何年もの間、甲状腺ホルモンバランスの乱れの正しい診断法について、一般の人達は矛盾する情報を受けてきました。一部のホリスティック医や代替医療専門家は、あなたに疲労やその他の低代謝の症状がある場合、甲状腺機能低下症と診断するかもしれません。彼らは、甲状腺機能低下の指標として基礎(安静時)体温を使い、あなたが1日に3〜4回チェックした基礎体温を見て治療のモニターを行います(《第6章》参照)。中には、血液検査が正常であっても不活発な甲状腺があると信じて、アレルギーや喘息、脱毛、皮膚の乾燥、および胃腸の不調を甲状腺ホルモンで治療する医師もおります。このような医師は、体内で甲状腺ホルモンがうまく働いておらず、甲状腺機能低下症であるから甲状腺ホルモン治療が必要であると言うことがあります。対照的に、多くの一般的な医師は血液検査に厳密に従い、血液検査の結果が明らかに正常範囲から外れている時にのみ甲状腺ホルモンバランスの乱れがあると考えるのです。
このような意見の相違があるために、医療の助けを求めたのにもかかわらず、診断されないままでいる人もおれば、全体的な感情や身体の健康を損ねるような不適切かつ過度の治療を受けている人もおります。このような落とし穴を避けるためには、甲状腺機能を評価するためのもっとも信頼性の高い検査と自分の症状と照らし合わせてその検査結果をどのように解釈するかについて知っておく必要があります。そうすれば、見逃されることもなく、医師から必要とする助けを得られないということもありません。
一般的な診療では次のような間接的な手がかりに基づいて判断してから、初めて甲状腺ホルモンの血中レベルの測定が可能になります。
- 基礎体温(その人の代謝を測定する方法):これは甲状腺機能低下症の患者では低くなります。
- コレステロールレベル:これは甲状腺機能低下症の人では高く、甲状腺機能亢進症の人では低くなります。
- 血液中のヨード:甲状腺機能低下症では低く、甲状腺機能亢進症では高くなります。
- アキレス腱反射時間(収縮後にアキレス腱が弛緩するまでにかかる時間):これは甲状腺機能低下症では遅くなり、甲状腺機能亢進症では早くなります。
過去30年間に、医師が血液中のT4とT3ホルモンレベルだけでなく、甲状腺の機能と甲状腺ホルモンの産生を厳密にコントロールしている脳下垂体ホルモンである甲状腺刺激ホルモン(TSH)のレベルも測定できるようになりました。脳下垂体はごくわずかな甲状腺ホルモンの不足または過剰を検知できるよう精密に調整されたセンサーのようなものです。血液中の甲状腺ホルモンが不足するとTSHが上昇し、甲状腺ホルモンが過剰であれば低下します。
今では、TSHが甲状腺ホルモンバランスの乱れを医師が知ることのできるもっとも感度の高い測定法であると認められております(1)。甲状腺ホルモンレベルの変化がほんのわずかである場合、TSHがすでに異常を示しているのに、甲状腺ホルモンレベルは正常範囲にとどまっていることが多いのです。事実、軽度の甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症に罹っている人の大多数は、T4とT3レベルが正常な検査値範囲内にあります。甲状腺ホルモンレベルの正常範囲は非常に広く、多数の人を測定した結果を平均して定められたものです。甲状腺ホルモンの“正常”レベルは人によって様々に異なるため、臨床検査で使う正常範囲は多くの人を含めるに十分なほど広いものである必要があるのです。例えば、多くの検査施設ではT4レベルの正常範囲は血清1デシリットルあたり5から12マイクログラム、T3レベルの正常範囲は1デシリットルあたり90から220ナノグラムとなっています。
技術の進歩により、今では、正常範囲の上限をはるかに超えるものからはるかに下回るものまで、医師が非常に感度の高い方法でTSHレベルを測定できるようになっています。一般的に、正常なTSHレベルは1リットルあたり0.4と5.0ミリ国際単位の間となっています。甲状腺ホルモンが多すぎれば多すぎるほど、TSHレベルは正常範囲をさらに下回ることになります。甲状腺ホルモンの不足が大きければ大きい程、TSHレベルは正常範囲より高くなっていきます。今では、医師が不活発あるいは活動し過ぎの甲状腺、または甲状腺ホルモン剤の飲み過ぎや不足によって引き起こされるごくわずかな甲状腺ホルモンの過不足も検出できるようになりました。最近開発されたいわゆる第2世代、あるいは第3世代のTSHアッセイでは、それぞれ1リットルあたり0.10ミリ国際単位と0.01ミリ国際単位まで読み取ることが可能です。
これは非常に確実なように思えます。TSHレベルが正常な検査値範囲内に収まっていれば、甲状腺は適切に機能しています。もし、高ければ医師が不活発な甲状腺と診断します。低ければ、甲状腺の活動し過ぎを疑い、甲状腺ホルモンレベルを測ることになりますが、それは高くなっているはずです。しかし、それほど物事は単純ではありません。TSHが唯一の検査ではないのです(それだけでなく、一部のケースではいちばん確実な方法でもありません)。TSH検査を含む血液検査の結果が正常であっても、甲状腺機能低下症に罹っている可能性があるということを信じる医師がますます増えてきております。
血液検査が正常な甲状腺機能低下症に関する論争
疲れや気分の落ち込み、また体重のコントロールができないことに苦しんでいる人にとっては、TSHが正常と言われ、何年か後に再検査をしたところ、甲状腺機能低下症であったと言われることほど腹の立つことはありません。この間、彼らは不必要に苦しみ続けることになりますし、その時すでにわずかに甲状腺ホルモン不足が生じていたのが、甲状腺の損傷がさらに進み、甲状腺ホルモン欠乏がもっとひどくなってしまいます。
