状腺の病気に伴って起こる目の合併症は、予測できないことがあり、しかも目の過敏状態や腫れ、光過敏症、および大きく見開いたような外観を呈するものから、頻度は少ないもののもっと重篤な複視、角膜糜爛、視神経障害まで様々な程度の症状を現します。最初の症状が一番多く、しかも厄介なものです。もっと進んだ症状は目に永久的な変化を生じ、視覚を脅かすことがありますが、幸いにそのようなことは甲状腺の病気を持つ人のごく少数にしか起こりません。ここでは患者からいちばん多く質問を受けることについて述べることにします。
  • 何が原因で目が過敏になったり、腫れたり、出っ張ったりするのですか?
  • このような状態はどれくらい続くのですか?
    また目はいつもとの正常な状態に戻る、あるいは少なくともこれ以上悪くならなくなるのでしょうか?
  • 甲状腺が治った後になぜ前より目が悪くなるのですか?
  • 甲状腺の病気の人が皆このようにならず、なぜ私に起こるのですか?
  • 目が見えなくなるのでしょうか?
  • 予防はできるのですか?
  • 進行を止めたり、あるいはもとに戻すことはできますか?
  • どのような治療法があるのですか。また、よくなる確率はどれくらいですか?
  • 目の状態はどのように観察されるべきでしょうか?
これらの質問に対する答えを理解するためには、この病気の基礎にある自己免疫や、目に起こる変化のタイプや範囲、またこの問題の自然経過についての情報が必要です。第1部では、バセドウ病で起こる目の変化の性質や経過について述べます。この後に続いて出されるTFAブリッジに掲載予定の第2部では、治療方法と結果について述べる予定です。

目の問題とバセドウ病の背景
甲状腺機能亢進症に伴って生じる目の問題については、今から160年以上も前にアイルランド、ダブリンのロバート. グレーブス医師により記載されています。
今では、バセドウ病が自己免疫疾患であることが知られていますが、この "自己免疫"とは体の免疫系が自分自身の体の組織に対して反応することで、グレーブス病の場合はこの反応が主に甲状腺組織に対して起こるのです。先天性(遺伝性)やストレス、喫煙など、悪化させる因子は2〜3認められていますが、これがなぜ起こり、また何がこれを起こすきっかけとなるのかはわかっていません。
バセドウ病で産生される抗体は、甲状腺細胞に対して作用するだけでなく、目の後ろにある組織(筋肉、脂肪)に対しても作用しますが、手や足の皮膚に対して作用することはめったにありません。これらの特定の組織に対して自己免疫反応性を持つ理由はまだわかっていません。おそらく、これらの組織の間にある、まだ確かめられていない類似性に関連していると思われます。
甲状腺疾患のように、目の合併症には、一部甲状腺や目の組織に集積する白血球(リンパ球と呼ばれます)が介在しています。これらの細胞は抗体を産生し、それが局所組織の炎症と体液の蓄積を起こし、その結果その組織の機能に異常が起こります。結合組織の細胞(線維芽細胞と呼ばれます)も複合タンパクを放出することにより反応します。
甲状腺では、この結果活動が活発になり過ぎ、甲状腺ホルモンの放出量が増えるのが普通です。目では、この免疫反応が目の後ろの筋肉や脂肪(眼窩組織)の腫れを起こし、その結果瞼が引き上げられ、目が前に突き出し(突眼または眼球突出と呼ばれます)、また時には目の筋肉や視神経の弱化が起こります。

