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[002]
米国甲状腺協会及び米国甲状腺学会から出版されている患者向けパンフレット

04:甲状腺がん
がんの診断はほとんどの患者にとって恐ろしいものです。というのは、がんには痛みと死が伴うという意識があるからです。しかし、甲状腺にがんのある患者の予後は実際はたいへん良いもので、これは
  1. 甲状腺がんのほとんどは外科手術で簡単に直すことができ、
  2. それにより、ほとんど痛みや障害が起こることがなく、
  3. 数種類の甲状腺がんに対しては、新しい効果的な診断法が使える
からです。
甲状腺がんは、普通甲状腺の中にかたまり、または結節として現れます。しかし、強調しておかねばならないのは、ほとんどの甲状腺結節は良性であるということです(90%以上)。
ただ、困ったことには、病歴や身体的検査からは、血液中のホルモンレベルや甲状腺のスキャン(映像)などの検査を一緒に行なったとしても、良性か悪性か見分けるのは難しいということです。通常甲状腺の結節の生検<注釈:針を刺して細胞を少し採る検査>により、医師が手術が必要かどうか判断するための貴重な情報が得られます。
時に、甲状腺がんが首のリンパ腺の腫れや、腫瘍が声帯の神経(反回神経)を圧迫することによるしゃがれ声、または腫瘍が食道や気管を塞ぐため、飲み込むのが困難になったり、息が苦しくなったりする症状として現れることがあります。
ここでは、いちばん多く見られるタイプの甲状腺の悪性腫瘍について述べるつもりです。

分化度の高い甲状腺がんとはどのようなものでしょうか?
乳頭とは、皺状の突起のことです。乳頭がんは、たくさんの突起があり、顕微鏡で見るとシダやシュロの葉のように見えます。顕微鏡で組織を丁寧に調べると、“正常”な甲状腺の10%程に小さな乳頭がんが見つかることがあります。病理学者がもっと丁寧にそのようなごく小さながんを探すようにすれば、もっとたくさん見つかるはずです。これらの顕微鏡で見つかるような微小がんは、臨床的には重要性がなく、病気そのものより好奇心の対象のようです。言い換えれば、これらの小さながんに似た腫瘍が大きくなったり、もっと重篤な悪性腫瘍になる傾向はないようだということです。
一方で、乳頭がんが甲状腺の中にかたまりを作るほど大きく成長した場合は、そのまま大きくなり続け、体のあちこちに広がる可能性があるため、臨床的に重要であると考えます。乳頭がんは甲状腺がん全体の約70から80%を占め、年齢を問わず発生します。毎年アメリカで新しく発生する乳頭がんのケースは、約12,000にしか過ぎません。しかし、これらの患者の平均余命の長さから、1,000人に1人はこの形のがんを持っているか、または持っていたと推測されます。乳頭がんはゆっくりと成長し、リンパ系を経由して首のリンパ腺に広がる傾向があります。実際に乳頭がんの手術を受けた患者の約3分の1で、腫瘍がすでに周辺のリンパ節に広がっていました(リンパ節転移)。幸いに、リンパ節転移があったとしても予後がいいことには変わりはありません。
乳頭がんが甲状腺の片方からもう一方にリンパ系を通じて広がることがありますが、やはり患者の予後には変わりはありません。甲状腺乳頭がんのある患者の予後を最終的に決めるものは、主に、見つかった時病気がどこまで広がっていたかによります。先に述べたように、リンパ節への転移のあるなしは、予後に影響しません。
初期乳頭がんのある患者の85%は、腫瘍が甲状腺内にとどまっており、予後は極めて良いものです。
この状況でのがんによる25年死亡率は約1%で、これは100人の患者の内1人が25年経つまでに甲状腺がんで死ぬことを意味しています。それまでには、大多数は完全に治ってしまい、再発することはありません。年齢が50歳以上の患者や腫瘍の大きさが4cm以上の患者では、予後はそれ程よくありません。
初期乳頭がんのある患者の予後は非常に良いため、治療自体が有害にならないようにすることが大事です。このような軽いタイプの乳頭がんには、根治手術が適用されることはまずありません。甲状腺内乳頭がんのある患者の10%以下で再発が見られますが、普通は、首のリンパ節内の腫瘍細胞の成長による再発であり、生命を脅かすことはありません。これは、手術で取り除かれるのが普通です。
がんが成長して、甲状腺から周囲の組織に広がっているような患者では、あまり予後は良くありません。これは、甲状腺を取り囲んでいる線維性の被膜を通って、首の組織の中にがんが広がっていることを意味し、先に述べたようなリンパ節の関与はありません。非常に割合は少ないのですが(約5%)、がんが血流に乗って離れた場所、特に肺や骨に広がる場合があります。このような離れた場所に移ったがん(転移)は、放射性ヨード(後述参照)でうまく治療ができることが多いのです。甲状腺乳頭がんのある若い患者では、一般的に予後が極めて良いのですが、20歳以下の患者では幾分肺に広がる危険性が高いようです。