どうしてこんなことになるのでしょうか。ある人がこう聞いたとします。「2年前TSHが3でしたが、今12に上がっています。あの時にもう甲状腺機能低下症だったのでしょうか?」まったくそのとおりだと思われます。医師がこの最新の、もっとも感度の高い甲状腺検査法を用いる際に、軽度の甲状腺機能低下症を突き止めるのが困難である主な理由は、T4とT3がそうであるように、TSHの正常検査値はたくさんの人で測定されたレベルを元にして定められたものであるからです。あなたにとって正常なTSHレベルは、私の正常レベルとは大きく異なっている可能性があります。
ここに例を挙げてみます。あなたの甲状腺がうまく機能している時の正常なTSHレベルが1リットルあたり0.6ミリ国際単位だとします。しかし、橋本甲状腺炎によってほんのわずかな不足が生じると、TSHが3または4に上がります。あなたの体と脳下垂体がこのわずかな不足を感知して、脳下垂体が反応し、TSHが元のレベルのほぼ6倍に上がります。しかし、医師は3または4のTSHレベルは正常だと解釈し、甲状腺の病気はないと断言するでしょう。
要するに、まだ血液検査では異常が出ないわずかなホルモンバランスの乱れのある人がたくさんいるかもしれないということです。血液検査が正常な軽度の甲状腺機能低下症の人まで含めると、甲状腺機能低下症の発生頻度は10%を超えることは疑いありません。しかし、特に懸念されることは、検査結果が正常であるとして退けられる多くの人に不活発な甲状腺の症状が続く可能性があるということです。気分や感情、そして全体的な健康状態がこのバランスの乱れにより影響を受けているのに、それでもこの問題の根本原因を治すに必要なケアを受けていないのです。
私が今までに言ったことを理解するのに甲状腺の専門家である必要はありません。あなたのTSHが臨床検査で設定された正常範囲の上限値に近い場合、軽度の甲状腺機能低下症である危険性が高いのです。実際、研究者は正常範囲の上の方は甲状腺機能低下症が疑われるということに気がつき始めています。甲状腺機能低下症のために甲状腺ホルモン補充療法を受けているか、甲状腺腫があり、TSHレベルが疑わしい範囲にある患者の3分の1近くは、TRH刺激検査(血液中にサイロトロピン放出ホルモン(TRH)を注射した後にTSHを測定する方法)で評価した際に、甲状腺機能低下症であることがわかった人です。最近、ある研究(2)で慢性甲状腺炎の抗体マーカーが陽性であり、TSHレベルが2と4.5の間(正常と見なされます)にある女性の50%以上が10年以内にはっきりした甲状腺機能低下症になることが示されました(TSHの明確な上昇を示す)。この抗体が存在しない場合でも、TSHレベルが正常範囲の上の方にある女性の30%が甲状腺機能低下症になったのです。
別の研究でも、甲状腺機能低下症で増加するLDLコレステロールが、TSHレベルが1リットルあたり2と4.5ミリ国際単位の範囲内にある人に少量の甲状腺ホルモンを投与すると下がることが示されました(3)。要するに、TSHレベルが正常範囲の上の方にある人の多くが、軽度の甲状腺機能低下症に罹っているかもしれないということです。破壊的な疾患である慢性甲状腺炎がある場合は特にです。正常値の上の方から正常範囲をわずかに超えるレベルに至る、TSHレベルの変動を見るのは珍しいことではありません。これは脳下垂体が日々正常な機能に調節しようとしているかのように見えます。このような変動は医師を戸惑わせ、検査の誤差を疑うことが多いのです。「どうして同じ人がある日は甲状腺機能低下症で、次の日は正常だというようなことがあるのでしょうか?」ということは、他の医師から何度となく聞いた愚痴です。事実、甲状腺ホルモンの不足がごくわずかな場合、TSHレベルがわずかに上がり、臨床検査の正常範囲の上限値より上がったり下がったりすることがあり、これが混乱や誤診につながるのです。
TSHレベルが正常範囲の下の方にあっても、その人が軽度の甲状腺機能低下症に罹っている場合があります。不活発な甲状腺の症状と甲状腺腫がある場合は、甲状腺機能低下症がTRH検査で見付かることがあります(4)。
TSHの正常レベルの範囲が広いことが、血液検査が正常であっても甲状腺機能低下症であり得る唯一の理由ではありません。もう一つ考えられる理由は(まだ科学的に確かめられていませんが)、健康な甲状腺を持ち、適切な量の甲状腺ホルモンが作られているにもかかわらず、体内で甲状腺ホルモンが効率的に作用していない可能性があるということです。甲状腺ホルモンであるT4が細胞に達したら、甲状腺ホルモンのもっとも活性の高い形のT3に転換されます。ここでは、遺伝子との相互作用があり、広汎な代謝調節と無数の生物学的影響が関わっています。
体内器官は、局所的に存在する活性型甲状腺ホルモンの量によっても最終的に調節されるということがわかりました。この調節の仕方は進化の過程のもっとも古い形であり、脳下垂体が出現するずっと前に発達したものです。ヤツメウナギのような原始的な脊椎動物では、甲状腺ホルモンバランスの主要調節メカニズムが器官内に見られます(5)。視床下部/脳下垂体の中枢メカニズムによるコントロールは存在しません。動物が甲状腺ホルモンの産生をより多く甲状腺に頼るように進化してきたために、視床下部/脳下垂体メカニズムが主要な調節システムとなったのです。器官内の局所的調節は、次第にちょうどよい量の活性甲状腺ホルモンを目標の組織で利用できるようにするための2次的なコントロールメカニズムになってきたのです。
