情報源 > 患者情報[002]
07
オリジナル→
[002]
米国甲状腺協会及び米国甲状腺学会から出版されている患者向けパンフレット

07:高齢者の甲状腺疾患
年を取ることは体全体に影響します。したがって、老人が病気にかかった場合、多くの病気は違う症状を示したり、異なった病型をたどったり、また異なった治療を必要としたりするのです。甲状腺の病気も例外ではありません。60歳以上の患者では、甲状腺に関する問題が非常に多いのです。そのような病気が起きた時は、医師は診断に大変苦労する可能性があります。患者自身が病気に気付いていないことさえあり、病気の経過や現れ方が若い患者のものとは異なることがよくあります。

甲状腺機能亢進症
甲状腺機能亢進症は、老人ではありふれた病気です。多くの場合、症状は典型的なもので、神経質になったり、動悸が早くなったり、発汗、震え、体重減少などが起こります。しかし、老人の甲状腺機能亢進症でいちばん目立つ特徴は、患者にあまり症状が出ないということです。甲状腺が大きくなっていなかったり、神経質になったり、または暑さに弱くなったことを訴えないことが多いのです。また、食欲があるのにやせてくるといった普通の病像ではなく、むしろ老人では食べ物に対する欲求が薄れるため、体重が減少してくるというのがごく普通なのです。実際、甲状腺機能亢進症を持つ老人の多くが、正しい診断が下される前に鬱病または癌と見られているのです。
したがって、老人では、現れている特徴が、若い人に普通見られる所見と一致しないことがあるため、甲状腺機能亢進症が簡単に見逃されてしまうことがあるのです。医師は、情動性の病気であるように見える人だけでなく、息切れや心悸亢進、神経質、衰弱、食欲がなくなるなどの多彩な症状を訴える患者においては、甲状腺機能亢進症の可能性があることを考慮しなければなりません。幸いに、甲状腺機能亢進症のために問題が起きている患者は、簡単で安い血液検査を使って大体見分けることができます。

甲状腺機能亢進症の診断はどのようになされるのですか?
医師が老人患者の甲状腺機能亢進症を診断するのに使う方法は、普通簡単なもので、若い患者に使われているものと同じです。血液検査では、血清中の甲状腺ホルモンの濃度が高く、下垂体からのTSH(甲状腺刺激ホルモン)のレベルが低くなっていることがわかります。放射性ヨードのスキャンでは、甲状腺全体の活動が活発になり過ぎているのか、それとも機能が活発になり過ぎた結節が1つまたはそれ以上存在しているのかということがわかります。

いちばん良い治療法はどんなものでしょうか?
甲状腺機能亢進症の治療法はどの年齢でも同じですが、時々他の医学的問題があるため、医師がすこしばかりやり方を変えることがあります。ほとんど全部と言ってよい程放射性ヨード治療が選択されます。これは、安全で投与が簡単であるためです。これはカプセルを服用するだけです。 甲状腺の組織を傷害することによって1ヶ月から2ヶ月後に治療の効果が出始め、甲状腺で作られる甲状腺ホルモンの量が減ってきます。甲状腺ホルモンのレベルが正常に戻った後、最初の6ヶ月が過ぎてからは1年に1回か2回再検査を受ける必要があります。
しかし、ほぼ患者全員に放射性ヨード治療の後に甲状腺機能低下症(甲状腺が不活発になった状態)が起こってきます<注釈:アメリカではアイソトープの投与量が多いので、低下症の割合が高いようです。日本では、10年経って約50%が低下症になります>。これは、治療後最初の1年の間に起こるのが普通ですが、いつでも起こる可能性があります。このため、生涯にわたる甲状腺の機能の監視が不可欠なものとなります。
時たま、活発になり過ぎた甲状腺の活動を抑えるためプロピルチオウラシル<注釈:PTU。日本ではチウラジールまたはプロパジール>やメチマゾール<注釈:日本ではメルカゾール>などのような抗甲状腺剤を選択することがあります。これらの薬剤は、甲状腺がヨードを利用できなくするものです。甲状腺ホルモンを作るのにヨードが必要なため、そのような治療を始めてから10日から2週間位で甲状腺ホルモンのレベルが下がり始め、わずか4週間から6週間で正常になることもあります。普通、これらの薬剤は患者が薬を飲んでいる間は甲状腺のコントロールをするのですが、薬を止めると患者の多くは再び甲状腺機能亢進症になります。さらに、これらの薬剤には、まれな副作用である発熱や、蕁麻疹、および白血球数の低下などを起こすことがあるため、老人では放射性ヨード程には使われていません。
活動が活発になり過ぎた甲状腺結節(または甲状腺全体が活発になり過ぎている時は甲状腺のほとんど)を手術で取り除いてしまう方法は、甲状腺機能亢進症のもう一つの治療法です。しかし、気管や食道を圧迫して、患者が呼吸したり、物を飲み込むのが困難な程甲状腺が大きくなっているのでなければ、手術が必要なことはめったにありません。

