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産後甲状腺機能異常

どれくらいの頻度で起こるのですか?どうして起こるのですか?これにかかった場合どのようになりますか?
赤ちゃんの誕生は喜ばしい出来事です。しかし、産後は新しい母親が様々な大きな問題に直面する時期でもあります。これには、身体的な問題である疲労や、貧血、痛み(会陰切開または帝王切開からくるもの)、そして乳房の触痛などがあります。“気分の落ち込み”または産後鬱病などの精神的な障害もまたよく知られています。これらの症状は赤ちゃんが生まれてすぐ起こるのが普通で、出産後3ヶ月までにはほとんどの女性がよくなりますが、全部がそうとは限りません。そして中には、もとの健康な状態に早く戻りたくない女性もいるのです。過去数年間に、これらの女性の一部は出産後の甲状腺疾患によって具合が悪くなるということと、適切な治療によってよくなる可能性があるということがはっきりしてきました。このパンフレットの目的は、この病気についての知識を得ていただくことです。どんな病気であるか、原因はなにか、見分けかたは、そしてどのように治療するのかということです。
出産後甲状腺炎は、出産の後に一番多く見られる甲状腺の病気です。“甲状腺炎”という言葉は、甲状腺の炎症のことを意味しています。この炎症(感染とは違います)は外傷に対する甲状腺の反応のようです。どうして甲状腺に外傷が生じるのでしょうか。この答えはまだわかっていません。しかし、外傷に反応して甲状腺の働きを抑えるような抗体(蛋白質)が作られ、これが甲状腺炎のある患者の血液中によく見つかるのです。これらの抗体だけがこの病気を起こす原因ではないと思われますが、病気の活動性を測るのに非常に役立つ目印となっています。
どうしてこの病気が産後に起こるのでしょうか?
今は、甲状腺機能低下症の正確で、適確な診断が可能となっています。甲状腺ホルモンやサイロキシン(T4)の血液中のレベルや下垂体の甲状腺刺激ホルモン(TSH)などの測定を行ないますが、これら全部の検査が必要な場合もあります。
T4のレベルが低いか、正常な範囲であるのに加え、TSHが高い場合は、間違いなく甲状腺機能不全です(体温を測れば甲状腺機能低下症がわかるというのは、まったく根拠のないことです)。
甲状腺機能低下症のいちばん良い治療法は何でしょうか?
甲状腺に対する抗体は少数の人の血液中に存在しています(女性でこの抗体を持っている人は男性の約4倍)。そして、この抗体は高齢者ではもっとたくさんの人に見られるようになります。10代の人の約1〜2%はこの抗体を持っています。この割合は、60歳以上の女性では20%にまで増加します。この抗体を持つ若い女性では、甲状腺ホルモンのレベルが正常であることが多いのですが、何年も慢性の甲状腺炎が続いた結果、後になって甲状腺の活動が落ちてくることもあるのです。
妊娠により、甲状腺炎の経過の自然な進行に一時的な変化が起きると考えられます。長年の経験で、医師は様々な自己免疫抗体が関係して起こる病気(甲状腺炎だけではありません)が妊娠中に軽くなることを知っています。考えられる説明としては、胎内にいる赤ちゃんを“拒絶”しないよう、母親の免疫系の活動が穏やかになってくるというものです。しかし、出産後に免疫系の活動は一挙にもとに戻ります。抗甲状腺抗体の量が増え、出産後5ヶ月から7ヶ月で最大の濃度に達し、出産後約1年で妊娠前のレベルに戻ると考えられます。
甲状腺は大量の甲状腺ホルモンを溜めている貯蔵庫のようなものです。正常な状態では、体の代謝のバランスが保てるように、甲状腺ホルモンの血液中への放出はうまく制御されています。甲状腺の炎症が起きると、甲状腺が傷害をうけ、大量のホルモンが血液中に放出されることがあります。このため、数週間から1〜2ヶ月の間、体内を循環する甲状腺ホルモンのレベルが上がります。ほとんどの女性は、このホルモンのレベルが上がっても期間が短く、上がりかたの程度も軽いので、どこも悪いとは感じません。しかし、時に甲状腺中毒症(甲状腺の活動が強すぎる状態)が出ることがあります【下表参照】。
【表】甲状腺機能障害に伴う一般的な病状
機能亢進 〜活動が強すぎる〜 機能低下 〜活動が弱すぎる〜
  • 不安