中には、細胞の代謝装置にちょうどよい量の甲状腺ホルモンを送り届けるようにデザインされた器官内の調節過程に異常がある人がいるのではないかと思われます。このタイプの調節障害のある人は、数多くの低代謝と甲状腺ホルモン不足の症状に苦しむ可能性があります。ある患者の例を挙げますと、ジュディスは疲労や皮膚の乾燥、ダイエットや運動をしているのになかなかやせないということを訴えて私の元にやってきました。しかし、TSHとTRH検査は正常でした。私は彼女の症状は甲状腺とは無関係だと説明しました。彼女はこう答えました。「私の脳下垂体が元気で、正常な量のTSHを作っていたとしても、ちっともよくならないし、嬉しくなんかありません」彼女は激しい勢いで、私が甲状腺ホルモンを出さないのなら、そうしてくれる別の医者にかかりますと言ったのです。「私の症状は全部甲状腺ホルモンが足りないせいです」と彼女は言い張りました。私は彼女が別の医師から高用量の甲状腺ホルモンの投与を受けるような災難に合う恐れがあると思ったので、ごく低い量のL-サイロキシンを処方し、これは3ヶ月だけ試してみるのだからとよくよく言い聞かせました。驚いたことに、彼女の症状のほとんどは消えてしまい、ずっと調子がよいのです。2週間後、42歳の女性とその2人の娘が同じような訴えで私のところに来ました。彼らの血液検査も正常でした。おそらく何らかの遺伝的ファクターにより、体内で甲状腺ホルモンが効率的に働いていないのではないかと思われます。彼らの症状も甲状腺ホルモン剤によって改善しました。
Gordon R.B. Skinner博士が、最近British Medical Journalで甲状腺機能低下症の症状に悩む人に3ヶ月程甲状腺ホルモン治療を試すことを提唱しました(6)。博士は、多くの人が血液検査が正常であるにもかかわらず、甲状腺機能低下症である可能性があると信じているのです。この意見は非常に価値あるものと思われます。しかし、偽薬効果以上にこの治療が有効であるかということを確かめるために、さらなる研究が必要です(私が先に述べた患者に甲状腺ホルモン治療が効いたのは、偽薬効果のせいかもしれません)。
血液検査が正常であっても甲状腺機能低下症である可能性があるという証拠が浮かび上がってきたことで、疲労や気分の落ち込み、集中力の低下などに苦しんでいるのに助けが得られない人達に共通するフラストレーションの説明がつきます。これこそが多くの患者が普通の医師に治してもらおうとした後で、自然療法医や他の代替医療に向かう理由の一つであります。多数の自然療法医が、血液検査が正常で、不活発な甲状腺の症状がある人に甲状腺ホルモン剤を処方しています。彼らはこのような人の中には器官内で甲状腺ホルモンが効率的に働いていない人がいると信じているのです。この推測が正しければ、一部の患者(全部ではありません)がそのような治療の効果があったと報告している理由が説明できます。しかし、現在のところ血液検査が正常な患者に甲状腺ホルモン治療を勧める科学的根拠がないのです。あなたがかかっている医師がこのような治療を行う場合は、原則的に試験的なものであると理解する必要があり、また処方された用量にも注意を払う必要があります。治療中は、定期的にモニターを受け、甲状腺ホルモンレベルとTSHが正常であるか確かめてください。
甲状腺検査の問題
甲状腺の損傷による甲状腺機能低下症の診断で、いちばん感度の高い検査はTSHレベルの上昇です。甲状腺機能低下症がひどくなればなるほど、TSHが高くなり、T4とT3レベルは低くなります。しかし、医師の中には不活発な甲状腺が疑われる人のTSH測定を行わずに、まだT4とT3レベルだけを検査する人がおります(7)。あなたがかかっている医師がT4とT3の測定値にだけ頼り、適切な検査(TSH)を行わないようであれば、甲状腺機能低下症が正しく診断されない場合があります。
TSHの上昇が明白になる前に、TSHが変動することがあります。そのため、常にTSHレベルの上昇が記録されるとは限りません。先に述べたように、あなたがかかっている医師はTSHが4.5(正常範囲の上限近く)の場合、正常であるとみなすかもしれません。しかし、実際に軽度の甲状腺機能低下症であることを示している場合があるので、このレベルは疑いの目で見なければなりません。
反対に、甲状腺ホルモンが多すぎる場合は、最初に起こる異常がTSHレベルの減少です。感度の高いTSH検査を用いることで、医師はごくわずかな甲状腺ホルモンの過剰をも突き止めることができるはずです。軽度の甲状腺機能亢進症では、T4とT3レベルは正常ですが、TSHが低くなっている場合があります。多くの初期医療担当医が簡単にこの異常を正常な所見であるとして無視してしまっているようです。
普通に飲まれている薬で、TSHの値に影響するものがたくさんあることに注意してください。次に挙げた薬はTSHを増加させる傾向があります。
- アミオダロン(抗不整脈薬)
- ハロペリドール(ブチロフェノン系抗精神病薬)
- メトクロプラミド(制吐薬)
- リチウム
- モルヒネ
- アミノグルテチミド(副腎皮質ホルモン産生阻害剤)
以下の薬はTSHを減少させる傾向があります。
- コーチゾンおよびその他のグルココルチロイド(糖性皮質性ステロイド群)
- ドーパミン
- タンパク同化性ステロイド
- ヘパリン(抗凝固剤)
- ソマトスタチン同族体
あなたがうつ病、または不安障害に罹っている場合、甲状腺の病気がないのにTSHの値が低くなることがあります。研究では、甲状腺の病気が原因でない大うつ病に罹っている患者の30%以下に、ごくわずかなTSHレベルの低下があることが示されています(8)。これは、うつ病に反応して甲状腺系が活性化されたために起こるものと思われます。うつ病や不安障害の治療を受けるとTSHの値が正常になることが多いのです。活動し過ぎの甲状腺であると誤診されるのを避けるために、医師にきわめて感度の高い(第3世代)TSH検査をしてもらうようにしてください。
研究者が、最近10分以内に信頼性の高い値が出ると言われるワンステップ式の迅速なTSH検査法を開発しました。このワンステップ式検査はまもなく診療所や薬局、また家庭でも広く使えるようになり、甲状腺機能低下症のスクリーニングや甲状腺ホルモン治療のモニターに利用されることと思われます。しかし、この検査はTSHの特定の値を出すものではありません。TSHレベルが5より高いか、低いかを知るためのものに過ぎません。要するに、TSHが5より高ければ甲状腺機能低下症の検査が陽性であるということです。この検査の主な限界は、実際のTSHの値が正常値の疑わしい上の部分に入っているかもしれないのに、甲状腺機能低下症ではないと思ってしまう恐れがあることです。また、この検査では活動し過ぎの甲状腺を見つけ出すことはできません。これらの理由から、甲状腺ホルモンの飲み過ぎまたは不足をモニターする検査としては最良のものではないのです。これらの限界を知った上で、甲状腺機能低下症を見付け出す方法として使うこともできるでしょう。このワンステップ式TSH検査は、ちょうど尿による妊娠検査のようなものです。陽性という結果のみが出るのです。
