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甲状腺結節および分化型甲状腺癌患者の治療ガイドライン
Peter A. Singer, MD; David S. Cooper, MD; Gilbert H. Daniels, MD; Paul W. Ladenson, MD; Francis S. Greenspan, MD; Eliot G. Levy, MD; Lewis E. Braverman, MD; Orlo H. Clark, MD; Ross McDougall, MB, ChB, PhD; Kenneth V. Ain, MD; Steven G. Dorfman, MD

甲状腺結節あるいは甲状腺癌患者の診察と管理に初期医療担当医が使用する最小限の臨床ガイドラインが、ニューヨーク州ニューヨークのアメリカ甲状腺学会医療基準委員会(この論文の著者)の11名のメンバーによる合意のもとに作成された。参加者は委員長とアメリカ甲状腺学会会長により、臨床経験にもとづいて選出された。委員会メンバーは、異なった診療パターンを反映させるため、アメリカ合衆国内の様々な地域の代表者とした。このガイドラインは発表済みの情報だけでなく、委員会メンバーの専門的意見にもとづいて作成された。各委員会参加者は最初に各セクションを割り当てられ、書き上げたものを委員長に提出し、委員長が全体を見直してまとめたものを委員会メンバーに全員に回してさらに見直しを行った。数人の委員会メンバーがさらに手直しを加え、より正確なものとなるようにした。それに文書よるコメントや意見を添え、アメリカ甲状腺学会のメンバー全員に渡した。コメントや意見の多くは最終原稿に組み入れられ、アメリカ甲状腺学会評議会による審査と承認を受けた。
Arch Intern Med. 1996; 156: 2165−2172
アメリカでは4%から7%の人に手で触れてわかる甲状腺結節がある(1)。甲状腺結節は女性の方に多く、年齢と共に発生頻度が高くなる。孤立性結節で悪性のものは10%に満たない。甲状腺結節に遭遇した医師は、その臨床的重要性を見定めることができなくてはならない。特に悪性である可能性や頸部組織の圧迫、あるいは甲状腺機能障害に関して適切な判断ができなくてはならない。この資料では、経過や身体検査、および検査の重要な要素の見直しが行われ、勧められる管理法が提示されている。この内容は特定の臨床状況に対し、どれにも当てはまるというわけではなく、また別の診断法を行ってはならないということでもない。

甲状腺結節と甲状腺癌

経 過
残念ながら経過により悪性のものを見分けることは精度や感度の上で無理である。しかし、声のしゃがれや進行性の嚥下困難、あるいは息切れが生じてきた場合は、結節の成長あるいは浸潤性をうかがわせるものであり、悪性である疑いが高くなる。甲状腺癌の家族歴だけでなく、胸腺肥大や扁桃腺肥大、あるいはニキビなどに対する過去の放射線照射歴も癌に罹りやすい傾向を示すものである。一般的に、男性であること、20歳以下または60歳以上の人に現れた結節は特に悪性の危険因子が加わる。以下に挙げた経過は良性であることを示唆する要素である。
  • 突然または徐々に痛みあるいは圧痛が出る(これはそれぞれ良性の腺腫または嚢胞の出血あるいは亜急性甲状腺炎であることを示唆する)。しかし、甲状腺癌が時に痛みや圧痛を伴なう場合がある。
  • 甲状腺機能低下症の症状(慢性自己免疫性[橋本]甲状腺炎を示唆する)
  • 良性甲状腺結節、慢性甲状腺炎あるいはその他の自己免疫性疾患の家族歴。

診 察
臨床状況に関連した診察を行うべきである。脈拍数と血圧の測定を行うべきである。脈拍が速ければ甲状腺機能亢進症が疑われ、また高血圧は多発性内分泌腺新生物症タイプII(MEN II)の場合に起こることがあるためである。局所的なリンパ節腫脹がないかどうかを見るため、頸部の触診も念入りに行う必要がある。同側のリンパ節腫脹が存在すれば、甲状腺癌であることを強くうかがわせるものであるが、存在しないからといって悪性でないとは言い切れない。圧痛の存在と同様に、なめらかで柔らかく、容易に動く結節は良性であることを示唆するものである。しこりがあることを示唆する気管の位置のずれにも注意しなければならない。甲状腺の触診を丁寧に行い、その位置やサイズ、硬度および結節の可動性、圧痛の有無について注意しなければならない。甲状腺癌の中にはなめらかでそれほど硬くないものもあり、反対に石灰化のため非常に硬くなった良性結節もあるが、硬く、でこぼこして固着した、圧痛のない結節は甲状腺の悪性新生物である可能性が高い。

多発性結節、特に全ての結節が同じ硬度である場合は良性の多発性結節性甲状腺腫<注釈:腺腫様甲状腺腫>の所見と一致する。甲状腺内に他の結節と異なったサイズまたは硬度を持つ結節またはしこりがあれば、孤立結節に対するものと同じ基準を用いて調べるようにすべきである。結節の正中線が舌骨を超えており、舌の突出を伴なって上に上がってきているものは甲状舌管嚢胞<注釈:正中頸嚢胞>である可能性が高い。

