情報源 > 患者情報[029]
03
オリジナル→
[029]
甲状腺疾患を持つ有名人

03:ジョージ・ハーバート・ウォーカー・ブッシュ…バセドウ病を持つ前アメリカ大統領

バセドウ病・心臓に関して
第41代アメリカ合衆国大統領、ジョージ・ブッシュはその任についた歴代大統領の中で、5番目に年を取っていたのですが、多くの人からアメリカの歴史上いちばん身体的に健康な大統領の一人だと思われていました。したがって、ブッシュ大統領が66歳で心臓病のため入院した時は、ショック以外の何ものでもなかったのです。検査の結果、自己免疫性の甲状腺疾患が本当の犯人であることが確かめられた時、大衆はさらに不思議に思ったのです。

1991年5月、土曜日の午後、キャンプデービッドのグランドを走っている最中に、大統領は息が切れて、胸が締め付けられるのとひどく疲れた感じに襲われました。ホワイトハウスの医師が診察し、大統領の心臓の鼓動が速く、不規則であるのを見つけました。大統領が心房細動を起こしていることに気付いた医師は、直ちに大統領をベセスダ海軍病院に入院させる手はずを整えました。

病歴聴取の際に、大統領は入院する2週間前からいつになく疲れたと感じていたと言いました。さらに、大統領は2ヶ月で9ポンド(約4キロ)やせ、字がだんだんうまく書けなくなっていたのです。身体的検査で大統領の手が細かく震えていることや甲状腺がわずかに大きくなっている(甲状腺腫)のが見つかりました。最初の検査では、心房細動を起こすような心臓病はないことがわかり、さらに詳しい検査をしたところ、バセドウ病によって引き起こされる甲状腺機能亢進症(甲状腺ホルモンの過剰)であることが明らかになったのです。過剰な甲状腺ホルモンが大統領の心臓を過度に刺激し、その正常なリズムを乱したのです。

バセドウ病は自己免疫疾患であり、この国での甲状腺機能亢進症の原因のトップです。今日まで、免疫系がおかしくなる本当の原因をまだ研究者が突き止めることができないでいます。しかし、自己免疫疾患のはっきりした特徴をいくつか見つけました。一般的に、自己免疫反応は免疫系が誤って体内の健康な細胞を“侵入者”として認識し、これらの細胞を攻撃する抗体を作る際に起こります。特に女性の間には、自己免疫疾患に罹りやすい遺伝的素因があるようです。さらに、自己免疫疾患に罹っている人は別の自己免疫疾患が出る可能性も高くなります。

バセドウ病は甲状腺、目、そして皮膚をおかすことがあります。バセドウ病の甲状腺機能亢進症では、抗体が甲状腺の中にあるTSH(甲状腺刺激ホルモン)を捕まえる部位を攻撃します。これらの抗体はやがてTSHのように機能しはじめます。しかし、甲状腺を刺激して、過度に甲状腺ホルモンを分泌させます。甲状腺ホルモンが過剰になることで、実に様々な症状が起こってきます。バセドウ病の甲状腺機能亢進症でいちばん多い症状は、甲状腺の肥大(甲状腺腫)や疲労、神経質、いらつき、発汗量の増加、不眠、そして体重減少です。
ジョージ・ブッシュ
ジョージ・ブッシュ

その甲状腺の持ち主が全国的なメディアの詮索の的になった人の言うことを信じなさい:病気の診断と治療を受けたことで、満たされた意義のある生活を続けて来ることができた。同じ状況に直面している人に対し、行動を起こし、医師にかかることを心からお勧めする。自分自身と自分の愛するもののためにそうする責任があるのだから。
先に記したように、ブッシュ大統領にはバセドウ病による甲状腺機能亢進症により普通に見られる症状のいくつかが出ていませんでした。事実、60歳以上の患者は若い患者と同じ症状が出ないのが普通なのです。その代わり、心臓のような一つの臓器だけがおかされることがあるのです。

ブッシュ大統領と治療を担当した医師団は、甲状腺機能亢進症の治療はもっとも安全かつ時間がかからず、一番確実で、できるだけ永久的に効果の続く方法で行うということで意見が一致しました。したがって、入院後2〜3日して放射性ヨードの経口投与を受けました。
放射性ヨード、または手術で治療を受けた甲状腺機能亢進症患者は、甲状腺クリーゼと呼ばれる比較的まれな健康上の危機に陥ることがあります。甲状腺クリーゼは、甲状腺から突然過量の甲状腺ホルモンが放出される場合に起こる生命に関わる状態です。これは、このような急激なホルモンの放出をブロックできるある種の薬を投与することで予防できます。したがって、放射性ヨードを飲んで2日後に、甲状腺クリーゼが起こらないようにするため、ブッシュ大統領は1日3回、4滴ずつSSKI(ヨー化カリウム)を10日間飲みはじめました。