TSH以外の検査
TSH検査で甲状腺ホルモンバランスの乱れがあるという証拠が示されたら、次のステップはそのバランスの乱れのひどさを測ることです。不活発な甲状腺に関しては、TSHはホルモン不足のひどさを正確に表わすので、医師にとっては非常に信頼性の高いものです。TSHが高ければ高いほど、甲状腺機能低下症はひどくなります。反対に、活動し過ぎの甲状腺に関しては、体内の甲状腺の過剰の程度を知るにはほとんど役に立ちません。
別の一連の検査で、甲状腺ホルモンの不足または過剰の程度の評価に特に役立つものがあります。これにはT4とT3レジン取り込みの測定、および遊離T4とT3レベルの測定が含まれます。これらの検査を理解するために、甲状腺ホルモンがどのように体内を巡っているかを見てみましょう。
血液中の甲状腺ホルモンは、それを器官に運ぶ蛋白質(担体蛋白質)と結びついています。この血液中の甲状腺ホルモンは貯蔵されているようなものです。主な担体蛋白質の一つは甲状腺ホルモン結合グロブリン(TBG)であり、これは肝臓で作られ、病気や肝疾患、またエストロゲンのような薬によって影響を受けます。この担体蛋白質は血液中の甲状腺ホルモンの99%以上と結合しています。したがって、この蛋白質の量が高くなったり、低くなったりすると、総T4およびT3レベルも高くなったり、低くなったりします。例えば、女性が妊娠したり、あるいはエストロゲンを飲んだりすると、甲状腺系は適切に機能しているのにT4のレベルが高くなります(時には正常値の上限をはるかに超えることがあります)。総T4およびT3レベルの高低はきわめて普通のことで、ホルモンバランスの乱れを反映しているとは限りません。
この理由から、医師はT3レジン取り込みと呼ばれる別の検査を行うことが多いのです(しばしばT3レベルと間違われます)。T3レジン取り込みで、TBGの量の見積もりができます〈注釈:今では、T3レジン取り込みはされません。TBGを直接、測定できるからです〉。総T4またはT3と合わせて解釈すると、体内の真の生物学的活性甲状腺ホルモンレベルのもっと正確な見積もりができます。例えば、妊婦やエストロゲンを飲んでいる女性は、T4レベルが高いことに加え、T3レジン取り込みが低いのです。これはTBGのレベルが高いことによりT4が高くなっていることを示すものです。実際に、T4にT3レジン取り込みをかけると、遊離サイレキシン指数(FTI)が得られます。これはT4よりも甲状腺ホルモンレベルの評価がよくできる検査です。甲状腺ホルモンの遊離型(単に遊離T4や遊離T3と呼ばれます)も検査室で測定できます。遊離T4は体内の甲状腺ホルモンの過不足があるかどうかの状態をより正確に知らせてくれることが多いのです。甲状腺がわずかに活動し過ぎの時や妊娠中に甲状腺が活動し過ぎである一部のケースでは、遊離T3検査が必要となります。
医師は、甲状腺ホルモン欠乏のひどさに関してもっと詳しい情報が必要な場合、遊離T4およびT4とT3レジン取り込み検査を用います。また、体内を巡っている甲状腺ホルモンがどの程度過剰であるかを測るために、T4、T3、遊離T3レベルも用います。これらのホルモンレベルが高ければ高いほど、ホルモン過剰の程度がひどいのです。医師は、脳下垂体の障害による甲状腺ホルモンバランスの乱れが疑われる場合は、TSHが正常であってもこれらのレベルを測定します。
正しい診断を得るために
あなた自身が甲状腺ホルモンバランスの乱れのスクリーニングを受けることにしたり、医師が甲状腺ホルモンバランスの乱れがあるかどうかを確かめるために甲状腺の検査をする場合、TSH検査が入っているかを必ず確かめてください。[表2]をご覧になれば、すぐにあなたが甲状腺機能低下症(TSHレベルが1リットルあたり4.5ミリ国際単位以上であれば)であるか、それとも活発すぎる甲状腺が疑われる場合(TSHが1リットルあたり0.4ミリ国際単位以下)に、甲状腺ホルモンのT4とT3を測定してさらに詳しく調べるべきなのかということがすぐにわかります。甲状腺機能低下症の症状があり、TSHが正常な場合は、医師に甲状腺機能低下症があるかどうかを見るためのTRH検査について話してみるようにしましょう。特に、TSHレベルが2を超えており、甲状腺疾患の家族歴がある場合はそうするようにしてください。
TRH刺激検査では、検査室検査でTSHが正常域から外れていない場合でも甲状腺ホルモンのほんのわずかな過剰や欠乏がはっきりします。健康な甲状腺と脳下垂体を持つ人では、TRH(200から500mg)を血液中に注入すると、45分以内にTSHが1リットルあたり3から15ミリ国際単位の範囲に上がってきます。いちばん高いTSHの値と基礎レベルとの差によって正常と異常が定められます。血液をTRH注射の15分、30分、および45分後に採取します。軽度の甲状腺機能低下症では、最高レベルと基礎レベルの差が1リットルあたり15ミリ国際単位を超えます。この脳下垂体の過剰な反応は、甲状腺の機能がわずかに落ちている際に、脳下垂体が警戒態勢にあるために起こるのです。脳下垂体にはTSHが多く含まれるようになっており、TRH(脳下垂体のTSHを刺激するホルモン)を投与すると脳下垂体が高い量のTSHを放出するのです。甲状腺ホルモンの過剰がある場合、脳下垂体はその働きを抑えており、ほとんどTSHを含んでいません。したがって、TSHの増加はほんのわずかで、その差は1リットルあたり0.3ミリ国際単位に満たないのです。ただし、この正常なTSH反応の範囲は、検査をする施設によって多少の差があります。