検 査
穿刺吸引細胞診
穿刺吸引細胞診(FNAB)は孤立性甲状腺結節や多結節性甲状腺腫の中で特に目立つ結節の検査には欠かせないものとなってきた(1)。細胞診の解釈を行う細胞病理学者だけでなく、これを実施する者の技術と経験が必要である。適切に行われれば、偽陰性率は5%未満、偽陽性率はほぼ1%になるはずである(2)。一般的に、施設間で分類用語は様々に異なっていると思われるが、次の4タイプの解釈のうちいずれか1つの報告となる。1]良性、2]悪性、3]濾胞性またはヒュルトレ細胞腫瘍の疑い、4]診断には不十分。病変が明らかに良性または悪性である場合、治療方針は比較的単純明快である。診断のための材料が不十分である場合、再度、穿刺吸引細胞診を行うことを考慮しなければならない。不十分な細胞診所見しか得られないのは、生険のやり方が下手であるか、細胞学的標本の不良、あるいは嚢胞液が存在するためであると思われる。熟練者の手によっても細胞診所見の約10%は診断がつかないのである。

良性の濾胞性またはヒュルトレ細胞腫瘍と分化度の高い<注釈:悪性度の低い>濾胞性またはヒュルトレ細胞癌の細胞学的特徴はよく似ているので、濾胞性またはヒュルトレ細胞腫瘍の診断がついたら、より詳しい検査とさらなる観察が必要となる(3)。この2つは外科的切除標本の組織検査で、被膜または血管浸潤の有無によってのみ区別できるのである。濾胞性およびヒュルトレ細胞腫瘍は、穿刺吸引細胞診を用いて診断した場合、その悪性率は10%から20%である。
血液検査
結節性甲状腺腫のある患者は、甲状腺機能正常と甲状腺機能低下症(TSHレベルが上昇)、および甲状腺機能亢進症(TSHレベルが抑制されている)を鑑別するに十分な感度を持ったアッセイで血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)濃度を測定してもらわねばならない。TSHレベルが上昇している場合、別個に新生物が共存しているかもしれないが、慢性甲状腺炎の確認のため、血清抗(TPO)サイロペルオキシダーゼ抗体(以前は抗マイクロゾーム抗体と呼ばれていた)レベルの測定を行うことがある。TSHレベルが抑制されている場合、甲状腺機能亢進症の存在と程度を調べるため、遊離サイロキシン(FT4)の測定値またはその推定値を入手しなければならない。遊離サイロキシン(推定値)が正常で、TSHレベルが抑制されている場合、「T3中毒症」を除外するために血清総トリヨードサイロニン(T3)または遊離T3(FT3) またはその推定値を測定することがある。遊離サイロキシン(FT4)またはT3の上昇があってもなくても、TSHレベルの抑制は、その甲状腺結節が良性であることを示唆するものであるが、内在する甲状腺機能亢進症に機能していない結節(コールド結節)が共存する場合もあるので、ヨード-123でシンチを行い、機能亢進(ホット)結節の有無を確かめる必要がある。

髄様癌(MTC)またはMEN IIの家族歴がある場合、血清カルシトニンレベル値を入手する必要がある。そして、もしそのレベルが上がっているならば、おそらく髄様癌があると思われる。そのような患者では、褐色細胞腫<注釈:副腎髄質にできる腫瘍で血圧が高くなる>の存在も除外する必要がある。家族歴の影響がない場合、血清カルシトニンや血清サイログロブリン(Tg)をルーチンに測定するのは費用効率が悪いばかりでなく、良性と悪性疾患を区別することもできない。

甲状腺の画像診断
放射性核種スキャン
甲状腺疾患患者を治療するほとんどの専門医がヨード-123の方を好むものの、ヨード-123またはテクネシウム-99mは甲状腺結節に対しては有益な画像診断法である。ヨード-123とテクネシウム-99mで機能亢進である結節(ホット結節)は、ほとんど例外なく良性であり、そのような病変は全結節の10%未満である。テクネシウム-99mでは機能性であるのに、ヨード-123では機能低下と出る結節が時に見られる。したがって、テクネシウム-99mでホットと出た結節は、ヨード-123で再スキャンするようにしなければならない。ヨード-123またはテクネシウム-99mで機能低下あるいは正常機能と出た結節は、大体において良性であるが、悪性である可能性も否定できない。したがって、機能亢進結節の例外については、甲状腺スキャンにより悪性と良性の病変を区別することはできない。この理由から、多くの内分泌病専門医がもはや結節性甲状腺腫の初期検査の一部として甲状腺スキャンをルーチンに行うことはせず、穿刺吸引細胞診を最初に実施するようになっている。しかし、甲状腺スキャンが役に立つ場合もあり、それには次のようなものが含まれる。1]甲状腺機能亢進症患者(バセドウ病または多結節性甲状腺腫)の結節が機能しているかどうかを確かめる場合で、これは機能病変が悪性であることはめったにないからである。2]穿刺吸引細胞診を用いて濾胞性新生物であることがわかった結節の機能状態を確かめる場合。そして3]多結節性甲状腺腫内の結節の機能状態を見分ける場合である。さらに、触診所見では特徴をつかみにくく、特に多結節性であるか、甲状腺の不規則性、あるいは胸骨下へ広がっているかに関して、何らかの疑問がある場合は、放射性核種甲状腺スキャンが役立つと思われる。
超音波画像診断
甲状腺の超音波画像診断は結節性甲状腺腫の初期検査で普通に使われているが、良性と悪性病変を区別することはできない<注釈:アメリカの医師は超音波では、甲状腺癌は分からないと言いますが、乳頭癌は超音波で診断がつくことが多いです。日本人医師の方が超音波の技術が高いと思います>。純粋な単純嚢胞は大抵良性であるが、結節の大多数は超音波画像上で充実性であるか、または充実性の部分を含んでいるため、この方法をルーチンに使っても、簡単に触れることができる病変に関してそれ以上の重要な情報が得られることはない。しかし、穿刺吸引細胞診を受けて選ばれた患者に使うと役立つ場合がある(例えば、充実性部分を伴った嚢胞がある患者や触診で触れにくい病変がある患者、あるいは他の画像診断法で偶然に嚢胞または病変が見つかった患者)。甲状腺の超音波画像診断は、多結節性に関して何らかの疑問がある場合にもやはり役立つことがある。しかし、超音波画像診断でのみ見つかるような手で触れない孤立性または多発性の結節(サイズ<1cm)は大抵良性の経過をたどり、それ以上の検査を必要としないが、定期的に超音波でフォローアップすることもある。