濾胞がんとはどのようなものでしょうか?
正常な甲状腺は、濾胞と呼ばれる球形の構造からなっています。甲状腺がんで、これらの正常な濾胞構造を含んでいるものを濾胞がんと呼びます。濾胞がんはアメリカでは全甲状腺がんの10〜15%を占め、乳頭がんに比べ、幾分年齢の高い患者に発生する傾向があります<注釈:日本では濾胞がんの頻度は全甲状腺がんのほんの数%です>。甲状腺の濾胞がんは、乳頭がんより広がりやすいと考えられています。甲状腺濾胞がんのある患者の約3分の1は、浸潤は最小限で広がる傾向はありません。
このような場合は、非常に予後が良いのですが、残りの3分の2では、濾胞がんの浸潤性がもっと強いのです。血管の中に成長して入って行き、そこから離れた場所、特に肺や骨に広がることがあります。一般的に、50歳以上の患者に比べ、若い患者の予後の方が良くなっています。

分化度の高い甲状腺がんの治療はどのようなものですか?
どのような形のがんであれ、甲状腺がんの一次治療はすべて外科手術です。より進行の早いタイプの乳頭がんや濾胞がんでは、甲状腺全体の除去、または安全に取り除くことができるだけの分を取るというアプローチが一般に受け入れられています。甲状腺内乳頭がんや浸潤が最小限に留まっている濾胞がんに対しては、外科医と内分泌病専門医の間で、甲状腺の全摘出と、甲状腺の片方と峡部と呼ばれる2つの腺葉をつなぐ部分だけの摘出と、どちらの方がメリットがあるかということについて論争が続いています。
甲状腺内乳頭がんと浸潤が最小限の濾胞がんの予後は極めて良いため、手術の範囲は別として、2つの内どちらの外科的アプローチの方が良いのか証明することは困難です。したがって、これらのがんに対する管理に関しては、絶対的なルールというものはありません。腫瘍の行動について一般的な特徴はわかってきましたが、どの患者に対しても、甲状腺がん患者の管理に熟達した医師により、その患者にとって最良の治療が選択されます。