老人患者での抗甲状腺剤の特殊な使い方
前に説明したような欠点があるにもかかわらず、老人の甲状腺機能亢進症患者では、抗甲状腺剤には大切な役割があります。抗甲状腺剤は、放射性ヨード治療の前に使われることが多く、特に不整脈や胸痛(狭心症)のような他に医学的問題を併せ持つ甲状腺機能亢進症の患者ではそうです。これは、放射性ヨード治療の後に血液中の甲状腺ホルモンのレベルが一時的にさらに上昇することが時にあるためで、傷害を受けた甲状腺から貯えられていたホルモンが漏れ出すことによるものと考えられています。若い人はこの事によって影響を受けることはありませんが、重い心臓病がある老人患者では、わずかな甲状腺ホルモンのレベルの一時的な増加でさえ、合併症を起こす可能性があります。抗甲状腺剤を使った予備治療は、このようなことが起こるのを予防します。さらに、医師がベータアドレナリン遮断剤(例えばインデラール、コルガード<注釈:日本ではナディック>、テノーミン、ロプレソール)の内の1つを処方することがよくあるのですが、これは体の組織に対する血液中の甲状腺ホルモンの作用を遮断することにより、症状を軽くするものです。その後に、甲状腺の状態が一時的に悪くなる可能性があっても、放射性ヨードを安全に投与することができるのです。
要するに、老人患者の甲状腺機能亢進症は、現れる症状がわずかであるか、幾分変わっていることがあるため、診断が難しいことが多いのですが、一度その疑いが持たれれば、診断の確定は簡単です。放射性ヨードはもっとも簡単で、安全な治療法と考えられています。

甲状腺機能低下症
老人患者では甲状腺機能低下症もまた診断が難しいことがあります。甲状腺の衰えの最初の徴候は、血液中の甲状腺刺激ホルモン(TSH)レベルの増加です。TSHは下垂体で作られるホルモンで、甲状腺を刺激して甲状腺ホルモンを作るようにさせる働きがあります。甲状腺の機能が落ちてくると、下垂体はTSHの産生を増やして反応します。
大きな集団での調査では、65歳以上の女性の10人に1人は血液中のTSHのレベルが正常値を超えていることがわかっています。ほとんどの人は何の症状もありませんが、これはすべて甲状腺機能低下症の始まりなのです。このような人には、甲状腺機能低下症の症状が明らかになってきたら、甲状腺ホルモン剤による治療ができるように注意深く経過を見ていく必要があります。医師の中にはごく軽い病状でも治療を行なう人がいますが、これは少量の甲状腺剤の投与を受けて、前よりよくなったと感じる患者がいることを示す研究がいくつかあるためです。
症状は老化の過程にそっくりなことがあります。困ったことに、老人の甲状腺機能低下症の症状は“正常な老化”と非常に間違われやすいのです。そのため、徐々に甲状腺機能低下が進んでいる老人は、声がしゃがれるとか皮膚の乾燥、耳が聞こえない、筋肉がつる、手のしびれや脱力、歩行が不安定、貧血、便秘などの多彩な症状があるため、いろいろな専門医にかかっていることがあります。なぜそのような漠然とした、特徴のない症状が老化の過程のためと思われることが多いのか、その理由は簡単にお分かりになると思います。

甲状腺のスクリーニングの必要性があると思われる関連疾患
医師は甲状腺機能低下症が老人には非常に多いのですが、身体的検査のみでは見分けるのが極めて困難であることを知っています。医師が老人の集団内のある患者に対し、甲状腺機能低下症のテストを行なうかどうか判断する材料となるような手がかりがあります。これには、若白髪や眼球の突き出し(眼球突出症として知られています)、インシュリンで治療する必要のある若年型糖尿病、慢性関節リューマチ、悪性貧血(ビタミンB12の欠乏によって起こります)、白斑として知られている無害な皮膚の白い斑点、そして円形脱毛症として知られている部分的な毛髪の喪失などがあります。これらの疾患やその他の医学的問題が患者か、患者の近親者のどちらかにあれば、その患者は甲状腺機能不全を起こしてくる可能性が高いのです。丁寧に家族歴を聴取することにより、医師は甲状腺機能不全を起こす危険性がいちばん高い人を見分けることができ、甲状腺機能低下症の身体的徴候はなくても甲状腺の検査を行なうことができるのです。

甲状腺機能低下症はどのようにして診断するのですか?
幸いに、甲状腺機能低下症の診断のために必要なラボ検査(検査室で行なう検査)は簡単で、安く、若い患者に使われるものと同じです。
血液サンプルを1本採り、甲状腺ホルモン、サイロキシン(T4)、および下垂体甲状腺刺激ホルモンの濃度が測定されます。明らかな甲状腺機能不全の徴候のある患者では、T4の減少とTSHの増加を同時に示すのが普通です。中には、甲状腺機能不全が始まったばかりで、TSHの増加のみを示す患者もいます。患者の多くは、甲状腺に対抗する抗体のレベルも上昇しています(“抗甲状腺抗体”と呼ばれます)。