  • 震え
  • 動悸が速くなる
  • 温かく感じる
  • 集中力が落ちる
  • 筋力低下
  • 体力減少
  • 疲労
  • 脱力感
  • 体重が増える
  • 便秘
  • 記憶障害
  • 寒さに弱くなる
  • 筋肉がつる
この時期を過ぎてから、次の2つの内どちらかが起こります。一部の女性では、甲状腺ホルモンのレベルが正常になり、何事もなく治ってしまいます。それ以外の人は、甲状腺の傷害の程度がもっとひどいのです。貯えられた甲状腺ホルモンが一度なくなってしまうと、甲状腺がひとりでに治る時期がくるまで、甲状腺機能低下症(甲状腺の活動が不活発になる)になります。【図】に示したように、この段階は普通、出産後3ヶ月から8ヶ月目の間のどの時期にも始まります。
【図】出産後の甲状腺機能異常
図
出産後甲状腺炎はどれくらいの頻度で起こるのでしょうか?
出産後甲状腺炎は1940年代後半に最初に記載されています。1970年代半ばまでは、医学文献の中で述べられることはほとんどありませんでした。しかし、1980年代になってから、普通に見られる病気であることが明らかにされました。世界中から出された研究結果は、女性の5〜7%が出産後にこの甲状腺障害を起こしてくることを示しています。
この病気がそれ程多いものであるなら、どうして医師や患者はそれがわからないのですか。いくつかの可能性が考えられます。一つは、病気が非常に軽く、症状が出ないまま自然に治ってしまうという場合です。2番目は、症状には気が付いているのですが、患者と医師のどちらもそれが甲状腺に問題があるからだとは考えない場合です。女性の中には、出産の3ヶ月から6ヶ月後に軽い疲労、または抑鬱などの症状がでる人がいますが、それは甲状腺機能低下によるものであることがわかっています。これらの症状は甲状腺ホルモンを使った治療により改善される可能性があります。
甲状腺の活動し過ぎ、または活動が落ちた状態の診断は?
出産後の甲状腺機能亢進(甲状腺の活動し過ぎ)期は、気付かないまま過ぎることが多いのですが、表に挙げたような症状が出ることもあります。この状態は、バセドウ病として知られているもっともありふれた形の甲状腺機能亢進症と区別する必要があります。このバセドウ病も出産後に発症することがあります。これら2つは治療法が大きく異なるため、鑑別が非常に重要となってきます。主治医は放射性ヨードの取り込みのテストや、さらに血清中の甲状腺ホルモン(T4)やTSHの測定を行うことによって鑑別します。バセドウ病では、甲状腺が過剰に甲状腺ホルモンを作るような刺激を受けているために、甲状腺の放射性ヨードの取り込みが上昇しています。一方出産後甲状腺炎では、甲状腺が傷害を受けているため、甲状腺の放射性ヨードの取り込みは低くなっています。
母乳を与えている女性では、母乳を3日から5日中止できる場合に限ってヨード取り込みテストを行ないます。これは、放射性ヨードが母乳の中に出てくることがあるためです。医師は、血液検査と患者を丁寧に診察することにより、どのタイプの甲状腺機能亢進症であるか診断できることが多いのですが、速やかに診断をつけなければならない場合は、放射性ヨードテストで母親と赤ちゃんのどちらにも問題が起きないよう、母乳を短期間中止する必要があります。
出産後甲状腺炎に甲状腺機能低下症がおきた場合は、血液検査を使って診断することができます。この場合、血清T4レベルは低く、血清TSHレベルは増加しています。
出産後甲状腺炎は、一度症状が出ればすぐに診断がつきます。もし、甲状腺機能亢進症、または甲状腺機能低下症のどちらかになり、不快な目に遭わねばならなくなる前に、そういうおそれのある女性の甲状腺炎を識別することができれば、非常に助かるのですが、残念ながら、このような症状が出る人とそうでない人を予測するために役立つファクターはほとんどありません。以前に自己免疫性の甲状腺炎の病歴があったり、または抗甲状腺抗体が陽性であった女性は、出産後甲状腺炎を起こしやすいと言えますが、甲状腺の病気の家族歴や女性の年齢、産んだ子供の数、腫瘤のあるなし、赤ちゃんの性別、母乳を与えていた期間など、どれも予測には役立ちません。以前に出産後甲状腺炎にかかった女性は、妊娠の度に再発する可能性があります。
治療法は?