放射性ヨード療法
乳頭がんや濾胞がんが一度血流に乗って周囲の組織、または離れた部位(特に肺と骨)に広がってしまったら、腫瘍を破壊するために放射性ヨード(131-I)を投与するのが一般的な治療となります。この治療を理解するためには、ヨードと甲状腺の関係を知ることが大切です。正常な場合、甲状腺は血液からヨードを取り込み濃縮します。そしてこの過程は下垂体からのTSH(甲状腺刺激ホルモン)により刺激されます。その後ヨードは甲状腺ホルモン(サイロキシンT4)を作るのに使われます。甲状腺がんまたは甲状腺がんが転移したものは、正常な場合はごくわずかの量のヨード(または放射性ヨード)しか取り込みません。しかし、大量のTSHの影響下にある時は、甲状腺がん、またはその転移したものの一部は刺激を受けて、相当量のヨードを取り込むようになります。これにより、周囲の組織を損なうことなく、がんに直接大量の放射線が照射されることになります。甲状腺が存在しており、正常な量の甲状腺ホルモンを産生している場合は、下垂体のTSHの産生量は比較的低いままに留まっています。しかし、甲状腺全体が取り除かれたり、破壊されたりして甲状腺ホルモンのレベルが下がってくると、下垂体はTSHの分泌を急激に増やします。次にこのTSHが甲状腺がんを刺激し、放射性ヨードを取り込むようにします。
広がった甲状腺がんに対し、放射性ヨード療法を行なう場合は、甲状腺全体を手術でほぼ完全に取り除き、残留した組織を放射性ヨードを使って破壊する必要があります。一度これを行なったら、首に腫瘍が残っているか、離れた場所に転移があることがわかっている患者には、TSHのレベルが十分に高ければ、試験量の放射性ヨード(通常は約2から10ミリキュリー)を使ってスキャンを行ないます。もし、相当量のヨードが甲状腺がんの領域に集まっていれば、さらに大量の治療量の放射性ヨード(通常150〜200ミリキュリー)を与え、腫瘍の破壊を試みます。
大量の放射性ヨードで治療を受けている患者は、体内の放射能の量が他の人に害を与えないレベルに下がるまで、数日間入院する必要があります。しかし、この治療は安全で、きつくないので、分化度の高いがんが肺に転移した症例に対しても、多数例を直すことが可能であることが証明されています。
より浸潤性の強い甲状腺がんのある患者に対しても、放射性ヨードが安全で有効であるため、多くの医師がそれ程浸潤性の強くない乳頭がんや濾胞がんにも、放射性ヨードを日常的に使うようになっています。このような場合は、放射性ヨードが手術後にまだ残っている微細な甲状腺組織を破壊するのに使われます。これにより、予後が改善され、サイログロブリンの血液検査(後述参照)を使って、患者の腫瘍の再発をより簡単にモニターできるようになりました。
分化度の高いがんが広がり続けるような時は、手術を行い、放射性ヨードを投与した後でも、放射線の外部照射が有効な場合もあります。このような状況では、化学療法はあまり効果がありません。

甲状腺がんの患者のフォローアップはどのように行なうのでしょうか?
甲状腺乳頭がんや甲状腺濾胞がんの手術を受けた患者には、定期的にフォローアップ(経過観察)のための診査を必ず行なうようにします。それは、間違いなく成した手術の後で、何年も経ってから再発してくることが時々あるからです。
フォローアップのための再診時には、丁寧に病歴を採取し、定期的な胸部X線写真だけでなく、特に首の領域に注意しながら身体的診査を行なうようにします。
首と全身の影像を得るための超音波検査と放射性ヨードスキャンニングも役に立ちます。手術後、時々血液中のサイログロブリンのレベルの測定を行なうのも役立ちます。この物質は、正常な甲状腺組織から放出され、また分化度の高いがん細胞からも放出されます。甲状腺の全摘出を行なった後、また甲状腺の手術の後に甲状腺ホルモンを服用している患者ではサイログロブリンの血中レベルが非常に低くなります。サイログロブリンのレベルが高いまま、あるいは上がってきた場合は、一般的に甲状腺がんがまだ残っているか、または成長を続けていることをうかがわせるものですが、必ずしも予後が悪いということではありません。フォローアップの検査でサイログロブリンレベルが高くなっていることがわかったら、これは医師に対する警戒信号であり、腫瘍が再発していないか確かめるために他の検査も必要となることがあります。残念ながら、甲状腺がんの患者の中には、抗サイログロブリン抗体の存在により、サイログロブリンの正確な測定ができない者もいます<注釈:この抗体があると測定系に影響を与えるためです>。

甲状腺ホルモン剤治療について
甲状腺のほとんど、または全部を取り除いた場合、当然ながら体の機能を正常に保つために甲状腺ホルモンを服用しなければなりません。甲状腺の一部が残っていたとしても、甲状腺がんの患者ではサイロキシンを使った治療がフォローアップの際に行なう治療の重要な部分となります。これは、手術後にサイロキシンの投与を受けなかった患者にがんの再発が起こりやすいという研究結果が出ているためです。甲状腺ホルモンは、医学的に禁忌症である場合を除き、TSHレベルを正常値以下に抑えるよう十分な量を投与しなければなりません。感度の高いTSHの新らしい測定法は、TSH濃度のモニターや、患者の血清TSHが正常値よりわずかに下であれば患者の再発の危険性は少ないことを確かめるのに非常に役に立ちます。より浸潤性の強い形の乳頭がんや濾胞がんの患者に対しては、TSHを検知レベル以下に抑えるため、もっと量を増やして投与するべきでしょう<注釈:今では、TSHを検知レベル以下にする程、甲状腺ホルモン剤を増やすと、閉経後の女性では骨が弱る可能性を指摘する人もいます>。

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