一部の臨床家は頭頚部の放射線照射歴のある人に対して、超音波による検査を行うことを勧めている。
他の画像診断法
その他の画像診断(例えばCTやMRI)は、事実上、甲状腺結節のある患者の初期検査においては、ほとんど役に立たない。しかし、CTやMRIは胸骨下まで広がっている甲状腺腫や気管圧迫の有無または程度を確かめるのに役立つ場合がある。

単発性甲状腺結節の管理とフォローアップ

【図】は提唱された甲状腺結節の検査と管理方法の概要を示したものである。ヨード-123シンチが、穿刺吸引細胞診で濾胞性腫瘍が見つかった場合に役立つと思われる。しかし、良性の機能亢進結節が、機能していない良性の濾胞性腫瘍や濾胞癌と細胞学的に鑑別できない場合があるからである(1)。先に述べたように、機能亢進結節が悪性であることはまずない。
【図】
図

悪性でないことがわかった、あるいは悪性である可能性がまずないと思われる結節のある患者には、検査や画像診断法、針生険およびレボサイロキシンナトリウム<T4:注釈:日本ではチラーヂンS>によるTSH抑制療法などを慎重に用いて、長期にわたり定期的に臨床観察を行う必要がある。フォローアップの目標は、1]局所的な圧迫による合併症や美容的問題を起こす、あるいは悪性の徴候とも考えられる進行性の腫大を見分けること、2]関連のある臨床的または無症候性甲状腺機能障害の診断、そして、3]未診断または続発性の甲状腺悪性腫瘍がある可能性のある患者を見分けることである。

定期的診察には、1]結節または甲状腺腫の進行性腫大、2]局所的な圧迫症状や浸潤性の症状(すなわち嚥下困難、呼吸困難、咳、痛み、声のしゃがれ)、3]その他、未確認の甲状腺悪性腫瘍の転移をうかがわせるような頸部や肺、あるいは骨の症状、そして4]特に機能性の腺腫または慢性甲状腺炎の人では、甲状腺機能亢進症や機能低下症をうかがわせる症状などの確認に重点をおいた病歴採取を含めるべきである。

フォローアップには患者の臨床状況に応じた身体的検査も含めるべきである。結節または甲状腺の大きさを測り、記録する必要があり、また気管の位置の変化や局所のリンパ節腫大があればそれも記録する。

定期的診察の頻度は患者により、また時間の経過と共に短いものでは1週間に1度(ほとんど必要ない)から長いものでは1年おきまで、様々に異なるはずである。フォローアップのための受診頻度を決めるファクターには次のようなものが含まれる。1]甲状腺結節または甲状腺腫が良性であるという診断の確実さの程度、2]結節または甲状腺腫の大きさが安定していることへの信頼性の程度、3]今後甲状腺機能障害を起こしてくる可能性、そして、4]甲状腺疾患により面倒なことになる恐れのある他の疾患が存在する。

通常は、最初から良性であると考えられる甲状腺結節のある患者のほとんどは、管理のための診断的検査はあまり必要ない。定期的な画像診断は、一般に病変部をはっきり触れることができず、結節の大きさが触診ではよくわからない患者に限って行われるべきである。このような場合は、頸部に限られた病変部に対しては甲状腺超音波、また胸骨下にある甲状腺腫に対してはCT(造影剤を使わない方がよい)か、MRIのいずれかが必要になると思われる。放射性核種スキャンニングは新しく生じた結節の機能を確かめる役割は果たすものの、結節や甲状腺腫の大きさの評価に関してはあまり正確なものではない。

機能性の腺腫や多結節性甲状腺腫、あるいは自己免疫性甲状腺炎を併発している患者では、定期的な甲状腺機能検査が必要である。血清TSHの測定は、0.1mU/L以下の測定感度を持つアッセイにおいては、甲状腺機能障害のある人を見分ける上でもっとも感度の高い検査である。定期的な血清TSH測定は、レボサイロキシン<T4:注釈:日本ではチラーヂンS>で治療を受けている人にも適応となる。抗甲状腺抗体の定期的測定は役に立たない。