合併症のパターン
目の問題のほとんどは、起こるとすれば甲状腺機能亢進症の発病から18ヶ月以内に生じます。しかし、このパターンにも例外がいくつかあります。ごくまれに、バセドウ病の眼疾患が、甲状腺の機能低下を来たすもう一つの自己免疫性甲状腺疾患(橋本甲状腺炎)で起こることがあります。時に、甲状腺の機能は全く正常なまま、目だけに症状が出る場合もあります(甲状腺機能正常性バセドウ病と呼ばれます)。これらの観察から、目に問題が起きるのは甲状腺機能亢進症が原因ではなく、むしろ自己免疫性甲状腺疾患に密接な関わりがあるという事実がはっきりしました。
目に合併症を起こすバセドウ病患者の数は、40%から100%と見積もられていますが、これは使用する基準により違います。例えば、明らかな目の問題、あるいは症状が認められるバセドウ病患者は40%に過ぎませんが、バセドウ病患者の目をもっと感度の高い画像検査法、CATスキャンや磁気共鳴映像法(MRI)、または超音波を使って検査すると、患者の100%近くに異常が認められるのです。甲状腺と眼窩組織はそれぞれ自己免疫プロセスの2つの部分を表わしていますが、互いに直接影響し合うことはありません。つまり、甲状腺の問題を治療しても、目の病気が治るわけではないことを理解することが重要です。これは潜在する自己免疫プロセスがまだ活動しており、それが直接目を冒し続けているからです。
甲状腺の治療が目に及ぼす効果についてはまだ議論の余地があります。甲状腺機能亢進症は、抗甲状腺剤、経口放射性ヨード、または外科的な甲状腺切除で治療されると思われますが、それぞれの治療が目に及ぼす効果については専門家の間で意見の一致が得られていません。放射性ヨードにより甲状腺組織に損傷を与えると、自己免疫反応を刺激して目の問題を悪化させるのではないかと感じている医師もいます。甲状腺機能亢進症から甲状腺機能低下症への突然の変化も、目の変化を進行させる可能性があります。放射性ヨードの投与を受けている特定の患者への慎重なコーチゾンの使用とともに、甲状腺に対する治療と甲状腺ホルモン剤の補充療法のバランスを注意深くとっていくことで、普通は目に対する影響を最小限に抑えることができます。

活動期および慢性期
バセドウ病の目の合併症は、大きくわけて2つの時期を経て起こってきます。
最初の“活動期”はある程度の進行を伴う炎症と充血が起こる時期で、普通1年から5年にわたります。2番目の“慢性期”は、目に永久変化が生じ、それが安定する時期です。第2期までに目の問題がそれ以上進行することはなくなり、また元に戻ることもありません。
治療の方法は、部分的にはその時の患者の病期により決められます。活動期の徴候や症状に対しては、抗炎症治療(コーチゾン投薬または局所的放射線照射治療)を行うことや、視力を保つために十分な注意を払ってモニターすることが必要でしょう。もし、視力が脅かされる場合は、時に目、または眼窩の手術が必要となります。慢性期の治療には、複視や角膜露出、過度の眼球突出、および美的外観が損なわれるような、受け入れがたい永久的な目の変化に対する外科的処置が関わってきます。

Wernerの分類
バセドウ病の目の変化に関する有益な分類法が1969年に、当時ニューヨーク市のコロンビア大学内分泌学者であったSidney Werner医師により考案されました。
そして今でも教材として使われています。Wernerの分類は、病気の重篤度の進行を示すものですが、目の変化はこの厳格な順位に必ずしも従っていません。たくさんのバリエーションや分類の段階のいくつかが抜けているように見える微妙な区分の違いがあります。このような限界があるにもかかわらず、Wernerの分類はバセドウ病から生じる目の合併症の数種類の構成要素や段階を考察する上での基本的な枠組みを与えてくれます。ここでは、目の変化はおそらくもっとわかりやすくなっているはずです。
クラス1
Wernerのクラス1は、甲状腺機能亢進症に伴う初期のもっともよく見られる目の変化を指しています。上瞼が上がり、そのため患者は大きく目を見開いたようになります。この眼瞼のめくれ上がりは、甲状腺ホルモンの過剰により、眼瞼の筋肉が刺激され、眼瞼が継続的な痙縮または緊張状態におかれるために生じるものです。眼瞼の後退が片側だけに現れることがあります。
病気のもっと後の段階では、眼瞼の筋肉の炎症とその結果生じる瘢痕のため、眼瞼の後退がそのまま残る場合があります。瞼が後退するため、目が飛び出したような誤った印象を与えます。そして、目が過度に空気にさらされるため、目の乾きや過敏といった症状が起きることがあります。 バセドウ病患者の約10〜15%はクラスUとクラスVの眼疾患も起こしますが、甲状腺機能亢進症の治療がなされた後、普通眼瞼の後退は治ります。
クラス2
クラス2では、眼瞼の軟組織が腫れます。この腫れは、甲状腺の活動が活発すぎることからくるというより、目の後ろ側で起こる自己免疫過程によるものです。瞼の腫れは目の後ろ側の圧が高まり、水分が瞼や目の周辺組織に蓄積することと膨張した脂肪が瞼を通じて突き出してくることが組み合わさって起こります。
クラス3
クラス3は目が突き出した状態で、突眼または眼球突出とも呼ばれます。目の後ろ側の膨張した脂肪と筋肉が眼球を前に押し出し、目が過度に露出することから起こる過敏症状だけでなく、圧迫感も生じます。