感度の高いTSHアッセイ(もっとも感度の高い第3世代のアッセイ)を用いる場合でも、TRH検査はごくわずかな甲状腺ホルモン過剰があるかどうかを確かめるのに役立つことがあります。そのような場合、甲状腺ホルモンレベルは正常で、TSHが低いのです。TRH検査が役立つのは、TSHが1リットルあたり0.1と0.4ミリ国際単位の間の境界域に入っている場合のみです。
TSHが正常で、症状がないのであれば、それ以上の検査は必要ありません。しかし、TSHが高かったり、低かったりする場合、医師は普通、甲状腺ホルモンレベルを測ります。TSHレベルが1リットルあたり20ミリ国際単位を超えるまでは、T4は正常なままであることがよくあります。このレベルを超えると、T4は正常値を下回るようになる傾向があります。しかし、必ずそうなると決まっているわけではありません。TSHが25あるいは30に達しても、T4がまだ正常である場合もあります。
同じように、甲状腺ホルモンレベルは軽度の甲状腺機能亢進症では正常です。甲状腺が明らかに活動し過ぎになった場合、T4とT3の両方が正常範囲の上限値を超えます。活動し過ぎの甲状腺のある人の多くは、T4レベルが正常で、甲状腺の活動の結果甲状腺ホルモンのT3のみが正常値より上がります。
甲状腺機能亢進症の場合は、医師がT3レベル(T3レジン取り込みではなく)を測定したかを確かめることが大切です。T4検査だけしか行っていなければ、医師が重篤な甲状腺機能亢進症を見逃してしまう恐れがあります。
甲状腺の頚部チェック
1997年1月の第3回甲状腺認識月間中にアメリカ臨床内分泌病専門医会は、“甲状腺頚部チェック”を紹介しました(9)。この会では、甲状腺疾患早期発見のためにこの簡単な自己チェック法を一般の人が学ぶことをお勧めしています。
私が述べたように、甲状腺ホルモンバランスの乱れの原因が甲状腺機能低下症や機能亢進症のどちらであれ、慢性甲状腺炎またはバセドウ病のような自己免疫疾患によって生じることが多いのです。これらの病気のどちらも、一般的に甲状腺の肥大や甲状腺腫を伴います。甲状腺機能亢進症を引き起こす甲状腺のしこりや甲状腺がんを含んでいる可能性のあるしこりも目で見てわかるようになります。甲状腺がある首の下部に注意を向ける必要があります。甲状腺疾患の家族歴があるか、甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状がある場合は、これは特に大切なことです。
鏡の前に立って、首を伸ばし、頭をわずかに右に回してから、次に左に回すと膨らみまたは甲状腺腫を見つけることができます。首の表面の胸骨(胸の中央部にある骨)のすぐ上に平らでないところや、わずかながらも飛び出しているところが見えたら、しこり(結節)か甲状腺腫である可能性があります。
不活発な、あるいは活動し過ぎの甲状腺を見るのに、医師がチェックしますが、自分でも同じようにやり方を習って使えるもう一つの身体的徴候は脈拍です。心臓は甲状腺ホルモンレベルの変化に特に敏感です。甲状腺ホルモンが過剰であれば、心拍が速くなり、甲状腺ホルモンが低くなれば、脈が遅くなります。安静時の脈拍を知っており、甲状腺ホルモンバランスの乱れの症状が出た場合は、脈拍をチェックすることで甲状腺ホルモンレベルの異常に自分で注意を払うことができます。例えば、脈を測ることで自分の不安症状が甲状腺と何らかの関係があるかどうかを知ることができるのです。安静時に脈拍が速くなるのは、甲状腺の活動し過ぎを示唆している場合が多いのです。ただし、熱や感染がないか、脱水症状がないか、そしてカフェインを摂取していないかを確かめるようにしてください。このような場合はすべて安静時の脈拍が速くなります。また、脈拍は横になってチェックするようにしなければなりません。朝行うのがいちばんよいのです。しかし、脈拍は軽度のホルモンバランスの乱れを見つけ出すほど感度は高くありません。60歳以上であれば、加齢のため甲状腺ホルモンが過剰であっても心拍を速くする能力を失うため、信頼性が落ちてきます。
甲状腺腫がある場合:何を意味するのか?
アメリカでは、慢性甲状腺炎やバセドウ病の次に多いタイプの甲状腺腫は非中毒性甲状腺腫で、めったに症状を起すことのないびまん性の甲状腺肥大です。これは多岐にわたる成長因子によるものです。中毒性甲状腺腫がそうであるように、非中毒性甲状腺腫も最初は弥漫性ですが、時間が経つに連れて多結節性(数個のしこりを含むもの)になることがあります。研究では、多結節性非中毒性甲状腺腫が最終的に甲状腺の活動し過ぎを起す、中毒性甲状腺腫になる可能性があることがわかっています(《第4章》参照)。
非中毒性甲状腺腫を小さくする効き目のある薬もありません。もし、多結節性になった後に、その甲状腺腫が声のしゃがれや嚥下困難、あるいは呼吸困難のような症状を引き起こした場合は、医師が手術で取ってしまうよう勧めることが多いのです。いくつかの研究で、高用量の放射性ヨードで甲状腺腫を破壊する方法が安全かつ効果的であることが示されています。これも一種の手術です。
希ですが、甲状腺ホルモンを作るのに必要なある種の酵素が甲状腺に欠けているために甲状腺腫ができることがあります。成人では、血液中の甲状腺ホルモンレベルが正常であるのにもかかわらず、わずかにこのような酵素が足りないために甲状腺腫ができることがあるのです。この甲状腺腫は、甲状腺のわずかな欠陥のために脳下垂体ホルモンであるTSHが刺激されることによって生じるものです。家族の中にホルモンバランスの乱れがないのに甲状腺腫がある人が何人かいる場合、医師に調べてもらう方がよいでしょう。ヨード欠乏も甲状腺腫のもう一つの原因です。ヨードは甲状腺が甲状腺ホルモンを作るのに使う主要な成分の一つであるからです。アメリカではヨード欠乏のために起こる甲状腺腫はめったにありませんが、世界中の多くの地域ではヨード欠乏が甲状腺腫の一般的な原因です(《第18章》参照)。