次に挙げるような状況では、フォローアップ中に甲状腺結節または甲状腺腫の再検査のため、穿刺吸引細胞診を再度行う必要がある。1]病変が大きくなり続ける場合、またはTSH抑制療法で大きさが縮小しない場合、2]悪性の可能性を示唆するような臨床症状が新たに生じた場合、3]以前行った細胞診ではっきりした結果がでなかった場合、あるいは、4]細胞診のための十分な材料が得られなかった場合である。以前の検査で良性であることがわかった病変に対しては、穿刺吸引細胞診のやり直しが適応となることはめったにない。

良性結節のある患者の中には、レボサイロキシンによるTSH抑制療法で効果の出る者もいる。これにより病変の一部が縮小し、それ以外の病変では進行的な腫大が防止されることがある(4,5)。ただし、誰にでも同じ効果がないために、ほとんどの患者にとってはそのような治療が選択されているわけではない。レボサイロキシンは、TSHレベルが正常以下の人には使ってはならない。嚢胞性および自律機能性(すなわち、TSHとは無関係の)病変は、TSH抑制療法で縮小することはまずない。一部の臨床家は小さな(<2cm)濾胞性腫瘍のある患者にTSH抑制療法を使っている。そのような病変が縮小すれば、外科手術を避けることができる場合もある。ある患者に甲状腺ホルモン療法が適切であるかどうかを決めるのは、考慮すべき他の関連ファクターである。それには1]結節の成長パターンまたは安定性、2]結節が良性であることについての診断の確実性、3]将来、手術の際にリスクを起こしてくる可能性のある患者や手術を避けたい患者、そして4]甲状腺ホルモン療法により悪化してくる恐れのある他の疾患があるか、そのような疾患を起こすリスク(例えば、心疾患や骨粗鬆症)がある(5)。TSH抑制療法の適切な期間は、きわめて大きく異なる場合がある。一部の人にとっては、生涯にわたる甲状腺ホルモン療法が正当なものであるかもしれない。過去の治療期間の長さにかかわらず、TSH抑制のためにレボサイロキシンを飲んでいる患者は臨床的に、また感度の高いTSH測定法で再検査を受けるべきである。甲状腺の超音波が結節の大きさの変化、特に触れにくい病変を確かめるのには役立つと思われる。この療法で生じた可能性のある効果やリスクについては、少なくとも年1回の再評価が必要である。


多結節性、非中毒性甲状腺腫の管理

【図】に記載されている単発性甲状腺結節のある人に対する診察および検査の概要は、多結節性甲状腺腫のある人にも関連している。管理方法は単発性結節のある人とは次の点で異なると思われる。1]レボサイロキシンのTSH抑制量で高齢者を治療すると、甲状腺腫内に自律性領域があるために医原性甲状腺中毒症を起こす恐れがあり、原則として避けるべきである。2]多結節性甲状腺腫は単発性結節よりも美容的な問題を起こす可能性が高く、また非常に大きな場合は圧迫症状が起きてくることがある。そのような人では、手術が適当であると思われる。3]多結節性甲状腺腫がある人の中で手術が危険または禁忌である人の甲状腺腫の大きさを縮小させるのに、放射性ヨード(ヨード-131)がうまく使われてきた(6)。そのような患者に必要なヨード-131の線量は、バセドウ病や中毒性結節性甲状腺腫患者に使われるものよりもはるかに高い。

妊娠中の甲状腺結節の管理

妊娠している甲状腺結節患者は、一般的に妊娠していない女性と同じように管理される。しかし、放射性同位元素は妊婦には禁忌である。したがって放射性ヨードスキャンを行うことはできない。

臨床的に悪性が疑われる甲状腺結節は、妊娠中に穿刺吸引生検して調べることができる。細胞学的検査の結果が悪性と出れば、妊娠中に手術を行うか、それとも出産後まで手術を延期した方がよいかを決めなくてはならない。第2三半期(妊娠中期)であれば、手術は比較的安全に実施できる。甲状腺癌の成長は一般に遅いため、別の方法として産後期まで穿刺吸引細胞診を行うことにし、その間それ以上成長しないようにレボサイロキシン抑制療法を使う場合もある。

甲状腺癌の治療

分化型甲状腺癌という用語には乳頭癌濾胞癌が含まれる。

乳頭癌(これには乳頭−濾胞癌の混合タイプも含まれる)が甲状腺癌の大多数を占めており、症例の約75%がこれであるが、一方濾胞癌は症例の約10%を占めているに過ぎない。分化型癌の患者を予後が良好からきわめてよい者と予後があまりよくない者とに分けることが大事である。一般的に、再発または死亡のリスクが低く、予後が良好な患者は腫瘍が小さく(</=2cm)、女性であり、また局所浸潤や遠隔転移がない者である(7)。頸部のリンパ節転移は、独立変数として再発率上昇に関係する場合があり、両側の頸部リンパ節または縦隔の関与がある場合は、総体的に予後が不良になることが多い(8)。そのような患者の管理は、特に甲状腺疾患に関心のある医師、様々な治療法について十分な知識を持ち、個々の患者に合わせて治療法を選択して使うことのできる内分泌病専門医が行うのが普通である。