担当の内分泌病専門医は放射性ヨードの効果は1〜2週間以内にはっきりしてくると信じていましたが、大統領の甲状腺ホルモンレベルが正常に戻る(甲状腺正常状態)までには2〜3ヶ月かかるだろうということもわかっていました。ブッシュ氏の大統領としての地位と責任のため、甲状腺ホルモンレベルをできるだけ早く下げることが特に重要だったのです。甲状腺クリーゼの予防にSSKIを選んだことで、主治医は大統領の甲状腺ホルモンレベルが何時間かのうちに下がり始め、2〜3日で最大の効力に達する薬剤の投与も行いました。PTU(プロピルチオウラシル)<注釈:日本ではプロパジール(チウラジール)>とタパゾール<注釈:日本ではメルカゾール>も時に甲状腺クリーゼの予防のために投与される薬です。しかし、これらの薬がホルモンレベルを下げはじめるのに7日かかり、最大効果がでるまでに2〜3週間かかることがあります。

大統領の治療に携わった心臓病専門医であるAllen M. Ross博士は、心房細動をいくつか薬を併用することで治療しました。:プロカインアマイドとジゴキシンを不整脈のコントロールに、そしてクマリンを血液凝固の予防に使いました。大統領の甲状腺ホルモンレベルが正常になるにつれて、これらの薬は徐々に減らされました。

よく理解できることですが、大統領は自分の病気が仕事のスケジュールに影響しないかということを気にかけていました。仕事に戻ることを許されても、あまり頑張り過ぎないようにと注意されていたのです。医師は大統領に甲状腺ホルモンレベルが正常に近づくまでは疲れた感じが続くと言いましたが、1〜2ヶ月以内に完全に元どおりのペースに戻れると保証したのです。数週間の間、大統領の甲状腺ホルモンと心臓は綿密にモニターされました。予想通り、2〜3ヶ月以内に大統領の甲状腺はもはや十分な量の甲状腺ホルモンを作らなくなっており、甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモンの欠乏)になり始めました。この時点で、大統領は甲状腺ホルモン剤を飲みはじめたのです。

幸いに、ブッシュ大統領は速やかに、そして完全に回復しました。Ross博士によれば、「ブッシュ大統領の場合、完全に治せるタイプの心臓病であったのは実に幸運でした。それは甲状腺ホルモンの過剰で起きたものであり、治療に速やかに反応するものでした。ほとんどの心臓病患者はこれほど運が好くありません」放射性ヨード治療で大統領の甲状腺機能亢進症はうまくおさまり、商標名レボサイロキシン<注釈:日本ではチラージンS>を毎日飲むことで、元大統領の正しい甲状腺ホルモンレベル(甲状腺正常状態)が維持されています。

一般大衆が大統領の甲状腺疾患のことを知った時、ホワイトハウス内では自己免疫疾患についてのあらぬ憶測が飛び交いました。大統領が病気になる18ヶ月前にバーバラ・ブッシュ夫人もバセドウ病の診断を受けていたのです。夫の大統領とは異なり、夫人はバセドウ病性眼症も発病したのです。夫と妻が生涯の間に同じ自己免疫疾患を発病する確率は1対10,000以上ですが、それが2年以内に起こるということになれば、その確率は1対300万に跳ね上がります。

ブッシュ一家の愛犬ミリーが狼瘡(別の自己免疫疾患)を発病した時、一部の人はホワイトハウスの水に何か入っているに違いないという疑いを持ったのです。しかし、主治医は大統領とブッシュ夫人、そして愛犬ミリーが自己免疫疾患に罹ったのは偶然の一致である可能性がもっとも高いという結論を出しました。

今では公務を退いて、ジョージ・ブッシュ氏は様々な身体的活動や冒険に満ちた、活発で充実した生活をおくり続けています。彼のかかりつけの医師であるBenjamin Orman博士によれば、「ブッシュ氏はとてもその年には見えず、ちょっとないほど健康で、よく運動しますし、きわめて活動的なペースを保っています」多くの人が驚いたことには、1997年4月1日にブッシュ大統領は第2次世界大戦中に、燃えている爆撃機から脱出し、パラシュート降下しなければならなかった際に自分に対してした約束を果たしたのです。72歳にして元気一杯のところを見せながら、飛行機から飛び降り、空気を切って飛び、パラシュートの紐をひいてスムースに地上に降り立ったのです。

バセドウ病に取り組むブッシュ一家の経験と率直さにより、何百万人ものアメリカ人が罹っているこの病気に注目が集まることとなりました。彼らが罹った病気の性質や治療についてもっと考察が必要であるということを多くの人が知り、理解することとなったのです。自分達の甲状腺の病気の経験を一般の人と分かち合うことにより、ブッシュ一家はここでも、他の人への際立った奉仕に打ち込んでいることがわかります。

もどる