甲状腺腫の原因を見定めるために、医師は次の検査の一つまたはそれ以上を行います。
- TSH:この検査で甲状腺の活動が正常かどうかを確かめることができます。
- 抗甲状腺抗体:TSHが高いか、低い場合で、甲状腺がびまん性に肥大している時に(しこりはない)、この検査で診断をつけやすくなります。これは慢性甲状腺炎があるかどうかを確かめるために使われます。
- 放射性ヨードスキャンと取り込み試験:橋本甲状腺炎または酵素の欠陥が疑われる場合に、医師がこの検査を使います。また、バセドウ病(取り込みが高い)と無痛性甲状腺炎(取り込みが低い)の鑑別や多結節性非中毒性甲状腺腫、または中毒性甲状腺腫が疑われる場合にも使われます。
- 甲状腺超音波検査:この検査でしこりの存在を退けたり、1個以上の結節(多結節性甲状腺腫)の有無を確認できます。
甲状腺の圧痛について少し説明を加えたいと思います。ほとんどの医師は、甲状腺の圧痛を亜急性甲状腺炎の症状と解釈しますが、慢性甲状腺炎でも圧痛や不快感が起こることがあります。多くはありませんが、バセドウ病でも圧痛や痛みが起きる場合があります。これは甲状腺内に橋本病の部分もある場合に起こります。バセドウ病に罹っており、甲状腺に痛みや圧痛がある場合、橋本甲状腺炎が引き続いて起こっており、近く甲状腺機能低下症のなる可能性があるということを意味するものです。
抗甲状腺抗体を測定する時期
抗甲状腺抗体は、甲状腺への免疫攻撃がある際に免疫系から血液中に放出されるマーカーです。甲状腺疾患に罹っていない多くの人にも血液中にごく低い濃度の抗体があると思われますが、通常は、濃度が高ければ自己免疫性甲状腺疾患であることを示すものです。慢性甲状腺炎の診断のために、民間の検査施設で次の抗体がいつでも測定できるようになっています。
- 抗サイログロブリン抗体
- 抗ミクロソーム抗体
- 抗サイロペルオキシダーゼ(抗TPO)抗体
この3つの検査のうち、抗TPO抗体がいちばん感度が高いものです。しかし、これらの抗体検査で何もかも確実にわかるわけではありません。慢性甲状腺炎のある人の10から20%近くは、抗体が高くなっていないのです(橋本病が疑われる場合は、甲状腺超音波診断のような別の診断方法が役立ちます。これでびまん性の炎症や自己免疫攻撃による甲状腺組織の障害がわかります。超音波で、甲状腺の腫れが慢性甲状腺炎による強い炎症のある領域を表わしているのか、それとも悪性の懸念を抱かせるようなはっきりしたしこりであるのかを確かめるのにも役立ちます)。
抗甲状腺抗体が上がっているのが見付かり、慢性甲状腺炎の診断が確かめられたら、時間の経過と共に医師が抗体レベルをモニターするとは思わないようにしてください。私の患者が時々そのようなモニターをするように言うことがありますが、そうしても何の目安にもならず、治療方針に影響することもありません。多くの人に甲状腺内の免疫反応があり、抗甲状腺抗体のレベルが高いのに、20年以上も不活発な、あるいは活動し過ぎの甲状腺の問題を起すことなく過ぎています。このような人達は生涯正常な機能を保つか、あるいは将来甲状腺ホルモンバランスの乱れを起してくる可能性もあります。また、バセドウ病でも、これらの抗体のうちの一つまたは数種類が高くなる場合があるということも知っておかねばなりません。
バセドウ病に罹っている人で、免疫系から放出される頻度の高い抗体は、甲状腺刺激抗体(TSAb)です。これは検査室で測定することができます。他の抗体でもそうであるように、TSAbレベルも一部のバセドウ病患者では高くない場合があります。バセドウ病が疑われる人でこの抗体を測定することが役立つ場合もありますが、この抗体のレベルをモニターしても何の目安にもならず、繰り返して測定しても治療の状況に影響することはありません〈注釈:この記載は明らかに間違いです。このTSAbがいつまでも高値を続ける人は抗甲状腺剤では治りにくいのです。良い指標になります〉。
自己免疫性甲状腺疾患のある人は、医師が狼瘡(SLE)や慢性関節リウマチのような他の自己免疫性疾患のマーカーとして使う抗体の濃度が高い場合があります。これらの抗体の一部には、ANA(抗核抗体)、抗平滑筋抗体、および抗SS-DNAがあります。しかし、そのような患者が自己免疫疾患に罹っていない場合もあります(10)。抗体の濃度が高いのは、障害を起した免疫系が誤ってこのような抗体を作り出したことを反映しているだけかもしれません。また、自己免疫性疾患に罹っている場合、抗甲状腺抗体レベルが高い可能性があります。これは甲状腺ホルモンバランスの乱れがあることを示しているのかもしれませんし、そうでないかもしれません。例えば、インスリン依存型糖尿病の子どものうち、実に38%に抗甲状腺抗体があるのです(11)。
リスクを知ること
甲状腺疾患の家族歴があると、慢性甲状腺炎やバセドウ病のような自己免疫性甲状腺疾患になるリスクが高いことがあります。このリスクの増大は、遺伝的素因に関係があります(12)。あなた自身、または家族がインスリン依存型糖尿病や狼瘡(SLE)、慢性関節リウマチのような自己免疫性疾患に罹っている場合、生涯の間に慢性甲状腺炎やバセドウ病のような自己免疫性甲状腺疾患を発病するリスクがうんと高くなります。あなたが甲状腺の病気を起すかどうかをあらかじめ定める遺伝子は、しばしば他の甲状腺とは無関係な病気を起しやすくする遺伝子と重なり合っていたり、つながりを持っていることがあるので、あなた自身または家族がそのような病気と診断された場合は、甲状腺ホルモンバランスの乱れを生じてくるリスクが高いということを知っておくのが大切です。例えば、元大統領のジョン・F・ケネディーはアジソン病に罹っていました。彼の息子のジョン・F・ケネディーJr.もアジソン病とバセドウ病に罹っておりました(13)。患者の中には2つ以上の自己免疫性疾患に罹っている人がおり、多腺性機能不全症候群があると見なされます。特に関係の深いのは、自己免疫性甲状腺疾患とアジソン病、およびインスリン依存型糖尿病です。