出産後甲状腺炎の甲状腺機能亢進期の治療は、普通必要ではありません。時折症状の強く出る患者がいますが、そのような場合はアテノロール(テノーミン)やプロプラノロール(インデラール)のようなベータ遮断剤を短期間使うことで、症状は治まります。出産後甲状腺炎の甲状腺機能低下期の管理は、一度診断がつけば驚くほど簡単です。
患者は1日1回甲状腺ホルモンの錠剤を飲むだけですみます。この錠剤は傷害を受けた甲状腺が作ることのできないホルモンの代わりをするだけなので、副作用はありません。甲状腺が大きくなっているだけであれば、この“甲状腺腫”も甲状腺ホルモン治療に反応して縮んできます。さらに、母親が飲んだ甲状腺ホルモンが母乳の中に出てくる量はごくわずかなので、母乳を与えている母親は、赤ちゃんに対する影響を心配することなく甲状腺ホルモンによる治療を受けることができます。
どれくらいの期間、治療を受けなければならないのでしょうか?
最近まで、出産後甲状腺炎は定型的(決まった期間に決まった経過をとる)ものだと信じられていました。したがって、6ヶ月から12ヶ月の治療コースが勧められていました。しかし、最近のフォローアップの報告では、出産後甲状腺機能低下になった女性の約30%では、そのまま治らずに永久的な甲状腺機能低下症になることが示唆されています。甲状腺ホルモンによる治療を受けている女性では、4週間から6週間一旦治療を中止し、血液検査でT4とTSHを調べて、甲状腺機能低下が治ったのか、それとも永久的なものかを見極めることが必要です。

最初の子を生んだ後、6ヶ月後甲状腺機能低下症になった。今度の産後も同じ様なことが起こるのか?
お気の毒ですが、又、起こると思います。特にあなたが甲状腺自己抗体が陽性なら、より可能性が高くなります。
妊娠中で薬をのんでコントロールされていても、バセドウ病の手術は受けるほうがよいですか?
妊婦のバセドウ病は少量のメルカゾールやカルビマゾールでコントロールできるし、通常は出産の数週間前より薬を中止できる。産後は多分、又、薬をのみ始めなければならない。現在では妊娠中のバセドウ病の手術は次のような場合にのみ行われる。
  1. 副作用などが出て薬でのコントロールが不可能になったとき
  2. 薬の量をふやしてもコントロールしにくいとき
授乳中での問題点は?
カルビマゾール<注釈:体内でメルカゾールに変換される>が乳中に出ることだけですが、濃度は大変低いので、赤ちゃんはほとんど影響を与えません。
クスリでバセドウ病が治るという保証がありますか?
残念ながら、ありません。しかし、通常は症状をとるには有効です。
産科の医師によると、血中T4値が高いのでサイロキシンの投与量を減らしたいとのことですが?
妊娠中のため、血中総T4値は高値ですのでこれが高いといって薬の量をすぐ減量することはありません。このような場合に、フリーT4値やTSHを測ると正常です。もし、フリーT4が高くかつ、TSHが抑制されていれば、サイロキシン投与量を減量すべきです。

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