希であるがより重篤なもの
バセドウ病のより重篤な目の合併症は、Wernerの分類でクラス4となっている視力の障害で、これには目の筋肉が冒されることや複視があります。クラス5は、角膜が無防備となって潰瘍を生じる可能性が高まり、クラス6は、視神経が冒されて視力が減退します。幸いにこれらの合併症は希なものですが、起こった時は治療をしなければなりません。
クラス4
クラス4は、目を回旋させる眼球外部の筋肉が冒されるもので、これらの筋肉が腫れたり、炎症を起こしたり、あるいは正常な機能や目の動きを損なうような程度の瘢痕を生じたりした時に起こります。目の筋肉のアンバランスは“斜視”と呼ばれます。2つの目の動きは、12個の独立した筋肉が精密な役割分担をしながら働くことによりコントロールされています。何らかの原因で、これらの筋肉の一つ以上が弱まると、複視(二重視)が起こります。一致しない2つの別々の像が見える状態です。
バセドウ病で起こる目の病気では、筋肉が一様に腫れず、その代わり一部の筋肉が他のものより余計に腫れ、見つめる方向によって様々に変わる複視が生じます。片方の目を被って、2つの像の内の一方を消すことができますが、奥行き知覚や周辺視力の一部も変化します。これらの影響は訓練によって補正することができます。
クラス5
クラス5は角膜が冒されるもので、角膜が長いこと瞼で適切に被われることなく、露出した状態にある時に起こります。これにより、角膜表面の乾燥と欠損が起こり、角膜が摩擦や潰瘍形成、感染に弱くなります。このため、表面に瘢痕が生じ、部分的に視野が遮られます。潤滑点眼薬や軟膏のようなものを使って、角 膜保護に特別の注意を払うようにしなければなりません。
クラス6
クラス6は、視神経が冒されるもので、バセドウ病ではもっとも重篤な目の合併症です。視神経には光を目の後方(網膜)から脳に運ぶ役割があります。
この視神経が腫れた目の筋肉や脂肪で圧迫されることにより、まず周辺視力が失われ、次に中心部の視力が失われます。治療をしないままで放置すると、視力が永久に失われてしまうことがあります。早期治療により、ほぼ確実に視神経の正常な機能を取り戻す効果をあげることができます。

バセドウ病による目の問題の検査とフォローアップ
もし、あなたに目の合併症と思われる症状があれば、眼科医(内科的と外科的治療のスペシャリスト)は目の一般検査と特別な検査をいくつか実施します。検査には、視力検査、色覚、周辺視力、眼圧、瞼の位置、眼球突出の測定が含まれます。また、目の筋肉の機能や同調性、角膜と視神経の状態も調べられるでしょう。
特別な診断用検査を受けるよう勧められることもあります。これは超音波やコンピューター断層撮影(CTスキャン)、磁気共鳴映像法(MRI)などを使う軟組織の画像診断で、すべて目の後ろ側の筋肉や脂肪の腫れの量を見るためのものです。これらの検査により、目の突き出しを起こす可能性のあるその他の病状も見分けることができます。これらの検査は必ず使われるというわけではありませんが、病気が進んだ徴候が出たり、診断に何らかの疑いがある時にはいつでも役に立つものです。
眼科医による長期にわたる目の経過観察を受けることは非常に大事なことです。
目の疾患は、根底にある自己免疫活動がおさまると実際に、自然寛解するものです。ほとんどの患者では、クラス1、2あるいは3の病気の存在している時、そのある時点で、活動期は終わります。これまでに目の筋肉や角膜、あるいは視神経の合併症を起こす患者はほとんどいません。この活動期は、慢性の永久期に達する前に、1年から5年以上続くことがあります。目の変化は事実上進行が止まるのですが、ひとりでによくなったり、消えてしまうことはありません。

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