他の例は、バセドウ病や慢性甲状腺炎に罹っている人の間で、白斑症の発生頻度が間違いなく高いということです。白斑症は、正常な色素がなくなるために、皮膚に白い領域があるものです。この色素の喪失は、正常な色素を維持するメラノサイトと呼ばれる皮膚の細胞に対する自己免疫攻撃によって起こるものです。自己免疫性甲状腺疾患と併存していることがあるのに非常によく見逃される自己免疫疾患はシェーグレン症候群(シッカ症候群とも呼ばれます)です。慢性甲状腺炎患者のほぼ半数がわずかながらシェーグレン症候群の特徴を持っており、口腔乾燥や目の乾燥、および膣の乾燥を起すまでに進むことがあります。
[表3]では、どの病気が自己免疫性甲状腺疾患になりやすい傾向を高めるかがわかるようになっています。この表は、自己免疫性甲状腺疾患と診断され、治療を受けている場合に罹りやすい他の病気に注意するのにも役立ちます。
頭頚部の腫瘍やリンパ腫、あるいはにきびに対する放射線外部照射を受けたことがある場合は、甲状腺機能低下症になるリスクが非常に高くなります。ホジキン病で外部照射治療を受けた81名の患者の研究では、放射線外部照射治療の10年から18年後に最高58%の患者が甲状腺機能低下症であることがわかりました(14)。外部照射により、結節や甲状腺がんが起こることもあります。放射性降下物に被爆した人達にも同じような甲状腺機能低下症と甲状腺結節のリスクが生じます。
放射性降下物や原発事故からの放射線によって甲状腺機能低下症だけでなく、慢性甲状腺炎や甲状腺結節が引き起こされる場合があります。研究者は、USSR(現在のウクライナ)のキエフ近郊のチェルノブイリで1986年に起きた事故で放射性ヨードを含む放射性物質が放出された結果、近隣の地域で甲状腺機能低下症の発生率が増加したことに気がつきました。チェルノブイリ近隣地域から非難させなかった馬や牛までもが甲状腺機能低下症になったのです。1950年代から1960年代にかけて行われた核実験からの放射性降下物に曝されたアメリカ合衆国の西部地域の人も、甲状腺結節だけでなく甲状腺機能低下症に罹るリスクが高くなっている恐れがあります。
自己免疫性疾患や放射線に加え、次の段落で述べますが、他のある種の病気があなた自身または家族が甲状腺ホルモンバランスの乱れを起してくるリスクが高いのではないかという手がかりを与えてくれると思われます。
理由ははっきりしませんが、読むことのできない失読症があると、甲状腺ホルモンバランスの乱れを生じるリスクが高いと思っておいた方がよいでしょう。失読症は、書かれている記号を区別するのが困難であるという特徴があり、失読症の人はしばしば字を反対に書いたり、左右を間違えます。全体的な知能は高いと思われますが、失読症の子どもは読み書きが困難なために学校の成績がよくないのです。普通、失読症は家族の中の男性が罹ります。前大統領のジョージ・ブッシュ氏は、息子のネイルが低学年の時に失読症であったと私にもらしました。それは後でよくなりましたが、ネイルは甲状腺疾患ではありませんでした。一方、ブッシュ大統領の息子であるマービンには大腸炎がありました。これも自己免疫性甲状腺疾患に遺伝的つながりがあります。マービンにも甲状腺の病気はありませんでした。
30歳前の若白髪が甲状腺疾患に罹りやすい素因があることを示す場合があります。バーバラ・ブッシュ夫人は若白髪でしたが、それは彼女が自己免疫性甲状腺疾患に罹るリスクがあることを示す手がかりとなるものです。自己免疫性甲状腺疾患のある患者間で、小規模な調査が行われましたが、それでは左利きまたは両手利きの男性は、バセドウ病や慢性甲状腺炎に罹るリスクが高い恐れがあることが示唆されました。
疱疹状皮膚炎は、希な病気ですが、自己免疫性甲状腺疾患と関連があると思われます。この病気の人は、背中や下肢に蕁麻疹とかゆみを伴う液体が詰まった水疱ができます。あなたか、家族がこの病気の診断を受けた場合、甲状腺の検査もしてもらうようにしてください。
小児脂肪便症は小腸の障害で、これも自己免疫性甲状腺疾患のある患者に起きることがあります。この病気はグリアジン(小麦粉のグルテン内に見られる)に過敏性があり、下痢と吸収不良を起します。患者がグルテンを含まない食餌をすると症状はよくなります。
今までに見てきたとおり、甲状腺ホルモンバランスの乱れは体内の様々な器官に影響を与えます(《第3章》と《第4章》を参照)。それでも、医師が甲状腺疾患と結び付けて考えることのなない多くの症状があるのです。このような症状のいずれかがあれば、医師と甲状腺疾患の可能性について相談し、甲状腺の検査を受けるようにしてください。例えば、赤く、かゆみの強い蕁麻疹は、甲状腺機能低下症や機能亢進症のどちらでも起こり得るものです。多くの患者で、蕁麻疹は自己免疫性甲状腺疾患の一つの発現症状です。蕁麻疹のある患者は、慢性甲状腺炎にかかる頻度が高くなっています(15)。一部の例では、甲状腺ホルモンレベルが正常であっても、甲状腺ホルモン治療でこの病気が治ります。甲状腺ホルモンレベルが高い、あるいは低くて、蕁麻疹がある場合、抗ヒスタミン剤の服用とホルモンバランスの乱れを治すことで症状が軽減すると思われます。
内出血しやすいことも甲状腺ホルモンバランスの乱れの徴候である可能性があります。これは血小板(血液凝固の調節に欠かせない細胞)の数が少ないことと何らかの関係があると思われます。時に同じ家族の中の数人が、バセドウ病に罹ると同時に血小板数の減少を起こし、皮膚に小さな点状の出血(点状出血)が出ることがあります(16)。甲状腺疾患患者で、内出血しやすいことが非常に見逃されやすい原因は、これらの患者に出ることのある関節の痛みに対し、医師が高い頻度で処方する非ステロイド系抗炎症剤(NSAID)の使用のためでもあります。