乳頭癌

乳頭癌患者に対する主な治療は手術であり、甲状腺の手術に通じている外科医により行われるべきである。甲状腺の最適な切除範囲については異論がある。単発性の小さな腫瘍(<1.5cm)については、ほとんどの研究で葉切除に峡部切除を合わせたものに比べ、甲状腺全摘の生存率が高いとは証明されていない(9)。しかし、多くの研究で疾患の程度を調整した後にも再発率は甲状腺全摘に比べ、葉切除の方が高いと出ている。甲状腺全摘術には、術後の局所転移または遠隔転移のスクリーニングを行うための全身放射性ヨードスキャンができるという利点もある。また、甲状腺全摘の後には血清サイログロブリン(Tg)レベルも低くなり、この腫瘍マーカーをフォローアップすることでより特異的に使うことができる。しかし、副甲状腺機能低下症や反回神経の損傷など甲状腺全摘術の合併症発生率は片側葉切除術に比べ高い。これはそのような手術を行う特別な専門技術を持った外科医の重要性を強調するものである。頭頚部の放射線照射歴のある乳頭癌患者だけでなく、局所浸潤あるいは遠隔転移のある患者では、実行できる場合は明らかに甲状腺完全摘出または亜全摘が適応となる。緩やかな(modified)頸部郭清術<注釈:頸部の筋肉を残す手術。耳鼻科医が行う頸部郭清術は筋肉も切除するものである。甲状腺癌は予後がいいので、一般的には緩やかな(modified)頸部郭清術を用いる>も、臨床的に同側頸部リンパ節が広範に触れる場合は適応となる。頸部郭清術(厳しい手術)は、もし行うとしても、合併症のない乳頭癌に対してはまず適応となることはないが、局所的浸潤がある際には適応となる場合がある。

放射性ヨード治療

放射性ヨード治療(7)に関しては、遠隔転移のある患者のほとんどにヨード-131による治療が適応となる。頸部リンパ節への転移がある場合、特に手術が容易にできないような場合だけでなく、頸部の局所浸潤に対する治療としても効果がある場合がある。低リスクの癌患者では、残置甲状腺組織<注釈:残った正常甲状腺組織>をルーチンに放射性ヨードで破壊しても、ほとんどの研究で生存率が改善されたとは証明されていない。そして、その再発に対する効果には異論がある(8,9,10)。多くの専門家が甲状腺全摘を受けた患者のほぼ全員に放射性ヨードによる残置甲状腺組織の破壊を勧めているが、放射性ヨードの使用は個々のケースに応じて、臨床経験に基づき決めるべきであろう。放射性ヨードによる治療の前に、一部の患者では放射性ヨードスキャンニングが適応となる場合がある。転移がある場合は、高線量(一般に100〜200mCi)のヨード-131が投与される。残置甲状腺組織の破壊には、通常29.9から100mCiのヨード-131が使われる。30mCi以上の線量では患者の隔離が必要となるので、入院しなくてはならない<注釈:日本の場合は外来で治療できるのは13.3mCiまでである>。したがって、現在外来では特に低リスクの癌がある患者に対しては、29.9mCiの線量が採用されている。高線量に比べ、29.9mCiでの破壊の成功率は低い。特に甲状腺残置組織が多い場合は成功率が低くなる。しかし、入院する必要はなくなる。しかし、29.9mCiの線量で繰り返し行うこともできる。したがって、お勧めできる最適な放射性ヨードの線量をはっきり定めることはできない。放射性ヨードによる全身スキャンと治療の前に、残置甲状腺組織へのTSH刺激を最大にするため、約4〜6週間レボサイロキシンを中止しなくてはならない。この結果起こる、甲状腺機能低下症に耐えられない患者もおり、レボサイロキシン治療を中止した後に3〜4週間リオサイロニンナトリウム<注釈:T3、日本ではチロナミンまたはサイロニン>を投与すると、甲状腺機能低下症の期間が短くなるためにその影響が弱まる場合がある。リオサイロニンを中止してから約2週間後に血清TSHレベルを測定して甲状腺機能低下症であることを確かめる。スキャンニングと治療のためにはTSH値が放射性ヨード治療の前に30mU/Lを超えていれば最適である。一部の臨床家は放射性ヨード治療前最低2週間、低ヨード食を摂るよう勧めている。放射性ヨード投与前には、妊娠可能な年齢の女性では妊娠していないことを確かめねばならない。

レボサイロキシン<注釈:チラーヂンS>治療
ほとんどの臨床家は乳頭癌の患者に対し、レボサイロキシンでTSH抑制治療を好んで行っているが、低リスクの患者では、そのような抑制の効果がはっきり証明されていない。癌の再発率や死亡率はレボサイロキシンで不適切な治療を受けた患者に高いようであるが、それはおそらくTSHが甲状腺癌細胞の発育を刺激したためではないかと思われる(11)。TSH抑制療法を使う場合、過剰なレボサイロキシン投与による合併症(例えば骨塩量の低下[特に閉経後の女性)、心肥大、あるいは不整脈)を避けつつ、その治療の効果を最大限にするため、どの程度のレベルで血清TSHを抑制しなければいけないのか明らかでない(12,13)。低リスクの患者では、TSHレベルを正常下限値またはそれよりもわずかに低いところに保つ程度の量のレボサイロキシンを投与するのが妥当であろう。しかし、もっとリスクの高い患者では、TSHレベルを第3世代のアッセイで検知できないレベルにまで下げるというようなもっと積極的な治療を勧める専門家もいるが、そのような治療の効果やどれくらいの期間TSH抑制を続けるかについてはまだはっきり定められていない。