どんな人が治療を必要とするのですか?
明らかに甲状腺機能不全である患者は治療が必要です。しかし、TSHレベルだけが増加しており、甲状腺ホルモンのレベルがまだ正常である人に治療が必要であるかどうかは、はっきりしていません。長期のフォローアップを行なった研究が一つありますが、それによると、TSHが高い老人患者の約20%が毎年、真性の甲状腺機能低下症に進んでいることが示されています。このことから、元気で、TSHレベルだけが高い患者は、甲状腺機能低下症になっていないかどうか確かめるため、毎年再検査をうけるべきであるということが示唆されています。TSHが高く、なおかつ血液中に抗甲状腺抗体のある人は、甲状腺機能低下症になる確率がいちばん高いのです。
その一方で、ごくわずかなTSHの上昇しかない患者の中には、TSHレベルを正常にするために十分な量の甲状腺ホルモンを毎日服用すると実際に気分がよくなる人もいます。研究では、TSHのレベルが上がっているだけの人の中に、甲状腺ホルモンにより、疲労や便秘、活力が乏しいなどの症状が改善する人があることが示されています。このため、医師の多くがTSHレベルが上昇しているどの患者にも甲状腺ホルモンを試してみることを勧めるようになりました。
甲状腺ホルモンは少量から始めます。老人患者では、甲状腺機能低下症の治療は細心の注意を払って行なわねばなりません。ほとんどの患者は何ヶ月、あるいは何年もはっきりした症状なしにこの病気にかかっており、大部分は特に病気だとは感じていないのです。さらに、必要な甲状腺ホルモンの量はそう多くないのが普通です。
甲状腺機能低下状態は体内の化学反応の速度を遅くするため、甲状腺ホルモンは正常な場合に比べてゆっくり消費されます。したがって、ほとんどの医師はわずか1日25マイクログラムのサイロキシン(T4)で治療を始め<注釈:チラージンS半錠です)、血液中のTSHレベルが正常範囲に下がるまで、毎月25マイクログラムずつ投薬量を増やしていくようにしています。心臓病の患者では、さらに低い量で始め、もっとゆっくり量を増やしていくことが必要な場合があります。患者すべてに長期にわたるフォローアップを行なうことが絶対に必要です。甲状腺の機能は低下し続ける可能性があるため、毎年T4とTSHの血液検査が必要です。

甲状腺ホルモン製剤の選択は重要です
甲状腺ホルモン製剤の選択は重要です。サイロキシンは、甲状腺で作られるホルモンと同じものなので、好んで選択される薬です。すぐにできる血液検査で簡単にモニターできます。サイロキシン製剤間でかなり効力にばらつきがあるため、主治医は甲状腺機能低下症の治療に特定のブランド名のサイロキシンを使うことが多いようです。
乾燥した甲状腺やサイログロブリンのような甲状腺ホルモンの生成物には、サイロキシンとトリヨードサイロニン(T3)として知られている作用の速い第2の甲状腺ホルモンの両方が含まれています。これらが組み合わさった錠剤を使うことは不必要であり、またおそらくは賢いやり方ではありません。これには2つの理由があります。1番目は、普通体は体が必要とする量に応じてゆっくりT4からT3に変換されるためであり、2番目は、T3を含む薬を飲んだ後に、血液中のT3のレベルが異常に高くなる可能性があるためです。T3のレベルが異常に高くなると、頻脈が起きたり、心臓の負担が増え、心臓病を持つ老人患者には危険性があります。

甲状腺結節と甲状腺癌
若い患者でそうであるように、甲状腺結節(かたまり)は老人の患者にも非常によく見られるものです。しかし、甲状腺癌はそれ程多くはありません。年齢の高い患者で甲状腺に結節が見つかった場合は、甲状腺の手術をせずに結節の性質を見極めるようあらゆる努力を払うべきです。甲状腺ホルモンの血液中のレベルが正常で、甲状腺スキャンの影像が甲状腺が正常に機能していることを示していれば、結節の多くはそのままにしておいてもよいのです。
甲状腺スキャンで、結節が機能している証拠が見られなければ、細い針を使った(FNA)生検という簡単な方法で、甲状腺のサンプルを採ることができます。その後、採った細胞の顕微鏡検査を行いますが、ほとんどの人で癌ではないことがわかり、手術をしなくてもすむのです。生検で甲状腺癌が見つかったか、または標本中に癌の疑いが極めて高い細胞が見られた少数の人のみが、結節を取り除く手術が必要になります。幸いに、手術は難しいものではなく、ほとんどの老人では健康を損なう危険性はありません。また術後の回復も速やかで、完全にもとに戻ることが多いようです。

まとめ
甲状腺の病気には年齢制限がないことは明らかです。実際に、ある種の甲状腺の病気は高齢者の方に多いのです。
甲状腺の病気が老人に起きると、診断が難しく、ゆっくりと注意しながら治療するということに留意する必要があり、そして生涯にわたるフォローアップが必要です。患者とその介護をする人を教育すれば、甲状腺の問題にもっと早く気付き、治療の安全性ももっと高くなるでしょう。

もどる