脱毛も甲状腺疾患患者の間では非常に多い訴えの一つです。脱毛は甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらにも起こります。そして、血液中の甲状腺ホルモンレベルが正常に戻った後でも、何ヶ月も残ることがあります。この症状は、体重の問題やうつ病、および自尊心の低下に悩んでいる男女どちらにとっても、非常につらく、不安を感じさせるものです。甲状腺ホルモンバランスの乱れが毛嚢の健康に及ぼす影響がきわめて甚大で、枕やヘアブラシに毛の塊があるのに気付くようなこともあります。ブラシをかけて毛が抜けたり、シャワーを浴びた後に排水口が詰まったりすることがあります。この症状を医師に告げる必要がありますが、不安を抱かないようにしてください。ほとんどの場合、また毛が生えてきます。血液検査の結果が正常になってから何ヶ月も脱毛が続く場合は、甲状腺ホルモンバランスの乱れの影響を受けた毛嚢がまだ完全に回復していないためです。ホルモンバランスの乱れによる弱々しい古い毛と新しい、強靭な毛が置き換わるには、6ヶ月から1年ほどかかりますが、甲状腺ホルモンバランスがよく、健康的な栄養を摂り、ストレスを管理することによって毛嚢が健康になります。
あなた自身か、家族が斑状に毛が抜ける円形脱毛症に罹ったことがあれば、あなたが甲状腺の病気に罹るリスクは高いと思われます。この病気は、頭皮やひげの生える部分、および恥毛部を含め、通常毛が生えているところにはげができるものです。この病気は非常な心配や不安を引き起こしますが、ほとんどの例で数ヶ月すると自然によくなります。残念ながら、少数の人でははげが永久に残ります。
筋力低下は、甲状腺機能低下症と機能亢進症のどちらにも起こる症状です。しかし、激しい運動をした後や多量の糖分を摂取した後に麻痺が起こる場合は、“低血糖性周期麻痺”に罹っていることを示すものと思われます。この麻痺は低カリウムレベルによって引き起こされるもので、バセドウ病に併発します。これはアジア人が罹りやすい傾向があります。甲状腺ホルモンバランスが正しくなれば、血中のカリウムレベルの低下が起こることはなく、麻痺の症状も出なくなります。
甲状腺ホルモンバランスの乱れの可能性があると警戒しなければならない様々な病気を下のリストにまとめました。
甲状腺ホルモンバランスの乱れが起こるリスクを増大させる病気
- 自己免疫性疾患(自己免疫性甲状腺疾患のある患者に高頻度で起こる自己免疫性疾患を挙げた[表3]を参照)
- 失読症
- 若白髪
- 躁うつ病
- 疱疹状皮膚炎
- ダウン症候群、ターナー症候群
- アルツハイマー病の家族歴
- 乳がんの病歴
- 円形脱毛症
- 女性の慢性蕁麻疹(びまん性のかゆみ)
- リウマチ性多発筋痛症
- 小児脂肪便症
私が今までずっと言っているとおり、高齢者、閉経後の女性、およびうつ病に罹っているか、うつ病や不安、PMS(月経前症候群)、不妊症の病歴のある女性や、最近流産したり、月経の出血がひどい女性は、甲状腺に関連した症状である可能性があるため、甲状腺ホルモンバランスの乱れを考慮しなければなりません。
もちろん、甲状腺の状態を確かめることで、あなたの苦しみが甲状腺ホルモンバランスの乱れによって引き起こされたものかどうかがわかりますが、自分のリスクを知っていれば、このちっぽけな内分泌腺にもっと真剣に注意を払うようになるでしょう。甲状腺は気分から人間関係まで、あらゆる面であなたの健康に密接な影響を及ぼしています。甲状腺ホルモンバランスの乱れのリスクを知り、症状について知識を深めておけば、ホルモンバランスの乱れにより、あなたの健康がだいなしになる前に、医師に甲状腺ホルモンバランスの乱れを早期に考慮してもらえると思います。
早期に甲状腺ホルモンバランスの診断がつけば、すぐに症状は出ないものの、何年も後になってあなたに付きまとう恐れのあるたくさんの隠れた影響をも予防できます。[表4]に甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症の隠れた身体的影響を挙げました。
脳下垂体に問題がある時
脳下垂体ホルモンの欠乏は、不活発な甲状腺のケースのごくわずかを占めるにすぎません。不活発な甲状腺である人100,000人のうち脳下垂体、または視床下部の病気があるのはわずか5人です(17)。脳下垂体ホルモンの欠乏を起す病気はたくさんあります。いちばん多いのは脳下垂体や視床下部の腫瘍と血液供給不良や感染による脳下垂体の破壊によるものです。血液供給不良に関連した脳下垂体の破壊は、出産後に起こることがありますが、ひどい頭痛と視覚異常を引き起こす場合があります。TSHの欠乏だけによる不活発な甲状腺はきわめて希なものです(18)。
視床下部や脳下垂体の病気による甲状腺機能低下症では、TSHレベルが正常であるか、低くなっています。甲状腺ホルモンレベル(特にT4)を測定しなければ、診断を確かめることはできません。脳下垂体の病気による甲状腺機能低下症では、T4レベルが下がっています。脳下垂体に病気があって、甲状腺機能低下症が起きているのに、医師がTSH検査しかしなかったら、見過ごされてしまう恐れがあるということを知っておく必要があります。
覚えておくべき重要なポイント
- 甲状腺ホルモンバランスの乱れが疑われる場合、まず最初に行う、いちばん重要な甲状腺の検査はTSHです。
- TSHが正常であるにもかかわらず、「ごくわずかな甲状腺ホルモン不足」に罹っている場合があります。このバランスの乱れを見付けるには、TRH検査が必要です。特にTSHレベルが正常範囲の上限値に近い場合はそうです。
- 甲状腺腫(甲状腺の肥大)を見付けたら、適切な検査を受けたか確かめるようにしてください。甲状腺ホルモンレベルが正常であるか、甲状腺機能低下症がある場合、抗甲状腺抗体の検査が慢性甲状腺炎であるかどうかを確かめる役にたちます。
- 甲状腺の病気であるという診断を受けていない場合、甲状腺ホルモンバランスの乱れを起しやすい病気や甲状腺疾患であることをうかがわせる症状について学んでおきましょう。これには数種類の自己免疫疾患や30歳前の若白髪、失読症、男性の左利き、および甲状腺疾患の家族歴の傾向などが含まれます。