血清Tg(サイログロブリン)
サイログロブリンは、正常な甲状腺細胞や良性の甲状腺結節、および分化度の高い甲状腺癌を含む甲状腺組織でのみ合成される大きなタンパク質である。正常な甲状腺組織がない場合、サイログロブリンは甲状腺全摘や放射性ヨードによる破壊後には事実上検知できないレベルであるはずなので、甲状腺癌の存在を特異的に示す感度の高いマーカーとなる(14)。信頼性の高いサイログロブリンアッセイを用いることと、サイログロブリンの測定結果が誤って高く出たり、低く出たりする恐れのある干渉性の抗サイログロブリン抗体の存在をスクリーニングすることが大切である。信頼できる検査センターではそのような抗体のスクリーニングを行っている。甲状腺細胞からのサイログロブリン放出は、ある程度TSHに依存されている。したがって、TSH抑制治療を受けている患者のサイログロブリン値が低いことを誤解して安心している場合がある(15)。サイログロブリンは、甲状腺組織が残っており、放射性ヨード治療の準備で起こるように、TSHレベルが上がっている患者では、腫瘍マーカーとしてもっとも感度が高く特異的なものである。このような状況でサイログロブリンレベルが低いのは、癌の残存や、再発がないという証拠であり、一部の専門家はそのような所見があればさらに放射性ヨードスキャンニングを行う必要はないと信じている。反対に、以前、癌の破壊を受けた患者のサイログロブリン濃度が正常であるか、または上がっている場合は、患者が甲状腺ホルモン剤を飲んでいるかどうかにはかかわりなく、癌が残っているか、再発したことを強く示唆するものである。

濾胞癌

濾胞癌は浸潤が最小限のものと(広範に)浸潤したもののカテゴリーに分類される。浸潤が最小限の濾胞癌患者は、予後がきわめて良好である。被膜への浸潤、あるいは最大でも血管の数箇所に浸潤がある濾胞癌は良性の濾胞腺腫とは区別される。反対に広範な血管浸潤のある濾胞癌患者の予後は不良である。時に肺や骨への遠隔転移が診断時に存在することがある。

浸潤のある濾胞癌患者に対する治療として、まず甲状腺全摘または亜全摘を行い、通常はその後放射性ヨードによる残置甲状腺組織の破壊を行うべきであるとほぼ全ての内分泌病専門医の意見が一致している(16)。そのような患者に対しては、再発をサイログロブリンや定期的な放射性ヨードスキャン(適応症の場合)でモニターしながら、生涯にわたるTSH抑制治療が適応になると思われる。

最小限の浸潤しかない濾胞癌の最適な治療についてはもっと異論がある。一部の内分泌病専門医は術後に放射性ヨードスキャンニングと破壊治療(適切な場合)を行い、その後TSH抑制治療を行うよう勧めているが、最小限の浸潤しかない濾胞癌は、手術時に良性の濾胞性腫瘍と見分けがつかないことがよくあり、凍結切片でもよくわからないことがある。確定診断には原発腫瘍を複数の切片で顕微鏡観察する必要がある。葉切除のみが行われ、組織学的検査が完了した後に浸潤が最小限の濾胞癌であると診断された場合、3つの治療法が考えられる。1]レボサイロキシンによる抑制治療だけをする、2]術後、放射性ヨードスキャンニングを行う、3]術後の放射性ヨードスキャンニングに続き、残りの甲状腺組織を放射性ヨードで破壊する。

乳頭癌あるいは濾胞癌患者のフォローアップ

乳頭癌または濾胞癌患者のフォローアップは、疾患の段階や程度に応じたものでなければならない。良性の甲状腺疾患で葉切除した際に見つかる肉眼で見えないようなごく小さな乳頭癌病巣(触知できない病巣、<1cm)には、追加治療や検査が必要ない場合がある。ほとんどの内分泌専門医は、臨床的に重要な分化度の高い甲状腺癌のある患者すべてにTSH抑制治療を行うのが適当ということで意見が一致している。抑制の程度は無症候性の甲状腺機能低下症の合併を避けるため、個々のケースに応じて決めるべきである。血清サイログロブリンレベルは全患者でフォローアップを行うようにしなければならない。多くの内分泌病専門医が初期治療後最初の3年間は6ヶ月毎に、またその後は年1回サイログロブリンと感度の高い方法でTSHの測定を行うことを勧めている。

一部の臨床家は、放射性ヨードスキャンニングのため、特にリスクの高い癌のある患者に対しては、1から3年間年1回甲状腺ホルモン剤を中止している(7)。取り残しまたは再発が見つかった場合は、放射性ヨード治療が行われる。その他の研究者は年1回サイログロブリンレベルを測定する目的で甲状腺ホルモン剤を中止し、そのサイログロブリン測定結果に基づいてスキャンが必要であるかを決める。ほとんどの内分泌病専門医は、放射性ヨードスキャンニングの頻度を個々の患者に応じて決め、侵襲性の高い癌のある患者または血清サイログロブリンレベルの上がっている患者に対してのみ反復してスキャンニングを行うようにしている。もうすぐ使えるようになると思われる遺伝子組み換えヒトTSHは、スキャンニングのための放射性ヨード取り込みとサイログロブリンのどちらも刺激し、今までの診療パターンを変えることになるであろう。胸部レントゲン写真の撮影も、個々の患者の臨床状態に応じて定期的に行われる。骨の痛みは最初に適切なレントゲン写真で検査しておかねばならない。骨への転移があっても骨スキャンでは正常な場合があるからである。一部の内分泌病専門医は定期的に頸部の超音波診断を行っているが、これは特に頸部の局所浸潤があった患者や放射性ヨードスキャンニングが行えないために、葉切除のみを受けた患者に対して行われる。サイログロブリンレベルが上昇、あるいは上がってきている患者で、放射性ヨードスキャンが正常な場合は、治療線量の放射性ヨードを投与した後に再度放射性ヨードスキャンニングを行うことが適応になる場合がある。スキャンの結果が正常で、血清サイログロブリンが高い場合は、適切なCTやMRIだけでなく、超音波も適応になると思われる。骨格と中枢神経系の検査は、脳や脊髄への転移の見逃しを避けるために特に大切である。その他のスキャンニング剤(例えばタリウム-201あるいはsestamibi)は一部の患者の肉眼で見えないような転移を捜すのに役立つ場合がある。

追加治療
分化型甲状腺癌患者のほとんどに対して、甲状腺切除、放射性ヨードおよびレボサイロキシンによる抑制治療で十分である。局所再発病巣は可能な限りすべて切除すべきである。切除ができないような場合は、頸部に限らず縦郭、骨、脊髄および脳の局所再発腫瘍の成長をコントロールするのに外部放射線照射が役立つ場合がある(17)。切除できないほど大きな腫瘍があり、放射性ヨードの取り込みも限られている場合、あるいは頑固な骨の痛みがある場合は、外部照射を考慮すべきである。化学療法の効力は限られているが、症状が強いまたはどんどん進行していくような場合は考慮する場合もある。

特に考慮すべきこと
髄様癌
髄様癌はユニークな臨床的特徴を有している(18)。髄様癌は家族性のことがあるため、患者とその家族に対する総合的なアプローチが必要である。髄様癌の家族歴がない場合でも、その患者が親族の髄様癌の発端者ではないと言い切れない。したがって、通常は甲状腺または肥大したリンパ節の生険後であるが、術前に髄様癌の診断がでた場合は、術前に適切な褐色細胞腫(大抵は両側性)に対する生化学的検査を行うことが大切である。そしてそれが見つかった場合は、甲状腺の手術の前に切除しておくことが重要である。髄様癌の治療では、甲状腺全摘と頸部中央部のリンパ節郭清を実施するが、十分な系統的リンパ節郭清を行って病巣がある可能性がある部位をすべて取り除くよう努めなければならない。術後の基礎カルシトニンレベルにより、切除が十分であったかを知ることができる。また、これは取り残しや再発の検査にも使う。さらに、もう一つの腫瘍マーカーとして、髄様癌患者では上がることの多い癌胎児抗原(CEA)がある。

取り残しまたは再発病巣に対する最良の治療は、可能であれば外科的に切除することである。切除できない進行性の病巣がある場合は、外部放射線照射で治療することもある。しかし、これによる生存率の改善は示されていない。化学療法は普通、効果がない。幸いに、一部の患者は著しい腫瘍の負担があるにもかかわらず、長年生き延びることがある。切除できない相当大きな腫瘍がある患者には、慢性の下痢があることがあり、それは対症的に治療すべきである。そのようなケースには、ナツメグオイルや硫酸アトロピンと塩酸ジフェキシラートの合剤(ロモチル)あるいはソマトスタチン同族体の皮下注射が効果的である。

髄様癌の約25%が家族性である。通常はMEN II aまたはII b、あるいは家族性(非MEN) 髄様癌である。したがって、詳しい家族歴採取が欠かせない。粘膜神経腫によっても特徴付けられる表現形を持つMTC II b(MTC、褐色細胞腫)のある人は、MEN II a(髄様癌,褐色細胞腫、および副甲状腺機能亢進症)の患者との鑑別が必要である。臨床症状がはっきり現れる前に甲状腺切除を行った場合にのみ、MEN II bと髄様癌患者のほとんどが治癒する。家族性髄様癌のある患者のRET癌遺伝子に変異があることを確かめる遺伝子検査が臨床で使えるようになり、このタイプの検査は罹患した人を見つける上で非常に役立つものである。さらに、家族性髄様癌は常染色体優性遺伝として発現するため、家族性髄様癌患者の1等親全員のスクリーニングを行わなければならない。従来は、この目的のために基礎血清カルシトニンレベルとペンタガストリン刺激性血清カルシトニンレベルを測定していたが、RET癌遺伝子変異の存在を調べる遺伝子検査が、この複数のカルシトニンを測定するために何度も繰り返し測定を行わねばならない面倒で、費用のかかる刺激検査にとって代わるであろう。DNA検査で異常のある家族に対する手術の役割については、現在研究が行われているところである。DNA検査または血清カルシトニンの上昇で家族性髄様癌が見つかった患者は、予防的甲状腺全摘を受けるべきである。最近の傾向では、RET癌遺伝子変異が陽性の子供には5歳から7歳の間に甲状腺全摘術を行うようになっている(19)。褐色細胞腫に対する定期的な生化学的検査によるスクリーニングもずっと続けて行わねばならない。同様に、MEN II a患者は副甲状腺機能亢進症のスクリーニングを受けなければならない。
未分化癌
未分化癌は人に起こるもっとも性質が悪く、死亡率の高い充実性の腫瘍である。幸いなことに、これは甲状腺癌の中でもっとも少ないタイプのものである(20)。ごくまれな例外はあるが、通常は診断がついてから死に至るまでの期間は短く、何ヶ月かの間に死亡する。未分化癌は普通、ヨードの集積やサイログロブリンの発現がない。そのため放射性ヨードによるスキャンニングや治療は効果がなく、また血清サイログロブリンの測定値も信頼できる腫瘍マーカーとして使えない。それぞれ異なった治療が必要な島性癌<注釈:濾胞癌の一種>や悪性リンパ腫、および髄様癌と未分化癌が時に紛らわしいことがあるため、組織学的に診断の確認を行なわねばならない。

外科治療の効果は限られており、気道閉塞を除くために原発性腫瘍に対して適応となる。手術を行なった後、局所再発を遅らせ、胸郭出口の閉塞を予防するのに外部放射線照射が効果を上げている。しかし、この治療で死亡率が変わることはない。塩酸ドキソルビシンやエトポサイド(VP-16)、シスプラチン、および硫酸ブレオマイシンなどの単剤または様々な組み合わせを用いたアプローチが行なわれたが、この腫瘍には化学療法の効果は認められていない。まれに、化学療法に一部反応し、数ヶ月間延命する場合もある。化学療法の役割としては、放射線外部照射や手術の後に行なえば、これでまず治るということはないが、一部の患者では延命効果があると報告されている。もっとも実際的な患者のケアは痛みのコントロール、気道の確保、そしてその他の生活の質にかかわる問題にきめ細かい注意を向けることが必要である。

時に、分化型乳頭癌あるいは濾胞癌であったものが未分化癌に転化することがある。そして、そのような状態の患者には先ほど述べたとおりの管理を行なわねばならない。その一方で、腫瘍の中には転化の中間状態のものがある。そのような腫瘍の成長は遅い場合がある。そのような場合は、切除できる腫瘍はすべて取り除き、切除できないあるいは全部取りきれない転移病巣に対して放射線外部照射、そしておそらく化学療法も使うべきであろう。レボサイロキシンによる抑制治療の効果は証明されていないが、補充療法は適応となる。
悪性リンパ腫
原発性の非ホジキンリンパ腫はまれな甲状腺腫瘍であるが、急速に発育する甲状腺腫、特にそれが慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下症のある高齢女性に起きた場合は考慮しなければならない[21]。時に流動細胞光度測定法によるB細胞免疫型分類を補助的に行なう穿刺吸引細胞診が初期診断の方法として選択される。しかし、確定診断には病理学的確認のための直視下生険<注釈:手術で組織を採取すること>が必要である。この腫瘍は独特の治療法が必要であるため、未分化癌や髄様癌との鑑別を行なわねばならない。悪性リンパ腫に対する外科的治療はほとんど効果がないようである。診断がついたら、適当なCTやMRIを用いて臨床的に患者のステージ分け(手術なしに)ができる。ステージI Eは甲状腺内に病巣が限局しているもの(局所浸潤の可能性がない)、ステージII Eは局所リンパ節転移があるもの、またステージIII Eは遠隔リンパ節転移があるもの、ステージIVは複数の臓器と部位に病気が瀰漫性に広がっているものである。

ステージI EとII Eの患者ではほぼ3分の1で遠隔転移が生じている可能性があるため、また顕微鏡的な転移がある患者が多いため、最近の研究で全身的化学療法と頸部や縦郭への放射線照射を使った複合治療がもっとも成功率が高いことが証明されている。様々な化学療法剤が使われてきたが、もっとも成功率の高かったのはアントラサイクリン剤であった。

  • ロサンジェルス、南カリフォルニア大学医学部、内分泌病、糖尿病および高血圧科(Dr. Singer)
  • メリーランド州バルチモア、ジョンズホプキンス大学医学部内分泌病科(Dr. CooperおよびLadenson)およびマウントシナイ病院内分泌病科(Dr. Cooper)
  • ボストン、マサチュウセッツ総合病院、甲状腺ユニット(Dr. Daniels)
  • サンフランシスコ、カリフォルニア大学医学部内分泌病科(Dr.Greenspan)
  • フロリダ州マイアミ、マイアミ大学医学部内分泌病科(Dr. Levy)
  • ワーチェスター、マサチュウセッツ大学医学部内分泌病科(Dr. Braverman)
  • サンフランシスコ、マウントシオン医療センター外科、カリフォルニア大学医学部(Dr. Clark)
  • カリフォルニア州スタンフォード、スタンフォード大学医学部核医学科(Dr. McDougall)
  • レキシントン、ケンタッキー大学内分泌病科(Dr. Ain)
  • テキサス州ダラス、ダラス内分泌病学会準会員(Dr. Dorfman)

参考文献]・[もどる